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全ての出来事は必要な試練である

 近親BLを求めて購入しました。沙野風結子先生の作品を読んだのは久しぶりでしたが、素敵な作家さんだなと本作で改めて感じました。
 あとがきで本作が改稿作品であることを知りましたが、タイトルは今回の「月を食べて恋をする」の方がロマンチックで好きです。
 ネタバレを見てから本編を読むのは本当にもったいないので、未読の方は読まない方がいいと思います。

 本作の感想をひと言で表すなら、とにかく苦しかったです。
 恵多に感情移入しすぎたのか、恵多と同様に章介の一挙一動に心を乱されたり、水面や性が引き金の発作の場面ではこちらまで頭痛や吐き気を催しそうになりました。
 このお話で一番厄介なのは、恵多の記憶が一部欠如していることです。記憶があれば物語が成立しないのは分かっていますが、これのせいで煮え切らない態度の章介と胡散臭い須藤との板ばさみになっていく恵多にかなりハラハラさせられました。
 第二に厄介だったのは章介です。章介は記憶や発作など恵多の不安定な心にしっかり寄り添えているようには見えないのに、そのわりには恵多のことを束縛して恋愛感情があるようにも見えたので、ただ単に恵多のことを好きだけど血縁関係だから叔父と甥としての距離を保っているのだと思っていましたが、恵多と須藤が接近してからは章介の不穏な話が出てくるわ本人がそれを否定しないわで、話が進むほどに章介の人物像が謎めいて混乱しました。
 だからこそ須藤の狡猾さがふんだんに発揮されていたように思います。
 本当は彼が悪者なんだろうなと分かっていながらも、章介と比べたら須藤の方が親身な対応だし恵多の恋人だったかもしれないし……とアパートから恵多を連れ出したあたりから金目当てなのが丸出しになるまで、須藤はヤンデレ気質の当て馬とばかり思っていました。
 恵多早く逃げて! と思った時にはもう手遅れで、恵多が心身ともに弱っていくのが本当につらくて、私も須藤を殺す以外に解決策はないだろうなと思いながら事態を見守りました。

 物語の終盤を迎えてようやく様々な重苦しい真相が明らかになるのですが、蓄積されたモヤモヤが晴れるとともに推理小説の謎が解明された時のような爽快感がありました。
 とはいえ、章介の行動が不可解だった理由が分かると、理性的な行動も衝動的な行動も全て恵多を愛しているからこそだったんだなと合点がいくので切なくなります。次に本作を再読する時は絶対に章介に感情移入すると思うので、さらに苦しくなりそうです。
 恵多と恋人で、兄(恵多の父)に関係が知られ、猛反対され、二人の今後を話しあうために密会している間に兄が事故にあって、そのことで恵多が自責の念にかられて、あげくの果てに階段から転落した恵多は章介のことだけを忘れて……。
 これだけのことがあれば、章介が恵多にあいまいな態度をとってしまうのは当然だと思います。記憶がない方が恵多は罪悪感から解放されるし、叔父と愛しあう以外のまっとうな人生を生きられるかもしれないと思うと言えませんよね。でも、頭では理解しているのに、愛する恵多を手離せない章介が切なくて萌えました。
 恵多は恵多で記憶がない代わりに発作に苦しめられていましたが、水面は父の事故死、性は章介との許されない恋といった形で封印された記憶と結びついた無意識の罪悪感が発作を引き起こしており、章介との性行為で恵多が禁忌に対する罪悪感以上の恐怖を感じていた場面は、章介への想いが父を死に追いやったという潜在意識がそうさせたのだと思うとかなりつらいです。
 須藤に恋人だったと嘘をつかれようと、章介は悪者だとしつこく言われようと、それでも恵多は章介への恋愛感情を捨てられずに章介を守るために自分を犠牲にするところが、読後にふり返るとより感動します。
 記憶を失ってからの恵多は他の男女と恋愛できる機会が何度もあったのに、それでも章介に惹かれていました。章介は自分のことを好きになってもらおうとしたと自虐していましたが、記憶がなくても恵多自身の意思で章介を好きになったということは、章介との恋人時代は決して恵多にとって若さゆえの過ちだったわけではないことの証明になるのではないでしょうか。

 三年前だって、恵多も章介も恵多の父も誰も悪くなかったと思います。恵多の父の怒りは当然のことだし、むしろ章介を警察につき出さなかっただけ優しかったかもしれません。
 強いて言えば、章介が大人として自制するべきだったのかもしれませんが、恵多が須藤とキスした時に見せた絶望していた姿から恵多への本気度がよく伝わったので、公にできない関係とはいえ好きな人から恋愛感情を向けられたら気持ちを抑えられなくなるのは時間の問題だったと思います。
 恵多の父の死に対して恵多も章介も負い目を感じていますが、この三年間で二人は様々な苦しみを味わうという形で罰は充分受けたと思います。そして、それでも二人はこれからもずっと十字架を背負って生きていくのでしょう。
 しかし、お互いにとって苦しみを理解しあえるのも、幸せになれるのも、この二人でしか成り立たないことです。周りから祝福されない関係だと分かっていながらもお互いしか求めあえない二人だからこそ、これから先もずっと支えあいながら幸せになってほしいと思います。

 本作は官能的な場面以外に、性行為はしていなくても淫靡な空気をまとっている場面が多く、さらに小山田あみ先生の素晴らしい挿絵との相乗効果でドキドキしながら読みました。タイトルも表紙も物語の根幹を表現できていて素敵です。
 写真が欠けたアルバムや、ショースケ・ケータ呼びの音引き、恵多の左頬のえくぼなどの伏線回収もお見事で、章介はあの時どんな気持ちだったのかな、とついつい思いを馳せてしまいます。あとがきを読むと、さらに章介の恵多への本気度を知ることができて萌えました。
 苦しかったけれど、読んで損はない作品だと思います。

人の想いは永遠ではない

 作家買いです。海野幸先生はお気に入りの作家さんなので、楽しみはもう少し後に取っておこうと思っていましたが、我慢しきれずに読んでしまいました。
 途中からは想像以上に切なくて苦しくて何度も泣きましたが、すごくすごく良かったです。

 冒頭から朝陽の変人ぶりが際立っていて、度を越した昆虫好きであることと国吉のことが大好きであることが、たった数ページでこれでもかというほど伝わってきました。
 この二人は両想いじゃないの? と思わせるような朝陽と国吉のやり取りにニヤニヤさせられ、国吉は朝陽の昆虫を交えた独特な表現を瞬時に理解し、朝陽は昆虫好きであることを肯定してくれる国吉に堂々と「好きだ」と言い、それに対して国吉は平然とした態度で「知ってる」と返し、周囲にとっては日常の光景なので誰一人として突っ込みません。 
 ところが国吉は朝陽だけと親しくしているわけではなく、不特定多数の人たちにも分け隔てなく接します。趣味に熱中する人の話には興味深く耳を傾け、何かを相談されたら真剣に対応し、困っている人やポツンとしている人がいたら自ら声をかけるのです。
 誰もが自分は国吉にとっての特別ではないかと夢を見ますが、時が経てば国吉はただ誰にでも優しいだけという現実を目の当たりにします。朝陽もその内の一人です。
 だけど朝陽はそんな国吉を否定せず、同じクラスになった高二以来ずっと恋心を持ち続けていました。その国吉の優しさがなければ朝陽は孤独のままで、今の関係もなかったからです。
 高三でクラスが離れてから、自分から会いに行かない限り国吉と接点を持つことができなかった朝陽は、本来なら高校卒業を機に国吉をあきらめるつもりだったのに、国吉は朝陽と同じ大学を受験していたのです。しかも同じ学部なので、朝陽は国吉の近くにいるのに特別になれない切なさを大学生になっても感じ続けることになります。

 初見でも国吉はずるいなと思いましたが、国吉の事情を知った読後の今はさらにそう感じます。
 朝陽の恋愛感情に気付いていながら、特別扱いすることも突き放すこともしないなんて、いつまでも生殺し状態の朝陽が本当にかわいそうでした。想いには応えないけど、自分の振る舞いで朝陽の心を乱して、それでも朝陽に想われ続ける立場はさぞ心地よかったことでしょう。
 だから、国吉神社に現れた蝶が人の心を食べることを知った時、真っ先に朝陽の国吉への恋心を食べられたらいいのにと私は思ったのです。その後も朝陽の精一杯の遠回しの告白を受け流した時は特にそう思いました。
 いわゆる攻めザマァ展開になればいいと安易に考えていましたが、実際に朝陽の感情がなくなってしまうと想像以上に悲惨な展開でした。
 まず、朝陽が失ったのは恋心だけではありません。昆虫への興味関心までもが奪われたのです。朝陽の人生を彩ってきたものはなくなったのに記憶だけは残っていて、時が経つほどそれに苦しめられ、オスのセミは体内が空洞で、それがまさに自分のようだと揶揄する朝陽の姿が辛かったです。
 そんな朝陽に追い打ちをかけるのは国吉です。こちらは完全に自業自得ですが、朝陽が変わってから必死に追いかけます。でも朝陽には片想いで苦しんだ記憶がしっかり残っているので、国吉の変化や昆虫関連も含めて記憶と現実のギャップの大きさに戸惑いと苛立ちばかりが生じます。
 そこまで朝陽に執着するなら最初からもっと朝陽を大事にしなよ、と思ったのは私だけでなく朝陽もそうでした。
 まあ国吉も自業自得とはいえかなりかわいそうな目にあっていたので、この辺で朝陽を元に戻してあげてと思ったけど、海野先生は容赦しません。夏休み前から朝陽をどんどん心の死へ追いやって友人と疎遠にさせるし、国吉はいくら朝陽に拒絶されても毎日メールを送ったり家まで行くという献身的な姿を見せます。
 親の心配が深刻になってきた頃にようやく国吉が朝陽の部屋まで入り、そこで朝陽が感情を爆発させた場面はとても良かったです。
 国吉の過去や事情も、もっと前から朝陽に話しておけば良かったのにとは思ったものの、打算的だったり八方美人な部分や、それら全てを肯定してくれた朝陽のことを好きになり、恋人になれば別れがくるから友人のままで一生途切れない関係でいたいと臆病になるのも、どれも共感できました。
 海野先生の作品は両想いが確定するまで丁寧に書いてくれるので、それだけで心が満たされ、個人的に性描写はなくてもいいとすら思うのですが、本作の朝陽が元に戻ってからの性描写は結構好みでした。早く相手を自分のものにしたいという執着心が二人とも出ていたのが良かったです。
 その後の二人も上手くやっていけそうで安心しました。国吉はきっといい執着攻めになれそうです。

 朝陽が心を取り戻す場面は想像したらゾワッとしますが、何らかの「思い」を養分にしていた説は幻想的で素敵だなと思いました。
 作中で鬼の話が出てきましたが、私は妖怪とかの類いではなく、やっぱり蝶は国吉神社の御神体(縁結びの神様)だと思っています。
 朝陽は蝶を見つける前に御神木に触って国吉を想っていたので、それを神様が成就するように取り計らい、二人に試練を与えてくれたのではないだろうか。実際ああでもしないと朝陽と国吉は永遠に結ばれなかったと思います。
 蝶の数だけ誰かの恋が叶った、もしくは真の愛を見つけた、と思うとロマンチックです。

 お話だけでなく、Ciel先生の絵もどれも本当に素敵でした。
 電子ですが、あとがきの後の絵でさらに余韻に浸ることができていい演出だなと思いました。

 虫好きではないけれど、知らない虫が出てくるたびに怖いもの見たさでネットで検索するのをくり返したのですが、初回のモモチョッキリで早くも挫折しそうになりました。モモがつくから勝手にかわいいイメージを持っていた私が悪いのです。
 でも不思議と愛着がわいてきて、昆虫博物館に興味を持ってしまいました。                

全てをさらけ出し、愛を知る

 表紙買いです。和装姿のキャラやタイトルに惹かれました。
 本作は既読でしたが、作中の空気感がとても好みだったので久々にじっくりと読み返しました。
 スマホもパソコンも車も出てくる現代のお話なのに、日本家屋、和服といった昭和以前を感じさせる古風な世界観がたまらないです。

 本作は荘介と彼を拾ったフジ夫の閉鎖的な暮らしを主軸に、荘介が自殺志願者に至るまでの経緯、トラウマの克服、そして生きたいと思うまでの経緯が過去と現在を行き来しながらじっくりと描写されており、最初は添えもののような存在だった恋愛が話が進むにつれて重要になっていくので、読みごたえがあります。
 相手のフジ夫も人嫌いで長年家に引きこもっている小説家ということもあり、全体的に明るい雰囲気ではないものの、現実をあきらめている二人と相反するように、運命的な二人の恋模様を見せてくれるのがおもしろくて好きです。

 荘介視点の一人称でたどっていく物語なので、今回も荘介の心情の移り変わりを追体験する形で楽しめました。
 特に、十年前の回想で憧れの作家である光次と対面する場面は、私まで恋をしたような気分になり、そこから一気に物語に入り込むことができました。好印象を持ったからだろうけど、初っぱなから苗字呼びではなく「荘介さん」呼びする光次は天然たらし確定です。
 そして何と言っても、たった数分間の光次との夢の時間を終えて縁側を歩いている途中で起きた、ほんの数センチだけ開いた襖の向こうにいる誰かと目が合うという強く印象に残る出会いです。その人こそが光次の孫であり、十年後の現在に結ばれるフジ夫でした。
 しかも、この出会いは想像以上にフジ夫に多大な影響を与えており、一瞬見えた荘介の右脚の鱗(傷)に一目惚れしたことがフジ夫にとっての初恋であり、恋愛小説家・藤尾真珠が生まれるきっかけであり、全ての作品の原点にまでなっていたのです。なんて素晴らしい設定なのでしょう。
 さらに、荘介との出会いはフジ夫だけではなく、光次にも影響を与えていたことにも興奮しました。ミステリー作家が晩年に恋愛小説を書き始めていたなんて、こちらもなかなか強烈です。フジ夫も匂いに反応していたらしいし、荘介どんだけいい匂いなの。
 光次は荘介に先立った妻を思い出すと言いましたが、小町には初恋の匂いと言っていました。つまり、光次は最期まで初恋の人だけを愛したわけです。
 そんな素敵な祖父母夫婦と生活してきたフジ夫が、光次の恋愛小説の続きを書けないと思うのも無理もないですよね。
 たった一瞬の初恋で溢れる想いを小説にしてきたフジ夫はもちろん素敵だけど、いかんせん光次の作品を引き継ぐには恋愛経験が足りません。池田光次という小説家を尊敬しているからこその苦悩をむき出しにして涙を流すフジ夫が印象的でした。
 このように二人の作家に影響を与えていたなんて、自分が荘介だったらと思うと感極まって死んでもいいとさえ思ってしまいそうです。本作において「死」は禁句なんですけどね。

 荘介で印象に残っているのは、フジ夫の初恋話や荘介の鱗(傷)の発見といった強力なアシストをしてくれた小町のエピソードです。
 小町が最低な男ときっちり別れられるように、小町に化粧をして女としての自信を持たせる場面は、私まで励まされるような気分になりました。フジ夫と荘介の優しさは形が違うけれど、小町にとってはどちらの優しさも必要だったと思います。
 亡き母の影響で化粧品メーカーへ就職した荘介は、本編でも母のことをよく振り返っていました。荘介が愛する母に化粧をしてあげたら母はすごく喜んだだろうなと切なくなりましたが、化粧品に携わることが荘介自身にとって生きがいになっていたので、これでいいのだと思います。
 諫山の件は高校時代に傷害で警察沙汰になったんだから、ストーカーされている時点で警察に通報すればすぐに動いてくれたのではと思いましたが、今回で二度目の逮捕だから今後は接近しただけで即通報で大丈夫でしょう。

 フジ夫はとても魅力的な人物で、小説家らしくない真っすぐな言葉には、良くも悪くも相手の逃げ道をふさいだり、時には背中を押してあげるような優しさを持っています。
 そして、恋愛面では堂々と初心者丸出しの発言をしてくれます。荘介とほぼ合意のキスをしてから、そのことで頭がいっぱいになって執筆に手がつかなくなるのとか本当にかわいいです。布団で気持ちを確認しあってからの初夜もすごく良かったです。
 荘介の手を握って温もりを与える場面はどれも好きなんですが、それがかつてフジ夫が祖母にされて安心した行為だったことを知り、さらに好きになりました。光次のように荘介のことをいい匂いと言っていたし、フジ夫はおばあちゃん子だったんですね。
 荘介と結ばれたことで結果的に光次と同じく初恋の相手と添い遂げることになりそうですが、それが藤尾真珠の作品にどんな影響を与えるのか、そして光次の小説の続きはどんな作風になったのか、荘介の再就職後の暮らしぶりなど、知りたいことがたくさんあります。掌編でもいいから後日談が読みたいです。

 私は電子書籍ですが、本編と千地イチ先生の素敵なあとがきを読み終えてからの伊東七つ生先生の絵にやられました。紙本も同じなのかは知りませんが、これは最後に持ってきて正解だと思います。

 実はこの感想を書くのもかなりの日時がかかっています。この文面で? というツッコミはご容赦ください。
 いろんな思いが込み上げるのに上手く言葉にできなくて、とてももどかしいです。
 改めて素敵な作品を生み出す作家さんや、素敵な感想を書かれるレビュアーさんに尊敬の念を抱きました。
 本作は静かでゆったりとしたお話が好きな方や、一般文芸が好きな方におすすめできると思います。

一世一代の命をかけた恋

 龍と竜シリーズの五作目です。
 発売当時は本作で完結だったこともあり、最後にふさわしいお話でした。

 大学一年生の颯太が竜城に龍一郎と別れたいと思ったことはあるかと質問するところから始まり、次郎の愚痴をたくさんこぼしています。ほらやっぱりと言いたくなるような内容です。
 前作の続きは勘弁してくれと思っていたら、龍一郎と別れたいと思ったことがある上に浮気までしたことがあると自白する竜城の回想話になりホッとました。

 回想の時期は、三作目(銀の鱗)で竜城が自力で自分の店を持つために養子縁組を拒否したお話の続きです。夢を叶えるため、やる気に満ち溢れた竜城は調理師専門学校の一年制クラスに入学しました。
 颯太との生活も幸せだったから人生を犠牲にしてきたつもりはないけれど、それでも自分の意志で学校へ通い、夢を持つ生徒の一員に加わり、友人と交流するなんて、金銭的にも精神的にも余裕がなかった十代の竜城には到底できなかったことです。竜城は背中を押してくれた龍一郎に改めて感謝の念を抱きますが、竜城のこういうところがいいですね。
 非日常の一日を味わい気分が高揚したままの竜城は、家族の不在で性欲を抑えきれずに珍しく自慰を始め、目を閉じて龍一郎を想像しているうちに本物の龍一郎に突然貫かれます。
 しかも、スケベオヤジのような言い回しで言葉責めする龍一郎だけでなく、次郎までいました。人前プレイ再び。竜城には恥ずかしすぎる展開の連続です。
 情事を見たり見せつけたりするこの義兄弟の価値観は理解不能で最低なのに、毎度のことながら萌えてしまいます。
 でも、おそらく龍一郎はこの時点で竜城の無自覚な変化に勘づいたのかもしれません。

 遅れてやって来た青春を謳歌する竜城は岸谷と急速に距離を縮めていきますが、その過程がとても自然というか、このまま二人がくっついても悪くないなと思ってしまうほどでした。
 岸谷に頭を撫でられることを、これは岸谷の癖だからと意識しないようにする竜城から
そこはかとない甘酸っぱさを感じ、不覚にもキュンとしてしまいました。
 しかし、読者の私をも浮気させた竜城の夢のような時間もそう長くは続きません。
 岸谷のバイト先で夢中になって店の手伝いをした竜城は初めて門限を破り、帰りの道中で一ノ瀬組の監視の目に気付き、自分は極道の世界の人間であること、自由のようで自由ではなかった現実を改めて突きつけられます。
 まあ竜城は二十歳までカタギだったので、極道とかけ離れた学生生活を楽しむほど、自分がいる世界に嫌気が差すのは致し方ないです。逆に、その負の感情は竜城の暮らしが豊かになった証拠でもあるので、その日暮らしだった頃を思えばある意味贅沢な悩みとも考えられます。
 帰宅後、颯太がいる前で不機嫌な龍一郎と押し問答してしまいますが、その時に竜城をかばう颯太が本当に天使でした。そんな健気な颯太に良心が痛んだ竜城は身勝手な行動をしたと反省します。
 颯太が部屋へ戻った後、岸谷との関係を疑っている龍一郎は、問題の本質を理解していない竜城に怒ります。予想通りの展開です。
 竜城は監視がついてるのを知りながら、岸谷のバイクの後ろに乗って腰に手を回したりと軽率な行動が多かったのは事実です。でも、一か月半も竜城を泳がせている間に着々と岸谷の情報を掴み、岸谷に危害を加えることを匂わせ、その翌日に未遂とはいえ本当に何度も実行する龍一郎が恐ろしくもあり、そのやり口だと竜城の心がますます離れていく一方なのに、極道で育ったからそれ以外の術を知らないことが切なくもありました。
 竜城が初めて龍一郎の職場へ押し入った場面も、岸谷の件で押し問答の末に龍一郎は銃で脅し、怯まずにさっさと撃てとまで言う竜城の足元に本当に撃ってしまうのです。
 発砲されてもウンザリだと吐き捨てられる竜城は強すぎるし、本気で殴りかかろうとする龍一郎も恐いしで、本場の修羅場に感心するとともに、ここまでくると修復不可能なのではと心配になりました。

 龍一郎は真っ当な仕事で大きなチャンスが到来しており、夜の営みを我慢してでも竜城や颯太の将来のために多忙な日々を送っていたので、今現在の竜城の心が離れていく事態に頭を悩ませる龍一郎が、さっきまでの修羅場とは別人のようで気の毒でした。
 極道だから竜城を暴力で繋ぎ止めるのは簡単だけど、極道だからこそ竜城と心で繋がることにこだわる龍一郎が切なくて、次郎は豪快に物騒なことを言いつつも龍一郎を誰よりも理解して励ますところが良かったです。
 竜城は岸谷の優しさに甘えて逃避行……はしてませんが、いい雰囲気に。料理人を目指したきっかけが龍一郎の昔話だったことを話しながら龍一郎を想う姿に、夜のカフェの雰囲気と相まって感動しました。
 そしてラブホテルの場面ですが、龍一郎が全てをさらけ出して竜城の意思を尊重した上で愛を乞うのは良かったけど、竜城と岸谷への報復でもある今回の人前プレイは萌えませんでした。
 岸谷を巻き込まないでと思ったけど、祖父の影響からか極道にも刺青にも全然臆さなかったし、あれからも竜城と親友を続けたりと肝がすわったいい男でした。現実を踏まえて、岸谷が無傷ですんだ点においては龍一郎はもっと評価されてもいいと思います。

 竜城の話を聞いた颯太はますます自分が惨めになったのではないでしょうか。
 次郎に張り手をかましたところはスッとしたけど、軽んじられる颯太がかわいそうでした。
 あと、竜城の浮気話が出た時は全然驚きませんでした。なぜなら相手は咲子と思っていたからです。
 前作で男女の関係を匂わせた描写にもショックを受けてあれこれと感想を書いたので、綺月陣先生にまんまとだまされました。

 本作はいろんなドラマが詰めこまれていてとても楽しめました。
 あれだけの修羅場を乗り越えた二人なら、これから先何があっても大丈夫でしょう。
 次は~清明~ですが、今はもう少し余韻に浸りたいと思います。

幸せの根源の正体

 龍と竜シリーズの三作目です。
 前作までは竜城と龍一郎に焦点が当てられていましたが、本作は新たな主人公が登場します。
 竜城の弟の颯太です。前作の感想で将来有望と書きましたが、中学一年生にして早くも覚醒していました。

 颯太の独白から始まりますが重いです。
 物心ついた頃には母から存在を否定されていたせいで、母が不幸なのも、母が亡くなったのも、竜城が大学を中退したのも、全部自分のせいだと思い込んでいます。
 成長するとともに自分が邪魔な存在だったことを認識(誤解)したので、大人の顔色をうかがったり、大人が喜ぶ子供の振る舞いをしたり、カフェのオープンが目前に迫る竜城を気遣って授業参観があることを黙るという意地らしさがありました。
 しかし、颯太は大好きな家族に素直に甘えることができず、週の半分は家に帰らなくなっていました。そして、それがただの思春期や反抗期だけではすまされない決定的な原因があったのです。
 颯太はついに竜城と龍一郎の夜の営みを見てしまいました。颯太が四歳の頃(前作)から危なっかしい場面はあったものの、それ以降も暗くてよく見えなかったり、性行為は男女じゃないと成立しないという先入観で核心に触れるまではいかなかったようですが、中学一年生の夏休みの終わりに明るいダイニングで愛し合う二人の一部始終を見てしまったのです。
 颯太が感じたのは、汚いものを見てしまったという嫌悪感よりも、愛し合っている中に自分がいないことへの疎外感でした。龍一郎が今までかわいがってくれたのも竜城を愛していたからで、自分がいたから二人は堂々と愛し合えないのだと歪んだ解釈をしてしまいます。辛い幼少期を過ごした上に、多感な年頃ならそう思うのも仕方ないかもしれません。
 そんな中で、竜城に似ているとしか言われない颯太が、次郎に龍一郎似と言われて喜ぶ愛らしい一面もありました。かわいい。

 今の颯太にとって唯一の支えは次郎で、颯太が竜城たちの営みを見たあの夜、初めての自慰で想像したお相手も次郎でした。小さい頃からずっとかわいがってくれて、甘やかしてくれる存在だから自然と惹かれていったのでしょう。
 でも、現実的な話をすると、親の愛情を満足に得られなかった人は恋愛で補おうとする傾向もあるので、恐らくアダルトチルドレンに該当する颯太も、親子ほど年が離れた次郎を好きになることに全く抵抗がなかったのだと思います。
 だからと言って、颯太と次郎を否定しているわけではありません。
 人によっては、子供の一時の感情と思うかもしれないし、親子愛への憧れを恋愛感情と混同しているだけと思うかもしれない。そうだとしても、今の颯太は真剣に恋をしていることに変わりありません。
 しかも次郎は常識人なので、颯太を甘やかしはするものの叱るところは叱るし、誘惑されたからといって暴走するようなことはしません。誰でもいいわけではなく、次郎という人間を颯太は好きになったのです。
 だから、颯太との恋愛に及び腰の次郎とは違い、和巳や龍一郎や竜城までもがそれを否定せずに次郎の背中を押してあげるところが良かったです。これも次郎に人徳があるからでしょう。まあ竜城も和巳も釘は刺してましたけどね。
 次郎は文字通り愛して撫でて颯太を喜ばせ、二人は恋人になり、初めては大人になってからと約束したのでした。
 その後の颯太と竜城・龍一郎とのメールで不覚にも感動しました。龍一郎は本当にいい父親です。

 二人の進展の立役者となった和巳ですが、診察という名目で次郎と言葉遊びをしているように見せかけて、彼の言葉には重みがありました。
 この世で一番醜悪なものは恋愛感情と豪語する和巳だけど、自分たちのような悲劇が二度と起きないように、次郎を諭し、龍一郎に連絡し、颯太と次郎の心を結びつけたのでしょう。そんな和巳に幸あれ。

 そして竜城編ですが、颯太が十歳の誕生日の頃のお話なので、颯太編でさらっと触れた養子縁組の一件の真相が明らかになります。
 私は本作を読むまで、竜城はよく颯太に嫉妬しないよなと思っていました。
 颯太もかわいそうでしたが、竜城だって親に愛されなかったわけで、いくら龍一郎に愛されようとそれは親の愛情とは違います。
 だから、親(龍一郎)や祖父(組長)や叔父(次郎)や組の一員から愛される颯太を見て、嫉妬心は芽生えないのだろうかと思っていました。私なら嫉妬しそうなのでなおさらです。
 でも竜城は全くそんなことなくて、それどころか、大学へ進学した時に実家から逃げたことで颯太に負い目を感じているんです。竜城は悪くないし、そうさせた親が悪い。本来感じる必要のない罪悪感を、竜城も颯太もそれぞれ抱えてしまっているのが切ないです。
 竜城も颯太も、相手が幸せじゃないなら自分も幸せじゃない(救われない)という思考だと思いますが、そもそも相手が一緒にいることこそがお互いにとっての幸せなんですよね。
 颯太は竜城がいるから幸せで、市ノ瀬組の面々から愛される幸せも知ったし、竜城は颯太がいるから幸せで、龍一郎と愛し合う幸せも知った。
 本作の本質はそこだったのではないでしょうか。

 養子縁組の件も、竜城は自力で颯太を養えていないし自立できていないと思っているから、乙部姓で夢を叶えることにこだわったんですよね。この意地とプライドには共感しました。
 そして龍一郎、心中お察しします。颯太の機転がなければ惨めでしたね。怒りに任せてお風呂で竜城に乱暴するのは駄目なんだけど、正直萌えました。そして、竜城の夢を聞いて応援する姿がかっこよかったです。やっぱり龍一郎は懐が深いいい男です。
 あと、竜城の素性を知った上で味方でいてくれる咲子はとても貴重な存在だと思います。かつて咲子に淡い恋心を抱いたり、抱きしめたり手を繋いだりして甘える竜城に母性本能をくすぐられました。

 今回は恋愛面よりも家族愛を重視して神評価にしました。
 引き続き、~虹の鱗~を読みます。

光と影は表裏一体

 龍と竜シリーズの二作目です。
 前作でさまざな葛藤を乗り越え、極道の龍一郎とともに生きる選択をした竜城ですが、本作は龍一郎とは住む世界が違うことをまざまざと思い知らされ、愛だけではどうにもならない壁にぶつかり苦悩するお話でした。

 と、上記のように要約すると重苦しく感じますが、作品全体を通してみると官能的な場面がたくさんあったので、個人的にはそちらの印象の方が強いです。包み隠さずに言うとエロエロでした。
 だって、初っ端から二人は致してます。隣のベッドで四歳児の颯太がすやすや眠っている中でです。声を潜めながらの状況で、龍一郎はスケベオヤジさながらの言葉責めで、自分が不在の間に浮気していたのではないか、一人で慰めていたのではないか、と竜城を虐めていて萌えの連続でした。
 しかし、そんな淫靡な雰囲気にそぐわない颯太の泣き声で空気が台無しになってしまうのですが、その時の竜城の狼狽ぶりがおもしろいです。本作にはこういう場面が何度もあり、もはや定番化しています。BL的にはお邪魔虫な立場になってしまう颯太だけど、かわいくて憎めないというか、そもそも颯太は何も悪くないですね。

 龍一郎の家に住むようになってから約二か月が経っていますが、リアリストの竜城はいつか離別する日のことを考えて、金銭感覚が狂いそうな生活に染まらないように気を引き締めたまま、龍一郎にカフェやホストの仕事を辞めるように言われても拒否します。
 過労の不安はあるものの、いつかのために貯金をしておきたい竜城の感覚は一般的だと思うし、龍一郎は竜城のそういうところが放っておけなくて好きになったんだと思います。
 それなのに、堅実に生きようとする竜城の思いを打ち砕くように、ヤクザと親しいという理由でカフェのバイトをクビになってしまいます。現実でも企業間で反社会的勢力排除の書類を交わすので、よりクリーンなイメージを求められる昨今では仕方がないことだと思います。
 竜城は本当に気の毒だけど、本人も状況を理解しているので、店を非難しない代わりに少々思いやりに欠ける龍一郎に行き場のない怒りをぶつけるしかありませんでした。
 いくらなだめても機嫌を直すどころか、龍一郎の生きざまを否定するような物言いをする竜城にしびれを切らした龍一郎は、とうとう車内で竜城を犯します。
 合意じゃない性行為は強姦でしかないので決して許されない行為です。よって龍一郎は最低なんです。それなのに、何でこんなに萌えるんですかね。愛する竜城に人格を否定されるのが耐えられない、極道の自分を受け入れてほしい、愛してほしい、そういった龍一郎の弱さや執着が見え隠れしていたからでしょうか。そう言い訳しておきます。

 やり過ぎたと反省する龍一郎はさらに颯太の地雷を踏んだのがきっかけで、愛されなくても母を嫌いになれなかったと言う竜城に自分の生い立ちを話すのですが、これがまた悲惨な過去で、龍一郎の頬の傷痕がヤクザ同士の抗争などではなく実母につけられたものだと発覚します。
 施設や警察などの大人の態度は事務的にしか感じられなかったけど、生まれて初めて親身になってくれた大人(坂下)はヤクザでした。ラーメンやトマトを食べさせてくれただけではなく、家にも住まわせてくれました。無力な幼児の龍一郎にとって、居場所を与えてくれた坂下は神様のような存在だったと思います。
 母が嫌いだと言う龍一郎ですが、十五歳に母のアパートへ行って警察沙汰になるまで暴れたので結果的に復讐みたいになってしまったけれど、本当は母に愛されたかったのだと思います。これが母に愛を求めた最後の瞬間だったんじゃないかな。激情の理由に気付けない龍一郎に切なさを感じました。
 最初に人情深く接してくれた人がたまたまヤクザだっただけ。現実でも、境遇が悪い人や自ら道を踏み外して非行に走る人が果てに行き着くこともあるだろうし、今はたまたまカタギの世界にいる人も、何かしらの因果があれば極道の世界に足を踏み入れてしまう可能性もあるのだと考えさせられました。
 龍一郎の生い立ちや奥底にある孤独を知った竜城は、坂下や組長に感謝の念を抱きながら過去の発言を謝罪し、龍一郎も竜城に車内の一件などを謝罪しながら性行為に持ち込んで仲直りしました。

 ところが痴情のもつれで龍一郎が刺されてしまいます。相手の組から献上された情婦を抱くことが礼儀とされる世界なので、本当に龍一郎がその女性を抱いていたとしても浮気ではない。そう簡単に割りきれるわけもなく、竜城は龍一郎を失う恐怖と相まって混乱しながら病院へ向かいます。
 到着したのは闇医者のいる部屋でした。ついに黒崎和巳が登場したのです。元気そうで何よりなんだけど、和巳が登場するということは修羅場を意味するので、今後も出てほしいような出てほしくないような……と複雑な気持ちになりました。
 龍一郎が浮気したのかが気になりながらも献身的に看病する竜城は、これ以上心を揺さぶられたくない思いで、ヤクザの恋人でいる辛さを打ち明けます。しかし予想通り龍一郎は女性を抱いておらず、この先竜城を交渉の道具にしたくないこと、絶対に手離したくないことを告げ、二人は愛を誓い合い、愛し合いました。竜城が絶頂を迎えたと同時に颯太がお風呂へ入ってきた時は笑うしかなかったです。

 颯太の誕生日話ですが、龍一郎と次郎の固い絆が分かるいいお話だったけど、問題作です。
 まず、フードプロセッサー。颯太と龍一郎、舌絡ませすぎですよね。しかも明らかに颯太は次郎に見せつけてます。この子は将来有望です。
 次は人前プレイ。次郎とグルになって竜城を辱しめる龍一郎は本当に最低なんです。それなのに、何でこんなに萌えるんですかね(二回目)。もう言い訳はしません。萌えた。

 亜樹良のりかず先生の素敵な挿絵ですが、男性器が普通に見えてました。おすすめです。

 引き続き、続編の~銀の鱗~を読みます。

人生の岐路のその先へ

 作家買いなんですが、厳密には綺月陣先生の「背徳のマリア」に登場した黒崎和巳がこのシリーズにも登場しているとのことだったので、和巳見たさに全作品を購入しました。
 そんな購入動機だったにもかかわらず、本作に和巳が出ていないことに気付いたのは感想を書く時になってからのことでした。
 それほど夢中になれたおもしろいお話です。

 まず、竜城がバイトしているカフェの場面です。冒頭だけで登場人物全員のことが好きになり、一気に物語に引き込まれました。
 特に石神が印象的で、極道なのにマイカップ持参や禁煙といった環境活動に取り組み、時と場所を考えずに弟分を叱りつけたりするけどカタギに優しく甘党。このギャップにやられる人は多いでしょう。私もその一人なので、竜城が好感を持つのもよく分かりました。
 どんな客でも分け隔てなく接する竜城は苦労人で、母の死後、異父弟で四歳の颯太を養うために大学を中退してカフェのバイトで生計を立てていましたが、それだけでは限界を感じて高給取りのホストになります。
 お金はいくらあっても困らないし、短期間でその日暮らしから脱するにはホストはうってつけの職業かもしれません。しかし、スーツは貸与ではなく立て替えという形で初っ端から借金を背負わされてしまい、やっぱりな展開になってしまいました。いつだって上手い話には裏があるのです。
 そんな危なっかしい竜城ですが、彼の些細な変化に気付くのが石神です。寝不足の竜城をすぐに見破り心配していました。ここの二人のやり取りに萌えました。
 先輩の技術を目で盗んで実践する。本来であれば仕事ができる人間と一目置かれる行為が仇となり、竜城は宮前に因縁をつけられてしまいましたが、この痛々しい出来事がきっかけで竜城と石神の距離がどんどん縮まっていくことになります。

 石神は竜城に一目惚れだったんですね。竜城がホストにならなければ、石神はずっとカフェへ足繁く通い続けて竜城に接客してもらうだけのプラトニックな関係だったのかと想像すると、それはそれで萌えます。
 自分が惚れられていることも知らず、石神を家に連れ込むなんて竜城はとても大胆です。この辺を石神視点で読めたらさらにおもしろそうですね。
 竜城が家に招待したのはあくまでも石神に借りを返すためという律儀な理由であり、石神に甘えることを拒みますが、それは石神が極道だからという以前に、大人(親)に甘えることを許されずに育ったからでした。
 同じ境遇の颯太も、大人に裏切られるのが怖くて石神に心を開くのを躊躇っているところが意地らしく感じましたが、石神が愛情深く颯太に接したことで徐々に打ち解けていくのが良かったです。竜城のカレーはおいしいから、と遠回しに家に誘うところがめちゃくちゃかわいかったです。
 それから石神がちょくちょく家へ顔を出したり三人でサファリパークへ行ったりするうちに、颯太は石神に懐き、石神も颯太を実の息子のようにかわいがり、優しい母の存在を羨む颯太に母が竜城で自分が父だと言います。
 心から大人を信じられるようになった颯太は、竜城の言うことを聞かずに駄々をこねるようになるのです。この一連の流れで、子供のわがままは例え親を困らせても、それでも自分を愛してくれるという確証があるからこそできる行為なのだと気付かされて感動しました。親子の信頼関係はこういうところで如実に現れるんですね。
 そして問題のお風呂の場面ですが、家族水入らずなほのぼの展開と見せかけて、石神はほんの一瞬だけ竜城のお尻に性的な触り方をします。不審に思われない程度の絶妙な仕草でしたが、石神が初めて見せた劣情にドキッとしました。
 三人で暮らそうと話す石神ですが、お風呂で石神の刺青を目の当たりにしても好意的な反応を見せた四歳の颯太とは違い、竜城は改めて極道の人間と関わっている現実に直面し、今後の付き合いに慎重な態度を見せます。でもカタギの人間であれば至極真っ当な感覚だと思います。竜城だけなら成人しているので自己責任で済みますが、未就学児の颯太のこれからの人生を考えるなら話は別です。唯一親切にしてくれた大人が極道だったらと思うと辛いですね。
 それでも石神はここまで関わってからではもう遅いのだと、竜城に想いを告げて守ると言いますが、竜城は責任感で言っているように感じて石神の庇護下に置かれることに反発心を覚えるのでした。
 とはいえ、竜城は颯太のために夜でも預けられる託児所へ入所手続きしてくれた石神の優しさにどんどん絆されていき、奨が石神に親密に接することに嫉妬までします。とっくに竜城は石神のことを意識していたのです。

 実は奨がクズで鉄はいい人なのでは? と深読みしながら読んでいましたが、両方ともクズでした。
 特に石神に執心する奨は、石神に本気の相手がいると意図的に寝取り現場を見せつけて仲を壊す上に、性行為を見られたと精神的苦痛を訴えて石神に新しい店を用意させるゲス男で、そんな奨に心酔している鉄は竜城に危害を加えることも無関係の颯太を誘拐することも厭いません。
 この二人は半グレなんですかね。いくら一回目は無傷で成功したからといって、極道を舐めすぎです。
 同じ罠にはめられた石神ですが、颯太を巻き込んだことで怒りが頂点に達し二人を痛めつけました。スッキリ。救出後の颯太と石神のやり取りがかわいかったです。

 運悪く家を失くしてしまった竜城たちは石神の元に身を寄せるしかない状況ですが、極道への恨み以上に奨と寝たことが許せない竜城は石神を拒みます。きっと常に二番目の存在だった母を身近で見てきたのも大きいのでしょう。
 それでも石神の真摯な言葉と、隠すことのできない石神への想いが溢れて、竜城はようやく観念したのでした。
 その後すぐに二人は体を繋げますが、やっぱり愛情がある性行為はいいものです。

 シリーズの第一作目でしたが、引き続き続編の~白露~を読みたいと思います。

悪意があるから人は癒しを求める

 作家買いです。表紙とタイトルだけで甘々だろうと察知。甘々と多幸感を味わいたいなら間之あまの先生がうってつけです。

 実はこのお話を読み終えるのにかなりの時間を要しました。
 安里の無自覚な誘惑発言によってキヨが悶え苦しむ場面が数えきれないほどくり返されるのですが、私もキヨ同様悶え苦しみ、乱れた呼吸を整えてから読むのを再開してはまた悶えてのくり返しだったのです。
 だって、冒頭から付き合ってもいない二人が新婚夫婦以上にラブラブなやり取りを見せつけてくるんですよ。休憩を挟まないと体が持たないです。
 私は電子で購入しているので、職場でも昼休憩に背後を気にしながらBL小説を読んでいますが、あまりの甘さに机をバンバン叩きたい衝動に駆られたのは久々で抑圧するのが大変でした。もちろんマスクの下は思いっきりニヤけ顔です。
 でも不思議と「もうお腹いっぱい!」という気持ちにならないのが間之先生のすごいところです。

 きっと満場一致だと思うけど、この物語のMVPは安里の祖母ですよね。彼女の働きがなければ安里とキヨは恋愛どころか出会うことすらなかったでしょう。
 ゆくゆくは一人遺されてしまう安里の身を案じ、祖母は遺言書などの様々な手続きを生前に全て終わらせ、安里の未成年後見人を敏腕弁護士の冴香(キヨの母)に依頼していました。両親を突然失って悲しむ安里をそばで見てきたのも大きかったのかもしれないけれど、孫を一心に思う祖母の愛を感じてジーンとしました。祖母と孫または祖父と孫の組み合わせに弱いんです。
 八千代ハル先生の口絵を見た時に意外と切ないお話なのかなと思いましたが、回想を読んで、二人にとって重要な場面だったことを知り、とてもいい選択だなと思いました。
 祖母の死のショックで空虚だった安里がキヨの優しさに触れて感情を取り戻すところが本当に良くて、安里とキヨという二人の人物をより好きになった場面でもあるので、個人的に大好きです。
 高瀬親子がいなかったら安里はどうなっていたんだろう……と想像するとゾッとするくらい、祖母のおかげで安里はいい人たちに恵まれました。本当に良かった。

 鈍感な安里と慎重すぎるキヨの両片想いが続くのかと思いきや、同衾事件が起きてからお試しの恋人になったりと展開が早かったのも良かったです。
 安里はもはや天然というより小悪魔を通り越した悪魔ではないかと思うほど、ありとあらゆる言動でキヨを魅惑しているのがおもしろくて、さらに安里は見るからにだったけどキヨも経験がなかったことにすごく萌えました。性への好奇心が旺盛の十代で未経験なのに五年(特に同居からの二年)も安里の天然攻撃を喰らいながら一線を守り続けてきた彼の忍耐強さに拍手を送りたいです。
 お試しの恋人になってからは、むしろ安里の方が夜の面で進展できるように積極的になるのも萌えたし、萌音の存在でお互いに嫉妬というスパイスが加わって、夜の時間が長くなるところにもめちゃくちゃ萌えました。
 萌音の兄による嫌がらせ事件も、安里の天然が炸裂して最終的に友達になってしまうという脱力展開で解決しましたが、八千代先生のあの一コマがもう最高で、萌音兄は妹以上にいいスパイスになりそうだなとワクワクしてしまいました。
 それにしてもキヨは有能ですよね。高校の時から学業を完璧にこなしながら安里の世話を甲斐甲斐しく焼いて、その上オルトのSNS管理やマネージャー業までやってのけるなんて……何度でも拍手を送りたいです。
 無事に安里と大人の階段をのぼり安定の恋人関係(もはやただの夫婦だけど)を築き上げた彼はもう敏腕弁護士になって成功する道しか見えませんよね。スパダリ最終形態までのカウントダウンが聞こえてくるようです。でもオルトの方が高収入かな。とりあえず将来安泰なカップルであることは間違いないですね。

 あとは、オルトが描くニースを想像するだけで癒されたので、実際にニース絵日記やニースのグッズが出たら絶対に買っていたと思います。
 今回のお話と八千代先生の絵の相性がばっちりだったので、挿絵にニースが登場するのを今か今かと楽しみにしていましたが、本編に一度も出てこなくてかなりショックでした。
 が! 雑誌に掲載されていたらしいイラストが後日談後に収録してくれていて、そこにニースがいましたよ!
 すぐさま拡大しましたが、オルト作のニースや幼少期のキヨと本家ニースのツーショット写真まで描かれており、想像以上のかわいさでした。うさぎ好きの私にはたまらなくてとても癒されました。 

 本作は攻めのキヨが弁護士志望なこともあって、終活・誹謗中傷・著作権・LGBTといった現代における社会問題などを多少取り入れられており、今時の作品だなと感じました。 
 といっても、くどい描写ではなかったので、時代の潮流を感じさせられる作品が苦手な方でも、そこまで気にせずに楽しめると思います。       

愛おしくなる不器用さ

 兄弟BLを求めて購入しました。神香うらら先生の作品は初めてでしたが、好みのお話だったので終始萌えながらあっという間に読み終えてしまいました。

 まず、序盤のテニス後のアンドリューとローレンスに対する和の反応の違いがおもしろいんですよね。
 アンドリューに触れられた時「ああ和はアンドリューのことが好きなんだな」と思ったのも束の間、ローレンスに触れられた時に「あれ、ローレンスの方が好きじゃん」とこの時点で萌えが始まり、読み進めるとローレンスが初恋の人だったことを知り、さらに萌えました。
 ローレンスとの会話でも、しきりに和は言いすぎたかもとか謝った方がいいかなとか気にするんですよ。ウェントワース家に来たばかりの頃にローレンスに冷たくあしらわれた記憶が大きいのかもしれないけど、怒らせないように嫌われないように気遣う和が健気でした。
 ローレンスは年頃だったので、父親の再婚に複雑な感情が沸き起こるのも無理もありません。
 ましてや気持ちの整理もついていないのに、突然できた弟に懐かれるのは困惑しますよね。和が決して悪いわけではないけれど、突き放す態度をとっていたローレンスの気持ちは理解できます。
 そして、和が優しいアンドリューに惹かれていったのもよく分かります。人間ってそういうものです。でもローレンスの一挙一動に心を乱されている様子だと、きっと和はローレンスに嫌われている(と誤解していた)からローレンスを好きじゃないと思うようにしていただけで、無意識に男として意識し続けていたのはアンドリューよりもローレンスだったのだと思います。

 そして問題のローレンスですが、こちらはとても一途な男でした。昔から和のことをよく見てきたのが言葉の端々から伝わってきて、その度に萌えました。
 ただし、とても一途ということは読んでいて分かるんだけど、それ以上にとても不器用なんですよね。
 初見だったので、「ちゃんと和が好きなんだよね?」と心配になることがちらほらあり、攻め視点で読みたかったと書かれている方がいらっしゃるのも頷けました。
 でも和視点だからこそ、和と気持ちを同調させながらローレンスの真意を探れた面もあるので、そこを楽しめるかどうかが肝かもしれません。

 今振り返ると、ローレンスはかなり嫉妬深い人でした。和と誰かが一緒にいると必ずやってきたり、和が好意を示す相手がアンドリューの雰囲気に似た男なら俳優であろうと不機嫌になります。和がアンドリューの恋愛には嫉妬するのに対して、ローレンスの恋愛には全く嫉妬しないことに不機嫌になるローレンスがかわいかったです。
 和にキスをしたり、体を愛撫したり、陰部を擦り付けたり……。愛の言葉は一切ないのに和を困惑させたまま着実に段階を踏んでいく行為に、どこが英国紳士なんだと思ったりもしましたが、終盤に明かされた真実を知ると若干フライングしたとはいえ、和が二十歳になるまでは手を出さないというアンドリューとの約束をちゃんと守り、和に手を出さないようにアパート暮らしをして自制していました。彼はわりと誠実だったのです。
 察しはついていたけど、日本へ来た理由が留学した和を追いかけるためだったということにも萌えました。
 和が小さい頃に読んでいた日本昔話のことをちゃんと覚えていて、好みに合いそうな日本家屋を見つけたのも、昔手を繋ぎたがっていた和を邪険に扱ってしまったことを後悔して和と手を繋いだところも良かったです。
 和に冷たくしていた時期だったのに、その頃でも和のことをちゃんと見ていたところに兄としての愛情を感じたし、いろんな事情で同居期間がほとんどなかった二人が、その時間を取り戻すように二人暮らししているのがたまらないですね。
 しかし、ローレンスは不器用で意地悪だけど優しい兄というだけでなく、策略家でした。
 ずっと和のことを見てきただけあって、和のことは全てお見通しであり、嫉妬のさせ方も熟知しております。紛うことなき和マスターです。夜這いの翌朝に和の好物のパンケーキを作ろうとしていたところも(これは策略じゃなさそうだけど)しっかりと和の心を掴んでいました。
 ローレンスへの恋心を自覚してしまった和が逃亡した時も、滞在先のホテル名と部屋番号まで把握しており、どうやってこの情報を掴んだんだ(智幸?)と思いながらも、和への執着具合や、かといってホテルへ乗り込んで無理やり連れて帰ることはしない引き具合、そしてアンドリューが来るという理由で帰ってきた和を嫉妬心むき出しで抱こうとする強引具合、この振り幅が絶妙で、そこからの流れで和に愛の告白をした時には、和だけでなく心配しながら読んでいた私まで報われたような気持ちになりました。
 ようやく二人は身も心も結ばれたわけですが、事後のやり取りからの二回戦へ突入する流れがすごく好きです。でもそこで終わってしまいました……。

 和の留学が終わったらローレンスのアパートで同棲することはほぼ確定なので、同棲話とかもっともっと読みたかったのが正直な感想です。
 だって、晴れて和と恋人になり我慢の必要がなくなったローレンスは、さらなる執着攻めに成長してくれそうな気質があるように見えるんですよ。非常にもったいないです。
 電子で読んだので挿絵がないのも残念でしたが、それらの要素を差し引いても萌えが圧倒的に勝ったので神評価にしました。
 個人的にとてもツボにはまった物語だったし、二周目はローレンスの言動に萌えると思うので、しばらく寝かせてからまた再読したいと思います。

再び、そして新しく築いていくもの

 「きみがくれたぬくもり」を読んですぐにこちらも読みました。
 本作は上記の番外編で、かつてメイを残酷な目にあわせていた辰哉にスポットを当てたお話です。

 程度はどうであれ、辰哉のように誰かを傷つけて、謝って、許されたいと思った経験は誰かしらあるのではないでしょうか。
 しかしながら、程度はどうであれ、メイのように誰かに傷つけられた経験だって、誰かしらあるはずです。
 なので、極端に言うと、本作は加害者に多大に感情移入するか、それとも被害者に多大に感情移入するかで評価が大きく分かれるかもしれません。
 私は最初の視点の人物に感情移入する傾向があるので、辰哉の気持ちに寄り添いながら読みました。

 メイが左門寺家を去ってから六年、その間にイギリス留学や父親の逮捕から疎遠になったりという経験をした辰哉ですが、帰国しても心の時間が止まったままな辰哉と違い、メイはくまのぬいぐるみがなくても一人で話せるし笑えるようになっていました。
 そんなメイをこっそり見ながら自責の念に苛まれている辰哉に、私は最初から心を掴まれていたのです。
 とにかくメイが絡んだ場面で辰哉は苦悩しており、次第に私は曇らせというジャンルが好きなことにはっきりと気付いてしまいました。
 それにしても、謝ることって迷いますよね。「謝れ!」と相手に怒り狂われたら謝りやすいけれど、感情を表に出せない人に謝るのは、相手を許すしかない状況に追いつめてしまうのではないか、自分がスッキリしたいだけの行為なのではないか、相手は自分の顔を二度と見たくないと思っているのではないか、といろいろ考えてしまいます。だから、辰哉の迷いはとても共感できました。
 でも相手はあのメイですから、辰哉の良からぬ想像は全て外れてしまうわけです。
 メイは辰哉との再会を喜び、辰哉を憎みもせずに、辰哉が笑顔の絵を描いていつでもプレゼントできるように持ち歩いていました。
 辰哉の残酷な面じゃなくて優しかった部分だけを覚えている件は、さすがにメイの防衛本能が辛い記憶を消し去ったのだと思いますが、それでもメイは無邪気に思い出話に花を咲かせました。
 辰哉もようやく気付きましたが、メイの言動は本当にあの「くま」のまんまなんですよね。毒気が抜けるような天真爛漫さ、そして相手を否定せずに受け止める様は、まさに辰哉の言う天使そのものでした。
 メイのような人間は希少種だからこそ、辰哉がとても人間らしく見えて共感できたのかもしれません。
 辰哉が初めて涙を見せた相手がメイであるところがとても良かったです。小椋ムク先生の挿絵と相まって感動しました。
 今回セリフがなかった斎賀ですが、憎き辰哉が頭を深く下げたのを見ただけで態度を改めるという察しの良さが相変わらず素敵でした。

 そして、腑抜けていた辰哉に勇気を与えたのは与謝野です。彼がいなければ辰哉は川の向こう岸へ渡ろうともせず、自ら川へ飛び込み溺れ死んでいくような人生だったでしょう。
 与謝野はスパダリ界の頂点に立つ男と言っても過言ではないくらいに、とても包容力のある男でした。
 与謝野は事業面でも恋愛面でもまさにご都合主義のかたまりのような存在なので、なかなか警戒心を解かない辰哉にとても共感させられましたが、与謝野はほどよく辰哉に好意を伝えながらも、無理強いはせずにじっくりと待てる男なんですよ。辰哉のペースに合わせて、長年の片想いを成就させるまで半年以上かけたし、とにかく辰哉の気持ちが最優先で、辰哉の不器用な言葉の真実を汲み取っては優しく導くことができるいい男なのです。
 与謝野視点のお話では二人は無事に同棲しており、あのお坊っちゃま育ちだった辰哉がこっそり家事をがんばっていたりと微笑ましかったです。
 これからもお互い良きパートナーとして、公私ともに支え合って生きていくことを確信させる、いい締めくくりでした。

 本作品は特に与謝野の包容力とメイの優しさと辰哉の罪の意識がなければ成り立たないお話なのですが、これらの要素が揃わなければ辰哉は幸せになれなかったでしょう。
 唐突にノベルゲームで例えると、辰哉の物語はハッピーエンドはたったひとつで、それ以外は全てバッドエンドという過酷なルートであり、その唯一のハッピーエンドを見せてもらったような感覚です。まあ、与謝野の執着具合なら、いくらバッドエンド確定でも無理やりハッピーエンドの方向へ軌道修正してくれそうですけどね。
 そして、エンディングまでの道筋を伊勢原ささら先生が丁寧に描写してくれたことで、辰哉の心情の変化に説得力が増したのだと思います。お見事でした。

 あと、本作で重要なテーマのひとつだった会社の再建ですが、読んでいるうちに二人の仕事の向き合い方に尊敬の念を抱くようになり、ビジネス書を読んでいるような気分にもなりました。私も見習わないといけませんね……。
 左門寺に続き大越まで警察沙汰になってしまい、左門寺建設の企業イメージがただただ心配になのですが、再建メンバーの奮闘により左門寺建設はイメージアップしながら大きくなっていくのでしょう。彼らならそういった「ビジョン」を叶えることは不可能ではないのだと、与謝野の言葉や辰哉の前向きな変化によって希望を持たせてくれる、そんなお話でした。