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戦前 美少年のリアルな性

2015/12/02 13:41

2018/03/01 13:41


明治時代だけでなく昭和戦前期まで、あちこちの学校で上級生が下級生の美少年に目をつけ、恋文を送ったり、口説いたり、さらには寄宿舎のベッドで襲ったりという行為が頻発していた。
 三橋順子 歴史の中の多様な「性」

 

年頃の息子の心配をした親

年の瀬を迎え、地方議会議員のSNSなどでの発言が、大手ニュースサイトのトップページに連日掲載されていますね。
そんななか「NEWSWEEK」に「女装と日本人」などの著書で知られる三橋順子さん。(性社会・文化史研究者)の論文が12月1日掲載されました。

 

硬派の本当の意味とは


「男色天国」であった日本、「当時は少年をもつ親も息子が襲われて犯されないか心配しなければならなかった」という明治時代の様子などが詳しく論じられています。また当時と現在では、まったく意味が違っている言葉もあって、次のエピソードを読むと、おいそれと使えなくなることもありそうです。

たとえば、「硬派」「軟派」という言葉がある。「硬派」は、現在では質実剛健で恋愛にストイック(自己規制的)な青年というニュアンスで用いられるが、本来は少年を追いかける「男色好み」の意味だ。「軟派」は現在では「ナンパする」(街で女性に声をかけて誘う)という動詞形で使われることが多いが、本来は好んで遊廓に通うような「女色好き」を意味する(森鷗外『ヰタ・セクスアリス』、一九〇九年)

この話を、明治大学文学部の「ジェンダー論」で講義をしたら、「自分は硬派だ」と吹聴していた男子学生が近寄ってきて、ショックでどうしていいかわからないと三橋さんに相談をしたといいます。

 

戦前、戦後の伝統と価値観の断絶


また同性愛の文化についても、次のように書かれています。

学生文化としての男色文化の衰退が決定的になるのは、戦後の中学・高校の男女共学化を待たなければならない。それでも私立の男子高や、北関東・南東北の県立男子エリート高などでは、そうした気風が残っていた。

 日本近代の学生文化に男色文化が濃密にまとわりついていたことは、旧制中学・高校の卒業生なら、実体験、あるいは見聞として知っているはずである。しかし、戦後に強まった同性愛嫌悪の風潮の中で彼らは口を閉ざし、知らないふりをしてきた。そして、その世代の存命者が少なくなった今、ほとんど忘れ去られようとしている。

古くから日本の伝統と思われていた文化、考え方は、実は戦後以降に出来上がったことが多いというわけです。


この論文は論壇誌「アステイオン」(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス)83号「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」から、自身がトランスジェンダーであり、性社会・文化史研究者である三橋順子氏による論文です。5回に分けて「NEWSWEEK」に掲載されます。

ほかにも男色文化の形態を四類型化

など、男色の歴史、類型などを学術的に調べたい方には、興味深い記事です。
歴史好き女子の方には、生々しいと思う記述もあるかと思いますが、興味のある方は読んでみてくださいね。

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コメント6

投稿順|最新順

戦後以降の欧米から輸入されたホモフォビア文化だけが日本文化だと思ってる人わりといるよ。
社会が変わったのは明治あたりだと思ってたけど、敗戦が大きなターニングポイントになったんだね

「古くから日本の伝統と思われていた文化、考え方は、実は戦後以降に出来上がったことが多いというわけです。」の一文がよくわからない。
日本の文化にとって敗戦によるアメリカ文化の流入が大きな意味を持つのは事実だけれど、それを日本の伝統だと思ってる人いないでしょ。

こういう記事って答姐でニュースのあり方について色々意見が出たことを受けてなのかな?
興味深い内容だと思うので、ぜひ記名でお書きください。

戦場・喪中など、長期間女を抱く事ができないので男性ホルモン分泌が薄い少年が代わりの穴になっていただけ
極稀にガチなのもいたみたいだけど、腐女子サイトに貼るような記事なのかどうかは疑問

硬派の言葉のもともとの意味を知ってたら使えないですねぇ。

昔は夜這いとかも普通にあったらしいですし。
性に関する歴史は本当に生々しいなぁ。
読んでみたい気はするけど。

おもしろいですね〜!三橋さんの講義聴きたいです。
硬派、軟派の話は『摩利と新吾』でもありますよね。

こういう記事好きです。
リンク先も興味深く読みました。
戦後に同性愛嫌悪が強まったのは欧米文化の流入とか人口政策の影響なのかな?
もったいないわー

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