>
>
>

第3回 BL小説アワード「怪談」

※この物語はフィクションであり、実在の人物・怪談・お化けとは一切関係ありません

お化け視点/怖くない/トンデモ設定

「やっぱりいたんだ…………幽霊」 リノリウムの床からキラキラした視線を送り上げて来る彼と、目が合ってしまったのです。

カマボコ
グッジョブ

 さて皆さん、今日の授業では、我々『お化け族』がどうして『怪談学』というものを学ぶ必要があるのかをお話してゆきましょう。
 ご存知の通り、我々お化けというものには相手に物理的ダメージを与えるという意味での戦闘力など皆無です。そもそもお化けには恒常的に使用できる肉体というものが存在しませんし、実体化した時の体は非常に脆く、暴力に訴えようものなら確実に破損してしまいますので、殴ったり蹴ったりというのはあまり現実的ではないんですね。……呪い? 誰ですかそんなゲームか漫画の中の話をしているのは。
 そんな我々がこの世界で平穏無事に生活をするための唯一の武器。そ・れ・が、怪談というわけなのです。
 あそこに行くと呪われる。あの部屋に入ると死ぬ。
 一般的に人間というものには目に見えない不思議な何かを怖がる習性がありますから、そういった噂を流しておけば、ほとんどの人はもうその場所には近寄らなくなります。ですから皆さん、住む場所を決めたらまずはいい感じに怖いお話を考えて、近所の小中学生あたりに噂を広めておきましょう。その時のために、我々は怪談作りの腕を磨いておく必要があるのです。
 こんな武器しかない状態で社会に出るのは不安かもしれませんが、まあどうにかなりますから心配はご無用です。先生だって皆さんと同じくらいの齢に独り立ちして、その時は色々大変な思いをしましたが、今はとても楽しく暮らしておりますから。
 ……え、その時の話を聞きたい?
 …………そんなに面白い話でもないですよ。
 ……そうですか……それでも聞きたいと……。
 仕方ないですねえ……。


 先生が皆さんと同じくらいの齢だった頃には学校なんてありませんでしたし、そのくらいになったら独り立ちしているのが普通でしたから、先生もはじめての一人暮らしをするためにとある街へと降り立ちました。
 目を付けたのはとある高校の、閉鎖された旧校舎でした。学校という場所は広いようで狭いからか、怖い話というのはすぐに広がります。その上この国には『学校の怪談』なんて文化もありますから好都合です。理科室と言えば動く人体模型が襲って来る、美術室と言えば夜中に見てしまうと人を冥界に引きずり込む絵……といった感じの恐ろしげなイメージが彼らの魂の中で説明不要なレベルで共有されていて、だから先生が生徒に混じってこっそり広めた『旧校舎の保健室では死者が仲間を探している』なんていう、今思えば稚拙極まりない怪談もすぐにまことしやかに囁かれるようになり、そのうち旧校舎にはぱたりと誰も来なくなりました。
 ところが。
 ある春の日、そんな先生の平穏な生活を脅かす危険な存在が現れたのです。



※この物語はフィクションであり、実在の人物・怪談・お化けとは一切関係ありません



 一般的に人間というのは怪談というものを怖がって避ける傾向にありますし、多少興味を持ったとしてもわざわざ怪談の舞台まではやって来ないものなのですが、稀にスリルと魅力を感じてわざわざ近付いて来るような輩も存在します。
 だったら怪談なんか何の役にも立たないじゃないかって? そんな短絡的な考え方ではこの先渡って行けませんよサトウ君。肝試しとか言って乗り込んで来るバ……無鉄砲な人というのは、上手く利用しさえすれば非常に役に立ってくれるのです。程良くトラウマを植え付けて逃げ帰らせれば彼らは自らの体験をあちこちにばらまいてくれますから、怪談に更なる深みとリアリティが生まれます。勝手に足を滑らせて転んだくせに、「亡者に地獄に引きずり込まれかけた」とか盛りに盛った話をしている姿を見たりすると、ちょっと面白かったりもしますしね。
 というわけで先生も、夜中の保健室に現われた闖入者を驚かせようと思ったわけです。
 皆さん、こういう時はよくよく注意してくださいね。我々は普段のこの形態では人の目には見えず声も聞かせられず物体にも干渉できないので、驚かせる際には基本的に実体化していなくてはならないのですが、実体化しているということはもちろん相手に姿が丸見えです。自動驚かせ機なんて物を使う方法もありますがあれは高価ですし、なによりあんな物を見られてしまったら物的証拠が残って後々面倒なことになります。だからきちんと『驚かせ学』についても勉強しましょう……って話が逸れましたね。
 先生は衝立の裏に隠れて驚かせる機会をうかがいました。そして今だ! という時にポケットに入るくらいの小さなライトを点灯させて壁に巨大な影を浮かび上がらせてみせたのですが、なんとその行為は逆に彼の興味を引いてしまったのか、彼は逃げ帰るどころか近付いて来てしまったのです。
 しかし、そんなことで焦る先生ではありませんでした。なぜならこの場合、姿を見られるより前に実体化を解除しさえすれば「たしかにそこに何かがいたのに……」と、倍の恐怖を与えられるということを知っていたからです。
 なので先生は走り寄って来る彼を見てさあ姿を消そうと思ったのですが、その時……運悪く手が衝立にぶつかってしまってそう…………バタン、と。
 一瞬後、床と衝立に挟まれた闖入者さんはぐるぐると目を回しておりました。
 これには先生も焦りました。その辺をウロウロしていた人が蚊に刺されて痒い思いをしてしまったとか、びっくりした人が階段から足を踏み外して捻挫とか、そんなことはいくらだってありましたが、それは相手が自滅しただけなので別になんてこともありません。しかしこれは……どう考えても先生にも責任の一端があります。
 幸いにも頭にたんこぶを作っただけで大事には至ってないようだったので、とりあえず先生は彼をベッドの上に引きずり上げると、耳元でデタラメな念仏を唱えるという嫌がらせをしながら朝まで観察していました。
 え、その人の見た目? 一般的な『女子にモテそうな男子生徒の姿』を想像していただければと思います。……先生みたいなって? そんなおべんちゃらでレポートの締め切りは延ばしませんよスズキ君。逆です逆。いかにも太陽の下が似合いそうな、オカルト雑誌なんか似合わない感じの方ですよ。

 さて翌朝八時、いい加減学校に遅刻しないか心配になってきた先生は、彼を思いっきり揺さぶってから姿を消しました。
 彼はがばっと跳ね起きると、辺りをきょろきょろ見回して、先生が枕元に置いておいたバランス栄養食品にかじり付いて喉に詰まらせて、それから首をひねりながら去って行きました。
せいぜい無断外泊をご両親に叱られるといい。作戦通りとは言い難いですが、これでもうここには来ないだろう……と先生は思いました。しかし……それが甘い考えだったということに気付かされたのはその日の夜中のことでした。
 彼はまたもや旧校舎に忍び込んで来てまっすぐ保健室にやって来たかと思うと、
「うっ! 衝立にやられた傷が……」
と妙にはっきり呻いてその場に倒れ込んだのです。
 昨日のダメージが今日になって悪さをし出すというのは決して無いことではありません。先生は慌てて彼に駆け寄りました。走りながら実体化したせいでタイムラグが生まれて傍から見るとホラーかSF映像でしたが、どうせ誰も見てないしいいやと思っておりました。
「あの! 大丈夫ですか……うわっ!?_」
 ところが、先生の足首は突如何者かに掴まれてしまったのです。人の命が掛かっている時に誰がこんな……と思いながら足元に目をやると、
「やっぱりいたんだ…………幽霊」
 リノリウムの床からキラキラした視線を送り上げて来る彼と、目が合ってしまったのです。

 先生は逃げました。
 なんとか彼の手を振りほどいて、丑三つ時の旧校舎内をひた走りました。
 今まで人間を追いかけた経験は多少ありましたが追いかけられたことなんてはじめてだったので、あれは化け生で一番怖かったと思います。
 しかし実体化用の体というのはとにかくひ弱なので、先生はすぐに体力切れを起こして捕まってしまいました。実体化と解除はあまり短い間隔で繰り返せるものではないですし、ある程度の体力が必要なのでこの状態だと消えて逃げることもできません。
「な、なにをするつもりですか!?」
 ご存知の通り、お化け族の容姿は人間からすると非常に魅力的に映ることが多いようで、こうして捕まってしまったお化けが皆さんにはお話しできないような目に遭ってしまうことは多々あります。そうならないように常におどろおどろしい姿の仮装をしている方もいらっしゃるというのは護身学でも習いましたね。
 なので先生も煮て食われるか焼いて食われるかと絶望的な思いで震えていたのですが、彼は困ったように笑って手を離すと、「これ、返しに来ただけだから」と朝置いたものと同じ種類の――厳密に言えば新発売の見たこともない味でしたが――バランス栄養食品を差し出して来たのです。
 その時彼と先生の腹の虫が同時に鳴って、仕方ないから先生は彼と二人で保健室に戻りました。

 その後栄養補給をしながら話をしていて分かったのですが、彼は入学初日に超常現象同好会を立ち上げ一人で精力的に活動する程の重度のお化けマニアだったそうで、旧校舎に流れた噂を聞き付け、これは検証せねばと考えたのだということでした。こんな夜遅くに親御さんは心配しないのかと思ったら、彼の家族は皆が皆、好きなもののためなら軽く地球の裏側まで行ってしまえる性分なんだとかで、むしろ快く送り出されているんだとか。
 友達になって欲しいとかなんとか血迷った発言をしている彼の声を聞きながら、とんでもない人に存在を知られてしまったものだと先生は一人青くなりました。
 そして、戦いの火蓋は切って落とされたのです。


 それから二年と半分以上。彼は毎日のように夜中の旧校舎に現われるようになってしまいました。……いつ寝てるんだと聞いたら放課後すぐ家に帰って夜中まで仮眠を取っているとのことでした。だから彼が現れるのはいつも丑三つ時でした。
 先にも述べましたが我々お化け族の武器は怪談しかありません。今回は恐がってくれないか、今回は気持ち悪がってくれないかと様々なジャンルの怪談を校内に流して攻撃を試みたのですがその効果は薄く、しかしここで諦めるのも癪だったので、ひたすら先生は怖い話を学校に広め続けることで彼に対抗しました。
 いつしか旧校舎は玄関に入ればその瞬間呪われ、廊下を走れば無限ループ、教室全てに怪異が潜み、あるわけもない地下迷宮の最深部にはアビスゲートがあるとかいうラストダンジョンもびっくりな魔窟になってしまいました。……あくまでも噂の上では、ですが。
 普通の神経の人なら爆発的な勢いで怪談のるつぼと化してゆく場所になど絶対に近寄りたいとは思わないでしょう。しかし彼はいつもいつも検証のためと言ってやって来たのです。どうせここには先生しかいないと分かっているだろうに、それでも毎日のようにやって来たのです。
 そしてあれこれと卑劣な作戦を使って先生を陥れて――どんな風にって? 例えば……なぜか廊下にバランス栄養食品が置いてあるなと思って手を伸ばしたら、取った瞬間どこで買ったんだという巨大なザルの中に閉じ込められたりしたんですよ怖いですね――捕まえてから朝までたわいもない話をしてそのまま登校してゆくのです。ほとんど毎日がそんな感じで気が休まらず、先生はほとほと困り果ててしまいました。
 だって彼が来たら全然落ち着かないですし、いつもより来る時間が遅いとそわそわしますし、たまに来ないとなんだか嫌な気分になりますしで、どうしたって彼は先生の心から平穏を奪ってゆくのですから。
 
 そんなこんなでどうしたものかとある冬の日新校舎の中を漂っていたら、男子生徒たちがなにやら語り合っているのを発見しました。
 二人は
「なんかさ、オレ、いきなりマサキに告られたんだけど。卒業前に言っておきたかったから……とかって」
「なにそれ、キモいわー」
「だよな。キモい……よな……」
「え、なんで。なんでそこで落ち込むん!?」
 とかなんとか語らいながら暗い顔でコーヒー牛乳を飲んでいます。
 それを聞いて先生は頭の中で豆電球がぱっと光るのを感じました。普通男性は同じ男性に恋情を告げられると嫌な気分になります。魑魅魍魎(ちみもうりょう)に性別なんてあって無いようなものですが先生は自分を紛れもなく男性だと思っておりますし、万一彼が実は女性だったなんてミラクルなオチが用意されていたりなんかしたら今この話をお読みの方がまず間違いなく激怒します。つまり先生が彼に愛を囁けば、多分彼はすさまじい恐怖と嫌悪感を覚えて旧校舎には寄り付かなくなるに違いないと、そう思ったのです。
 押して駄目なら引いてみろ。
 とりあえずマサキとやらに幸あれ。
 先生はこの新たなる作戦に無限の可能性を感じながら、旧校舎へ戻ってわくわくと夜を待ちました。

 善は急げということで、先生はその晩彼に『告白』しました。流れについては割愛しますが、先生はそれなりに凝り性なのでなるべくそれらしく見えるよう心を砕き、迫真の演技を披露したのは確かです。
「え…………」
 彼は絶句し、保健室は沈黙に包まれました。先生は作戦の成功を確信しつつ彼の表情をうかがいました。悪霊退散と殴りかかられた場合に備え、実体化を解除する準備も万端です。
 しかし、彼の様子は先生が想像していたものとは全く違うものでした。
 みるみるうちにその頬には血が上り、体は小刻みに震え、そして、
 とてもとても嬉しそうに笑ったのです。
――大変な失敗をしてしまったということに気付くまで一秒も掛かりませんでした。だって先生の体は一瞬にして彼の腕の中に閉じ込められてしまったのですから。
 心地よい体温を感じながら先生は慌てて
「冗談! 冗談ですから!!」
 と大声を上げました。
「じょう……だん……?」
 すると電池切れ間際のロボットが無理矢理絞り出したみたいな声が聞こえて、わき腹の辺りに食い込んでいた腕からがたりと力が抜けました。先生は彼の胸を押しのけ睨み付けました。
「あ……当たり前じゃないですか! 誰があなたみたいな迷惑な人なんか!!」
 そしてすかさず追撃を入れました。ここら辺で一度はっきり迷惑だと言っておいた方がいいだろうと考えたのです。もう三年近く言いそびれていたので若干タイミングを逃した感がありますが、言わずにいるよりは言った方がいいでしょうと思ったのです。
 すると彼の頬にすっと線が入りました。
 それは、彼の目からこぼれた涙の流れでした。
 先生は狼狽しました。だって誰が泣かれるだなんて思うでしょうか。
 彼はそれを制服の袖で拭ったかと思うと、それまでで一番真剣な顔をして先生に言ったのです。
「そういう冗談は、人を傷つけるよ」
……と。
 先生は体も頭も満足に動かせず、ただその場に固まっていることしかできませんでした。
 本当に取り返しのつかないことを言ってしまったんだということに気付けるくらいに冷静さが戻って来たのは、彼がいない保健室で、一人きりで朝日を浴びた頃でした。

 そしてそれから三日経っても四日経っても、彼は旧校舎に現われませんでした。



 彼が旧校舎に来なくなってもう何日も経った頃、先生の耳にとんでもない報せが舞い込んできました。
――旧校舎解体決定
 もともと旧校舎はそのうち解体する予定ではあったらしいのですが、こんな怪談のデパートを残しておくのは恐いとPTA会長さんが強硬に主張したため、時期を前倒しすることになったとのことでした。
 先生がむきになって怪談を作りまくったせいでこのように事態になってしまったのです。これ以上学校側に迷惑を掛けるわけにはゆきません。先生はなぜかどこからともなく発生し始めた「旧校舎を解体すると呪われる」という話を打ち消すように「旧校舎を解体したら住んでるお化けは皆成仏する」という噂を流し、引っ越しの準備を始めました。
 ……そこでようやく気が付いたのです。
 そもそも彼が来るのが本当に迷惑だというなら、さっさと引っ越しておけば良かったのだということに。

 別に我々お化け族には、住み着いた場所にいつまでも縛り付けられるなんていう悲しい定めはございませんので、引っ越したいと思えばいつだって引っ越すことができます。時々自己演出のためにそんなオリジナル設定を付けている方もいらっしゃいますがそれは中二病です。
 だから近所がうるさいとか、日当たりが悪いとか、今住んでいる場所に不満があるのならいつだって他を当たって良いのです。敷金礼金仲介料なんて概念もありません。
 なのに先生はこうして出て行かざるを得ない状況になるまで、一回だって引っ越そうなんて考えたことはありませんでした。
 毎日毎日いかにして彼を撃退するかを考え、彼が嫌がりそうな怪談を考え、彼にすぐに伝わるであろうルートを考えて噂を流し…………。
 旧校舎で暮らした三年近く、先生が考えていたことといえば彼のことばかりでした。
 そして引っ越しの準備をしていたその時だって、彼は今日こそ来るだろうかとか、来てくれたとしたらどうやって謝ろうだとか、そんなことばかり考えていたのです。
 掃除のために実体化して、旧校舎を歩いていたら涙が溢れて来ました。
 この廊下を走ったら無限ループです。突き当たりの鏡を覗いたら異世界に連れて行かれます。第一音楽室に入ったら音痴な悪霊の歌声が耳から離れなくなり、物理実験室に入ったら巨大な振り子に狙われます。あの階段を上り下りしたら携帯電話の待ち受け画面が突然エッチな画像になるのです。
 そんな、馬鹿みたいな怪談の数々をいちいち『検証』に現われる誰かのことで先生の頭は一杯だったんだということに、先生はその日やっと気付いたのです。
 廊下で反復走する彼の姿が、曇った鏡を新聞紙で拭く彼の姿が、第一音楽室でエアギターをしている姿を見られてばつの悪そうな顔をしていた彼の姿が、物理実験室で振り子をカチカチ動かしてMotherとotherがどうこう呟いていた彼の姿が、階段を降りながら携帯電話を開いたり閉じたりしていたら突然ぎょっとした顔をした彼の姿が、クリスマスイブにケーキ片手にやって来た彼の姿が――怪談の数と同じかそれ以上の思い出が、先生の頭の中に浮かんで消えました。
 きっと知らないうちに、先生は彼のことが好きになっていました。
 だからお化けマニア相手に怪談で応戦するなんていう非合理極まりない戦法を取って延々彼と戦い続けていたのでしょう。そうすれば彼は来てくれると無意識に信じていたのです。
 先生は泣きました。
 もう誰も来ない旧校舎で、声を上げて泣きました。
 その時です。

「泣くな! 泣かなくていい!!」

 聞き慣れた声がして、どたどたと足音が近付いてきました。
 はっと声のした方に顔を向けると、そこには息をはずませた彼が立っていました。……走ったら無限ループ? いや嘘ですからその話。
 そして彼は手に持っていた紙束を掲げると、
「署名集めてるから! 旧校舎壊すなって。大丈夫。なんだかんだですごい集まってるし、良く考えたら怪談目当てで増えた入学志望者減ったら困るって校長先生も言ってたし、……ここ壊したら地球滅亡するって書いてって新聞部には話通しといたし、旧校舎壊したら成仏するって噂は俺が否定しておいた!! だから!!」
……と一息に叫んで、それから
「俺、またここに来ていい?」
 震える声で、彼はそう言いました。
 
迷惑だって言われたけど、でも俺はきみが大好きだから。

 更にそう続けられて先生は、これまでの化け生で言って来た数よりずっと多いかもしれない「ごめんなさい」を繰り返しながら、彼の胸に飛び込みました。
 署名の束が花吹雪のように辺りを舞ったのが視界の端っこに見えて、とても綺麗だなあとその時先生は思いました。


 その後色々あって旧校舎の解体は中止されました。
 彼が言っていたようにこの旧校舎は近所でなかなかの注目スポットになっていたとかで、だけど入ると呪われて怪我して風邪引いて呪われて太陽が爆発してついでに一生モテなくなるんだと彼が一生懸命噂を広めてくれていたせいで、誰も中には立ち入ることなく外から見守る空気になっていたんだそうです。どおりでいつの間にか周りの花壇が整備されたり、顔だけ出して写真撮影するあのパネルが玄関前に設置されていたんだなあと納得がいきました。怪談のデパートを一目見たいと観光客は詰めかけるし、市の職員さんが面白半分に開発した『ばけってぃ』とかいうゆるキャラはお土産要員として大人気になるしで、街の財政も非常に潤っているとのことでした。みんな幸せです。

 ……え? じゃあ先生は今もその旧校舎に住んでるんですねって?
 いいえ、そんなことありませんよ。
 だって今皆さんが学んでいるこの学校こそが、その『旧校舎』なんですから。
 こんなにお化けに優しい環境の場所を独り占めにするわけにはいかないと思って、先生色々頑張ったんです。

 それに先生は今、もっともっと住み心地の良い場所で幸せに暮らしておりますからね。

カマボコ
グッジョブ
2
ひかこ 16/07/16 14:39

お化けも怪談も出て来るのですが、
怪談というより、怪談を使ったお話・・・・なんでしょうか?
そんな風に使うの?!と、びっくりしました
最後の最後がぼかしてあるので、?となりましたが、
これは、BL的にもハッピーエンドということでいいんですよね(笑)

山瀬みょん 16/07/17 15:47

テーマ解釈が「巧い」と感じるか「違う」と感じるかギリギリの所
作中世界のお化けがどのようにして生きてるのか、良くも悪くも気になって仕方無いが
恐らくそこは突いてはいけない点なのだろう

最後にそう持って行くかと驚いたが、あと一つか二つ伏線を張った方が
驚きと納得を更に味わえるのではないかと感じた

コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。