★作品発表★ 著者:椿ともえ
「おまえ、むちゃしすぎだっつーの」
いかにも健康そうな日に焼けた顔をしかめながら、心配そうにカズキが顔を覗き込んでくる。
「……だって、どうしても1位になりたかったんだよ」
カズキの視線から逃れるように、マサトは顔を背けた。少し口を尖らせたその横顔は、少し赤くなっている。
今日は高校の体育祭だ。
大好きなカズキの前でいいところを見せたかったマサトは、200メートル走で気持ちが空回りして、見事にコケた。
それでももしかしたらと、無理やり体を起こし最後まで全力で走りきったが、結果は当然のごとくビリだった。
傷口を洗うために校舎裏までうなだれて歩いていたマサトに、後ろからカズキがやってきて肩をかしてくれた。
「あんまり心配かけんなよ……」
今まで聞いたことのない神妙なカズキの声に、マサトははじかれたように顔を上げた。
カズキは、痛みを堪えるような表情をしていた。
まるで、マサトの怪我の痛みが伝染してしまったかのようなその表情に、どくんっと、マサトの中で心拍数が跳ねあがり、顔が熱を持つ。
やばいっ…!
顔を見られてはまずいと判断した瞬間、身体が勝手にカズキを突き飛ばしていた。
カズキが数歩よろめく。
「…マサト?」
いきなりのことに、カズキが驚いた表情をしながら見つめてくる。その視線に耐えられず、マサトは慌てて違うと両手を大きく振った。
「ご、ごめん! えと、ちょっと足が痛くて…あそこに座りたいなって思って」
とっさに、近くのフェンスを指さす。
そこに座りたいと言うと、カズキはまだ納得できないという顔をしたが、それでも頷いてくれた。
再度カズキに肩をかりて、マサトはフェンス前に腰を下ろす。
「大丈夫か?」
「…うん。さっき少し痛んだだけだから」
心配げに見つめてくる瞳から、マサトは目をそらした。
今は真っ直ぐカズキの目が見られない。
どくん、どくんと、早く動いている心拍数に、マサトは胸をギュッとつかんだ。
幼馴染で、小さい頃から一緒にいたカズキ。一つ年上だったからか、カズキは昔から良くマサトの面倒を見てくれた。
そんなカズキに、マサトはいつの間にか、特別な感情を抱くようになっていた。
友達や家族に向けるものとは違う。
それが、普通の同性に向ける感情ではないと気づいたのは、つい最近だった。
大好きなカズキ。
だからこそ、カズキにこの想いは打ち明けられないし、悟られてはいけない。同性相手にこんな感情を持つなど、普通は気味悪がられるだけだから。
お互いに何も話さないまま、時間だけが過ぎる。グラウンドの方からは、時折歓声が聞こえてきて、マサトはその度にぎくりとした。
このまま二人で居たら間が持たず、何を言い出すかわからない。
なんとかしてカズキをこの場から離そうと考えていると、ふいに地面に映るカズキの影が動いた。
体操着のポケットを探り、小さな紙切れを取り出してマサトに差し出す。
「?」
小さく折りたたまれた紙に、初めはそれが何か解らなかった。だが、見覚えのある紙に、マサトはすぐに何か思い出す。
「これ、…借り物競走の時の?」
それは、数時間前の借り物競走。
カズキが出場すると言うことで、マサトは最前列で応援していた。
好調に走り出したカズキは、借りものが書かれた紙を手にした瞬間固まった。きっと、よほど酷いものを引き当てたのだろうと思っていたのだが。
カズキは、真っ直ぐにマサトのもとに走ってきた。そして何を引いたか一切言わず、そのまま手を掴んで走り出したのだ。
二人は、共にゴールテープを切った。
だが、聞くタイミングを逃してしまったせいで、マサトはカズキが何を引き当てたか、未だにわからないままだった。
「──見ていいの?」
顔を上げると、カズキが頷いた。
折りたたまれた紙を、無理やりマサトの手に握らせる。
小さなそれは、マサトの手の中で僅かに開いた。
見ていいって言ってるんだし…良いんだよな?
マサトは迷った。まるで、カズキの秘密を見るような気分になったからだ。
だが、カズキが見ろと言うのだからと、意を決してその紙をゆっくりと広げた。
真っ白な紙に、印刷された黒い文字。
「っ、…!?」
紙に書かれた言葉を見て、マサトは驚きに、息を飲んだ。
そこには、たった一言。
『好きな人』と、書かれていた。
紙を持つ手が震える。
「か、カズキ、これって……?」
問いかけた自分の声が、かすれていた。
好きな人。
それは、友人、家族などに向けられる言葉。
そして、恋愛的な相手にも向ける言葉でもある。
カズキは、これを引き当ててマサトを選んだ。それは、どの『好き』に対しての選択だったのだろうか。
家族ではないから、友人だろうか。
それとも。
頭の中で、都合のいい方にばかり考えが向かってしまう。勘違いしては駄目だ、まさかカズキが同じ気持ちだなんて、そんなことがあるはずない。
突然、マサトはカズキに腕を掴まれた。
「っ……」
真摯な眼差しが、マサトを映す。
いきなりのことに、ぴたりとマサトの時間が止まった。どくん、どくんと、さっきよりも心拍数が大きく跳ねあがる。
カズキが、おもむろに腕に顔を寄せてきた。
そして。
「俺は、マサトのことを恋愛対象として好きなんだ」
「っ──!?」
ぺろりと、すり傷を舐められた。
くしゃりと、手の平の中の紙が音を立てる。
カズキも、マサト同様に同じ想いを抱え、それをずっと言えずにいたのだ。
借り物競走で使われた小さな紙。
それがきっかけで、初めてカズキの気持ちが聞けた。
恋愛対象として好き。
この言葉に、もうマサトの迷いは消えていた。
今はもう、カズキの瞳を真っ直ぐ見られる。
マサトは、吹っ切れたような表情でカズキに笑いかけた。
「もし、おれが同じ紙を引き当てても、カズキと一緒にゴールテープを切るよ」
遠くで、スタートを知らせるピストルの音が響いた。
おわり
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