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【大賞】光の小説部門『むかし僕らは竜だった』

2024/10/25 16:00

2024/11/22 18:00

竜×竜の新境地!前世を越えて動き出す大恋愛

 

『むかし僕らは竜だった』

 

 

あらすじ
竜としての前世の記憶を持つ黒葛竜太は、現世に生まれ変わってからというもの、前世で死に別れたつがいの竜、ティムグリテスを探し続けていた。だが、ティムグリテスにはなかなか会えず、思いを拗らせていくうち、竜太はひょんなことから竜同士のイチャイチャ動画クリエイターとしての才能を開花させてしまう。ドラゴン界隈で一躍時の人となった竜太だったが、とある事件をきっかけにアダルトな竜動画を作ったことがきっかけで、「トキ」というユーザーから頻繁に嫌がらせを受けるように。怒った竜太は、一泡吹かせようとオフ会に「トキ」をおびき出すが、実はやって来た「トキ」こそが前世のつがい・ティムグリテスの生まれ変わりで…。竜から人間に生まれ変わった二人の話。

 ※こちらの作品は性描写がございます※


 1 黒葛竜太/アムダトルク

 君の前世は何だった、と問われて即答できる人間は少ないだろう。
 けれど、俺は答えられる。俺は竜だった。ドラゴンとも言う。呼び方はさまざまあるが、とにかく俺は、全身が黒い鱗に覆われ、背中の巨大な翼で悠然と大空を飛び回る竜だった。
 念のため言っておきたいのだが、これは冗談でも比喩でも、ましてや妄想でもない。紛れもない事実だ。幼いころはそれを周囲の大人たちに話して「あら〜、とっても素敵ね!」と通り一遍な返答で流された。前世の記憶を持たない者の反応なんてそんなものだ。
 けれど真実、今の「黒葛竜太」という人間に生まれ変わる前、俺は竜だった。鋭い爪で土を抉ったときの感覚や、跳ね上がって風を捉え、雲の合間を縫って青空を飛ぶ心地良さは、今でも覚えている。
 歴史と記録に残らなかっただけで、竜が生きる世界は確かに存在した。もしかしたらそれは、この星の出来事ではなかったのかもしれない。だが、物心ついた頃から、俺には鮮明な記憶が残っていた。
 竜だったころの俺の名は、アムダトルク。本当はもっと複雑な響きなのだが、人間の舌で発音すると「アムダトルク」が一番近い。この真実を中学生のときにクラスメイトに告げたら、「やべぇ! 黒葛、かっけ〜!」と言われた。俺も格好良いと思う。
 竜だったときも、漆黒の巨躯も相まって、周りのメスからキャーキャーと求愛されたものだ。俺は竜のなかでも極めてイケているオスだった。
 そんな俺には、つがいの竜がいた。
 名はティムグリテス。これ以上ないほど麗しい、オスの竜だ。
 俺は群れで育ったが、ティムグリテスは孤独を愛する竜だった。凪いだ海を思わせる青い身体に魅せられた俺は、二百年の歳月をかけて彼に求愛し、やっとのことでつがいになることを了承してもらった。オスをつがいにするとは、と仲間の竜たちからは反対されたが、ティムグリテスは「言わせておけばいい」と妖艶に笑い尾を振るだけだった。
 強く気高く、美しい竜。俺はティムグリテスと並んで飛ぶことが、何よりも好きだった。ティムグリテスは、ほかの竜たちの前ではつんと澄ましていたが、俺と二匹でいるときは怒りっぽく照れやすかった。彼が機嫌を損ねたとき、鼻孔をぴたりと閉じて舌をちょろりと覗かせるのが最高にキュートで、俺はよくティムグリテスをわざとからかっては叱られた。
 一度、彼をひどく怒らせて、十年ほど口をきいてもらえなかったことがある。俺の自慢の鱗は悲しみで剥がれ落ち、目も当てられないみすぼらしい姿になった。呆れたティムグリテスがそっと隣に降り立った瞬間、ぱっと光が差したように感じた。そして花風に似た柔らかな声で言うのだ。「お前は本当に世話が焼ける」と。彼は、俺のすべてだった。
 俺が耳元で愛を囁くと、美しい青竜は切長の目で瞬き、身体と同じ瞳をきらめかせる。鱗を擦り合わせ寄り添うだけで、俺の心は満たされた。けれど睦み合い熱を交わすと、もっと満たされた。ティムグリテスはセクシーさも兼ね備えていた。
 俺たちは幸せだった。永遠に近いときを共に生きていこうと誓っていた。けれどその誓いは、ある日突然破られることになる。俺たちの意思とはかけ離れたところで、世界は蠢き、終わりが訪れたのだ。
 突然空が真っ暗になったかと思うと、炎を帯びた無数の黒い塊が降ってきた。海は煮え、森は燃え上がり、灼熱の地が激しく揺れて生物の命を奪う。
 俺とティムグリテスは、岩に囲まれた洞窟に身を潜めてそれを見ていた。そこが俺たちの棲家だった。もはや呼吸もままならないほどの熱さに、俺たちは弱り伏せっていた。次第に周りを囲む岩までもががたがたと揺れ始め、俺は翼でティムグリテスを覆い、「大丈夫だよ」と囁いた。俺が彼に、初めてついた嘘だった。
 ティムグリテスはそんな俺に優しく微笑み返し、舌先でぺろりと頬を舐めてきた。
「そうだね、大丈夫。お前といれば何も怖くない」
 終わりのときを迎えても、ティムグリテスは変わらず美しかった。
「ねぇ、アムダトルク。約束をしよう」
 彼はひそやかに囁いた。隠れていたずらをする前の子竜のような、無邪気な顔をしていた。
「おれたちはきっと次も、同じ生き物に生まれ変わるよ。生まれ変わったら、必ずお互いを見つけよう」
 俺はその言葉に頷いた。何度も何度も。そして約束した。またティムグリテスを見つけて、求愛すると。百年でも千年でもかけて、振り向かせてみせると。
 ティムグリテスの瞳が潤み、きゅう、と細くなる。
「約束だよ」
 そして、俺たちの棲家は崩れた。


 ……と、そんなドラマティックかつ全米が泣くレベルの別離を経て、俺は人間に生まれ変わった。別れのときを思い出すたび、鼻の奥がツンとなる。
 ティムグリテスは義理堅い竜だった。しかも俺たちは深く深く愛し合っていた。だから、彼も必ずや人間に生まれ変わっているはずだ。そう考えた俺は、愛しのつがいを探し出そうと知恵を巡らせたわけだが、再会するための方法がとんと思いつかなかった。
 会えば必ず分かる自信はある。
 けれど、会う段階に至るまで、一体どうしたらいいのか。
 竜っぽいイメージの場所を考えた挙句、子どものころは親にねだって、恐竜がいる博物館や、爬虫類の多い動物園に行ってみたりもした。すれ違うひとりひとりの顔を凝視する俺に、母は「ちょっとやめてよ」と嗜めてきたが、その頼みは聞けなかった。なにせこちらは前世のつがいを探しているのである。親の指図に従っている場合ではない。
 しかし高校生になっても、俺はティムグリテスに出会うことができなかった。俺は焦っていた。人間の寿命は短い。竜だったころのように百年単位でのんびりと物事を考えていたら、あっという間に灰になってしまう。さすがに再転生後の約束まではしていないから、それはまずい。
 巡り会えない焦りは心を苛んだが、それと同時に、俺はティムグリテスの面影を強く求めていた。あの美しい姿が自分の脳内でしか再生できないことがもどかしかった。人間となった彼がどんな姿をしていようと愛せる自信はあったが、それはそれとして、俺は完璧なシェイプの青竜を求めていた。
 何かを実現したければ、自分で動くしかない。
 大学に入った俺は、潤沢に与えられた時間を目一杯使って、3DCG制作を始めた。頭の中だけではなく、もう一度動くティムグリテスを見たかったからだ。
 擬似ティムグリテスの制作は難航を極めた。素人が簡単に作れるほど、3DCG制作は容易くない。見よう見まねで三面図を引き、X軸とY軸に激しい憎しみを抱きながらポリゴンを作り、テクスチャの質感に苦しみ、リギングとスキニングを気が遠くなるほどに繰り返した。
 そうして初めて作ったティムグリテスは、グロテスクな合成獣《キメラ》と成り果てた。何をどう間違えたのか、愛しきつがいの顎の下からは右手が生え、腹からは無数の爪が飛び出ていた。
 さすがにこれは愛せない。そう思うほどの仕上がりに俺は絶望し、自らの非力を恥じた。こんなものはティムグリテスではない。彼がこのグロ動画を見たら、二度と俺と口をきいてくれないだろう。
 俺は寝食を忘れてティムグリテスを作り続けた。うっかり単位を取るのも忘れて一度留年したが、それでも必死に手と頭を動かした。光の粒を弾く青の鱗、口元から覗く純白の牙、磨き上げられた爪と、完璧な流線を描く翼。自分の作り上げたものが、かつてのティムグリテスの姿に近づけば近づくほど、俺はクリエイトにのめり込んだ。
 俺は二百年かけてティムグリテスを口説き落とした竜である。三日三晩寝ないことなど、屁でもなかった。その辺のやわな男どもとは根性が違う。
 気分転換に講義を受け、単発バイトで稼いだ金で機材のスペックを上げた。友人なんていらなかった。俺の全ては画面の向こうにある。
 大学を卒業するころ、俺の腕はプロ顔負けなほどに磨き上げられていた。そしてついに、理想的なティムグリテスを作り上げたのだ。
「あ、ああ……」
 脚の運び方や表情の変え方、鱗のきらめきと、丸みを帯びた二本の角。優雅な羽ばたきと、こちらを見つめる青の瞳。
 失われた愛しいつがいが、そこにいた。
「ティムグリテス……ッ!」
 俺は画面に抱きついて声を上げて大泣きした。俺だけの竜。魂のつがい。巡り合えないことがひたすら辛かった。ついでに自分が、大学生活の五年間を動画制作だけで過ごしたことにも気付き、ますます辛くなった。人の寿命の、なんと儚いことか。
 しかし俺は技術を手に入れた。就活はし忘れたので、大卒という肩書きはもはや何の意味も持たないが、今はフリーのクリエイターとして仕事を恵んでもらいつつ、ティムグリテスを作り続けている。ティムグリテスの細かな動きをうっとりと眺めるのも良かったが、そのうち欲が出た俺は、もう一匹竜を作ることにした。
 そう、かつての俺……アムダトルクである。
「お、おおお……!」
 記憶を頼りに作った黒竜をティムグリテスと同じ画面で再会させた日、俺はまたしても号泣した。あのころの俺たちが存在している。それは幸せそうに。
 目蓋が腫れて開かなくなるまで、俺は泣いた。泣いてないでそろそろ本腰を入れてティムグリテスを探した方がいいんじゃないか、という冷静な思いもあったが、俺は二匹の龍を再会させた喜びに酔っていた。
 そしておれは、黒竜と青竜をイチャイチャさせる遊びを覚えた。緻密なリギングとスキニングにより、二匹が穏やかに視線を交わし、頬を擦り合わせる様子を再現したのだ。仕上がりは予想以上だった。
「なかなか、いいじゃないか……」
 頬が緩むのが止まらない。これには抑えきれぬ興奮と、わずかな罪悪感を伴った。ティムグリテスの知らないところで、擬似的に過去の自分たちを絡ませるという行いを知ったら、彼は一体何を思うのだろうか。
 そこまで来て、俺はふと気付いた。ティムグリテスも、きっと俺を探している。そして本能的に、竜に想起させるものを求めているのではないか。
 その考えをもとに、俺はアムダトルクとティムグリテスのイチャイチャ動画をネットの世界に放つことにした。ティムグリテスがこの動画を見れば、きっと俺だと気付いてくれる。そして、何らかの接触を図ってくる。
 しかし俺の目論みは、意外な反響として戻ってくることになった。俺が磨き上げた技術と、美しい竜二匹が仲良くイチャつく様子に、全世界のドララーが食いついたのである。ドララーとは、端的に言えば[[rb:竜 > ドラゴン]]同士が睦み合うシチュエーションを愛する者たちを指すのだが、彼らは俺の動画のリアリティにいたく感動したようだった。それはそうだ。なにせこちらは、リアルで経験していたわけだから。
 連日、あらゆる言語で「素晴らしい」「真実の愛は存在した」などと、絶賛の言葉が送り付けられてくる。しかも皆、ティムグリテスを「美しい」「セクシー」と評するのだ。竜を愛する者たちの審美眼は確かだった。
 誰だって、褒められるのは気分が良い。気を良くした俺は、はりきって次々にイチャイチャ動画を作ってはグローバルなネットワークに放流し続けた。何を出しても大盛況。もはやドララー界で俺、すなわち「ドラ動画のRYU」を知らない者はいない。
 外国からの反応がほとんどではあったが、時折日本人からのメッセージもぽつぽつと届く。その中でも、「トキ」というユーザーは、動画をアップするたび、必ずコメントを付けてくれた。
『二匹を見ていると、とても温かい気持ちになれます』
『表情が繊細で良いですよね。ずっと見ていたい』
 ほっこりした文面に、俺の心もほっこりしていた。もしかしたらこの人がティムグリテスなのでは、と淡い期待を抱いたが、それにしては随分と他人行儀すぎる。彼ならすぐにこの動画の意図を悟り、「おれだよ、アムダトルク」と話しかけてくるはずだ。けれどティムグリテスとの長い別離に心が弱っていた俺は、いつしか「トキ」からのほっこりコメントを心待ちにするようになっていた。
 だが、人気が出すぎるのも考えものである。動画をアップするようになってから半年が経ったころから、俺のあずかり知らぬところで、とある活動が秘密裏に行われるようになった。
 二次創作である。
 初めは微笑ましい気持ちで「アム×ティム」の表記を見ていた俺だが、次第に表現は過激になり、二匹が堂々と交尾をするイラストまでもが出回るようになってしまった。ときには「ティム×アム」という恐ろしい表記とともに、黒竜がだらしなくアヘアヘ言っているGIF動画を作られたこともあった。完全なる解釈違いである。
 それでも二匹を愛してくれるならそれでいいか、と大目に見ていたものの、俺はある日、殺人的なイラストを見てしまった。
 ティムグリテスのNTRだ。
 見ず知らずの竜に、ティムグリテスが犯されている……しかもかなり上手い、汁気の多いイラストが出回ったのだ。
「うそだ、そんな、俺のティムグリテスが……!」
 これを見た瞬間、自分の脳細胞がぶちぶちと音を立てて死滅していくのが分かった。そして心が死んでいくのも感じた。冗談抜きで血の涙が出そうだった。俺のつがいの竜に、一体何をしてくれているのか。
 その日から俺は、二匹の二次創作を禁じた。自分の心を守るためにやむを得ない措置だった。当然ユーザーたちからは不満が噴出し、「公式がイチャイチャしてるんだからいいじゃないか」というコメントが届いた。
 我慢は限界に達した。そして、追い詰められた俺は、禁じ手を使った。
「正解を、見せてやる……!」
 俺という公式による、二匹のまぐわい動画を作ったのだ。記憶を引っ張り出して、俺はティムグリテスの痴態をつぶさに表現した。彼は全身が青いが、腹側は真珠のようになめらかで白い。そしてティムグリテスは俺が欲しくなると、腹ばいになって尾を高く上げ、「キュウ」と甘えた声を出す。尾の下には、ほのかに赤く色づいたスリットが待ち構えている。俺が格納していた生殖器を取り出し、そこへ当てがうと、ティムグリテスのスリットは物欲しげに口を開き……。
 結果として、動画は過去最高の大盛況だった。盛況なのは良かったが、「ティムちゃん抜ける」とコメントしてきた奴らは軒並みブロックした。俺のつがいで抜くな。性癖拗らせすぎなんじゃないのか。
 しかし俺もこの動画を作り上げたとき、感無量の涙を流した。
 これは、確かな愛の記録だ。生々しいティムグリテスとの交わりを表現したことにより、彼への想いはますます強まった。
 早く会いたい。こんなことをしている場合ではないが、会って抱きしめたい。
 コメント欄は絶賛で溢れた。しかしひとりだけ、酷く冷めたコメントを送ってきた者がいた。
『最低最悪です。下品極まりない。今すぐ削除してください』
 ユーザー名欄に「トキ」と記されたその文面に、俺はひとり、画面の前で頬を引き攣らせた。


 ◆◆◆


『どうして動画を削除しないんですか? あなたという人間の品性を疑います』
『これまでのRYUさんは、心が優しくなれるような素敵な動画を作っていたのに。どうして。残念です』
『RYUさんは変わってしまいましたね。過激な描写でそんなにアクセス数を稼ぎたいんですか?』
『運営に通報しました。これ以上私のような思いをする人が増えませんないよう祈ります』
『今回の動画も最悪でした。前回よりもいやらしくて生々しい。軽蔑します』
『局部のアップとか最悪。本当におぞましいです。オーバーに描写されているのも気持ち悪い』
『もうこんな動画を作るのはやめてほしい。恥ずかしくないんですか? 竜の愛好家としての誇りはないんですか? 私はとても恥ずかしいです』
『だから消せって言ってるだろ! 別アングルのやつを三種類も作るな!』
『本当にひどい! 人の心がない! お前なんか地獄に堕ちろ!』


「………………」
 新作のまぐわい動画をアップするごとに、「トキ」のコメントは怒りと激しさを増していった。依然として俺の作るアムダトルクとティムグリテスのえっちな動画は、ネット上で大盛況だ。それなのに、「トキ」だけがそれを認めない。毎度飽きることなく、消せ消せと必死に要求してくる。
 初めはファンに「理解らせる」ために作った動画だが、技術を手に入れてしまった俺は、よりリアリティを求めるようになっていた。ティムグリテスのキュートかつセクシーなスリットの描写には特に力を入れた。黒竜のペニスを受け入れる様子は、どんなアダルトなビデオよりもアダルトである自信がある。
 ティムグリテスは感じるたびに尾を丸め、背中の鱗を逆立てる。黒竜の怒張で責め立てられ、彼は牙を見せ、恍惚とした表情で上り詰めていくのだ。動作を細かくすればするほど、ティムグリテスの痴態が鮮明に思い出されて、俺もやめられなくなっていた。おそらく、俺以上に竜を艶かしく描けるクリエイターは存在しないだろう。自他共に認める、最高のドラゴンアダルト動画クリエイター。それが俺だ。
「またコメントしてる……」
 つい二十分ほど前に上げた動画にも、すかさず「トキ」は食いついた。
 今回はアムダトルクとティムグリテスの愛の巣……あの洞窟でのワンシーンを描いた。神々しく朝日が差し込むなか、青竜の上に黒竜がのしかかり、穏やかな交接に勤しむ場面。もちろんこれも、俺がアムダトルクだったころに実際に体験したことだ。
 まどろむティムグリテスをからかうつもりで背中を舐めてやると、彼は微笑んで「欲しい」と誘ってきたのだ。ぱくりと割れたスリットに導かれ、黒竜は焦らすように怒張を埋めていく。もどかしさに青竜は首を揺らし、それを宥めようとアムダトルクは奥深くまでペニスを潜り込ませる……とそんな流れだ。前回、竜が集う泉のほとりで、草むらに隠れて激しく交わった動画に比べれば全然ぬるい。 
 それなのに。
『なんて下等な動画だ! 信じられない! 今すぐに消せ! こんなもの耐えられない!』
「トキ」は今日も熱々にヒートアップしていた。他の「エクセレントとしか言えない」「ティムちゃん最高!」等のほのぼのコメントに混じり、彼のコメントだけが赤く浮き上がって見えるようだった。
 初めて「トキ」から心無いコメントを受けたとき、俺はそこそこへこんだ。「トキ」のほっこりしたメッセージに癒されていた分、その温度差が辛かった。それまでの「トキ」は、竜同士のほのぼのとした交流に惹かれていたわけだから、突然どぎつい竜の生まぐわいを見せつけられて動揺したのだろう。
 そのまま「トキ」は、俺を見限り離れていくものだろうと思っていた。しかしそれどころか、彼は新作を上げるたびにコメントをいの一番に書き込みに来る。嫌なら見なければいいものを、初めから最後まで、余すところなく通しできっちり検閲しているらしく「一分二十六秒のところでティムグリテスが涎をこぼすところが特に最悪」なんて感想めいたコメントを書かれたこともある。よく見てるな、と思わず感心してしまったくらいだ。
 だが、一体何がしたいんだ。 
 俺は困惑した。えっちな動画を見たいのか、ただ単に酷評して憂さ晴らしをしたいのか。仕事の合間にちまちまと動画を作ってネットの海に放流すると、「トキ」は必ず付いてくる。絶対に新作を見逃したりはしない。どんなファンよりも、熱心なアンチ。
「……なんで、お前のために消さなきゃいけないんだ」
 当初は「トキ」の言葉にいちいち傷ついていた俺だが、四作目を超えたあたりから、彼の自分勝手な主張に腹が立ち始めた。これは俺とティムグリテスの愛の記録だ。誰にも……ティムグリテス以外からは、文句を言われる筋合いはない。
 大体こいつだって何なんだ。気持ち悪い、下等だと俺を侮辱しながら、動画を細かく隅々まで見ているじゃないか。投稿日に一度目のコメントを、そして日を跨いでから改めてコメントを書き込むこともあるから、きっと何度も見直しているのだろう。ツンデレでも気取ってるつもりか、このカマトト野郎。
「よし」
 俺は腹を決めた。発信者の個人的なポリシーとして、コメントには一切返信をしないと決めていたが、「トキ」の横暴さに我慢できなくなったからだ。
 なにが「耐えられない」だ。この素晴らしい愛の営みの、どこがどう耐えられないんだか説明してみろ。耐えられないのは愛するつがいに会えない俺の方だ。
 しかし俺はこうも考えた。もしかしたら、こいつもCGクリエイターで、俺の卓越した技術に嫉妬しているのかもしれない……と。フン、と鼻でひとつ笑って、俺はカタカタとタイピングをしたあと、エンターキーを押し込んだ。
 ——喰らえ、俺の皮肉爆弾を。
『いつも隅々までくり返し動画を閲覧してくださってありがとうございます。熱い声援、励みになります』
 俺の爆弾の効果は抜群だった。
 その日以降、「トキ」からのコメントはなくなった。


 ◆◆◆


 かくして、俺のイキイキCGクリエイトライフは平穏を取り戻した。それにしても、ティムグリテスとは一体いつ巡り合えるのだろう。しこしこ動画を作ったところで、ドララーからの熱狂的な支持が受けられるだけで、俺が期待するような「もしかしてあなたはアムダトルクでは?」という働きかけは一切やって来ない。
 闇雲に外を歩き回って、ひとりひとりの顔を覗き込んでも、大体怯えられて終わる。俺の魂の片割れはどこにいるのだろう。
 時間はどんどん過ぎていく。そもそもティムグリテスが日本人に生まれ変わっていればいいが、アマゾンの奥地の少数民族として生を受けていれば、再会できる望みはゼロに近い。俺の心は倦み始めていた。
 ティムグリテスに会いたい。
 また俺に微笑みかけてほしい。
 その一心で生きてきたが、手に入れたのはリアルなドラゴンセックスを描き出す技術だけだ。どれほどドララーたちから褒められても、嬉しくない。もうそろそろ、架空のティムグリテスの描写を極めるのもむなしくなってきた。これでは死んでも死にきれない。
 そんな考えとともに腐っていたある日のことだ。惰性で作ってアップしたまぐわい動画に、再びアンチコメントが付き始めたのだ。
「これは……」
「下品」「最低」「本当に気持ち悪い」というコメントの数々。ユーザー名は「トキ」ではなかった。意味のない英文字の羅列。即席で作ったであろうアカウント。そしてコメントは、異なるユーザー名でいくつも書き込みをしている。まるで複数の人間が書き込んでいるように装って。
「やりやがったな、カマトト野郎……!」
 書き込まれた文面とテンションで、俺にはすぐ分かった。これは「トキ」だ。俺の絶妙な皮肉爆弾に心を折られた奴は、数ヶ月間の眠りを破って、今ここに蘇ったのだ。複数のアカウントを使うという、卑劣な手段を携えて。
「許せん‼︎」
 俺は怒り狂った。人間として生まれて以降、二番目に強い怒りだった。ちなみに一番理性を失ったのは、ティムグリテスのNTR《寝取られ》を目にしたときである。
 ティムグリテスと巡り会えない悲しみも相まって、俺は攻撃的な男になっていた。突き動かされるように動画を作りアップしては、別人を装った「トキ」を挑発し続ける。時に俺と「トキ」は、コメント欄で激しいレスバトルを繰り広げることもあった。冷静に考えてみればあまりにも無為な攻防であったが、俺は真剣だった。俺が血の滲むような思いをして作り上げた愛の結晶を侮辱することは、何人たりとも許さん。
 その戦いが半年ほど続いたころだ。俺は「トキ」と決着を付ける機会に恵まれた。国内では初の、大規模なドララー限定イベントが開催されることになったのである。
 アダルトドララー界の頂点の座にいた俺は、ユーザーたちの後押しもあり、満を持して参加を申し込んだ。そして自らのホームページに書き込んだ。
『今度のイベントで、新作の長編アム×ティム動画をブルーレイで頒布いたします!会場限定です!』
 ドララー達は歓喜に湧いた。海外勢は「パスポート準備しとかなきゃ」とはしゃいでいたが、俺は自分の賢さにひとりほくそ笑んでいた。歓声の向こうで、ぎりぎりと歯噛みする「トキ」の姿が見えるようだった。ファンに喜んでもらえるのはもちろん嬉しい。だが、俺の真の目的は別のところにあった。この新作は、敵を誘き寄せるための餌でしかない。
「トキ」は会場に必ずやって来る、という確信が俺にはあった。そして奴がやって来たら、必ずや嫌味をたっぷりまぶした言葉で返り討ちにしてやるという目論見も。ティムグリテスへの想いを迷走させた挙句、俺はそこそこ意地の悪い人間になっていた。


 ◆◆◆


 そして迎えた、イベント当日。
 新作は飛ぶように売れた。俺は目の回るような忙しさに見舞われたが、それでもひとりひとりに睨みを効かせることは忘れなかった。この中に「トキ」がいるに違いないと思っていたからだ。「トキ」の性格を考えれば、忌み嫌う竜のまぐわい動画が手売りされるという状況に、一言物申しに来るはずだ。そして奴は、誰よりもこの新作を見たいと思っている。「トキ」は酷評するためにこのセクシーな動画を見ているつもりだろうが、違う。奴は、俺の作るアムダトルクとティムグリテスの世界に魅了されてしまっているのだ。
 だが、俺の予想に反して、「トキ」らしき者は一向に姿を見せない。どいつもこいつも、俺の純粋なファンだ。目をきらきらさせて「ずっとファンでした」と言われるのは嬉しかったが、その分罪悪感もすごかった。とにかく、今日一日で一生分の「センキュー」を言った気がする。
 在庫は潤沢に作って来たからまだ余裕はあった。しかし、奴にぎゃふんと言わせないうちは帰れない。俺は妙な焦りを感じていた。
 そして、撤収まであと五分となったとき……「彼」は現れた。
「……あなたが、RYUさんですか?」
 すらりと細身のその青年は、俺と同じか、少し下の年齢に見えた。さらさらと流れるダークブラウンの前髪の隙間から、青みがかった切れ長の目が覗いていた。  
 息が止まった。
 比喩でもなんでもなく、俺は呼吸を忘れた。
 きつくこちらを睨みつけながら、彼は名乗る。
「おれ、青沼常盤といいます」
 言葉が出なかった。ティムグリテスには会ったら分かる、と確信をしていた。けれどその確信はいつも揺らぎそうになって、「本当に分かるのだろうか」と冷静な自分が囁いていた。
 でも、俺には分かった。
 会ったら分かる。確信は正しかった。
「トキです。いつもあなたの動画にコメントしていた」
 必ず、お互いを見つける。ティムグリテスが口にした約束。カマトト野郎、と罵倒してやろうと思っていた考えは霧散した。
 彼が……「トキ」が、ティムグリテスだったのだ。
「あなたの動画が好きでした。途中までは」
 常盤、と名乗ったティムグリテスは、涼やかな声で淡々と続けた。そうか、と俺は途端に理解する。
「でも、こんなひどい動画を作るようになってからは……軽蔑しています」
 常盤は恥じらっていたのだ。竜であったときのまぐわいを鮮明に再現された上に、全世界に配信されたのだから。それは怒っても仕方がない。俺は心の底から反省した。謝罪を口にしたかったが、それよりも、愛するつがいと再会できた喜びが俺を満たした。
「だから、今日は」
「ティムグリテス……ッ!」
「えっ、なに、ちょっ⁉︎」
 感極まった俺は、テーブル越しに手を伸ばして常盤に抱きついた。竜だったころのような硬い鱗はない。細く脆い、人間の身体だ。それでも間違いなく、俺の魂の片割れだと分かった。
「会いたかった……! 君を探していたんだ、ずっと!」
 華奢な肩に顔を埋めて、俺は涙を流した。やっと会えた。ここまで長かった。君には寂しい思いをさせた。
 当然、常盤も俺の背中に手を回し、ふたりは熱い抱擁を……となるかと思われたが。
「は、離せ!」
「えっ」
 常盤は強く俺を突き飛ばした。驚いて見れば、繊細なつくりの顔は青ざめている。でも、竜のときほどの青さはない。そりゃそうか。
 けれど怯えたようなその態度に、嫌な予感がした。俺たちは唯一無二のつがいだ。だから、巡り会えばすぐに分かる。きっとそうだ。そうに違いない。
 俺は精一杯優しい笑みを常盤に向け、言う。
「分からないのか? 俺だよ、アムダトルクだ」
 常盤は眉根を顰めて後ずさった。あれほど盛り上がっていた会場が、しんと静まり返ったように思える。
「あなたが、アムダトルク……?」
 あのときの約束通り、ティムグリテスは人間に……青沼常盤という男に生まれ変わっていた。
 けれど。
「……何、言ってるんですか?」
 運命とはなんて残酷なのだろう。
 彼は俺のことを、そして前世の記憶を、綺麗さっぱり忘れていたのだ。
 

 2 青沼常盤/ティムグリテス

 大切なことを忘れている。
 忘れている、ということだけが分かる。
 小さなころから、おれの中にはそんな感覚があった。何か大切なものを、どこかに置き忘れてきた。でも、一体何をどこに置き忘れてきたのかが分からない。
 楽しくてわくわくする夢を見て起きたあと、その内容を綺麗さっぱり忘れてしまったような、物足りなさと寂しさ。でも胸の奥には、確かに「楽しかった」とか「嬉しかった」という温かなものが残っている。子どもの時期を抜け出して、その温かな感情が「幸せだった」という感覚なのだと、おれは知った。
 恵まれた環境で育ったと思う。欲しいものは口にすればすぐ買ってもらえたし、運動も勉強も苦労した記憶がない。両親は優しく寛大だ。望む大学に進んだし、友人にだって恵まれた。
 それでも「何か」が足りない。足りないものが何なのか分からなくて、もどかしい。心の隅に小さな穴がぽっかりと空いている。その穴を埋めようと色々と試してみるのに、どれもこれも形が合わない。
 就活も難なく終えて、入りたかった会社に勤め始めた。これ以上ないほど順風満帆な人生だと自分でも思う。
 ただひとつ、おれが得ていないとすれば、それは「恋人」というものだった。自分では冷たい印象を与える顔だと思うのだけれど、おれはよく、色んな人から声を掛けられた。それこそ、男女を問わず色んな人から。
 でも誰から想いを寄せられても、なぜか「違う」と思ってしまう。どうして自分がそんなことを思うかが分からない。けれど意図を持って無遠慮に触られるのが、嫌でたまらなかった。
 一般的な経験として、誰かと恋愛をした方がいいんじゃないか、と頭では理解していても、おれは誰も選べなかった。「青沼はお高く止まっている」「プライドが高くてとっつきにくい」と陰で囁かれて、自分は無性愛者なのかもしれない、と悩んだこともある。自分でどうにもできない部分に、振り回される自分に腹が立った。そのうちおれは、誰とも寄り添わずにいようと考えるようになった。「違う」と感じる相手と無理に一緒にいるよりは、ひとりで生きていった方がずっと良い。
『    』
 昔から、何度も同じ夢を見る。夢の内容はいつも覚えていないけれど、同じ夢だ。夢の中で、おれは「誰か」に名前を呼ばれている。その「誰か」は多分、人ではない。大きくて、硬くて、黒い生き物だ。その生き物の姿はよく見えない。けれどそれは、優しい声でおれを呼ぶ。青沼常盤という名前ではなく、もっと聞き慣れない、不思議な響きの名前で。
 その夢を見たあとは、ひどく寂しい。心の穴が大きくなって、冷たい氷を差し込まれた気分になる。
 忘れてしまった。なくしてしまった。
 それだけが分かる。それ以外は何も分からない。
 悔しくて悲しくて、ひたすらに寂しい。
 歳を重ねるごとに夢を見る回数は増えていき、おれは自分自身に疲れ始めていた。
 おれは昔から、爬虫類が好きだった。実家では母さんに反対されたから飼えなかったけれど、その分頻繁に動物園へ行き、鱗を持つ彼らを見つめていた。ぱかっと開く大きな口、くりくりと丸い瞳、全身を覆う鱗の美しさ。一日中でも見ていられた。でも、彼らを飼ったところで、心の穴を埋められる自信がなかった。「似ている」が、やっぱり違う。
 社会人になり、おれの趣味は寝る前にスマホで動画サイトを眺めることになった。これを趣味と呼んでいいのかは分からない。でも、体力を使わず、なおかつ時間を潰せるものといえば動画を見るくらいしかない。
 疲れたときは動物を眺めるに限る。特に爬虫類専門チャンネルは良い。動物園では手に負えないほど迫力のある爬虫類を、好きなだけ眺めることができる。
 そんなある日のことだ。おれはいつも通りスマホを手にベッドに横になっていた。そのときおれは、コモドオオトカゲにはまっていた。世界最大級のトカゲで、表皮は黒っぽく、脚はたくましく、爪は鋭い。やっぱりいいなぁ、とにやにや笑う自分がやばいとは思ったものの、癒しの時間を手放す気にはなれなかった。
「ん……?」
 ふと、「最近の人気動画」と表示された動画にひっかかりを覚えた。見ればそれは、「竜のつがい」というタイトルの3DCG動画だった。サムネイルに表示された二匹の竜に、おれは動きを止めて見入ったあと、ベッドの上に正座した。
 たくましい黒い竜と、それより一回り小さいきれいな青い竜だ。二匹は幸せそうに目を細めて、頬を寄せている。
 なぜか分からないが、心臓がどきどきと高鳴っていた。見たいのに、見たくない。わけの分からない感情だった。十五分ほど悩んだ挙句、おれは再生ボタンを押した。
 二匹の竜の動きは、驚くほどなめらかだった。まるでそこで本当に生きているのを撮影してきたかのように、実体を伴い、命を感じた。
 二匹は空から湖のほとりに降り立ち、会話をするように口を開閉したあと、同時に目を閉じて頬を擦り寄せた。青竜の口元から、ちろちろと細い舌がのぞく。しばらくそうしたあと、黒竜がからかうように青竜の頭に自分の顎を乗せた。そのままぐりぐりと頭を動かし、青竜はくすぐったいのか、ばさばさと翼をはためかせる。二匹の視線が交わり、彼らはゆっくりとまばたきをする。その眼差しは慈しみに満ちていた。
 彼らは、愛し合っているのだ。おれにはよく分かった。
 画面の向こうから、その事実が伝わってきた。
「…………」
 全身が痺れるような衝撃だった。指先が震えて、目の前がくらくらした。おれはその動画を、何度もくり返し再生した。
 鱗のひとつひとつまで丁寧に描かれた身体は、作り手の努力と愛が感じられた。
「すごい」
 ぽつり、と声が漏れた。そして目の奥がじんと熱くなり、喉の奥から込み上げるものが抑えられなくなって、おれは涙を零した。なぜ動画を見たくらいで泣いているんだろう、と思いながらも、泣くのをやめられない。二匹の竜があまりにも幸せそうで、それが嬉しくて、少しだけ寂しい。
 胸に空いた穴が、あたたかく柔らかなもので埋められていく感覚があった。その正体が何なのかは分からなかったけれど、おれはこれまでにないほど満たされていた。
 おれが探していたものはこれかもしれない。予想外の方向性から長年の悩みの糸口が見えたことに戸惑ったが、おれは一瞬にして彼らの虜になってしまった。
 ぐすぐすと泣きながら、何度も二匹の竜を見た。彼らには名前があった。黒い竜の名前はアムダトルク、青い竜の名前はティムグリテス。ちょっと中二病っぽいな……と思ったけれど、そんなことはあまり気にならない。コメント欄は、全世界からの絶賛で溢れていた。そこかしこに「ドララー」という表記が見える。どうやら、竜を愛する者をそう呼ぶらしい。
「RYU、さん……」
 動画の作成者は、プロフィールにそう名前を記していた。
 表記を見れば日本人らしい。自己紹介の部分に「ティムグリテスを探しています」と書いてある意味はよく分からなかったけれど、俺はRYUさんに心から感謝した。
 こんなにも素晴らしいものを作ってくれたことに。
 そして、それを公開してくれたことに。
 感動を抑えきれず、おれはそのままコメント欄に書き込みをした。失礼にならないように、と何度も何度も書き直して、やっとのことで投稿した文章は、いたって簡素なものだった。
『二匹を見ていると、とても温かい気持ちになれます』


 ◆◆◆


 RYUさんは次々と二匹の動画をアップしてくれた。美しく広大な景色の中、アムダトルクとティムグリテスは穏やかに愛を育んでいる。
「はあ、すごいなぁ……」
 ほかのどのドララーの動画よりも、RYUさんの作品はリアリティに長けていた。せめてもの応援に、とコメントをちまちま送ってはみるが、何一つ気の利いたことは言えない。けれどRYUさんの作り上げたものに心を動かされた人間がいるのだと、おれはどうしても伝えたかった。
 二匹の竜は、外見だけならティムグリテスの方が美しい。コメント欄を見ても、青竜のに魅せられたユーザーが多いようだった。でも、俺の目はいつもアムダトルクに惹かれた。漆を塗ったように艶やかな黒鱗と、精悍な顔立ちなのに、時折悪戯っぽく表情を緩める可愛らしさ。喜ぶときは、太い尾をくるっと丸めるのがまた良い。
 しかし二匹の動画の人気が上がるにつれ、ネット上には見るに堪えないイラストや動画が増えていった。ファンアート、と称しながらも、RYUさんの知らないところで、好き勝手にいやらしい作品が生まれている。二次創作、とも呼ぶらしい。それまでは知らない世界だったから驚いた。
「……なんでこんなことするんだろ」
 おれが怒る筋合いはもちろんない。これはRYUさんの動画が広く愛されている証拠だ。でも、なぜか、どうしても納得がいかない。
 自分でも驚くほどに不快なのだ。そのたぐいのイラストを見ると、心臓がバクバク鳴り始め、嫌な汗が浮かぶ。アダルト広告を目にしても「下品だなぁ」としか思わないのに、二匹が……特にティムグリテスがあらぬ格好をさせられているのを見ると「無理無理まじ無理本当にやめて」と顔を覆いたくなってしまう。一体なぜ。
 さすがに入れ込みすぎだという自覚はあった。でも、ざわざわと胸が騒がしい。会社にいても、不意にティムグリテスの痴態を思い出すと落ち着かない。
 そのうち、RYUさんから正式に「二次創作は禁止」という表明が出された。おれはホッとして、ますますRYUさんへの信頼と尊敬を深めた。
 良識のある人で、本当に良かった。きっとRYUさんも同じ気持ちなんだ。自分の作品をこんなアダルトな方向に変えられて、悔しかったに違いない。アムダトルクとティムグリテスは確かに愛し合っているけれど、いやらしい方法で表現する必要なんかないんだ。
 おれは愚かにも、そう考えていた。
 あのおぞましい動画が投稿されるまでは。


 ◆◆◆


「な、なんだよこれ……!」
 これが正解だ、というRYUさんのコメントとともに投稿されたのは、二匹の竜が睦み合う……言ってしまえばセックスをしている動画だった。性行為を匂わせる、なんて可愛らしいものではなく、結合部までモロでガッツリのセックス動画だ。腹這いになるティムグリテスの上にアムダトルクがのし掛かり、がつがつと激しく腰を振っているのだ。白い下腹でだらしなく揺れる生殖器を認めて、おれはティムグリテスがオスだということを知った。
「うそ、うそだ、こんな……」
 ショックのあまり、おれは貧血を起こしその場にへたり込んだ。コメント欄は「公式からの供給が強すぎる」と、かつてないほどの盛り上がりをみせていたが、おれは呆然と流れる動画を見つめていた。信頼を裏切られたことも悲しかったけれど、それ以上に湧き上がったのは激しい羞恥と怒りだった。
 特に羞恥がひどかった。こんなものが世界中の人に見られている、と考えただけでいてもたってもいられなくなり、枕に顔を埋めて「わああああああ!」と叫び、そのままごろごろと床を転がった。
 恥ずかしい。気持ち悪い。最低最悪。
 なぜ「恥ずかしい」のかはっきりとした理由は出せない。でも、ただただ恥ずかしい。腹の中がカーッと熱くなって、「二度と外に出られない」と思ってしまう。おれと動画は何の関係もないのに。
 おれは熱を出して会社を休んだ。ここまで精神的にダメージを受けるのは初めてだった。一日中うなされ続け、混乱を極めたおれは、朦朧とした意識の中でコメント欄を開いた。
 こんなものを公開してはいけない。
 これ以上、もう誰にも見られたくない。
 RYUさんへの尊敬は、憎悪へと変わった。
『最低最悪です。下品極まりない。今すぐ削除してください』


 ◆◆◆


 しかし、RYUさんはアダルトドラゴン動画を次々にアップし続けた。おれはなおも羞恥と怒りと憎しみの間でもみくちゃにされ、頭がおかしくなりそうだった。
 本当にやめてほしい、と願いを込めて何度も動画にコメントしても、絶賛の嵐に飲み込まれて消えていく。おれの情緒はめちゃくちゃだった。だったら見なければいいのに、RYUさんのファンであるという根本的な部分を消しきれなかった俺は、二匹のアダルトな動画を再生してしまった。卓越した技術を、これほど恨んだことはない。
 ご丁寧にも、シチュエーションは毎回違うのがまた憎い。動画は、ティムグリテスが腹這いになるところから始まった。
 青い身体をまたぐように黒竜が乗り、その下腹から、にゅう、と凶悪な形のものが現れる。
 ——で、でかい……。
 根元が膨らんだアムダトルクの長大なペニスは、赤黒く凶々しい。その先端がティムグリテスのスリットを撫でると、艶かしい切れ目は物欲しげにぱくりと口を開けた。赤黒い塊は、ずるりとスリットへと飲み込まれていく。カットが変わり、恍惚の表情を浮かべる二匹の顔がアップになった。
「…………」
 ずくり、と後孔が疼いた。なぜ疼いたのかは分からない。そんなところには触れたこともない。でもおれは、気付いたら後ろに自分の指を這わせ、竜たちがセックスする動画から目が離せなくなっていた。スラックスの上から後孔を押し込むと、これまで感じたことのない興奮が襲ってきた。
「……っ、ふ」
 アムダトルクの動きはどんどん速くなっていく。ふくりと白い後孔の縁がめくれて、それさえも巻き込むように黒竜のペニスは押し込まれる。スリットからは透明な粘液がたらたらと伝っていた。ティムグリテスが尾を上げて身体を震わせる。感じているのだ。竜たちは互いに口を開き、恍惚とした表情で頬を擦り合わせる。
 下着が濡れる感覚があって、おれは息を乱して下半身をさらけ出した。二匹から視線を剥がすことができない。勃ち上がったものから溢れた先走りを指ですくって、くちくちと自らの窄まりに塗り込んでいく。おれは一体何をしているんだろう。頭は混乱しているのに、身体は燃えるように熱かった。
「っあ、ぁ……」
 力を込めて、つぷりと指を埋め込む。違和感は大きいが、痛くはない。そのまま中を拡げて、二匹の動きに合わせてゆっくりと動かしていく。自分でも、自分を抑えられなかった。
「ん、っ、ふぁ、あ」
 うらやましい。
 あの青竜が、うらやましくてたまらない。
 おれもあんな風にされたい。
 理解できない感情が胸の中を吹き荒れる。うらやましいって何だ。おれは本格的におかしくなってしまったのだろうか。
 ただの動画なのに。それなのに、どうしてこんなに身体が熱いんだ。スマホを床に置き、空いた手で勃ち上がった自分の竿を擦る。
「あ、あぁ……っ!」
 ぱたぱたと精液が散った瞬間、絶望した。竜の動画で抜いてしまった。人として大切なものを失ってしまったように思う。おれは立派な変態だ。
「…………」
 男なら、射精したあとはむなしくなって当たり前だ。おれは酷くむなしかった。けれどそれよりも。
「……さびしい」
 床を拭きながら、馬鹿みたいに声を上げて泣いた。
 おれは何かをなくして、忘れたままだ。どうしたって思い出せないし、埋められない。何かが足りない。足りないものが分からない。どうして分からないんだろう。
 苦しくてつらくて、ついでに変な性癖に目覚めてしまったことが受け入れがたくて、おれはまた、動画のコメント欄に苦情を書き込んだ。


◆◆◆


 事態は変わらなかった。「何度も見ているんだろう」と指摘されたときは羞恥と屈辱で死ぬんじゃないかと思った。おれとRYUさんは分かり合えず、数多の小競り合いをした挙句、コメント欄で言い合いをするまでに関係が悪化していた。おれも、モラル的にアウトなことをたくさんした。でも、こっちも必死だ。どうしても、やめてほしいのだ。
 RYUさんが悪い。あんなものは恥ずかしいのに、あの人は意地になって次々新作を発表する。
 特にあの岩場での動画はだめだ。あの洞窟は、大切な場所だ。誰にも知られたくない、「おれたち」だけの場所。
「ん?」
 自分の思考に疑問を感じ、首を捻る。なんだ、おれたちの場所って。意味が分からない。あんなところ、行ったこともなければ見たこともないのに。とうとう引き返せないくらい、おれもやばいのかも。
「……ついに、来たぞ」
 そしておれは今日、ついにRYUさんに直接苦情を言うつもりだった。なんとイベントで二匹の竜のアダルト動画を手売りするのだという。そんなことをしていいのか。日本の司法はどうなってる。
「許せない……」
 あなたは最低だと、もうやめてほしいと。そう告げるつもりだった。おれは、相手にもされないだろう。でも、会わなければいけないと思った。絶対に会いに行け、と頭の中の自分がうるさかった。
「おれ、青沼常盤といいます」
 どんなキモオタなのだろう、と思っていたが、RYUさんは小ざっぱりとした背の高い男だった。年齢は多分、おれと同じか、少し上くらい。硬そうな黒髪と、太い眉と、ぐりぐりと大きな真っ黒な瞳。その辺を歩いていたら、人の目を惹く容姿だ。
「あなたの動画が好きでした。途中までは」
 心臓がばくばくと鳴っていた。前に立つ男から目が逸らせない。顔を見るだけで、泣きそうになる。
 会いたかった。
 その言葉が心の奥底から滲み出す。
 なぜなのかは分からない。おれには分からないことだらけだ。
 RYUさんは変わった人なのだろう、と予想していた。せっせとあんな卑猥な動画を作るのだから、そこそこやばい人なのだろうと。しかし。
「分からないのか? 俺だよ、アムダトルクだ」
 世の中というものは広く難解だ。RYUさんは、おれが考えていた以上に、ずっとずっとやばい人だった。


◆◆◆


「竜太さん、ただいま」
「おかえり、常盤」
 ジャケットを脱ぎながら声を掛けると、竜太さんは立派な背もたれの椅子ごと振り返って、優しい笑みを向けてくれた。
 おれは近づき、竜太さんの脇からパソコンの画面を覗き込む。
「また作ってるし」
 見慣れた青い竜が、こちらに向かって微笑んでいる。先の割れた赤い舌をちろちろ覗かせるのは、竜太さんの趣味。
「きれいだろ?」
「普通」
 少しむくれて答えると、竜太さんは軽く笑って手を伸ばし、おれの頭を撫でた。凝り固まっていた気持ちが、ほわっと緩む。ついでに眉間の皺も消えていく。我ながら単純だ。
「今は常盤が一番だよ」
「……そう」
 その答えなら合格点をあげてもいい。
 そう返すと、竜太さんはまた笑って立ち上がった。大きく伸びをしてから、彼は俺の肩を引き寄せ、頬擦りをしてくる。ざりざりとした感触に、胸の奥がきゅうっと狭くなった。
「髭が痛い」
「はは、ごめんごめん」
 照れ隠しに文句を言えば、竜太さんは身体を離そうとしたから、おれは慌てて腕に手を絡めて引き留めた。
「離れてなんて言ってない」
 じっと目を見つめたら、竜太さんは困った顔をした。この黒い瞳を困らせるのが、たまらなく好きだ。おれは結構、面倒くさい恋人だと思う。
 ——俺はアムダトルクで、君はティムグリテス。俺たちは竜だった。そして、唯一無二のつがいだった。
 イベント会場で再三にわたりそう繰り返されたあの日から、すでに三年の月日が経っていた。


 ◆◆◆


 RYUさんの本名は、黒葛竜太といった。
 歳はおれより一つ上で、フリーのCGクリエイターをしている。初めて会った日、おれは血走った目の竜太さんに捕らえられ、無理やり連絡先を交換させられた。
「スマホを出すんだ、ティムグリテス!」
「え、え」
「この機会を逃したら、二度と会えないかもしれないんだぞ!」
 絶叫する竜太さんに恐れをなして、おれはスマホを彼に渡してしまった。光の速さで連絡先を交換してから、彼は「前世が」「つがいが」と矢継ぎ早に言ってきたけれど、意味は何ひとつ分からなかった。本当に本当に怖かった。竜太さんがおれを「ティムグリテス」と呼んでくるのも怖かったし、ずっと腕を掴んで離してくれないのも怖かった。怖すぎて、おれはちょっとだけ泣いた。それを見た竜太さんはうろたえていた。あの日のことをなじると、竜太さんはいまだに真剣な顔で謝ってくる。
 日を改めて、駅前の喫茶店で待ち合わせて会ったとき、竜太さんはおれに深々と頭を下げて謝ってきた。
「君に恥をかかせてしまった。本当に申し訳ない」
 万一に備えて催涙スプレーを準備していたおれは、拍子抜けしてしまった。まさか謝罪を受けるなんて思ってもみなかった。そんなことを望んだわけではない。
 竜太さんはネット上に上げた竜の動画を、全て削除してしまった。そして元データも、バックアップも、根こそぎ消したという。もったいない、と言いかけて、おれは焦って首を振った。消せと要求し続けたのは、自分だというのに。
「君と会いたくて作ったけど、やりすぎたよ。こんなやり方は間違っていた」
 誰かと会いたかったのでエロ動画を作る、という思考回路は全く分からなかったが、とにかくおれは竜太さんの謝罪を受け入れた。おれが恥ずかしい想いをした、という思いを汲んでもらえたことが嬉しかった。
 ちなみにイベント会場で頒布してしまったブルーレイディスクについては、ホームページに「実はあのブルーレイディスクには、中身を見ると七日以内に死ぬという呪いがかけられているので捨ててほしい」というアナウンスを出したらしい。その設定に果たして意味はあるのだろうか。特に海外勢には通じにくいネタのように思う。
 それはさておき、おれも非礼を詫びた。たくさん酷いことを言ってごめんなさい、と頭を下げると、竜太さんはめちゃくちゃ軽いノリで「全然オッケー!」と答えた。
「俺たちの愛の記録を見られたわけだからね。恥ずかしくて当然だ。俺の配慮が足りなかった」
「…………」
 やっぱり言っている意味は分からなかった。竜太さんは一瞬寂しげな眼差しをおれに向けたけれど、すぐに明るく微笑んで、テーブル越しに両手をにきにぎしてきた。
「よし。じゃあ、これから部屋を探しに行こうか」
「はい?」
「せっかく再会できたんだから一緒に暮らそう」
「…………」
 めちゃくちゃ怖かった。
 催涙スプレーは使わずに済んだが、竜太さんは終始その調子で、おれはトイレに行くふりをしてその場から逃げた。悪い人でないことは分かるが、妄想が強すぎて付いていけない。
 しかしその後も、おれは竜太さんと会い続けた。危ないかも、という気持ちはあったが、竜太さんのキラキラとした瞳を見ていると満たされる自分がいて、拒絶できなかった。
 竜太さんはよく、アムダトルクとティムグリテスの話をした。おれと竜太さんは、前世でつがいだったと何回も言って聞かされたけれど、おれが困惑して曖昧な笑みを浮かべていると、そのうち二匹の竜の話はしなくなった。おれをティムグリテスと呼ぶこともない。
 竜太さんは寂しそうで、でも一生懸命明るく振る舞っていて、おれの胸と頭はずきずきと痛んだ。何かを忘れている、という感覚二匹の竜に惹きつけられる自分。竜太さんに会うたび、視線を交わすたび、懐かしくなって、なぜか泣きたくなる理由。
「あ、あの」
「え?」
「あなたのこと、よく分かりません。会いたくて、会いたくなくて、でも……顔を見ると、うれしい」
「……そっか、ありがとう」
 あんなに足りなくて苦しかったのに、竜太さんと会っているときは心の穴は塞がる。その代わり、ひとり家に帰ると、これまで以上に寂しい。彼との出会いは、良くも悪くもおれを変えてしまった。
 竜太さんの話を信じたわけじゃない。でもその話が本当ならば、おれが長い間抱えてきた喪失感に、説明が付いてしまう。
 一度馬鹿になってみよう、と気合を入れて、竜としての記憶を探り出そうとしてみたこともあった。おれが、あの美しい竜だったとしたら。アムダトルクとともに、空を飛んでいたのだとしたら。
 でも、何も分からない。記憶の初めから最後まで、どこを探っても、おれは青沼常盤という人間でしかない。竜太さんが大切に持ち続けているものを、おれは共有することができない。
「たとえ君が何も覚えていなくてもかまわない。俺は黒葛竜太として、青沼常盤のことが好きだ」
 ごめんなさい、分かりません。
 そう告げたおれに、竜太さんは突然告白してきた。びっくりして、戸惑った。絶句するおれに、竜太さんは「前世の記憶も大事だけれど、それよりも君本人が好きだ」と続けた。おれはますますびっくりして、その場から逃走した。嬉しい、と思った自分に混乱したのだ。
 それから、二年間口説かれた。男同士であること、前世がどうのこうのと言われること。おれは自分の心が分からなくて、そして竜太さんを信じきれなくて、二年間答えを出さずにごまかし続けた。
 でも二年も口説かれて、ごまかし切れなくなった。竜太さんは、妄想が激しい変な人だ。けれどそんな変な人を、おれはしっかりと好きになっていた。
 よろしくお願いします、と頭を下げたおれに、竜太さんは高々と拳を突き上げて勝利のポーズを取った。そして「前回より百倍早いな」と得意げだった。相変わらず意味は分からなかったけれど、竜太さんがあんまり嬉しそうにするから、つい笑ってしまった。おれには、たまに竜太さんが宇宙人に見える。
 そしてそれから更に一年。おれたちは今、一緒に暮らしている。どこにも出さない、という約束で、おれは竜太さんがティムグリテスの動画を作ることは許している。その代わりアムダトルクも作ってもらう。おれがアムダトルクの画像をスマホの待ち受けにしたとき、竜太さんはちょっとだけ拗ねていた。いざ付き合い始めたら、意地を張るのが馬鹿馬鹿しくなって、おれは思う存分竜太さんに甘えることにしていた。


 ◆◆◆


「っ、あぁ、あ、竜太さんっ」
「常盤、苦しくないか?」
「ん、平気、ぁあ、もっと……」
「……分かった」
 うつ伏せになり腰だけを高く上げた状態で、おれは竜太さんを受け入れていた。ピストンはじれったくなるくらいゆっくりだ。意地悪されているわけではない。竜太さんがおれを気遣ってそうしてくれている。でも、その優しさがかえって身体の熱をひどくした。
 竜太さんの大きなものが、ずりずりとおれの内壁を抉る。とん、と奥の行き止まりを突かれるたび、勃ち上がったおれのペニスの先端からは白濁が垂れて、シーツを汚した。
「ぁんっ、竜太さん、奥、奥に来てっ」
 押し広げられる圧迫感が、気持ちよくてたまらない。気持ち良すぎて、声を上げるだけでは足りなくて、涙がぽろぽろと出てしまう。
 竜のアダルト動画に感化されてしまったおれは、ひとりでアナルで弄る遊びにはまり、すっかり異物を受け入れることに慣れた身体になってしまった。竜太さんと初めて肌を合わせたとき、「誰とも付き合ったことないって言ってきたのに、慣れてるのって怪しいよな」と思い、おれは身を切るような覚悟で彼にすべてを白状した。
 結果としてその選択は失敗だった。あの動画で自慰をしていた、と聞かされた竜太さんのニヤニヤっぷりは本当にひどかった。顔のパーツが全部溶けてしまうんじゃないかってくらいに、だらしなくニヤニヤされて、おれは羞恥で舌を噛み切りそうだった。
 その後も「動画作ってあげよっか?」なんてからかって来るから、おれは怒って竜太さんを三日間無視した。竜太さんの髪がショックで抜け始めたから、慌てて許してあげたけれど。
「あぁっ! だめ、そこ、だめっ!」
「常盤、本当ここ弱いよな」
「あぅ、は、っあ……ん」
 ゆっくりと抜き差しされながら、尾てい骨を掌でぐりぐりと押し込まれる。そこに触れられると、背中にびりびり快楽の波が走って、もっと竜太さんが欲しくなってしまう。
 もっと、とねだるように尾を上げる青竜の姿を思い出した。おれもの後孔も今、あんな風に淫らにひくついているのだろうか。窄まりの縁をふくりと膨らませて、竜太さんのペニスを咥え込んで、ピストンのたびにいやらしい液を垂らして……。
「あぁ、あ……っ!」
「っ、……はは、締め付けすごい」
 動きに合わせて尾てい骨を押され、おれはガクガクと身体を揺らし軽くイった。前からはもう何も出ない。内壁が小刻みに痙攣して、竜太さんの熱を食み締めているのが分かる。
「ん、はぁっ、あ……」
「ここも良い?」
「うん……」
 肩甲骨の窪みを、ずりずりと愛撫されるのが気持ちいい。動画の中で、ティムグリテスが行為の最中、満足げに羽ばたいていたことを思い出した。甘い痺れと多幸感が全身を冒す。
 きゅう、と無意識に後ろを締め付けてしまって、竜太さんは低く呻き、一度ペニスを抜いた。「あっ」と声が漏れて、物欲しげに後ろがひくついてしまうのが恥ずかしい。
「常盤、前からしていい?」
「うん」
「かわいい」
「んっ」
 耳の後ろにキスをされる。そんなわずかな刺激でも、すっかり感じるようになってしまった。
 身体をひっくり返されて、両脚を抱えられる。おれはバックでされるのが好きだけど、竜太さんは正常位が好きだ。顔が見えるのが新鮮で良い、と以前言っていた。ぬちゅ、と熱い塊が後ろを割り開き、おれはのけぞって喘ぐ。
「あ、あぁっ!」
「っ、きもちい……」
 ぼそりと竜太さんが呟いて、嬉しくなる。両脚を腰に絡めて引き寄せれば、竜太さんはますます嬉しそうに笑った。
「きて」
「うん」
 互いにきつく抱きしめ、汗ばんだ肌を合わせる。隙間なんていらない。キスをして舌を絡ませる。呼吸に合わせて腰を揺らし、おれと竜太さんは奥の奥でひとつになる。
「竜太さんっ、竜太さ、ぁ、あぁっ」
「常盤……っ」
 何度も名前を呼び合い、俺たちは高まっていく。こんなに気持ちがよくて、幸せになれる行為を知らない。互いを満たし合っているのが分かる。
「あんっ、ぁ、りゅうたさん、すき、すき……っ」
「俺も好きだ、常盤」
 足りないものは、もうない。欠けていたものを手に入れたから。竜太さんという存在を得て、おれはやっと、ひとりの人間になれた気がする。
「あぁ……っ!」
 ずく、と一番深いところに竜太さんが辿り着いた。奥で弾ける飛沫を感じる。目の前の竜太さんが真っ黒な瞳でおれを見ている。
「りゅうたさん」
 抱き寄せて、触れるだけのキスをする。あたたかくて、やわらかい。前世なんてものを信じたわけじゃない。だけどおれは、間違いなく、竜太さんのつがいなのだと思う。


 ◆◆◆


 セックスを終えたあと、おれと竜太さんはシャワーを浴びて、裸のままベッドでだらだらと話していた。幸せのあとには、心地良い倦怠感がやってくる。掌を合わせて、「意外と短い」と竜太さんの指の長さをからかっていると、突然、家具がカタカタと揺れ始めた。
「あ、揺れてる」
「!」
 竜太さんはガバッと身を起こすと、布団ごとおれを抱き寄せた。ぎゅう、ときつくおれを抱きしめる竜太さんの顔は青ざめ、怯え切っているように見える。背中に回された腕が痛いくらいだ。
「竜太さん」
「…………」
 竜太さんはまばたきもせずに、窓の方を見ていた。呼吸が浅くて荒い。揺れは小さくてすぐに止んだが、竜太さんはおれを離さず、そのまま固まっていた。
 台風や雷、地震があったとき、竜太さんは異常なほどに怯える。青ざめておれを引き寄せ、しばらく動けなくなってしまう。怯えの理由を聞いたことはない。竜太さんは必要なことは全部話してくれる。だから、おれが無理矢理聞き出さなくてもいい。竜太さんはおれを抱きしめ直して、震えた声で囁く。
「常盤、大丈夫。大丈夫だよ」
 守ろうとしてくれている、というのが分かる。胸が熱くなって、嬉しくなる。
    おれはこの感情を知っている。竜太さんの頬に手を当てて、こちらを向かせた。視線が合う。つるりときれいな黒い瞳に、微笑むおれが映っている。
「そうだね、大丈夫。竜太さんといれば何も怖くない」
 竜太さんの目が見開かれた。そして瞳が揺れたあと、彼はくしゃりと顔歪めて、おれの肩に額を埋めた。
 大きな肩が震えている。おれは硬い黒髪をゆっくりと撫でてやる。愛おしくてかわいい、おれの恋人。
「大丈夫」
 おれの言葉に、竜太さんは何度も頷いた。肩口が濡れていくのが分かったけれど、ちっとも嫌じゃなかったから、そのままにしておいた。夜の静けさがおれたちを包む。
「竜太さん」
 竜太さんの言うとおり、昔、おれたちは竜だったのかもしれない。大空を駆け巡る、優雅な竜。本当にそうだったのなら素敵だな、と最近は思うようになった。けれど。
「ずっと、一緒にいるからね」
 人間でいるのだって、きっと、そんなに悪くない。

 

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