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第3回 BL小説アワード「怪談」

ice

エロエロ/メリーバッドエンド

 僕は愛したい。だから殺して。だって好きな人とは一緒に死ぬものなんでしょう?

柴原凪
グッジョブ

「今日はありがとうございました。とても楽しかった」
「僕も楽しかったよ。映画は趣味に合ったかな」
「ええ、とっても。アクションシーンは手に汗握りました」
「そうか、それはよかった」
 アクションとお色気が売りのチンケな外国映画。アクションシーン、彼が手に汗握っていたのと反対の手は僕の手中にあった。まず暗がりでそっと手を握り、柔らかく弄ぶ。アクションに集中したいのにしきれないてのひらは汗ばんで、僕の膝を求めてくる。けれどすり抜けることを許さず、僕の手のなかだけで優しく温める。そしてスクリーンのキスシーンにあわせて近づいてきた彼の唇を受け止めるのだ。
 それだけ。それ以上はやはり踏み込ませない。舌の侵入を頑なに許さない。そうすると、相手は焦れる。焦れても暗にやんわりと拒否を続けていると、下半身の欲に堪え切れなくなったかわいそうな彼は、ラストシーン目前にしてそっと前かがみで席を立つ。そしてエンドロールが終わりきるまでに何食わぬ顔で戻ってくるのだ。
「最後体調を崩したのかな。大丈夫?」
 わざとすっとぼけて問いかけると、映画館を出た夜の空気のなかで彼は微かに頬を赤らめた。
「いえ、大丈夫です」
「そ?」
 今夜はいい相手が見つかった。白い肌、幼い顔、大きすぎる瞳。不ぞろいに切られた髪が逆に彼のファッションセンスを匂わせる。彼の人間性を保つスーツを剥ぎ取ったとき、その中身はどんな色をしているだろう。
「あのっ、……ナギさんはなにかスポーツは?」
 繁華街を駅へ向けて歩きながら、キヨイはだんだんと挙動不審になる。
「それがね、学生時代にバレーボールをやってたんだけど、いまはもう全然ダメ。運動音痴だよ。衰えって怖いね」
「え、でも結構筋肉質じゃ……」
 そこまで口にして、彼はハッと足を止めた。茹でだこのように赤らむ顔。耳まで赤い。この反応がかわいいのだ。貴重な人材が吊れた。早くその内側の色を見たい。
「君、そんなに僕のこと見てた? 僕のどのへんが筋肉質だって? ん?」
 言ってごらん、と優しく問いかけると、彼はしゅんとうなだれて両手でかばんを抱きかかえた。逡巡するそのしぐささえかわいい。とても三十台には見えない純情なところさえ、そっくりじゃないか。
「さっき……あの、映画館で肩が触れて……」
「それだけでわかっちゃうの? 君、すごいな」
「あ、あの」
「君はどうなの?」
「え」
 しどろもどろの弁解をねじ伏せて問いを被せると、彼は条件反射のように顔を上げた。大きなふたつの瞳が潤んでいる。まるで少女のようだとさえ思える。美しい曇りのない眼。僕とは違う。少しも交わらない清らかさだ。
「君の身体はさぞ美しいんだろうね。僕、見てみたいな」



「君の身体はさぞ美しいんだろうね。僕、見てみたいな」
 僕が吐き出した全力の誘い文句も、彼の前ではなしのつぶてだった。
「オレ、ひょろっひょろだよ。見ても全然楽しくないよ」
「いや、そういう話じゃなくって」
「は? オレの筋肉の話だろう?」
「うん、まあそうなんだけど微妙に違うかな……」
 その場はへへへ、と取り繕って終了した。回りくどい方法では彼を堕とすのは無理だと悟ったのがこの頃だ。それでもあきらめたくなかった。僕は男で、彼も男。だからなんだって? 世間様なんか僕は知らない。無理に後世に命を残す方法を考えるなんてばからしい。そんなのできる人間がやっていればいい。そうやって元来成り立ってきた世の中だ。自分のなかの理を曲げて生きるくらいなら、僕は死んだほうがマシだ。
 すぐに極論へ結びつけたがるのは、僕の血なのかもしれない。僕の母は父とは別の男と不倫した挙げ句、周囲にバレて追い詰められ自害した。父はそんな不実な母をそれでも誰よりも愛していて、失った重みに堪えきれずにあとを追ったのだった。どこのメロドラマかよと言いたい。愛のために身を滅ぼすなんてバカらしい。残された僕のことなんて考えなしだ。だったら最初から産んでくれるな。
 身勝手な両親を失い、嫌悪と同時に激しく渇望した。僕にも愛をくれよ。僕を置いていかないで。ねえ、愛ってそんなにいいものなの? それでも両親を反面教師として異性にはまったく興味が沸かなくなっていた僕は、必然的に男を求めるようになった。身体を繋いでいる間は安心できる。僕はこの世にひとりじゃない。僕の身体を求めて熱に浮かされる男が、たとえこの夜だけでもそばにいるなら、それなら生きてみてもいい。そう思ったのだ。
「そんなに筋肉フェチなの? ナギ」
 想いを抱えきれず弾けそうになった夜、酒の勢いで彼のシャツの奥の肌に触れた。酔いにまどろんでいる彼の部屋で、ふたりきり。ボタンを外していく手が震えた。期待と、それから恐怖。彼の奥が見たい。止められない。けれど拒絶されたくない。
「見せて。見るだけで、いいから」
 興奮しすぎて喉はカラカラだった。ひしゃげた声で囁くと、僕じゃなくリクの喉がゴクリと大きな音を立てた。それに驚いて止めた手を、彼はあのときなぜ自ら誘ったのだろう。そんなに僕はかわいそうだった?
「リ、リク。酔ってる?」
「酔ってるよ……ナギの手、冷たくて気持ちいい。緊張してる?」
「うん、そりゃあ」
 鈍感代表みたいだったリクの指が僕の手首に絡まって、肌の上をぎこちなく誘導してゆく。胸元の突起に触れたのがわかると、堪えきれなくなって指に力を込めた。こねるように優しく動かす。いつもヘラヘラ緩んでいる口から信じられないくらい色っぽい吐息が漏れて、それだけで動悸が激しくなった。
「リク。僕、もうこれ以上は」
「触っていいよ」
「へ?」
「ずっと触りたかったんでしょ? ごめんね、オレ気づいてたんだよ」
「……あ、え?」
「ナギ、オレを抱きたいの?」
 性欲なにそれおいしいのって顔をして、リクはその実ちゃんと男だった。僕がこれまで誘い続けてきたことも全部知ってた。わかっていながら、敢えて気付いていないフリを決め込んでいたというのだ。一瞬で理解しろなど土台無理な話じゃないか。
 硬直してなにも言えない僕に、リクは濡れた瞳をずずいと近づけてきた。固まってしまった指に生気を宿すように、自分からピンとふくらんだ乳首を押し当ててくる。頭がヘンになりそうだ。
「抱きたいならそうしていいよ。タイミングがつかめなくて無視ばっかりしてたけど、オレは君に抱かれてもいいって、結構前から思ってたんだ」
 僕の情報処理機能がおかしい。自分に都合よく喋ってくれるリクロボを開発した博士になった気分だ。フワフワする。そして同時に、リクの少しだけ舌足らずで甘えたような物言いにゾクゾクする。
「……て」
 ようやく口を動かしてもうまく音にならなくて、吐息混じりに「え?」と聞き返されてしまった。
「抱いて。リク。僕は君に抱いてほしい」
 蚊の鳴くような声で改めて告げると、彼は驚いたように目を見開き、そして唐突に僕の両肩を掴んで絨毯に押し込めた。
「本当? 嬉しいな」
 スッと笑みを消す。いままでどこに隠していたのか見当もつかないような色っぽい目で僕を見下ろして、それから小さく囁いた。
「めちゃくちゃにしてあげる」



「めちゃくちゃにしてあげる」
「あ……ナギさん、まだ……っ」
「大丈夫だよ。痛くないから……ンッ」
「ナギさ……き、つっ……」
「ハ……あぁ」
 童顔にしては大きすぎる彼のペニスをすっかり咥え込んで、僕は全身が痺れるような感覚に酔いしれた。似てる、でも違う。このペニスはリクのじゃない。僕の一番ほしいものじゃない。
「あ、ナギさんっ……」
「いい? 奥、当たってるよ」
「いい、です……ッ」
「……んッ」
 誰かとこうして繋がっていればそれでいいと思っていた。ずっとそうしてきたし、これからもその場限りの関係をずっと繰り返していけるものだと思ってきた。でももう無理なのだ。リクを知ってしまった。リクの手のなかで溺れてしまった。彼を失った僕は暗い海のなかで漂うだけだ。あの日からずっと。
「あぁ、ねえ、下から突いて。もっと突いて痛くして」



「突いてっ、もっと突いて痛くしてッ……」
「ナギは痛いのが好きなの?」
 微かに笑って、それでも素直に腰を突き上げてきてくれる。リクの甘い微笑はまるで媚薬だ。声にまで薬が仕込まれているみたいに、僕は耳からもトロトロに侵食されていく。
「あッ、あん、あぁ……ンッ」
「ねえナギ? オレがどうして君の誘いを無視してきたか知ってる? 君がド淫乱だって知ってたからだよ」
「あぁッ、あ、もっと……」
「ほんと淫乱。ゾクゾクする」
 まだ足りない、まだ足りない。僕の存在を貫いてこの場に繋ぎとめてほしい。でないとどこかに消えてしまう。僕がいなくならないように、誰でもいいから僕と身体を繋いでいて。
「オレにモーションかけてる間もほかの男と寝てたろ? あいつらのじゃ物足りないからオレに声かけてた? 全部知ってるんだよ、ナギ。オレはあいつらと同じ? 一回ヤッたら捨てる?」
 その声に混じるのは確かな嫉妬。飛びそうになる意識のなかでもはっきりと汲み取れる拗ねた響きに、身体の中心からギュッと胸の底を鷲づかみにされる。
「あ、アアッ……!」
 唐突に訪れた絶頂に身を任せる。おかしいくらいにビクビクと全身が痙攣して、僕の内側は咥えたペニスを容赦なく締め上げた。
「ちょっ、ナギ、締めすぎだって……っ」
 興奮したような声が遠くで聴こえる。それでも下からの突き上げは止まらなかった。リクだってガンガン掘りすぎだ。でもそれでいい。それが好き。もっとひどくして。
「ドライでイったの、ナギ? どんだけエッチな身体してんの」
 呼吸が荒すぎて肯定も反論もできない。ぼんやりする視界に映る僕のペニスは透明な液体を溢れされるだけで、まだ立派にそこにいた。
「あぁ……ねえ、リク、リク」
 息しか出ないような声で名を呼び、横たわったままの彼の胸をやんわりとまさぐる。
「キスして。キス、してくれたら、僕、もう、リクだけに、するから」
「顔とろっとろ。それヤバイねナギ。もしかしていままで誰ともキスしてないとか言っちゃう?」
「……うん、うん、言う」
「ほんと?」
「うん。ほんと。ほんとだよ。リクだけ。リクだけだから」
 これほどまでにほしいと思った相手はいない。なぜだろう、最初にうまくいかなかったから? ずっとかわされ続けたから? 違う、きっとそういうことじゃない。ただ、リクに繋いでほしかった。リクの身体の奥に触れたかった。身体の奥。それはたぶん心臓。心。僕を愛して。
「じゃあキス、する?」



「キスはダメ」
 腹の上に乗った僕の腕を引っ張ってキスしようとするから、すかさずピシャリと拒絶した。
「あ、ナギさん、したい」
「ダメ。ほら、もっと突いて。体力ないの? キヨイ」
「キスしてくれたら頑張れるよ、ナギさん」
「そういうのいらないからさっさとこのデカイので突いてよ」
 言いながらしかたなく自ら動くと、また僕のなかの彼が張り詰めた。でも足りない。まだ足りない。
「もっと大きくして。動けなくなるくらいぎゅうぎゅうにしてよ。僕が壊れるくらい突いてよ。痛くていいの。ひどくしてよ。僕もめちゃくちゃにやったから君もして。ねえ、このチンコこれ以上伸びないの? 伸ばして内臓ぐちゃぐちゃにしてよ。僕をめちゃくちゃにして」
 饒舌になりながら上で腰を振り続ける僕の目に、さっきまでの恍惚の色を微かになくして青ざめたキヨイの顔が揺れてみえる。
「ナギさん、それ、なに……怖いこと言わないでください」
「なにが怖いの? 怖いことなんかなにも言ってないよ。ねえ、足りない。小さくしないで、もっと突いて? 君の全部僕にちょうだいよ、ねえ」
「だ、ナギさん、無理……なんかヘンですよ? ちょっと休憩しましょうよ? ほら、一回抜い」
「抜いちゃダメ」
「グッ……!」
 両のてのひらを彼の白い首に這わせ、力を込めて結んだ。吸気の入る隙間を塞がれて、彼は目を見開いて小さく喘ぐ。僕の手を解こうとするのに、恐怖に慄くその手にはすでに引き剥がす威力はなかった。
「ねえ知ってる? 首を絞めたらもっと感じるんだって。ねえ感じる? 僕のなか気持ちいいでしょう? ほら」
 そのまま首を絞めながら腰を振り続けると、一度萎えかけていたキヨイのペニスはあっという間に膨張した。
「あぁ、いいよ、いい……あぁ、もっと、もっと感じてよ……あぁッ」
 膨らみきった先端が僕の内側で爆ぜる。温かい感触がじんわりと腹に広がり、ようやく僕はひとりじゃないと感じられた。けれどこの程度じゃ足りない。もっとほしい。もっとだ。
「ナ、ギ、さ……は、はな……」
 真っ赤な顔でようやっと口を動かし、キヨイは「ナギさん、はなして」と息も絶え絶えに言った。
「え、いやだよ。だって僕見て? まだイけてないんだけど。もっとして?」
「ヒッ……ア、アッ……」
 キヨイの顔にはもう恐怖しかない。あんなに幼く美しかった顔が無残に歪んで、もう似ても似つかない。やっぱり彼はリクじゃない。キヨイと繋がったドロドロの箇所を出発点に、じわじわと血液が冷えていくのを感じる。気持ち悪い。どうして繋がってるのはリクのじゃないの。
 白い首を締めつけていた両手を離すと、キヨイは狂ったように咳き込みながら僕を思い切り突き飛ばした。飛ばされた拍子に繋がりも解ける。注がれた穴からドクドクと白い液体がこぼれ出し、内腿を伝った。
「あ、あんた、狂ってる……! 殺す気かッ……!」
 虫も殺さないような顔で殺す気か、と問われても不釣合いすぎて笑いが漏れる。彼は僕が薄ら笑いで見つめる先、慌てたように着衣を整えてゆく。ボタンを掛け違えているのに気付いたけれど、敢えて指摘はしなかった。
「ちゃんと手加減したよ? やりかえしてこないからさあ、キヨイ。わかんなかった? 逆だよ、逆」
「……逆って、」
「僕を殺してほしかったのに」
「やっぱりあんた、おかしいよ」
 頬を引きつらせながら、キヨイは呟いた。
「狂ってる」



「狂ってる、ナギ。最高。痛いのがいいの? 苦しいの好き? 感じる?」
「ん、ンンッ……」
 絶妙な加減で首を締めつけられて、小さく小さく喘いだ。頭がぼうっとする。繋がった場所を抉られるたびに、痛みと切なさ、苦しさが同時に押し寄せてくる。えもいわれぬ圧迫感。高揚感。薬でもキメたらこんな感じなんだろうか。そうかもしれない。リクは僕の媚薬。匂いを嗅ぐだけで、声を聴くだけで、吐息を感じるだけで、僕は恍惚として彼のなかに浸る夢を見ることができる。僕を溺れさせてくれた初めてのひと。とっかえひっかえその場限りの相手なんてもう作れない。リクがなかにはいってきてくれたらそれでいい。僕を貫いて、内側から彼の中身を染み込ませてくれたらそれでいい。リクは僕をいらないって言わない。リクは僕の身体を愛してくれる。繋いで、奥までたくさん突いて壊してくれる。僕のしてほしいことを全部してくれる。ほしいものはリクがくれるから、あとはいらない。リクしかいらない。
「ハッ……!」
 腹の上に僕の放った精液が散らばる。リクは満足そうにそれを指で掬い取っていやらしく舐め回した。僕は解放された首を無意識にさする。息を目一杯吸い込んで、小さく吐いてまたたくさん吸い込む。酸素。酸素。頭がクラクラする。心地いい。
「指の痕、残らないかな」
「ん、大丈夫。残ったらファンデーションで隠す」
「ファンデーションとか持ってるの?」
「ん、最初のときに買ったよ。リク、痕たくさん残すから」
「あれ、そうだっけ?」
 すっとぼけてリクが笑う。そして僕の唇を愛おしそうになぞると、もったいぶってキスをした。
「舌、入れたい。ナギ。ダメ?」
「舌はイヤ」
「どうして。気持ちいいよ?」
「気持ちいいから、イヤ。一回でいい」
 結局、リクとディープなキスをしたのは最初の一度きり。キスだけで死ねると思った。そしてあのとき悟ったんだ。常に受け身でしか生きてこなかった僕は死んでしまったこと。僕は愛したい。だから殺して。だって好きな人とは一緒に死ぬものなんでしょう? ほかのなにを置いても優先すべき事柄なんでしょう? 例えばそう、僕の愛を欲するほかの誰かを差し置いてでも。
 怖くなった。だからキスはあれっきり触れ合うだけ。その代償を払うかのように、プレイはだんだんエスカレートしていく。苦しみに酔いしれる僕を蔑みながら愛してくれた腕が、同じ苦しみを欲するようになった。ほしいならあげる。リクにならなんだってあげる。
「どっちが長く我慢できるか試してみる?」
「いいよ」
 繋がって、僕はリクの腹の上。いつもの定位置。僕はこれが好きなんだってわかってるから、リクはいつも上に乗らせてくれる。男に跨るって最高だよ。体重かけて踏みつけにしているようで、その実鋭く穿たれているのだから。
「せーの」
 軽いキスを交わして、僕たちはお互いにお互いの首を絞めあった。僕のなかでリクのペニスが大きくなる。僕はだらだらと蜜を零す。あぁ、でもやっぱりこの体勢だとどうしても僕が有利じゃない? ほら、もうリクのが出た。僕のなかに吐き出して、その身体は大きく痙攣している。その小刻みな動きに連動して、怒張したペニスが猛攻をしかけてくる。イきながら僕を攻撃する。あぁ、もうダメだ、もう出ちゃう。
「ふ……あ、アアッ……!」
 リクの胸の上にまで飛距離をのばして、僕からも白い体液が放たれる。リクの不健康な白い肌に乳白色の水溜りをつくる。うっとりと眺めながら彼の首から手をはなし、そこでようやく気付いた。
 僕の首から彼の手がなくなったのは、いつから?



「ナギさん、いいとこ住んでるね」
 今日の男は失敗だったかもしれない。ちょっとかわいいかなと声をかけたら、思いのほかベラベラ喋る。僕は物静かな子がいいよ。だって妄想のなかでリクに変換できるから。あんまり口数が多いと現実が見えてしまって集中できない。
「前はルームシェアしてたから。シャワー先がいい? あと?」
「オレ、いいよ。誰かにひっかかるつもりで浴びてきたから」
 あっけらかんと言い切る少年のような目をした男を置いて、ひとりシャワーを浴びた。部屋に男を連れ込むのは久しぶりだ。普段は極力呼ばないようにしているのに、なぜだろう、彼のやや強引な甘え方に負けてしまった。外見も声も似ても似つかないのに、どこかリクに似ている男。名前を訊いたら「ウニって呼んで」と返ってきた。理由は「ウニが好きだから」。当然のようにそう言って笑う彼を見て、思わず身震いした。リクの好きなもの。ウニとイクラ。子供みたいにわかりやすい高いもの食べたい病だ。
 髪を拭きながら浴室を出ると、ウニはリビングにはいなかった。
「ウニ。どこ? 勝手にうろつかないで」
「ごめん。ここナギさんの部屋?」
 僕の部屋のほうから声がして、そちらへ足を向ける。入る間際、反対側の部屋の施錠をなにげないそぶりで確認した。大丈夫、鍵はちゃんと掛かってる。
「本、好き?」
 意外なことに、ウニは僕の本棚から分厚い単行本を取り出してパラパラとページをめくっていた。あれは確か、リクが好きだった外国の恋愛小説。紆余曲折あった結果別れてしまったふたりが、時の流れを経て老人ホームで運命の再会を果たす感動巨編。もとより男女の恋愛話を読むのが好きじゃない僕は全然泣けなかったけど、リクはぼろぼろ泣いていたっけ。感受性豊かだったと思う。いつも鈍感なふりをして飄々と人間づきあいをやりすごしているリクだったけれど、本や映画には素直に感動してよく涙を流していた。
「この本、すごく好き。懐かしいな。ホームで再会したとき、片方は相手のこと忘れてんだよな」
「そうだったっけ」
「そうだったよ」
 なにげなく返された言葉になぜかドキッと鼓動が跳ねた。なんだろう、この感覚。もしかして、ようやく求めていた男にめぐり合えたということだろうか? これまでの男たちとなにかが違う。ドキドキする。高揚する。興味をもって彼の中身を知りたいと思う。上辺じゃなく、すべて剥ぎ取った中身。見せて、全部見せて。
「あっちの部屋、鍵かかってんのなんで?」
「……昔ルームシェアしてた相手の部屋だったの。いまは物置で踏み込めないくらいだから」
「へえ」
「ねえ、それより、君の身体を早く見せて。どれだけ美しいか確かめさせてよ」
「せっかちだなあ」
 ふふふ、とほころんだ顔はまるで子供だ。前回のキヨイの比じゃなく、リクに似ている。雰囲気? 顔? 身体のライン? 声? しぐさ? 口調? なんだろう、全部違うのに、全部似ている気がするのだ。知らず興奮しすぎて錯覚を起こしているのだろうか。



「あぁッ……あンっ……んんっ」
 ウニの身体は最高だった。まるでリクとまた交わっているかのように、深く抉られて息がつぶれた。僕が腰を振るのにあわせて、彼も下から容赦なく突き上げてくれる。大きさもちょうどいい。突いてほしいところまで届く。キヨイのようにいたずらをしなくても、華奢な僕の穴から零れ落ちそうなくらいの張り詰め具合だ。気持ちよすぎて久々に飛びそう。そんなのリクとしたとき以来になる。リク相手以外でそんなことになる日がくるなんて思ってもみなかったけれど。
「ナギ、いい?」
「ん、いい、すごく、いい……ッ」
 フワフワとした甘い痺れのなかで答えてから、ふと違和感を覚えた。ついさっきまで「ナギさん」と呼ばれていた気がする。
「ナギ、ひどくしていい?」
「いい、して、してッ」
 突き上げが激しくなる。あれ、こんなに声が低かったっけ? もうひとりの小さな自分が頭の隅っこで首を捻っている。
「痛いの、好き? もっと激しくしようか?」
「ん……ッ、んあッ……」
 不意に僕のなかのペニスがのびた気がしてビクッとして目を開けた。感覚でわかる。確かに大きくなった気がする。太く大きく成長して僕の入口と内臓をギチギチと押し広げてくる。
「あぁッ……あんっ、あ、あ、あつ……!」
 なかでペニスが明らかに温度を上げた気がした。焼けるようだ。熱い。痛い。気持ちいい。
「あぁ、もっと、もっとひどくしてっ、最高、君、最高っ、ウニっ、もっとッ……!」
「名前間違えないでよ。ねえ、ちゃんとオレの顔見て? 君はいま誰とヤってんの?」
 心拍数が振り切れそうなほど上がる。この声、この口調。まさか、そんなはずは。
 朦朧とする意識のなかで必死に焦点を合わせる。
「……リク」
 僕の下にいる男は、不健康そうな白い肌に大きなパーツを組み合わせた幼い顔をしていた。さっきまで僕を下から犯していた、若干目つきが鋭くよく喋る男はもういない。代わりにあるのは僕の理想を具現化した人間の顔。欲してやまないのに失ってしまった男の顔だ。
「ほんとに、……リク?」
 声に出して訊いてから、そこに滲む恐怖に自分でゾッとした。そんなはずない。だってリクはあのとき、僕の下で。
「ねえ、知ってる? 冷凍庫のなかってすごく寒いんだよ。身体が凍るくらい」
 笑顔でどうでもいいことのように言うと、リクは僕のなかでさらに硬度を増した。
「あッ、……ヒッ」
「ねえナギ? オレの、すっごく熱いでしょ? オレは君のなかが冷たくて気持ちいいよ。肌も冷たい。ねえ、気付いてる? オレの体温君にあげてるの。オレは何年も入ってたから平気だけど、ナギは身体、もつかなあ?」
 ふふ、と笑いながらリクは突き上げをやめない。話が半分くらいしか頭に入ってこない。なにが起こっているのかよくわからない。でもこれがリクなのはわかる。ウニなんてふざけた名前の男は最初から存在しなかったのか。
「アッ、り、りく……僕を、恨んでる?」
「なに言ってるのナギ。オレがナギを恨むわけないじゃない。恨む要素がどこにあるっていうの? セックスの最中に首を絞めて殺されちゃったから? 裸のままでっかい冷凍庫に収納されちゃったから? 一度も部屋の鍵を開けてくれないから? そんなの別に関係ないよ。だってオレをひとりじめしたかったからでしょ」
「ん、リク、りく、りく……あぁ、ンッ!」
 全身が激しく痙攣するのを、上体を起こしたリクの熱い両腕にぎゅっと抱え込まれた。なかで、リクのペニスが激しく脈打つ。ドクドクするのに、精液を注がれる感覚は皆無だった。
「ナギ、ずっとオレの代わりを探してたでしょう? だけど考えてもみなよ。そんなの務まる人間なんてこの世に存在すると思う? オレ、あいつらにずっと嫉妬してたんだよ。オレに身体があればすぐにでもナギを殺してやれるのに、って」
「りくぅ……」
 もたれかかると、よしよしと熱いてのひらで撫でられた。リクの背中でようやく気付く。僕の吐く息が白い。
「ねえオレ頑張ったでしょ?」
「ん。リク。あったかい」
「ナギ。待たせてごめんね。ゆっくりしてあげる」
「ん」
 キスをしたら、ふたりの温度差で白い煙のようなものが出た。リクの熱い手が首に絡みつく。ずんと眠くなる。僕とリクの境目がもうよくわからない。
「舌、入れたい。ナギ」
「……いいよ。うんと気持ちよくして」
 一緒に逝かせて。

柴原凪
グッジョブ
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