匿名4番さん (1/1)
こんにちは。私は令和世代の腐女子です。
平成のオタク文化の空気感が大好きなので、どんな感じだったか教えてほしいです。(あるあるや、独自ルールなど)
匿名4番さん (1/1)
2000年頃から二次創作の腐女子をしていたものです。今よりは隠れて活動する雰囲気だったので、ホームページ(サイトと呼んでいました)は一般の検索には載らないよう検索避けがマナーでした。サーチエンジンという色んなサイトが集まった検索用のサイトや、同盟というカ作品でまとまったサイト集があり、そちらで気に入ったものを探して見る感じでした。あとはリンク集という、他のサイトの宛先がまとまったページがあったので、お気に入りのサイトからリンクをたどっていくことも多かったです。漫画やイラストも小説もありました。漫画の方が多かった印象です。
当時あって今なさそうなものだと、なりきりチャットというキャラになりきってチャットをするもの、1行リレーという色んな人が1行ずつ投稿してお話を作っていくものがあったりしました。他には100質(100の質問)という、キャラに色んな質問(普通の自己紹介的なものから〇〇のどこが好きみたいなカプ要素のあるものまで)を答えさせるのも流行ってました。質問のお題のみをまとめたお題配布専門のサイトもありました
あとはサイトに何人アクセスしたか分かるカウンターがあり、777人目や1000人目といったキリのいい数字をキリ番といって、キリ番を踏んだ人はリクエストできるという文化がありました。キリ番の数字はサイト主さんが決めていて、アクセスカウンターの下にキリ番が書いてありました。リクエストされた絵や小説も後日サイトに掲載されていました。
R18は基本的に隠されていて、ホームページの飾りの一部をクリックしたり、背景と同じ文字で入り口を書いてあったり、宝探しみたいで楽しかったです。大体裏と呼ばれていました。中には裏のサイトにR24のさらに裏の入り口があったり…。
懐かしくなって長々書いてしまいました。分かりづらかったらすみません。
匿名3番さん (1/1)
『mixi』で情報交換とかしてましたね
匿名2番さん (1/1)
私は平成20年代がちょうど青春期でした。
ある日、友だちに、「攻めの反対はなーんだ?」って聞かれて、私は「守るでしょ」って答えたら、「受けって答えたら腐女子なんだよー。」「腐女子って??」「腐女子はBL が好きな人のことだよー」「BLってー?」みたいな、やりとりをしましたね。
それから、その友だちがライトなbl を学校でコソコソ貸してくれて、それがだんだんエスカレートしていって、いつのまにか、がっつりめなBLも抵抗なく読んでいました。
私は完全に腐教された側で、受動的だったので、ディープな文化は正直わかりません。
オタクはオタク同士仲良く教室の隅でアニメについて語り合ったり、コミケとかいったり、そんな感じでしたよ。
同人誌の貸し借りとかもしてましたね
pixivはギリあったかなー?あまり覚えてないです…
スマホが普及したのは、たしか高校生の時だった気がします。
書いてたら思い出してきた…
中学生のときは、ガラケー(折り畳み式の携帯)は皆持っていて、たしか用途はメールとか電話くらいだった気がします。私は禁止されてましたが、ネットにアクセスできる友だちが、ダウンロードしてくれた画像(アニメの好きなキャラ)をメールで送ってくれて、その画像を大切に大切にただただ見ていました。ネットに何回もアクセスするのはけっこうお金かかって、その友だちは10万とか請求されたとか言ってた気がします。記憶曖昧です。
スマホがないですからね、簡単に好きなキャラとか検索できなかったし、YouTubeとかもパソコンじゃないと見られなかったですよ。
CD とか、DVD の貸し借りもありました。
そんなかんじです。
記憶曖昧なところもけっこうあります。あくまで私の経験なので…
匿名1番さん
(1/1)
ホムペは聞いたことあるんですが、実際どのような感じで見ていたんですか?XとかPixivと違って、流れてきたのをみるって感じではなさそうに思えるんですが。
また、小説中心でしたか?漫画もありましたか?
ずっと気になっていたので、質問多くてすみません。
