★作品発表★ 著者:冬尋冴月
「どうしたんだい、そんな怖い顔をして」
幼い頃からいつも自分を守ってくれるやさしい友人の貴博が、今日は見たこともない険しい表情で部屋に入ってきた。
「邦春に見合いの話があると叔父さんから聞いた」
海軍兵学校に通う貴博は、座敷に正座していた邦春の正面に自身も腰を下ろす。
「そうなの? 僕は何も聞いてないけれど」
自分もそろそろいい歳だしそんな話が出てきてもおかしくはないかもしれないと思いながら気のない返事を返すと、貴博が急に中腰になって目の前に乗り出してきた。
「おまえは……おまえはそれでいいのか? 結婚を望んでいるのか?」
「望むも望まないも、父からは何も言われてないしなぁ。どうしたんだよ、そんな怖い顔して」
今日の貴博は変だなと笑いながら軽く胸を押し返すと、逆にその腕をつかまれ壁際に追い込まれてしまった。
「た、貴博……?」
首筋に顔を埋められ、邦春は戸惑った。
「…っ、くすぐったいよ、貴博…」
「心に決めた人もいないのか?」
問いに一瞬目を見開き、緩くかぶりを振った。
「いない、よ…」
「だから見合いしてもいいと?」
「そうだね」
欲しい人は手に入らないのだから、誰と結婚しても同じだ。文士を目指しているといえば聞こえはいいが、要はふらふらしている邦春に見合いをさせて、身を固めさせようというのが父の考えだろう。
自嘲気味に笑む邦春の喉が鳴った。するりと貴博の手が太腿を撫でたのだ。首が苦しくなるのが嫌なのと、文士を真似て着物を着ていたのが仇になり、容易に下履きにたどり着く。
止めようとすれば首筋を強く食まれ、邦春は仰け反った。
「ばっ、ばか、どこ触ってるの」
「…勃ってきた」
忍びこんだ指がゆるく邦春を握り込む。もがくと裾が乱れ白い足が露わになった。
「貴博…!」
「本当にいいのか? 結婚すれば文士になるのは無理だろう?」
家と事業とを継がなければならないだろうから、必然的にそうなる。依頼が増え始めてきたから惜しいが、筆一本で食べていけるほどではないから潮時だろう。それもいいかとぼんやり思いながら、目の前の胸を押しやる。
「それは…仕方ないよ、もう離して」
「諦めるのか」
責めるような貴博の瞳とびくともしない胸に、邦春は段々苛立ってきた。
「……自分だって桜川のご令嬢とわりない仲のくせに…っ」
「ああ。恋文をもらった」
淡々と答える貴博を邦春はにらみつけた。
桜川家の令嬢は邦春の妹の同級だ。小遣い稼ぎに恋文の代筆をしていた邦春に、妹経由で依頼がきた。相手が貴博だと聞いて断ろうとしたが、不審がられるかと危惧し引き受けた。
優しい笑顔、潔い性格、力強い腕。昔から憧れていた愛しい幼なじみ。恋しくて切なくて胸を締め付ける熱情。
ずっと封印してきた想いを書き出せば、溢れ出して止まらなくなった。
完成したそれを令嬢に渡した後、寄り添う二人を何度か見かけた。自分の書いた恋文で結ばれた二人。今さら悔いても元には戻らない。
「お願いだからやめて…」
「いやだ。…こんなに濡れてる」
鈴口を親指でぬるりとなぞられ、拳で貴博の胸を叩いた。
「…貴博…!」
「初めてもらった。俺のことを好きで好きでたまらないという恋文だ」
「…っ、…そう、よかったね」
震えたのは愛撫のせいばかりではなかった。ぎゅっと貴博の腕を掴む。
「お前だろう? 恋文を書いたのは」
「……ち…が…、ああっ」
恋文の代筆をしているなんて貴博は知らないはず。切れ切れに否定しても、容赦のない手が邦春を追い上げていく。
「この薫りだ」
胸元に顔が近づく。香を薫きしめているからそれのことだろうか。はだけた胸の尖りに舌が這った。
「あ、ああっん」
「恋文に薫りが残っていた。嗅いだことがあるはずなのに、思い出せなかった」
「…っ、ご令嬢の香じゃないの……」
邦春の抵抗も虚しく、乳首に吸い付かれる。尖った舌でくすぐられ、腰が揺らめいた。
「筆跡にも見覚えがあったのに。お前からそんな手紙を貰えるなんて思ってもみなかったから、結びつかなかったんだろうな」
「だから違っ、…くぅ…っん」
射精感を堪えるのに必死だった。頻りに首を振る。
「どうしても知りたくて令嬢を問い詰めたら、交換条件に外出に付き合わされたよ」
理解する間もなく、下肢に腕を導かれる。邦春と貴博の熱い屹立をまとめて握らされ、驚いて引こうとした手の上に、貴博の大きな手が重ねられた。
「ごめん、…我慢できない」
「熱、い……貴博…」
どちらのものともつかない濡れた音、熱い息遣い。煽られたように一層動きが激しくなる。
「あっあっあっ、…貴博……っ」
同時に白濁を吐き出し、くったりと身体を預けた。厚い胸の中に抱きしめられる。
「好きだ、邦春」
激しく打つ鼓動はどちらのものだろう。閉じていた瞳を見開き耳を澄ます。
「言ってくれ。見合いはしないと」
そっと身体を離され、黒い双眸が邦春を捉えた。
「ふふ、無茶言うね、貴博」
何か言いたげな唇に邦春は指を当てた。
「でも、一回くらい無茶を言ってみようか」
すっと指を滑らせ、頬に手を添える。
「…そうだよ。代筆なんかじゃない、本当の気持ち……ずっとずっと好きだった」
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父に聞くと、見合い話は妹に持ち込まれたものだった。
「どういう風に叔父さんに聞いたの?」
「『きみの大事な幼なじみのところに見合い話が来たらしいぞ』だったかな」
「なんでそれで僕だと思うの?」
邦春はもとより、妹も貴博の幼なじみだ。叔父は貴博と妹のことを気に入っていたから、けしかける為にそんな言い方をしたのだろう。半ば呆れてため息をつく。
「当たり前だ。大事なのはお前なんだから」
貴博に真顔で返され、邦春は赤面して黙り込むしかなかった。
おわり