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第2回 BL小説アワード

俺の好きな人が真の魔法使いになるため三十歳まで童貞でなくてはならないなどと意味不明なことを言っている

ギャグ風シリアス/エロあり/攻め視点

 三十歳まで童貞でいると魔法使いになれる。 ネット上でまことしやかに囁かれている有名な風説だが、そんなもの誰がどう聞いても嘘八百流言飛語感全開の都市伝説だろう。そんなものを断る理由に持ち出して来るとは、どうやら俺がたった今告白してしまった相手は相当なお馬鹿ちゃんだったらしい。

カマボコ
グッジョブ

「ごめん。オレお前と恋人にはなれない」
断られるのは分かっていた。だって自分たちは男同士だ。親友面していた同性に突然好きだと言われて、はいそうですかと頷ける人間なんてそうそういないだろう。
 このあと聞かされる言葉は一体なんだ。罵倒? 同情? 冗談扱い? だったら大体のものは覚悟している。
「その……言いにくいけどオレ、あと十年は童貞でいなきゃならないから」
「……は?」
 しかし、居酒屋の狭いテーブル席の向こうで妙に真剣な顔をしてそう続けた親友――瀬戸の言葉に、俺の口から思わず間抜けな声が漏れた。
――なんだそれ
 訳が分からず硬直している俺に瀬戸はぐいっと顔を寄せて来た。少し長めの茶色の前髪の下に揃った、華やかで整った顔パーツ達がアップになる。そして、俺の地味な顔に納まっているのとは正反対な、少し厚めの唇はこう続けた。
「じゃないと真の魔法使いになれないんだ。だから、本っ当ーにごめん!!」



俺の好きな人が真の魔法使いになるため三十歳まで童貞でなくてはならないなどと意味不明なことを言っている



 三十歳まで童貞でいると魔法使いになれる。
 ネット上でまことしやかに囁かれている有名な風説だが、そんなもの誰がどう聞いても嘘八百流言飛語感全開の都市伝説だろう。そんなものを断る理由に持ち出して来るとは、どうやら俺がたった今告白してしまった相手は相当なお馬鹿ちゃんだったらしい。
 いや、最初から馬鹿というかとにかく変な奴だということは分かってた。
 まず出会い方がおかしい。俺が高校受験の会場へ向かっていた時、こいつは空から降って来て俺の真上に着地したのだ。
 おかげで俺はしばらく意識を失い、受験会場には大遅刻。当然そんな理由で試験時間が繰り下げられるはずもなく、俺は合格確実とされていた第一志望校に落ちるという人生初の挫折をした。そうして入った滑り止め校の入学式でまさかの再会。最初は目にも入れたくない程の仇敵だったこいつにいつ恋をしたのかなんてもう忘れた。
 ちなみにこいつに会うのはだいたい二年ぶりだ。大学入学前の春休みに急に連絡が取れなくなったと思ったら『留学しました。フランスに渡米してます』などと書かれたユニオンジャック柄の絵葉書をよこして消えた癖に、上京した俺の前に今日、スーツケース片手にひょっこり現れたんだからもう笑うしかない。そんなこいつと久々に会話しているうちに舌に嵌めていたタガが外れ、うっかり告白めいた台詞を吐いてしまったのはきっと、この馬鹿に色々とリズムを狂わされたせいだ。きっとそうだ。
「いや……真の魔法使いって、何」
 意味が分からなかったので、とりあえずそう問い掛けてみる。すると「えっと……それは言えない。須堂を巻き込むなんてできないし」なんて返事と同時に瀬戸の頭が元の場所に戻り、だったら真の魔法使い云々については最初から黙っておけばいいだろうと俺は頭の中でツッコミを入れた。
――真の魔法使いねえ……
 俺はぬるくなってきたビールを一気飲みする。体中を駆け巡るアルコールの熱を感じつつジョッキを置くと、思ったより大きな音が辺りに響いた。
「もうちょっとまともな理由で断れよ。ホモきめぇとか言われた方が、まだ諦めもつくんだけど」
 断り台詞に文句を付けるだなんて情けないにも程がある。内心自嘲しながらテーブルの真ん中にあるエイヒレに手を伸ばそうとしたところで、いつの間にか俯いていたふわふわ頭から、
「……くない」
 なにやら声が聞こえて来た。
「クナイ?」
 なぜそこで忍者道具の名前が出て来るというのか。俺はエイヒレをつまみ損ねた手を中途半端なところに浮かせたまま聞き返す。それが悪かった。
「キモくない! だって、だってオレだって!!」
 がばりと真っ赤になった顔を上げ、瀬戸の手が俺のそれを握り込む。
「オレだって須堂のことずっと好きだったら、だから!!」
「!?」
 体温と言葉。突然二つもとんでもないものが与えられ、俺の頭は混乱する。
 あ、と思った頃には何かが派手に砕け散る音が聞こえて来て、今の今までテーブルの上にあったはずのビールジョッキが床の上で燃えないゴミになってしまっていた。思わず振り払ってしまった手が何にもぶつからずに元の位置に戻るには、この席はあまりに狭すぎる。
「す、すいません。ホウキとチリトリお願いします」
――ずっと好きだった……だって!?
 席の間を縫うようにして走って来た店員に謝りながら、俺はオーバーヒートを起こしそうな頭を必死に整理しようとする……が、堰を切ったように喋り続けるどこかの馬鹿のおかげでどうにもならない。それどころか、長すぎる高校生活の思い出が頭の中でいくつもいくつも浮かび上がり、俺の頭の中をかき乱す。
「高校に入った頃さ、オレこっちの世界の学校のこととか全然分かんなくって先生とかに怒られてばっかだったのに、須堂は全然怒んないでオレに親切にしてくれて」
 ああ酷かったな。宿題忘れて先生に叱られてる時に「あのプリントって自動帰還しないんですか?」などとのたまった時には何考えてんのかと思った。マジギレした先生に一緒に謝って何とか許してもらったっけ。
「オレのせいで須堂、行きたかった学校に行けなくって、そこの高校行った人にバカにされたりしたのに、でも全然オレにキレたりしないで」
 実際は何度も八つ当たりしたことがあるがこいつはそんなの記憶にないだろう。泣きそうな顔で謝って来た高校生の時の顔が、頭の中でノイズだらけの像を結ぶ。こいつのことが気になりだしてからは、あの表情を思い出す度に後悔したから、それからは絶対言わないようにしたけれど。
「それでオレ、いつの間にか須堂のこと好きになってて! でも、だから! 須堂と一緒にいるの辛くなったんだ。だからオレ……」
 瀬戸が大きく息を吸う。
「あと十年童貞でいて、真の魔法使いにならなきゃならないんだ!! 須堂とは付き合えない!!」
「結局その話に戻んのかよ!!」
 それなりに集まっていた周りの目などお構いなしに叫んだ瀬戸の声は、いつもより静かな居酒屋中に散々こだました。



 ……と、いうわけでとてもそのまま店の中で飲み続けられるような空気ではなくなり、俺と瀬戸は生温かい視線に見送られながら居酒屋を後にした。
「もう一生あの店入れねえ……」
 安くていい店だったからずっと愛用していたというのに。半地下の階段を上りながら、俺はげんなりと溜息をつく。
「『人の噂も四十九日』って言うじゃん。大丈夫大丈夫。すぐ忘れてくれるよ」
 のんびりとした声が妙に後ろの方から聞こえて来たので振り返ったら、瀬戸はまだ店の入口前に立っていた。いかにも普通の居酒屋ですという外装を眺めてどうしたんだと多少訝しみつつ、俺は
「日数についてツッコミはしないからな」
 と、本気なんだか冗談なんだか分からない間違いにツッコミを入れてまた足を動かす。
「え、あれ? ……八十八夜?」
 そのキャリーケース持って静岡にでも行ってろ。と思っていたらカンカンと足音が近付いて来たので、俺は冬の通りへ足を踏み出した。冷えた風が酒で火照った頬をなでていく。
「待ってよ」
「待つか。もう今日は解散だ解散! また今度な!!」
 中途半端な時間帯のせいで人通りの少ない歩道を早足で歩きながら、すぐ後ろの気配に向けて言い放つ。
 なんかもう、今日は最悪だ。
 合計十年以上通っていた店にはもう行けなくなるし、するつもりなんか無かった告白はしてしまうし断られるし。しかもその理由は意味不明。どうやら両想いではあるらしいということを知れたのは僥倖だったが、向こうに付き合うつもりがないのなら生殺し状態で辛いだけだ。肉体関係無しでも駄目なのかと食い下がっておけば未来は変わっていただろうか……なんて考えてももう遅い。
「なーにが、『三十歳まで童貞でなきゃ真の魔法使いになれない』だよバーカ」
 どこでもいいから一人で店に入ってやけ食いしようと、俺はぶつぶつ呟きながらぎらぎら輝く看板に書かれた文字を見比べる。しゃぶしゃぶ、鍋、焼き鳥、おでん……大体の食べ物を問題なく収められる若い胃を持ってはいるが、どうせ入れるなら旨い物がいい――と思いを巡らせたところで、
「ていうか、あいつ童貞じゃなきゃ駄目だから付き合えないとか連呼してたけど、『入れられる』側ならノーカンになるんじゃねえの?」
 などという下世話極まりない考えが口から飛び出して来た。こんなことを声に出すとか相当危ない人間になっている気がするが、酔っ払いの独り言など誰も聞いてないだろう。
「……天才」
 と思ったら聞かれていた上に反応まで返された。
 さっき一方的に解散を突きつけたつもりだった相手の声が背後から聞こえて来て、俺は驚きのあまりその場で飛び上がりそうになる。
「せ、瀬戸ぉっ!?」
「やっぱり須堂頭いい!! だよね。オレ全っ然そんなん考えてなかった!!」
 おそるおそる後ろに視線をやると、そこには案の定、目をきらきらと輝かせ、頬を上気させた瀬戸が立っていた。
「いや待て。その反応はおかしい」
 俺は後ずさる。
「オレ、その……入れられる側でも全然平気だと思うから大丈夫だよ!!」
「その自信どこから来るんだよ!!」
 あと、人前でそんなこと大声で叫ぶな!
 スルー力の高い雑踏に安堵しながら、俺は瀬戸の頭をはたく。
「お前、自分が何言ってるのか分かってるのか? さっきお前のこと好きだって言った奴にそんなこと言ったら、確実に…………」
「うん。セックスしよう。今から!」
 素敵な笑顔で言われて多少泣きたくなった。俺の中でそういうことは、告白デート手つなぎ記念日キスと段階を踏んだ後に行うものであって、断じてそんな気軽にヤりましょうというものではない。先程ろくでもない考えをだだ漏れにされていた人間がこんなこと言っても説得力がなさすぎるが。
「馬鹿かお前! そういうのはちゃんと付き合ってからするものだろ」
「分かってるよ。だけど……もう、そんな時間ないんだ」
 睨み付けた視線の向こうで、瀬戸がしゅんと眉を下げた。いい笑顔が一瞬にして泣きそうなそれに変わって、俺の胸がずきりと痛む。
「オレ、須堂と会えるのこれが最後だと思うから」
「はあ?」
 そしてそのまま想像だにしていなかった言葉が瀬戸の口から吐き出されて、俺は目を見開いた。急展開にも程がある。
「今日だけだったんだ。こっちの世界に抜け出して来れるのは。それに」
 オレが真の魔法使いになったら、もう須堂には会えないと思うし。
 などと意味不明な供述をしている瀬戸は小さく震えている。チェスターコートの首元から伸びたマフラーの端を心細げに握り締め、視線を逸らしてゆっくりとうなだれたその姿を前に、俺は大きく溜息をついた。そうしないと頭の中が爆発しそうだ。
「……付き合えないって、それが理由なのかよ」
「うん」
 瀬戸がマフラーに顔の下半分をめり込ませる。
「会えないって、どういう」
「言えない」
 今まで聞いたことの無いような硬質な声が返って来て、俺はそれ以上は何を聞いても無駄だと悟った。たっぷり十秒沈黙が続き、なんでもいいから喋らなければと思ったところで、瀬戸は勢いよく顔を上げる。
「だから須堂、オレを抱いて?」
 無理矢理作ったのが丸わかりな満面の笑顔を向けられた俺は、ごくりと乾いた喉を鳴らすことしかできなかった。



 男同士でラブホというのは断られることが多いらしいが、俺達は運良く、あるいは運悪くなんの問題も無く部屋に到着してしまった。一番安い部屋を選んだからか内装はごくごく普通で、そこについて取り立てて感想は無い。
 そんなどうでもいい部屋の無駄に広いベッドの上で、俺は瀬戸とキスをしている。競うように舌を絡ませ合い、半ば酸欠状態になりながら、相手の全てを味わうように。
 これが最初で最後かもしれない。そう思ったらやめ時が分からなかった。
「ん……っく、ふ……」
 鼻から抜ける高い声が耳に届く度に俺の下半身は硬さを増し、ズボンの中で主張を激しくする。ちらりと様子を伺い見ると向こうの様子も大差ないようで、口の中のつるりとした部分を舌で舐め上げながら少し安堵した。
 別の角度から責めようと唇を離すと、瀬戸はくたりとこちらに身を寄せた。
「す……どう……」
 潤んだ瞳で名前を呼んで来たかと思うと、ズボンのファスナーに手を伸ばされる。
「もう……、しよう?」
 ゆっくりと金具が下ろされる音が狭い部屋に響き、瀬戸の白い指が俺の性器を掠める。
「……っ」
 返事をする代わりに俺も瀬戸の脚からズボンと下着を引き抜き、ベッドの外へと放り投げた。お互いの服が床に敷かれたラグの上で絡まりあっている。
 そうして邪魔な物を全て取り払った瀬戸の姿を目の当たりにした俺は、それだけで射精してしまうのではないかという程の強い興奮に襲われた。修学旅行の時とかに裸を見たことは無いわけではなかったが、これはセックスするための姿なんだと思うと特別いやらしいものに見える。
「……瀬戸」
「ん……」
 横たわった状態で開かれた脚の間に体を割り込ませ、俺は今からセックスする相手の身体を上からじっくりと眺め回す。色素の薄い体毛の中起ち上がり、とろとろと先走りをこぼしている性器はどう見ても同じ男のものなのに、今まで見てきたどんなポルノよりも扇情的なものに映った。
「あ…………っ」
 視線に反応するかのようにぴくんと震えたそこに手を伸ばすと、それはあっけなく白濁を吐き出した。
「いや……だ、……」
 血の上った顔を隠すようにクロスさせた腕の下で、瀬戸が何度も首を振る。突然の否定の言葉にどうしたんだと動きを止めると、
「オレだけ気持ち良くなるなんて、嫌だ」
 なんて消え入りそうな声が聞こえて来て、そのまま俺はボディソープの香りがする白い身体の上に引き倒された。
「わっ」
 全身に体温と拍動を感じる。下腹の部分に俺のではない熱い性器の感触を覚えて、俺の×××は何度も自分の腹を叩いた。このままではものすごく恥ずかしい姿を晒すことになる。そう思った俺は身体を離し、ベッドサイドに手を伸ばしてローションの小袋を取った。

「……入れる準備するけど、いいか?」
 瀬戸がこくりと頷く。
俺はとろみのある液体をたっぷりと指に絡ませ、瀬戸の奥まった部分へと塗り込んだ。
「あ……、っあ…………」
 切れ切れに漏らされる声に耳を刺激されながら、俺はゆっくりと固く窄まったそこをほぐしていく。何パックも潤滑剤を使い、何度も何度も行為を繰り返しているうちに、熱く狭いそこは性器と呼んでも差し支えない状態にまで仕上がった。
「ふぁ、あ……っ、あ……ん……」
「……瀬戸」
 名前を呼ぶと、潤み切った瞳と視線が合う。
「入れるぞ」
 爆発しそうな性器を入り口になった場所へ押し当てると、瀬戸は俺を迎え入れるようにそこから力を抜いた。

 それからあとはもう、頭の中であれこれ考えられるだけの余裕なんかあるわけがなかった。 




「え!? ちょ、何言ってるんですか!! オレまだど、童貞ですよ!? ……わっ」
 カーテンの隙間から差し込んでくる朝日と聞き覚えのない着信音で目を覚ましたら、瀬戸がスマホ相手に真っ赤な顔でがなっていた。
 俺はのそりと起き上がり、瀬戸の手から青い端末を奪い取る。なんとなく、そうしなければならない気がした。取り上げた拍子にスピーカーがオンになってしまったせいで、部屋中に音がだだ漏れだがむしろその方がいいだろう。
『いやー。だからですねセトさん。貴方童貞は童貞でも性交渉は済ませてしまいましたよね? 真の魔法使いになりたいなら三十歳までそういうこと全般アウトなんですよ残・念・で・し・た。……まあ、イマドキ真の魔法使いになったってあのポンコツな禁術使えるくらいしか特典無いじゃないですか。そんな必死になってなりたがる人なんてあなたぐらいでしたよ本当』
 神経質そうな声がぺらぺらと俺の耳に流れ込んで来る。電話の相手が変わったなんて思ってもないんだろう。
「……キンジュツ?」
「あれ、声変ですよ。風邪でもひきました?」
 訳の分からないワードが出て来たせいで思わず声を出してしまったが、向こうが都合よく解釈してくれたせいで事なきを得た。
『対象の記憶以外全て、あらゆる世界全体の時間を巻き戻すとんでもなく強大なアレですよ。まあ術者本人の記憶も巻き戻ってしまうので使ったところでなにも得しないすさまじく無意味なシロモノなんですけどね。だから真の魔法使い目指すなんてバカ・オブ・ザ・バカですよ。そんなわけで選抜合宿出席資格剥奪についてはお気を落とさずに。それでは。……あ、こちらの世界への在留期間についてはまた適当に誤魔化しておきますから』
 言いたいことは言い終わったのか、こちらの反応を待たずぷつりと電話は途切れた。
「……なんだって」
 通話時間と<世界魔法協会日本支部>という文字を浮かび上がらせた画面を見やり、驚きに目を白黒させた俺の横で、瀬戸がぷるぷると体を震わせている。
「ごめん」
 聞こえて来たのは、スマホを奪われ勝手に通話の内容を聞かれたことへの怒りを訴える言葉ではなく、なぜか謝罪のそれだった。
「オレ、真の魔法使いになる資格無くしちゃった……。ごめん。……本当にごめん」
 瀬戸はベッドの隅で小さくなって肩を上下させている。俺は嫌な呼吸音を繰り返す細い肩に手を置き、
「お前、本当に魔法使いだったんだな」
 と呟いた。問い掛けではなく、確信を込めて。
「……そうだよ」
 涙声で返事がやって来る。
「でも、もうなんの意味もないんだ。オレ、もう、真の魔法使いになれないから」
 その言葉でなにかが決壊したのか、瀬戸の目から滝のように涙が流れ出した。もちろん鼻水も似たような状態だ。
「……ごめん。ごめ、本当にごめん。オレ、オレがあの時テレポー、トの座標、間違えなかったら、須堂、受験……できて、学校、好きなところ行け……て、だから、絶対オレ、世界全部の時間巻き戻して、須堂の人生、元に戻そうって……考えたのに、なのに、オレ、童、貞じゃなくな、て、失敗して、昨日すご、い気持ち良くて、……ごめ……ごめん…………」
 半分くらいはなにを言ってるんだか訳が分からない状態だったが、とりあえずそれはどうでもいい。俺はひどい顔を晒してしゃくり上げている瀬戸を抱きしめる。肩口に冷たい水分の感触があったが、今は気にしていられない。
「……あー良かった」
 安堵の溜息をつくと、瀬戸の体がびくりと震えた。構わず俺は言葉を続ける。
「お前のこと野放しにしてたら俺、三回も高校生しなきゃならなかったってことかよ」
「…………え?」



 実は、俺は大学生活を二度経験している。ついでに言うと高校生活も二度経験している。このまま行けば二度目の社会人生活を送ることになるだろう。
 どういうことかと言うと、俺は過去にタイムリープした経験があるってことだ。

 三十歳の会社員として目を覚ますはずだったある朝のことだった。
気が付いたら俺は中学の制服に身を包んだ状態で、見覚えある二股路の分岐点に立ち尽くしていた。
 手には高校入試の受験票。当然俺は混乱した。一瞬夢だと思った。だけどそれは夢ではないと頭のどこかが確信していて、俺はとりあえず受験会場に向かおうと右の道へ向かおうとした。
 そこで足が止まった。
 もしこれが過去の世界なら、こっちに行けば俺の受験は失敗する。だってこの道を歩いている時に上から降って来たどこかの誰かのせいで俺は試験に遅刻するのだから。
 高校一年生の一学期に、何度も何度も夢想したifの選択肢が頭をよぎる。
 左の道を行けば、少し回り道にはなるけど遅刻はしない。
 ……受験に失敗しない。
 俺は体を180度反転させようとする。
 左に向かえば、俺の人生から挫折は消える。
 第一志望校の制服に身を包んだ奴らに嗤われることはなくなる。親に三年間嫌味を言われ続けることなどなくなる。いくら邪険にしても付きまとってきて、いくら八つ当たりしても困ったようににこにこして、馬鹿で意味不明な行動だらけする変な奴――瀬戸に出会うことなど、ない。
 どちらに向かうべきかなんて分かっていた。
 分かり切っていた。
 なのに。

 思えばあの時右へ向かう道を選んだ瞬間、俺は瀬戸のことが好きなんだとはっきり自覚したんだと思う。



「三回目……って……須堂、もしかして……」
「お前……って言っていいかは分からねえけど、多分お前、一回その『禁術』って奴使ってるんだよ。だから俺はいきなり高校受験の日にタイムリープした。……で、今こうして二度目の大学生活を送っている」
 あまりにも電波過ぎて人に言おうと考えたことなどなかったが、元凶と思しき奴にくらい打ち明けたっていいだろう。
 つまりこの馬鹿は、一度真の魔法使いとかいうものになって、俺の記憶以外の全ての時間を巻き戻したのだ。多分、俺が高校受験に失敗しない未来を選択できるように。
 なのに俺はあいつと再び出会う道を選んだ。当然第一志望校には落ちた。だからあいつは『また』真の魔法使いになろうとした。そしてどうやら真の魔法使い選抜合宿とかいう訳の分からないものに出られる(予定だったが権利を剥奪される)くらいまでは頑張って修行をしたらしい。もしこいつを合宿に行かせていたらまた俺は三十歳の時に高校受験の日に戻されて……最悪の場合、いつまでもそんなループが繰り返されることになっていた可能性がある。
 そんなのまっぴらだ。
 そう思った俺の腕の中で
「……嘘だ」
 と、呆然と呟く声がする。
「嘘だ。だったら、なんで今須堂、オレと……会って……」
「言わなくたって分かるだろ」
 お前と出会わなくなる未来を俺は選ばなかった。選べるのに選ばなかった。
 いくら馬鹿でもその理由ぐらい分かるはずだ。
 大体、昨日居酒屋で、ベッドの上で、散々口に出していたんだから。
「……っ」
 瀬戸が俺の首筋に顔をうずめ、二、三頭を擦りつけて来る。やわらかい髪の感触がくすぐったい。そうしてしばらくごそごそいってた後、ぴったりとくっ付いていた体は少しだけ離され、その代わり視線がしっかりと交差した。
「オレ馬鹿だから答え合わせしてくれないと分かんない」
 瀬戸はそう言って照れ笑いしている。絶対分かっているだろうと思いつつも、
「……あー…………そうかい」
 俺は特にツッコまなかった。

 そうだな。お前馬鹿だもんな。
 俺の受験のためだけに世界の時間全部巻き戻しちゃうぐらいの馬鹿だもんな。
 だからこれからずっとちゃんと見ててやらなくちゃなと思いつつ、俺は瀬戸の耳元へ唇を寄せた。

カマボコ
グッジョブ
4
ひかこ 16/02/15 18:52

予想通り、期待通りのハッピーエンドへ!と思ったら、
そこで終わらず、もう一つどんでん返しが用意されてたのにびっくり&ホロリ。
瀬戸くんの魔法、全世界に迷惑過ぎます(笑)が、全て愛の成せる技?
ちょっと遠回りだったけど、二人とも本当に良かったね・・・と、言いたいです。
あ・・愛は地球を救った?(笑)

ハタケカカシ 16/02/15 22:35

タイトルに惹かれて一番に読んでしまいました。
タイトルからギャグだと思って読んでいたら、意外な展開にびっくりしました。
あまり文章を書きなれていない作者さんなのか、特に長文になると日本語がアヤシイところもありましたが、オチのきいた面白いお話でした。

山瀬みょん 16/02/17 18:19

テーマ規定のせいもあり、オチの半分はすぐに読めてしまった
おかげで正直途中で投げようと思ったが、ちゃんと大オチが用意されてていたのが良いと思う

ただ、そこまで読まないと途中に張られている伏線っぽい物が単に推敲してないだけに見える上、
下手なんだか態となんだか分からない癖のある、小説として微妙な文体も相まって
最後まで読もうという気持ちを削られるのが難点

YUKINOYU 16/02/25 19:19

フランスに渡米は無理ですよヾ(;´▽`A``
でも、なんか面白かったです。
読ませて頂きありがとうございました!

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