★作品発表★ 著者:卯月花乃
城の北側にある塔の螺旋階段を上ると、鉄格子に囲まれた部屋がある。長く使ったことのないその部屋を訪れるのが、第三王子ソウシの日課だった。口うるさい侍従や女官達から解放される唯一の場所なのだ。
その日も気に入りの書物と菓子を持って訪れると、いつもと様子が違っていた。無人のはずの塔に、侍女達の出入りがあった。
物陰から様子を窺っていると、程なくして侍女達は塔を後にした。自分が出入りしていたのがばれたのだろうかと、ソウシは螺旋階段を一気に駆け上がる。
殺風景だった鉄格子の部屋は、人が住める程度に整えられており、部屋の中には、自分とさして歳の変わらない子供の姿があった。
だが、鉄格子にはしっかりと鍵が掛けられており、ソウシは息を飲む。
「お前、どうしてこんな所に入れられているんだ?」
思わず声をかけると、うずくまっていた子供が驚いた様に顔を上げた。
透き通る様な白い肌に、頬を縁どる艶やかな黒髪、瞳は琥珀の金で綺麗な顔だと思った。
「誰?」
「俺は第三王子のソウシだ。お前は?」
「レンリ」
「なぜ、この様な場所にいるのだ?」
「わからない…」
小さく呟く様に言うと、琥珀の瞳から涙を溢れさせた。
その泣き顔に胸の奥が締めつけられた。
「泣くな」
「ごめんなさい」
慌ててレンリは涙を拭う。
その姿に、ソウシは手にしていた菓子の包みを鉄格子の間から差し入れる。
「やる。だからもう泣くな」
受け取った包みから零れ落ちた砂糖菓子に、レンリは驚いた様だったがすぐに笑顔をみせた。
花が咲く様な笑顔だとソウシは思った。
後に、自国である洸が小国ながらも豊かで、争いを好まぬ奏を攻め込み、一夜にして滅ぼしたのだと知った。奏国最後の生き残りが、まだ幼かった第六王子のレンリだった。
その日を境に、ソウシはレンリの幽閉された塔に足繁く通った。
「レンリ、遊びにきてやったぞ」
「ソウシ」
レンリはソウシが会いに行くと、花が咲く様な笑顔をみせた。
「今日は花の書物だ」
持参した書物を、ソウシは開いてみせる。
「キレイ」
文字よりも挿絵の方が多く載っている書物をレンリは喜んだ。
二人が会えるのはいつも鉄格子越しだったけれど、それでも充分に楽しかった。
その後、二人の逢瀬は、長く十数年にわたって続くことになる。
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塔で暮らし始めてから十数回目の春を迎えていた。
高襟の青い長衣に金の刺繍が施された装束に、身を包んだソウシが訪れたのは、陽が傾きかけた頃。
「どうなさったのですか?」
ソウシの珍しい正装姿に、レンリは驚く。
「俺が王位に就いた祝いの式典があったのだ」
「王位に…」
レンリは一瞬、言葉に詰まる。王となったからには、立場上今までの様に気安く塔に来ることはできないだろう。ソウシと会えなくなると思ったら、心は重く沈んだ。
けれど、すぐに笑顔をみせると、恭しく頭を垂れた。
「おめでとうございます」
レンリは見せたいものがあると部屋の奥に姿を消す。暫くして部屋の奥から戻ってくると、レンリは閉じていた両手を開いてみせた。
「ソウシに幸運が舞い込みますように」
掌で小さな薄紅の花弁が揺れていた。
「これは?」
風と共に舞い込んできた薄紅の花弁に、レンリは微笑んでみせる。
「塔にも春が訪れたのを、ソウシにも見せてあげたくて」
「綺麗だな。だが、これからは本物の春を見せてやる」
「春を?」
長衣の隠しから銀色の鍵を取り出すと、ソウシは鉄格子の鍵を外す。開いた鉄格子からゆっくりと入ってくる。鍵を開けソウシが入ってくるのは初めてのことだ。
出会った日からソウシは一日も欠かさず会いに来てくれたけど、それでも鉄格子を挟んでの事だった。
「いつか必ず、塔から出してやると約束しただろう」
いつか俺が王位に就いたら、お前をこの塔から出してやる。
その言葉を嘘だと思った事はなかったけれど、それでも遠い夢の話だと思っていた。
「そんなこと…」
「出来ないと思っていたのか。俺がお前との約束を違えたことがあったか」
「いいえ」
ソウシはレンリが望む事なら必ず叶えてくれた。
寂しいと言えば、毎日塔へと足を運び、夜が怖いと言えば、共に星を数えてくれた。外が見たいと言えば、絵師に画かせた風景画を持ってきてくれた。おかげで、塔の部屋は絵画で埋め尽くされ、この上もない贅沢な空間となった。塔の暮らしの辛さや寂しさは、すぐに薄れていった。
「奏に帰りたいか?」
思ってもみなかったことを言われる。豊かだった奏を心は今でも覚えている。
でもあの日、炎に包まれ燃え盛る城に、帰る場所を失ったのだと、幼心に感じたのも事実だ。
レンリはソウシの顔を真っ直ぐに見上げると被りを振った。
「籠の鳥は、主人の側以外で生きる術を知りません。私の在るべき場所は、この塔から出てもどこにもないのです。貴方以外には」
「後悔しないか」
「はい、貴方の側に置いて頂けるなら」
「未来永劫離す気はない」
強く腕の中に抱き締められたかと思うと、ソウシの唇が自分のそれに触れた。重ね合わされた唇に、レンリは瞳を閉じる。強引に割開かされた唇から入り込んだ舌に口腔を貪れ、上顎を擽られる。きつく吸われて絡め取られた舌に、レンリは立っていられなくなる。屑折れそうになる身体をソウシに抱きとめられ、飲みきれない唾液が唇の端から溺れ落ちた頃、ようやく唇を離された。
「愛している」
フワリと頭上に花をあしらったベールが掛けられる。
それが花嫁のものだとすぐにわかり、レンリは笑う。
未来永劫離す気はないとの言葉に偽りはないのだ。ならば、共に居られる幸せに、笑っていようとレンリは思った。
一番先に花咲き乱れる洸の春を見せてやると、ソウシに手を引かれ初めて塔を出る。
風を孕んだベールが、レンリの美しい顔を光の元に晒したのはすぐのこと。
花よりも尚美しく。
おわり
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募集締め切り:2011年5月22日