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萌×2作品

エキスパートレビューアー2022

女性fandesuさん

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読ませますねぇ

私、『不浄の回廊』『二人暮らしのユウウツ』は面白く読みましたが、このご本に入っている作品は全て初読みです。
フェアとかブックレットとか雑誌掲載作品とか、言ってみれば『単発作品』を集めたご本だと思うのですが、それでもひとつひとつのお話が「夜光さん、読ませますなぁ……」と思っちゃうのが凄いところですねぇ。

勿論、そういう性質の本ですから「本編を読んでいないと面白さはかなり減るんだろうな」と思います。裏返して言えば「本編を読んだ方はかなり楽しく読めます」ということ。
『不浄の回廊』を読んだ時のままのキャラで、西条と歩が動き回っている事自体が、なんか激しく感動します。

昔読んだ時は歩がいじらしくて可愛くてたまらなかったんですけれども。
今回は西条が可愛くてたまんない。
前からツンデレでしたけどね。更に歩に対してのデロ甘感情が洩れ出しやすくなっちゃってるようなところがもう……可愛いくて可愛くて。
私が年取った所為ですかね?

古の姐さま方、読むと2008年頃の自分を思い出しますよ。
お若い皆さまで未読の方はもうすぐ出版されるはずの4冊目(これ、かなり面白くなりそうなんです!)を読むためにシリーズをはじめからお読みください。

『なんちゃって』にしたところに

小中さんのキャラクターへの愛を感じたんですよね。
『本当の大正時代だと、それ以降が暗い時代になってしまうので』という様な事があとがきにありまして、作中人物をも大切にしていくんだなぁ、と激しく好感を持っちゃいました。

恋愛と言うよりは、家族愛に近いもののお話なのだと思います。
主要登場人物の4人すべてが両親を亡くしています。
子ども組(龍郎と凛太、珠希)は周りの大人にも恵まれない。
大人の政隆は『屋敷の離れに妾を住まわせる父』と、父亡き後『その妾と子どもに折檻をする母』を諫められないまま、少年~青年期を送っている。

この4人、不憫なんですよ、眞に。
こういう言い方もなんですけれども、捨て子がね、集まっていたわり合いながら暮らしている様なイメージでした。
『やっと見つけたひだまり』的な。

だからこそ大団円にホッとするわけで。
もう、Loveが少なくとも満足です。
唯一の心配は政隆の甘党ぶり。
このままだと体を壊すんじゃなかろうか……そんな匂いがします。

やっぱり獣人を書くと楽しそうですね

「もうこの世界観だけで書き続けたらいいんじゃないか」とも思ったりしたんですけれども。でもなかなかそうもいかないんでしょうねぇ……少なくとも「この世界観のお話は書き続けて欲しいなぁ」と思います。だって、とにかく獣人の描写の部分が書いていて楽しそうなんですもの。
狼、柴犬と続いたので次は猫系ですか?

前作で先天性獣化症の例に挙げられていた獣は、割と大きくて獰猛な感じが多かった様に記憶していますが『荒々しい心を持った兎の青年』とか、読んでみたいんですけれどダメですかね?
ふざけてないんです。ギフテッドやアゲインストが『怖い見た目なんだけど実は繊細、あるいは陽気な頑張り屋さん』について書いていますので、その逆が読みたいんです。
だってどちらも『見た目と中身の大きな乖離に対する悩み』ですから。

少数派かもしれませんが、私は『ギフテッド』よりも今作が好きです。
まず、お話がコメディベースだから。
哀しさを表現する手法はコメディの方が優れていると思うんです。

あとキャラクターがいい。
洞ケ瀬の先天性獣化症に対する対応が、様々な悩みを一旦抑えた『大人の対応』だからだと思います。
素敵ですよ、彼。
逆境を一山超えた人っていう感じで。
惚れました。

もうひとつ「なかなか書きづらい部分を書くんだな」と思ったのは『マイノリティを特別視しないこと』について触れていることなんです。
寿近くんは子どもの頃、犬にかまれて大怪我をしたため、洞ケ瀬の見た目が怖くてたまらないんですが、それと同時に「差別はイカン」という意識も持っていて『獣人』という言葉を使った職場の先輩を諫めたりする。
これ、見た目を怖がるのとスラングとして使われている『差別用語』を使うので、どちらがより差別的なのかという、結構複雑な、でも実は根源的なお話だと思うんです。
極端な例を書きますが、知的障がいを持っている知人に「人の言うことがぱっとわかる訳じゃないんだから、あなた、気をつけなさいよ」って言うのってどうなのか?って話に近いんじゃないかと。
これね、お話の中でちゃんと結論を出しています。
これがね、すごいと思った。

考えてみれば寺崎さんは「獣人が好き」と言いつつ、獣人がマジョリティの世界を書く訳じゃない。圧倒的な多さの人間の中で暮らす数少ない獣人を書くんですよね。
だからテーマは『孤独』や『差別』。
この世界観を書き続けて欲しいと思うもう一つの理由は、寺崎さんが様々な孤独や差別に対して「どのように歩み寄って行こうとするのか、それが見たいから」。
『優しいモラリスト』がどう考えているのか、もっと知ってみたいです。

今度はツンデレだっ

しかし、伊達きよさんという方は色々なタイプのお話を書きますねぇ。
バリエーションに富んでいるのですけれど、でもお話の手触りはみんな同じ。
可愛くて優しい。
今回のお話は優しさよりも可愛らしさに比重が置かれておりましたが。

他人から優秀と認められているのにもかかわらず、自分よりも優秀な者に嫉妬するっていうのは、なんか別の理由がありますよね。
ジェルミも然り。
誰よりも優秀な魔法使いであった母を幼い頃に亡くしています。
母の様になれと言われ、自分もそう思いながら育つのってどんな感じなんだろうと思ったんですよ、その部分を読みながら。
ツンデレにならざるを得ないですよ。
だってそんな育ち方をしたら、強くなくてはならないのですから。

ヨアンにかけようとしていた呪い魔法を誤って自分にかけてしまい、ジェレミはゲテモノになってしまいます。
魔法使いとして優秀で、おまけに努力家なもんだから、ゲテモノになってからも激しく反省するのね。
反省というのは自分を見つめなおすことだから。
その結果、恋に気づく……上手いなぁ、この構成。

絵に描いた様な可愛いツンデレと、自分が夢中になっていることにしか興味がない(ある意味オタクな)美青年という2人のキャラも、ありがちなんですがグイグイ来るのでとっても楽しい。
なんと言ってもグロテスクな見た目のゲテモノゲゲが、読んでいるうちに可愛らしく感じて来ちゃうというのが、このお話の面白さを語っていると思うんですよ。

片思いということ

高遠さんは片思いの切なさを書くのが上手い作家さんのひとりだと思います。
登場人物が本当に想いを口にしないのね。
そしてじっと見ているのですよ、相手を。
得てして彼らはその気持ちを恋だと認識しておらんのです。
だからただ見ているだけ。
で、ある日気づくんです。「恋だ」って。
そして大きく動揺します。
でもやっぱり彼らは佇んで、想い人を見ているだけの様に感じるんですよ。

表面はとても静かで平穏に見えるのです。
でもその内面は違う。
喜びと悲しみが交錯して騒めいているのです。
で、結果として哀しさが残っちゃうみたいな。
心の底の方に諦めがずっと漂っているみたいな。

あ、そうか。
そんな風に感じるのは、彼らに『欲』を感じない所為ですね。
『不憫受け』と一言で言っちゃえばその通りなんですけれど、でも単なる「可哀想」とも違うんだな。
私は彼らをあまり可哀想とは思わないのですよ。
独りで立っていることが当たり前と言っている様にも見えるんです。
その『人生を受け入れている感』みたいなものがジンと来るんですよ。
高遠さんの書く文章がやたら綺麗なものですから、そしてその美しい文章で川や橋や海をえがくものですから、口に出せない恋心が鮮やかに浮き上がる様に感じちゃうんです。

相変わらず事件と言うか、サスペンス部分の緊迫感はすごいと思いました。
でも個人的な好みから言えば、あからさまな大きな事件がないままのお話の方が好みだったかもしれません。
「ずっとしっとりしていたい」って思ったんですね。
でもやっぱ、それじゃあ売れないんだろうなー……

安心して読める

『Ωがキャストを務める会員制のラウンジ-Ωだけどエッチ系のサービスはなし』というのは、古の腐女子の姐さま方の夢の職場なんじゃないかと思ったりしたんだけど違うかな?
この職場模様が楽しい楽しい。
一生懸命働いて自立しようとする遠峰を好ましく思いつつ、自分以外に尽くそうとすることに不快感を表すゼロ……あたし、こういうの今まで何度も何度も読みましたっ!

あ、誤解されると困るのですが、ディスっている訳じゃないんですよ。
このお話、腐女子が安心して遊べる『夢の国』になっていることを言いたいだけなんです。
流石、ベテラン作家さんだよね。
遠峰やゼロにどんな危機が訪れようとも、安心して読める。
受けの危機は間一髪のところで颯爽と現れた攻めによって回避されるし、攻めの絶体絶命を健気な受けが機転を利かせて救う。←ここで今までのお話と何をもって繋がっているかが解ります。うん、そこに行く前に予測できちゃうんですけれどもね。
その「予測できちゃう」という所も含めて、もう、すごく安心して読める。

ただちょっとだけ思ったのは「私は面白いけど、ちょっとばかり懐古趣味っぽくない?」ってこと。
いや、むしろ「いまこそ」なのかしらね。

モラリスト?

一作目の『共鳴発情』が凄く好きなんですよ。
アマネのキャラが秀逸なのと、彼が動き回る街の『スラム感』とでも言うか、饐えた下水の匂いが漂ってくる様な雰囲気がとても気に入りまして。

それと比較すると今作の世界は緩いと言いますか、ちょっとばかりリベラル感が漂っております。
ゼロと触れ合うことによってβからΩに変化してしまう遠峰の絶望感は良く解るけれど、彼は『野良オメガ』と違って国民としては認められるわけですよ。
このお話ではゼロに拾われますが、もしそうならなかった場合でも何らかの救済措置は備わっている様な感じです。
『発情』『劣情』の世界観よりも現実の日本寄りと言いますか、モラルっちゅうものが存在している模様なんです。

医師免許をはく奪されたばかりの遠峰が、会員制とはいえラウンジのキャストという仕事に就くことを割とすんなり決断するという違和感はありましたが、世界観が優しいので読みやすく、心配せずにグイグイ行けます。

見た目が『夜の帝王』のゼロが「責任を取る」などと昭和的な科白を口にしたり、野良オメガのシェルターを運営していたりというギャップに若干萌えました。

座敷わらしと言うには……

歳をとりすぎというだけじゃなく、千早は人に対しての思い入れが大きすぎる様な気がします。
そもそも座敷わらしって人を幸福にするもんじゃない。
座敷わらしがいる家が栄えているんです。
だから結構冷たいのよね。
何の理由もなしにさっと家を移ったりする。
家人に固執していないんですよね。

千早が妖怪として優秀でなかったのは、人間への思い入れが強すぎる所為じゃないんですかね?
人間とは異なった理で存在しているから妖怪なんだもん。
まあ、そんな千早だからこそ『力がないけれど一生懸命主の幸せを祈るだけ』しかできなくて、その言動に感涙しちゃうんだけれど。

そうなんです。
久しぶりにBL読んで泣けちゃって。
やっぱ、古い人間は昔に書かれたお話の方がドンピシャだったりするんですかねぇ……?(自分で書いたけどちょっと悲しい)

読んで純粋な気持ちになりました。

表題作は爽やかに終了するのですが

典雅さんお得意の『同時収録作で、ギャップ萌えならぬギャップ大笑いをさせる』お話です。
そう。表題作は素直で爽やかに、可愛らしいお話として「めでたしめでたし」で終了するんですが、その直後、ラブラブになってからの激しい脱線ぶりが書かれる『天使の秘め事(読み終わった私からするとこのタイトルすら可笑しくてニヤニヤしちゃう)』が最高です!

この同時収録作では天使の様な受け様、フィンレーが箍を外してはっちゃけます。
でも、彼がどれだけつらい思いで様々なことを我慢して来たのかを表題作で読んじゃっているものですから、天使に似つかわしくない行動をとったとしても「まぁ、それくらいは仕方ないよね」と思わせられるんです。
そのおかげで、何をやってもフィンレーは清純派に見えるの。
お下品な行動を取っても、天使のままなの。
それなのに色っぽくて可愛い。
この辺がとっても上手なんですよ。
このエロ可愛さは、ダリウスでなくとも『角プレイ』をやりたくなるよね。

典雅さんと同じで私も『アンドレ攻め』と『純粋培養なのに誘い受け』が大好きです。「溺愛ものはあまり得意じゃないのにおかしいな」と思うんですけれど、たぶん私は『互いが好きなあまりボルテージが上がりすぎて、傍から見ればなんかおかしくなっちゃう人たち』が好物なんだと思います。
暴走するトンチキもやたら好きなので、たぶん『過剰』が好きなんでしょう。
今後も典雅さんに、この2人の様に過剰な想いを交換し合う恋人たちのお話を書き続けて欲しいです。

タイトルはコメディっぽいのですが

お話はいたってシリアス。
そんで、ちょっとばかり重苦しい気配が詰まっている。
でも私はこのお話、面白かったんです。
と言うのも「友人が犯罪の被害者になってしまった子どもって、こんな風に感じるんだろうなぁ」と思ったから。
天羽も日野もとてもリアルに感じました。

小学校の行事で行った山で、班行動の途中に友達が行方不明になってしまう。
これはショックですよ。
日野は捜索&捜査に来た警官を頼もしく感じ、延いては『市民の為に活動する』警官になろうとする。方や天羽は、大挙して来た警官が友人を見つけ出せないだけではなく、事故か事件かもわからない状況から『事件を解決できる能力を有する』警官になろうとする。
こうして、小学生の時に同じ班で、同じ事件を経験した2人が10年の時を経て、警察学校でまたしても同じクラスになるんです。

それだけじゃないんですね。
当時2人は友人がいなくなった直後に、天羽は「戻って教師に知らせるべき」と主張し、日野は「自分たちで探してみよう」という意見だったんです。
結果として天羽の意見が通るのですが、本当にそうするのが正しかったのかは誰にもわからない訳です。だって友人は見つからないのですから。
子どもの日野と天羽は反発し合います。そしてわだかまりを残したまま天羽は転校しちゃうんですね。
そして、再会。

重っ苦しいです。
いや、重っ苦しくて当然です。
警察学校という、規律に沿いトップダウンの組織体制を体に叩き込む日常が、さらに抑圧感を高めちゃいますしね。

だからこそ、このお話の後半部分が効いたんです!
ラストに向けて萌えた萌えた。
抑圧された、いや~な気持ちが一気に浄化される様でした。
子どもがらみの事件が書かれるため『萌え爆発』にはならなかったんですが、私、楠田さんの書かれたお話でこれが一番好きかもしれません。