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闇の小説部門 選考通過作品 『ヘルマフロディトスの恋』

2024/10/25 16:00

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『ヘルマフロディトスの恋』

 

 

あらすじ
大正十二年九月二十日。堂上華族家の嫡男として生まれた神楽坂旭(かぐらざか・あさひ)は、イタリア留学を経て、一年ぶりに帰国した。関東大震災の被害に遭い、倒壊した生家にショックを受ける。しかも父親の兵衛(ひょうえ)は昏睡状態だった。幸い神楽坂紡績の東京支社は倒壊を免れ、旭は叔父・雅典(まさのり)との再会を果たす。  旭は両性具有であり、十歳の頃から父と叔父から性的虐待を受けてきた。叔父と再会した夜にも凌辱されてしまう。  旭は家令の崎守太郎(さきもり・たろう)と共に、軽井沢の別荘に行くことになった。別荘で旭を待っていたのは、倒壊した屋敷の座敷牢から見付かったという、金緑色の目を持つ白髪の男だった。  男は別荘内の座敷牢に囚われ、鎖で繋がれていた。旭は、七年前に蔵の中で出会った飛鳥(あすか)だと直感する。崎守の話から、飛鳥が実の兄だとわかった。

※こちらの作品は性描写がございます※ 

 

『ヘルマフロディトスの恋』
竹薗水脈
 
ヘルマフロディトス【Hermaphroditos】
 ギリシア神話の男女両性をそなえた神。ヘルメスHermēsとアフロディテAphroditēの合成語。オウィディウスの《転身物語》によれば、ヘルメスとアフロディテの息子で、泉のニンフ、サルマキスSalmakisに恋され、彼女と一体となったため、男女両性をそなえることになった、と説かれる。古代から美術作品も豊富。なお、ギリシア語の同義語にアンドロギュノスandrogynosがある。
『世界大百科事典第二版』より
 
 親愛なるサルヴァトーレ神父様。
 この二年間に渡り、百を超えるお便りをいただき、大変嬉しく思うと同時に、返事が今頃になってしまったことを、心苦しく思っております。
 神父様もご存じかと思いますが、二年前――一九二三(大正十二)年の九月一日に起きた地震により、わたくしが十五年間暮らした麹町の屋敷は全壊しました。そのため、麹町から軽井沢の別荘、軽井沢から田園調布へと移り住んでいたため、わたくしの手元に届くのが遅れてしまったのでございます。
 神父様はお手紙の中で、わたくしにイタリアに戻るよう、何度もおっしゃってくださりましたね。わたくしと共に生きるためなら、主に背くことさえも厭わないとまで……。
 お気持ちは大変嬉しいのですが、わたくしは、イタリアには戻りません。兄の飛鳥(あすか)と共に、帝都東京で、静かに暮らしていきとうございます。
 末尾になりましたが、どうか神父様も、ローマにてお健やかにお過ごしくださるよう、心からお祈り申し上げます。
大正十四年九月二十日 神楽坂(かぐらざか) 旭(あさひ)
 
◆ ◆ ◆
 
   1
 
 サルヴァトーレ神父様。神父様が混乱されるのも当然だと思います。イタリア留学の折にお世話になった神父様には、真実をお伝えしようと思います。どうかわたくしの稚拙な文章に、お付き合いくださいませ。
 わたくしは二年前、父と叔父を残虐な復讐鬼に殺されました。
 三つ上の兄、飛鳥の毛髪は、二十二歳の若さで老人のそれのように白く変わり果ててしまいました。整った眉の間には、深い皺が刻まれており、兄が経験した恐ろしい出来事を、物語っているように思えてなりません。
 ここで少し、わたくしの家族のことを、神父様にお伝えしておきましょう。
 一九〇六(明治三十九)年十二月二十五日、わたくしは堂上華族である神楽坂子爵家の嫡男として生まれました。
 父の兵衛(ひょうえ)は、当時まだ爵位を継いでおりませんでしたが、わたくしは間違えなく嫡流でございます。
 神父様もお気付きでしょう。わたくしは、二年前にイタリアから帰国するまで、飛鳥が兄だということを知らなかったのです。
 我が父――兵衛は、身の丈一八〇センチ。日に焼けた浅黒い顔をしており、現役将校顔負けの鋭い眼光と堂々たる体躯を併せ持っています。
 対して、叔父の雅(まさ)典(のり)は、優雅な華族社会を体現しているような男性です。身長は一六〇に届かず、わたくしと同じくらいです。父と並ぶと、まるで大人と子供のよう。世が世なら歌や管弦に親しみ、日がな一日過ごしていたことでしょう。
 維新後、生活力の乏しい公家華族の多くが没落していきました。明治から大正へと時代が変わり、困窮する公家華族が多い中、神楽坂子爵家は、莫大な富を築いておりました。祖父の和巳(かずみ)が買い占めた信濃の紡績工場が急成長を遂げ、競合他社を次々に買収し、事業を拡大していったのでございます。
 
   2
 
 二年前の出来事をお話しする前に、子供の頃のことを神父様にお伝えせねばなりません。本筋に大きく関わる事柄ですので、何卒ご了承ください。
 当時わたくしは、麹町の子爵家の邸宅に住んでおりました。母の依子(よりこ)は既に亡くなっており、わたくしは、乳母であり女中頭でもある初(はつ)に育てられました。父と叔父にたいそう可愛がられ、何不自由なく暮らしておりました。
 いいえ。嘘・偽りを申し上げるのはよしましょう。幼き頃のわたくしは、決して幸せではございませんでした。
 神父様はご存じでしょう。わたくしの体は、男性と女性、両方の身体的特徴を有しております。わたくしには、男性器と女性器の他、乳房と呼べるほどの胸の膨らみがあるのです。
 わたくしはこの呪われた体のせいで、十(とお)の頃より、父と叔父から、性的虐待を受けて参りました。
 たった十歳の子供に、どんな抵抗ができたというのでしょう。相手は大人の男性です。力で敵うはずがありません。父と叔父は、二人がかりでわたくしの自由を奪い、代わる代わるわたくしの女性器に、男根を突き立てました。未発達だったわたくしの女性器は、泉のように血を溢れさせておりました。わたくしは激しい痛みと屈辱に耐えながら、嵐が過ぎ去るのを待っていることしかできなかったのです。わたくし達三人は、時には折り重なって情事に及んでおりました。父と叔父は、わたくしの女性器のみならず、後ろの秘門まで同時に貫くこともあったのでございます。
 何度も何度も犯されていくうちに、しだいに痛みの感覚が麻痺していきました。父の男根を咥え込んでいるのは自分ではない。そう思うようになったのです。わたくしは、凌辱されているわたくしを、無表情で俯瞰しているわたくしに気付きました。わたくしはもう一人のわたくしの人格を作り上げていったのです。凶暴で狡猾な、ことさらに色と血を好む、わたくしの魔性を――。
 ある時、わたくしは父と叔父の責め苦から逃れるために、土蔵の中に逃げ込みました。庭の外れにある、普段は錠前で閉ざされているはずの開かずの扉が、何故か開いていたのでございます。
 蔵の奥には、地の底へと続く階段がありました。わたくしの指先は小刻みに震え、暑くもないのに、冷や汗が滲み出ていました。足に力が入らず、膝が笑うような感覚がありました。気を抜けば足を踏み外し、奈落の底に落ちていくように感じられたのです。
 小さな子供が恐れを抱きながら、好奇心に身を任せて、手探りで暗闇を進んでいくように。わたくしの心は、微かに高揚していました。わたくしは、この時ばかりは父と叔父の呪縛から解放され、畏怖の念に身を任せることで、恐怖感を楽しんでいたのです。
 穴の底は、ロウソクの炎に照らされておりました。土壁を掘って、ロウソクが常備されていたのです。
 わたくしはおののき、悲鳴を上げました。仄明かりに照らされ、格子状になった檻の向こうに、猫の目のような金色の瞳が見えたのです。
 わたくしの心臓は、狂わんばかりに脈動し、掌は汗ばんでおりました。息も絶え絶えに、それでもわたくしは目を凝らして、檻の中を見詰めました。暗がりに目が慣れてくると、猫の目ではなく、人間の瞳が金色に輝いているのだとわかったのです。
 ロウソクの炎と同じように、わたくしの心も揺らめきました。わたくしは、彼に目を奪われていたのです。
 彼は西洋人めいた、鳶色の髪をしておりました。年の頃は、わたくしよりも少し年上でしょうか。一度も日の光を浴びたことのないような、青白い肌をしておりました。今思うと、わたくしは彼を一目見ただけで恋に落ちてしまったのかもしれません。この世のものとは思えぬような、大層綺麗な少年だったのでございます。
 浅はかなわたくしには、少年が蔵の地下の、こんなところに囚われているということに、考えが及びませんでした。
「君は……」
 思わず身を乗り出すと、木製の柵が腐りかけていたのか、わたくしは前のめりに倒れました。
 畳の上に倒れ込んだわたくしは、信じられない光景を目にしました。少年の身に着けていた着流しは、あまりにも小さ過ぎるものでした。伸びやかな肢体には、縛られた痕があり、足首には鉄の鎖がつながれていたのです。
 ぷうんと、甘い臭いが鼻を刺しました。檻の中には、今まで嗅いだことのない乳のような甘ったるい臭いが充満しておりました。
 ああ! この少年も、僕と同じなのだ。
 わたくしはこの時、悟ったのでございます。
「僕は、飛鳥」
「飛鳥……!」
 わたくしは無我夢中で、飛鳥にすがり付いておりました。
「ねえ……! 僕と一緒に逃げて!」
 飛鳥は目を見張り、わたくしを見返しておりました。やがて、静かに口を開いたのです。
「僕は逃げられない。鎖でつながれているんだ。けど、君の力になれるかもしれない」
「嘘だ! 僕の力になるなんて、嘘っぱちだ! きっと君だって、僕の秘密を知ったら、僕を嫌いになるに決まっている!」
 わたくしは滝のように涙を流しながら、ヒステリックに叫び続けました。
「お父様と叔父様が、毎日のようにおっしゃっている。僕が、僕の呪われた体が、お二人を狂わせているのだと……!」
 声を震わせ、泣き崩れるわたくしを、飛鳥は何も言わずに抱き締めてくれました。そして、顔を上げたわたくしに、接吻したのでございます。わたくしは当時、父とも叔父とも口付けを交わしたことはありませんでした。わたくしにとって、初めての接吻だったのです。今にして思えば、彼なりの契約の証だったのかもしれません。
「殺してあげるよ。僕がいつか、君の代わりに、君のお父様と叔父様を、殺してあげる」
「旭! 何をしている!」
「……アサヒ……」
 わたくしは、飛鳥がわたくしの名前を唱えるのを耳にしました。
 駆け付けた父と叔父によって、わたくしは屋敷に連れ戻されました。二人がかりで激しい打擲を受け、鞭や張形がわたくしを責め苛みました。地獄の責め苦は三日三晩続き、わたくしは熱病に犯され、半死半生の淵を彷徨いました。
 いっそ、あの時死んでいれば、どれほど良かったか。そう思わずにはいられません。
 やっと起きられるようになってから、わたくしは庭の外れを訪れました。開かずの蔵はものの見事に消え去り、地面には埋め立てた跡が残っていました。飛鳥はわたくしの前から消えてしまったのです。それ以来、イタリアから帰国するまでの間、飛鳥とは一度も会っていません。
 
   3
 
 神父様もご存じの通り、わたくしは三年前、十六歳でイタリアに渡りました。
 わたくしの体は、わたくしの意に反して、日に日に女性に近付いていたように思います。恐ろしいことに初潮を迎えてしまい、乳房まで膨らみ始めたのでございます。わたくしは、恐れおののきました。このままでは、父や叔父の子供を、この身に宿してしまうかもしれない。呪われた体に禁忌の子を身籠ることを、わたくしは恐れたのです。
 わたくしは、家令の崎守(さきもり)に秘密を打ち明け、イタリア留学を決行しました。教皇様のおわします、かの国に行けば、わたくしの呪われた体も、浄化されるやもしれぬ。わたくしは、そう思っていたのかもしれません。
 幼き頃より英才教育を受け、イタリア語の読み書きができたとはいえ、身ひとつで見知らぬ国を訪れたわたくしに、神父様は親切にしてくださりましたね。神父様が救いの手を差し伸べてくださらなかったら、わたくしはすぐに帰国して、父と叔父の子をこの身に宿していたのかもしれません。
 サルヴァトーレ神父様。覚えておいでですか。あなた様はわたくしの容姿を、美しいと言ってくださりました。
 黒曜石のような大きな瞳。ケシの花のように真っ赤な唇。学友から「ビスクドールに似ている」と言われた自分の顔を、神父様のおかげで、少しだけ好きになることができたように思うのです。
 ――神父様。自分を愛せないわたくしに、隣人を愛する資格はあるのでしょうか。
 サルヴァトーレ神父様。そう問いかけたわたくしに、あなた様はこうおっしゃいました。
 ――あなたを愛し、あなたに愛される人が、必ず現れる。願わくは、それが私であってほしいと切に思う。
 そう聞いて、わたくしは告解室を飛び出し、あなた様の胸に飛び込んでおりました。わたくしは夢中で制服を脱ぎ、あなた様に肌をさらしていたのです。少女のように膨らみ始めた乳房。男性器と女性器を併せ持つ、このわたくしの肢体を、あなた様に見ていただきたかったのです。わたくしの呪われた体を知った上で、あなた様のように清らかなお方に、わたくしを愛していただきたかったのでございます。
 ああ! わたくしはなんと浅はかだったことか! わたくしは、あなた様にとっての禁断の果実! いいえ。わたくしは、イブを欺き知恵の身を食べさせた悪魔そのもの! わたくしは、あなた様の天国の門を閉ざしてしまいました。
 神父様。あなた様は、わたくしに官能の悦びを教えてくださりました。父や叔父に抱かれている時は、痛みしか感じなかった情事ですが、硬い蕾がほころんでいくように、わたくしは快楽に溺れ、自ら腰を振るようになりました。わたくしは生まれて初めて、愛し愛される悦びを知ったのでございます。
 神父様。覚えておいででしょうか。
 告解室で口付けを交わした日々。ルームメイトの留守中に、わたくしの部屋で、サルヴァトーレ神父様のお部屋で、愛を確かめ合った日々を。時には主の御前で、愛し合ったこともありましたね。
 わたくし達はある時、告解室で口付け交わしているところを、ルームメイトのミケーレに見られてしまいました。神父様の衣服は乱れてはいませんでしたが、わたくしは裸も同然で、言い逃れができない状況でした。わたくしは、男性にはあるはずのない女性乳房を、ミケーレにさらしてしまったのです。
 寮に戻るなり、ミケーレはわたくしを押し倒しました。わたくしの制服を引き剥がし、ミケーレはわたくしの硬くなっていた男根にしゃぶりついてきました。わたくしは体の秘密がばれてしまうことを恐れ、必死になって両腕で乳房を覆い、足を閉じようともがきました。ところがミケーレは、既にわたくしの秘密に気付いているようでした。それどころか、ミケーレはわたくしの弱いところまで熟知していたのです。わたくしが、夜な夜な神父様に恋い焦がれ、悲しき肉体を慰めていた姿を、ミケーレに見られていたらしいのです。わたくしは嬌声を上げて、強過ぎる刺激に耐えていました。ミケーレは鈴口を舐り、裏筋を舐め上げ、あっという間にわたくしを忘我へと導いていきました。
「愛している。神父様と寝ないでほしい」
 目を覚ましたわたくしに、ミケーレはそう告げました。
「自分だけのものになってほしい」と言われ、わたくしの心は揺れました。サルヴァトーレ神父様は、既にわたくしの一部になっておりました。ですが、留学してから、ずっとわたくしに良くしてくれたミケーレは、わたくしの心の支えだったのです。
 わたくしは、教会では神父様に抱かれ、部屋ではミケーレに抱かれるという日々を送っておりました。
 信仰に生きるために留学したはずが、わたくしはいつの間にか、淫欲に溺れていたのでございます。
 愛する二人の男性、そのどちらも選ぶことができず、肉欲と信仰の狭間で、心が揺れ動く日々を送っていました。
 
   4
 
 大正十二年九月一日午前十一時五十八分、関東一円が未曽有の大災害に見舞われました。わたくしがイタリアで知らせを受け、帰国の途についたのは、地震発生から二週間余り経過した、九月二十日のことでした。
 わたくしは十六歳でイタリアの神学校に留学していたため、一年ぶりの帰国となりました。
 家令の崎守太郎(たろう)が、港でわたくしを出迎えました。
「坊ちゃま。よくぞお戻りになりました。ご立派になられて」
 崎守はわたくしを見て涙ぐみました。家令として家を守っていた彼の苦労が窺い知れました。わたくしは崎守に労いの言葉をかけました。
 崎守は一言で言うと、カミソリのような男です。糸目で、彼が目を見開いているところは、数えるほどしか見た覚えがありません。どちらかといえば端整な顔なのに、目尻の皺はさることながら、眉間に深く刻まれた縦皺が、三十六歳という年齢より、老けた印象を与えています。
 地震の揺れもさることながら、大規模な火災が発生し、被害が拡大したと話には聞いておりましたが、帝都東京を襲った大震災は、わたくしの想像を遥かに超えておりました。
 倒れた電柱やガス灯。横倒しになった路面電車の車両は、焼け焦げておりました。火はとうに消し止められたはずなのに、そこかしこから異臭が漂ってくるように思えてなりませんでした。
 地面には亀裂が走り、倒壊した家屋の残骸が道路を塞いでおりました。わたくし達は歩いて麹町の屋敷を目指すことになりました。
 結論から申しますと、神楽坂邸のあった場所は、瓦礫の山となっておりました。目を凝らすと、懐かしい柱や調度品の数々が見受けられました。ひしゃげたシャンデリア。縮れたビロードの絨毯。精緻な装飾が見られるのは、暖炉の飾り棚でしょうか。十六年間暮らした家が見る影もなく消え失せたというのに、わたくしは泣くことも叫ぶこともせず、ただ呆然と立ち尽くしておりました。あまりにも衝撃が大きく、感情に蓋をしてしまったのかもしれません。
 何もせずに佇んでいるわたくしに、崎守が声をかけました。
「実は、旦那様が」
 崎守はわたくしに、父――兵衛が意識不明の重体であると告げたのです。
 わたくしと崎守は、父が入院している病院に駆け付けました。世話役の女中が、わたくしを見て頭を下げました。
 崎守の話では、地震発生当時、父は屋敷にいて頭を強く打ったそうです。目を閉じたままの父の頭部には、幾重にも包帯が巻かれていました。
「お父様」
 わたくしには、目の前の光景が信じられませんでした。ベッドに横たわっている男は、本当に父なのでしょうか。筋骨隆々として、軍人顔負けの体躯の持ち主だとは、とても思えなかったのです。
 わたくしは、震える指で父の手を取って握り締めました。父の掌は温かく、包帯さえなければ、眠っているように見えたことでしょう。手の甲には痣が見られ、細かい傷が皮膚を覆っておりました。
 わたくしは、父の弱々しい姿を見詰めているうちに、悪魔が身の内で囁くのを耳にしました。
 ――今なら殺せる。
 ――今首を絞めれば、この男は絶命する。
 わたくしの中の悪魔が、そう申していたのです。
「いけません。坊ちゃま」
 崎守に手首を掴まれ、わたくしは我に返りました。気が付くとわたくしは、父の首筋に手を伸ばしていたのです。
 わたくしは自分自身が恐ろしくなり、後ろに飛び退きました。
 汗ばんだ自身の掌を見詰め、身の内に巣食った明確な殺意を感じ取っていたのです。
 崎守は怯えるわたくしを、部屋から連れ出してくれました。
 次に訪れたのは、叔父のところでした。
 幸い神楽坂紡績の会社の建物は倒壊を免れておりました。実害も少なくてすみ、叔父が寝泊まりしているそうです。
 わたくしは神楽坂紡績東京支社で、一年ぶりに叔父、雅典との再会を果たしました。叔父は父と八つも年が離れているせいか、独身であることもあり、わたくしにとっては兄のような存在でした。
 わたくしは、叔父が無事であることに安堵して、ぽろぽろと涙を零しておりました。幼き頃より、性的虐待を受けていたとはいえ、身内であることには変わりありません。たった独り、異国の地で報告を受けてから、わたくしの心は張り詰めていたのかもしれません。堰を切ったかのように、涙が後から後から溢れて参りました。叔父は黙ってわたくしのそばに立ち、小さな子供をあやすように背中を叩いてくださりました。わたくしは肉親の優しさに感極まり、ますます噎ぶように泣きました。
 簡単な食事をすますと、叔父がわたくしにこう言いました。
「旭は崎守と一緒に、軽井沢の別荘に行くといい」
「叔父様はどうされるのですか」
「私は東京でもう少し、やることが残っている」
 当時、東京にある企業の大半が窮地に追い込まれていました。神楽坂紡績は、東京支社は罹災したものの、本社と工場は信濃にあり、会社として機能しておりました。
 神楽坂紡績の創業者である祖父は、わたくしが子供の頃に亡くなりました。二代目社長である父が意識不明のため、重役である叔父が、会社と従業員を守っていかなければならなかったのです。
 夜が更けた頃、叔父がわたくしにこう言いました。
「長旅で疲れているだろう。私のベッドで休むといい」
 恐怖で、身が竦む思いがいたしました。恐れていたことが、とうとう現実になってしまったのです。不順ではありましたが、わたくしには、月のものがございました。叔父と体を重ねてしまえば、罪を犯すことになってしまうかもしれないのです。
「雅典様。坊ちゃまは疲れていらっしゃいます」
「だから、私のベッドで休めと言っているのだ」
 叔父は、異見する崎守を睨みました。わたくしに、抵抗することは許されなかったのです。
 叔父の責め苦は、明け方まで続きました。
「……っ……あっ! ……ああっ、んぅ……」
 父に比べると力の弱い叔父には、わたくしを力尽くでどうこうすることはできません。叔父は、薬品を嗅がせてわたくしを眠らせました。気付いた時には、衣服を全て奪われ、寝台の上で縛られていました。
 叔父はわたくしを後ろ手に縛り、股を裂いて足首を寝台の脚につなげていたのです。叔父が慣らしたのか、わたくしの秘門には、既に張形が収まっておりました。叔父は乳房を力任せに揉みながら、ろくにほぐさぬ秘裂に男根を突き立ててきたのです。
「ひぁっ! ……ぅ……」
 叔父の冷酷な瞳が、わたくしを射抜きました。
「瑠璃子(るりこ)に似て、おまえは締まりがいい。やはり、あれは駄目だ。おまえとは比べものにならない」
 わたくしには、叔父の言葉の意味がわかりませんでした。わたくしの母の名前は、『依子(よりこ)』です。『瑠璃子』という名前すら、聞いたことがありませんでした。
「ひぎゃっ! ……ぐっ……あ……」
 潤っていなかったはずの秘所は、いともたやすく、滾った叔父の男根を呑み込んでおりました。それどころか、快感まで生み出していったのです。
「おまえの留守中は、あれに、代わりをさせていた」
 叔父は、わたくしを犯しながら、滔々と語り続けておりました。
「兄上もおっしゃっていたよ。『同じ息子でも、おまえが一番良い』と」
 わたくしは快感に見悶えながら、必死に頭を巡らせておりました。わかったことといえば、父と叔父がわたくしの留学中に、別の誰かを抱いていたことのみです。わたくしは自分のことを、一人っ子だと思っていました。『同じ息子でも』という言葉の意味が、その時はわからなかったのです。
 わたくしの内側に、純然たる殺意が生まれた瞬間でした。あの時、父の首を絞めて殺しておけば良かった。ふつふつと、まるでマグマのように、怒りが湧き上がってきたのです。
 わたくしは、父と叔父にとって、唯一無二の存在ではなかった。わたくしは、『瑠璃子』という女の代わり。わたくしに代わるものは、既に存在していたのです。
「はあっ! ……っ……あ、ああっ……!」
 叔父は、勃ち上がった乳首に爪を立て、痛いくらいに勃起した男根にまで、手を伸ばしてきたのです。
「や……あっ……は……んんっ……」
 わたくしは、淫らに反応してしまう、自分自身の肉体を呪いました。叔父は張形でわたくしの秘門をえぐり、秘裂への激しい抽送を繰り返しました。
「いっ……あっ、あああんっ! ああああああっ!」
 とうに白濁も尽きたというのに、絶頂はわたくしを苦しめ続けました。わたくしはエクスタシーを存分に味わい、気を失ってしまったのです。
 気付いた時には、ガウンで傷付いた体をくるまれ、崎守の腕の中におりました。崎守はわたくしを、自身が泊まっている使用人部屋に連れてきたようでした。
 崎守はわたくしを布団に寝かせ、三つ指をついてこう言いました。
「僭越ながら、私が手当てして差し上げてもよろしいでしょうか」
 わたくしは力なく頷きました。
 崎守は、わたくしからガウンを取り去り、わたくしの体中にちりばめられた叔父の痕跡に、ひとつひとつ軟膏を塗り込んでいきました。
 うなじや鎖骨の窪み、乳房、脇腹、内腿、男性器、ありとあらゆるところに、叔父の噛み痕が残っておりました。
「失礼いたします」
 崎守は静かにそう告げて、出血したわたくしの秘裂に、指を挿し入れたのでございます。
「おまえだけだ」
 わたくしの声は、ひどく掠れておりました。
「おまえだけだ。僕の体に触れて、欲情しないのは」
 崎守は渋面を作って、手当てを続けておりました。それもそのはずです。わたくしは、崎守が欲情していることに気付いておりました。
 崎守は聖人君子の仮面を被りながら、わたくしの傷付いた体に触れ、股間を硬くしていたのです。
 わたくしは、凶暴な衝動に駆られました。目の前にいる、従順な振りをした肉食獣を、いじめてみたくなったのです。
 わたくしは崎守に抱き上げられて自動車に乗り込み、軽井沢に向かいました。生き残った他の使用人たちも、既に別荘に移動しているそうです。ただ、女中頭の初は震災で亡くなってしまったと、軽井沢に向かう車中で崎守から聞かされました。
 
 
   5
 
 軽井沢の別荘に到着してからも、わたくしはしばらく起き上がることができませんでした。
 いいえ。わたくしは、起き上がれない振りをしていたのです。かつて、神学生ミケーレを奸計に陥れ、化けの皮を剥がしたように、虫も殺さぬような顔をした男の本性を、暴いてやりたくなったのです。
 ここには、父がいません。叔父もいません。わたくしを害する邪魔者は、誰もいないのです。わたくしは、束の間の自由に、目が眩むような解放感を覚えていたのでございます。
 わたくしは、かろうじて襦袢のみを身に着けた状態で寝台に横たわり、膝を立てて脚を大きく広げておりました。
「……んっ……」
 崎守がわたくしの秘裂に軟膏を塗り込んでいる時、わたくしはわざと艶めいた声を出しました。びくりと、崎守が指先を引き抜きます。花芯に指が引っ掛かり、わたくしは喉を仰のかせて熱い吐息を漏らしました。
「は……あ……んっ……」
 崎守が生唾を呑み込んだのがわかりました。
「……ん……あ……」
 わたくしはゆっくりと体を起こしました。肩にかかっていた襦袢が落ち、わたくしの体を隠すものは、もはや何もありません。
「坊ちゃま……!」
 崎守が声を荒らげます。わたくしは、身を引こうとした崎守の手を取り、指先を口に含みました。上目遣いで崎守を見詰めながら、指の間まで舌を這わせたのでございます。
「ぼ……ちゃ、ま……おやめ、くだ……さ、いっ……!」
 崎守の声は、泣いているかのように震えておりました。崎守は、目元を朱に染めて、息を荒くしながら、唇を噛み締めて体を小刻みに震わせていたのです。おそらく武者震いのようなものでしょう。興奮していたのは明らかでした。その証拠に、彼の一物が布を押し上げておりました。
 わたくしは、大きな瞳に涙を溜めながら、崎守の指先を潤った秘裂に宛がったのです。
「坊ちゃま! お戯れが過ぎます!」
「崎守、僕が好きか?」
 崎守の指先が、強張っているのがわかります。少しでも指を動かして、わたくしに触れてしまうことを恐れているようでした。
 崎守はわたくしの顔をじっと見詰め、やがて深く頷きました。
「この崎守、坊ちゃまがお小さい頃から、坊ちゃまに忠義を尽くして参りました」
「そうじゃない!」
 わたくしは語調を強めました。
「そうじゃないんだ。僕が言っているのは、そういう意味じゃないんだ。セクシャルな意味で言っている。性的な意味で、僕が好きかと――抱きたいかと聞いているんだ」
「な……何をおっしゃいます!」
 崎守は耳まで赤く染め、慌てた声を出しました。
 崎守の熱に反応し、わたくしの秘所は、蜜を垂らし続けておりました。痺れを切らしたわたくしは、指先を深く突き入れたのです。
「ひあっ! あ、あっ! ……」
 わたくしは小刻みに震えながら、助けを求めて崎守を見詰めました。
「ここが、疼くのだ。知っているだろう。穢らわしい僕の肉体は、男なしではいられない。僕のことが少しでも好きなら、僕を救ってくれ」
 崎守はわたくしの秘所から指を引き抜くと、ズボンの前をくつろげました。崎守の巨大な陰茎は、はち切れんばかりに脈動しておりました。あぐらをかいた膝の上に、わたくしの裸の肉体を抱き上げたのです。
「あっ……さき、も……あっ! ……んんっ! ……」
 崎守は怒張した男根でわたくしを貫きました。
「あ、あっ! ……ああっ! ……」
 崎守は見た目にそぐわない、立派な男根の持ち主でした。太く、長さもある男根が、わたくしの狭隘を抉じ開けていったのでございます。
「ご自分を穢らわしいなどと、二度とおっしゃらないでください」
 崎守の力強い声音に、わたくしは薄目を開けました。崎守が真摯な瞳でわたくしを見返していたのです。
「この崎守、あなた様のためなら、この命さえも捧げる所存でございます。なんなりと、崎守に申し付けください。あなた様が、この私を受け入れてくださるなんて、夢にも思っていませんでした。お小さい頃から、お慕い申しております。私は、あなた様のためなら死ねます」
 崎守は熱っぽくそう告げて、わたくしの官能を引き出すかのように、ゆっくりと律動を開始しました。
「……んっ……ああっ……」
 緩やかに、それでいて感じる場所を責めるような快感に、わたくしは身を震わせておりました。崎守は、わたくしの唇ではなく、頬に口付けし、やわやわとわたくしの乳房を撫でました。
「……ん……ふ……」
 崎守は父や叔父のように、わたくしをなぶろうとはしない。崎守との行為には、確かな愛情が感じられたのでございます。十七年間生きてきて、肌を重ねた回数は、もはや数えることができません。ですが、充足感を味わえるセックスは、わたくしにとって、生まれて初めての経験だったのでございます。それを、奸計にはめようとしていた崎守から与えられたことは、わたくしにとって、屈辱以外の何物でもありませんでした。
 
   6
 
 わたくしは、東京から遠く離れていても、父や叔父の影に怯える哀れな仔羊を演じておりました。無論、崎守の懐に入り込むためです。
 自室のドアがノックされると、わたくしはわざと震える声で返事をしました。ドアの外にいるのは、崎守だとわかっています。かつてイタリアで、二人の男性に愛されたように、軽井沢でもまた、至上の愛を勝ち取りたかったのでございます。
 崎守が部屋に入って来ても、わたくしは怯えた振りを続けておりました。肩を震わせ、体を強張らせていたのです。
 崎守は、わたくしの望み通りわたくしを引き寄せ、そっと胸に抱いてくれました。
「ここには、私だけです。あなた様を苦しめるものは、誰もおりません」
 わたくしは潤んだ瞳で、崎守を見上げておりました。崎守は眉宇に皺を刻み、糸目を見開いてわたくしを見詰めています。そしてそのまま、わたくしの唇に触れるだけの口付けを落としたのです。
「崎守」
 わたくしが驚いていると、崎守は、胸が苦しくなるほど、ぎゅうぎゅうとわたくしを抱き締めました。
「崎守、苦しい」
「坊ちゃまに、お伝えしなければならないことがあります」
 崎守の報告は、わたくしにとって予想外でした。
 麹町の神楽坂邸の瓦礫の山から、白髪の男が見付かったというのです。
 男は瓦礫に埋もれたまま、何日も水だけを頼りに過ごしていたようです。男は座敷牢の強固な檻の中で、半死半生の淵を彷徨っていたということでした。
 わたくしは直感しました。きっとその男は、わたくしが十の頃に出会った飛鳥に相違ありません。
「飛鳥! 飛鳥は無事なのか?」
 わたくしは知らず知らずのうちに、崎守に詰め寄っておりました。
 わたくしの顔は、晴れ晴れとしていたことでしょう。こんなところで飛鳥に再会できるとは、思ってもみなかったのです。
「坊ちゃま。飛鳥をご存じなのですか?」
 崎守がうろたえているのは明らかでした。
「子供の頃、一度だけ会ったことがある。頼む、崎守。飛鳥に会わせてくれ」
 崎守はしぶしぶといった態(てい)で、わたくしを薄暗い納戸に案内しました。崎守はわたくしにランプを渡しました。床が上げ板になっているところがあり、崎守が蓋を外すと、地下に向かって、階段が伸びているのが見えたのです。
 地の底へと続く階段に、わたくしは既視感を覚えました。崎守は相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしていました。
「私に付いてきてください。決して、私から離れぬようにお願いいたします」
 崎守はそう念を押し、ランプを受け取ると、階段に足を踏み入れました。
 わたくしは崎守の後に続いて、階段を一歩ずつ下りていきました。納戸の中は蒸し暑かったのですが、地下に伸びる階段は涼しかったのを覚えています。
 やがて畳敷きの小さな部屋に辿り着きました。すえたような悪臭と汚物の臭いが鼻を刺しました。天井のどこかに通気口があるようで、空気の流れが感じられました。どこからか差し込んだ日の光で、部屋の中が照らされていたのです。わたくしは仄暗い空間に、一対の金色の点が、光っているのを目にしました。心臓の鼓動が激しくなり、呼吸が止まるような錯覚を覚えました。十の時に一度だけ出会い、か細い腕でわたくしを抱き締めてくれた飛鳥が、変わらずにそこに存在しているのです。
 崎守が台の上にランプを置き、壁に取り付けられた燭台のロウソクに火を灯しました。すると、ロウソクの温かな灯りに照らされて、格子状になった座敷牢の檻が姿を現したのです。
 わたくしは格子を握り締め、檻の中に目を凝らしました。懐かしい気持ちが込み上げてくるのを感じました。金色の瞳に、強く心を惹き付けられたのです。檻の中に捕らえられた白髪の男もまた、わたくしを真っすぐに見詰めていたのでございます。男の目は金色に輝き、妖しい光に満ちておりました。
「飛鳥……!」
 わたくしは、飛鳥との再会に有頂天になっておりました。まるで、生き別れた兄弟に再会したように感じたのです。
「ぐうっ! ……ううっ……」
 飛鳥は飢えた肉食獣のように歯を剥き出し、わたくしを威嚇しました。
「飛鳥? どうしたというのです? 僕がわからないのですか」
 飛鳥は両腕を広げた状態で、手首を鎖につながれておりました。足首からも鎖が伸びており、着物の裾がめくれ、汚れた下帯が覗いておりました。
 飛鳥は、ひどく痩せていました。薄汚れた着流しの前がはだけ、鎖骨や胸骨、肋骨が不自然に浮き出ていました。白髪は無造作に伸び、胸にかかるほどの長さがありました。眉宇には深い皺が刻まれ、荒れた唇は分厚く、不思議な魅力が感じられました。ひどい格好をしていても、彫りが深く、精悍な顔立ちをしているのがわったのです。
 飛鳥は、わたくしよりも少し年上ですから、せいぜい二十歳くらいのはずです。それなのに、飛鳥の年齢は、白髪と深い皺から壮年のように思われました。
 飛鳥は獣のように唸りながら、ぎらぎらした瞳でわたくしを見詰めていました。手足を動かすたびに、鎖が飛鳥を締め付けています。
「坊ちゃま! 危のうございます! 下がってください!」
 崎守はわたくしの腕を引っ張り、檻から引き剥がしました。
「何故鎖でつないでいる!」
 わたくしは飛鳥を助けたい一心で、叫ぶように崎守に尋ねました。
「雅典様のご命令です」
 崎守はわたくしの目を見て、きっぱりと言いました。
 わたくしは自分の耳を疑いました。東京で会った時、叔父は飛鳥のことなど、一言も言っていなかったのです。
 この時、はたと気が付きました。わたくしは一度だけ、神楽坂邸の蔵の中で飛鳥に会っています。飛鳥は、他ならぬわたくしの身内に捕えられていたのだと、わたくしは改めて気が付いたのです。
「飛鳥が何をしたというのだ! 何故閉じ込めている!」
 崎守は眉宇に深い皺を刻み、恐ろしい秘密を明かしてくれました。
「この男の父親は、兵衛様なのです」
 雷に打たれたような衝撃が、わたくしを襲いました。目の前が真っ赤に染まり、心臓を串刺しにされたような痛みを覚えました。立っているのさえ不思議なくらいで、十七年間生きてきた、わたくしの人生そのものが、根底から崩れ去っていくように感じられたのです。
「飛鳥が……僕の、兄……」
 父と叔父に責め立てられた苦悶の日々が、まざまざと脳裏によみがえりました。お二人は、決まってこうおっしゃって、わたくしを苦しめたのです。
 ――旭。全てはおまえの罪なのだ。嫡男でありながら、男でも女でもないおまえが、私たちを狂わせるのだ。
 ――そうだ。嫡男のおまえが、立派な男根を持つ男子だったのなら、兄上も私も、おまえをこんな目に遭わせずにすんだのだ。
 わたくしの肉体を、孔という孔を性器と性具でなぶり、わたくしの乳房に血が出るほどに歯を立てながら、わたくしの肉親は、口々にわたくしが悪いと罵りました。全ては、嫡男でありながら、両性具有の体に生まれた、わたくし自身の罪なのだと。
 それなのに、わたくしは、嫡男ではなかったのです。
 わたくしのこの時の気持ちが、神父様にご理解いただけるでしょうか。
 わたくしは、この世界に存在する理由を、全て失ってしまったのです。
「それ以上は、私の口から申し上げることはできかねます」
 わたくしの今までの煩悶は、いったいなんだったのでしょうか。わたくしは平静でいることができず、その場にくずおれました。崎守はそんなわたくしの体を、寄り添うように支えてくれました。
 飛鳥が、わたくしの視界に入りました。飛鳥は相変わらず、金色の瞳でわたくしを凝視しておりました。わたくしは、檻の中に囚われた係累を、自分自身のように感じていたのかもしれません。
「このままでは、横になることもできない。せめて、手首の鎖を外してやれないか」
 崎守は背広の内ポケットから鍵束を取り出しました。格子に取り付けられた錠前に鍵を挿し込みます。
「坊ちゃまは、絶対に入ってはいけません」
 崎守はそう言い残して、牢に入っていきました。
 手首の鎖を外していく崎守の姿をじっと眺めていると、ある考えが脳裏を過ぎりました。
 ――瑠璃子に似て、おまえは締まりがいい。やはり、あれは駄目だ。おまえとは比べものにならない。
 叔父の言っていた『あれ』とは、飛鳥を指しているのではないか。
 そう思うと、いても立ってもいられなくなりました。気付いた時には、わたくしは牢の中に入っておりました。確かめずにはいられなかったのです。
「坊ちゃま!」
 崎守が叫びます。腕が自由になった飛鳥が、わたくしに飛び掛かろうとしていました。崎守がこん棒で飛鳥の頭を殴っていなかったら、わたくしは襲われていたでしょう。飛鳥は、白目を剝いて倒れました。
「坊ちゃま。何をなさるおつもりです」
 わたくしは崎守の制止を聞かず、飛鳥の着物をまくり上げ、下帯を解いて、秘所を露わにしたのです。
「反吐が出る」
 わたくしの声は、か細く震えておりました。
 飛鳥の秘門には、幾度となく繰り返された凌辱の痕跡が、くっきりと残っていたのです。
 乾いた笑い声が、わたくしの口から漏れておりました。
「坊ちゃま……」
 崎守はそんなわたくしを、眉宇に深い皺を寄せて見詰めておりました。
「いや、いいんだ。気が変になったわけじゃない。ただ、おかしくて……」
 崎守は、笑い続けるわたくしをそっと胸に抱いてくれました。
「崎守」
 見かけよりもたくましい胸板に身を任せているうちに、笑いはいつの間にか、嗚咽に変わっておりました。
「おそばにおります」
 わたくしと飛鳥は、同じ穴のむじなだった。そう思い知った瞬間でした。たまたまわたくしが正妻から生まれたというだけで、ともすればわたくしが、牢の中にいたのかもしれないのです。
 
 自室に戻っても、座敷牢に囚われた飛鳥の姿が、頭から離れませんでした。同じ血を分けた兄弟でありながら、おそらく飛鳥は、生まれてからずっと、檻の中に囚われていたのです。
 崎守がわたくしの部屋を訪れました。
「あの者は、庶子ですらありません。この世に存在していない――存在してはいけないのです。正当な兵衛様のお世継ぎは、坊ちゃまただお一人です」
 わたくしは、崎守に気になっていたことを尋ねました。
「崎守。瑠璃子という女性を知っているか」
 崎守は、糸目を限界まで見開き、静止しました。指先は小刻みに震え、額には玉の汗が浮いております。
「どこで、その名を」
 崎守の声は上擦っておりました。見開かれた瞳は、血走っています。
「叔父様がおっしゃっていた。僕が、瑠璃子に似ている、と」
 なんとなく、締まりがいいと言われたことは、黙っていようと判断しました。
「瑠璃子様は……」
 崎守は一度言いかけて、口を噤みました。目を閉じて、深呼吸をしているようです。
「瑠璃子様は、七年前に亡くなった兵衛様の妹――坊ちゃまの叔母にあたる方です」
 わたくしは崎守の返答に、納得することができませんでした。七年前に亡くなったという事実に引っ掛かったのです。
 七年前というと、わたくしがちょうど、父と叔父から手ひどい仕置きを受けるようになった頃です。叔母が亡くなったことと、無関係とは思えなかった。わたくしは瑠璃子の身代わりの慰み者に過ぎないのだと、確信している自分に気付きました。
 
   7
 
 わたくしは崎守に、飛鳥のことをあれこれ尋ねました。飛鳥が実の兄だとわかった以上、何もせずにはいられなかったのです。
「飛鳥の食事はどうしているのだ」
 わたくしは飛鳥の、異様に痩せた体が気になっていました。
「女中が苦心して食べさせようとしているのですが、一向に口を開こうとしないのです」
 崎守の話では、飛鳥は別荘に来てから、ろくに食べ物を口にしていないようでした。
 飛鳥は屋敷の残骸に埋もれて身動きが取れず、僅かに伝い落ちる水滴だけを頼りに、命を繋いでいたそうです。堅牢な檻に囚われていたが故に、圧死することもなく、まさに地獄の苦しみを味わっていたのでしょう。七年前に出会った飛鳥は、綺麗な鳶色の髪をしていました。頭髪を白頭化するほどの深い闇は、想像を絶するものでした。
 わたくしはしばらく黙って考えていましたが、やがてこう言いました。
「粥を用意してくれ。水差しとコップも忘れないように」
「坊ちゃま!」
 崎守は叫ぶようにわたくしを呼びました。
「僕が行く」
 わたくしは崎守の言葉を遮り、決意を口にしたのです。
 今にして思えば、わたくしはただ、罪滅ぼしがしたかっただけなのかもしれません。
 飛鳥はわたくしの代わりに牢に入れられているのだ。そう思っていたのでしょう。
「坊ちゃま。本当にお一人で行かれるのですか」
 崎守は座敷牢を前にして、なおも躊躇っているようでした。台の上には、ランプと盆に乗せた粥と水が用意されておりました。ロウソクの炎が、崎守の苦々しい顔に陰影を作っています。
「本気だよ。人払いをしてくれ。誰にも近付かせないように。無論、崎守もだ」
 崎守は涙をこらえるように、眉を寄せて唇を引き結んでおりました。やがて内ポケットから鍵を取り出し、無言でわたくしに差し出したのです。
「ありがとう」
 わたくしが礼を言うと、崎守は深々と頭を下げ、階段を上っていきました。
 わたくしは錠前を外して、盆にランプを乗せて座敷牢の中に入りました。崎守が手配してくれたようで、嫌な臭いがなくなり、牢の中も掃除されているようでした。
 飛鳥は片方の足首を鎖でつながれていましたが、両手は自由になっていました。わたくしを見るなり唸り声を上げ、壁際で怯えたように震えていました。
「お兄様」
 わたくしは盆を畳の上に置き、座ったまま飛鳥に呼びかけました。飛鳥は金切り声でわたくしを威嚇し、わたくしをじっと見据えていました。
「旭です。僕を覚えておいでですか」
 飛鳥を刺激しないように、わたくしは静かに言いました。『旭』と言うと、飛鳥の瞳が見開かれたような気がしたのです。
「飛鳥」
 彼の名前を口にすると、飛鳥の呻きがぴたりと止まりました。
「飛鳥。旭です。ずっとあなたに会いたかった」
 わたくしは兄を怯えさせないように、ゆっくりと距離を縮めていきました。
 近くで見ると、飛鳥はとても痛々しい姿をしていました。飛鳥の年齢はわたくしとさほど変わらないはずです。それなのに、飛鳥の毛髪は真っ白で、眉宇には深い縦皺が刻まれています。飛鳥はいったい、どれほどの恐怖を味わってきたというのでしょうか。
 わたくしはゆっくりと手を伸ばして、飛鳥の頬に触れました。飛鳥の震えが、指先から伝わってきます。わたくしは飛鳥の金色の瞳を覗き込みました。よく見ると飛鳥の瞳は、金色がかった緑色でした。綺麗な虹彩に見惚れながらも、わたくしは慈しむように言いました。
「もう、大丈夫ですよ」
 金色の瞳が、不安で揺れているのがわかりました。わたくしは腕を伸ばして、盆を引き寄せました。飛鳥にひっくり返されたら元も子もないので、飛鳥からは手が届かないところに置いておきます。わたくしはコップに水を注ぎ、飛鳥の頬に手を添えて、飲ませようと試みました。
「さあ、喉が渇いているでしょう」
 飛鳥は首を振って抵抗しました。
「お兄様! ただの水ですよ」
 飛鳥は歯を剥き出し、わたくしのうなじに噛み付きました。
「んっ……っぅ……」
 飛鳥の犬歯が、わたくしの皮膚を破り、血が流れ出します。それでもわたくしは、じっと痛みに耐えておりました。父や叔父に貫かれる痛みに比べたら、赤子にたたかれるようなものだったのです。
「お兄様。僕は、あなたの味方です」
 わたくしが静かにそう言うと、飛鳥ははっとして、傷口を舐めてくれました。
「優しいですね。お兄様」
 このまま飲み食いしなければ、いずれ飛鳥は命を落としてしまうでしょう。わたくしは仕方なく、口移しで飛鳥に水を与えることにしました。コップの水を口に含み、わたくしはゆっくりと飛鳥に顔を寄せていきました。
 わたくしは微笑みを浮かべ、飛鳥の頬に両手を添えました。間近で見ると、飛鳥の黄金の瞳は吸い込まれると錯覚するほど、美しい輝きに満ちておりました。
 わたくしは瞳を閉じて唇を合わせました。半開きの飛鳥の唇の合わせ目に、口内の水を流し込みます。飛鳥が嚥下したのがわかり、わたくしはほっとして胸を撫で下ろしました。次の瞬間、飛鳥がわたくしの唇に吸い付いてきたのです。
「んっ! ……んんぅ……」
 突如与えられた快感が、わたくしの官能に火を灯しました。
「いけません! お兄様!」
 わたくしは我に返り、飛鳥を引き剥がしました。顔がほてっているのが、自分でもわかりました。喉からは絶えず荒い吐息が漏れておりました。
 飛鳥はきっと、お腹が空いているのでしょう。わたくしはそう思って、スプーンで粥を掬って、飛鳥の口元に持っていきました。
 飛鳥はやはり、顔を背けてしまいました。
 わたくしは止むを得ず、口移しで粥を与えることにしました。わたくし達は気が付くと、抱き合い、貪るように唇を重ねておりました。互いの唇を繋ぐ銀色の糸がランプに照らされ、妖しく揺らめいておりました。
 不意に、飛鳥がわたくしの胸元に顔を埋めました。わたくしは当時、洋服ではなく着流しを着用しておりました。飛鳥の身の丈は一七五センチで、わたくしとの差は、二十センチです。ですが、この頃の飛鳥は枯れ木のように痩せ細っていたので、重いとは感じませんでした。
 飛鳥が震える指を伸ばし、わたくしの着物の前をまさぐってきました。わたくしは驚き、咄嗟に飛鳥を制止しようとしましたが、飛鳥の唇が動き、何か言葉を発しているのに気付いたのです。
「母(かか)様(さま)」
 声変りを迎え、ひどく掠れておりましたが、確かに七年前に出会った少年の声でございました。
 母を呼ぶ飛鳥に、わたくしは胸が潰れる思いに駆られました。わたくし自身、生みの母を知りません。依子は産後の肥立ちが悪く、そのまま亡くなってしまったと聞かされました。恋しい母を想う気持ちは、わたくしにも痛いほどわかりました。母を恋う飛鳥を無下にすることなどできるはずもなく、わたくしは飛鳥の好きにさせていました。
 飛鳥がわたくしの着物をはだけると、さすがのわたくしも慌てて声を上げました。
「あっ……!」
 わたくしの胸部は、掌に収まるほどの大きさでしたが、乳房と呼べるものが、確かに存在しておりました。
 飛鳥はなんの躊躇もなく、わたくしの乳頭に吸い付いたのでございます。
「は……あ、ああっ……んっ……」
 肉厚の唇の感触に、熱い吐息が喉を焦がしました。飛鳥の舌技は巧妙でした。掌で乳の肉を寄せ集め、ただ吸うだけではなく、乳輪ごとわたくしの乳首をもてあそび、性感の悦びを引き出していったのでございます。
「んっ……ああ……」
 いつの間にか、わたくしは飛鳥の頭部を引き寄せ、官能の喜悦に腰を震わせておりました。
 この時、ある種の充足感がわたくしの胸中を満たしました。
 わたくしが女性のように乳房を持っているのは、飛鳥に乳を吸わせるためだった。飛鳥に乳を吸わせ、飛鳥の母となり、女となるためであったと、わたくしは確かに感じていたのでございます。
 わたくしは飛鳥に対して、母性のようなものを、感じていたのでございます。
 一心にわたくしの乳首を吸い上げる飛鳥を見て、ある考えがわたくしの脳裏を過ぎりました。『女体盛り』という、女性の裸体に料理を盛る接待方法があると聞いたことがあります。女体盛りのように、わたくしの胸に食べ物を垂らせば、飛鳥は自分から食べてくれるのではないかと思ったのです。
 
 その夜の崎守は、珍しく気が立っておりました。例によって、裸のまま寝台に横たわり、手当てを受けていると、崎守はわざと沁みるように、傷口に軟膏を塗ってきたのです。
「あっ……!」
 うなじの噛み痕に触れられた時、わたくしは痛みに声を上げました。
「申し訳ございません。痛みますか」
 崎守はうろたえた様子で、必死に頭を下げました。
「いや」
 わたくしは瞳に涙を浮かべ、微笑みを返しました。
 崎守は泣きそうな顔をして、わたくしから目を逸らせました。静かに口を開きます。
「坊ちゃま。傷口が増えています」
「ああ」と、わたくしは力なく応えました。
「坊ちゃまさえよろしければ、わたくしがお体を清めて差し上げます」
 崎守はそう言うなり、上着を脱いでタイを外しました。腕まくりをして、ボタンをひとつふたつと外し、身を屈めてきたのです。
「崎守?」
 崎守は、わたくしの顔の両側に腕を付き、うなじに舌を這わせてきました。
「……ん……」
 崎守の体温を感じます。崎守は、わたくしの体を傷付けることは決してしません。肌を吸って、新たな花を咲かせることもないのです。自分の色に染めようとしない崎守の愛撫は、わたくしにとって、もどかしいものでした。
「あ……ふっ……」
 彼は宣言した通り、わたくしの全身を隅々まで舐め尽くしてくれました。
「あ……さき、もっ……もっと……吸って……」
 彼の舌先が乳嘴に達した時、わたくしは彼の頭を抱き、無意識に乳房に押し付けておりました。
「かしこまりました。旭様」
「あ……んっ……はあっ……ん……」
 崎守の吐息にさえ感じてしまい、わたくしはますます全身で彼にすがり付きます。下肢を密着させていると、彼の第二の心臓と言える男根が、硬く滾っているのが手に取るようにわかったのです。
「ん、んんっ! ……は……あ、あっ!」
 擦れたわたくしの陰茎から、だらだらと先走りが溢れ出し、崎守のズボンを汚していきます。蜜壺からは蜜が溢れ、わたくしは、もはや我慢ができなくなっておりました。
「さき……も……も、無理だっ……ほしい……おまえ、の……」
 崎守の双眸は、野獣のようにぎらぎらと光っていました。崎守は息を弾ませながら、ズボンの前をくつろげました。赤黒く血管の浮いた男根に、わたくしはうっとりと目を細めました。
 その夜の崎守は、今までの彼と同じ人物だとはとても思えないほど乱暴でした。
「あっ……」
 崎守は、わたくしの太腿を抱えて膝立ちになり、真上から垂直に貫くかのように、腰を落としてきたのです。
「ひっ! …あっ、ああんっ!」
 崎守の剛直が、容赦なくわたくしの蜜壺を犯し、新たな蜜を溢れさせます。
「あっ……! ああああああっ!」
 子宮口を押し上げられる圧迫感に、わたくしは喉を震わせました。苦痛を上回る圧倒的な快感が押し寄せ、わたくしは我を忘れて泣きじゃくりながら、更なる快感を求めて自ら腰を振っていたのでございます。
「はあっ! ん……ああっ……あっ、あ――っ!」
 崎守はまるで運動をしているかのように、腰を前後に振って律動を繰り返します。抜けかけた男根が最奥を貫くたびに、わたくしの目蓋の裏で、真っ赤な火花が散りました。強烈な快感に翻弄されながら、わたくしは意識を失うこともできず、ただただエクスタシーに耽溺しておりました。
「ああああああっ! あああんっ! あんっ、あ、あ――っ!」
 水滴がわたくしの顔に落ちました。崎守は、怒張した男根でわたくしに果てのない喜びを与えながら、涙を流していたのです。熱い飛沫が迸る直前、彼の魂の叫びを聞いた気がしました。
「愛しております」
「っ―――――!」
 わたくしが崎守の愛に応えることは、ついぞありませんでした。
 
   8
 
 翌日から、飛鳥と繰り広げるめくるめく異様な食事の風景は、わたくしの日常となりました。わたくしは、飛鳥の目の前で下帯のみを身に着けたはしたない格好になります。そうすると、飛鳥は幼子のようにわたくしにすり寄り、胸元に顔を寄せてくるのです。
「飛鳥」
 わたくしはまるで母親のように、慈しみを込めて飛鳥を胸に抱き、頭を優しく撫でるのです。半陰陽のわたくしに、果たして母性が備わっているのかどうかは定かではありませんが、わたくしは確かに、飛鳥に対して、母性のような愛情を感じていたのです。
 飛鳥は吸い寄せられるかのように、わたくしの乳首を口に含みます。
「んっ……」
 肉厚の唇の感触。硬い歯。ざらざらとした熱い舌。それら全てが、わたくしの思考を奪っていきます。
 飛鳥はうっとりとした表情で、瞳を閉じて出るはずのない乳を吸っています。
 わたくしは、飛鳥が粥を啜れるように、スプーンで乳首目掛けて粥を垂らしていくのです。飛鳥が粥を啜ってくれると、わたくしは嬉しくなり、満面の笑みを浮かべてしまうのです。
「美味しいですか。お兄様」
 粥がなくなっても、飛鳥は激しくわたくしを求め続けます。
「あ……」
 飛鳥に押し倒され、わたくしの手から空になった器がこぼれ落ちます。
「お兄様! ……っ……」
 性の本能というのでしょうか。慰み者にされていた以前の飛鳥ならともかく、幼児化した今の飛鳥には性の知識はないはずなのに、飛鳥は両手でわたくしの乳房をまさぐりながら、腰を前後に振り、股間を押し付けてきたのです。
「あっ……あんっ……んんっ!」
 飛鳥に激しく揺さぶられ、わたくしの下帯はとうにほどけてしまいました。
「あんっ! ……あ、ああっ、ああんっ! あんっ!」
 陰茎を布越しに擦られ、わたくしの理性が霧散していきます。わたくしは自ら腰を振って、下帯を取り去りました。
 もっと。もっと、いじって。布越しなんかじゃなくて、直接いじってほしい。そんな直截な欲求に、身を任せていたのです。
 乳房に飛鳥の爪が食い込み、痛みにも似た快感がわたくしを苦しめました。
「あっ……は……あっ! あ――……」
 わたくしの小さな胸の膨らみは、強い力で両側に押し広げられ、尖り切った乳首が千切れてしまいそうでした。陰茎からは先走りが溢れ出し、蜜壺に伝い落ち、蜜と交じって自らの精子で孕んでしまうのではと思うほどでした。
「坊ちゃま!」
 駆け付けた崎守が、飛鳥を殴り倒してくれなかったら、わたくしは正気を失い、獣のようにお兄様を求めていたことでしょう。
「坊ちゃま」
 崎守はお兄様をこん棒で殴り、わたくしから引き剥がしてくれました。
「さ、き……も、り……?」
 わたくしは、汗と涙とよだれに塗れた顔で、崎守を見返しました。わたくしの乳房には、くっきりと飛鳥の爪の痕が残っていたことでしょう。
 今にして思えば、崎守はこの時から、少しずつ、それでいて確実に、精神に異常をきたしていったのやもしれません。
「さき、も……何をっ……」
 何を思ったのか、崎守はわたくしの全裸の体を反転させました。
「あ……」
 尖り切った乳首が畳に擦れて、甘い吐息が漏れました。
 崎守はわたくしの腰を鷲掴みにして持ち上げ、後ろの秘門に顔を近付けてきたのです。
「ひぃあっ! ……あ、ああっ……」
 ざらざらとした舌の感触に、わたくしの膝がわなわなと震えます。
 崎守は両手で双丘を押し広げ、花輪の襞を舌先で押し広げていきました。
「や……い、やだっ! ……やめろ……やめて、くれっ……お兄様が、そばにいるっ……」
 わたくしの声は弱々しいものでした。お兄様との戯れで体力を消耗し、抵抗する力は残っていなかったのです。
「殴り倒してしまったことが悔やまれます。わたくしがあなた様をよがらせているところを、飛鳥に見せ付けてやりたかった。思い知らせてやりたいのです。あなた様のお体に触れられるのは、私だけなのだと」
 崎守の野太い声音は、凄んでいるように感じられました。恐怖さえ感じるものだったのです。
 崎守は舌先で秘門をほぐしながら、わたくしの陰茎をぎゅっと押し潰しました。
「んんっ!」
 既に濡れていたわたくしの陰茎は、崎守の大きな掌の中に、呆気なく精液を吐き出したのでございます。
「はあっ……あ――っ……」
 息をつく暇もなく、崎守は、わたくしの精液を指にからませ、わたくしの内側を掻き混ぜたのです。
「は……あ……んんっ……んっ!」
「あなた様は淫乱だ。あなた様のここも、悦んでわたくしを受け入れている。別荘に来てから、ご自分を慰めていたのですか」
 言い当てられ、わたくしは羞恥に震えました。崎守が愛してくれるのは女性器ばかり。手っ取り早く射精によるエクスタシーを味わうには、摂護腺を指で刺激するのが一番良いのです。
「これからは、私をお呼びください」
 崎守はそう言うやいなや、ぐっとわたくしの細腰を掴み、一気に怒張した男根を秘門に打ち込んだのです。
「っ――! あっ……あああああっ!」
 崎守は狙い澄ましたかのように、わたくしの摂護腺を擦り上げます。めくるめく快感の嵐が吹き荒れ、わたくしの精神をさらっていきます。頭の中で火花が飛び散り、魂が忘我へと導かれていきました。
「あ……ああんっ!」
 ところが崎守は、わたくしに正気を失うことさえ許してはくれないのです。
「あっ! あんっ、あんっ! ……はあんっ! ……ああんっ、あんっ!」
 崎守は激しく摂護腺ばかりを擦りながら、あろうことか陰茎の鈴口に指を這わせ、片手で硬く尖った乳首を転がしてきたのです。
「あっ! あんっ、はあんっ! あんっ、ああんっ! あ、あああああっ! あんっ! ああんっ!」
 まさに快楽地獄そのもの。よがり過ぎてわたくしの声は、とうにしわがれておりました。わたくしは、際限なく崎守から与えられる法悦に溺れ、性感を享受するだけの生きものに成り下がっていたのです。
「あっ……あ――っ!」
 崎守の熱い飛沫が、わたくしの中で迸りました。
「はっ……申し訳ございません! 私は、なんてことを!」
 崎守は吐精後に正気に戻りました。男根を引き抜き、ぐったりとうつぶせに横たわるわたくしの体を反転させ、胸に抱えたのです。
 わたくしは目を閉じたまま、崎守の体温を感じておりました。最早指一本、動かすことができなかったのです。
 わたくしの頬に、水滴が落ちました。
「あなた様に、私だけを見てほしい。そう願うのは、過ぎた望みなのでしょうか」
 崎守の声は震えておりました。わたくしのうなじに顔を埋め、汗と精液に塗れた全裸の体を硬く抱き締めていたのです。
 
   9
 
 叔父が信州に入ってから数日が経ったある日のことでございました。
 わたくしは夢を見ていました。工場で寝泊まりしている、叔父を訪ねる夢です。叔父は突然訪れたわたくしを、温かく迎えてくれました。
 わたくしは、何故か包丁を隠し持っています。叔父が背を向けた瞬間、わたくしは叔父の背中に包丁を突き刺しました。温かな血が噴き出し、わたくしの顔や着物を汚していきます。
 わたくしは、叫び声を上げて飛び起きました。肉が裂けるリアルな感触が、とても夢だとは思えなかったのです。
 次の瞬間、わたくしは恐怖のあまり絶叫しました。わたくしの両手が鮮やかな血の色で染まっていたのでございます。
「坊ちゃま。何事でございますか」
 早朝にも関わらず、背広に身を包んだ崎守が駆け付けてくれました。
「崎守! 僕は、どうすれば……」
 わたくしは、体の中心から沸き上がってくる絶望に恐れおののき、何も考えられなくなっていました。
 夢が現実のものであり、わたくしが叔父の命を奪ってしまったと――そうとしか思えなかったのです。
 崎守は何も言わずに、わたくしを人目につかない井戸端に連れて行きました。無言でわたくしの手に付いた血痕を、丁寧に洗い落としてくれたのです。
「崎守」
 崎守に着替えを手伝ってもらいながら、わたくしは不安になりました。
「何も心配することはございません。全て私にお任せください」
 警察が別荘を訪れたのは、それから間もなくでした。
 工場の宿舎で、叔父が何者かに殺害されたと一報があったそうです。
 別荘を訪れた刑事が言うには、叔父は背後から包丁で心臓を一突きにされていたようです。何もかも、わたくしの見た夢と同じです。わたくしの顔は、蒼白になっていたことでしょう。
「神楽坂子爵家か、あるいは神楽坂紡績に、恨みを持つ者の犯行かもしれません。我々警察があなたを警護いたしますが、くれぐれもご注意ください」
 門扉の前で背広姿の警官が佇んでいるのが、わたくしの部屋の窓から見えました。にわかに身震いするような戦慄がわたくしを襲いました。
 神楽坂子爵家に恨みを持つ者。それは僕だ。僕は父と叔父を激しく憎み、殺したいと願っていた。
 あの警官は、わたくしを捕まえるためにあそこにいるのです。
 夢遊病患者のように、わたくしは、わたくしの内なる殺意に屈して、夜な夜な寝床から這い出し、叔父を殺してしまったのかもしれない!
 いいえ。わたくしの手に付着していた血痕が動かぬ証拠です。下手人はわたくしです。わたくしが叔父を殺したのです!
 わたくしは獣のように咆哮し、喚き散らしておりました。
 立ち上がることすらできず、半ば這うようにして、わたくしは飛鳥のいる座敷牢に向かっておりました。わたくしは、人の温もりを求めたのです。
 わたくしは力の入らぬ指で、なんとか錠前を外しました。転がるように座敷牢に入るなり、わたくしは飛鳥の目の前で着物を脱ぎました。
 飛鳥の無垢な瞳が、食い入るようにわたくしを見詰めておりました。下帯も取り、全裸になると、わたくしはぶつけるように夢中で飛鳥の唇を求めました。
「お兄様っ……お兄様っ!」
 お互いを貪り食うように唇を重ねながら、わたくしは飛鳥の角帯を外しておりました。着物の前がはだけると、裸の胸を密着させ、飛鳥の股間に怒張した陰茎を擦りつけました。飛鳥はわたくしの要望に応えてくれました。わたくしの口腔を愛撫しながら、掌でわたくしの胸の膨らみを愛撫して、淫蕩な刺激を与えてくださったのです。
「……ん……ふ……」
 熱く淫猥な吐息が、わたくしの口から漏れ出ておりました。
 わたくしは両手を動かして、飛鳥の体を覆っている着物を剥ぎ取りました。わたくし達は全裸になり、淫らに腰を振りながら、お互いの陰茎を擦り合わせていたのです。眩い快楽のうねりがわたくしをさらいました。
 わたくし達は同時に絶頂を迎え、飛沫がわたくし達の腹や下肢を汚しました。
 わたくしは小さな胸を喘がせ、恍惚としておりましたが、突如血に塗れたわたくしの掌が、脳裏を過ったのです。
「あっ……! ああああああっ!」
 僕は人殺しだ! 叔父様を殺したのはこの僕だ! 僕が殺した! 警察は僕を捕まえる! 苦しい! 苦しくて息ができない! このままでは気が狂う! わけのわからない言葉を発しながら、わたくしは飛鳥を求めたのです。
 飛鳥はわたくしを抱き締めると、わたくしの秘所へと指を這わせていきました。
「ああっ……ああああっ!」
 わたくしの秘裂はたっぷりと潤い、悦んで飛鳥の指を迎え入れておりました。飛鳥の長い指が、わたくしの中に入っていきます。わたくしは淫猥に腰を振り、自ら快美の感覚を貪りました。
 飛鳥がわたくしを押し倒し、怒張した飛鳥自身を、花びらに宛がったのです。
「あっ……ひいっ! ……あ――っ!」
 指とは比べ物にならない圧倒的な重量のものが、隘路を押し広げていきました。わたくしの膣襞が収縮し、飛鳥をぎゅうぎゅうと締め付けております。まるで、喉元まで貫かれているようでした。子宮を埋め尽くさん勢いで、飛鳥はわたくしの奥深くまで男根を突き立てていきました。
「ああっ! ……お、お兄様っ……ああああっ!」
 わたくしはまるで、「早く動いて」とねだるかのように、自ら腰を振ろうとしていました。
「アサヒっ!」
 飛鳥はわたくしの名を呼び、硬く尖った乳首を甘噛みしました。
「ひあっ! ……あ、はあああんっ!」
 信じられない嬌声が、わたくしの口からこぼれておりました。
「くうっ……」
 膣が絞まったのか、飛鳥は綺麗な顔を苦悶に歪め、陶然とした顔で、わたくしを見返しておりました。
「お兄様」
 愛おしいとは、このような気持ちを言うのでしょうか。こうなることが必然であったかのように、わたくしは感じていたのです。
 わたくしは目を閉じ、飛鳥と口付けを交わしました。
 ずんっ! と、飛鳥が腰を突き上げました。
「いぁっ! あふんっ! ……はぁぁぁあんっ!」
 飛鳥はわたくしの太腿を掴み、容赦なく子宮の入り口に楔を打ち込んできたのです。
「はああああああっ! あ、ああっ……あんっ! やぁぁぁああああっ!」
 わたくしは完全に正気を失い、狂ったように淫らに腰を震わせました。
「旭……旭っ!」
 兄がわたくしの名を呼びながら、熱に侵された瞳でわたくしを見詰めていたことに、わたくしはついぞ気付くことはありませんでした。
 
   10
 
 目を開けると、慈愛に満ちた金色の瞳が、わたくしを見据えておりました。お兄様は目が合うと、微笑んでくださりました。
「気が付いたか? 旭」
 わたくしは驚きのあまり、目を見開いてお兄様を凝視しました。
「お兄様! 僕がわかるのですか」
「苦労をかけてすまなかったな」
 お兄様は優しく、わたくしの頭を撫でてくださりました。わたくしははっとして、顔を背けておりました。お兄様もわたくしも、何も身に着けていなかったのです。辺りには腥気が立ち込め、わたくしの体に残る愉悦が、情事があったことを物語っておりました。
「ああっ! ……僕はっ……とうとう!」
 わたくしは両手で顔を覆い、兄弟でまぐわいしたという事実に、打ち震えておりました。わたくしはついに、わたくしの子宮に、血を分けた兄の子種を受け入れてしまったのです。罪深きわたくしは、兄弟でまぐわうという、最大の禁忌を犯しました。
 そればかりではございません。わたくしは、最も秘密を知られたくなかったお兄様に、あろうことか、秘密を見せ付けてしまったのです。
 ――きっと君だって、僕の秘密を知ったら、僕を嫌いになるに決まっている!
 七年前の自分の言葉が、現実になろうとしている。わたくしには、そう思えてなりませんでした。
「お兄様も、僕を嫌いになったでしょう」
 わたくしの声は、細かく震えておりました。お兄様に拒絶されることを、わたくしは恐れていたのです。
「おまえは美しいよ」
 お兄様のお言葉に、わたくしは自分の耳を疑いました。
「お兄様。今、なんと」
 わたくしはお兄様を振り返りました。お兄様は泣きそうな瞳で、わたくしを見返しておられました。お兄様の惨めとも言えるお姿が、激しくわたくしの胸を打ちました。
「俺は檻の中しか知らない。たいして人間に会っちゃいないが、おまえは誰よりも美しい」
「お兄様……お兄様!」
 感極まり、わたくしは泣き出しました。
 わたくしはお兄様の首にすがり付き、ぶつけるように唇を吸いました。全裸の体が擦れ合い、わたくしの陰茎が再び熱を兆しておりました。
「……んっ……ふ……」
 お兄様はわたくしの後ろに指を這わせました。
「あ……」
 濡れるはずもない秘門が、誰のものともつかぬ体液に塗れ、すっかりほころんでいたのです。
「旭」
 お兄様はわたくしを膝の上に抱いてくださりました。
「はっ……あ、んぁ……っ!」
 わたくしは自身の重みにより、秘門にお兄様自身を受け入れていくのがわかりました。
「あ……あっ……お兄様っ!」
 お兄様はわたくしの乳房に顔を埋め、乳首を吸ってくださったのです。
「は……あんっ……あ、ああっ!」
 片手でわたくしの体躯を掻き抱き、もう片方の手で、お兄様はわたくしの陰茎を扱いてくださりました。
「や……はあっ……あ、ああ、んんっ!」
 そうして、わたくしに至上の悦びを与えてくださりました。
「旭」
「あ……お兄様っ……!」
 わたくしはお兄様の頭を抱き締めながら、腹の奥がきゅううんと疼くのを感じました。先程たっぷりと精液を注いでいただいたばかりなのに、わたくしの淫らな子宮は、貪欲にお兄様を求めていたのでございます。
 ずんっ! と、お兄様がわたくしを下から突き上げました。
「あ――っ! あっ……あああああああっ!」
 わたくしの陰茎は、とうに白濁を出し切っていました。それなのに、快美な悦びは、一向に治まってはくれません。わたくしは無意識に、蜜で溢れた秘裂をお兄様の下腹に押し付けておりました。ぴちゃぴちゃと、切ない水音がわたくしの胸を締め付けます。わたくしはお兄様と共に終わりのない法悦に酔いしれていたのです。
 あなた様となら、共に地獄へ堕ちても構わない。そう思うほどにわたくしは既に、お兄様を愛していたのかもしれません。
 
 わたくしは崎守に、お兄様を座敷牢から出すように言い渡しました。お兄様には新しく、居室と寝所が与えられました。
 わたくしはお兄様の毛髪を整え、洋服を誂えるように崎守に命じました。お兄様は長身なので、洋装のほうが似合うと思ったのです。
 髪を切り、特別に誂えた洋服に身を包んだお兄様は、見違えるほど美しくなられました。わたくしは恍惚とした表情を浮かべ、お兄様に見入っておりました。
「お美しゅうございます。お兄様」
 お兄様は見惚れるような笑みを浮かべました。お兄様はわたくしの頬に触れ、金色の綺麗な瞳で、わたくしの顔を覗き込みました。
「旭は俺よりもはるかに美しい。和装もいいが、旭の洋服姿も、いずれ見てみたいものだ」
 わたくしははにかんで、「いずれ」と短く応えました。わたくしは自分の服には頓着せず、帰国して以来、崎守が呉服屋から調達した和服ばかり着ていました。別荘に残っていたわたくしの洋服は、小さくなって着られなくなったものばかりでした。別荘に残されていた父や叔父の衣類には、どうしても袖を通す気にはならなかったのです。わたくしにとって、父や叔父の体臭が染み付いた衣類は、輪姦の苦しみを呼び起こすものに他ならなかったのです。
 
 叔父を殺してしまったと思い悩み、わたくしは塞ぎ込むようになりました。体調も優れませんでしたが、わたくしはどうしても、お兄様に読み書きを教えたかったのです。
 わたくしは崎守に頼んで、尋常小学校の教本を用意させました。するとお兄様はろくに教えぬうちに、教本の内容を全て自分のものにしてしまったのです。
 試しにイタリア語を教えてみると、お兄様は信じられないスピードで語学を身に着けていきました。一年間留学していたわたくしよりも流暢なイタリア語を操り、すらすらと洋書を読むようになりました。お兄様は驚異的な理解力を身に備えていたのです。
 そのうちにお兄様は、父の書斎にこもるようになりました。崎守の話では、お兄様は一心不乱にありとあらゆる書物を読み耽っているようでした。日本や世界の歴史に始まり、経営学や紡績の知識に至るまで、まるで今まで無駄にした時間を取り戻すかのように。貪欲に全ての知識を吸収しようとしているように見えたそうです。
 気のせいでしょうか。崎守はお兄様を恐れているように思えてなりませんでした。
 
 ちょうどその頃でしたでしょうか。わたくしは、わたくしの中の殺意に怯え、何日も眠れない夜を過ごしておりました。叔父を殺した犯人は、未だに捕まっておりません。このままでは、わたくしの内なる殺人鬼が暴れ出し、父の命までも奪ってしまうかもしれない。そう思うと、一睡もできなかったのです。
「兵衛様は、東京の病院にいらっしゃいます。別荘からは、遠く離れております」
 崎守にそう言われても、わたくしは安心して眠ることができませんでした。崎守は、わたくしが叔父殺しの犯人であることを、否定しなかったのです。
「僕を縛れ。僕を寝台にくくり付けて、身動きができないようにしてくれ。そうすれば眠れる」
 わたくしは、何日も眠っていない血走った瞳で、崎守にそう詰め寄っていたのです。崎守は「うん」と言いませんでした。
 崎守は渋面を作ったまま、表情を崩しません。
「坊ちゃまさえよろしければ、私が一晩中抱いて差し上げます」
 こうしてわたくしは、お兄様ではなく、崎守に同衾を許したのです。
「あ……は……ん……」
 わたくし達は恋人同士のように、寝台の上で裸の体を抱き締め合っておりました。
 ああ。この人は、僕の夫だ。わたくしは確かに、そう思っていたのでございます。
 崎守がわたくしの上に覆い被さり、わたくしの唇を舐ります。わたくしはじれったい刺激に耐えかねて、自ら唇を開いて崎守の舌を貪婪に求めるのです。崎守との口付けは他の誰と交わした口付けよりも、はるかに心地の良いものでした。
 崎守は決してわたくしを害することなく、甘やかな官能だけを与えてくれるのです。
「あ……胸も……胸に、触って……乳首、舐めて……」
「仰せのままに」
 崎守はわたくしの言いつけに従い、わたくしの乳首を口に含み、強く吸ったり、軽く歯を立てたりしてくれます。もう片方の乳首も乳暈ごと指先で捏ねてくれました。
「んっ……ふ……あっ、あ……」
 わたくしの膣襞が収縮し、崎守を求めて切なく疼きます。わたくしは、早く挿(い)れてくれと言わんばかりに、大きく脚を開いておりました。
「さき……も……切な、いっ……挿れて、く、れ……早くっ」
 崎守は眉宇の皺を一層深くして、わたくしに口付けしたのです。切なさが募る、触れるだけのキスでした。
「こうして触れて差し上げているのに、あなた様は切ないとおっしゃるのですね」
 崎守は静かにそう告げると、わたくしの太腿を抱え、昂りを与えてくれました。
「あ……はあっ……さ……崎守!」
 崎守の男根は熱く滾っておりました。わたくしは汗でしとどに濡れた男のたくましい背中にしがみ付き、男の厚い胸板に尖った乳首さえも押し付けながら、全身で崎守を感じていたのでございます。
「旭様……!」
 崎守が小さく唸りました。わたくしは心の奥底から、愛しさが込み上げてくるのを感じました。崎守が、射精するのを必死にこらえているように見えたのです。
 深く結び付いた状態で、わたくしは自ら、崎守に唇を重ねたのでございます。わたくし達は無言で見詰め合い、何度か啄むようなキスを繰り返しました。口付けはしだいに深くなり、貪婪に互いを求め合う肉欲そのもののキスに変わっていきます。恋人のキス。愛し合うキスでした。
「んっ……は……あ、あんっ……」
 わたくしは無意識に腰を揺すり、更なる官能を追い求めておりました。
「焦らないで……ゆっくり、ゆっくり気持ちよくなりましょう」
 崎守は言い聞かせるように、わたくしの頭を撫でてくれました。小さな刺激にも感じてしまうほど、わたくしは崎守を求めておりました。
「んっ……ふ……あ……」
 わたくしは大粒の涙を流しながら、生殺しに耐えていたのです。
「おね……が、いっ! ……も……無理だっ……!」
「かしこまりました」
 こらえきれずにわたくしがせがむと、崎守はゆっくりと律動を開始しました。
「あっ……あっ、あんっ……は……」
 度重なる凌辱に慣れていたわたくしには、もどかしい情事でした。崎守はゆっくりとわたくしの官能を引き出し、高みへと導いていったのです。
「あっ……はあ……あ、あ――っ! ……あ――……」
 わたくしは崎守の腕の中で失神し、朝まで彼の腕を枕にして眠り続けていたそうです。
 
   11
 
 お兄様がわたくしの部屋を訪れている時のことでございました。慌ただしい足音が聞こえて参りました。崎守がノックもせずに、ドアを開けて駆け込んできたのです。
「何事だ。無礼だぞ」
 お兄様が怒りを露わにしました。
「旦那様が! 兵衛様が!」
 わたくしは、誰かがわたくしの代わりに、わたくしの本懐を遂げてくれたのだと深く悟りました。東京の病院にいた父が、何者かに殺害されたのです。叔父の時とは異なり、父は何十箇所も包丁で刺されていたそうです。
 わたくしは手に持っていた書物を取り落とし、椅子から崩れ落ちました。
「旭!」
 お兄様が支えてくださらなかったら、頭を打ち付けていたことでしょう。
「あ……は……わ、ああ……」
 わたくしは癲癇のような発作を起こして、目を白黒させながら、四肢を痙攣させておりました。
 父がこの世から消えてくれた!
 誰かが父を抹殺してくれた!
 わたくしは連日のように、崎守と褥を共にしておりました。父を殺したのは、わたくしではございません。
「旭」
 父がいない世界とは、なんとすばらしいのでしょう。わたくしは喜びのあまり射精してしまい、股間を濡らしていたのでございます。
「旭っ!」
 お兄様がわたくしを呼び、わたくしの手を取って抱き締めてくださりました。わたくしは夢中になってお兄様の唇を求めたのです。崎守の存在は、わたくしの意識から完全に抜け落ちていたのでしょう。わたくしはお兄様の激しい口腔への愛撫に心を奪われておりました。
 わたくしは陶然としたまま、されるがままになっていたのです。お兄様はわたくしの着物の前をはだけ、乳房を露出させました。舌先でわたくしの口腔を貪りながら、わたくしの小振りな乳房を掌で揉み潰したのです。
「んんっ! ……は……あ……ん……」
 お兄様はわたくしを押し倒し、角帯と下帯を剥ぎ取ってしまわれました。お兄様の赤く長い舌がわたくしのそそり立った陰茎に唾液を塗り付けていきます。
「あっ……はあっ……」
 上品な口が大きく開かれ、わたくしを根元まで咥え込みました。温かな粘膜に包まれ、今にも蕩けてしまいそうでした。
「あんっ……はあんっ! あぁぁぁんっ! ……ぁあっ……」
 わたくしはあられもない嬌声を上げ、お兄様の口内に欲望を吐き出しておりました。忘我状態のわたくしを見下ろしながら、お兄様は口元を拭われました。淫蕩な仕種に、目が眩むようです。
 お兄様はドアへと視線を戻しました。そこには、崎守が立ち竦んでおりました。この時、お兄様がどれほど恐ろしい顔で崎守を見据えていたのか、わたくしにはわかりかねます。
「何をしている。出て行け」
 崎守がどんな顔をしていたのか、今となっては、知る由もありません。ただ、ドアが閉まる音を聞いたような気がしました。
 わたくしは、お兄様の口元に柔らかな唇を押し付け、激しく求め合う口付けを繰り返しておりました。お兄様の腰に股間を押し付けながら、必死になってお兄様の洋服を脱がそうとしていたのです。
 お兄様が自ら服を脱ぐと、立派な男根が堂々と天を仰いでおりました。わたくしは恍惚としたまま、お兄様の股間に顔を埋めました。
「旭っ」
 お兄様の艶めかしいお声が、今でもわたくしの頭から離れません。お兄様の男根はとても大きく、硬く滾っておりました。顎が外れそうになるほどわたくしの喉を圧迫しました。口の中には収まりきらず、わたくしはえずきながらも必死で雁首をしゃぶりました。わたくしは両手を使って根元や袋を愛撫しておりました。わたくしの粘膜に包まれた男根は、わたくしの口の中で質量を増していきます。感じてくださったことが嬉しくなり、わたくしは夢中で、お兄様のたくましい男根を愛撫しておりました。
「旭っ!」
 お兄様は叫ぶようにわたくしの名を呼び、わたくしの口から男根を引き抜かれました。そのままわたくしの腰を掴み、蜜を滴らせたわたくしの秘裂に切っ先を捩じ込みました。
「や……ふ……あああああんっ!」
 痛みにも似た快感に、悲鳴が迸ります。それでも、夜毎崎守に愛されたわたくしの秘裂は、易々とお兄様を呑み込んでいったのです。
「あぁんっ! ……ああああんっ!」
 慣らされることなく突き挿れられた熱棒は、容赦なくわたくしの中を穿ちました。泣き所ばかりを攻め立てられ、生理的な涙がわたくしの頬を伝っていきます。
「あ……あんっ! ……やあんっ! ……はぁぁぁあああっ!」
 お兄様は激しく抽送を繰り返し、何度も子宮の入り口を突き上げました。わたくしも淫らに腰を振り、貪るように淫蕩に溺れていきます。
「あっ……お兄様っ! お兄様っ! ……」
 わたくしはお兄様の首元にすがり付き、無我夢中で、お兄様を呼び続けておりました。
「旭っ……旭っ!」
 やがてお兄様がくぐもった唸り声を上げ、わたくしの中で果てました。内側で灼熱の激流が弾け飛ぶ感覚に、目の奥が真っ赤に明滅しました。悦楽の奔流が弾け飛び、体中の血液が沸騰するようです。わたくしはいつのまにか、官能の渦に呑まれておりました。
 お兄様の陰茎が抜き取られると、わたくしの膣襞が痙攣し、お兄様を惜しんでいるように感じられました。栓を失って溢れ出たお兄様の白濁が、わたくしの内腿を伝っていきます。
「……んっ……」
 些細な刺激にさえ感じてしまい、甘い吐息が漏れ続けておりました。
 そんなわたくしを、お兄様は膝の上に抱いてくださりました。
「旭」
 耳元で熱く囁かれると、鼓膜から侵されているようでした。耳朶を甘噛みされ、更なる喜悦が広がっていきます。内腿で、熱く硬い物の存在を感じておりました。
「あ……」
 お兄様の胸板が背中に当たっています。お兄様の顔が見えず、わたくしは肩越しに振り返りました。お兄様は熱を帯びた瞳で、わたくしを見返しておられました。お兄様の金緑色の濁りのない瞳に、わたくしは魅入られていたようです。わたくしはお兄様の少し荒れた唇を、食むように貪りました。口を大きく開き、互いの舌が口腔を行き来する感触を楽しみました。萎えていたわたくしの陰茎も硬さを取り戻しておりました。唇を離すと、透明な銀糸が二人の唇を繋いでおりました。わたくしは何故か、途方もなく切ない気持ちになったのです。
「お兄様」
 震える声で呼ぶと、わたくしの細い腰が持ち上げられました。次の瞬間、わたくしは勢いよく秘門を貫かれていたのでございます。
「ひぎっ! ……ああっ……あああああっ!」
 硬いままの蕾に肉棒を埋め込まれ、激痛がわたくしを責め苛みました。
「あっ……ああ……」
 それでも、わたくしの脳みそは、お兄様から与えられたものを全て、快楽として解釈してしまいます。
「ああっ……あ――っ!」
 急激にもたらされた愉悦に、悲鳴のような喘ぎが迸りました。
「あっ……はぁっ……やああっ……」
 自重でわたくしの体が沈み込み、お兄様とより深くつながっているのがわかりました。
 お兄様は息をつく間も与えず、激しい抜き差しを始めました。
「ああっ! はぁぁあんっ! あああああっ!」
 全身の血液が逆流し、頭の芯を染め上げていきます。
「ああっ……も、駄目っ……おかしく、なるっ……」
 お兄様の大きな掌が、わたくしの左胸を覆いました。わたくしは激しく脈打つ心臓を、鷲掴みにされたような気がしたのです。
「あ……お兄様っ……」
 乳嘴を摘ままれただけで、電撃のように鋭い喜悦がわたくしを貫きました。
「ああぁぁぁ――っ!」
 先走りが滲み出た陰茎に、お兄様の右手が添えられます。
「やっ……は……ああんっ……」
 鈴口を撫で擦られると、痺れるような快楽がわたくしを翻弄しました。
「堕ちてこい」
 お兄様の少し掠れたお声が、耳の奥で木霊します。低く凄みのある声を、少しも恐ろしいとは感じませんでした。
「穢れなく美しい旭。同じ血を分けた兄弟でありながら、何故こうも違うのだろう。早く、俺のところまで堕ちてこい」
 お兄様は何度も何度も、激しくわたくしの最奥を突き上げました。
「ああっ! ……ひあんっ! ……あああああっ!」
 胸の膨らみを指先で揉みしだかれ、片手で陰茎を撫で上げられました。三方から同時に与えられる快感に、脳髄がどろどろに溶けていくようでした。
「あ……はあっ! ……やぁ……」
 わたくしは自ら首を動かして、お兄様の唇に吸い付きました。舌が絡まり、体液が混じり合う感覚がありました。肉体の境界がわからなくなり、魂が混じり合うような、至上の悦びがそこにはありました。
 体内でお兄様の欲望が爆ぜるのと同時に、わたくしは透明な愛蜜を迸らせておりました。
 目蓋の裏には、漆黒の闇が広がっておりました。やがて光の粒が降り注ぎ、瞬く間に世界を染め上げていきます。辺り一面に、極彩色の夢が広がっておりました。
 
   12
 
 お父様が殺されてから数日が経った頃でした。警官が別荘を訪れ、父と叔父を殺害した下手人として、崎守を引っ立てたのでございます。
「何かの間違いです!」
 わたくしは必死になって訴えました。
「崎守が、お父様や叔父様を手に掛けるはずがありません! だって、崎守は――」
 夜はずっと一緒にいました。わたくしは、その言葉を呑み込みました。
「崎守は、なんです?」
「なんでもありません」
 わたくしは警官から目を逸らしました。
 子爵家の嫡男が、夜毎使用人に抱かれていたという事実を、誰にも知られたくなかったのです。
「とにかく、証拠が揃っているんです」
 警官はそう言って、取り合ってくれませんでした。
「崎守! ……崎守っ!」
 わたくしは家を飛び出して、警官に連行されていく崎守の後ろ姿に呼びかけました。崎守は立ち止まって、わたくしを振り返りました。口の中で何か呟き、わたくしに向かって深く頭を下げたのです。崎守の瞳には、涙が浮かんでおりました。あの時の崎守の顔を、わたくしは生涯忘れることができないでしょう。思えばこれが、崎守とわたくしの今生の別れとなりました。
 わたくしはどうしても、崎守が父と叔父を殺害した犯人だとは思えませんでした。しかし、警官が言っていた『証拠』という言葉が気になります。まさかとは思いますが、現場に崎守の指紋や遺留品があったというのでしょうか。
 何か手がかりがあるかもしれないと思い、わたくしは崎守の執務室を捜してみることにしました。
 執務室は整理整頓されており、塵ひとつ落ちていませんでした。崎守の几帳面な性格が窺えます。机の引き出しを捜そうとしている時、わたくしはペン立てを倒して、万年筆を床に落としてしまいました。拾うために身を屈めたわたくしは、引き出しの裏側に、封書が張り付けてあるのを発見しました。引き剥がしてみると、どうやらわたくし宛の手紙のようでした。
 わたくしはハサミで封を切り、便箋を取り出しました。そこには、崎守の悲痛な叫びが綴られていたのでございます。
 
 坊ちゃま。この手紙が坊ちゃまに届くと信じ、ペンを取らせていただきました。真実の告白がこのような形になったことを、深くお詫び申し上げます。
 坊ちゃま。どうか私の末期に、私の本当の気持ちを、坊ちゃまに知っていただきたいのです。
 坊ちゃま。お慕い申しております。
 初めてあなた様の肌に触れた時の、私の天にも昇るような悦びが、きっとあなた様には、おわかりにならないでしょう。
 私の初めての恋は、旭様――あなた様なのです。
 私は生涯、あなた様だけを愛し続けておりました。
 申し上げます。兵衛様と雅典様を手に掛けた下手人は、坊ちゃまではございません。もちろん、私でもありません。坊ちゃまが『お兄様』と呼んで慕っておられる、あの悪魔なのでございます。しかし、私が悪魔の共犯であることには相違ありません。ことの経緯を申し上げるには、悪魔の出生の秘密を申し上げねばなりません。
 先代の神楽坂家のご当主、和巳様には、三人のお子がございました。長男の兵衛様、次男の雅典様、そして、長女の瑠璃子(るりこ)様でございます。瑠璃子様はお母上の艶子(つやこ)様に似て、たいそう可愛らしい方でございました。兵衛様は妹の瑠璃子様を特別に可愛がられ、いつしか一人の女性として愛されるようになりました。瑠璃子様は、兵衛様のお子をご懐妊なさったのです。その事実を知った和巳様はお怒りになり、瑠璃子様を蔵の地下に閉じ込めてしまわれました。瑠璃子様は間もなく、男の子をご出産されました。それがあの悪魔、飛鳥なのでございます。飛鳥はそのまま、蔵の中で育ちました。
 飛鳥が和館の座敷牢に移されたのは、七年前です。坊ちゃまもご存知の通り、地震で和館が崩れ落ちたあの日までずっと、飛鳥は座敷牢で監禁されていたのです。
 坊ちゃま。私は関知しておりませんでしたが、あの男は、女中頭の初を筆頭に、下男や下女たちの慰み者にされていたようでした。七年前に坊ちゃまに出会ったことで、坊ちゃまに対して、おぞましい劣情を抱くようになったようです。
 坊ちゃま。あの男は、悪魔でございます。
 悪魔が、ある時私に囁きました。
「旭は、兵衛と雅典の死を望んでいる。俺は七年前、旭に兵衛と雅典を殺してやると約束した」
 悪魔は金色の瞳で、私を見据えておりました。
「旭を愛しているんだろう」
 悪魔は獰猛な本性を剥き出しにして、舌舐めずりをしていたのです。
「あいつはいい。両性具有だから、というわけじゃない。ほてると白い肌が朱に染まって、薔薇が咲いたように美しいだろう。肌はどこもかしこも滑らかで、吸い付くようだ。奴の身内が、奴に執着しているのも無理はない。柔らかな乳房の中心で、けなげに勃ち上がった乳首。乳首を捏ねると、中がきゅっと締まって、甘い蜜がとろとろと溢れ出る。あんな名器は他にいない。前だけじゃない。後ろも締まりがいいんだ。俺は、雅典に締まりが悪いと言われたが、旭を抱いて納得したよ」
 下卑た笑みを浮かべる悪魔に、私は逆上して殴りかかりました。坊ちゃまをよこしまな瞳で見詰めるあの男が、私には許せなかったのです。
「おまえも、旭を知っているんだな」
 私は、息が止まりそうでした。
「俺達は、同じ人間を共有しているんだよ」
 金色の双眸に射抜かれ、私は身動きが取れませんでした。
「おまえが俺の手助けをすれば、旭は振り向いてくれるかもしれないぞ。旭を一人占めできる、またとない機会だ」
 私の心臓が、大きく脈打ちました。坊ちゃまを独占する。それは私の悲願でした。坊ちゃまを手に入れることができるのなら、他には何もいらない。私は、坊ちゃまを愛するあまり、悪魔の甘言に、耳を貸してしまったのです。
 坊ちゃま。雅典様を手にかけた下手人は、坊ちゃまではございません。あの悪魔なのです。
 どうかお許しください。坊ちゃまの手に付着していたのは血糊なのです。私が細工しました。
 坊ちゃまが雅典様の死を望んでいると知った私は、坊ちゃまを精神的に追い詰めて、私だけを頼っていただきたかったのでございます。坊ちゃまを苦しめてしまい、大変申し訳なく思っております。申し訳ございません。
 私はあの男に命じられ、あの男が自動車で移動する手助けをさせられました。
 兵衛様の死に関して、私はあの悪魔に、坊ちゃまに薬を盛るように命じられました。あの頃の坊ちゃまは、雅典様を殺してしまったと思い悩んでおられました。何日も寝ておらず、食事も喉を通らなかった坊ちゃまに、睡眠薬を飲ませるのは簡単でした。
 私は運転手を雇い、悪魔の送迎をさせました。私の役目は、坊ちゃまを悦楽に溺れさせることで、坊ちゃまが悪魔の不在に気付かないようにすることだったのです。
 私はきっと、どうかしていたのです。あなた様を思うあまり、私の両眼は眩み、あなた様のことした見えなくなってしまいました。旭様は本当に、兵衛様と雅典様の死を望んでおられたのか。お二人がこの世からいなくなれば、本当に幸せになれるのか。あなた様に確かめようともせずに、私は結果的に、悪魔に従ってしまったのです。本当に旭様のためになっているのか、未だに判断がつきません。
 ただ、これだけはわかっております。坊ちゃまは、私ではなく、悪魔をお選びになった。坊ちゃまが悪魔を愛しているとおっしゃるのなら、私は潔く身を引きます。坊ちゃまから悪魔を引き剥がすものは、全て私が取り除いてみせましょう。
 ですが、これだけは覚えておいてください。崎守がなすこと全て、坊ちゃまへの愛故なのです。お慕い申しております。旭様。どうか、幸せになってくださいませ。この崎守、地獄の業火に焼かれながら、旭様の幸せのみを祈り続けております。
崎守太郎
 
 わたくしは震える指で、手紙を握り締めておりました。
「地獄の、業火……?」
 掌は汗ばみ、全身の毛穴から冷や汗が噴き出しています。体の芯から、震えが湧き上がってきました。
 まさか。まさか崎守は、死ぬつもりなのでしょうか。
 わたくしの中で点と点がつながり、一本の線になっていきます。
 甥であるわたくしにさえ、その存在を隠され、闇の中に葬り去られた瑠璃子様。瑠璃子様が飛鳥の母親だとすると、全ての事象が結び付いていくのです。
 雷に打たれたような衝撃が、わたくしを襲いました。
「あ……あ――っ! ――っ!」
 わたくしは書状を取り落として、頭を抱えて大粒の涙を流しておりました。
 悲劇は繰り返される! 罪深きわたくしは、同じ過ちを犯してしまったのです。
「ここにいたのか」
 いつの間にか、お兄様が執務室に入ってきていました。崎守の手紙に夢中になり、お兄様の来訪に気付かなかったのです。
「警察から連絡があったよ。崎守が獄中で死亡したそうだ」
 お兄様の言葉に、わたくしは目を見張り、根が生えたように動けずにいたのでございました。
「死ん、だ? 崎守が……死んだとおっしゃるのですか……?」
 崎守の手紙を拾い上げたお兄様の口元には、歪んだ笑みが浮かんでおりました。わたくしにはお兄様の精悍な横顔が、ひどく冷たいものに感じられたのでございます。
「迂闊だった。崎守がおまえに、こんな手紙を遺していたとは」
 手足が強張り、冷や汗が背筋を伝い落ちていきます。
「まさか、お兄様が?」
 わたくしの声はしわがれ、他人のもののように感じられました。
 わたくしの言葉に、お兄様は冷笑を浮かべました。
「ご冗談を。いくら俺でも、獄中にいる人間を、どうやって殺すというのだ」
 お兄様は暗に、崎守の手紙が真実であると仄めかしたのでございます。
 わたくしはかん高い悲鳴を上げ、その場にくずおれました。頭を抱えて天を仰ぎ、この身の不幸を嘆いたのです。
 なんという悲劇! なんという悪夢! 兄妹で交わって生まれ出でた不義の子供が、また兄弟で愛し合うなどと!
 あろうことはわたくしは、わたくしの胎に、何度もお兄様の子種を受け入れてしまったのでございます!
「旭」
 お兄様は静かにわたくしの名を呼び、わたくしの腕を取ったのです。わたくしは咄嗟に、お兄様を振り払おうとしていました。
 お兄様の端正なお顔に、苦渋の色が浮かびます。お兄様はわたくしを乱暴に引き寄せました。うつ伏せに倒れた腰の上に、お兄様が馬乗りになりました。お兄様の獣のような息遣いが、耳元で響いておりました。
 お兄様はわたくしの着物を引き裂き、下帯も引きちぎってしまわれました。
 お兄様はろくにほぐさぬわたくしの秘裂に、昂った男根を突き挿れたのでございます。全身を引き裂かれるような痛みに、わたくしは絶叫しました。
「ひぎゃっ! ぎっ、ぐ……ぎぃやああああっ! あ――――っ! あああああああああっ!」
 生理的な涙が溢れ、わたくしの視界を滲ませます。強い力で乳房を掴まれ、力任せに乳首を押し潰されると、じわじわとした愉悦が体中に広がっていきます。
「……っぁ……あっ……」
 お兄様は腰を前後に突き動かし、わたくしを官能の渦に陥れたのでございます。
「ああっ! あぁぁぁぁぁっ!」
 お兄様がわたくしの体内に灼熱の欲望を爆ぜたのと同時に、わたくしもエクスタシーに達しておりました。
 お兄様は男根を入口近くまで引き抜き、わたくしの体を反転させました。お兄様は角度を変え、再びわたくしを突き上げたのです。
「いっ! やぁっ……いぁぁぁぁあああああっ!」
 泣き所を何度も擦られ、湧き上がる陶酔が視界を薔薇色に染めていきます。
「あっ……あひんっ! ……はあんっ! はあっ……」
 開いた唇から、際限なくよだれと喘ぎが滴り落ちておりました。心が引きずられるように、底なしの沼へと沈んでいきます。もがけばもがくほど足を取られ、絶望の淵へと堕ちていくようでした。
「旭」
 名を呼ばれて薄目を開けると、懸命に涙をこらえるお兄様の金色の瞳が、わたくしを見澄ましました。お兄様は優しく、わたくしの頬に手を添えました。お兄様の指先は冷たく、震えていたのでございます。
「あなたはいつか、ここから出るのですよ。ここを出て、自由に生きるのです。母の、最期の言葉だ」
 お兄様は朗々と心中を語ってくださったのです。
「俺は悪魔。現世に仇なす悪意の権化。未だに夢に見る。あの日、俺の頭上に、天井が落ちてきた。暗闇で身じろぎもできずにいた時、突然それはやってきた。それは容赦なく俺の手首や足首に絡み付き、俺を連れて行こうとした。なんだかわかるか? 『死』だよ。残酷な静寂が俺を押し潰そうとした時、母の言葉が、呪詛のように俺を支配した。俺はこのまま、ここで死ぬのだろうか。俺の人生は、いったいなんだったのだ! 俺はいったいなんのために、この世に生まれてきたのだ! おまえの声が耳元で響いた。旭に会いたい。旭がほしい。初が戯れに俺をもてあそんだように、俺も旭を征服する。獣のような強欲が、俺に活力を与えた。旭はどんな顔をして、どんな声で啼くのだろう。幾度となく初を抱きながら、俺は旭を犯してきた。死んでたまるか! このまま、奴らの思い通りに死んでなるものか! 激しい嫉妬と劣情。俺の中に相反する感情が生まれた瞬間、俺は復讐鬼となった」
 わたくしはお兄様の呪いに満ちた狂気に怯えるばかりで、手足をばたつかせてお兄様から逃れようとしておりました。
 お兄様はそんなわたくしの頭を撫で、幼子に言い聞かせるように、優雅な笑みを浮かべました。
「崎守に言わせれば、俺には心がないそうだ」
 崎守と聞いて、わたくしは目を見張りました。わたくしの反応が気に食わなかったのか、お兄様はいつかのように、わたくしのうなじに歯を立てました。
「んんっ! ……あ、ああっ……」
 お兄様はわたくしを労うように、傷口を紅い舌で舐めてくださりました。そのお顔は、ぞっとするほど艶やかで、神秘的な魅力に満ちておりました。
「今でこそ何も感じないようになったが、子供の頃の俺には、心と呼べるものがあったのだ。七年前、母・瑠璃子と共に、俺の心も死んでしまった。あの頃の俺は、恨みつらみでいっぱいだった。兵衛と雅典は、俺の目の前で母を犯していた」
 あまりの衝撃に、わたくしは飛鳥から視線を逸らすこともできず、言葉を失いました。母親が輪姦される姿を目の当たりにして育った飛鳥は、心に底知れぬ闇を抱えていたのです。
 飛鳥は口角を上げ、慈愛に満ちた眼差しでわたくしを見詰めました。
「十三の頃、初めておまえに出会った。おまえの告白を聞いて、俺にはすぐにわかったよ。おまえも母と同じように、兵衛と雅典の――あの狂った兄弟に慰み者にされていると」
 わたくしは奥歯を噛み締め、涙が込み上げてくるのを必死でこらえました。崎守を殺したかもしれない飛鳥の言葉に、わたくしが心を動かされてはいけないと思ったのです。
「あの後、手ひどい打擲を受けたのだろう。おまえのことだけが気掛かりだった。あの時、俺は決めたのだ。おまえのために生きよう。おまえは俺の一条の光。おまえだけが俺の希望。ただ、おまえのためだけに生きていこうと。母亡き後、でく人形だった俺に、おまえが新たな目標をくれた。おまえの存在が、俺を生かしている。俺がどんなにおまえを愛していても、おまえにはわかるまい」
 わたくしは、お兄様の鬼気迫る様子に、ただただ震えるばかりでした。
「旭。まだわからないのか。俺は、おまえの望みを叶えてやっただけだというのに」
 わたくしははっとして、動きを止めました。お兄様は凶悪な瞳で、わたくしを見返しておられました。
「どういうこと、ですか」
 あまりの恐怖に、わたくしの声はしわがれ、細かく震えていたのでございます。
「忘れたとは言わせない。七年前、おまえは俺に、『一緒に逃げて』と頼んだだろう」
 冷たい血液が、わたくしの体温を奪っていきます。冷や汗がにじみ、わたくしの心臓は、狂わんばかりに脈打っていました。
「確かに、頼みました。ですが、それがいったい、なんだというのです?」
 お兄様は、咎めるようにわたくしの乳首に噛み付きました。
「いっ……」
 膣が締まったのか、お兄様も恍惚としたお顔をされていました。
「その後、俺はこう言ったのだ。『殺してあげるよ。僕がいつか、君の代わりに、君のお父様と叔父様を、殺してあげる』」
「ひっ……あ、ああっ……」
 記憶がまざまざとよみがえり、視界を朱色に染め上げていきます。その中心で、お兄様が蒼い炎に揺らめいて見えたのです。
 絶望が、わたくしを呑み込んでいきました。
「頼んで、ない……」
 わたくしは声を張り上げたつもりだったのに、蚊の鳴くような声になってしまいました。
「そんなこと、頼んでない……! 僕は……僕はただ……一緒に、逃げてって……」
 飛鳥の闇色の双眸が、わたくしを捕らえた瞬間でした。
 わたくしは、蜘蛛の糸に囚われた蝶のように、身動きができなくなりました。もがけばもがくほど、自らの首を絞めるかのように。
「赦さない。俺から、逃れられると思うな。おまえだけが何も知らずに生き続けるなんて、そんなことは赦さない」
 お兄様はぐっとわたくしの腰を引き寄せ、子宮の入り口まで突き上げました。
「はうっ! ……あ……ああっ!」
 お兄様は激しい抽送を繰り返し、わたくしの中を擦り続けました。膣襞が収斂し、お兄様の昂りが、手に取るようにわかったのです。
「やっ……いやですっ! ……お願い、抜いてっ! ……抜いて、くださいっ! ……い、いいいいっ!」
 わたくしは涙ながらに叫んでおりました。
「いあっ……や、あああああっ!」
 お兄様の精液が、わたくしの中に放たれました。
 こうして、お兄様による、監禁凌辱の日々が始まったのです。
 
   13
 
 お兄様はわたくしを、自身が捕らえられていた座敷牢に連れて行きました。わたくしから全ての衣類を奪い、檻の中に閉じ込めたのです。
「お兄様。こんなことはおやめください。自首をすれば、罪は軽くなります」
「まだそんなことを言っているのか。おまえには仕置きが必要なようだ」
 わたくしは生まれたままの姿で、後ろ手に縛られ、自殺防止のための猿ぐつわを噛まされました。その上、鎖が付いた首輪を犬のように付けられたのです。
 信じられないことに、お兄様は座敷牢の中から、全ての灯りを取り去ってしまわれました。わたくしは、音のない絶望的な闇の世界に、ただ独りで、取り残されたのでございます。
 わたくしは初めて、お兄様の毛髪を白頭化した恐怖を、身をもって体験することになりました。闇の中では、時間の流れがわかりません。両手を縛られ、首輪を付けられた状態では、眠ることもできません。鎖には、十分な長さがありません。寝返りを打てば、首が絞まってしまうかもしれないのです。
 わたくしは身じろぎもできず、漆黒の闇に捨て置かれてしまったのです。
 飢え、渇き、恐怖が、わたくしを支配するのに、それほどの時間はかかりませんでした。お兄様が灯りと水と食料を持って来てくださった時には、わたくしはすっかり、抵抗する気力を失くしていたのです。
 お兄様は、わたくしの全ての束縛を取り去り、簡易な寝台まで運び込んでくださったのです。ぐったりとしたわたくしの体を抱き起し、厚い胸板でわたくしを支えながら、水差しの水を飲ませてくださりました。
 久方ぶりに味わう水に、わたくしは咳き込んでしまいました。お兄様は、そんなわたくしの背中を優しく擦り、口移しで水を与えてくださりました。
 わたくしは、出会った頃と、立場が逆転しているのに気付きました。今では、お兄様がわたくしを介抱し、口移しで水と食べ物を与えてくださるのです。いいえ。お兄様が与えてくださったのは、水と食べ物だけではございません。お兄様はわたくしに、今まで味わったことのない、至上の悦びを与えてくださったのです。
 お兄様は、すっかり従順になったわたくしの両手を後ろ手に縛り、両足も縛って、双方の結び目まで結わえてしまわれました。わたくしは畳の上で、さかさまの海老のように仰け反り、不自然な体勢を取らされてしまいました。その上、わたくしの乳頭を細い糸で縛り、胸の頂をつなげて、その間に小さな鈴を通したのです。
「んっ……っ……あ……ん……ふ……」
 りんっ、とわたくしが感じて体を揺するたびに、鈴は小気味よい音を立てました。お兄様の仕置きは、それだけでは終わりませんでした。お兄様は、あろうことか、わたくしの秘裂と秘門に、お兄様自身をかたどった張形を奥深くまで突き入れたのです。
「あうっ! ……あ、ああっ……んんっ!」
 絶えず蜜を溢れさせる秘裂は、張形を咥え込んでいることが難しいのです。落ちそうになるたびに、お兄様はわたくしの尻を鞭打ち、張形を押し込んでくださりました。
「あっ! ……あ―――っ!」
 痛みに秘門が収縮し、わたくしの摂護腺を刺激します。再び溢れ出す淫蜜に緩んだ秘裂に、力任せに張形が挿し入れられます。
「あひっ! ……やんっ……あ、ああああああああっ!」
 わたくしは快楽の沼に沈み、徐々に意識が薄れていきます。ぼやけた視界の中心に、お兄様の股間が膨らんでいるのが見えるのです。わたくしは意識を手放す瞬間、張形ではなく、お兄様がほしいと。そう切に願うのです。
 今思うと、わたくしはお兄様の策略に、まんまとはまっていたのでしょう。お兄様はちょうど、檻の中を照らすロウソクが尽きる頃に来てくださりました。わたくしはいつしか、お兄様の来訪を心待ちにするようになったのです。
 お兄様は、わたくしがほしいものを与えてくださりました。光と水と食料と、そして、お兄様自身を。
 その日は珍しく、お兄様は仕置きをすることなく、檻に入るなり、服を脱いでわたくしを膝の上に抱いてくださったのです。
「あ……は、ああっ……」
 お兄様は、わたくしに脚を大きく開かせ、秘裂から蜜が滴るほど丁寧に愛撫してくださったのでございます。
「気持ちいいか?」
 静かに問われ、わたくしは薄目を開けました。お兄様は陶然とした瞳で、わたくしを見詰めておられました。
「ええ……とて、もっ……! ……っ!」
 わたくしはお兄様にしなだれかかり、わざと股間を押し付けておりました。
「ですが……」
 わたくしが上目遣いで訴えると、お兄様は心得たとばかりに笑顔を浮かべ、わたくしの腰を掴むと、ゆっくりと熱棒目掛けて下ろしてくださりました。
「あっ! んんっ! あああああああっ!」
 卑猥な水音を立てながら、ほぐされた膣襞が、ゆっくりとお兄様を受け入れていきます。灼熱の楔が内側を満たしていくのがわかり、わたくしは身を仰け反らせて、快感に震えました。
「ゆっくり。ゆっくりだ」
「ああっ! ……は、ああああああっ! ……あ、ああ……」
 わたくしは自重により、内側が満たされていく充足感を、存分に感じていたのでございます。
「んんっ! あっ、ああっ!」
 お兄様の全てを受け入れ、わたくしはあまりにも激しい悦楽に意識を手放しそうになりました。ただ受け入れただけで、わたくしの体は、この人のために造られたのだと、至上の悦びを感じずにはいられなかったのです。
「お兄様……」
 わたくしは愛情を込めて、お兄様に自分からキスをしました。お兄様は唇を開いて、わたくしを受け入れてくださりました。わたくしは、お兄様の歯列をなぞり、口蓋やら歯茎やら、歯の裏側やらを愛撫しました。そして、奥にあったお兄様の舌を絡め捕ったのでございます。
 わたくしは貪るように、お兄様の唾液を味わいました。
「んっ……ふ……」
 お兄様の唾液は、まさしく甘露でございました。わたくし達はお互いを抱き締め合い、快美な口付けに酔いしれていたのです。
「っ……あ、はあっ! ……ん……」
 お兄様がわたくしの唇を舐りながら、片手で硬く尖っていた乳首をきゅっと摘まみました。
「んっ……ふ、んぁ、あ……ああ……」
 お兄様はもう片方の乳首も乳輪ごと揉みしだき、ぐっと腰を掴むと、下からわたくしを突き上げたのでございます。
「ああっ! ……はっ、あああああっ……」
 わたくしは勢いよく上体を仰け反らせた反動で、お兄様にすがり付きました。
「お、に……さ……まっ……はあっ! ……っ……も、無理ですっ! い、いいっ!」
「まだだ。俺が果てるまで、付き合ってもらう」
 お兄様の熱い吐息が、わたくしの胸を焦がしました。
「そ、んな……あっ……んんっ……」
 わたくしは、口では反抗しながら、お兄様の旺盛な精力を悦んでいる自分に気付いておりました。
「ああっ……あっ、ああっ! ああああああっ!」
 お兄様が腰を振るたびに、わたくしの陰茎から、だらだらと先走りがこぼれていきます。
「くっ……」
「あ、あ――っ!」
 わたくしは、お兄様が果てるのと同時に、大量の白濁を吐き出しておりました。
 わたくしはお兄様の腕の中でくずおれ、甘美な陶酔に身を任せておりました。
「いい子にしている褒美に、崎守のことを教えてやろう」
 薄目を開けると、お兄様は酷薄な笑みを浮かべておられました。
「崎守は、おまえが殺したようなものだ」
 わたくしの唇は、わなわなと震えておりました。一気に血の気が失せていき、体温を失った指先が小刻みに振るえています。わたくしは、力なくかぶりを振ることしかできませんでした。
 お兄様はわたくしの顎を掴み、闇色の双眸で、わたくしを見澄ましました。
「おまえが殺したんだ」
 そうして、事の経緯を語ってくれたのです。
「兵衛と雅典を手にかけた直後だった。おまえは覚えていないだろうか、おまえの部屋でおまえを抱いている時、崎守を呼んだのだ。おまえは薬で朦朧としていたが、崎守に『罪を被って死んでくれ』と頼んだのは、おまえだ」
 わたくしは、目を見開いて必死に記憶の糸を手繰りました。わたくしは夢だとばかり思っていましたが、確かに、思い当たる節があったのです。
 
   ※
 
 わたくしはお兄様の胸に背を任せ、あぐらをかいたお兄様の膝に乗り、後ろから秘門を貫かれていました。
「んんっ! ……あ、ああっ! ……はぁ……」
 わたくしは乳房と陰茎をまさぐられ、喉を仰のかせておりました。
「旭。今夜はお客様がいる。おまえが乱れるさまを、見せて差し上げろ」
 わたくしには、お兄様の言葉の意味がわかりませんでした。突如視界の端に現れた骨張った手によって、わたくしの乳房に爪を立てていたお兄様の腕が、瞬時にひねり上げられたのです。
「坊ちゃまに乱暴するな。旭様を傷付けることは、この私が許さない」
 わたくしのぼやけた視界の中心で、崎守が鬼神の如く立っていました。怒りの感情を露わにした、鬼の形相をしていたのです。
「さき……も……」
 夢だとばかり思っていたわたくしは、崎守がわたくしの寝所にいることに、なんの疑問も持たなかったのです。
「お兄様に……痛く、しないでっ……」
 わたくしが涙ながらに訴えると、崎守は、まるで痛ましいものを見ているかのように、苦痛に顔を歪めたのです。
「っ……あ、ああ……はっ! ……」
 わたくしの中で、お兄様が大きくなっているように感じられました。秘門は隙間なく満たされているのに、腹の奥の空洞が――子宮が、埋めてほしいと切なく疼くのです。
「あ……っ! ……さき、も……おねが、いっ! ……いっ……っぅ……助け、て……!」
 お兄様がわたくしの髪を引っ張ったため、自然と顔が上を向きます。崎守は、お兄様の手を払いのけると、わたくしの後頭部を優しく包み、わたくしの唇に、触れるだけのキスを落としたのです。崎守の壊れ物に触れるかのような口付けに、わたくしは胸の高鳴りを覚えました。
「一夜の夢だ。せいぜいおまえが、満足させてやるんだな」
 お兄様はそういうと、わたくしを抱いたまま、寝台の上に仰向けになったのです。
「うっ……はあっ、あ――っ!」
 抜けかけた男根が摂護腺を擦りながら最奥を貫き、わたくしは勢いを失った白濁を垂れ流しました。
「ああ……あ、んっ! ……っ……」
 お兄様の掌が恋しい。あの大きな掌で、熟れた果実のように色付いた乳首をこねくり回してほしい。いききれない陰茎を扱き、思う様に透明になるまで欲望を放出させたい。何よりも、淫蜜を溢れさせる蜜壺を、熱杭で満たしてほしい。
「たす……け、て……さき、も……り……」
 わたくしは、立ち尽くす崎守に、涙ながらに助けを求めました。崎守が、生唾を呑み込んだのがわかりました。
 崎守は一旦わたくしから離れると、着ていたものを全て脱いでいきました。
「崎守……」
 わたくしは、うっとりして崎守の裸を見詰めました。着痩せする体質なのでしょうか。たくましい筋肉が全身を覆っていたのでございます。わたくしは崎守の美しい裸形に、見惚れていたのでございます。彫像の如く屈強な肉体の中心に、崎守の分身が、堂々と天を仰いでいました。
「崎守」
 わたくしが両腕を広げると、崎守は軽く頷き、ゆっくりとわたくしに覆い被さりました。
「あっ……さき、もり……っ! ……」
 わたくしは、かつてないほどの多幸感を味わっておりました。わたくしのふたつの空洞が、この世でふたつとないほどの、立派な男根で満たされているのです。まさに、天にも昇る夢心地でした。
「あっ! ……あ、あんっ! ……ああああああんっ!」
 崎守は、わたくしの感じる場所を擦り上げ、同時に乳首や陰茎にも強烈な刺激を与えてくれたのです。
「あっ……はあっ! ……んんっ! ……ああっ……っ! ……ああっ! ああんっ!」
「ぐっ!」
 わたくしが腰を振ったことで、中のお兄様も昂っていくのがわかりました。
「ああっ……あっ! ……ああああああっ!」
 わたくし達三人は、ほぼ同時に絶頂を迎えました。
「あ……あ――っ!」
 体内に注がれる熱いしぶきが、更なる法悦を呼び起こしていきます。わたくしは終わりのない快感の嵐に、ただただ翻弄されておりました。
「旭様」
 優しく名を呼ばれ、わたくしは薄目を開けました。崎守が――わたくしを最も愛してくれるわたくしの恋人が、涙に濡れた瞳で、わたくしを見詰めていたのでございます。
「この崎守、あなた様のためなら、命さえも惜しくありません」
「崎守」
 わたくしは強い感銘を受け、崎守の気持ちに応えるために、自ら唇を合わせたのでございます。
 
   ※
 
「おまえは、『命さえも惜しくない』と言った男に接吻をした。その結果、崎守は自ら命を絶った」
 鈍器で頭を勝ち割られたような衝撃が、わたくしを襲いました。冷気が滝のように全身を駆け巡り、心臓に残酷な一撃を食らったかのように、視界に血の海が広がっていきます。
 お兄様は酷悪な双眸で、わたくしを見澄ましておられました。
「おまえは、ただひとつの希望につながる一条の光を、自らの手で滅ぼしたのだ。一切の見返りを求めず、ただひたすらに相手を思いやる無償の愛。崎守の愛だけが真実だったというのに」
 深淵が、わたくしを捕らえた瞬間でした。暗闇で身動きができず、あとは、地獄の果てまで堕ちるだけ――。
 
 お兄様は、寝台の上でわたくしを抱き、そのまま一緒に寝てくださるようになりました。
 ある時、お兄様はわたくしの胸に顔を寄せ、「母(かか)様(さま)」と呟かれました。
「お兄様?」
 お兄様は呼びかけには応じず、目を閉じたまま、わたくしの乳首に吸い付きました。
「母様」
 弱々しく呟くお声が、わたくしの深層まで沁み込んでいきます。
「お兄様」
 その時、わたくしは深く悟ったのでございます。わたくしは、飛鳥にとっての母であり、女でもあり、弟でもある。父なる神が、異教の神ヘルマフロディトスに似せて、ふたつの性を与えてくださったのは、全ては飛鳥のため。飛鳥と共に生きるためであったのだと。
 わたくしは生まれて初めて、満たされていると感じておりました。わたくしはこの時、一切の罪を赦され、癒された気がしたのです。
 兄妹で愛し合った父と叔母の罪。お兄様を幽閉した一族の罪。父と叔父の命を奪い、弟を愛したお兄様の罪。崎守を死に至らしめたわたくしの罪。そして実の兄を愛し、愛欲に溺れたわたくし自身を。
 飛鳥を胸に抱きながら、わたくしは夢を見ました。
 神父様。あなた様によく似た金髪に碧い眼を持つ美丈夫が、わたくしのお腹を指し示し、極上の微笑みを浮かべたのです。彼の背には、純白の翼がはためいておりました。
 ああ! わたくしは歓喜に震えました。わたくしの中に、生命の息吹を感じたのです。わたくしは、わたくしのお腹に、新たな命が宿っていることを、深く悟ったのでございます。
 
   14
 
 お父様や叔父様、崎守を喪ってから、間もなく二年が経とうとしています。わたくしは現在、田園調布の新居にて、お兄様と、そして我が子と共に暮らしております。
 神楽坂家の爵位と事業は、当然のことながらお兄様が引き継がれました。
「飛鳥様が社長に就任されてから、神楽坂紡績はますます業績を伸ばしています」と、新しい家令が申しておりますが、わたくしにはあずかり知らぬことでございます。
 乳母を雇っておりますが、息子の賢(けん)太(た)郎(ろう)の世話は、なるべく自分達で行うようにしています。
 息子の寝顔は天使のように愛らしいのですが、赤ん坊ですから、当然むずかることもあります。賢太郎の顔は、お兄様とは似ても似つきません。泣く直前のしわくちゃな顔が、ある人物を想起させるのです。
 賢太郎は、お兄様の子供ではないのかもしれない。わたくしには、そう思えてならないのです。
 乳母にそれとなく聞いてみると、赤ん坊はそういうものだと申しておりました。賢太郎がお兄様の子供ではないなどと、きっとわたくしの思い過ごしなのでしょう。
 賢太郎に乳を与えていると、時折お兄様が羨望の眼差しでわたくしを見詰めていることがございました。そういう時は、わたくしは賢太郎を乳母に任せて、お兄様と共に寝所に行くのです。
 二人きりになった途端、お兄様はわたくしを押し倒し、乱暴とも言える手付きで、わたくしのたわわな乳房を露出させます。
「旭っ」
 お兄様は目元を紅く染め、わたくしの乳房に吸い付きます。
「ご安心ください。僕はどこにも行きません。僕はいつでも、あなた様と共にあります」
 お兄様は、わたくしの揺れる乳房を鷲掴みにして、吸い尽くさん勢いで、乳を吸い上げます。
 わたくしは、お兄様の頭を抱き、幸せだと感じるのです。
 
 サルヴァトーレ神父様。末尾になりましたが、この世における事柄の全ては、主の思し召しなのでございます。あなた様が肉欲に苦しみ、自らを慰める行為にも、きっと意味があるのです。悔い改めれば、主は愛してくださります。
 どうか、あなた様にも、主のご加護があらんことを願って。
 アーメン。
大正十四年十月二十一日 神楽坂 旭
 
◆ ◆ ◆
 
 お兄様はわたくしの乳を飲みながら、わたくしの着物を脱がせていきます。
 わたくしは、笑いが込み上げてくるのを、なんとか耐えておりました。
 読者の皆様、わたくしがサルヴァトーレ神父様をたばかっていることにお気付きでしょうか。わたくしの死の接吻が、崎守を死に至らしめたと、お兄様はおっしゃっていましたが、実際はそうではないのです。わたくしは、崎守に死んでくれと明言したのです。
 ――この崎守、あなた様のためなら、命さえも惜しくありません。
 崎守にそう告げられ、わたくしは彼の耳元でこう囁いたのです。
 ――僕の全てを知っているおまえが生きている限り、僕は幸せにはなれない。崎守。本当に僕を愛しているのなら、僕のために、飛鳥の罪を背負って死んでくれ。
 さすがのお兄様も気付かれていないようですが、崎守は確かに、わたくしが殺したのでございます。
 崎守は忠実な下僕でした。わたくしの言葉通り死んでくれたのですから。
 崎守は彼自身の死によって、わたくしにとっての永遠の恋人となったのです。
 賢太郎という天使を遣わしてくれたのだから、崎守には感謝してもしきれません。
「ああ……っ! ……お、に……さまっ!」
 お兄様はわたくしを全裸にし、うつぶせになったわたくしの秘裂に、怒張した男根を突き入れたのです。
「あっ! ……あ――っ!」
「旭……旭っ!」
 熱病に犯されたかのように、お兄様がわたくしの名を呼びます。
「ああっ……お兄様……お兄様っ!」
 お兄様は腰を激しく振りながら、わたくしの揺れる乳房を鷲掴みにしています。
「あ……は、あっ! ……あああああっ!」
 わたくしはお兄様に後ろから貫かれながら、まるで乳牛のように、勢いよく乳を搾られていたのです。
「あ、ああっ……ああああああっ!」
 わたくしは、お兄様が果てるのと同時に、絶頂を迎えておりました。
 お兄様は荒い呼吸を繰り返しながら、男根を引き抜いてわたくしの体を反転させました。
「旭」
 汗で額に貼り付いたわたくしの前髪を整え、慈しむように、わたくしに口付けをしてくださったのです。
「旭。愛している」
 お兄様の瞳には、涙が浮かんでおりました。
「わたくしも……愛して、おります」
 お兄様は、再び兆した男根で、わたくしの腹の空洞を徐々に埋めていきます。
「あ……んんっ! ……あ、ああっ! ……」
 わたくしは両手両足を伸ばして、お兄様にしがみ付いておりました。
「くう……あ、ああっ、ああんっ!」
 頭の弱い飛鳥には、全てがわたくしの策略であるなどということは、一生理解できないでしょう。わたくしが初めて飛鳥に出会った十(とお)の頃から、わたくしの一計は始まっていたのでございます。
 ――殺してあげるよ。僕がいつか、君の代わりに、君のお父様と叔父様を、殺してあげる。
 飛鳥はわたくしの思惑通り、にっくき兵衛と雅典を殺してくれました。
「あ……はあっ! ……おにい、さまっ! ……愛してるっ!」
 愛しています。お兄様。あなたさえ、わたくしの操り人形でいてくださる限り。
 

 

※参考URL
ヘルマフロディトスとは-コトバンク、確認日二〇二一年九月四日

 
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