BLニュースは標準ブラウザ非対応となりました。Google Chromeなど別のブラウザからご覧ください。

闇の小説部門 選考通過作品 『花冠にうその恋』

2024/10/25 16:00

癖“ヘキ”に刺さった作品はグッドボタンで投票を♥

 

『花冠にうその恋』

 

 

あらすじ
初めて性交した相手の子どもしか孕めない体質の兄が、幼馴染と結婚する前夜、執着をこじらせた弟に処女を散らされる話。弟×兄。弟視点。男性妊娠設定があります。

※こちらの作品は性描写がございます※ 

 

 祝福の日に花冠を贈られた者は、永遠の幸福を約束される。
 この国では古くからそう言い伝えられている。
 祝福の日とは、年に一度訪れる最も日の長い一日のことだ。そして愛し合う者たちの多くは、この日に婚姻の儀を行う。
 僕たちが住む田舎の村の場合、恋人たちは祝福の日にまとめて儀式を行うのが慣例となっている。婚姻を控えた者たちは、儀式の前日に愛しい相手を想いながら花冠を編む。継ぎ目のない輪のように、終わりのない幸福が巡ることを祈りながら。
「できた!」
 僕の視線の先で、アシル兄さんが顔をほころばせた。手には編み上がったばかりの白花の花冠。
 僕と兄さんが暮らすこの小さく古い家には夜が降りて、テーブルの上のランタンだけが僕たちの手元を照らしていた。炎がわずかに揺れる。
 兄さんは柔らかな冠を掲げて、僕に笑みを向けた。
「どうかな、ハイリ」
 兄さんの表情は喜びに満ちていた。今年で二十五になるが、線が細く顔立ちが幼いせいか年よりも若く見える。七つ下の僕と並べば「どちらが兄だかわからないな」とからかわれるくらいだ。僕は微笑んで答えた。
「……よくできていると思うよ。クゼイも喜ぶ」
 そして兄さんは、婚姻の儀を行う。長年想い合っていた愛しい男の元へ……クゼイの元へ、嫁ぐのだ。
 クゼイは良い青年だ。同じ村で育ったから僕もよく知っている。身体は丈夫で優しく、兄さんだけに心を捧げてきた。
「そうかな。あいつは手先が器用だから、見劣りしないか心配なんだ」
 幼いころから、兄さんとクゼイは将来を誓っていた。
 この村では皆、十八歳を過ぎれば家庭を持ち始める。けれど僕が兄さんの足枷になっていた。両親は僕が五つのときに流行り病をこじらせて逝った。それからは、兄さんだけが僕の家族だった。
 僕が十八になるまでは一緒にならない、というのが、兄さんとクゼイが交わした約束だ。
 兄さんは大人たちの野良仕事を手伝いつつ、自分の食べるものを切り詰めて僕を育てた。僕が疲れたと喚くと笑って僕を背負い、母が恋しくて泣けば夜通し子守唄を歌ってくれた。稼いだわずかな金をやりくりして、月に一度やってくる馬車へ乗り、僕を街へと連れて行く。「ハイリ、お前は賢いから」と本も買い与えてくれた。
 兄さんの指先はいつも、日々の仕事で荒れていた。けれど僕はその手を掴むのが好きだった。あたたかい兄さんの手。兄さんは僕の全てだった。
 僕は十八歳になった。この村では立派な成人だ。
 兄さんはやっと、幸せを掴める。クゼイと二人で、ひもじさとは縁のない毎日を送るのだ。
「……正直なところ、まだ実感がないな。あいつと一緒になるなんて」
 兄さんは花冠をテーブルに置いて目を伏せた。ゆっくりと両手を開くと、その掌には白い花の紋様が刻まれていた。生まれつき兄さんの掌に浮かぶその花。兄さんの身体が、ただの男ではないことを示す証だ。
 兄さんは視線を上げて僕を見ると、ふっと寂しげに微笑む。
「お前以外と暮らすなんて、想像もつかないよ」
 この国では稀に、掌に白い花の紋様が浮かんだ赤子が生まれる。赤子の性別は必ず男だ。そしてその紋様を持つ者は、男でありながら子を孕むことができる。
 かつて神に捧げられ、愛された子の名残だという。
 紋様を持つ者は「愛し子」と呼ばれ、丈夫で賢い子を産む。
 ただし愛し子は、初めて交わった相手の子でなければ、孕むことができない。
 兄さんもまた愛し子だった。そのため、より良い世継ぎを望む村の者たちから幾度となく求婚されてきたが、そのたびにクゼイが蹴散らしてきた。アシルは俺のものだ、と高らかに宣言して。
 僕は兄さんに微笑み返して言った。
「……兄さんなら大丈夫だよ」
「ハイリ。おれはお前を一人にするのが心苦しい」
 兄さんが僕の両手を取った。胸の裏側がざわめいて苦しい。
 本当にそう思っているのなら、どうして。
 本音を飲み込み目を細める。僕は兄さんの手を握り返した。
「じゃあ僕も一緒に連れて行ってくれる?」
「それは……」
 兄さんは言い淀み、目を逸らした。当然だ。やっと愛する男に抱かれる権利を得るのだから、その場に身内を連れていきたいはずがない。
 兄さんはあたたかい家庭を望んでいる。クゼイの子を産み、笑顔の絶えない毎日を送ることを願ってきた。
 そこに僕の居場所はない。
「冗談だよ」
 俯いた兄さんから手を外して、僕は立ち上がった。
「なあ、ハイリ」
「明日、早いんでしょう。もう寝よう」
 何も気にしていない風を装って、壁側の棚へと向かう。背中に兄さんの視線を感じた。優しい人だ。心の底から僕を案じている。
 けれどそれは残酷な優しさだ。どうせ離れていくくせに。
「聞いてくれ。おれはこの家を出る。だからお前はもう、この村に残る必要なんてないんだ」
「……どういう意味?」
 振り向かずに訊ねた。心の底が不穏に蠢いている。僕は一番小さな引き出しに指を掛け、引いた。
「お前は賢い。街へ出て、新しい仕事を見つけることだってできる。村長にも口利きしてもらえないか頼んでみたんだ。そしたら、良い働き口を紹介できるって」
「いつ僕がそんなことを頼んだの?」
 あえて冷たく返せば、兄さんが息を呑んだのが分かった。僕は引き出しから小瓶を取り出した。先月一人で街へ行ったときに買ってきたものだ。本当は兄さんへの婚姻祝いを買うつもりだったが、気が変わった。
 振り返ると、兄さんの顔が強張っているのが見えた。
「兄さんって本当に勝手だよね」
「……ハイリ、おれは」
「僕を遠くに行かせたら、僕の様子を見に来る手間も省けるからね」
 手の中で小瓶を傾ける。透明な液体がどろりと動いた。僕の心の底も蠢いたままだった。ささくれて膿んだ醜い心の底。ずっと前からそうだった。
「ちがう、おれはそんな……」
 兄さんは青ざめて僕を見つめていた。こうやって兄さんに口答えをするのは初めてだ。兄さんに歩み寄り、微笑んで見下ろす。
「兄さんが『ハイリのため』って言うたび、うんざりするよ」
 吐き捨てるように告げて、花冠を手に取る。兄さんがクゼイを想って作った大切な愛の証。祝福の日のために、夜遅くまで何度も何度も練習していた。夜遅くまで嬉しそうに、目を擦って。
 そんな兄さんを見るたび、反吐が出そうだった。花冠をじわじわと握りつぶしていく。柔らかな花の香りが立ち込める。
「ハイリ!」
「婚姻なんて許さない」
「やめろ!」
 兄さんの悲鳴が鼓膜を震わす前に、僕は花冠を床に叩きつけた。白い花弁が散る。その上からさらに踏みつけてやると、兄さんは椅子から立ち上がり僕の足元に跪いた。荒れた指先が花冠に伸びる。輪は千切れた。もう何もかも手遅れだった。
 兄さんは呆然と呟く。
「ハイリ、お前、どうして」
「どうして?」
 腹の底で煮詰まったどす黒い感情が、身体から噴き出しそうだった。僕はその場にしゃがみ、兄さんの顎に手をかける。悲しみに濡れた瞳にぞくりとした。こんな表情の兄さんを見るのは初めてだ。
「兄さんこそ、どうしてクゼイと一緒になるの? どうして僕を捨てるの?」
「捨てるわけじゃない、ただ、おれはあいつと」
「捨てるんだよ。兄さんは僕を捨てようとしてる。世の中で僕のことが一番大事だって言ってたのに、うそをついた」
 夜眠るとき、冬の寒さに身体を寄せ合うとき、兄さんはいつも「ハイリがこの世で一番大事だ」と言ってくれた。僕はそれを信じた。心から信じて、一生をかけて兄さんを守ろうと誓った。
「裏切りだよ。挙句の果てに村を出ていけだって? その間にあの男の子を孕もうってわけ? そんなに僕が邪魔だったんだね」
 僕が十八の誕生日を迎えたとき、兄さんは「次の祝福の日にクゼイと婚姻をする」と照れくさそうに笑って言った。何が起こったのか分からなかった。
 たとえ二人が恋人まがいの遊びをしていたとしても、最後には兄さんは、僕を選んでくれると思っていたから。
 兄さんとクゼイの恋は、うそに違いない。
 僕はそう思い込もうとした。けれど、現実は容赦がなかった。兄さんとクゼイは婚姻を結ぶ。僕が何もしなければ、一緒になってしまう。
「僕は絶対に許さないよ」
「う……!」
 兄さんの胸ぐらを掴んで、無理やり立ち上がらせた。今は僕の方が頭ひとつ大きい。体格だってまるで違う。兄さんは僕が殴るとでも思ったのか、目をきつく瞑った。
 やっぱり、何も分かっていない。僕が兄さんをどんな目で見ていたのか。
「こっち」
 兄さんをベッドまで引きずっていく。足元に花弁が散った。混乱して言葉に詰まる兄さんを押し倒して、その上にのしかかる。二人分の重みに、ベッドが鈍く軋んだ。
「ハイリ?」
「ねえ、兄さん。クゼイとはもう性交はした?」
「な、何を言って……おれたちはまだ、婚姻前で」
「そう。兄さんたちがクソ真面目で助かるよ」
 あの男も、さすがに愛し子たる兄さんに手を出す度胸はなかったらしい。笑いが込み上げてくる。
 体重をかけて、乱暴に兄さんのシャツの前を開いた。兄さんは僕が何をしようとしているのか、まるで飲み込めていないようだった。力なく開かれた手から、白い花の紋様が見えている。
 可哀想だから、顔を近づけて教えてあげた。
「兄さん、僕と性交をしよう」
「え?」
「そうしたら、兄さんはもうクゼイの子を孕めないよね?」
 きれいな両目が見開かれ、兄さんは突然暴れ始めた。愛し子の身体は、初めて性交をした相手の子しか孕めない。兄さんにとっては最悪で、僕にとっては最高の状況だった。
 緊張と興奮で心臓が破れそうだった。僕は小瓶の蓋を指で押し開ける。瓶をあおり、中の粘液を口に含むと、そのまま兄さんに唇を合わせた。初めてのキスだ。乾いた感触だった。
「ん、ん……っ!」
 顎を掴んで口を開かせ、兄さんの舌の上に粘液を注いでいく。甘ったるい匂いが鼻を覆う。肩を強く叩かれたが、僕は退かなかった。哀れな人だ。僕を育てることに必死だったせいで、兄さんの身体は、細く弱い。
「は……っぁ、んん、んぅ」
 舌を差し込んで口内を掻き混ぜる。粘液を飲み込ませ、まだ残る粘りは舌を擦り合わせて塗ってやった。兄さんの喉が動くのを感じたとき、自然と唇が緩んだ。どちらのものか区別のつかない唾液が、兄さんの口の端から垂れる。
「な、なに……なんだよ、今の、何を飲ませた?」
 兄さんは怯えていた。それからじわじわと肌が赤くなり始め、息も荒くなる。体温が上がっているのを感じる。僕はすでに兆し始めた股間を押しつけながら告げた。
「催淫剤だよ。とびきり強くて質の良いのを買ってきたんだ」
「さい……? ハイリ、お前、いつ」
「兄さんに気持ちよくなってほしくて。ぜんぶ兄さんのためだよ」
 街の薬商からこの小瓶を手に入れたとき、偽物でも掴まされたのではないかと危惧していた。だが、どうやら本物だったようだ。兄さんの瞳が徐々に潤み、肌は汗ばみ始める。そして粘液を口に含んだ僕も、身体の芯が熱くなるのを感じていた。
「兄さん、好きだ」
 頬を撫でながら囁く。ずっと隠していた本当の想い。
 もう押さえつけておくことはできない。
「大好きなんだ。僕には兄さんだけ。ずっと兄さんを抱きたいと思ってた。クゼイよりも僕を選んでよ」
 兄さんの瞳には戸惑いが浮かんでいた。何か悪い夢でも見ているかのように、視線が泳ぐ。
 僕の言っていることは理解できても、飲み込むことはできないのだ。兄さんはどこまで行っても、僕の兄でしかない。
「……ハイリ。お前は、おれの弟で、だから」
 悔しくて悲しい。弟だから、これまで兄さんは僕に優しくしてくれただけだ。弟だから、僕は受け入れてもらえない。
 知っていた。どうしようもない心の隔たりがそこにある。だから僕は、好きなようにやる。いくら憎まれようとかまわない。
「っ、あ、やめろ、っ触るな!」
 兄さんの胸に手を這わせ、首筋を舐め上げた。催淫剤の効きがよほど良いのか、兄さんは触れるたびにびくびくと身体を跳ねさせる。つらそうにくり返される呼吸が、かえって僕の興奮をあおった。
「あ……っ、だめだ、ぁ、あ、ハイリ……っ」
 首筋を強く吸いながら、肉の薄い胸を揉む。兄さんは逃げようと身体をよじらせたが、感じているのは明らかだった。のけぞってさらけ出された喉に軽く噛み付くと、唇から甘い吐息が漏れた。肌に赤い花が咲く。
「痛いのが好き?」
「は、ぁ……ちが、っあ……あぁ」
 兄さんが僕の肩を押す。だが抵抗にもなっていない。次第に硬さを持ち始めた胸の先を摘むと、兄さんのまなじりから涙が一粒こぼれた。僕はその涙を吸う。
「ハイリ……ぁ、あ、やめてくれ……」
「でも気持ちいいんでしょう。ここをこんなに尖らせて」
「んんっ、あ……ちがう、ちがうっ」
 乳首を弄られるのが悦いのだろう、兄さんは首を振って鳴き始めた。弾くようにして虐めながら、もう片方の口を寄せて吸ってやる。
 兄さんは甲高い声を上げて、僕の髪を掴んだ。
「あ……っ! いやだ……っ、ぁあ、あっ、そんな」
 言葉では拒絶しながら、兄さんはねだるように胸をのけぞらせてきた。なめらかな肌が汗ばむ。わざと音を立てて乳輪ごときつく吸い上げてから、口内でいじらしい粒を転がした。肌のあちこちに痕をつけた。兄さんが足をばたつかせる。
「んん……っ、は、ぁ、あぁっ」
 喘ぎには甘さが混じり始めていた。兄さんに飲ませたのは、とりわけ効果の強い催淫剤だ。物覚えの悪い娼婦を躾けるための薬だと聞いた。飲めばどんな反抗的な者でも、たちまち男を求めるようになると。
「兄さん……」
「ハイリ……っ、ん、はぁ、んう……」
 瞳が澱み始めた兄さんに口づけて、夢中で舌を絡める。鼻から抜ける色めいた声にときめいた。僕しか知らない兄さんの姿だ。こんなかわいい兄さんを、誰にも見せたくない。
 兄さんが僕を咎めるように腕に爪を立てたが、抵抗と呼ぶにはあまりにも儚かった。
「あ……!」
 手を伸ばして兄さんの股間を撫でると、細い身体が大きく揺れた。兄さんは勃っていた。布越しに揉み込みながら囁いてやる。
「兄さん、気持ちいいんだね」
「は……っ、あ、ぁ、ちがうっ、こんなの」
「違わないよ。兄さんは弟に触られて興奮しているんだ」
 兄さんの目尻に涙が浮かぶ。悔しげに唇を噛むのが惜しいと思って、キスをして口を開かせた。貪るように唇を吸いながら、兄さんの陰茎を育てていく。
 兄さんは呼吸の合間に喘いでいた。先走りで湿りを帯びたそれは、僕の掌の中でどくどくと脈打っている。男の本能なのか、兄さんの腰が情けなく揺れた。切羽詰まった声が唇からこぼれる。
「あぁ、っ、あ、だめだ、ハイリ、だめ」
「いいよ、兄さん。射精して」
「や……ぁ、ああ、あぁ……っ!」
 ぎゅう、と僕の腕にしがみつき、兄さんはがくがくと下肢を痙攣させた。生温かい粘液が漏れるのが布越しに手に伝わり、青くさい匂いが広がる。
 下履きをずらして精子を指先ですくった。荒い呼吸をくり返す兄さんに見せつけるようにして、僕はそれを口に含んだ。
「濃いね。クゼイとはこういうことはしてこなかったの?」
「……っ、ふ、う」
 嘲りに似た僕の言葉に、兄さんは堰を切ったようにぼろぼろと涙をこぼし始めた。透明な粒がこめかみを流れていく。きれいだ。でも、胸が痛んだ。
 僕は兄さんを愛している。泣かせたいわけではなかった。けれど、ほかに兄さんを繋ぎとめておく手立てがない。
「大好きだよ」
 兄さんの抵抗は少しずつ弱くなっていった。過度の昂りのせいで、手足に力が入らないらしい。
 服を脱がせ、足を開かせた。兄さんは泣いていた。弱々しく僕の身体を押し返す姿は脆かった。愛し子たる兄さんの後孔は快感に反応して濡れ、僕の指をすんなりと飲み込んでいく。僕は小瓶に残ったわずかな催淫剤を内側に塗り込んだ。兄さんの全身から甘い香りが匂い立つようだった。
「ハイリ……っ、ぁ、あ、もう、許してくれ、謝るから……っ!」
「何も謝らなくてもいいよ」
「んんッ、はぁ……あ、あつい、っあ……う」
 指を増やしてじっくりと掻き混ぜる。はじめは頑なに閉じていた蕾は、次第に媚びるように指に吸いついてきた。中へと押し込むと内壁は締まり、抜こうとすれば愛液が窄まりから溢れる。内腿を吸って赤い痕を足してやる。
「あ……っ、ぁあ、あ!」
 兄さんは泣きながらも、確実に後ろで感じていた。陰茎がまた硬さを増している。この人は生まれつきの淫乱なのだ、と思えば、失望と喜びがないまぜになり、半端な笑みが出た。
 興奮でどうにかなりそうだった。この中に自分が入る、と想像しただけで喉が鳴った。
 兄さんが僕のものになる。僕の力で、僕のものにできる。
「兄さん」
 すでに痛いほどに勃っていた陰茎を取り出して、兄さんの秘所に当てがう。ひらかれたばかりのそこは従順に僕のものに吸いついて、力を込めれば簡単に入ってしまいそうだった。
「ハイリ……ッ!」
 はっとした表情に変わった兄さんが、僕の手首を掴んだ。兄さんは震えていた。ここまで来て、絶望に引き戻されたのだろう。大好きなクゼイのために大事に守ってきた純潔を、兄さんは今、弟に奪われようとしている。
「頼む……考え直してくれ」
「…………」
「こんなのだめだ……お前が大事なんだ。だから」
「考えたよ」
「え?」
「たくさん考えた。考えた結果がこれなんだ」
 兄に思慕の念を募らせるなんて不毛でしかない。そんなこと分かっている。分かっているから心を捻じ曲げて諦めようとした。
 でもできなかった。兄さんの幸せが僕の幸せ、だなんて綺麗事は飲み込めない。離れるのはいやだ。どんな建前も聞きたくない。
 兄さんと一緒でなければ、僕はまともに息もできない。
「っあ、ぁ、あぁ……!」
 腰に力を込めて、兄さんの中へ入っていく。兄さんがきつく僕の手首を掴む。ぬかるんだ熱さに眩暈がした。
「だめ、だめだ」
 抜いてくれ、兄さんが僕を見つめて懇願する。まだ間に合うとでも思っているのだろうか。泣きすぎて目が腫れていた。僕がやった。すべて僕の意思でやったことだ。
 兄さんの額にかかった前髪を指先で避ける。
「ごめんね、兄さん」
「……ハイリ」
「やめてあげられない」
 目を瞠った兄さんに構わず、腰を押し進めた。兄さんはもう声も出ないようだった。はくはくと口を開閉し、力なく涙を流していた。
 僕の陰茎が兄さんの内側を押し広げていく。格別の悦びに身震いした。すぐにでも吐精しそうになるのを堪えて、腰を引き、また押し込む。兄さんの身体はそのたびに跳ねた。
「ハイリ」
 兄さんが僕の胸を押す。僕はそれを無視して、徐々に腰の動きを速めた。兄さんの身体がそうであるように、僕もまた催淫剤により昂りを止められずにいた。兄さんの肉壁が従順に絡みついてくる快感に、何も考えられなくなる。
「兄さん、兄さん」
 兄さんの両手の掌に、白い花が咲いていた。神の愛し子。男に抱かれるために生まれた性。
 ベッドが軋む。兄さんが快感に負けて声を上げ始めた。涙はまだ枯れないらしい。繋がった箇所からいやらしい水音が響いていた。気持ちいい。夢中で腰を打ちつける。兄さんのつま先がぎゅっと丸まった。感じているのだ、と思えば嬉しかった。その裏で、心はしんと冷えていく。
「兄さん、中で出すよ」
 兄さんが顔を歪めた。そんな表情ですら愛おしい。
 散々好き勝手に兄さんの身体を貪り、僕は一番深いところで欲を吐き出した。頭が痺れるほどの悦楽に浸りながら、さらに腰を押しつける。
「……僕のものだ」
 これでもう、兄さんは誰とも結ばれることができない。
 ため息が出るほどの安堵とともに、兄さんを抱きしめた。

 僕はその夜、幾度も兄さんを抱いた。
 兄さんはもう拒絶しなかった。僕との性交がなされた時点で、すべてを諦めるしかなかったのだろう。兄さんは身体を本能に委ね、最後には快楽だけを追っていた。
 僕たちは覚えたばかりの官能に夢中になった。体位を変え、休むことなく交わる。はしたない言葉で行為をねだられ、僕はそのたびに兄さんの中で精を放った。頭の中が真っ白になる。兄さんの足が僕の腰に絡んだ。僕たちは飽きることなく口づける。まるで恋人同士のように。
 退廃する空気のなかで、僕は間違っているという想いだけは揺らがなかった。


 ◆


 先に目を覚ましたのは僕だった。
 まだ覚醒しない頭のまま身体を起こすと、窓の外は白み始めていた。頭が痛い。
 僕と兄さんは夜通し交わり、最後には力尽きて眠ってしまったらしい。身体は汗と精液と唾液で汚れていた。隣に横たわる兄さんはもっとひどかった。肌のあちこちに鬱血の痕がある。僕の独占欲の証。
 寝息を立てる兄さんの顔は穏やかだった。
 子どものころから、夜中に目を覚ましてもすぐ近くにこの寝顔があった。僕はその頬に触れ、いつか幸せにしてあげたいと願った。子どもの独りよがりだ。そんな力もないくせに、夢ばかりが大きい。
「っ、う……」
 額を押さえて俯いた。僕に泣く資格なんかない。けれど次から次へと涙が浮かんではこぼれていく。
 心臓が引きちぎれそうだった。僕は望みを叶えた。身勝手で、兄さんを不幸にする望みだ。あれほど僕に尽くしてくれた兄さんの幸福を、僕自身が潰してしまった。くしゃりと前髪を握る。
「僕は、なんてことを」
 兄さんはもう、クゼイと一緒になることはできない。
 たとえ表面上取り繕ったとしても、愛し子である兄さんの身体は、僕のものになってしまった。いくら悔やんでも遅い。長年想い合った二人の心を、子どものような癇癪で僕が台無しにした。
 兄さんのことが好きだ。僕から離れないでほしかった。
 でもこんな望みを叶えたとして、一体何が残るんだっていうんだ。
「ハイリ?」
「……兄さん」
 僕の嗚咽で目を覚ましたのか、兄さんがゆっくりと身体を起こした。身体が辛いのだろう、眉をひそめてからこちらを見る。
「兄さん、僕は」
 謝罪すらもおこがましい。そう思って言葉を止めた。
 僕は卑怯だ。こんなときでもまだ、兄さんに許されたいと思っている。
 僕の唯一の人。この人に見捨てられるくらいなら、いっそいなくなってしまったほうがいい。
「泣くなよ、ハイリ」
 兄さんは困ったように微笑むと、僕に両手を伸ばしてきた。そしてそのまま、華奢な腕で僕を抱きとめる。
 僕がよく知る、優しく穏やかな兄さんだった。首筋に顔を埋めると、ますます涙が止まらなくなった。兄さんの匂いだ。兄さんは変わらない。僕だけが異常なのだ。もっとまともで、兄さんを祝福できる弟でありたかった。
 あたたかい手が、僕の頭を撫でる。僕は目蓋を閉じた。兄さんの体温だけを感じたい。
「お前が自分で決めて、自分でやったことだろ」
 その通りだった。僕が決めて、選び取った。兄さんに欲望を押し付けた。僕の内に潜む凶暴な自分が、兄さんを傷つけたのだ。
「かわいくて小さい、おれの弟」
 とろけるような甘い囁き。兄さんは笑っていた。楽しくてたまらないとでも言うように。
 頭の端が痺れていた。僕は目蓋を開ける。
 窓からは朝の光が差し込み、白い花びらが散る床を照らしていた。
 そこでは踏み躙られた花冠が、醜く朽ちるそのときを待っている。
 兄さんが歌うように言う。

「やっと抱いてくれたな、ハイリ」

 祝福の日が、訪れた。

 

関連外部サイト

PAGE TOP