木原音瀬という作家は、偉大な作家であるというしかない。どの作品も深く、単あるBLの枠に収まらない作品なのにBLというジャンルに身を浸し、男同士の愛について書きつづけてくださる偉大な作家であります。どの作品も、深く読みごたえがありますが、異色なのが、この「WELL」。これが出版されたとき、果たしてこれがBLなのかと、読者は大いに頭を悩まされました。男同士の愛を扱うのがBLであるというくくりであれば、BLと言えないはずはないのです。
しかし、甘い愛、せつない愛をうたった毎月大量に出版されるBL書籍とはまったく異なる、どろどろした人間の汚さ不実さをえぐり出し読者に突きつけるようなおそろしい作品だからです。
ある日突然世界が崩壊してしまいますが、主人公亮介と使用人の子しのぶは、たまたま地下街にいたため生き残ります。建物はすべて崩壊し、白い砂だけの世界。地上部分にあった建物はすべて白い砂と化しているので、食べ物もなにもないのです。
足に怪我をして動けない亮介は、何でもいいから食料を取ってこいと命令し炎天下の砂漠にしのぶを追い出します。
そして亮介のために殺人を犯しパンをうばいとってくるしのぶ。
おいつめられた状況が淡々と描写され、まるで楳図かずお「漂流教室」です。
食料も水もない誰も助けに来ない閉塞感にみちた世界。
そんな過酷な状況のなか、亮介を生かすためにどんな手段をとっても生きのびるという選択をしたしのぶ。
後半書き下ろし作品「HOPE」では、消極的な集団自殺をくわだてていた偽善的なリーダー田村にしのぶが、亮介を生かすためなら盗みも、殺人もなんとも思わないと言い放ち、その力強さに田村が打ち砕かれるというシーンがあります。
善悪のルールは世界と共に崩壊しているので、罪悪感を感じないというしのぶ。亮介を生かすという命題のために行われるすべてのこと、それが殺人であってもカニバリズムであっても、しのぶのなかで肯定され許されてしまうのです。
生きていくために必要な愛。人類が最後の一人になってでも亮介を生かし続けようとするだろうしのぶの狂気のような愛の深さに、ただただ圧倒されます。
そんな悲惨なストーリーなのに、木原先生の筆力によって、最後まで読者はページをとじることはできず、読後は暴風雨にさらされもみくちゃになったような気分をあじわうこととなるのです。