12/19 「魂炸裂♥ハピエン・メリバ創作BLコンテスト」結果発表!
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2025/11/07 16:00

あらすじ
氷のような肌を持つアナテマの民は、血を武器にする特殊な力と引き換えに、誰かを愛することを許されない呪いを持って生まれてくる。アナテマの民の若き長となったラースは、婚姻の儀を終えたその日、狂気的な執着をラースに向ける征服王ヴェルメリオによって、妻ともどもすべてを無理やり奪われた。力を奪われ、凌辱を繰り返される監禁生活の中で、かつて憧れたヴェルメリオに対してラースが向ける感情は憎しみだけではなくなっていく。
※こちらの作品は性描写がございます※
静まり返った広場の中央には、長老たちの祝詞が朗々と響いていた。婚姻の儀式の日にだけ焚かれる香は、清涼感のある独特な香りがして落ち着かない。じゃらじゃらと全身に着けられた金の飾りもあいまって、まるで生贄のようだとラースは自嘲した。
アナテマの一族と呼ばれる彼らは、代々血を操る特殊な力を受け継ぎ、比類なき戦闘能力を誇る特殊な部族だ。どこの国にも属さぬアナテマの一族は、要請と対価に応じて、あらゆる国家に力を貸す。
傭兵集団とも揶揄されるこの一族の中では、力こそがすべてだった。
今夜の婚姻をもって、ラースは一族の長となる。二十そこそこの若造が、ただ誰より強いという、そんな馬鹿げた理由で一族の王となるのだ。
(本当に、馬鹿げている)
ラースは本物の王を知っている。一度戦場で見かけたきりだが、鮮烈に印象に残っている。集団を治める才覚もなければ、言葉で人々の心に火を灯す力もない己が、立場だけでも彼の人と同等に並ぶなど、なんとおこがましいことだろう。
「ラース。緊張しているの? 大丈夫よ」
冷たく強張ったラースの手に、横からたおやかな手が重ねられた。幼馴染であり、今夜を境に妻ともなるマルタが、気遣わしげにラースを見つめていた。
姉のように慕う女に気を遣わせて、何が王か。ぎこちなく笑みを作って、ラースは小さく横に首を振った。苦笑したマルタが姿勢を正す。
「これにて婚姻の儀は成立する。新たなる長ラースよ。血の誓いを」
「是」
厳かに告げられた言葉に頭を垂れて、儀式用の短剣を両手で受け取る。
そのとき、にわかに広間の外が騒がしくなった。
軍靴の音と、馬の足音。空気は一気に緊張感を増し、儀式を囲んでいた戦士たちは一斉に表情を引き締める。
「何事か! 神聖なる儀式に割って入るとは、なんと無礼な!」
「――何。今宵の主役は一族きっての美人だと聞いたものでな。初夜権を行使しようと伺ったまで」
声を張っているわけでもないのに、不思議と通る声だった。耳にした瞬間、その場の全員の意識が一斉に引きつけられる。麻薬のようなその声の持ち主は、言っている内容の暴虐さなど微塵も伺わせない穏やかな笑みを口元に称えて、優雅に馬から足を下ろした。
「こんばんは。良い夜だな」
立っていたのは王の中の王――たった一代で領土を倍にまで広げたクロヴァリス帝国の若き征服王・ヴェルメリオであった。燃えるような赤毛を獅子のようになびかせて立つ姿はまさに威風堂々を体現しており、その目で見据えられた途端、不覚にもラースの体は強張った。
「そう思わないか、花婿殿。いや、若きアナテマの長殿か」
「……年はそう変わらぬと記憶している。征服王」
「そうだったか? まあいい。噂通り美しいな。真珠のごとき白い肌。空を写し取ったかのような空色の髪。瞳も同色だと聞いているが、この距離では分からぬな。氷のような冷たい肌という噂も気になるが……アナテマの一族はまこと美しい。寝所でじっくりと眺めるとしようか。名は?」
頭から足先まで、無遠慮にこちらを眺めまわすような視線に、怖気が走った。
たとえ己には分不相応な立場だろうが、長となった以上は、一族を軽んじるような真似を許すわけにはいかない。マルタを庇うようにラースは前に出た。
「儀式に立ち入る無礼、いかな征服王といえど許されない。用件が何であれ、出直していただきたい」
「用件は言ったとおりだ。それに、無礼?」
くつくつと嘲るようにヴェルメリオは笑う。
「我がクロヴァリス帝国の民でありながら、敵国ネクロス共和国と通ずることは、礼を失しているとは言わないのか」
「何を――ッ!?」
「動くな」
ラースを見つめたまま、ヴェルメリオは冷たく命じた。
その声をきっかけとして、統制の取れた兵隊たちが、一斉に一族の者たちに槍の切っ先を突きつける。マルタとラースもまた、逃げ場なく周囲を兵士に囲まれていた。
「宣言が後になったことは詫びよう。アナテマの一族を名乗る売国奴たちよ。そなたたちの住処はすでに制圧された」
奇襲に近い形で里を襲っておきながら、ヴェルメリオは堂々と言ってのけた。王に続くように、付き従っていた将軍が口を開く。
「陛下は心お優しいお方である。本来であれば処刑するべき裏切り者たちに、罪を償う機会をお与えくださる。一族の長ラースとその妻マルタ、両名の身柄は帝都で預かる。それ以外の者には帝国兵士の指導の下、献身の機会を与えよう。帝国の臣民としてふさわしいふるまいを期待する」
「ふざけたことを! 我々はいずれの国にも属さない。帝国に膝を折る義務はない」
妻となったばかりの幼馴染を抱き寄せ、ラースはヴェルメリオを強く睨みつけた。
「我々が――アナテマの民が、よりにもよって武力に屈すると思うのか?」
「貴殿ひとりであれば、これだけの人数を屠ることも容易であろうな。誰より強き無敗の戦士殿。だが、果たして彼らはどうかな?」
恐怖に染まった悲鳴が聞こえた。振り返れば、家屋に控えていたはずの子どもたちが背を蹴り飛ばされるように連れ出されている姿が目に入る。
辺りを囲む兵士たちに今にも嚙みつかんばかりだった一族の大人たちが、凍り付いたように動きを止めた。ぎゅっとラースの腕を掴むマルタが、言葉もないとばかりに目を見開く。
「……弱者を盾に取るのが王の所業か、征服王」
「必要なことを必要なときに行う義務があるからこそ、私は王の座についているのだ、若き長殿。恨むなら荒れた世界と、時勢を読み損ねた己の無能を恨め。そなたたちは強くなりすぎた。もはや放置しておくわけにはいかぬ」
「……っ」
動きを止めたラースの手足に、重い手枷と足枷がくくりつけられていく。引きはがされたマルタも同様に、きつく全身を戒められている様子が見えた。
「ラース!」
「マルタ! 必ず助け――!」
姉弟のように育ってきた幼馴染に掛けようとした声は、途中で口を覆った大きな手に無情にも遮られた。
熱い、燃えるような手だった。背後からラースの言葉を封じたヴェルメリオの手も体も、彼の持つ色を写し取ったかのように熱くてたまらない。
振り返った刹那の間、視線が交錯する。
――外の者に触れてはいけないよ。
――彼らの熱に呑まれてしまう。
――出会えば終わりだ。止められない。
子どものころから長老たちに言い聞かせられてきた言葉が脳裏をよぎる。見間違えかと思うほど短い間、ぞっとするような歓喜を目に浮かべたヴェルメリオは、そのままラースの首を容赦なく締め上げた。
「長なら長らしく、その身をもって一族を守るがいいさ。ラース」
脳から犯されそうなほど甘い声を耳にしたと思ったときには、ラースの意識は闇に落とされていた。
* * *
嬌声が響いていた。すすり泣くような声の中に、かすかな悦びが混ざっている。聞き慣れているはずの声なのに、まったく知らない別の女性の声のようだった。
痛む頭を無理やり上げる。己が四肢を磔にされていると気づくより前に、視界に飛び込んできた光景に、ラースは目を見開いた。
「見ないで……」
マルタ、と叫んだはずの声は、さるぐつわに空しく吸い込まれ、くぐもった音にしかならなかった。広い寝台の中央で、妻になったばかりの女性が涙を流して身もだえていた。白い乳房を見せつけるように愛撫しながら、マルタに伸し掛かっていた褐色の肌の男がわざとらしく囁きかける。
「見せてやればいい。触ってくれと、焦らさないでと懇願したのは誰だった? 乱れる美しい姿を、あなたの夫に存分に見せてやるといい」
「あああっ! お許しを、ヴェルメリオさま……!」
体がぐちゃぐちゃになりそうなほどの怒りで、目の前が赤くなった。それはマルタの意思を踏みにじり、彼女の尊厳を汚す男への怒りでもあったし、何も知らずに意識を失っていた己への憤怒でもあった。そして、見たこともないような蕩けた表情で男を見上げる妻への失望でもあった。
「あなたの夫はどのようにあなたに触れるんだ? 氷のような肌を持つ麗しい一族は、めったに外に出てこないから気になっていたんだ。この肌と同じく、冷たくしとやかにまぐわうのか? それとも戦場に出ているときと同じように、荒々しく貪り合う?」
「わたしっ、わたし、たちはそんな……!」
「ああ、まだ寝たことがなかったのか。それは悪いことをした」
白々しくヴェルメリオは眉を下げた。初夜権を行使すると言って乗り込んできたのだから、ヴェルメリオはふたりがまだ正式な夫婦でなかったことを知っていたはずだ。
愉悦に染まった橙色の瞳が、ラースを見下す。
目を見ればすべて分かる。この男は、こんな獣の所業すべて、マルタを、ラースを、アナテマの一族を見下し、己の支配下にあると教え込むためにやっているのだ。
屈辱と怒りでどうにかなってしまいそうだった。
アナテマの一族は互いを労わり、穏やかな慈愛を育てる。ラースとマルタもまた、友情と淡い恋の境で互いを慈しみ合っていた。こっそりと唇を合わせて笑い合ったことはあっても、こんな風に激しく裸体を絡ませ合ったことなどない。
「いやっ、もう、やめて……許して……」
「大丈夫。泣かないで、美しい人。私はあなたを苦しめたいわけではない。ほら、あなたの夫も見守ってくれている」
「見ないで、ラース!」
涙に濡れたマルタの瞳が痛々しい。四肢を吊るされながらも必死で暴れるラースを嘲笑うように、ヴェルメリオはマルタを背後から抱き上げるように体勢を変えた。ぐちゃぐちゃに濡れた結合部も、隠すものすべてを奪い去られた真っ白な裸体も、すべてがラースの目前に晒される。
「ラース。あなたが情を交わすはずだった花嫁は、私がすべて暴いてしまった。なに、気に病むことはない。責任をもって彼女は私の妻としよう」
「ラース、ラース……ごめんなさい……」
声にならないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。ラースが上げる怨嗟の声に合わせるようにヴェルメリオは腰の動きを速め、目を閉じたマルタは艶やかに体を震わせる。マルタの顎を掴んで口付けながら、ヴェルメリオはまばたきすらせずラースを見つめていた。
(クソ野郎)
かつてわずかでも憧れた王がこのような人物であったかと思うと吐き気がした。
今すぐ殺してやりたい。けれど、拘束された身では拳ひとつ振るえない。一族特有の力を使おうにも、用意周到に拘束具に刻まれている術のせいで何もできない。
ラースは目を逸らすこともできないまま、眼前で行われる凌辱を見届けることしかできなかった。
事が済むと、やがてヴェルメリオはマルタを恭しく抱き上げ、どこかへと連れて行った。肩を震わせて荒い息をつき続けるラースは、間を空けずしてヴェルメリオが戻ってきたことにすら気付かぬほど、深い怒りに囚われていた。
「良い顔だ、ラース」
首輪から繋がる鎖を乱暴に引っ張られて初めて、ローブを一枚羽織っただけのヴェルメリオがラースの目の前にいたことに気が付いた。
「『氷の悪魔』も、捕らえてしまえばかわいいものだ」
「んんん!」
「戦場を自在に駆けたあなたが、自分の女ひとり守ることもできない。どんな気持ちだ?」
膝を折ったヴェルメリオは、うっとりとラースの頬を撫でる。顔を振ってその手から逃げながら、ラースは強くヴェルメリオを睨みつけた。
(今すぐこの男を殺してやりたい。もっとも苦痛の大きな方法で)
「気分が良い。いつだって冷めていたあなたの目が、私だけを見つめている……!」
興奮したような荒い息が聞こえてきた。怪訝に思って見返せば、目を見る暇もなく唐突に急所を掴まれた。
「……っ」
「自由を奪われてさえ気高く美しい。ラース。どこまですれば、あなたは堕ちてくれるのだろう」
「ん! ……うぅっ」
体がおかしいと気づいたときには遅かった。こんな男の手に触られて気分が良いはずもないのに、やわやわと握り込まれたものは、体の持ち主の意思を無視して立ち上がっていく。
嘘だ、と叫びたかった。
「気持ちが良い? 彼女もあなたも敏感だな。アナテマの一族というのは皆こんなにも快楽に弱い体の持ち主なのか?」
「うううっ」
暴れたいのに暴れられない。布越しに触られているだけなのに、己の手ではありえない、熱い体温がラースの体を狂わせる。じわりと先端から滲んだ液体が、みっともなく服を汚していくのが見ずとも分かった。
乱れた姿を晒したマルタをたったひと時でも恨んだことを後悔した。あれは彼女のせいではなかった。この男の何かがおかしいのだ。
悶えた拍子にじゃらりと鎖が音を立てる。反らした体に引き寄せられるように、ヴェルメリオの武骨な手が服の間から潜り込んできた。いつの間にか立ち上がっていた乳首を弄ぶように弾かれた瞬間、奇妙な感覚が全身を支配する。その事実が信じられなくて、ラースは逃げるようにきつく目を閉じた。
「ははっ、夢のようだ。あなたに触れられる日が来るなんて」
掠れたヴェルメリオの声が耳に入ってくる。荒い息が腹にかかったと感じたときには、ぬるりと熱い感触がラースの性器を包み込んでいた。
「――っ、ううっ、ん!」
「気持ちがいい?」
そんな場所を誰かに舐められたことなどあるはずもない。憎い男の口に急所が含まれていると思うとぞっと肝が冷えるのに、舌がひらめかされるたび腰を動かさずにはいられない。溶けそうなほど熱い粘膜で擦られ、口を窄められて愛撫されると、未だかつて感じたこともないような快楽を感じた。
ほどなくして、強く奥歯を噛み締めると同時に、刹那の解放感としびれるような快感がラースの全身を襲った。口元を抑えてどろりと白いものを手のひらに吐き出したヴェルメリオは、大きく息をつくラースを嘲笑するように話しかけてくる。
「早いな。強き一族の王だというのに、色ごとには慣れていないのか」
「ううう!」
黙れと言っても伝わるはずもない。それどころか、楽しそうに顔を歪めたヴェルメリオは、ラースが放出したばかりの白濁を指に絡めると、何の容赦もなくラースの尻に突き立ててきた。
「ぐっ!」
「女を抱いたこともないうちから、女にされる。どんな気持ちだろうな、ラース? あなたの屈辱を思うだけで、達してしまいそうだ」
何を言っているのだと声を上げることもできない。吊られているラースの腰を正面から抱き寄せるように持ち上げたヴェルメリオは、申し訳程度に指で穴を広げると、そのまま焼けそうなほど熱い剛直を無理やりねじこんできた。
逃げたくても、背を強く支える手が身じろぎすることさえ許してくれない。
「ぐううううっ!」
「痛いか? 斬られても打たれても声ひとつあげないあなたがそんな顔をするなんて、なんて情けない王だろうな。ああほら、血が出て動きやすくなった。あははっ。夫婦なのに彼女と比べてあなたはどうしてそんなにも不器用なんだ? 力を緩めて。そんなに吸いつかれては動けない、ラース。そんなにもこれが気に入ったのか?」
悪魔のような声は止まらない。上は鎖で吊るされたまま、下半身を無理やり持ち上げ広げられる羞恥と屈辱で、かっと頭が熱くなった。痛みなどどうでもいい。尊厳を踏みつけにされるこの行為そのものがおぞましく許せない。
「その目」
顎を強い力で掴まれた。ラースの目をのぞき込み、それはそれは嬉しそうにヴェルメリオが囁く。
「間近で見るとなおさら美しい。抉り出して飾っておきたいくらい美しいと思っていた」
唇が目元に寄せられる。咄嗟に閉じた瞼を、ゆっくりと舌が辿っていく。まつ毛のきわの感触まで感じようとするかのような執拗なやり方に、鳥肌が立った。
「はは。あははっ! あなたはもう私のものだ、ラース。逃がさない」
「うっ、ぐっ、……っ」
腰を打ち付けられるたび、鈍い痛みとともに何かが死んでいく気がした。ヴェルメリオが腰を振るリズムに合わせてうめき声を漏らすことしかできない己が情けなくてたまらない。
下生えの感触が分かるほど隙間なく肌を押し付けられ、熱いものを最奥に出された瞬間、どうしようもなく気分が悪くなった。たまらずえずくけれど、さるぐつわで塞がれた口は汚れるばかりでまともに吐くことすらできない。
(くそ、くそ、くそ……!)
征服王は高潔な王ではなかったのか。幼いころから抱いていた憧れを、もっとも最悪な形で打ち砕かれた思いだった。生まれついての王者ヴェルメリオは、目的のためなら何でもする冷血な王ではあっても、色に狂うような俗物でもなければ、感情に惑わされるような男でもないと信じていたのに――!
「ラース。ようやくあなたを手に入れた」
甘い囁きとともに、ずるりと後孔から熱いものが抜けていく。血と白濁の混じった生ぬるい液体が太ももを滑り落ちていく様を見た瞬間、ぎりぎりで保っていた意識がふっと遠くなるのを感じた。
次に目を覚ましたときには、ラースは王城の一室と思わしき場所に閉じ込められていた。
窓のない部屋には寝台と用を足すための場所だけが用意され、ご丁寧にラースの足は寝台の柱に鎖で繋がれている。磔にこそされていないものの、両腕は手枷で固められており動かせない。申し訳程度に付けられた使用人は決まった時間に食事を与えに来ては、不浄のものを溜めた壺を取り換えていくだけだ。
服を着ることさえ許されぬ飼い殺しの状態で、何日、何週間、何ヶ月経ったのかも分からない。暇を持て余すしかない檻の中で、ラースに話しかけるものはヴェルメリオただひとりだった。それは毎日のようにも思えたし、一週間に一度程度の気まぐれのようにも思えた。窓がないので昼か夜かさえも判断できない。
当然ながら、どれだけ甲斐甲斐しく世話をされようと、ラースはヴェルメリオをいないものとして扱おうとした。受けた屈辱を考えれば当然のことだ。口をきくことさえ耐えがたかった。けれど、ヴェルメリオはそんな反抗を許してくれる男ではなかった。
「ラース。また食事に手を付けなかったのか」
「……」
「アナテマの一族は食事なしでも生きられるのか? そんなことはあるまい」
「……」
「言ったはずだ。あなたはあなたの身でもって一族を守らなければならない。あまり反抗的な態度を取るなら、あなたの大切な元妻の命は保証しない」
「何を……!」
淡々と告げられた脅しの言葉に、無言を貫くことはできなかった。ラースがヴェルメリオを睨みつけると同時に、ヴェルメリオは喜びを隠すことなく笑み崩れる。
「ああ、ラース。やっと話してくれたな」
「……俺を脅しているのか、征服王」
「あなたがそう思うのなら、そうかもしれないな。あなたが食べた分だけ、彼女にも食事を与えよう。ともに餓死するのが一族の誇りだというのならそれもいい。もっとも、彼女の腹には新しい命が宿っている。アナテマの一族は子を殊更慈しむのだろう? あなた方が生まれる前の命を刈り取りたいというのなら止めはしないが、私は無駄に命を奪いたくはない」
「下種が」
「その言い方は傷つくな」
「王たるものがなんという有り様だ。ひそやかに生きてきただけの民を抑えつけ、男を慰み者にしたあげくに足しげく通うなど。貴様の周りには木偶しかいないのか」
「どうかな。使える木偶ならなんでもいいがね。さあ、足を開け。ラース。慰み者なら慰み者らしく、あなたの王を癒やしておくれ」
寝台の上に横たわったラースは、しぶしぶと足を開いた。奉仕などする気もなければ、このおぞましい性処理に協力する気もない。ラースは人形のように横たわり、ただ穴を使わせるだけだ。
手足が動かなかろうが、口枷がないのなら歯が使える。肉を噛み千切る力がある。それでもラースがこの忌々しい男に手を出せないのは、ひとえに同じく捕らえられているマルタと、帝国の監視下におかれた一族への情を断ち切れないためだった。
老若男女より取り見取りであろうはずの王がなぜラースに執着するのかは分からない。ここまでされるほどの恨みを買った覚えもない。けれどたいした面白みもない戦士の男など、真新しささえなくなれば、いずれは飽きて放り出すだろう。
死は救いだ。意味ある死ならなお望ましい。いつか訪れるであろうそれだけを希望として、ラースは日ごと繰り返される陵辱に耐えていた。
「……っ」
乳首につけられたピアスを弾かれ、息が震えた。ここに監禁された翌日に付けられた真っ赤なそれは、見るたびヴェルメリオに無理やり屈服させられた怒りを思い起こさせる。針で貫かれたそこはじんじんと腫れて痛いのに、舐められるとむずがゆい感覚を伝えてくる。舌を這わせられるたび、否応なく揺れる己の体が忌々しかった。
「ラース。氷のようなあなたには、鮮烈な赤がよく似合う」
「ならば全身を赤に染めようか。貴様の血を使えば一瞬だ、征服王」
「苛烈だな。魅力的な提案だが、またの機会に取っておこう」
片方を舌で舐られて、もう片方を指でいじり回される。ぞくぞくと降り積もる快感に耐えかねて強く目を閉じるが、顔を背けた途端に許さないとばかりに後孔を探られた。
「あ、……っ」
上ずった声が己の口から漏れることが許せなくて、強く唇を噛む。そんなラースに気付いたのか、くすりと笑いながらヴェルメリオはラースの唇に指をねじりこんできた。
「がっ、ぐ……ぅえっ」
「唇を噛むな。傷がつく」
えずくほど奥まで指が入り込んでくる。気持ち悪くて仕方がないはずなのに、体温の高い指で舌を撫でられると、おかしな感覚が体を走った。ぶるりとラースが体を震わせた瞬間、それを察したかのようにヴェルメリオは笑った。
「気持ちいいだろう? あなたのここも、すっかり柔らかくなった。指くらいならもう抵抗すらない」
「このっ! 獣……、あぁっ」
「そうだ。声を出せ。私を楽しませろ」
最初の日のように猿ぐつわを付けてくれればまだいいものを、何が楽しいのかこの王はラースに執拗なほど声を上げさせようとする。寝て起きるたびに弄られている穴は、いつしか触れられるとすぐにほころび、ひくひくと従順に開くようになった。香油をつけた指でねっとりと後孔を探られると、腰が抜けるような快感がラースの体を支配する。
「ああっ、嫌だ! ひっ、ん……!」
拳を握ったところで、後ろ手に手枷をつけられた状態では快楽を逃す役にも立たない。後ろに入り込んだ指が特定の場所を挟むように擦るたび、強すぎる感覚に悶えずにはいられなくなる。
「ここが良いんだろう?」
「いやだ、いや……ぁ!」
「ラース。美しい人。私の上で踊って見せてくれ」
ぜえぜえと息をついているうちに、腰を掴まれ体の上に乗せられる。拒絶すれば初日以上の責め苦が待っていることを、ラースもいい加減学習していた。頑なに反抗した結果、見覚えのある一族の者の首を寝台に転がされたことだってある。憎くて仕方ない男の言いなりになどなりたくなかったけれど、従う以外にラースには選択肢がなかった。
背に当たる熱く固いものを後ろ手で掴み、散々いじられたばかりの穴に押し当てる。息を吸って力を抜いて、気が遠くなるほどの時間をかけてすべてを後孔に収め切ったときには、すっかり息が上がっていた。
「は……、はっ、はあっ」
「入れただけでは終わらないぞ、ラース」
「黙れ、この……獣、風情が!」
己よりも一回り大きな体格の男を相手にするのは骨が折れる。下に敷かれて散々尻を使われるくらいなら、まだ上で腰を振っている方が楽に終わる。分かってはいても、羞恥を捨てて媚びるように腰を振ることはラースの矜持が許さなかった。
「ん、く……!」
震える膝を無理やり立てて、ぎこちない動きで腰を上下に動かす。寝台に転がったままのヴェルメリオは、そんなラースをにやにやと眺めるばかりだった。
「あぁ!」
敏感なところを避けるように緩く腰を振っていると、唐突にヴェルメリオの手がラースの性器を掴みあげた。その手に擦り付けたくなる衝動を堪えながら、ラースは強くヴェルメリオを睨みつける。
「触るな……!」
「健気に揺れて、蜜まで零して。こんなにも立派なものを持っているというのに、あなたのこれは、生来の役割を果たすこともないのだな。哀れなことだ」
「誰の、せいだと……っ」
愛おしむようにそれをゆるりと撫でたかと思うと、ヴェルメリオはラースの腰を両手でわしづかんだ。嫌な予感に、ラースはひくりと頬を引きつらせる。
「やめろ」
「時間切れだ。あなたはいつまで経っても学習しないな。そんな動きでは満足できん」
「いやだ……あァ! いっ! ひぁ!」
ずぶりと音がしそうなほど勢いよく腰を引き下ろされて、目の前が真っ白になる。荒々しく突かれるたび、声を抑えられないほどの快楽を感じている己の体が信じられない。
「はは、よさそう、だなっ」
「ああ! くそっ、ころして、やる……! ひぃ、んっ、んんっ! あっ! いや、だぁ……っ!」
「あなたに殺してもらえる日が待ち遠しいよ、ラース」
ラースの無力を嘲笑う代わりに、熱に浮かされたようにヴェルメリオは言葉を返す。その余裕ともいえる態度が気に食わなくて、ラースはただ噛み締めた歯の奥で唸り声を上げた。
酔狂か私怨かあるいは趣味か、いずれにせよラースは、ヴェルメリオがアナテマの一族にこだわるのは、ヴェルメリオ個人の思惑でしかないと思っていた。しかしどうやらそうではないらしいと気づいたのは、とある宴の最中だった。
虜囚どころか性奴隷のような扱いを受けていたラースは、その日何人もの侍女に体を洗われ、さながら婚姻の儀式のときのようにじゃらじゃらと飾り立てられた。
アナテマの民らしい薄布と伝統的な金飾りで飾られ、王宮に連れてこられたときからずっと外されることのなかった足枷を外された。さすがに手枷と能力を封じる戒めを解かれることはなかったものの、服を纏う感触も、自由になった足で歩く感触も落ち着かなくて、思わず顔を顰めたほどだ。女性が纏うようなヴェールを被せられたときには物申したかったが、この人形のように動く侍女たちを怒鳴りつけたところで意味はないと分かっていた。
兵士に囲まれて連れ出された場は、きらびやかな王城の広間だった。ごてごてと着飾った王侯貴族たちが数多く立ち並び、中央には王らしく威厳のある格好をしたヴェルメリオが座っている。
「あなたに服など必要ないが、飾り立てられた姿もそれはそれで美しいな、ラース」
「……っ」
にやけ面を蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、寸でのところで思いとどまる。ヴェルメリオが隣に連れている儚げな雰囲気の女性が、かつての妻であることに思い至ったからであった。
「マルタ」
「ラース」
懐かしい名を呼び合う。駆け寄りたかったけれど、周りの兵士がそれを許してはくれない。まるで王妃のような立ち位置にいる彼女に、今となっては慰み者でしかない自分が駆け寄るべきではないともどこかで分かっていた。
だからこそ、ラースは距離を保ったまま静かに問いかける。
「つらい思いをしてはいないか、マルタ」
「……いいえ。ヴェルメリオさまはよくしてくださっているわ。一族のみんなも無事。ラース、あなたこそ……」
「俺のことはいい。皆が無事なら、それでいい。その子も……」
苦しそうな顔をしたマルタの腕の中には、二、三歳になろうかという子どもがいた。
クロヴァリス帝国人らしい褐色の肌に、アナテマの民特有の色素の薄い髪と目の色を受け継いだ子どもが誰の血を継いでいるのかなど、わざわざ尋ねるまでもない。
「……ごめんなさい」
「マルタは何も悪くない。生まれてきた命にも、罪はない」
きょとんと無邪気にラースを見返してくる幼子の瞳を見た途端、わけも分からず涙が出そうになった。しかし、何年ぶりかの同胞との再会のときは、無粋な声で叩き壊される。
「ほう、それが『氷の悪魔』ですかな、陛下」
「思ったよりも小柄なのですね。悪魔と言うからにはもっと凶暴な見た目かと思っておりました。こんなちっぽけな者に我らが軍が叩き潰されたかと思うと、憎らしいこと」
「アナテマの民などと仰々しく名乗ってはおるが、ただの異民族ではありませぬか。このような下賤な者を側妃に招き入れてまで、穀潰しの民族を守る意味があるましょうか?」
「コウモリのように主人を変える戦民族など災いの種にしかなりますまい。やはりすべて消してしまうべきではありませぬかな」
口々に聞こえてくる悪意ある言葉に、殺意ばかりが膨れ上がっていく。
勝手なことばかり言う貴族たちが腹立たしい。帝国にしろ共和国にしろ、戦争になるたびラースたちアナテマの民を頼っては前線に立たせてきたというのに、なんという言い草だ。
アナテマの民は、外の民たちと積極的に関わってはこなかった。こうまで外界の民たちに恨まれていることなど、知りもしなかった。己の不甲斐なさに、ラースは強く唇を噛む。
ラースは戦士だ。ただの玩具に堕とされた今、生きていても意味がない。マルタが地位ある立場を得て、一族も無事だというならなおのこと、これ以上の恥辱に耐える意味もない。
ならばせめて死ぬことに意味を見出したかった。相打ちだろうが構わない。マルタが身を差し出すことでアナテマの民を守っているというならば、せめてラースができるのは、これ以上一族が侮られることのないよう力を示すことだけではないのか。
我慢の限界に達して足を踏み出しかけたそのとき、威厳ある声が響き渡った。
「静まれ」
今にも飛び出そうとしていた体が凍りつく。淡々と、気だるげでさえある声なのに、そのたったひと言で征服王は場に静けさを取り戻させた。
衣ずれの音を立て、仰々しいマントを引きずりながら、ヴェルメリオはゆっくりと椅子から立ち上がる。
「アナテマの民は脅威である」
朗々と響き渡る声に、異議を唱えるものはただのひとりも存在しなかった。
「異民族。一民族。流浪の民。アナテマの民は、それだけでは済まされない戦力を有した戦闘民族となった。諸君らが皆殺しを望む理由は十分に理解できる」
静まり返った場でただひとり音を立てて歩いてきた王は、やがてラースの目の前で足を止めた。
「しかしこの冷たき氷の民たちも、元はと言えば我ら帝国の臣民の一部であった。無用な争いを望む者など誰もいまい」
ごとりと音を立てて、ラースを戒めていた金属の枷が外されていく。アナテマの民の能力を封じる最後の枷までも、ヴェルメリオはその武骨な手で解き切った。
何をしているのか理解できない。愉悦も恐怖も一切の感情を排した橙色の瞳は、ラースには理解できないものを見つめているように思えた。
「だからこそ我が妃マルタはその身をもって帝国への忠誠と友好を示し――」
一度言葉を切ったヴェルメリオは、ヴェール越しにラースの目を見つめて、挑発するように言葉を続けた。
「一族の長ラースは我に恭順を示したのだ」
かっと頭が熱くなった。今のラースには動きを戒める枷もなく、能力を戒める術もない。
なめられたものだと、抑えきれない憤怒が噴き出した。あるいはそれは、たったひと言で動きを制されるほどの器の違いを見せつけられて、どうしようもなく嫉妬したからなのかもしれない。
ぶわりと髪の先端が浮き上がり、無造作に爪で抉った腕から血の刃が幾筋も湧き上がる。血を武器とする異能を持って生まれるからこそアナテマの民の肌は青白く、生来温度が低いのだ。
怒りのままに腕を振るう。けれどヴェルメリオの首をかき切るはずだった血の刃は膜に当たったかのように跳ね返され、代わりにラースの背後にいた貴族たちを刻んでいった。
舌打ちの音が聞こえ、甲高い笛の音が響く。にわかに混乱し出した広間の中で、ヴェルメリオの唇の端がにやりと上がる様をラースだけが目撃した。
何を笑っているのかと考える間もなく、背後から剣が振り下ろされる。反射的に敵を血の刃で切り伏せてしまったときには、もう遅かった。
「見よ! アナテマの民は我が国の剣となり、裏切り者を打ち払う」
誰が、と叫びたい気分だった。けれど抗議の声を上げる間もなく状況は動いていく。
「クーデターなどと愚かなことを企てるならば、もう少しうまくやって欲しかったものだな。ああ、もう聞こえていないか」
血の池の中に浮かぶ貴族の生首を掴み上げ、ヴェルメリオは冷たく笑いかける。
その口振りからすると、ラースはヴェルメリオの政敵を炙り出すために利用されたのだろう。悲鳴が上がり、雄叫びが響く。やけになったかのように襲い掛かってくる兵士たちは、一様にラースを狙ってきた。
「異民族!」
「貴様らのせいで!」
「野蛮な民!」
浴びせかけられる言葉に眉を顰めながら相手をする。これではまるでラースがヴェルメリオのために働いているかのようだ。ヴェルメリオに刃を向ける間もない。
戦いは楽しかった。久しぶりに存分に体動かせることに興奮していたせいもあるかもしれない。ラースが戦いに夢中になっている間に、いつの間にかあたりは静まり返っていた。
やがて、ラースが最後のひとりを切り捨てる瞬間を待っていたかのように、ヴェルメリオが手を掲げる。四方から伸びてきた光の鎖に体を捉えられ、ラースは膝をついた。肩で息をするラースをじっくりと眺めた後で、血に染まった広間を満足そうに見て、ヴェルメリオは喉を鳴らして笑った。
広間の端に隠れ固まっていた貴族たちをまっすぐに見据えて、聞いているこちらの背が凍りつきそうな冷たい声で、征服王は告げる。
「アナテマの民は誰より強く、誇り高い。理解したなら、二度と不快な囀りを耳に入れさせるな」
ラースを捕らえ、その尊厳を地に落としているのはヴェルメリオ本人だ。どの口が、と言いたくなる反面、誰にも反論を許さぬ強い言葉を、どこかで嬉しいと思ってしまったことを、認めたくはなかった。
首輪についた鎖を引かれ、もつれるように寝台に押し倒される。性急にラースの肌をまさぐる手を気色悪いといつもであれば思うのに、今日に限ってはそう思わなかった。四方八方を敵に囲まれていたのは、ラースもヴェルメリオも同じだ。死線を超えた興奮からか、あるいは久々に触れた血に酔ってしまったのか、体が熱くて仕方なかった。
どちらのものかも分からぬ荒い息が響く。性急に後孔へと突き立てられたものの熱さに、ラースは声を上げて背をしならせた。
「ラース。ラース……あなたはやはり、戦っているときが一番美しい。誰より強く、美しい……っ」
「貴様の、首を……っ、切ってやりたかった、のに……ぅ、あぁっ」
「首はやれない。私は王だから。あなたも貴族も私自身も、この国を富ませるための駒でしかない」
一切の迷いなく紡がれた言葉に、どうしようもなく興奮した。
それでいい。そうあってほしい。妻を犯し孕ませ、己自身を慰み者へと堕とした憎い相手だというのに、ラースは王としてのヴェルメリオの姿に惹かれずにはいられなかった。
獣のように激しく交わる中で、ふと目が合った。太陽のような目が、熱く潤んでラースを見つめている。ラースもまた、わけの分からない興奮の中でヴェルメリオを見つめ返さずにはいられなかった。
「ラース……っ」
「……っ、ん!」
気づいたときには唇が重なっていた。数えるのもうんざりするほど数知れず体を貪られ、感じるはずもない場所でどうしようもないほど感じる忌まわしい体に変えられたというのに、唇を重ねるのは初めてだった。
噛み付くように合わせられた唇は、一度だけ合わせたことのあるマルタの薄く柔らかな感触とはまるで違う。
喰われる、と本気で思った。
舌が絡み、呼吸まで食べられるような荒々しい口付けにくらりと目の前が霞む気がした。耳を塞がられるようにかき抱かれると、脳まで犯されそうないやらしい音が全身に響く。前も後ろも分からなくなるほど貪られて、めまいがした。
たまらず顎を上げても、ヴェルメリオはラースを逃してはくれなかった。
「う、ああ!」
「ラース、ラース! 私のものだ、愛しいひと。誰にもやらない」
互いに出すものがなくなっても、興奮はおさまらなかった。品性などどこかに忘れてきたかのようにぐちゃぐちゃになりながら、溺れるようにラースとヴェルメリオは体を繋げていた。
* * *
「辺境伯の動きがあやしい。困ったものだ」
監禁されて自由を奪われ、何年が経っただろうか。いつしかヴェルメリオは、ラースを犯した後に隣に転がるようになった。
背を向けたまま、ラースは言葉少なに返事をする。
「併合された民が不満を持たぬはずがない」
情勢など、閉じ込められている状態で分かるはずもない。役にも立たぬラースの戯れ言を、それでもヴェルメリオは嬉しそうに聞きたがった。
「領土を広げすぎるというのも考えものだな。恨みばかりを買う」
「貴様はそれでも止まらぬのだろう。いつか背から切り裂かれる日まで」
「そうだ。俺は王だから、そうでなくてはならない」
私と言っていたくせに、ヴェルメリオは自分のことを俺と言うようになった。似合わぬ弱音を吐くようになった。屈服させるためにわざと強すぎる快楽を与えていたくせに、ラースのペースに合わせて抱くようになった。
数多くいるはずの妃のもとへ行けばいいものを、なぜそんな姿をラースに対して見せるのか。心の柔らかい部分など見せないでほしかった。憎く恨めしいだけの下衆だと思わせていてほしかった。
「貴様はそれでいい。恨みを負って笑うくらいでちょうどいい。征服王」
「……ああ、そうだな」
背からラースを抱き込む手に安らぎなど感じてはならない。抱き返したいと願ってはならない。こんなものはすべて、周囲との一切の接触を禁じられ、監禁されているがゆえに感じる気の迷いでしかない。この男はマルタの尊厳を奪い、ラースを貶め、一族皆の生活を脅かした張本人なのだ。許してはならない。
「おやすみ、ラース。愛している」
毎日毎日飽きずに告げられる言葉には返事をしない。強く唇を噛みながら、ラースは決意した。ヴェルメリオが芯から王であるように、ラースもまた、表面がどれほど変質しようが最期まで戦士なのだ。
これ以上何かが狂う前に、終わらせなければならない。
「枷を外せ」
ある日の伽の最中、ラースは静かに口を開いた。ラースの胸元に顔を埋めていたヴェルメリオが不思議そうに顔を上げる。
目元には隈が染み付き、頬はかすかにこけていた。反乱分子を抑えるために苦労しているのだろう。そんなことさえ分かってしまう己が嫌だった。
力で押さえてしまえばいいものを、そうしてはならぬ理由があるのだとヴェルメリオは言った。いくら話を聞いても本当の意味ではラースには見えぬ何かが、ヴェルメリオには見えるのだろう。そのことが羨ましくて、憧れずにはいられず、妬ましかった。
「聞こえなかったのか、この木偶が。枷を外せと言った」
「聞こえているが、なぜ?」
「腕が痛い」
「いつものことだろう」
「俺が怖いか。俺の体で貴様が知らぬ部分など、もはやないというほど見たくせに」
「俺はいつでもあなたが怖いさ。あなたが殺してくれるならまだいい。けれど儚い色合いだからか、手をすり抜けてどこかへ行ってしまいそうで怖いんだ」
「こんな痩せ衰えたみっともない体、今さら誰に晒せと?」
「……そうだな。あなたの美しさは、俺だけが知っていればいい」
そう言ってヴェルメリオはラースの髪をすくい取り、そっと口付けた。ふん、と鼻を鳴らしてラースは身をよじる。そうして何度か口を開閉したあとで、ぼそりと顔を背けたまま呟いた。
「奉仕してやると言っているのだ。愚かな王」
「……奉仕?」
ぽかんとこちらを見返してくる顔に舌打ちをして、ラースは急かすように手枷で固められた腕を突きつけた。
「何度も言わせるな。俺の気が変わらないうちに、さっさとしろ」
ヴェルメリオは目を伏せる。逡巡は一瞬だけだった。
数年ぶりに解放された腕は、まるで自分のものではないかのようだ。肩を回すだけでばきばきと痛む。ヴェルメリオのそばににじり寄り、ラースは跪くように顔を下げた。
股ぐらに顔を寄せる。まだ立ち上がっていない柔らかいそれを手でもてあそび、焦らすように舌を這わせる。
「……っ、食いちぎってくれるなよ、ラース」
「さあ、確約はしない」
何度も舌を這わせるうちに、みるみるそれは芯を持ち、見慣れた凶悪な形へと姿を変えた。先端を口の中に迎え入れ、頭ごと上下に動かし愛撫する。こんな真似をするのは初めてのことで、喉が苦しかった。下手で技術もないその口技をそれでもヴェルメリオは喜び、褒めるようにラースの頭を撫でた。
口を窄めて刺激を強めようとするが、ラースがそうするより前にずるりと口からものが抜けていく。固くそそり立ったそれに頬を叩かれながら、ラースはじとりとヴェルメリオを見上げた。
「おい」
「……思ったより、刺激、が……強い。あなたが俺の汚いものを咥えていると思うと、たまらなくて……!」
言うが早いか、息を荒げたヴェルメリオはラースにのしかかってきた。性急に後孔をほぐされる感覚に眉を寄せる。飲み込んだ指の熱さに耐えかねてシーツを握りしめたあとで、思い直してラースはヴェルメリオの背に腕を回した。途端にヴェルメリオが硬直するものだから、くすりと小さく笑いが漏れる。
音が鳴りそうなほど素早く、ヴェルメリオが顔を上げた。
「……なんだ」
「あなたのそんな顔、はじめて見た。腕、も……抱きしめてくれるなんて」
「縛っていたのはどこぞの暴君だと記憶しているがな」
体温の高い体を引き寄せる。足の間を割り開かれ、焼けそうなほど熱いものを受け入れさせられると、反射のように声が漏れた。すっかり躾けられきった甘やかな声を自嘲する。熱くて気持ちよくて、中からも外からも溶けてしまいそうだった。
「ラース。愛している。どうか、許してくれ……」
耳に吹き込まれる言葉に応える言葉は持ち合わせていない。広い背中に爪を立て、噛み付くように唇を合わせることだけが、ラースにできる精一杯のことだった。
「あ、うっ! ひ……あぁ!」
「ラース、ラース……!」
びくびくと体を振るわせ、絶頂へと追いやられる。手足と粘膜のすべてでヴェルメリオを抱きしめ、締め付けると、ほとんど同時にヴェルメリオも達したらしい。中に熱いものを叩きつけられる感触に、二度目の絶頂を迎えるような心地がした。
吐くほど気持ちが悪かったはずの行為を悪く思っていない時点で、きっとラースのどこかはもう、とっくに狂ってしまっているのだろう。
「愛している、ラース。あなただけはどうか、そばにいてくれ……」
「……俺は……」
迷いは一瞬だけだった。もうラースは決めたのだから。
「残念だが、その望みは叶えられない。征服王」
抱き合ったまま血で刃を生み出す。無防備なヴェルメリオの背を、ラースは本気で刺そうとした。殺すつもりだった。
けれどもそれは叶わない。障壁のような何かが刃を弾くと同時に、ヴェルメリオはラースを寝台から蹴り落とした。くるりと受け身を取って着地する。
「その盾、厄介だな」
「命がいくつあっても足りないものでね」
抱き合った直後にラースが血の刃を振るったことを、ヴェルメリオはなんの疑問にも思っていないようだった。弱々しく許しを乞うていたひとりのちっぽけな男の姿はそこになく、裸でさえ一切の弱さも恥も感じさせない、威風堂々とした王がいた。
「いくつの屍の上に玉座を保っている、征服王」
時折恐ろしくなるのだという弱音を聞いた夜があった。他人を陥れ、誰かの故郷を奪い、憎しみを向けられる日々がひどく重く感じるのだと、ラースを抱きながらヴェルメリオが嘆きをこぼしたことがあった。
「さあ。数えていない」
飄々とした態度を崩さぬ目の前の男に、そんな弱さは見当たらない。弱音をすっぽりと隠して立つその強さに、かつてラースは憧れたのだ。
はじめてまともに息ができた気がした。
はじめてヴェルメリオという男と真っ向から向き合えた気がした。
「剣を取れ、征服王」
「……枷を外すのではなかったな」
「くだらん後悔をするな。遅いか早いかだけの差だ。俺が俺である限り、こうならないことなどありえなかった」
「知っている。あなたはいつだって真っ直ぐだったから。ここまでしたのにあなたの心を折れなかったことだけが、残念でならない」
剣の形に固めた血を振るう。ヴェルメリオもまた、瞬時に壁に立てかけた剣を手に取り、それを受けた。
かつて誰より強いと謳われた戦士でありながら、戦闘が専門ですらない男ひとり殺せない。なまりきったものだと自嘲しながら、ラースは己に生み出せるかぎりの血刃を作り出し、四方八方からヴェルメリオにぶつけた。
血の刃と血の霧を目眩しにして、全力でラースは切り掛かる。けれどラースの刃が届く前に、上半身を斜めに割くように、熱く焼けるような痛みが走った。ヴェルメリオの剣は、袈裟斬りにラースを切り裂いていた。
「あなたにはやはり、赤がよく似合う。ラース」
「がはっ!」
背中から倒れかけたところを抱きとめられる。血が流れ出せば流れ出すほど、ただでさえ体温の低い体がどんどんと冷えていく。熱く心地よいヴェルメリオの体温を楽しみながら、ラースは力なく笑った。
「ずっと貴様のことが憎かった」
「知っている」
「殺してやろうと思っていた」
「知っているさ」
「ともに死ねたらいいと、願ってしまった。……ヴェルメリオ」
ヴェルメリオが動揺したように目を見開く。何年もそばにいたというのに、名を呼んだのは初めてだったことを今さら思い出す。肌があわ立ち、どろりと血に混じって肉体が溶け出していく気配がした。
ラースは何も言っていない。許してはならぬ男を許す気もなければ、愛していると囁かれても、言葉ひとつ返さず背に爪を立てることしかしなかった。今だってただ、世迷言のように道連れにしてやろうと口にしただけだ。
だというのに、天の神はたったそれだけの言葉さえ許してはくれないらしい。
氷のような色の目と髪に、血を操る冷えた肌の一族。神の愛し子である彼らは、熱を持つ外の人間と交わり、心を交わすことを決して許されない。
愛を受け、愛に応えた時点で氷のように溶けて終わる運命だった。
「ヴェルメリオ。貴様を殺してやりたい」
愛に溶かされるくらいなら、この男の刃で貫かれ、血にまみれて死にたかった。最期の力を振り絞り、切り裂かれた上半身からいく筋もの血の槍を作り出す。ヴェルメリオは一度だけ泣きそうな顔をした後で、しかし一切の躊躇なくラースの腹に刃を突き立てた。
「できない。命はやれない」
「……それでいい。貴様は王だ。ヴェルメリオ……だから、みっともない顔を晒すな……見苦しい」
せり上がってくる血を吐き出しながら、晴れやかな笑みとともにラースはそう告げた。ヴェルメリオがラースに向けていた想いがなんであれ、王はそんなものに囚われていてはならない。
ラースが憧れた王はたしかにここにいた。そのことが嬉しくてたまらなかった。
「……あなたを愛している、ラース。ずっと前から。あなたをはじめて戦場で見かけたときから、凛と屍を踏み越えていくあなたの強さに惹かれていた」
「そうか」
「あなたは最後まで堕ちてはくれなかった」
「貴様もそれを望んでいなかった。違うか」
ヴェルメリオは答えない。ただゆるゆると、頭を振るだけだった。
「……。満足か、ラース」
「ああ、ヴェルメリオ」
どろりと足が溶けていく。
まだ気づかれたくない。ヴェルメリオが戦士としてのラースに惚れたというのなら、なおさら戦士として死にたかった。
王者としての姿に憧れていたと知られたくない。馬鹿げた監禁生活の中で、少しだけ気を緩める瞬間があったのだと言う気もなかった。憎しみの横で育つ気持ちがあったと告げる気もない。
温度のある言葉を告げた瞬間溶けるくらいなら、残す言葉は冷たく凍ったものでいい。馬鹿で狂った王の背を蹴飛ばすくらいでちょうどいい。
「王よ、征服王よ。地獄の果てまで貴様を憎んでやる、ヴェルメリオ」
「ああ」
「俺を喰らった俺の王、進める先まで進むがいいさ。貴様が地獄に落ちるその日まで、俺は血の海に沈むとしよう」
動かぬ腕を無理やりに上げ、泣きそうな顔をしているヴェルメリオの頬を撫でる。顔を上げるだけの力もない。顎だけをかすかに上げれば、惹かれ合うように唇が合わさった。
どろりと腰が溶ける。溶解が加速する。言葉など何も口にしていないと言うのに、神というのは慈悲もないらしい。溶けるのが先か失血で死ぬのが先か。願わくば後者であることを祈りながら、ラースは落ちゆく意識に身を任せる。
頬に熱い雫が落ちる。この男ときたら、肌も体液もすべてが熱いものだから、すっかりラースは溶かされてしまった。
「愛している。ラース」
何度乞われようが、返せるものは何もない。深い吐息を最期にひとつ残して、ラースはその生をひそやかに終えた。
* * *
普段であれば立ち入りどころか近づくことさえ禁じられている間の前に立ち、扉を叩く。わざわざ憎い男の様子を気にかけるような真似などしたくもなかったが、同胞が関わっているとなれば話は別だ。
血の海の中で蹲る王を一瞥して、マルタは冷たく声を掛けた。
「いつまでそうなさっているおつもりですか」
「……彼は首しか残してくれなかった」
その言葉に王の腕の中をちらりと見る。かつての夫であり、友人であり、弟のように思っていた人は、マルタの知らない柔和な表情でこと切れていた。血の海はあるのに、そのもととなったはずの体は一切見当たらない。それだけでマルタには、ラースがなぜ死を選んだのか理解できた気がした。
こんな扱いを受けてなお気持ちを向けるなど、矜持の高い彼にとってはそれだけで耐えがたいことだっただろう。
残されたラースの首を強くかき抱いて、許しを乞うように王はすすり泣く。
王は約束どおりアナテマの一族を保護した。マルタとラースの人生と引き換えに。
マルタは己の運命を受け入れた。たとえ無理やりに孕まされた子であろうとも、薄汚れた王宮の中で授かった命を守り慈しみ生きていくと決めた。一族から離れた場所であろうとも、アナテマの一族として伝えるべき文化を子に伝える。それがせめてもの彼女の矜持だった。
ラースは違う。誇り高き戦士であった彼が刃を奪われ、自由を奪われ、身の毛がよだつような情愛を向けられて、どれほど無念だったことだろう。
どれほど悔いたところで許される罪ではない。
王の風格のかけらもないみじめな男を睨みつけ、マルタはそっと膝を折る。あたりに散らばった血に手のひらをつけ、彼女は祈るように目を閉じた。愛に溶かされた同胞の苦悩を想い、死の安息を一心に願った。
「ラース……ラース……愛していた。誰にも取られたくなかった。逃げられたくなかった……けれどあなたは、死体さえも残してはくれないのだな……」
「――アナテマの民は!」
こんな王など、苦しめばいいと思っていた。
真実を告げる気はなかった。ラースが告げなかったのならば、それが彼の選択だと思ったからだ。けれど延々と垂れ流される不愉快な言葉をそれ以上黙って聞くことは、マルタにはできなかった。
「アナテマの民は神のもの。我らは比類なき力を宿して生まれる代わりに、愛を交わすことを許されない。だからこそ閉鎖的で、一族の間でしか婚姻関係を結ばない。外に出れば、熱き血の者と嫌でも惹かれ合ってしまうから」
「許されない……?」
「外の者の温度は、我らにとっては高すぎる。愛を向けられ、愛に応えたが最後、骨も残さず溶けるでしょう。……ラースのように」
「愛に、応える……あ、あ、あああああ!」
呆然と呟いたあとで、王は身も蓋もなく咽び泣き始めた。残された首だけを強く抱きしめて、血の海の中に蹲りながら、狂ったように声を上げて泣いていた。
マルタにとって、この王は獣だ。感情のままに動き、他者を貶め、取りつかれたように領土を広げる。たとえ行き着く先が別れであろうとも、愛を乞うならもっとましな方法などいくらでもあった。その中でよりにもよって最悪の方法を取った彼は、マルタにとって心底理解できない生き物だった。
そんな最悪な王に矜持を折られ、囲われてなお心を寄せた元夫の心もまた、マルタの理解の外にある。
血に濡れた膝をそのままにマルタは立ち上がる。ここでマルタにできることなど何もない。憎い王に掛けるべき言葉も持ち合わせていない。あるとすればそれは、事切れたラースだけが有していたはずだ。
血に濡れ、血に溶けたのであろうラースの最期の姿をもう一度だけ目に焼き付けて、音もなくマルタはその場を辞した。
願わくば、ラースがせめて納得のいく死を迎えられたことを祈りながら。
かつてアナテマの民と呼ばれた特殊な戦闘民族は、保護という名目で帝国に併合された後、いつしか歴史から姿を消した。
征服王と呼ばれた覇王の玉座の隣には、彼が息を引き取る最期の日まで、ひとつのしゃれこうべが寄り添うように置かれていたという。
