11/22 「性癖大爆発♥光・闇の創作BLコンテスト」結果発表!
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2024/10/25 16:00
あらすじ
ルカは今、最も美しいと言われているモデルだ。ある日、空から人が降ってくるところに居合わせる。それは今まで出会った事がないほど美しい男だった。あまりにも美し過ぎる男を目の当たりに、ルカはその男を連れて帰ってしまう。 男はノエルという名前以外何も覚えておらず、美しい見た目とは裏腹に内面は幼い子供のようだった。素直にルカの言葉を受け入れるノエルに嘘を重ね、外との接触をシャットアウトするルカ。ルカしか知らないノエルはルカに執着していく。少しずつ感情が芽生え始めたノエルはルカへの執着が増していく一方で、ルカの周囲で不思議な事が続き、それを「天罰が降った」と言うノエル。その天罰はノエル自ら降しているのではないかとルカは思い始める。それに気付き始めたルカは更にノエルに嘘を吹き込み、ノエルの言う「天罰」を利用し周囲の邪魔な人間を消していくのだった──。
『なんであの子の髪は黒いの?』
『なんであの子の羽は銀色なの?』
『なんであの子は羽があるのに飛べないの?』
『なんであの子は仮面を着けているの?』
天使たちは自分を見ながらコソコソと呟いている。
クスクスクス……おかしいの!
いつもの事だと、気にしない振りをしてノエルは天使たちの前を通り過ぎる。
そんな事、自分だって知りたい。
なぜ、皆のように美しいブロンドの髪じゃないのか。
なぜ、皆のように羽は白くないのか。
なぜ、羽があるのに飛べないのか。
なぜ、皆にはない仮面を着けられているのか。
皆と違う自分は天界でいつも孤独だった。
唯一、大天使であるミカエルだけが気にかけてくれた。『ノエル』という名前もミカエルが付けてくれたもので、ノエルはこの名前を気に入っていた。だがそれもまた、天使たちが自分を疎ましく思う一つなのだろう。幼い頃に一度、ミカエルがそんなノエルを気にかけ天使たちに、『ノエルも仲間に入れてあげて』そう声をかけたことがあった。その時だけは流石に天使たちは自分を受け入れてくれた。だが、話す事は皆と違う容姿の事ばかりだった。
なぜ髪は黒いの?
なぜ羽の色は銀色なの?
なぜ飛べないの?
なぜ仮面を着けているの?
羽を持ちながら飛べない事を言うと、たくさんの天使たちに『変なの!』『おかしいの!』そう笑われた。挙げ句仮面を外してみて、と無理矢理仮面を外されそうになった。幼いながらに惨めな気持ちになり、以来一人で過ごすようになった。仮面は大天使ミカエルの命令で絶対に外す事は許されない。
一度ミカエルに、なぜ自分は皆と違うのか、なぜ仮面を着けているのか尋ねた事もあった。
『ノエルは少しだけ他の天使と違うだけですよ。天使である事には違いないのだから、気にせず堂々としていなさい』
そんな答えになっていない言葉だった。
おそらく、他の天使たちの様に美しい容姿とは違い、仮面を外した顔はさぞひどく醜いのだろう。だから髪も黒くて羽も白くないのだと、ノエルは思った。
ひょっとしたら自分は天使ではないのではないか?
そんな思いも時折過ぎる。
父も母もわからない。なぜ皆と違う容姿の自分が天界にいるのか、何も分からないのだ。
成長したノエルは相変わらず孤独だった。大きくなれば髪の色も羽の色も変わるかもしれない、そう思ったが変化することはなく、飛ぶ事もできないまま仮面も外す事は許されなかった。
一つ変わった事といえば、大天使ミカエルから門番の使命を受けた事だった。飛べないノエルはスカイドラゴンに跨り門外を守るのが仕事だった。下界から悪魔の襲撃に備え、天使たちを守る。何も持っていなかったノエルにとって、生きがいを感じた。
いつもの様にスカイドラゴンに乗り門外の見回りをしていると、下界から黒い塊の様なものが迫ってくるのが見えた。段々近付いてくるそれは、悪魔の大群だった。ノエルはすぐさまに天界に戻り天使たちに知らせる。ノエルは悪魔の大群が迫る門外に再び戻ると戦いに備えた。
奇声をあげながら迫る悪魔たち。ノエルの目の前まで来ると「オマエが門番のノエルだな」そう聞いてきた。
「そうだ!この先には行かせない!」
ノエルの背後には大勢の天使たちが臨戦態勢に入っている。
悪魔は不気味に笑うと、自分に向かって指を向けてきた。瞬間、仮面が割れた。一瞬、味わった事のない開放感にノエルの思考が停止する。
「なるほど!」
悪魔たちはノエルの素顔を見ると一斉に高らかに笑い出した。
「《門番の仮面を割れ……!》ルシファー様がおっしゃっていた意味を理解したぜ!」
(しまった!仮面が!)
慌てて両手で顔を隠すが時すでに遅く、多くの天使たちの視線を感じ、自分を見て天使たちの動きが止まっている。
「は、早く悪魔たちを……!」
そんなノエルの言葉は届く事はなく、大勢の天使たちはノエルを見続けていたかと思うと、ノエルに群がり、
「おお、ノエル……!なんと美しいのだ!」
「私のものとなれ!」
「いや!私のものだ!」
「こちらにノエルよ!」
驚いた事に、その場にいた天使たちが一斉にノエルを巡って奪い合いを始めたのだ。
なんと愚かな者たちよ……!!
声がする方を見れば大天使たちが降り立っていた。
次の瞬間、周囲の天使たちは羽を失い次々と下界に堕ちていく。
ノエルを自分のものにしようと、己の欲望だけを曝け出した天使として有るまじき行ためにより、多くの天使が下界に堕ちていった。
「さて……ノエルよ」
一人の悪魔が口を開く。
「お父上の所に帰ろうか」
「父……?」
「聞いてはならぬ!ノエル!」
ミカエルの声が聞こえた気がしたが、今のノエルには届かなかった。
「貴様の父親は……」
だが目の前の悪魔は、光に包まれたかと思うと、ギャー!!と叫び声をあげ灰となり消滅した。
「ノエル!此方に!」
ミカエルが手を差し伸べて、それにノエルは手を伸ばす。
「そうは行くか!」
別の悪魔がノエルの腕を掴み、拘束されてしまったノエルは体を動かす事ができない。
「ノエル!!」
ミカエルの手が虚しく空を掴む。
「ミカエル様!」
天界から外に出た事のないノエルはパニックに陥り、悪魔の腕の中で踠き暴れた。
「暴れるんじゃねえ!くそ!」
「触るな!汚れる!」
次の瞬間、ノエルの目がカッと光った。と同時にノエルを抱き抱えていた悪魔の体が木っ端微塵に弾け飛んだ。そして、飛ぶことのできないノエルはそのまま下界に向かって堕ちていく。銀色の灰が光に照らされてノエルの周囲に舞っている。それは自分の羽が焼け、その灰なのだと気付き手を伸ばしてみるがそれは虚しくノエルの手のひらで消えていった。堕ちていくノエルが最後に目にしたのは、眩い太陽の光でそれが酷く不快に感じた。
ルカの目の前に何かが落ちてきた。
先程まで行きつけのバーで飲み、路地裏の近道を気分よく歩いて帰っている途中だった。状況が掴めず、落ちてきた物体を確認してみる。
「人だ……」
間違いなく人であった。ほぼ全裸でかろうじて腰巻きのような物を身に付けていた。
死んでいるかもしれない、だとしたら面倒だとその場を立ち去ろうとした。職業柄トラブルに巻き込まれるのはご免だったがとりあえず、生死の確認だけでもしておこうと仕方なく、
「お兄さん、生きてる?」
そう男の肩を揺すり顔を覗き込んだ。
「うう……」
どうやら息はあるようだ。そして、顔を見た瞬間息が止まった。
「!!」
あまりにも整った顔に一瞬呼吸を忘れる。あまりにも美しかった。大袈裟である例えだとしても、この世の者とは思えない美しさだった。今、閉じられている切れ長の目が開いた時の顔を見てみたいと、興味をそそられた。そして、自分以上に美しいと思う人間に出会ってしまった。これほどまでに美しい人間が自分以外にいる事は許されるはずがない。
ルカはモデルだ。しかも今最も美しい男性モデルと言われている。
(こんな奴がこの世に出てしまったら──)
そう考えが過ぎると落ちてきた男を抱え自宅に連れて帰っていた。
男をベッドに寝かせる。それと同時に自分もベッドに倒れ込んだ。
「重かった……」
一八〇ある自分の身長より明らかに上背がある男を一人で抱えて帰るのは、なんとも重労働だった。
男は相変わらず目を閉じたままで、胸元に耳を押し当ててみれば、ドクンドクン、と規則正しい心音が聞こえた。
「おい!起きろ!」
ルカは血色を失っている青白い頬を軽く叩く。
「うぅ……」
男は形の良い眉をひそめ、切長の目が徐々に開く。
完全に男の瞳が開いた瞬間、ルカの足元から何かか這い上がってくる感覚に襲われた。それは心臓を貫き更に脳に刺さる様な感覚。
「ここは……」
キョロキョロと男は辺りを見回す。
「俺んちだよ。アンタ、空から降ってきたんだぜ?自殺でも試みた?」
「いや……違う……分からない」
「分からない?」
男は体を起こすと、ルカに視線を向けてきた。ゾクリ、と全身が震える。
「名前は?」
「名前……」
「まさか、分からないのか?」
「僕の名前は……ノエル……」
男はおずおずと答える。
「ノエル?なぜ落ちてきた?自殺でもしようとしたのか?」
「……分からない」
どうやら名前だけしか覚えていないらしく、思わずルカはブロンドの髪を掻きむしった。
「名前は覚えているのに、他は覚えていないのか?」
「名前は……大切な方からもらったもの。だから覚えてる……」
大切な方からもらった、とはどういう意味なのだろうか。名前は普通、親が付けてくれるものではないのか。ノエルにとって、それだけ名前に対する思い入れがあるのかもしれない。
「貴方はその大切な人に似ている」
記憶を失くしているのにもかかわらず、その『大切な人物』の記憶は少なからずある様だった。
「あしたになれば何か他にも思い出すかもしれない。今日は寝たらいい」
そう言ってルカはノエルを横にさせた。
「ありがとう……」
「俺はルカ」
「ルカ……ありがとう」
ノエルはそう言うと再び目を閉じた。
結局──ノエルは名前以外の事を思い出す事はなかった。あれから一週間、ノエルは今もルカの家に居座っている。来た当初、ノエルは食事の仕方も風呂の入り方も歯の磨き方も、何一つできなかった。初めて食事を出した時、手掴みで食べ初めたのには驚いた。幼稚園児でもできる事がノエルにはできなかった。まるで幼児を育てている気分だ。
「ルカ、おかえりなさい」
撮影から帰るとノエルは必ず出迎えてくれる。まるで飼い主が帰ってきて喜ぶ犬の様で、思わず顔が綻ぶ。
「ただいま。飯は?」
そう尋ねると首を振る。
「何か頼もう」
ノエルと住み始めて一週間がたち、ノエルの異常に整った顔にも慣れ始めていた。それでも、完全に耐性につくには時間がかかりそうではあったが。
目の前でパスタと格闘するノエル。まだフォークをうまく使いこなせないのか、口の回りと白いTシャツはトマトソースで真っ赤になっている。
「ほらー!付いてるって!あーあ、もう……!下手くそだな!」
そう言ってルカはノエルの口をティッシュで拭いてやる。
「それ食べたらシャワーな」
「うん」
ノエルの見た目は十代後半から二〇代半ばくらいに見えたが、精神年齢はもっと幼く感じる。年相応に見える事もあれば、時には五〜六歳に感じる事もあり、どれもあやふやで年齢不詳だった。
ノエルは、ルカの|嘘《ことば》を全て信じて受け入れた。
『ノエルの顔は醜いから見た人は驚いてしまう。だから人と会わない方がいい』
我ながら酷い事を言っている自覚はある。とにかくノエルを人目に晒したくなかった。部屋中の鏡を撤去したが、窓ガラスまではさすがに無理だったが、ノエルはルカの|嘘《ことば》を信じ、ガラス窓に映った自分の姿は醜いものだと思っている様だった。
(まるで監禁だ)
ノエルの美貌はきっと、人を狂わせる。
今年三〇歳になり、全盛期の若々しさは年々衰え始めている。ジムに通い全身のケアを毎日必死にやっている。それでも老いは確実に進んでいる。そんな事をここずっと考えていて、ノエルのあまりにも美し過ぎる容姿に自分のモデル人生が危ぶまれる気がして、咄嗟に連れ帰ってしまった。今思えばあの時はどうかしていたのかもしれない。
「おいでノエル」
ノエルを自分のベッドに呼ぶと、ノエルは素直にベッドに潜り込む。そして、自分を抱かせた。初めての時、ノエルは酷く動揺し怯えていた。ノエルにとってSEXは不浄な行ために思った様だった。自分の|嘘《ことば》を信じるノエルに、みんなしている事、普通の事、そう言ってノエルを落ち着かせた。ノエルにしてもらうと嬉しいのだと伝えると、ノエルはルカが喜ばせる事ができる唯一の行ために素直に従った。ルカはルカで、これほどまでに美しい男に抱かれている事実、そして自分がいないと生きていけないノエルに対して愛おしさと同時に優越感を覚えた。そして時折、ノエルの美しさにも嫉妬した。
ルカのマンションから出ることのないノエルにとっての情報源はもっぱらテレビだ。映画が好きなようで飽きることなくずっと見ている。雑誌や本も好きなようでよく眺めているが字が読めないため、雑誌の写真をよく眺めていた。
「ルカ」
洗い物をしているルカにノエルが雑誌を片手に近付いてきた。
「これ、ルカ?」
そう言って雑誌の表紙を見せる。
先日発売されたルカが表紙の女性誌だった。『SEX特集』と大きな見出しと、裸の女性モデルと裸のルカが抱き合っている表紙。表紙を飾るルカの青い瞳がこちらを見つめている。
「そう、俺だよ」
「これも?これもルカ?」
中を開いて女性モデルとの絡んでいる写真を見せてくる。
「そう、俺。なんで?」
ルカが尋ねると、少し顔を歪ませ「すごく嫌な気分」そう言った。
一瞬、意味が分からなかった。
「はは、ヤキモチでも妬いたか?」
「ヤキモチ……?」
聞きなれない言葉に、きょとんとした表情を浮かべている。珍しいと思った。ノエルが感情らしい感情を出したことがなかったからだ。ノエルは感情がフラットで喜怒哀楽の起伏があまりない。だが、初めて感情らしい感情を露わにした。
「俺がノエル以外のやつと抱き合ったり触れ合ったりするのが嫌って事」
ルカはノエルの首に両腕を回すと、小首を傾げてみせた。
「イヤダ……とても……」
その言葉にルカは気分が良くなり、ノエルにキスをした。
もっと自分に執着すればいい。そして自分がいないと生きていけなくなればいい──。
その日の撮影で久しぶりに元セフレのマナトに会った。マナトもモデルで、一年ほど前まで関係があった。体だけの関係と割り切り、楽な関係だと思っていたがマナトが交際を迫ってきたため、関係を切ったのだ。
撮影が終わりマナトがルカの肩に腕を回してきた。
「久しぶりにどう?」
そう耳元で言われたがマナトの腕を振り払う。
「しない」
「いいじゃん、久しぶりにルカの家に行きたいな」
「ダメだ。今、家に……」
ノエルの顔が浮かぶ。
「いいぜ、久しぶりにやろうか」
そう言って口角を上げた。
寝室に入ってくるなよ、ノエルにそう言い聞かせると、マナトと寝室に入る。その言葉にノエルは少し悲しげな顔を浮かべたが、黙って頷くとリビングで映画を観る事にしたようだった。ルカはわざと寝室の扉を細く開ける。案の定、ノエルはその隙間から自分とマナトの行ためをじっと見つめていた。じっとりとしたノエルの視線に嫉妬の感情が伝わってくる。その視線にルカの感度が上がり、何度も達した。マナトとSEXをしているはずなのに、ノエルと交わっているような感覚に襲われた。
マナトを見送り振り返るとノエルがリビングから顔を半分だけ出しこちらを睨んでいた。その目にゾッとする。金縛りにあったように体が一瞬動かなくなる。だが次の瞬間には嫉妬に狂うノエルの視線に興奮すら覚え、散々したというのに下半身が疼き出す。そんなルカに気づく事なくノエルは不機嫌そうにソファに体を沈め、テレビに視線を向けている。
「ノエル、悪かった。付き合いも必要なんだよ」
そう言ってノエルに近付くと後ろから抱きしめてやる。
「僕にはルカだけなのに、ルカは僕だけじゃない」
「ノエル……」
少しずつノエルの感情が育ち始めている。
「体と心は別だよ。心はノエルだけだ。愛してるよ、ノエル」
つむじに一つキスを落とす。
「愛してる……僕もルカを愛してる」
『愛している』という言葉を理解しているのかは分からなかったが、その言葉にルカの感情が高揚し、ノエルに深く口付けた。
次の日の夕方──。
打ち合わせのため事務所に訪れたルカはマネージャーの紗栄子の言葉に驚愕する。
「マナトが?」
「ええ、びっくりよね。昨日一緒に撮影していたのに……」
(マナトが死んだ?)
「連絡が取れなくて、今朝マネージャーが自宅に行ったら死んでたって……薬をやってたみたいで、過剰摂取による心臓麻痺だったみたいよ」
昨日の今日でルカは動揺を隠せずにいた。
「ショックよね……」
紗栄子はその後も何か話していたが頭に入ってこなかった。
自宅に帰りいつものようにノエルが出迎える。テレビが付いており、ちょうどマナト死亡のニュースが流れていた。
「この人、死んだんだね」
不意にノエルは聞いたこともない低い声で呟く。
「僕のルカを奪おうとするから、天罰が|降《くだ》ったんだ」
そう言って不気味な笑みを溢す。
「天罰……?」
「そんな事よりご飯食べよう、ルカ」
次の瞬間にはいつもの幼い笑顔を浮かべていた。
まるで自らマナトを殺したような物言いにその時、初めてノエルに対して違和感を感じた。
それから、いくつか不思議な事が続いた。
ルカと同じマンションの同じ階に、二年程前からストーカー紛いな事をする男がいた。男は片桐といい、見た目は特徴のない普通の中年男で、自分と同じマンションに住めるということはそこそこ収入があるようだ。何か被害があったわけではなかったが、自分の帰りを待っているのか張っているのか、部屋を出ると必ず顔を合わせた。気持ち悪いとは思ったが特段何かされたわけではなかったため、放っておいた。しかし、とうとうその片桐が部屋を訪ねてきたのだ。
インターフォンが鳴らされ、片桐の姿にルカが固まっているとノエルが心配そうに寄ってきた。
「どうしたの?僕が出ようか?」
少し考え、この男がノエルを見てどう反応するのかも気になった。
「頼んでいいか?」
「いいよ。任せて」
得意げにノエルは言う。
「何かご用ですか?」
そう言って玄関の扉を開ける。ノエルの背中越しに片桐を見ればノエルの姿を見たまま、目を見開き口をあんぐりと開けたまま動きが止まっている。まるでこの世の者ではない何かを見たような表情だった。
「何かご用ですか?」
ノエルは不審そうにもう一度尋ねる。
「あ、あ、あなたは……?」
瞬きを忘れたように相変わらず目は見開いたまま、やっと出た言葉がそれだった。
「僕?僕はノエル」
「ノエル……」
「で、ルカに用なの?」
「い、いえ……なんでもありません……」
そう言って片桐は帰って行った。暫く帰っていく片桐の背中を眺めていたが、ノエル……ノエル……、と名前を不気味に何度も呟いていた。
「変な人だったね」
「あ、ああ……」
ノエルは気にする様子もなく部屋に戻る。
二年もの間、自分をストーカーしていたのにノエルを見た瞬間あっさりノエルに心変わりした。それが、ノエルを目の当たりにした世間の反応なのかと思うと、焦りを感じそして酷く惨めな気分にさせられノエルの美しさにルカは嫉妬したのだった。
迷惑なことに、それから片桐は昼夜問わずノエルに会いに、ルカの部屋を訪ねてくるようになった。ルカがいる時はルカが追い払ったが、仕事でいない時は絶対に出ないようノエルに言い聞かせた。何度注意しても毎日訪ねてくる片桐を、いよいよ警察とマンションの管理事務所に相談しようとした。
仕事から帰るとルカのマンションに人だかりができており、パトカーと救急車も来ているようだった。顔見知りの住人がいて何事なのか訪ねた。
「私たちと同じ階の片桐さん!部屋のベランダから落ちたんですって!」
「え?」
「自殺かもしれないって……十階からですものねえ、即死だったみたい」
咄嗟にノエルの顔が浮かび慌てて部屋に戻る。
「どうしたの、ルカ?そんなに慌てて」
「あの片桐って男……今日も来たのか?」
「うん、来たよ」
「来たって……さっきあいつ、死んだんだぞ!」
「僕がね、お願いしたんだ。僕のために死んでって」
そう言って美しくも不気味な笑みを浮かべる。
(だからって本当に死ぬか……?!)
「天罰……ルカの悪口を言ったから天罰が|降《くだ》ったんだ」
天罰──マナトが死んだ時も口にしていた。
「この前から、なんだよその天罰って!」
「天罰は天罰だよ。今日はね、頑張ってご飯作ったんだ」
人ひとり死んだというのに、しかも見知った顔の人物なのに、なんて事ないように言っているノエルが不気味で仕方がなかった。
自分のために死ね、と言われ本当に自ら命を絶った片桐。
やはり、ノエルの美しさは人を狂わせるのだとルカは確信した。
更に──、ルカは瀕死の黒い仔猫を拾ってしまった。長時間雨に打たれ、ぐっしょりと濡れそぼった仔猫は手の平ほどの大きさだった。もうダメだろう。ぐったりとし、すでに呼吸も浅くなっている。病院とも思ったが、こんな夜中にやっている病院など近所にはなかった。特別猫が好きとまではなかったが、放って置けるほど非人情的な人間でもない。せめて最期を看取ってやろうと家に連れ帰った。意外にノエルが子猫を酷く心配し付きっきりで看病した。
「もうその仔猫はダメだ。もうすぐ死ぬ」
「じゃあ、なんで連れて帰って来たの?助けるためじゃないの?」
小さな籠にタオルに包まった仔猫を見つめながら、ノエルは声を震わせている。
「せめて、最期を看取ってやろうと思ったんだ。その辺で野垂れ死ぬのはさすがに可哀想だと思ったから」
ノエルの瞳からポタポタと涙が溢れている。初めてノエルが泣いた事に驚く。人間が死んでも興味を示さないのに、野良猫が死のうとしている事には涙を流すのか──、ノエルのそのチグハグな感情にルカの脳が追いつかない。
「ノエル……あまり構うな。情が移って辛いだけだ」
そして、とうとう仔猫の呼吸が止まった。最期は苦しまずに逝ったのがせめてもの救いだろう。
ノエルは息を引き取った仔猫を両手で抱き上げ、優しく包み込むと仔猫にそっと息を吹きかけた。まるで自分の生命を分け与えているように。
次の瞬間──、
「にゃあ……」
仔猫の微かな鳴き声が聞こえた気がした。空耳かと思ったがノエルが抱いている仔猫を覗き込むと、仔猫がこちらを見て「にゃー」と弱々しいながらにも再び鳴いたのだ。
「生き返った……」
確かに死んだと思ったのに──ノエルが息を吹きかけた瞬間、仔猫が生き返ったように見えた。
「良かった……」
ノエルはそう言って仔猫に頬づりをした。
ノエルは、人間じゃないのかもしれない──。
そんな非現実的な事を思う。いや、すでに非現実的なことは起こっている。マナトと片桐の《天罰》による死。そして、死んだはずの仔猫の蘇生。
結局、元気になった仔猫は知り合いに譲った。ノエルは酷く落ち込んだが、ルカの猫アレルギーが判明してしまい飼う事はできなかった。理由が理由であったため、渋々ながらもノエルは納得してくれた。
一体ノエルは何者なのか──、あれからルカは色々と考えを巡らせた。
生物の生死を自由に操れる神的存在なのか、もしくは死神とか?この世の者でないとするなら、人を狂わすほどの美貌を持つ理由にも納得できる。
もし自分が望んだ人物を殺してくれと頼めば、殺してくれるのだろうか──。
「こいつ、嫌い」
ルカはテレビに映った女性タレントを見てそう言った。
「嫌い?なんで?」
「この前、同じ番組出た時に意地悪された。業界で性格悪いって有名だし、みんな嫌いだって」
ノエルはルカの顔を覗き込むと、
「ルカ、意地悪された?嫌い?」
そう訪ねてくる。
「うん、大っ嫌い」
次の日──、そのタレントが自宅の階段から落ち意識が戻らないというニュースが流れた。死ぬまでには至らなかったが、意識不明なら死んだも同じだ。
間違いない、毎回人を殺すまではできずとも、再起不能以上にする事ができるのだ。生死が別れるのは何か条件があるのかもしれない。きっと自分が頼めばノエルは躊躇うことなく『天罰』を|降《くだ》してくれる。
「悪い人は生きている価値はない」
「悪人は死んでもいい」
ルカはまた一つノエルに嘘を教えた。ルカの|嘘《ことば》を鵜呑みにし、ルカが邪魔だと思う人々の名前を口にすると必ずその人物に『天罰』が降った。ある人物は植物人間に、ある人物は自ら命を断ち、ある人物は心臓発作で死んだ。
最初こそ罪の意識に苛まれたが、段々とその感覚が麻痺していった。
更に、ノエルの嫉妬心を煽るため、わざとノエルにSEXをしているところを見せつけた。その度に相手には天罰が降ったが、着実にノエルの自分に対する執着心が大きくなっていった。
その日の打ち合わせでルカは専属モデルとして勤めてきた、ハイブランド『エリオット・ワン』の契約解除になる事を伝えられた。
「ちょっと待ってくれよ!なんで急に!」
マネージャーの紗栄子に問いただすと、
「落ち着いて、ルカ……!」
今にも喰ってかかりそうなルカの肩を掴み、ソファに座らせる。
「急ではないわ。前から話は出ていたの。あなたがショックを受けると思って言い出せずにいたの。ごめんなさい」
「そんな……」
エリオット・ワンは全世界の人たち憧れのハイブランドだ。Tシャツ一枚五万円、バッグに至って五十万前後が相場だ。そのエルオット・ワンとアンバサダー契約をして三年。本場パリでモデルとしてショーにだって出たことがある。エリオット・ワンを愛用する人の年齢層は幅広い。二十代の若者から四十代五十代の中年層だって十分身につけることができるブランドだ。契約して三年、年を追うごとに着こなす自信はあった。
(契約解除の理由が年のせいだとは言わせない……)
無意識に親指の爪を強く噛んだ。
「最近注目を浴びている、嵐というモデルをエリオット・ワンの日本の事業部長がいたく気に入ってしまったらしいの」
(嵐……)
最近注目の新人モデルだ。確かに上背も自分よりあるし、ビジュアルも整っている。ハーフで日本人離れした自分とは反対に、黒髪に黒い瞳のアジア人特有の顔立ちにがっちりした逞しい体格の嵐。まるきり正反対だった。
「日本で宣伝するなら親近感のある日本人がいいだろうって」
「俺も日本人だけど」
「国籍は日本人だけど、あなたはアメリカ人とのハーフでしょう」
アメリカの駐屯地近くの飲み屋で働いていた母親が、毎日アメリカの軍人とやりまくってできたのが自分だ。父親が誰かなんて分かりはしなかった。
「分かった、決まってしまった事は仕方ないさ」
あっさりとそう言い放ったルカに紗栄子は驚いている。
「随分聞き分けがいいのね」
「駄々を捏ねても変わるわけじゃないからな」
「そうね……その代わりとは言ってはなんだけど、ヴァニラ・オムの話を受けようと思ってるのだけど……」
さすがやり手のマネージャーだ。しっかり次の契約の話を持ってくる。それには感謝すべきだろう。
だがルカの頭にあるのは、嵐の事をノエルに早く話したい、という事だけだった。
「悔しい……!悔しい……!悔しいよ、ノエル……」
自宅に戻るなりルカはノエルに抱きつき泣き叫んだ。
「アイツが憎い……憎い……」
「可哀そうなルカ……ルカを悲しませる人間は僕が許さない……。ルカを悲しませる人は悪い人。悪い人は死んでもいいんだ。そうだよね?ルカ」
ノエルはルカの涙を舌先ですくい、そのまま口に含む。
「そう……悪い人は死んでもいいんだ……」
「待ちなさい」
ふと、そんな声が脳内で響いたと思うと、部屋中が神々しい光に包まれた。
「やっと見つけましたよ、ノエル」
光の中から一人のスーツ姿の男が現れた。
「だ、誰だ……!どうやって入ってきた!」
完全なセキュリティ完備のマンションに侵入できるはずがないし、そもそも玄関すら開けていない。一体この男はどうやって入ってきたのか、それにノエルとは誰の事なのか──。
「ノエル、このままでは貴方はこの方と共に地獄に堕ちますよ」
その言葉にノエルはニヤリと不気味に笑い、ノエルはルカに頬ずりする。
「ルカと一緒なら……僕は地獄でも天国でもどっちでもいい」
そう言って舌先を出すとルカの頬を舐め上げた。
「ノエル……?」
ノエルの表情は見た事がないほど神々しくも見え、そして恐ろしく不気味に映る。
「僕はそもそも天界にいてはいけない存在だった。そうでしょう?ミカエル様」
ミカエル?だと?
そうノエルが呼ぶ名に大天使ミカエルの映像が浮かぶ。大天使など見た事などなかったが、なぜかルカの脳内で映像が浮かんだ。ブロンドの美しい髪に自分と同じ青い瞳。肌は透き通るように白く、同じくらい白く大きな羽を背負っている。脳内に浮かぶのが大天使ミカエルなのだとした、目の前の人物は何者なのか──。そう考えを巡らすと、
「人間の体を借りています。早く返さないとこの方の命に関わりますので本題に入ります」
まるでルカの心を読み取ったようにミカエルは言った。
「ノエル、貴方とうの昔に記憶は戻っていたのでしょう?」
その言葉にルカの息が止まる。
(記憶が戻っていた……?)
「本当なのか……ノエル……」
「だって、そうしないとルカの側にいられない」
「天界に連れて帰ろうと探し回りました。しかし、ノエルと貴方は罪を犯し過ぎました。多くの嘘をつき罪のない人間を手に掛け、必要ない殺生を繰り返しました」
「はははは!!」
ミカエルの言葉に急にノエルは高笑いをした。
「おかしいの……!ミカエル様……貴方こそ、大天使でありながら僕に嘘をついていたではないですか!皆と少し違うけれど天使だと──それは罪ではないと?」
天使……ノエルが?
ノエルは死神などではなく天使だというのか──。
ルカが想像する天使とノエルの姿はあまりにもかけ離れていて、信じがたかった。
ノエルの顔つきが徐々に険しいものになり、美しいのには変わりないのだが、天使というのには酷く恐ろしい存在に思えて仕方がなかった。
「嘘ではありません。貴方の生んだのは下級ではありましたが間違いなく天使なのです」
「そして父は──」
ノエルは言葉を切ると、
「堕天使ルシファー……そうでしょう?ミカエル様」
ミカエルの顔が一瞬にして強張る。
「なぜそれを……もしやルシファー と会いましたね?」
ミカエルの言葉に、さぁ、と小首を傾ける。
「僕は、天使と堕天使の間に生まれた異端児。だから髪も瞳も黒く、羽も白くなかった。僕は天界の人質だった。悪魔たちの襲撃の盾にしようとしていたんだ……」
そう言ってノエルは悲しみと憎しみを込めた目をミカエルに向けた。
「ノエル!それは違います!利用しようとしていたのはルシファーの方です。あの日、ルシファーは貴方を攫い、貴方のその美貌を利用し、天使たちを堕天させようと企んでいたのです!」
「そんな事、今の僕にはもうどうでもいい。僕にはルカがいるから……ルカさえいればそれでいい。ねえルカ、ルカもそうでしょう?僕がいれば何もいらないよね?」
そんな問いに素直に頷けるはずもない。ルカの体が小刻みに震え出す。
突然目の前のミカエルが苦しみ出す。
「いけない……時間切れのようです。次、来る時までに改心なさい。そうすれば天界に戻れるチャンスをあげましょう」
そう言ってミカエルは消えていった。
「ルカ?大丈夫?震えてる」
ルカはそっとノエルの腕から抜け出し、
「どういう事なんだ……?記憶が戻っていた?それに、お前は人ではなくて天使だって?」
矢継ぎに質問を投げかける。ノエルは満面の笑みを浮かべている。その笑みが酷く不気味に映る。
「記憶は確かに戻っていたよ。正確には戻してもらったというのかな。三日前に、父親がここに来たんだ。迎えにね。もちろん、断ったよ。だってルカを置いて帰るわけにはいかないもの」
父親とはルシファーの事であろう。大天使でありながら神に背き堕天使となり、堕天使悪魔たちの王に君臨しているという、堕天使ルシファー。
「確かに僕は人ではない。天使でも堕天使でもない中途半端な存在。僕は天界で仮面を着けてずっと過ごしてた。理由はルカも嫉妬するこの美貌だよ」
そう言って美しい自分の顔に爪を立てるノエル。
自分がノエルの美しいその顔に嫉妬している事に気付いていたというのか。
「僕のこの顔は天使たちを惑わせる。皆、堕天してしまうんだ。天界にとって危険分子である僕は仮面を着けていなければならなかった。そんな僕は天使たちから仲間はずれにされていつも一人だった……けど、ルカに出会えた。ルカは僕の光だ」
ノエルはルカを抱きしめると頬ずりを繰り返す。
「僕、知ってたよ。ルカが僕に色々な嘘をついていた事。その嘘は僕にとって、とても価値があるものだった。だってルカの側にいられる理由になるから……ルカを愛してるから許してあげる。だからルカも僕をずっと愛していて。僕以外の誰かを見る事は許さないよ」
ノエルはルカの額に手をかざす。暖かいものが流れてきて心地よい眠気に襲われる。
「可哀そうで可愛い僕のルカ……」
遠くでノエルがそう呟いているのが聞こえた──。
ルカが目を覚ますと、隣でノエルが笑みを浮かべ自分を見つめていた。
「おはよう、ルカ」
「おはよう、ノエル……凄く変な夢を見ていた気がする……」
「疲れてるんだよ、きっと」
ルカの手が伸びてきてそっと髪を撫でられる。
「そうかもしれない……」
「さあ、朝ご飯食べよう。今日はフレンチトーストを作ったんだ」
そう言ってルカの唇にキスを落とす。
リビングに行くとテレビがついており、朝のニュースが流れている。
『ファッションモデルの嵐さんの自宅マンションが火事になり、嵐さんは命に別状はないものの、大火傷を負う重症という事です』
ルカはそっとノエルを見ると、優しい笑みを浮かべていた。
嵐は商売道具である顔に大火傷を負ったとしたならば、モデルとしての人生は終わりだろう。
「は、はは……天罰……天罰が降ったんだ……」
ノエルはそんなルカを見てほくそ笑んだ。
その後、嵐がモデルとして継続していく事が実質不可能となったため、ルカのエリオット・ワンの契約継続が決定した。
ルカの中で、罪の意識に苛まれるという思いが徐々になくなっていった。
自分のモデル人生において、邪魔なものは排除する──。ノエルがいれば自分は無敵だ。
しかし──、
自分の老いはどうする事もできなかった。
ノエルと暮らし始めて十年。ルカは四〇歳になろうとしていた。顔のシワは増え、心なしかたるんできているように見える。明らかに、十年前の自分とは違う。モデルとしてまだ仕事のオファーはきていたものの、いつ仕事がなくなるのか毎日不安になり、鏡を見る事が怖くなっていった。
一方、ノエルは出会った頃から全く変わらず、ずっと美しかった。その変わらない美しさに嫉妬と嫌悪が膨れ上がっていった。
「嫌いだ……ノエルなんか嫌いだ!どっか行け!」
とうとうルカの中で燻っていたものが爆発した。
ノエルはその言葉に動揺する。
「ルカ、落ち着いて。嫌いだなんて……!そんな事冗談でも言わないで!」
ルカを落ち着かせようとノエルはルカに近付こうとするが、クッションを手に取るとノエルに投げつけてきた。
「近寄るな!なんでオマエは変わらない?!なんで美しいままなんだ……俺は老いていく一方なのに……」
そう言ってルカは涙を溢す。
「ノエルの隣にいるのが辛いんだ……もう死にたい……このまま老いて醜くなっていくくらいなら、死んだ方がマシだ」
「ルカ……僕はどんなルカでも愛してるよ?」
その言葉にルカは血走った目でノエルを睨む。
「オレはモデルなんだぞ!オマエだけに愛されても意味がないんだよ……オマエといると自分が酷く醜く見えてくる……オマエに憎しみが湧く時だってあるし……本当にオマエを嫌いになりそうになる事だって……」
「ルカ!」
ノエルはその言葉にルカの肩を強く掴んだ。ノエルのが浮かべる表情にルカはゾッとする。
「許さない……そんな事……絶対に」
「ノエル……痛い……」
ノエルの指が肩に食い込み激痛が走る。
「そうだ、ルカ。いい事を思いついた」
その言葉と同時にノエルの表情が急に明るくなる。
「僕がルカを若返らせてあげる」
「え……そ、そんな事できるのか?」
「うん、できるよ。ずっと若くて美しいままのルカでいられる」
「本当か?」
そんな魔法のような事ができるのか、そう疑問に思うも、天罰を降せるノエルなら可能かもしれない。ノエルはおそらく人ではない何かだ。生物の生死を自由に操れる、人では成し得ない事ができる存在だ。
ノエルはルカの顔をゆっくり撫でる。
「鏡を見てご覧」
そう言われルカは近くにあった手鏡を手に取る。明らかに若返っていた。十年前どころの話ではない。二十代前半、一番注目されていた時の自分だ。
「本当に若返った……信じられない……」
「ルカが望む事ならなんでもしてあげる。だからずっと僕を愛してほしい」
後ろからノエルが抱きしめてくる。
「何言ってるんだ、俺はずっとノエルだけだろ……」
正面からノエルを抱きしめ返した瞬間、力が抜けた。ガクッと膝から崩れ落ち倒れる瞬間、ノエルが受け止める。
「うん、だから一緒にいこうルカ……」
どこに──?
聞かずとも想像はついた。
ああ──、それもいいかもしれない。美しいままでそして、愛するノエルと逝けるのならば、それもいい。
「ノエル……愛してる、嘘じゃない……本当に愛してるんだ……だからずっと一緒に……」
そう言い残し、ルカは目を閉じた。
ノエルの瞳から涙が溢れた。ずっとルカの『愛している』は嘘だと思い信じていなかった。ルカは自分の欲には逆らえない人で、その欲を満たすために自分にたくさんの嘘を吐き自分を利用しているだけなのだと、ずっとそう思っていた。それでもルカの側にいたかった。けれど、嘘ではなかった。本当に愛していてくれたのだと、その事実を知りノエルは嬉しいと言うよりも安堵したのだった。
『ノエル』
脳内でミカエルの声が聞こえた。
『いいのですか?ノエルは天界に戻る事はできます。しかし、彼は天界に行く事はできませんよ?』
「僕は天界には戻らない」
『な、何を言うのです!』
「ルカと共に、下界に行きます」
『ルシファーの所に行くと言うのですか?』
「はい……」
次の瞬間、ノエルの背中から美しい銀色の羽が生えた。羽はルシファーと同じ十二枚である事にミカエルは驚き、思わず姿を現す。
「その羽は……!封印したはず……!」
現れたミカエルの姿には目もくれず、ルカをそっと抱き上げ十二枚の羽を羽ばたかせると、マンションの窓を破り外に出た。
「待ちなさい!ノエル!」
「ミカエル様、こんな僕を気にかけてくれた事、感謝しています。記憶を失くしていた時、ノエルという名前だけは、ミカエル様からもらったこの名前だけは覚えていたのです。貴方がくれた名だから……それに、僕という存在を認めてくれたのはミカエル様だけでした、ルカに出会うまでは……」
ノエルの言葉に込み上げてくるものを感じ、ミカエルは思わず唇を噛んだ。
「ノエル……貴方は大天使になり得る存在だったのですよ?他の大天使と共に私の隣にいるべき存在なのです」
ミカエルの美しい顔は悲しみで歪んでいく。
「僕にとって大切な事はルカと共にいる事なのです。さよなら、ミカエル様」
それ以上ミカエルはノエルを引き止める事はできなかった。
「それが貴方の幸せだと言うのなら、仕方ありません」
その声はノエルに届いたのか、ノエルは小さく頷いた。
(私はノエルに甘いですね……)
下界にいくというノエルは、この先の天界にとって脅威的な存在になるかもしれない。
本来ならばルシファー の元で暮らすはずのノエルを無理矢理に連れ出したのはミカエル自身だ。ノエルの美貌は天界においてあまりにも危険な存在で、自分の近くに置き、監視する必要があった。ノエルの素顔を見れば天使たちが堕ちていくのが容易に想像できたからだ。そのため、ノエルに仮面を着けさせたが、天界でのノエルは周囲と違う容姿と仮面を着けていた事でいつも孤独で、それが不憫でならなかった。そんなノエルは、人間界でルカという生き甲斐を見つけた。
「よろしかったのですか?ミカエル様」
ミカエルの隣に二人の大天使が姿を現す。
「ガブリエル、ラファエル、私は少なくともノエルをかわいがっていました。しかし、あの子は満たされる事はなかった……。あのルカという人間はノエルが満たされる何かを持っていたのでしょう」
兄であり、悪魔と堕天使を束ねる魔王ルシファー。そのルシファーと瓜二つの容姿をしているノエルだったが、中身は『お気に入りのオモチャを手放したくない』そう駄々をこねる幼子のようだ。
「あれはただの執着です」
ラファエルの言葉に、ミカエルは複雑な思いが湧く。
兄に似たノエルを勝手に兄と重ね、自分のエゴで側に置いていた自分こそノエルに執着していたのではないか──ふとそんな思いが過ぎる。
「しかしあの人間……どことなくミカエル様に似ている気がします」
ガブリエルの言葉にミカエルはずっと耐えていたものがあふれ出し、涙を流すのだった。
腕の中で静かに目を閉じているルカ。
「ごめんね、ルカ……」
そっとルカの頬を撫でる。
なぜノエルが十年という長い間、人間界にいられたのか。それは父ルシファー との約束だった。十年後、自分の元に戻るという条件で人間界にいられるよう、ルシファー の力を借りたのだ。天使の血を受け継ぐノエルは本来なら、人間界に長い間いる事はできない。時間が経つと体が消滅してしまうからだ。人間界にいるためには、人間の体を借りるか人間界に耐えられる体を生み出すしかない。その点、堕天使や悪魔は人間界にいても消滅する事はなく、ルカの側にいるためには天使の血が邪魔であった。それをルシファー の力で、ノエルの中にある堕天使 の血を最大限引き出してもらったのだ。
それが十年という約束で、今日がその十年目だった。
人間ではない自分がルカとずっと一緒にいられる方法は、これしかなかった。
『我が子よ、よく来た』
冥府の門を開けると、脳内で低く威圧感のある声が響く。
「父上、約束して通り、僕とルカの居場所を与えてください」
『分かっている。歓迎するぞ、ルカ』
ルシファー の言葉に、腕の中のルカがそっと目を開ける。
「永遠に一緒だよ、ルカ……」
笑みを浮かべ、コクリ頷くルカ。
ルカを見れば、背中が波打つ様に大きく動くと次の瞬間、黒く大きな羽が生えた。
(これで永遠にルカは僕だけのもの──)
二人は互いの手を取ると冥府の門をくぐり、長く続く螺旋階段を降りていった──。