★作品発表★ 著者:紅ノ宮 純
夜空に火の粉が舞っている。
「ようやく終わったなー……」
オレンジ色の炎をぼんやりと見つめて、サトシが呟いた。
「あっという間だったな」
サトシの隣で同じように炎を見ていたタカヤが応える。
高校の頃とは比べものにならないぐらい大規模で、何ヶ月もかけて準備してきた大学祭が今ようやく終わった。後夜祭名物のキャンプファイヤーの周りでは、テンションの上がりすぎた学生たちが大騒ぎをしている。
熱気に包まれたお祭り騒ぎは今日までで、明日からは授業とバイトが続く日常が始まる。
このまま日常に戻ってしまってはいけないような気がして、サトシはキャンプファイヤーの明かりを遮るようにしてタカヤに向き直った。
「……?」
怪訝そうに眉を寄せたタカヤへ、サトシは思い切って告げた。
「タカヤに、今、言っておきたい事があるんだ……」
サトシはそう言ったきり、黙り込んでしまった。しばらくそのままタカヤを見つめている。
「…ここじゃ言いづらい。教室に行こう。」
そう言ってサトシはタカヤの手を引いて、歩き出した。不思議に思いつつも従順にタカヤはサトシに手を引かれて校舎に入った。中に入っても外の喧騒は聞こえてくる。
思えば最近サトシは少し様子がおかしかった。ぼーっとしたりため息をついたり…。恋をしている思春期の女の子みたいだ、とからかったらジッと見つめられて居心地の悪い思いをした。
いまサトシはその時と同じ瞳をしていることにタカヤは気づいた。僅かなキャンプファイヤーの灯りの中で、タカヤはサトシの瞳を見ていられなくなって俯く。その状態でソワソワとサトシの次の言葉を待つ。
「オレは……」
タカヤは胸が、トクン…と鳴った気がした。
「……オレは…お前が好きだ。」
キャンプファイヤーを囲んだざわめきがタカヤの耳から消し飛んだ。
(イマ、ナンテイッタ…?)
「オレはお前が、タカヤが好きだ。」
タカヤが反応を見せないので、自分の言葉が聞こえなかったのかと勘違いをしたサトシがさっきより大きな声で繰り返した。
(オマエガスキダ…)
タカヤがサトシの言葉を反芻する。今度こそ完璧に実感を伴ってサトシの言葉はタカヤに届いた。
(嬉しい)
咄嗟にそう感じたタカヤだったが
「一体それはど、どういう意味だ!」
心とは裏腹にサトシを詰問するように言葉をやっとこさ吐き出した。その時、背筋の震えは『喜び』と禁忌を侵してしまうという『恐れ』から来るものだとタカヤは自覚した。
と、突然抱き締められた。
「さ、サトシ!」
本能的に抵抗しようとしたがタカヤにサトシをはね除けるだけの力はない。
「頼むから…しばらくこのままで聞いて欲しい。」
タカヤが大人しくなったことを確認してサトシは続ける。
「どういう意味ってそのままの意味だ。高校、大学って今まで一緒にいてタカヤを想わなかった日は多分ない。最近その事に気づいたんだ。…好きなんだよ、恋愛対象としてさ。別に男が好きな訳じゃない。お前だから、タカヤだから好きになったんだ。勿論、男同士って言う大きな障害はあるけどオレにとっちゃなんてことはないんだ。」
そこまで一気に喋ると一呼吸置く。
「……タカヤ、お前さえ良ければ…」
(ツキアッテホシイ…)
その一番肝心な部分は言葉にこそされなかったが、完璧にタカヤに響きとして伝わった。
……
「……サトシはズルい。」
「え?」
呟き以下のタカヤの言葉に一瞬反応が遅れた。
「俺が…俺がずっとお前に言いたかったことをいとも簡単に言いやがって!」
ずっと胸の内に溜め込んでいたものが出たかのごとく、タカヤは泣き出した。そんなタカヤをみてサトシがポカン、とする。タカヤが感情を爆発させることは珍しい。
(全然簡単なんかじゃなかったぞ!)
と思ったがグシュグシュとサトシの胸の中で泣いているのを見て、言い返す気が失せた。そんなタカヤを優しく抱き締めると
「好きだよ。」
と蜜より甘く、タカヤの耳にそう吹き込んでやる。
「バカ…」
クシュンと鼻を鳴らすことでタカヤは泣き止んだらしい。
「夢、みたいだ……。」
タカヤが夢心地にそう呟いた。
「夢じゃない。現実だ。さっきから言ってるだろ? …好きだよ、タカヤ。」
「本当に?」
咄嗟の質問にサトシはタカヤの真意を計りかねて戸惑う。
「本当に…夢じゃない? 文化祭だからってからかってないよな? 明日になったら今日のことはなかったことになんてならないよな?」
タカヤは勢い込んでサトシを見上げる。と、いきなりサトシが笑い出した。
「な、なんだよ! 人が、人が真面目に聞いてるんだぞ!」
「だ、だって! だって…」
サトシが笑いすぎできちんと喋れていない。
「もういい。」
そう言って出ていこうとするのを察してサトシは慌てた。
「待てよ。」
腕を掴むとタカヤは静かに立ち止まった。
「離して。」
「タカヤ、怒るなよ。笑って悪かった。その…タカヤがすごくかわいくってどうしていいかわからなかったんだ…。」
「ば、ば、ば、」
「バカなんて言ってくれるなよ?」
サトシがタカヤの言葉を横取りする。
「本当にタカヤは可愛い。普通に言えるくらい、オレはお前にベタ惚れなんだよ。」
ヒョイ、っと引っ張るとタカヤは簡単にサトシの腕の中に戻ってきた。
「大丈夫。夢じゃない。」
ほっと安心したようにタカヤが力を抜いた。
「サトシ…。俺もサトシが好きだ。」
一瞬、目を見開くと
「嬉しい。」
サトシはぎゅっと壊れ物を扱うようにタカヤを包み込む。
「俺はサトシのこと、ずーっと好きだったんだからな。高校の時から…。サトシが俺を好きなのよりも俺はサトシが……」
視界が急に暗くなった。目の前にサトシの顔がある。タカヤには『その』時間がどれくらいだったのか分からなかった。時間にすれば数十秒だったがタカヤには随分と長く感じられたのだ。
「タカヤの唇、いただきっ!」
「さ、サトシっ!」
「あぁ、それから。タカヤがオレを好きな気持ちよりもオレがタカヤのことを好きな気持ちの方が強いから~」
さっきタカヤが言い損ねた台詞をサトシが役者を入れかえた。
「俺の方が強い!」
叫ぶようにしてタカヤが言い返す。
「いいや、オレだね」
「俺の方が強いから」
「オレだよ」
「俺だってば」
「オレ!」
「俺!」
「強情だなぁ」
「サトシだって…」
二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
「サトシ」
「タカヤ…」
いつの間にか外の喧騒は聞こえなくなっていた。
キャンプファイヤーの灯りももう小さくなりつつあるようだ。
夜の帳が深くなってゆく中で、二人は深くキスを交わしあった。
おわり