BLニュースは標準ブラウザ非対応となりました。Google Chromeなど別のブラウザからご覧ください。

闇の小説部門 選考通過作品 『最低で最高の、』

2024/10/25 16:00

癖“ヘキ”に刺さった作品はグッドボタンで投票を♥

 

『最低で最高の、』

 

 

あらすじ
アイドルの天馬陽介(てんまようすけ)が一般女性と結婚し、ファンの反応が様々な中、メンバーである槙島奏斗(まきしまかなと)は複雑な心境を抱えていた。陽介に密かに想いを寄せていた奏斗は、彼の幸せそうな姿を見て自身の感情に悩む日々を送る。2年後、陽介が奏斗を飲みに誘ったことで、二人の関係に変化が訪れる。陽介の悩みを聞きつつも、奏斗は久しぶりの彼とのプライベートに複雑な想いを抱くが、その感情はやがて思いもよらぬ方向に進展する。

※こちらの作品は性描写がございます※ 

 



アイドルの天馬陽介(てんまようすけ)が結婚を発表した。
相手は一般女性。当然のごとく、ファンは大混乱。SNSでは、祝福のコメントもあるが、それと同じくらい批判のコメントが溢れかえっている。そんななか、目の前の主役は平然としている。いや、ちょっとばかし幸せそうなオーラを撒き散らしているだろうか。いつもと同じ笑顔だからよく分からない。
「どこのメディアも今、陽ちゃんの話題で持ちきりだね」
「まあね。ま、しばらくは俺が主役ってことよ!」
嬉しそうで幸せそうで崩れまくった顔。そんな顔を引き出すことができる奥さんが羨ましい。妬ましい。何度思ったことか。俺なんて、土俵にも立てないから。

自身の恋心に気づいたのは数年前。本当にいつのまにか好きになっていて、談笑している何気ないひと時に、ふと自分が彼へ向けている想いに気がついた。それが向けてはいけない感情だということも。最初から叶わないことなんてちゃんと分かっていた。だから陽介に彼女、いわゆる今の奥さんができた時も  あぁ、だよなって冷静な反応ができた。おかげでこうして結婚を聞いた今も衝撃を抑えることができている。そりゃあ、辛いは辛いけど。しかたのないこと。というか、来るべくして来た当たり前の現実。
「陽ちゃんおはよう!!そしておめでとう!!」
「やっとだなぁ!ホントおめでとう」
「ありがとっ!お前らも早く結婚しろよ?」
「うっさいわボケ!先に結婚しやがってこのヤロー!」
純粋な「おめでとう」が言えるメンバーたちが羨ましい。俺なんて、おめでとうは言えても上辺だけでしかない。そんな上辺のおめでとうを受け取る陽介を想像したら、可哀想で仕方ない。視線をまたスマホに戻すと、トレンドに「奏斗」の文字。だいたい予想がついたうえで、文字をタップする。
”陽介結婚悲しすぎる、、奏斗と結婚してほしかった”
”相手奏ちゃんじゃないの!?なんで…”
”ようかな担死んでる…  奏斗はどう思ってるかな”
俺、槙島奏斗(まきしまかなと)と天馬陽介の2人のコンビ。通称" ようかな "と呼ばれるコンビはグループの中でも1、2を争うほど人気で、結婚発表を受けた今、そのファンたちが嘆いているというわけだ。本当なら俺は、祝福以外の何も思う資格なんてない。ただのメンバー。だから、辛いとか悲しいとか本当は思ってはいけない。でも口に出してないならいいだろ?結婚だぞ。さすがに思ってもいいよな。でも、みんなの輪の中心で照れたように頬をかく彼を見ていたら、それも許されないような気がして。
「…… 陽介、今しあわせ?」
「んへ、めちゃくちゃしあわせ」
そんな顔されたら、もう。
「奏ちゃんも、幸せになってね」
「… 当たり前だ」

なれるわけない。お前以外と歩む人生なんて。



それから2年が経ち、世間が話題を忘れきった頃だった。楽屋でテキトーに手に取った雑誌を眺め、文字を追っている時。何やら室内が騒がしくなった。騒がしさの原因は手当り次第のメンバーを誘っては項垂れ、誘っては項垂れを繰り返して、とうとう俺の目の前までたどり着いた。
「奏ちゃんお願い、この後ご飯行こ!」
「…別にいいけど」
「ほんと!?やった!!じゃあ奏ちゃん家ね!」
「はっ?」
いや、それは聞いてない。
と言う前に陽介は楽屋を飛び出していってしまった。周りのメンバーは哀れみを含んだ視線を向けてくる。既婚者が自分に想いを寄せている相手の家に行くなんて、さすがにまずすぎる状況だろ。いくら時が経ったといえ、俺のこの汚い感情は残ったままだし、陽介が既婚者ってことは消えない事実であって。自分が何しでかすかわからない。怖い。
「奏斗も災難だなぁ」
「ほんとだな。陽介が家に来たら、そりゃあ荒れまくるぞ家が」
「ゴミ屋敷なっちゃうよ…  奏斗ちゃん大丈夫?」
何も知らないメンバーは別の心配をしてくれている。家なんていくら汚れてもいい、別に。問題はそれ以外。楽屋を出た陽介が戻ってくる。見渡して俺を見つけるなり、そのまま強引に腕を引いて歩き出した。その腕を振り解けない俺がいた。振り解こうと思えば振り解けるはずなのに。この汚くて醜い感情は、やっぱりしぶといのだ。
「奏ちゃん家、久々に行くなぁ」
「俺、ちゃんと許可してない」
「でもいいでしょ?」
「…… いいけど」
ずるい。
俺が陽介の誘い断らないこと知っててそんな顔するんだ。

俺にとっては意味のない会話が繰り返され、ようやく自分の家に着く。中に入るなり、毎日掃除してる俺の部屋を見て、
「綺麗だな? ちゃんと掃除しててえらいよホント」
なんて笑っている。陽介は奥さんが掃除してくれるからな。だから掃除することが当たり前じゃなくて、偉いっていう基準になるんだろ。なんて、もうどこに向けているのか分からない妬みの感情が顔を出す。早めに酔わせて、帰るように促せばいいか。そう思い、冷蔵庫から何個かストックしていた缶を取り出す。ひんやりと冷たいそれを彼の前に差し出すと、困ったような顔をして押し返される。
「? 飲まないのか?」
「あー…、妊娠してんだよね、嫁が」
「え?」
「酒の匂いで迷惑かけるわけにはいかないからさ」
うるさい笑い声を他所に、ガツンと殴られるような衝撃がやってくる。交際を聞いた時よりも、結婚を聞いた時よりも何倍も大きい衝撃だ。既婚者、そのうえ子持ち。本当に遠い存在になってしまったのだ。
「… なんでこんなとこ来てんだ。まっすぐ帰れ」
「いやそれが聞いてほしいことがあってさ」
「惚気なら聞かない」
「そんなんじゃないってば、相談だよ、相談!」
相談なら、それこそ奥さんに聞いてもらえばいいのに。俺は意図的に陽介に伝わるような面倒顔をして、向かいに座る。それを許しだと捉えた陽介は、前のめりになって話し出す。
「なんかね、最近あの子変わったのよ」
「変わった?」
「冷たいし、怒りっぽくなっちゃって」
「妊娠してるからだろ」
「でも、結婚して少し経った時からそうなんだよ。俺のこと嫌いになったのかなぁ…」
男子高校生みたいな相談事をされて腹が立つ。なんだそれ。冷たくて怒りっぽいとこもすべて引っ括めて愛せるから、結婚したんじゃないのか。奥さんが陽介のこと嫌いになんてなるわけないだろ。でも、口調でわかってしまう。陽介は相談事をしに来たわけじゃない。解決策を求めてるわけじゃない。ただただ、家庭の平穏を守るために愚痴をこぼしたいだけなんだと。つまり俺は彼の恋愛ドラマの中の相談役、ひいてはただのモブでしかないわけだ。抱えきれないイラつきをどこにぶつけたらいいか分からなくて、持っていた缶を開けてそのままぐいっと飲み干す。酔っちまうな、まぁいいか。何をしても俺はモブなんだから。
「…… そうだな、嫌いになったんじゃないか?」
「はは、でもやっぱそれはありえないかなぁ」
嫌だ。ムカつく。早く帰って欲しい。なんで俺じゃないの。
いろんな感情でぐちゃぐちゃになって、少し遠くにあるベットに飛び込む。驚いた声を出した陽介が、慌ててベットに寄ってくる。来るなよ、早く帰ってくれ。
「どうしたんよ?」
「… うるさい」
「まさか、もう酔っちゃったの?かわいいなぁ」
かわいいとか、言うなよ。
心臓うるさくなるから。
ぼんやりとした意識の中、俺の手はベットに座った彼の腰に巻きついた。ああ。もう無理だ。
「奏ちゃん?」
「……馬鹿」
「なに、急に悪口とか赤ちゃんでちゅか?」
俺の顔を覗き込んで、大きな手で頭を撫でる。その手を跳ね除けて自分の唇を重ねてやった。
「、え…… えっ、?」
「…馬鹿、アホ、マヌケ」
「…なんで、」
ベットから立ち、陽介の荷物をまとめる。棒立ちの陽介に上着を着せて、玄関まで誘導する。ほぼ追い出してるようなもの。恐らく奥さんと良好じゃない陽介は家に帰りたくないんだろうけど、別にいいだろう。
「口寂したかっただけだから」
顔も見たくないから、俯いて外へ押し出す。涙のせいか、入ってきた夜風が痛かった。



最近は、ひとりで飲み歩くことが多くなった。愛猫がいるからしっかりと家には帰るけど、べろべろに酔って頭がぼんやりとする感覚が心地よくて、どうにも辞められない。それに最近は、男が好きな者同士が集う場所、いわゆるゲイバーにも顔を出すようになった。別に男が好きなわけじゃない。ただ、あいつの変わりになるような人を探しに来てるだけ。今日も深く帽子を被って、席に着く。
「スタイルいいね。何歳?」
いつもと同じように、知らない男が寄り添って声をかけてくる。するりと腰を撫でられるのも、最初こそ気持ち悪いと思っていたがもう慣れてしまった。ここでは挨拶のようなものなのだ。
「……18」
「へー、やっぱり。綺麗だと思ったんだよ」
嘘をつくのも慣れた。目の前のこいつはあいつに全然似てないし、まわりにも似てる人はいない。ここはもう今日限りでおさらばしよう。カウンターに置かれたカクテルを飲み干し、席を立つと、隣の男に引き寄せられる。
「こんな綺麗な子久々。食べたい」
唇を指でなぞられる。腰に回った手が頑丈で逃げられない。こんな状況でも、芸能人ってバレていなくて良かった、なんて思う。浴びるほど飲んで酔いが回っているはずなのに、頭の中は驚くほど冷静だった。
「ほら、行こ?」
拒否権なんて無い。だってそういうことをするために来る場所だから。好きな人に似てる人を探しに来てるピュアな俺がおかしいだけ。

外は冬だというのに生ぬるかった。おぼつかない足は、自然と俺の家の方へと向かっていた。知らない男家にあげようとしてるとか、愛猫にも呆れられるだろうな。家が近づいて来た時、向かいから歩いてきた人と肩がぶつかる。すみません、と出た声すら情けなくて下を向く。
「… 奏ちゃん?」
幻聴か。本当に酔いすぎたらしい。
「ねぇ、何してんの?」
それが幻聴ではなく現実であるということは、声の主に腕を掴まれたことによって気がついた。振り向くと、世界で一番見たくて、見たくない顔。目を見開いて、俺と隣の男を見てる。
「ん?ねぇ誰これ?もしかして元カレとか?」
男が腰を引き寄せて問いかける。のとほぼ同時に、陽介が俺を引き寄せて胸の中に閉じこめる。
「お兄さん、ナンパならやめてくれますか?」
「… ナンパ?何言ってんの。そいつが、」
「行こ、奏ちゃん」
また家の方へと歩き出す。なに当たり前のように俺ん家向かってるんだ。ていうか、なんでここにいるんだよ。もしかして俺の家に来た?何時だと思ってるんだ。奥さん心配するだろ。妊娠中の奥さんひとりにさせるな。あれもこれも酔ったせいなのか、それとも別の何かのせいなのか、言葉にできない。こんな状況でもドキドキしている自分が気持ち悪い。なにドキドキしてんだ。もうやめるって決めただろ。相手既婚者だぞ。
「誰、あの人」
さっきの男と同じことを聞いてくる。そういう言い方、付き合ってるんじゃないかって錯覚してしまうからやめてほしい。
「嫌なら走ってでも逃げないと」
陽介は本当のナンパだと信じ込んでるようだ。たしかにそうだけど、嫌じゃなかった。寂しさを埋めてくれるなら、別にいいかとすら思ってしまった。そう素直に言えないのは、気持ち悪いと思われたくない自分がいるせい。
「… なんでこんなとこに」
「奏ちゃん家行きたかったの。電話もメールも出ないから、そのまま家行こうと思って」
スマホを確認すると、10件ほど通知が来ていた。こんなの、わざと気づかないようにしてたものなのに。
「何しに来た」
「んー、喋りに来た」
「…もう23時だぞ。奥さん困るから早く帰れ」
「ちゃんと出かけるって言ってきたから平気。そんなことより、奏ちゃん、あぁいう男の人からの……ナンパ?みたいなのよくあるの?」
「…なんで?」
「慣れてたから、よくあるのかなって思っちゃって……」
「慣れてるって?」
「あ、いや、奏ちゃんがオネエっぽいとかそういうんじゃないからね?!まぁ、たしかにちょっとそういう色気はあるけども、」
「……ふふ、俺はオネエじゃないぞ」
変なとこで慌てて弁明してる陽介を見てたら、なんだか笑えてきて、くすりと笑みがこぼれた。俺から元気を奪った原因の奴に、元気をもらってしまった。それはそうと、せっかくここまで来てくれたんだから料理でも作ってあげようと、キッチンに立つ。今日は俺もお腹空いたたし、オムライスとかにしよう。卵あったっけ。陽介はオムライス好きかな。好きだろうな、子供みたいだし。そう考えてまた微笑んだとき、腰に手が回る。驚いて振り返ると、なぜか真剣な顔をした陽介がいた。
「…奏ちゃんは、男の人に人気あるんだね」
「…あー、そうかも」
「気をつけてね。俺、心配」
「陽介だって、女の人にモテモテなんだから、気をつけて」
「女と男とじゃちがうじゃん。女より、男の方が主導権握りやすいんだよ。それに、力でねじ伏せることだってできちゃう。……こうやって」
腰に回された手がさわさわと静かに動き出す。
その動きに耐えきれず、思わず身をよじる。
「陽介っ、くすぐったいっ」
「ほら、抵抗できないでしょ?」
「っ、くそ、」
陽介の胸を思い切り押して離れる。少し触れて感じた厚い胸板にもドキドキしてしまう。身長は陽介の方が少しだけ低いくせに、力が強いのはこれが原因だろう。離れてもなお、陽介は俺の目を見ている。
「俺だって、男だぞ」
「そうだけど、奏ちゃんは美人さんだから、」
「力ならあるぞ」
力こぶを作って見せると、ふっ と吹き出し、ようやく笑顔になる陽介。怖い顔の陽介より、そっちの方が何倍も良くて、好きで、また心臓がドキドキ。オムライスでいい?と聞くと、作ってくれんの!とさらにキラキラした笑顔を向けてくる。ソファに座りテレビを見始めた陽介を横目に考える。さっきのは何だったんだ?なんであんな顔で、あんなことした?ただのメンバーで、友達の俺が心配だったから?期待してもいいの?なんて。
「ごちそうさまでした!」
オムライスをぺろりと平らげた陽介が、今度は風呂に入ろうとする。泊まる気満々だな。奥さんにそう伝えてきたのか?泊まられるとちょっと困る。ベット1つしかないし。でも、今ならこの感情を抑えられる気がする。久々に陽介とふたり。その嬉しさだけで、やましい気持ちが湧いてこない。来るとこまで来てしまったのか、俺。まぁいいか。

陽介が風呂場から出てきて、交代で俺も風呂に入る。シャワーを浴びてしばらく湯につかり、脱衣所に上がる。お酒を飲んだからかわからないけど、少し暑いから半袖短パンのパジャマに袖を通し、髪の毛を乾かす。寒くなったら上着を着ればいいだろう。
「あ、奏ちゃんおかえり」
「あ、猫、寝た?」
「うん、寝たみたい。てか猫て。名前くらいつけんかい!」
陽介は自分の家のようにベットに腰掛けている。ソファで寝ようとかいう配慮がないところが、こいつのいいところで悪いところだ。陽介の視線が俺の腕や足元へと移る。それがなんか嫌で、いそいで隣へ腰かける。
「なに?」
「…………奏ちゃん、なんか、エロいなぁ」
「は?」
「いや、肌真っ白だし。筋肉がその、なんかエロいし」
何を言っているんだろう。
彼は既婚者で、奥さんのお腹の中には新しい命がある。いや、だからなのか。制御していた性欲が溜まりすぎて、おかしくなってしまっているのか。俺が男といたというさっきの状況も相まって、さらにおかしくなってしまっているのだろうか。
「アホ。いつも着替えとかで見てるだろ」
「いや、そうなんけど、なんか、うん、分かんない」
「なにそれ」
目がきょろきょろと泳いで、そわそわして。いつものコイツらしくない。本当におかしいなこれは。早く寝かせないと。
「…なぁ、触ってもいい?」
「……は?」
本当にまずい。そう思い、布団へ潜ろうとすると、また腰を寄せられて、手が太ももに触れる。
「っ、やめろ」
「…すべすべ。マシュマロみたい。食べてみたい」
「何言っ、てッ」
いつもの陽介じゃないみたいで、怖いのに。なんでちょっと喜んでる自分がいるんだ。混乱してると、押し倒されて唇を塞がれた。……なんだこれ、もう何が起きてるか、わからない。
「は、…なんで?」
「……口、寂しかったから?」
「ふざけるな」
「……… ふざけてるのは奏ちゃんの方だよ。いきなりキスして、あんな顔して。あの日の奏ちゃんの顔が、ずっと頭から離れないんだよ」
なんだそれ。
どんな顔してたんだ、俺。教えてくれ。
「……最近できなくて溜まってんだ」
「えっ」
「奏ちゃんとならできる気する。俺ら、メンバーで、友達だから。困った時は助けてくれる…よね?」
「ちょ、待て陽介!っ、」
最低だ。メンバーで友達とか言って無理矢理抱くこいつも、それで喜んでる俺も。



一線を超えてしまったあの日以来、陽介とは俺の家で会い、だいたい2週間に1回、体を重ね合うようになってしまった。陽介の性欲処理とかいうだらしない関係。それでも「好き」なんて言葉が出そうになる。でもそれは、きらりと光る指輪を見たら喉元でつっかかる。普段なら見たくもないその指輪も、想いが溢れそうになった時に見えるから、案外便利品なのかもしれない。携帯がピコンとかわいらしい音をたてる。陽介からのメッセージだ。ということは、今日も。
と思いきや、今度は着信音が鳴り響く。2コールもしないで出ると、いつも通りの陽介の声がした。
「もしもし奏ちゃん?今どこ?」
「家。来るなら早く来い」
「あのさ、奏ちゃん、その、」
いつもとちがうのは歯切れが悪いところ。何か言いたげに間投詞を連発している。急かすことなく待っていたら、ようやく言葉を発した。
「今日、家誰もいないんだけど、来る?」

「…おじゃまします」
結局来てしまった俺が一番悪い、最低、最悪。やっていることは不倫。世間では決して許されないことだ。陽介も俺も、それをわかったうえでメンバーという立場を利用し、こうした関係を続けてしまっている。まるで、やめたくてもやめられないタバコのよう。
「奥さん、なんでいないんだ?」
「ママ友会?みたいなのがあるらしくてさ。ウキウキして出てったよ」
そう話す陽介の顔は綻んでいて。やっぱり奥さんのことちゃんと好きで大切なんだな、と実感する。
時間はまだ18時にもなっていないくらい。俺も陽介もオフだったから、会うことができた。思えばこんな早くから陽介と会うことなんてないから、何をしようかと悩む。いつもやることやってさっさと帰る感じだから。
「奏ちゃん、なんか作ってよ」
「キッチン、借りてもいいのか?」
「いーよいーよ。好きに使って」
キッチンの前に立つ。なんかそれだけで罪悪感が湧いてくる。向こうに座る陽介を見て、奥さんはいつもこういう目線なんだな、と感じてしまう。こうして簡単に不倫相手を家に招いてしまう彼に、恐怖を覚えた。俺がこうさせてしまった。あの日俺が陽介の誘いを断れば、こんなことにはならなかった。
「ごちそうさまでした?! 奏ちゃん、風呂入っていいよ」
「あ、うん… 借りる」
もちろん、今日はする予定なんてない。陽介も同じはずだ。ここでしてしまったらそれこそ、落ちるとこまで落ちていってしまう。
風呂から上がり、時計を見ると20時を指していた。時間的にも完全に泊まる流れだけど、奥さんがいつ帰ってくるかも分からないし、帰ろうと荷物をまとめていた。すると、後ろから抱きしめ、俺の肩に顔をうずめてくる陽介。自分と同じ香りがして、心臓がわかりやすく音を立てる。
「奏ちゃん、」
「っん、おい、陽介、」
唇と唇が重なり合う。陽介は雄の目をしていて、俺を離してくれない。いつの日か言っていた、 男は力でねじ伏せる とは、彼自身のことではないだろうか。流れるようにベットまで連れてこられる。モダンなダブルベット。ここで奥さんと寝ているのかと思うと苦しくなり、抵抗するも、簡単に押し倒されてしまった。
「陽介、それだけはダメだ」
「何が?」
「ここでやるのは…… 、奥さんとの家でやるのはダメだ」
「なんで?」
「なんでって…」
本当に落ちてしまった。俺のせいで。綺麗な陽介が汚れてしまった。罪悪感で視界が歪む。本当に泣きたいのは奥さんのはずなのに。
「はっ、かわいい、」
「陽介、っ、う」
ダイヤモンドのついた指が、俺の体を撫でる。感じるとこにあたってしまって思わず声が出る。止まれ、と言っても念じても止まってくれず、指はとうとう秘部へと入っていく。
「っ、陽介、ダメだ!」
「ダメなら抵抗してみてよ、奏ちゃん」
「でき、ないっ、!」
「なんで?気持ちいから?」
指がいいところにあたって甘い声が止まらない。抵抗してと言われても、俺の両手は頭の上で抑えられている。片手だけで抑えられても抵抗できないのは、もう片方の手が俺の中でばらばらに動くせい。
「いれるで、」
「ちょ、っ、本当に、!っ、ぁ!」
いつも通りのセックスなのに、なんだか全然満たされない。視界に映る生活感のある物たちを見るだけで逃げ出したくなる。お前は不倫をしているんだ。そう言われてるみたいで。体勢を変え、陽介の膝の上に乗せられる。首に腕をまわすと、また陽介が動き出す。
「ぁっ、っ、!ぅあ!」
「、これ、奥まで届いて気持ちいな?」
「きもちく、ない……っ、!ぁ」
「嘘だ、きゅんきゅん言ってるもん、ッ」
ニヤリと笑った陽介は、どこかのドラマで見た悪役のようだった。
「、あとちょっとでね、産まれるんだ」
「っ、はぁ、ッぁ、」
「男の子だって。俺に似たら、うるさいだろうな、」
「、っ、」
「奏ちゃんも産んでよ、俺との子ども」
その言葉で、ゴムをせずにしてしまっていることに気づく。いつもより感じていたのは背徳感のせいだけじゃなくて、これが原因だったのかと今更気がついた。
「、嘘、っ抜け、ッ陽介、!」
「そうだね、今、中に出しちゃったら赤ちゃんできちゃうかもね、」
「やめろ、っッ、!抜け、っ!」
「、無理」
思い切り腰を突かれ、体がびくびくと跳ね上がる。果てるのと同時に、中に注がれる温かいもの。
もう戻れない。禁忌を犯してしまったんだ。
なら、もう、戻ろうとする必要なんてないのかもしれない。
「…ねえ奏ちゃん、今度は普通にデート行こうよ」
「…… 俺ら、セフレだろ」
「でももう、奏ちゃんにそれ以上の感情持っちゃってる」
ずっと聞きたかった言葉が聞けたのは、汚れに汚れきったあとだった。
「好きなんだ、奏ちゃんのこと」
口元が緩んでいくのを感じた。片想いがこんな形で終わりを迎えるなんて、数年前の俺が聞いたら驚くだろう。そして、 最悪な結末、そう思うだろう。

でも最悪じゃないな。逆に最高だ。
「俺も好き」



「かわいいなー」
「うわ、めっちゃ陽介似じゃん」
「性格は似ないようにね?」
「別に性格も似ていいだろー!!」
群れの中心にいるのは、ついこの間産まれた陽介と奥さんの子供。大勢の大人に囲まれているというのにすやすやと眠っていてかわいらしい。子供が産まれたことはメディアにもすぐに浸透した。SNSでは、ファンの子のほとんどが意気消沈している。トレンドも結婚発表の時と同様、陽介関連のものしかなかった。ピコンと携帯が鳴る。
” 明日、18時頃に奏ちゃん家で待ち合わせね ”
というメッセージに、適当なスタンプで返す。
「じゃ、俺は行くから?!」
「おい、赤ちゃん忘れんな!」
「お前… それでも本当に父親か」
「あはは、冗談だって!じゃっ」
陽介は今から奥さんのとこに行って、明日は俺とデートをする。誰も知らない、ふたりだけの秘密。

「奏ちゃん、おまたせ!」
「門限は?」
「9時くらいに帰れば大丈夫。じゃ、行こっか」
帽子を被って、助手席に乗る。夜のドライブデート。陽介が「誰も知らない穴場スポット知ってるんだ、連れてってあげる!」なんて得意気に話すから、お言葉に甘えることにした。シートベルトをする前に、陽介が俺のお腹に手を置く。そのまま悪さを含んだ笑みでさすり始めた。
「奏ちゃんとの赤ちゃんはできなかったか」
「…当たり前だ」
最低すぎる男。こんな姿見たらファンの子たちはみんな幻滅するだろう。子持ちのパパが不倫相手、なおかつメンバーの男との子を望んでいるなんて。それが冗談だったとしても。エンジンをかけて、車が走り出す。日が落ちるのが早い冬は、あたりが真っ暗で心地いい。
「奏ちゃんとこんなになるなんて、思ってなかったわ」
「…まさか不倫相手になるなんてな」
「ははっ、イケナイ事しちゃってるなぁ」
「最低だぞ、俺ら」
「そうだよねぇ」
陽介は何も気にせずケラケラと笑っている。俺もその笑顔を見て微笑む。

都会とは思えないほどの山道を進むと、陽介が絶景だと言っていた穴場スポットに辿り着いた。外へ出てみると、吹き抜ける夜風が肌にあたって気持ちいい。空には星がスポットライトのように光り輝いていて、思わず息を呑む。隣の横顔を見ると、やっぱり好きだって思う。ダメと分かっていても手放したくない存在、って思ってしまう。
「奏ちゃん」
「ん?」
「あの人とはどうなの?」
「まぁ、ぼちぼち」
「ほんと?良かった?」
陽介の手が俺の頬に優しく触れる。それはそれは丁重に、花瓶に触れるように。
「奏ちゃん、」
「ん」
「結婚して」
「うん、」
何度目か分からないけど、初めてのようなキスをした。



アイドルの槙島奏斗が結婚を発表した。
相手は過去に共演した女優。当然のごとく、ファンは大混乱。SNSでは、祝福のコメントと同じくらい批判のコメントが溢れかえっている。そんな中、主役の男は平然としている。いや、ちょっとばかし幸せそうなオーラを撒き散らしているだろうか。いつもと同じだからよく分からない。
「奏ちゃんの話題で持ちきりだね」
「そうだな、しばらくは俺が主役だな」
そう言って微笑む横顔は、これまでにないくらい幸せそうだった。嫁さんのこと、そして、俺のことがよほど好きなんだなぁと思った。だって結婚してくれるんだよ?俺の一言で。
「これで何も気にせず出かけられる」
「そうだね。パパ友会ってやつ?」
「ふふ、陽介、今日はどこ連れて行ってくれるんだ?」
頬をかく手が月明かりに照らされ、きらりとしたダイヤモンドが光る。
「…指輪、おそろいだね。俺たち2人の結婚指輪ってことにしても、これならバレないね」
「当たり前だ」
くしゃっと笑うその笑顔が眩しくて、思わず自分の腕のなかに閉じ込める。愛おしい。できれば何にも誰にも邪魔されずに、ずっと一緒にいたい。だから俺たちはこの選択をとった。

遠くでカメラのシャッター音が聞こえる。でも気にしない。世間では俺たちはメンバー兼パパ友なんだから。撮られようが変わらない。どうだっていい。週刊誌の人も、こんな関係だと知らず、結婚自体が嘘であると知らずに撮っているんだろうな。
「……奏ちゃん、今しあわせ?」
「凄いしあわせ」
俺は物陰に隠れるカメラに向かって微笑んだ。

これは誰も知らない、ふたりだけの最高で最低な秘密。


End

 

関連外部サイト

PAGE TOP