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20年以上の時空を超えて、いまだ読者の心に深く突き刺さる野村史子の名作 『テイク・ラブ』

2009/04/14 00:00

1986年6月『小説JUNE』にてデビューした野村史子。彼女の作品は、これまでのやおい作品とは違う苛烈な感情を読者に植えつけ、そして熱烈なファンを生んだ。その妥協を許さぬ作風ゆえ、実際の執筆は3年という、ごくわずかな期間であった。しかし野村史子の凝縮された思いは、20年以上の時空を超えて、いまだ読者の心に深く突き刺さる。
今回は、彼女の代表作、もつれにもつれる禁断の愛「テイク・ラブ」を紹介する。

 十五年以上も前に、僅か文庫二冊だけを発表して、そのあと絶筆した野村史子の代表作。長らく入手困難になっていたけれど、最近になってKAREN文庫で復刊した。

あらゆるものから逃げるようにして旅立ったエクアドルから十五年ぶりに日本に帰ってきた山崎は、長い間背を向け続けていた過去と再び向き合うために、当時の友人を訪ねて歩く。
その過程で当時の恋人・春樹との出会いから別れまでが山崎の断片的な回想で振り返られると同時に、山崎が色々なひとと再会する事で、空白だった十五年間が埋められてゆく。

春樹と出会った時の山崎は、色々な事に疲れていた。既に勢いが下降気味だった大学紛争の中で、最後まで闘争を続けようとする仲間達との論争が激化している頃で、食い違う意見、更にはゲイである山崎の性嗜好への反発と非難によって、かれは孤立していった。
そんな時、とあるバンドメンバー募集の張り紙を見つけた山崎は、バンドの練習風景を見学に行き、当時十五歳の春樹と出会い、年上の人間に囲まれている春樹の孤独にすぐ気がついた。ひとりずば抜けて若いうえに、音楽を仕事にしたい他のメンバーと、ただ自分の望むままに演奏していられれば幸福だった春樹の考えが異なることは当然である。輪の中にいても寂しそうな春樹の姿に、もしかすると山崎は自分を重ねたのかもしれない。紛争の輪の中で一人になっていたかれは、同じように孤独な春樹の魂に引き寄せられた。そして笑顔を見て、恋に落ちた。当時二十一歳だった山崎は、六歳も下の少年に本気で恋をしたのだった。

春樹もまた、山崎を慕った。既に複数の男女と関係を持っていて、山崎と出会った時もバンドメンバーの男と付き合っていた春樹だったから、一線を越えることにも何ら抵抗はなかったようだ。
明言はされていないが、春樹にとって山崎は初恋の相手だったのだろう。住むところや金銭を与えられたり、ひとときの寂しさを埋め合わせる関係ではなく、純粋に春樹は山崎を愛した。山崎と日々を穏やかに過ごすことがかれの幸福で、山崎と、ピアノと、生活していけるだけの金さえあれば、春樹は何もいらなかった。
だが山崎はそうではなかった。かれにはいつかアンデスでフィールド・ワークをしたいという理想があり、軌道に乗り始めた闘争もあった。忙しい日々を送る山崎には、春樹と過ごす時間を持つ余裕はなかたのである。

周囲を顧みない山崎に振り回されていたのは春樹だけではなかった。山崎の二つ下の実妹の礼子は、血の繋がった兄に本気で恋をしており、兄がゲイであることを知っても諦められなかった。聡明で気の強い彼女は事あるごとに春樹に好戦的な態度を見せていたけれど、どう転んでも叶わない相手を思い続けることに本当は疲れていたのだろう。告白しても決して報われず、今まで築いてきた良好な関係も、兄妹の絆も何もかも壊れてしまう恋を抱えた彼女の孤独と絶望が切ない。

山崎と春樹がひとつの部屋で過ごした短い時間に、色々な事件が起こった。同性愛に対する偏見、春樹の年齢、礼子の執着、何より自分にも他人にも厳しい山崎という男の頑固な性格が、不幸な事件を引き起こしていった。ドラマティックな展開は昼ドラのようですらあるけれど、その全てに悲しい理由がある。原因があったからこそ、そのような結果になったのだということが、淡々とした文章で見事に表現されている。想像できない物語に驚きはするけれど、不自然さはない。

あらゆる事件が終わったあと、山崎はエクアドルへ旅立つ。春樹はその時収容されていたとある場所から脱走し、空港まで追いかけてきて、行かないでくれと泣き叫んだが、山崎は「もう何も考えたくないんだ…」と詫びて、春樹を振り切った。

山崎は山崎で必死だったし、その時に他の誰かのことを思いやる余裕なんてものは本当になかったのだと、今読み返してみるとはっきりとわかる。
この本を初めて読んだのは大分前のことで、その時のわたしは最初に登場した春樹よりも年下だった。自分よりも年の近い春樹に心情を寄せ、山崎という大人は残酷だ、どうして春樹や礼子とちっとも向き合わないのかと憤りを感じたものだ。
しかし、何もかもを置き去りにしてエクアドルに旅立った時の山崎よりも年をとった今になって、このときの山崎の余裕のなさや、未熟さがありありとわかるようになった。成人しているとは言え二十一歳はまだ十分な大人ではないし、トラブルが発生すればもう、自分のことで精一杯になるのだ。
春樹は幼かったけれど、山崎だって若かった。生活の面でも精神の面でも、自立していない春樹を背負って生きることなど、当時のかれにはどだい無理だったのだ。勿論、恋人を自分の傍に置きたいという理想を押し通し、春樹を引き受けたがったのは山崎の方だ。自分から手を伸ばしておきながら放り出した責任は重い。だが追い詰められた山崎のとった行動も、理解できないわけではない。

三十六歳になった山崎は、日本で春樹の跡を辿って歩く。思いもよらぬ訃報を聞かされたり、時には罵倒されたりしながらも、かれは必死だった。そしてとうとう山崎は春樹に辿りつく。当時の春樹が毛嫌いしていたジャズバーで、かれの曲を弾くバンドに出会ったのだ。

そのあとについてはここでは言及しない。ただ、二人が一緒に暮らしていた時に春樹が言った「愛は長持ちしないんだ、きっと。作るはしから壊れてしまう。だから、作り続けなきゃいけないんだ」という言葉を、山崎は改めて実感することになったのだと思う。聞いたときは茶化して、まともに取り合わなかった言葉の重さをかれはこの先噛みしめることになるだろう。

学生紛争が最も盛んだったのは、1960年代後半から70年代にかけてのことだ。その時代を舞台にした作品である以上、現代の日本とはかなり違った思考パターンや行動が出てくる。しかしそういった舞台背景の詳細までを理解しなくとも十分に面白く、読み応えのある作品だ。

初めて読んだ十年以上昔と今とでは、大分と感想が変わった作品でもある。そして十年後にもう一度読んだとき、また意見が変わっているかもしれない。読む人間の状況で、どの視点に感情を置くかで物語は何通りにでも楽しめる。良い作品にはそういう、色褪せない力があるのだと思わせてくれる。

紹介者プロフィール:まゆみ
音楽とか舞台とか洋服とか、とにかく好きな人や物が多過ぎて見放されてしまいそうな月に負け犬的おたく。本を売って稼いだお金で、本を買って生きています。つまり本屋で働いています。誘惑にはすぐ負けます。 物心ついたらおたくで、気がついたら人生の半分以上腐っていました。節操も地雷もありませんが、歴史物・宗教物・主従物・中学生攻・親の愛を知らないまま大人になった子供、みたいなシチュエーションが好物です。おやじとアンドロイドも大好きです。 その他、本の感想と日常の出来事を書いているブログはこちら。 http://defeated.jugem.jp/

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コメント2

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野村史子さんの『テイク・ラブ』ようやく読んだ。かねて聞いていたように、ひりひりと痛いほどの希求を持った少年をめぐる愛憎劇で、虐待を受けた人の子どもがえり、問題行動、愛着障害ということをもっとも感じた。なぜ同性愛ではなければならないのかというと、男女の性愛ではどうしてもそこまで受け止められないからなのではないかと思った。とことん女性が破壊されている映画『ベティ・ブルー』を観た時と若干似た重い印象が残る。

あくあ

今考えても名作だと思います。登場人物の感情が丁寧に描かれていました。なつかしく振り返ってみて自分の青春時代!が思いだされます。
よい作品は時々振り返るとまた違った印象を受けてしみじみします。

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