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陰間茶屋と歌舞伎は密な関係? 江戸の男娼が美少年ばかりだった理由とは

2018/09/23 12:51

もともと歌舞伎で、まだ舞台に出ていない修行中の少年役者のことを「陰の間」と呼んでいた

 

「陰間との性交を描いた春画」/鈴木春信 より

 

江戸BLではお馴染みの男娼・陰間茶屋の存在ですが、陰間茶屋はある一定の期間の美少年しかなれなかったことはご存知ですか?

というのも、陰間茶屋で男色を売っていた男娼は、その多くが歌舞伎俳優として修行中の少年役者(陰間・陰子)や、大成しなかった女形が兼業でおこなっていた(舞台子)とされています。そのことから陰間が美少年の男娼を表す通称に。また、陰間茶屋での行為も女形としての修行の一貫とされていました。

ということで、今回はそんな陰間茶屋の存在を深掘りしていきます!

 

 

限られた美しくいられる期間に、男たちは色を売る

 


世界大百科事典 第2版 より

 

冒頭でも少しお話ししましたが、陰間茶屋にいたのは歌舞伎役者としてまだ舞台に立ったことがない、もしくは立てない女形がほとんどだった為、下は12歳ごろから上は20歳前後までの見目麗しい男性がいたといわれています。

その中でも需要があったのは、今でいう中学生~高校生あたりの年齢だったとか。

ただ、女形といえど男色の際は男性の格好でいた男娼が多く、女装をしていた男娼は一部だったそうです。てっきり美少年を女性のようにめかし込ませて事に及ぶ変態的なプレイが主流かと思っていたので、これは少し意外でした。

とはいえ女形をするような美少年たちなので、中性的な容姿で魅力的だったといいます。

 

ちなみに彼らは容姿を磨くために、ザクロの皮から作った特製の粉で全身を磨いて肌のケアをしたり、寝るときに板で鼻をつまみスラッとした高い鼻になろうとしたりと、努力を惜しみませんでした。現代で言うところの美容男子の魁のような美意識、もといプロ意識ですね。

 

最後に、『男色実語教』に陰間を花に例えたこんな記述があります。

 

「16歳を若衆の春と言うべきです。11より4までが花の蕾、15より8が盛りの花、19より22までを散る花と定めるべきでしょう」(意訳)

 

いつの時代も、若さや美しさは花のように儚いものとして扱われてしまうんですね。当時の陰間の一生を思うと、遊女よりも短いとも言われているその花の命に切なくなります。

 

ということで今回は、陰間茶屋の存在を深掘りしていきましたがいかがでしたでしょうか?

これを機に、お江戸BLや古典BLにも触れてみていただけたら幸いです。

 

以上、「陰間茶屋と歌舞伎は密な関係? 江戸の男娼が美少年ばかりだった理由とは」でした。

コメント3

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陰間モノ私も好きです。先日読んだBLで「一晩百両はくだらない」と書いてあり気になって調べたら、吉原の花魁よりかなり高額だったと知り驚きました。お客様にはお坊さんが多かったというのも驚きです。ハピエンじゃないものも多いのですが、これからもっと陰間モノの作品が増えるといいな…(着物や小道具が美しいので見てて楽しいです)。

記事の内容には関係ないけど、「美少年」のワードが9個もありますね。
このワードを見るだけで興奮してしまいますw

お江戸BL、古典BL好きです♡
小説だと小林典雅さんの「武家の初恋」の受けが舞台子でしたよ~

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