★作品発表★ 著者:墨谷佐和
山の上にあって、普段はあまり人の訪れない神社がにぎわうのは年二回。
一回はお盆のお祭り。そしてもう一回は今日のような元日だ。
「ヒデタカ、お前休憩まだだろ。今のうちに行ってこいよ」
「はいっ、ありがとうございます!」
昨日の大晦日から、ひきもきらず参拝客が訪れては破魔矢やお守りを買っていく。臨時バイトの巫女さんもいるとはいえ、なかなか休憩も取れないほどの大にぎわいだった。
袴の裾をひっかけないように注意しながら売店の裏から抜けだし、人を避けるように裏手に回ろうとした、その時。
「……おい」
急に誰かに腕を引っ張られてびくりと振り返る。
「なんだ、ヨシオか……お参りに来てくれたの?」
「なんだじゃねーよ、お前ヘロヘロじゃねえか。大丈夫なのかよ」
舌打ちしながらヨシオは着ていたダウンジャケットを脱ぎ、半襦袢を着ただけのヒデタカの肩にかける。ヨシオの温もりがじんわりと体を覆ってゆく。
「ありがと」
あたたかさにゆるんだ顔を向けると、ヨシオは冷え切ったヒデタカの手をきゅっと握った。
「お前さ、身体丈夫じゃないんだから、気をつけろっていつも言ってるだろ……こんなに冷えちゃってさ。ほんとにもう、ちゃんとわかってんのか母ちゃんは」
「ぼくが不注意だっただけだから……母さんのこと悪く言わないでよ。それでなくても実家に戻って片身狭いんだから」
双子のヒデタカとヨシオが両親の離婚によって離れ離れになったのは、半年前のことだ。父親は弟のヨシオを引き取り、母親は兄のヒデタカを引き取って、実家であるこの神社に身を寄せている。他に行くところがなかったとはいえ、すでに母の兄に代替わりしているこの家は、神社という格式もあいまって、ヒデタカにも母親にも、居心地のいいものとは言えなかった。だから、せめて母親が肩身の狭い思いをしないようにと……ヒデタカにとっても居場所はここしかなかったから――進んで神社の仕事を手伝うようにしている。
自分の言い分を咎められて、ヨシオは不満そうに唇を尖らせた。その唇に、ヒデタカは人差し指をそっと触れる。
「何て顔してるんだよ……久しぶりに会えたのに」
「だって、ヒデタカが心配で」
自分を見下ろすヨシオの顔を、ヒデタカは両手で包み込む。爪の先にヨシオのピアスが触れて小さな音をたて、それを合図のように二人はお互いの唇を触れ合わせた。
「ん……」
唇だけじゃなくて、心までも溶け合うようなその瞬間、ヒデタカはヨシオの頭を引き寄せ、ヨシオもまたヒデタカの腰に手を回して抱き寄せる。そうすると二人の距離がもっともっと近くなって、キスが深くなる。訪れた幸福感に、ヒデタカは吐息を溢れさせた。
ここは神社の裏手だ。売店の喧騒が少し遠くから漏れ聞こえてくる。男同士、しかも兄弟でキスを交わすには大胆すぎる場所だとはわかっている。だが、二人はこれまでも家族の目を避け、見つかるのではないかという恐れと戦いながら、こうして唇を重ね、身体を重ねてきた。だから、ヒデタカは両親が離婚したことに、一人安堵を感じていた。だんだん深くなる弟との関係に溺れ、そして際限なく思いをぶつけてくる弟を愛しいと思いながらも、一線を踏み越えてそんな関係に身を投じてしまった自分が一番怖かった。だから、ヨシオと距離を置けることを喜んだ……。
だが、離れて思いが沈静化することはなかった。それよりもむしろ、距離が離れた分だけヨシオが愛しい。今までのような一つ屋根の下で劣情を隠すような息苦しさから解放され、今までより大胆に、ヒデタカはヨシオを思うようになった。だが、本当は何も解決していない。自分たちが兄弟であることは変えようがない。そして、お互いを思う気持ちも変えようがない――。
「……ヒデ」
「ん?」
唾液の糸を引いて、お互いの唇が離れた。その淡く光る水の糸を絡め取るように、ヒデタカはヨシオの唇を舐める。
「なんか、前より大胆になったよね」
「そう?」
「ここだってさ、いつ叔父さんや母ちゃんや神社の人が出てくるかわかんないようなとこなのに……」
「じゃあ、ヨシは僕に会いにきて、こういうことせずに帰るつもりだったの?」
「……冗談」
言い捨てて、ヨシオはヒデタカの細い顎を掴まえた。自分をからかったことを罰してやるとばかりに、ヒデタカの紅い唇に舌を強く捻じ込んだ。
「は……んっ……」
不躾な舌が、ヒデタカの口内で暴れる。上顎、歯列、頬の裏……舐められ、吸われ、なぞられ……ヒデタカの膝から、次第に力が抜けて行く。
「やっ!」
思わず大きな声が漏れた。ヨシオが慌てたようにヒデタカの口を手のひらで塞ぎ、そして、空いた唇を今度はヒデタカの耳元に寄せた。
「ヒデ、もう、こんなになってる」
ヨシオはヒデタカの袴の脇から手を差し入れ、熱をもった股間をやんわりと触った。
「ばか……っ。そんなにしたら……」
「したら、なに?」
「あ……んっ」
「便利だよな、袴って。すぐに手が入る」
「エロ親父みたいなこと……言うなっ」
抗っても、ヨシオの手のひらに包み込まれたそこは、欲しがることをやめようとしない。ヨシオの首にすがりついて、ヒデタカは快感とともにもたらされる、愛する者に触れられる喜びに身を委ねた。
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「……ごめん。僕だけイッちゃって」
自分の乱れた着衣を直しているヨシオに、ヒデタカは決まり悪く言った。こんなに乱れるなんて。しかも自宅でもある神社の裏で……。
「うん? 別にいいよ。ヒデのエロい顔いっぱい見られたし……今度またゆっくり会おう」
「そうだね」
お前の方がずっとエロいよと思いながら、ヒデタカは顔を赤らめる。さあ、正気を取り戻して仕事に戻らないと――。
「せっかく来たんだし俺も初詣してくるよ……願いたいことあるし」
「何をお願いするの?」
問うたヒデタカの頬を、ヨシオはそっとつついた。
「俺と、ヒデタカと、幸せになれますようにってさ」
微笑んだヨシオの顔が幼くて、せつなくて――ヒデタカは、こみ上げてくる涙を懸命に堪えた。
おわり