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ゲイカミングアウトでローマ法王庁の神父解雇

2015/10/06 14:35

2018/03/01 14:35

43歳のローマ法王庁高官、パートナーと共にゲイをカミングアウト


先日、ローマ法王庁高官であるクリストファー・ハラムサ神父(43歳)が自らがゲイであることをメディアに向けてカミングアウトしました。自身の想いを語るハラムサ神父には、彼のパートナーである男性の姿が。

教会の同性愛への旧時代的な態度を改善すべく活動を続けてきたハラムサ神父は「今回の私のカミングアウトを全てのゲイ聖職者たちに捧げる」とし述べ、メディアに対し「自分の人生の大半を占める気持ちに抗うことはできない」「教会は同性愛について刮目するときが来た、愛の無い人生は人間のものではない」などと語りました。


この告白を受け、ローマ法王庁はハラムサ神父を即日解雇
法王庁は「今回の解雇は彼の性的嗜好によるものではない」とのコメントを発表していますが、その法王庁の姿勢は物議を呼んでいます。

ハラムサ神父のカミングアウトを巡る今回の騒動に対し、インターネット上では「ゲイだから解雇だなんて法王庁はあまりに遅れている」といったような意見が多く見られるようです。
しかし、カトリック教会の教えにおいては『同性愛自体は罪ではないが、それに伴う行為は罪である』という考え方が存在するので、「今回のケースでは神父自身の性癖というよりも神父に同性のパートナーがいるということの方が問題なのではないか」という見解も寄せられています。

こうした件に対し個人のレベルで「同性愛者だからという理由で解雇するなんて」との声が多く上がっていることは非常に喜ばしいことと言えるでしょう。宗教の築いてきた歴史や文化を蔑ろにしてしまうことは避けなければなりませんが、いつまでも閉鎖的でいるのではなく変化し続けている世界の動向との折り合いをつけていかなければならないのではないでしょうか。



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コメント16

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お二人とも幸せそうな写真で素敵

こういう問題も難しいところですね
神父である以上、逆に教会が世論を気にして留めてしまったら他の神父達に面目が立たないだろうし
宗教の戒律から歌舞伎や宝塚に見られる文化など、性の平等とはまた少し違った次元の話なのかもしれない

記事、コメント共にとても興味深いです。
以下、すごいマニアックでごめんなさい。
個人的に感動したのですけど、めんどかったらスルーしてください^^;w

私はクリスチャンなので、腐女子になった時からずっと考えてます。私の教会では、愛が全てと教えていますが、同性愛についてはあえてノータッチという方針です。個人の信仰で祈り判断すべき、としています。
教会にも色々派閥がありますので、その点を論じ始めたら激論になるばかりで、無用な争いの元。何より旧約聖書には神自ら「男色を禁ずる」と言っており、新約聖書では結婚は禁じられていませんが男同士ばかりではなく、女同士、異性との淫らな行為について、厳しく定めています。(その根底には、神への愛を守り、神の前に心の純潔を保ちたい、という願いがあります) 聖書を単なる書物ではなく神の聖なる言葉として捉える教会としては、同性愛について公式にOK出せないでしょうね。
ただ、キリスト教のすごいところは、罪に向き合う時、赦しをうけることができること。私も正直、なぜ同性間の愛がNGと言われたのか、罪とされたのか、よくは分からないです。
カミングアウトした神父さんが、やったった!というすっきりした顔をしているというコメントを読んで、きっとすごい愛と赦しを知ったんだろうなと、感動しました。きっとそれまでずっと辛かっただろうな...。ちょっと違うかもしれないけど、律法(戒律)の通りに生きられなかったことを罪とするなら、それを赦されその傷みと和解できたのだと。
傷みを知ってる人は、問題に向き合うことのなかった人よりずっと優しくなれるし、きっとそのことが他者に愛を伝え、導くのでしょうね。
神父の肩書きとかどうでもいいんじゃないかな。彼が愛を貫くなら、心は神父。
私もようやく腐女子でよかったなと思いました。

団体に属している人間が、その団体で定められたルール(そのルールの是非は別として)を守らず、しかもそのことを隠して地位を得たのだから、解雇は妥当ではあるでしょうね。
法王庁の「解雇は性的指向によるものではない」というのも、「性的指向によるものではなく、あくまでルールに反したから」だと言いたいんでしょう。
そのルールが改正されるかはまた別問題ですが、いい意味で一石を投じたと思うし、いずれ改正されると良いですね。神父さんのパートナーとくっついているときの笑顔が可愛いな。

素敵な神父様のカップル、眼福です。
お幸せに!

ところで話がいささか横ですが……
世間ではバチカンが20世紀終わりまで天動説を支持していたかのような誤解がありますが、そもそもの17世からバチカンは地動説を一つの仮説として認めていました。
コペルニクスはカトリックの司祭でしたし、グレゴリオ暦はコペルニクスの説に基づいて制定されています。

ガリレオの裁判も単に地動説を唱えたから罰せられたのではなくて、背景には大学の学閥争いがあり、聖書に対する否定的な発言が周囲を刺激した為だと言われています。
ヨハネ・パウロ2世による1990年代になっての発言は、この裁判が不公正でありガリレオの名誉を傷つけたと当時のバチカンの非を認めたのであって(ガリレオの名誉回復)、地動説を初めて認めたという理解には誤解があると思います。

宗教なんてその存在自体ある意味矛盾みたいなものだしこればっかりは精神的な問題だからなぁ…論じてどうこうなるもんではないでしょうけど。

つまり何が言いたいかっていうと神父様イケメンすぎだし可愛すぎだし友達になりたい

うろ覚えですがローマ法王庁が天動説を認めたのも十数年前かそこらじゃなかったでしょうか。あやふやですが。
宗教って現代の流れに沿っていこうとすれば矛盾も出て来るし、痛し痒しがでてくるのは仕方ない。
イケメン神父は愛を選んだ。そこにこの結論があるんじゃないかと。
彼に幸あることを祈るばかりですね。

解雇は覚悟の上だったんじゃないでしょうかね。

ご存知のようにローマンカトリックの神父は、同性異性に関わらずパートナーを持つことはできません。
神と信徒に全てを捧げる生活をするために、結婚(パートナーとの愛情関係)を捨てる覚悟をし選ぶのが神父という仕事です。
貞節と従順の誓いを立てているわけですから、女性との関係であってもバレれば解雇されると思います。
同性愛以前に神父の結婚を認めるべき、という意見もありますが、これも現在のところは改訂される気配はありません。

同性愛信徒への対応を協議する会議の直前での告白というセンセーショナルさは、会議に圧力をかけるものだという意見もあるようですし、勿論ハラムサ神父もそれを狙っての爆弾発言なわけで、バチカンが反発するのは当然だと思います。

私も世界から同性愛者への差別がなくなることを願っていますけれど、このバチカンの対応は単純に差別云々という話とは違うと思いますし、バチカンも単純に旧態依然とした考えを持っているわけではなく、教皇の一連の行動を拝見しても、全ての人への慈悲と救済を目指して改革を模索していると思います。

それにしても、神父様イケメンですね!

これ、マジの神父さんの写真!?
カッコええ!
こういう、分別ある大人の、ついにやったった感のぶっちゃけ好きだ!超スッキリしてる(笑)
小説にありそうなネタだ

神父と坊さんでは、神父の方が戒律が厳しい気がします。
やはりこれは、宗教の違いだからでしょうね。
神父の「愛の無い人生は人間のものではない」のコメントにしっくりきました。無性に感動。
「愛が全てだ」と言える事は勇敢だと思います。解雇と引き換えに愛を得た事実は変わりませんし。
当事者達がこれからも、末永~く幸せな生涯を送れますように。と心から願います。


宗教は腐敗と切っても切り離せない関係。
特にカソリックは、皆さんもご存じのように「宗教改革」があったぐらいです。

そして今では「宗教の中で他に解釈しようのないかたちで同性愛行為禁止」とは言い切れないんですよね。
だから、いろいろ論争になるのです。

ただ少なくとも神父は「禁欲の誓い」を立ててなるものだから、
律するべきだと思います。
それができないなら、神父になるべきじゃない。

社会的地位 vs 感情論。 
掟は守るためにある。特に宗教世界では規律を重んじる。戒律が全てです。
というのは建前で、私個人的には同姓愛者でも救われないのはおかしい!と思う。
「人間愛」というのなら同姓愛者も救済して欲しい。差別あるし矛盾してるね。
宗教って皆平等なはずなのに・・・。 昔から仏教は同姓愛okだったはず。

決まっている以上、解雇は仕方ないことだと思うけど、社会的影響力が大きい宗教にそういった差別的な規定が盛り込まれてるのは問題だと思う。
日本の法律にも言えることだけど、差別とか抑圧とか、人権侵害になりかねないのがけっこう残ってる

人の幸せのために宗教がなかったらカネと権力と異性愛男性の感情論で歪められて腐敗してくだけ。

浅い知識でコメントするのは申し訳ないんだけど、宗教の中で他に解釈しようのないかたちで同性愛行為禁止と決められているのなら
同性のパートナーがいることが理由で解雇されても仕方ないじゃんと思う。

元締め?のローマ法王庁が神父を即日解雇したのはトップとして正しいと思うし、それが物議を醸しているなら何かが変わるチャンスなのかもしれない。

宗教は、人を幸せにするためにあるわけじゃありませぬ。
まぁ「宗教とは何か」を論じ始めたら、キリがないのですが…

今回のケースは書いてあるように
「性癖というよりも神父に同性のパートナーがいるということ」
が即日解雇になった原因なんでしょうね。
同性を好きである性癖を持つことは人間として許されるけど、
神父という立場なら、それを律するべきでしょう。
異性のパートナーも持つことはできないのだから。

これが神父じゃなく、一般の会社員で、即日解雇なら
裁判を起こして戦えば、勝てるかもしれませんけどね。

宗教は人を幸せにするためにあるのに、その宗教が人間の在り方そのものを否定してるんだから矛盾してるなと思う。
人が人を好きになることは、いくら宗教で否定しようが変えられるものじゃない。
男しか好きにならない人、女しか好きにならない人、男女どちらでも恋愛対象になる人、いろいろな人間がいるのに、それを否定するのはどうなんだろ。
誰のための宗教なんだって思う。
日本もだけど、同性愛がタブー視されるのは気持ち悪いからってのが本音としてあるんだと思うんだけど、法律も宗教も個人の感情論を持ち込むべきところじゃないのに、権力握った人の好き嫌いで社会が決まってしまう。
それが伝統、文化として正当化され、次世代へ引き継がれて行く感じ。社会の在り方を決めるのは主に異性愛男性の好き嫌い。

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