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第1回 BL小説アワード

おかえりと、ただいまと、爪先でキス

ほのぼの/極甘/キスまで

この兄は、カズがオレの事を好きな事を知っていて、それで傷つく弟の姿を見て笑いたいらしい。その悪意に、ゾッとした。包丁を置いて、オレは雅喜の顔を振り返った。

ミルクオオメ
14
グッジョブ

象牙、唐茶、珊瑚色。

藍白、白磁、山吹色。

色とりどりの屋根と、その下にある大小様々な四角い箱。
その中からはいつも、賑やかな人の声が聞こえて来る。
声は、複数の時もあれば、一人の時もある。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、歌ったり。
その大きさも声音も、まちまちだ。
くるくる変わる人の感情は、いくら光の速度で計算しても追いつけず、機械の自分には予測不可能。

だから。
君がどうして泣いて、どうして笑うのか、オレにはわからない。
それが少し淋しい事だって、わかってる。
何もかもわかってあげられたら、オレは君を助けてあげられるのに。
オレの計算式では、君が笑顔になるまでの時間すら出せないんだ。
オレに言えるのは、いつだって「泣かないで」のお決まりの台詞。
何も出来ない自分が歯がゆい。
君を笑顔にさせる方法さえ思いつけない。
なんて無能なロボットーーーー




「ユキ!ただいまー」
明るい声に振り返ると、リビングの入り口に、いつもより30分も学校から早く帰って来た和希が立っていた。
「おかえり、カズ。今日は早いね」
「あー、えーとね。5時間目が、体育祭の練習になって・・オレは特に、リレーの選手とかじゃないし、やる事ないから帰って来ちゃった」
出来るだけ機械の自分にわかるように話そうとしてくれるのは、この家の次男で高校2年生の和希だ。
丸っとした大きめの黒瞳を弧にして、はにかむ顔は、17歳男子にしては幼い印象だ。
170cmに満たない身長のせいもあるが、顎の線が細く、口が小さいのもそう見える要因の一つだろう。
動物に例えるなら、犬より猫科、いや、強いて言うならモモンガか。
頭の中で検索を掛けたモモンガの映像が目の前のカズと重なり、シンクロ率65%の結果に思わず口元が弛んでしまった。
それに、線が細いのは体も一緒で、一般の17歳男子よりも肉付きが少ない。
これは体質的な問題のようで、いくらご飯のカロリーを操作しても、カズの体型が変化する事はなかった。
可愛いらしい顔に、庇護欲をそそる体躯。
思わず、抱き締めたいような気持ちにさせるカズは、子どもの頃から、ただそこにいるだけで、人の気持ちを和ませる事の出来る特異体質の持ち主だ。
その威力は脅威的で、機械の自分にも必然的に作用する。
彼の傍にいると、人の波動からは殆ど感知する事の出来ないα波や弱い赤外線が検出され、それは実際に自分のハードディスクに影響を及ぼしてくる。
しかし、それは決して悪い影響ではない。
ひたすらに、『心地いい』のだ。

全ての機能のバランスが安定し、あらゆるプログラムが整然と系列され、億を超える組織が潤滑に連動していく。
満たされた水のように、純粋な0と1だけが存在する美しい均衡。
クラシック音楽を聞く人間の感覚と少し似ているかも知れない。
今の状態なら、自分はどんな難しい問題も千分の1秒で解く事が出来る。

「ユキ?聞いてる?」
隣に座ったカズが、眉をハの字にして、心配そうに自分の顔を覗き込んでくる。
その愛らしい仕草に、思わず手が伸びてしまった。
「可愛い・・カズ」
目元ギリギリでサラリと揺れる黒髪を掬い上げ、露わになった額にユキは自分の額をくっつける。
「わっ」
すると、それまで一定だったカズの心拍数が急に上昇し始めた。
「カズ、息苦しい?」
「ううん・・苦しくないよ。びっくりしただけ」
「そっか。深呼吸してみて」
「う、ん・・」
言われた通り素直に、カズは口を大きく開けてスー、ハー、と繰り返すが、なかなか治まらない。
治まらないどころか、微かに体温まで上昇してくる。
「微熱が出てる・・ごめん、ちょっと触るよ」
「え・・ア!」
カズの細い顎を上に向かせて、深呼吸を繰り返すカズの小さな口の中に、ユキの長い人差し指が入れられる。
一度はイヤだと首を振ろうとしたカズだが、ユキの手に顎を捉えられて動きを封じられた。
喉の奥を光学レンズでユキの目がスキャンするが、特に異常は見つからない。
「ちょっと熱っぽいけど、風邪じゃない・・」
「う、う、・・やぁ・・!」
「あ、ゴメンゴメン」
カズの口の中を、腫れや湿疹がないか指先で探っていたら、カズに震える声で抗議された。
「苦しかった?」
ごめんね。
そう笑って、カズの唾液のついた指を、ユキは自分の咥内で拭う。
それを見たカズは、「あ!」と、顔を真っ赤にさせて口を開いた。
途端、カズの口元から零れそうになった唾液。
それをユキは、サッとカズの口元へ顔を寄せると、口元から零れないよう舌で舐め取った。
その瞬間、弾かれたようにカズが立ち上がり、口元を手で押えるとリビングから飛び出して行ってしまった。
「カズ!?」
短い廊下を全速力で走り抜け、すぐにカズの部屋のドアが、バタン!と勢いよく閉まる。
その音に、2つ年上の長男、雅喜が部屋から出てくる。
「荒れてんな〜・・」
物腰の柔らかさは兄弟共に似ているが、雅喜の方がカズよりも目つきが鋭い。
「どしたのアレ?」
リビングに入って来た雅喜が親指でカズの部屋がある方向を指差す。
「微熱があるみたいだったから扁桃腺を見たんだけど、オレのやり方が手荒かったのかな。逃げられた」
「ああ、それは・・」
そう言って、クスリと笑う雅喜が、オレのシャツを捲り上げ、背中のパネルを開く。
そこに表示された小さなディスプレイには、手動で変えられる設定がある。
そのメニューに大した効力はない。が、強制的に行動を規制させる命令があり、それが自分の活動パターンに影響が出るものに関しては、AIが善悪を判断し打ち込まれた設定をリセット出来る。
「ユキ。仕事だ。カズを慰めて来い」
雅喜がいじったのは、家庭内における個人の敬愛度、優先順位度のランク付けを数値化したステータスバー。
そのバーを、雅喜がカズの数値だけ異常に上げる。
が、本当のパーセンテージを変えるにはパスワードが必要不可欠で、これは人間が自己満足するために作った『表向き』の仮のメニューだ。
実際のところ、カズに対しての数値は上がりきっていて、これ以上伸びしろは無い。
だが、今の自分には願ったりのコマンドだ。この長兄は自分の事をリモコン操作で動く超合金ロボットと勘違いしているところがある。
「了解しました」
機械的な返事をオレが返すと、雅喜は満足そうな顔で頷いた。




「カズ」
ドアをノックすると、少し間を置いてドアが開く。
隙間から覗くように、カズが困ったような表情で、自分の顔を見上げてきた。
可愛いカズ。これ以上いくら可愛いと思っても、敬愛度の数値は上限を達しているから、上がりようがないのに、可愛いと思ってしまう。
「カズ。オレが、何か気に障るような事をしたなら謝る。許してくれ」
目を伏せ、謝罪の言葉を口にするオレに、カズは慌てて首を横に振る。
「ユキ・・違うよ?オレ、怒ってない」
そう言って、カズが手を伸ばしてオレの手を握る。
可愛い。なんて可愛くて素直で健気で、心惹かれる生き物だろう。
そのままカズに腕を引かれて部屋の中へと入ると、ドアが閉まった途端に、カズの両腕がオレの背中に回り、体を抱き締められた。
「ユキ・・ごめんね・・ユキは何も悪い事してないのに、謝らせちゃって」
そんな可愛いカズを、オレも抱き締め返す。
すっぽりと腕の中に収まる細い肩。

可愛くて、可愛くて、ついつい接触性のコミュニケーション過多になってしまう。
親愛、敬愛、慈愛、友愛・・どの愛情のバーも上がりきってしまったら、次は何に転換すればいいのだろう。

「ユキ、オレね?・・ユキにキスされたのかと思って・・びっくりして・・」
「キス?キスする?」
「え!?や、違うよ!?キスしたいって事じゃ・・」
顔を真っ赤にさせて否定しながら、カズは言葉に詰まる。
それから、「ちょっとゴメン!」と言うなり、カズにまで背中のパネルを開けられた。
「やっぱり・・!マサがイタズラしてたんだ・・!」
自分に対する数値がMAXまで上げられている事に気づいたカズは、悔しそうに呟いたが、数値を戻す事はせずにパネルを閉じた。
「ユキ・・もう、なんで、ユキ、ロボットなの?・・好きなのに・・こんな好きなのに・・」
涙声で背中から抱き締められて、オレはカズの手に自分の掌を重ねた。
「わかってるよ・・ユキがオレに優しいのは、全部、マサが、これいじったせいだって・・わかってる。でも、オレ・・ユキとこういう事出来るの・・本当は嬉しいんだ・・ウソでも・・嬉しい。ごめんね、ユキ。こんなイタズラばっかして・・ちゃんとメモリ削除するから・・今だけ、ごめんね」
そう言って、カズがゆっくりと自分の前へ回って来て、熱を持った瞳で自分を見詰めると背伸びをした。
赤ん坊の肌のように瑞々しく柔らかな感触が、唇に触れた。
柔らかな肉を、呼吸を詰めて、ただ押し付け合う。
数秒そのまま唇を合わせただけで、カズはサッとオレから体を引き離した。
「あー・・満足した!」
そう恥ずかしそうに笑い、また自分の背中へと回るとパネルを開く。
「勝手な事して・・ごめん・・」
涙声で謝りながら、カズがパネルを操作する。
電子音がピ、ピ、と、鳴り、たった今この部屋であった事が全て削除された。
それでも、カズは敬愛度のバーの数値だけは戻さなかった。
「ユキ。今日のご飯、何?」
赤い目をして笑うカズに、有りもしない心が痛む。
「今日は、鳥の唐揚げです」
「やった!唐揚げ好き!」
そう言うなりカズが自分に抱きつく。
「好き。大好き」
抱きついたまま、呟いたカズの頭を撫でる。

ああ、なんて可愛いんだろう。
愛しくて堪らない。
この子を食べてしまいたい。

衝動に駆られて、カズの頭をギュッと胸に抱き締めた。
「ユキ・・?」
問われても答えられない。
自分だって、これが何かわからないからだ。



忙しい両親の代わりにご飯を作り、兄弟達に夕食を食べさせる。
食後のデザート用に、キッチンでりんごの皮を剥いていると、雅喜が不意に近づいて来た。
節操なく人のシャツを捲り上げると、自分の物のように背中のパネルを開いてくる。
「雅喜」
さすがに諫めようとしたが、手慣れた調子で、あっという間に設定をいじられてしまう。
その設定に、一瞬、自分の思考回路が停止した。
いや、この体の全機能がストップしようとも動き続けるAIに限って、そんな事は実際起こり得ないのだが、そういう感覚に陥ったのだ。
カズの敬愛度が0に下げられ、注意、警戒、危険レベルを真ん中まで引き上げられる。
甘やかした後に、冷たくしろ、というコマンド。
この兄は、カズがオレの事を好きな事を知っていて、それで傷つく弟の姿を見て笑いたいらしい。
その悪意に、ゾッとした。
包丁を置いて、オレは雅喜の顔を振り返った。
正面から、雅喜の悪戯な笑みを浮かべた顔を見据え、カズに聞こえないよう出来るだけ低い声で告げる。
「雅喜、設定を戻せ。オレはご両親からの依頼で、雅喜が公序良俗に反し、悪行を働いた場合、報告するよう命令されている。つまり、雅喜の両親に、お前の部屋に隠してある『秘密の楽しみ』を報告する事も出来る。ちなみに、オレは見ようと思えば、この家のネット回線の通信も、メールも、全て見る事が出来るが、・・どうする?」
「も、戻す。ご、ごめんなさい」
真っ青になった雅喜が、両手を胸まで上げて降参のポーズを取る。
その姿に、噴き出しそうになった。
再び設定し直す雅喜がカズのバーをMAXまで上げ、ついでに自分のバーも80%まで引き上げる。
そんな事をしなくても、実際のパーセンテージでは近い数値を出しているのに、まだまだ雅喜も可愛いものだ。
「ユキ、ごめん。オレ、手伝える事あったらやるから」
後ろの戸棚からガラス皿を取り出す雅喜に「ありがとう」と笑い掛けてやる。
途端に、雅喜は安堵の表情を浮かべた。
が、一応釘を刺しておく。
「雅喜、オレのサーバーは勿論ここだけじゃない。ボディが壊れてもリペアが効くように本社のメンテナンス部と在庫管理部、登録用に消費者庁にもサーバーがある。よくオレのメモリを削除してるけど、無駄だよ?」
その台詞に、雅喜よりカズの方が早く反応した。
「うそ!き、消え、消えてないの!?」
真っ赤になって冷蔵庫を開けているカズに、オレはにっこり微笑んだ。
「うん。オレ、全部覚えてるよ?」
はい、あーん。
カズの口に、りんごを一切れ齧らせる。
甘い毒を咀嚼するカズを見て、探究心旺盛なAIが、次なる愛について模索を始める。
カズも大きくなったし、オレも、そろそろバージョンアップしてもいい頃だった。

ミルクオオメ
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グッジョブ
3
β 15/11/08 09:21

雅喜が可愛かったです!

ミルクオオメ 15/11/08 13:12

読んで下さってありがとうございますvもしかしてサイトの方から応援に来てくれた方でしょうか
痛み入ります(涙)

木風 15/11/13 07:23

兄弟にして、それぞれの性格やアンドロイドに対する対応が全然違うのは面白いと思いました。
「ほのぼの」「極甘」というタグだけ見て想像した内容とはけっこう違うような気はしました。

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