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明治の男子学生に大人気の男色小説を書いたのは“元祖”腐女子だった!?

2017/08/29 16:16

激動の幕末に絶世の美少年と男同士の絆を描いた『賤のおだまき』現代語訳登場!


江戸時代を舞台にした、薩摩藩士の義兄弟の美しいちぎり……。現代語訳 賤のおだまき: 薩摩の若衆平田三五郎の物語が8月16日、平凡社ライブラリーから出版されました。

今回の現代語訳について、歴史上の少年愛に関するエッセイ『なぜ闘う男は少年が好きなのか』などで人気の小説家・黒澤はゆま先生も、歴史関連サイトの記事で取り上げています。

実はこの物語、明治時代の硬派男子学生に大人気だったんです。ご存じの方も多いと思いますが、明治時代の男子学生は、女性と関係を持つ軟派と男性との絆を重要視する硬派の二つに分かれていました。

実際には軟派のほうが数が多い一方で、道徳的に良しとされたのは男色を信奉する硬派

なぜなら、女性とつきあうと軟弱さがうつったり、遊女と関係を持って身を持ち崩したりすると考えられていたのです。当時は女性は非常に低くみられていたのですね。

一方の男色は、男同士なのでそういった心配がなく、むしろ「智力」を交換したり、お互いに切磋琢磨できるとして、硬派学生たちは年下の美少年と強い絆を結ぶことを望んでいたといいます。

この様子は当時の文学作品にも良く表れていて、それらによると、『賤のおだまき』は明治の硬派学生座右の書として大変な人気だったことがわかります。

森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』では、硬派学生たちがこの本を「引っ張り合って読む」と書かれているほどです。

しかしながら、今回現代語訳された冒頭の序文には、このような文章があります。

「聞けば、この書は西国薩摩の婦女の手に成ったものだという。ああ、糸を紡ぎ、織物を織ってはたらく余暇を縫って、これほどのことをなしとげてしまうとは」

なんと、女性を嫌った当時の硬派学生たちがこぞって読んだはずの物語が女性によって書かれたものだったとは!?

にわかには信じられません。この物語は書かれた時代に女性が男色の物語を書いていたのでしょうか?

実際、この『賤のおだまき』が女性によって書かれたという説を否定する人もいるようです。

解説では、この女性の謎に迫ります。担当するのは同じ平凡社ライブラリーから出版された『古典BL小説集』の編者でもある、笠間千浪先生。

笠間先生によると、この物語を書いたと伝えられる「西国薩摩の婦女」の人物像は、読み書き能力を身につけることができる武士や学者・医者などの知識人階級または非常に裕福な農民・商人の出身で、紡績の仕事をしていた薩摩(現在の鹿児島)の女性ということになります。

このプロファイリングに合う女性が、現実に存在していたのでしょうか?

笠間先生は、その可能性はなきにしもあらず、であると時代背景や歴史的事実を挙げ、丁寧に解説。これを読むと、本当に「西国薩摩の婦女」なる女性が男色の物語を書いていてもおかしくはないと思わずにいられません。

単純に現在の私たちの感覚で判断することは難しいですが、現在の腐女子と通じるところがあるのではないでしょうか。

そんな我々腐女子の「ご先祖様」のような存在が描いた物語はどんな物語だったのでしょうか?

『賤のおだまき』に登場するのは、薩摩藩の重鎮の子息である平田三五郎という少年と同じく薩摩藩に仕える吉田太蔵清家という若い侍です。

絶世の美少年と噂される三五郎は一方で誰とも義兄弟のちぎりを交わしていませんでした。そんな三五郎に想いを寄せる人はたくさんいましたが、重鎮の息子ということで誰も手を出せませんでした。
ところが求愛をすげなく断れたことを恨んだ男が三五郎を強姦しようとしたところ、たまたま通りかかった清家が三五郎を救い出し……。

今回現代語訳された『賤のおだまき』は、物語の内容もさることながら、文章がとても品があり情感たっぷりに綴られます。

三五郎と清家が、お互いに気持ちが強すぎて何も言えない……という場面など、萌えどころもたくさん。
21世紀の腐女子が読んでも十分楽しめ、きゅんとなる内容になっています。

三五郎が最初はすこしか弱い感じだったのが勇ましく成長していくのが良いですね!

腐女子の「祖先」が書いた物語を読んで、時を超えた同志たちに想いをはせてみませんか。昔の人も案外、私たちと同じようなことを考えていたのかも?

記者:みかん

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コメント1

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匿名1番さん(1/1)

これ、読んだことあるような。
いつのことだったか、結末なども思い出せない。
記憶が薄すぎて、またあらためて読みたいな。

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