警察小説の金字塔、21世紀、33歳の新生・合田雄一郎、登場

表題作マークスの山(上)

あらすじ

※非BL作品
「俺は今日からマークスだ! マークス!いい名前だろう!」――
精神に〈暗い山〉を抱える殺人者マークス。南アルプスで播かれた犯罪の種子は16年後発芽し、東京で連続殺人事件として開花した。被害者たちにつながりはあるのか?
姿なき殺人犯を警視庁捜査第1課第7係の合田雄一郎刑事が追う。直木賞受賞作品。

合田雄一郎は音一つなく立ち上がった。
33歳6ヵ月。
いったん仕事に入ると、警察官僚職務執行法が服を着て歩いているような規律と忍耐の塊になる。
長期研修で所轄署と本庁を行ったり来たりしながら捜査畑10年。
捜査1課230名の中でもっとも口数と雑音が少なく、もっとも硬い目線を持った日陰の石の一つだった。――(本文より)

作品情報

作品名
マークスの山(上)
著者
高村薫 
媒体
小説
出版社
講談社
レーベル
講談社文庫【非BL】
シリーズ
マークスの山
発売日
ISBN
9784062734915
4.5

(7)

(5)

萌々

(1)

(1)

中立

(0)

趣味じゃない

(0)

レビュー数
3
得点
32
評価数
7
平均
4.5 / 5
神率
71.4%

レビュー投稿数3

小説としての面白さが神

合田シリーズ第一弾の上巻。
匂い系と言われる本シリーズ、一作目はまだ微香。とはいえなにかしら感じるところはあると思う。

過去から現在へ、さまざまな場所で起こる事件が、点としてぽつぽつ提示される。犯人探しのミステリでなく、各点がどのように線になり、裏にどんな秘密が隠されているのかを合田視点で追っていく物語。
人間ドラマとしても面白く、圧力に潰される閉塞感の中で戦う刑事に痺れる。狂人(上巻ではまだそんな印象)の頭の中をのぞかせてくれたりもして、助走段階の上巻だけでも読み応えが半端なかった。

BL的匂いに関して。
主人公の合田は、常に事件で頭をいっぱいにしている。プライベードなどあってないようなもので、会うのも話すのも仕事関係の人間のみ。そんな中、一人だけ相対すると合田の中の何かの緩みが感じ取れる人物がいる。そこだけ作品の色が変わる印象を受け、はっとなる。
二人が話す内容は仕事に関することで、他の同僚等と大きな違いはない。ただの知り合いでない背景を思えば当然かもしれないが、合田の心理描写に不安定な揺らぎが見られるのがそこのみなので、どうしても気になってしまう。
匂い系と言われる所以を詳しく調べることもなく、誰と誰が匂うかも知らずに読んだが、それでもこうした感想を持った。なのであえてその相手の名前は伏せておきたい。

確かに匂い系ではあるが、萌えだけを求めて読むと上巻で戸惑うかもしれない。導入から登山や捜査に関する専門用語が飛び交い、ラノベのように親切な説明はない。加えて序盤は多くの点(事件)の提示であり、これらがどう繋がり、どう面白くなっていくのか?と不安を覚える。
警察組織や人物描写の緻密さに唸らされるが、そこは萌え要素とはちょっと違う。

しかし小説としては抜群に面白いし、シリーズを続けて読んでいくと、その先に大きな萌えが発生してくる。合田シリーズは現在6作出ているが、うち始めの3作「マークスの山」→「照柿」→「レディ・ジョーカー」と、ぜひここまで読んで欲しいと思う。

BL好きには単行本より文庫版をおすすめしたい(長くなったので、理由は下巻レビューにて)。

5

ハイ、色々見落としてました(笑)

雄一郎&祐介の元義兄弟を大好きになってから、「マークスの山」を読むと色々な事がとても新鮮。2回、3回と何度も読み直して萌えられるのが高村作品。特に合田雄一郎シリーズ。「照柿」も読み直さなきゃ。

57歳の雄一郎を読んだ後、この33歳の(初登場時は30歳!)を読むと若い、可愛い、ギラギラしてるぅーと思いました。関西弁とスニーカー良い!スニーカーは30代くらいで卒業したのかな。駅から署までほぼ全速力で走ったり、登山で駆け上がるなんて(歩くのだって私はムリ)普通にカッコいいです。刑事ドラマみたい。

雄一郎、離婚後5年ということでまだ疎遠だったこの時は祐介とは手紙を交換するだけの関係だったけど久しぶりに再会したのは事件を介した王子署の中で。まさに王子に王子が現れた!って感じですよ。あ、殿様だったか。祐介が雄一郎の関西弁が好きなのは感情的になると自然に出てしまうってのが可愛いんだと思う。犬の尻尾みたいなもので関西弁の時は嘘がつけないの。

あと映画館や朝の駅で逢い引き、じゃなく待ち合わせするんだけど映画館ではあえて隣じゃなく前と後ろの席で手を握ったり、駅ホームでも新聞からわざと目を離さないで会話したりスパイごっこでもしてるつもりか!と思いましたが、わりと警察の同僚に2人の仲の良さは知れ渡ってるのが可笑しい。

それとLJにも出てた根来さん!結構登場して義兄弟とそれぞれ絡んでくれた。特に雄一郎を「警察にこんな事言いたくないけどガスや電気のメーター見たらわかるでしょうが!」って言い負かしてたのは痛快だった。惜しい人を亡くした。どこかで生きていてほしい。

捜査会議で7係のサル山動物園はやはり面白かった。雄一郎はやはり皆に愛されてると思う。愛されるか執着されるか。ほんと根来さんの言う通り。童顔で頭がキレて家庭でも育児も介護も頑張ってるペコさんはやはりすごい人だと思った。まだ36歳なのに。LJで雄一郎と祐介の36歳なんて青春真っ盛りな感じだったもんね。

4

甘食

「マークスの山」単行本版再読しました。面白くて止まらない。文庫版とはまた違った良さがある。雄一郎の関西弁が可愛らしくて魅力的。加納さんの気持ちがよくわかる。雄一郎って改めて男をたらす男。四課の吉原さんにも上司のペコさんにもなんだかんだで可愛がられてる。広田さんからも無愛想な森君からも慕われている。BLでも一般小説でも男にモテる男が私は大好きだ。しかしこの頃は本当に寝る間を惜しんで働く雄一郎。駅のホームのベンチとか公園のベンチとか捜査会議の机に突っ伏して、とかでしか寝ていません。刑事さん、働きすぎです。頼むから家のベッドで寝てください。祐介もさぞ心配していたことでしょう。

最後の方では貴代子と祐介と3人での青春時代が垣間見れて良かった。美貌の加納兄妹にメロメロだったであろう雄一郎。祐介も妹の結婚式に出席しないなんて相当傷ついてるじゃん!3人の隠微な関係から最初に降りたのが貴代子。彼女を輝かせる人は雄一郎ではなかった。祐介とならお互いに高め合い輝ける存在。だから最終的に人生の伴侶・パートナーに選んだのだと思う。マークスの山、照柿、レディジョーカーは重厚な警察・事件小説だけど30代の合田雄一郎青春3部作とも言えると思う。レディ・ジョーカーまでに祐介との関係が徐々に盛り上がっていくのが楽しいったらない。

ラストの雄一郎から祐介への電話シーン最高。電話して「雄一郎」って自分の名前だけ言うの恋人みたい。甘すぎる。北岳から見た富士山の画像見たけど、雲海の中に聳え立って神秘的。祐介と2人きりであの美しい風景を見に行くってなんて素敵なんだろう。2人の電話とか手紙での魂の交流シーン大好き。もちろん直接会ってるシーンも激萌えですけどね。

匂い系小説の金字塔

匂い系と言えば必ず名前が挙がる高村薫作品。本作「マークスの山」は高村薫氏の代表作・合田雄一郎シリーズの第1巻にして第109回(1993年上半期)直木賞&第12回日本冒険小説協会大賞W受賞作です。

合田雄一郎シリーズとは、そのシリーズ名の通り刑事・合田雄一郎を主人公とし、殺人事件の真相を探るミステリー小説のシリーズ。捜査の過程で警察の内部抗争や現代社会の暗部が顕在化して、犯人当て推理小説の枠に収まらない重厚な物語となっています。2013年2月現在、合田シリーズとして「マークスの山」(早川書房/講談社文庫/新潮文庫)、「照柿」(講談社/講談社文庫/新潮文庫)、「レディ・ジョーカー」(毎日新聞社/新潮文庫)、「太陽を曳く馬」(新潮社)、「冷血」(毎日新聞社)の5作品が刊行されています。

何故直木賞受賞作がBLレビューサイトに登録されているのか?理由はこの本を読めば分かります。かく言う私も中学生の頃読んだときはぴんとこなかったのですが、ちるちるに登録されているので再読したところ「これは…!」と思いました。

「マークスの山」の物語は北岳(山梨県南アルプス市)で始まります。北岳の麓で泥酔した男が誤って登山者を殺害した事件と一家心中事件。それから十数年後、北岳で見つかった白骨遺体。奇しくも3つの事件に関わることになった山梨県警の刑事・佐野は容疑者確保の為、東京へ。東京の容疑者宅へ行くと、別の案件でその男を訪ねていた警視庁の刑事がいました。その警視庁の刑事こそ、本作の主人公・合田雄一郎。合田は「未だ青年の匂いの残る清涼な面差し」と「無機質な石を思わせる眼光」の持ち主で、「すっきりと伸びた背筋がなかなか凛々しい」のだそう[文庫版、pp.83-84]。佐野は合田に気圧されながらも心惹かれます。
月日は流れ、北岳の白骨遺体事件から4年。合田はノンキャリアながらエリート路線を進み、33歳で警部補にまで昇進して警視庁捜査第一課に所属しています。都内で元暴力団員と検事の連続殺人が発生し事件の真相を追う合田たち刑事ですが、事件解決の糸口すら見つけられません。それどころか事件の隠蔽を図る警察上層部、政財界、法曹界の圧力が圧し掛かり…。16年前の北岳の2つの事件、数年後の白骨遺体事件、そして現在の連続殺人事件…。事件と事件が共鳴しあい、新たな殺人を呼び寄せます。

特筆すべきはリアルな警察の内部描写でしょう。現在のドラマや小説で描かれる刑事同士は協力し合い、「警察の部活化」と揶揄されるほどチームワークが良いです。しかし「マークスの山」は異なります。同じ警視庁捜査第一課に所属して事件解決に奔走するものの、個々人がそれぞれ出世欲や名誉欲を満たすため少しでも周囲を出し抜こうとしています。合田が主任を務める強行犯捜査第7係もしかり。仲間を妨害することはないけれど、手を貸すこともしません。軋轢とせめぎ合いの人間関係の中、それでも事件解決の為に協力し合わなければならない…。矛盾で構成された警察社会のリアルな姿です。

合田も警察という社会の中にいて一種の諦念を抱えています。合田の抱える諦念は暗い情熱と結びつき、いつか暴走してしまうのではないか。石のように硬派な合田の持つ闇が垣間見える場面が何度かあって、読みながらやきもきしました。ところが合田の脆さをフォローする存在が登場しました。合田の義兄・加納祐介検事です。
加納は元々合田の大学時代の友人でしたが、合田と加納の双子の妹が結婚したことで関係が変化。合田の義兄となりました。しかし合田は妻と離婚したので、義兄ではなく元義兄へ。加納からみれば合田は妹の元夫となって、普通ならば一歩線引く間柄です。ところが現在も加納は合田の「義兄」と名乗り、手紙のやり取りや合田の部屋を掃除したりします。実は妻との離婚や加納との微妙な関係も合田に翳りを落とす原因なのですが、加納はお構いなし。加納の心理描写はないので彼の気持ちはさっぱり分からないのですが、加納がいることで合田が悩むと同時に救われていることも確かです。合田にとって加納は良くも悪くも必要不可欠な男なのかもしれません。
加納が勤める検察庁も警察庁と同様権謀術数に満ちた場所です。しかし合田と似た状況にありながら、加納は合田のように闇を抱えておらず、上手く立ち回っているように見えます。現状を受け入れながらも時には反発して、自分の信念を曲げることはしない(ように見える)。反発しても非難されないだけの能力がある。誰だって苦悩するよりはそうなった方がいいです。仮に合田もそういう人間になりたかったのだとしたら、加納は合田にとって「なりたかった姿」=「ありえたかもしれないもう一人の自分」です。合田は加納に会うことでもう一人の自分に再会して精神の均衡を保ち、加納は合田に会って自分の中の闇を覗き込む…。二人はお互いの欠けた部分を補い合うために友人から義兄に、義兄から元義兄に関係が移り変わっても会っているのかもしれません。
実際のことは本人たちしか知りえませんが、匂い系としてここまで考えさせられるお話でした。

10

この作品が収納されている本棚

マンスリーレビューランキング(小説)一覧を見る>>

PAGE TOP