「極道はスーツがお好き」「極道はスーツを引き裂く」「極道はスーツに刻印する」
ヤクザものですが、作中の主人公は刑事でもなく私立探偵でもありません。逆にヤクザとの接点がまったくなさそうな職業を持ってきたところにこの作品のおもしろさがあります。
主人公榎田弘哉は、若干29歳にしてフルオーダー専門店である老舗テーラーの店長でありスーツ作りの職人です。ヤクザのスーツは作らないという信念の元、地道な仕事をこなしてきましたが、従業員に権利書を盗まれ二千万の借金を作ってしまったことからヤクザにつけいられます。
ヤクザの芦澤は、部下にかしずかれ畏れられている頭脳派ヤクザ!
二千万の借金をチャラにする代わりにスーツをつくり、スーツが仕上がるまで芦澤の愛人でいるよう契約させられます。
職人気質の主人公では頭脳派ヤクザに手も足も出るはずがなく、芦澤にいいように翻弄されてしまいます。
しかし、翻弄されているはずの榎田は、芦澤に屈服したくないとずけずけとした物言いで、芦澤を喜ばせてしまい、芦澤の方がいつしか榎田の魅力に溺れてしまいます。
冷酷ヤクザとツンデレ気質の職人・・この取り合わせでストーリーが動かないはずがなく、魅力的なキャラクターがどんどん動き出していきます。
榎田視点で丁寧に書き込まれているので、採寸のあとスーツの仮縫いになかなか芦澤が来なくて榎田がイライラします。そのくせ、せっせと抱きにはきますので、読者ははやくスーツを仕上げさせてくれと、いつの間にか榎田キャラに感情移入していらつきますよ。
職人気質の榎田ならではの感情の動きは、恋愛だけでなく仕事にも同等に情熱を傾けている格好良さがあります。
そんな中、芦澤に見え隠れする愛人の影から、物語は急展開していきます。
(ここからネタばれ注意)
借金の代わりにつきあっていただけのはずが、本気で惚れてしまったことに気づいた榎田。そして帝王然としていた芦澤が榎田を守るために、はいつくばる姿を目にして、二人の絆の強さに読者も胸を打たれます。
スーツを作り上げ、ラストは、約束通り芦澤との関係を解消しなければいけないと意気消沈するかと思いきや、ヤクザ相手に商売するのは案外儲かるからとヤクザにも仕事を広げると芦澤に宣言する主人公の太々しさは、中原作品らしいところで、こういうカラリとした空気と骨太さが、このシリーズの人気の所以だと思います。