12/19 「魂炸裂♥ハピエン・メリバ創作BLコンテスト」結果発表!
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2025/11/07 16:00

あらすじ
大阪の暴力団組員である昭一郎は、知人で何度かセックスしたことのある東京の暴力団組員である昭太郎に拉致され、倉庫内で暴行を受ける。心当たりのない昭一郎だが、幼少期の不遇や孤独感から慢性的な希死念慮を抱えており、ここで死ねるのならそれでいい、と思う。
しかし昭太郎は、組の金の横領に失敗し、見つかる前に自殺するため、昭一郎を道連れに心中しようと考えていた。なぜ自分なのか、と聞く昭一郎に、昭太郎は「おまえがかわいくて好きだから、幸せにしてやりたい」と言う。昭一郎はそこで初めて、一緒に死にたいほどに誰かに求められ愛されることで孤独を埋める、それこそが自分の求めていた幸せだと気づき、人生で初めて幸せを感じ、昭太郎と一緒に死ぬことを受け入れる。
※こちらの作品は性描写がございます※
「叶った?」
なんの話かわからなかった。ぎしぎしと痛む関節、鉄の味に溢れた口の中に溜まった唾を、べっ、とコンクリートの上に吐き出すと、奥歯が一本抜けていた。
「……何がやねん」
「将来の夢。叶った?」
昭一郎は、目の前にいる男が何を言っているのかわからなかった。
今にも折れそうなくらいに足がグラグラになった椅子に手錠で括られている時に受ける質問にしては、特殊なように思えた。いや、映画やドラマであれば、あるかもしれない。演出の一環で。おうワレ、言い遺すことあんのかい、夢、叶った? デカいことやりたいって言っとったもんなぁ〜よかったなぁ、おまえの家族も今頃喜んどるよ、大阪湾で……。
昭一郎が、目の前にいる男の顔を、じっ、と見つめていると、拳銃のグリップのあたりで殴られて、また歯が一本抜けた。
「歯の本数、健康寿命に関わるらしい」
「な〜にが健康寿命やねんボケカス、ここで死んだら世話ないわアホ」
喋ったら、痛い。顔がかなり腫れている気がした。おまえは面構えだけはいい、と唯一褒められるのが顔だったというのに。
目の前にいる男は、東京モンである。東京でヤクザをやっている。別に、知らん仲でもない。縄張りが違うので、そう積極的にバチバチとやるような間柄でもなかったが、お互いのボスが不仲、と称するにはあまりに味わい深い、倦怠期を乗り越えられず離婚調停がこじれている夫婦のような間柄だったので、顔を合わせることが多かった。
初めて会ったのは昭一郎がまだ十六だか十七だか、そんな歳の頃だった。親のない昭一郎は、高校には通っていなかった。目の前の男は同い年で、普通に高校に通っていた。東京の暴力団の、幹部の息子であると聞いた。大学に進学して、カタギの世界でやっていくかもしれない、とその時は聞いたが、結局ヤクザになっていた。身内にヤクザがいると、進路が大幅に狭まるということを、当時の昭一郎は知らなかった。ただ、親がおり、金にも困らず、甘ったれて、坊、などと呼ばれていい気になっているな、と思った。劣等感や嫉妬。
「や、おまえ、幸せになるのが夢だったらしいじゃん」
「なんのハナシやねん。クスリやっとんのか」
この東京モンの男は、名前を昭太郎、という。同い年で、名前のよく似たふたりは、まったく境遇の違う家庭で育ちながらも、着地点は同じような場所を選んだのだ。
昭太郎は、昭一郎の前に倒れていた椅子を起こすと、背もたれを前にして座った。その仕草さえ、昭一郎には映画の観すぎであるように映って滑稽だった。そもそもここが、港の倉庫であることも拍車をかけた。昭一郎は、港の倉庫で殺し合うヤクザがこの上もなく嫌いであった。恥ずかしくてたまらなかった。映画の観すぎや、と感じるので……。
昭太郎は体躯に恵まれた美男子であった。三十路を迎え、あぶらの乗った凄味のある色男が、映画俳優のように椅子の背もたれに肘をつき、ポケットから出したタバコを咥えた。
倉庫の明り取りの窓からは、昼の光がきらきらと入り込んでいた。こまかに散る埃が、金粉のように光った。昭太郎はタバコの煙を吐いた。
「……?」
「覚えてない?」
「クスリやっとんのか」
「やってない。売るの専門だ、薬は……吸うか」
「もらうわ」
昭太郎は、数口吸った吸いさしを昭一郎の唇に挟んだ。
昭一郎は手を使わずにタバコを吸うのが苦手だったが、拘束されているのだからこのまま吸うより他にない。鼻から煙を吐く。少し顔を動かしただけで、痛む。
「痛いんやけど。オノレがボカスカ殴るからや」
「腫れてる」
「そらそうや。美人が台無し。責任とってくださる? なめやがって」
伸びた灰が、地面にぼた、と落ちる。灰かと思ったが、鼻血だった。
「で、叶った?」
「……」
昭一郎は、短くなったタバコを、ぷ、と昭太郎に向けて吐き捨てた。飛距離は伸びず、キャッチャーゴロくらいにしかならなかった。
「はよ殺せ」
昭太郎は、椅子を足で引きずるようにして昭一郎との距離を詰めた。地面のコンクリがこすれる、いやな音がした。
「命乞いしないのか、おまえ」
「いやオマエ映画の観すぎちゃう~? ここまでやって生かす理由なんやねん、もう殺せや、痛いねん」
「聞かないのか」
「イヤ、何を?」
「どうしておれが大阪くんだりまで来て、おまえを殺そうとしてるのか。聞かない?」
昭一郎には心当たりがまるでなかった。シマも文化も掠りもしないのだ。でももう、どうでもよかった。殴られていくうちに、身体の内側から何か毒素の抜けるような、一種の爽快さがあった。
昭一郎は人生に、すっかりと倦み疲れていた。どこかで死ねるのであれば、そうしたいと思ったのかもしれない。
「知らんがな。オヤジたちがついに抗争でも始めるんか。痴話げんかにつき合ってられるほど、おれはバイタリティー高ないねん」
「オヤジたちの仲は悪いよ。相変わらずだ。でも今時暴力団同士の抗争って、金がかかるばっかりでメリットが少ない」
「いや、リンスのいらない、ちゃうねん……おまえホンマにヤクザ? イチにメンツ、ニにメンツ、サンシもメンツでゴもメンツやろがい……ひとり死ぬのなんて、珍しいことでもなんでもないねん……」
幸せになるのが夢であるというのなら、幸せがなんたるか知っているはずだ。
目に見えない。金さえあれば幸せだというものもいる。いい女が抱ければ幸せだというものもいる。人によって、形が違い過ぎる。そんな抽象的な概念を夢見るほど、昭一郎はゆとりのある男ではない。そんな雲を掴むような話。金勘定の単純明快さがまぶしく思えるほど。
しかし、昭太郎はどうだろう。昭一郎の目には、この男が「幸せのなんたるか」を把握しているように見えた。それがまた、昭一郎の劣等感をたまらなく煽った。
「もう一本、吸う?」
「もらうわ」
ふたりはしばらく、窓から細い光の幾筋も幾筋も入り込んでくる港の倉庫で、差し向ってタバコを吸った。波の音はしなかったが、何かしらの機械が稼働している鈍いモーター音は終始響いていた。昭一郎は、自分がその機械にミンチにされるところを思い描いた。人間の肉って、うまいんかな。知らんけど、食うたことないから……。
「おまえさ、おれに言ったよ。幸せになりたいって」
「ハァ?」
言うてへんけど。タバコを咥えたまま昭太郎を睨む昭一郎の視線だけで、何を考えていたのかが伝わったらしい。
昭太郎はもう一度、「言った」と笑った。笑うと目元に寄る皺に色気があった。サイズの合ったスーツを着ている。それも鼻についた。身なりを整えている垢ぬけた男に、昭一郎は昔から嫌悪があった。嫉妬、と言われればそれまでかもしれないが、こと昭太郎に対してだけは、そんな簡単な、手垢のついた言い回しで片づけられぬような、複雑な思いがある気がした。幸せと同様、嫉妬も目には見えない。確かにそこにあるというのに……いややいやや、目ェに見えんもんをありがたがったり、疎ましがったりして、アホらしい……。
昭一郎は殴られることには慣れていたけれど、多分ガキの頃からさんざんどつかれすぎてこんなアホになってしまったんやろな、と薄っすら自分に同情心すら湧いてくる。生まれ育ちを嘆いても仕方がない。世の中はな、そういうもんやねん。そう思わなければ、やっていけない部分もあった。
そもそも一番、アホなことしたな、と思うのは、わざわざ東京から大阪くんだりまでやってきて、自分をボコボコに殴った目の前の男と寝たことだ。しかも一度ではない。一回コッキリであれば、まぁ酔った勢いだとか、気の迷いだとか、何かしら言い訳を重ねることができたかもしれないけれど、そういうことが何度かあった。
なんでそんなことをしたのか、と言えば、うまく説明ができない。昭太郎が面構えのよい色男であることは昭一郎も認めるところではあるが、別にツラがいい男なんて、そこらじゅうに転がっている、とまでは言わないが、世にも珍しいというほどの話ではない。
昭一郎は、情というものがわからないまま生きてきた。そういう育ちなのだから仕方がない。性欲も、あるにはあるが、薄いほうだった。さらさらとした、水のような欲だった。それも生来の孤独感に、拍車をかけた気がした。気休めに女を抱くことさえ、興味が持てなかったのだから。別に誰彼かまわず、ヤリたくて仕方がない、ということは一切なかった。だから説明がつかない。何故この男に、何度も抱かれてしまったのか、ということが……。
「イチ」
この男は昔から、昭一郎のことを、イチ、と呼ぶ。それはふたりの名前がよく似ているからかもしれない。しかし昭一郎を愛称で呼ぶ人間は、世界中どこを探しても昭太郎だけだ。
ヤクザがヤクザを殴るのも、もっと言えば殺すことも、ままあることだ。表に出ることもあれば出ないこともあるが、よくあることなのだ。人間の命は、世間で思われているよりもペラペラと薄っぺらく、軽い。
「なんやねん」
昭一郎は、そもそもコイツ、何を勘違いしとんのやろな、と思った。
昭一郎には、東京をシマに持つヤクザに制裁される覚えがなかった。何かしらの誤解があって、こいつはノコノコと大阪まで出向いて昭一郎を殴っているのだろうが、無駄な労力だ。殺したとして、一文の得にもならない。死体を片づける手間とコストが嵩むだけで、コイツの言葉で言うところの、リンスのいらない……。
そうして昭一郎は、抵抗する気も失せていることに気づいた。
このままいけば確実に殺されるのに、おかしな話だ。でももう疲れたのかもしれない。生きていくこと、それ自体に。それに気づくと、殴られて悪くなっていた視界が、ぱぁ、と晴れるような清々しい思いがあった。
死ぬ場所でも探していたのか? 生きていてよかったことなど何もない。生まれていたことそのものが、間違いなのかもしれない。
「大人しいんだな、イチ。なんで殴られてるのか、わかっていないくせに」
「……」
「誤解や、とか、何すんねんタダで済むと思うなワレ、とか。言わないんだな」
「なんやねん、うっとうしいやっちゃな。どうせ殺すなら、ラクなほうがええやろ。それともなんや。泣き叫んで命乞いすんのが見たいんか。ええ趣味しとんな」
昭太郎が少し目を細めた。薄暗い場所なのに、少し眩しそうにも見えた。倉庫の外の太陽は動いている。ますます暗くなっていく。ますます……お先真っ暗、それは昭一郎の生きざまと同じように。
ふと、おれはコイツの名前を呼んだことがあっただろうか、と考える。ない。名前を呼ぶ用事も、必要もなかった。それでも昭太郎が、イチ、と呼ぶ声だけは、いつでもすぐに思い起こすことができる。
「組のカネ、引っ張ろうとしてたんだけど。失敗してさ」
組のカネ?
話が見えずに眉を寄せた昭一郎をよそに、昭太郎はまた新しいタバコを咥えて火をつける。すう、と吸い込んで、細い煙が立ちのぼると、昭太郎は立ち上がり、昭一郎の唇にそれを挟んだ。乾いた血の固まり、少しびりびりとする唇、同じように乾いた口の中に、吸い込んだ煙の味が広がっていく。
「誰がやねん」
「おれが」
「なんでおまえが、組のカネ引っ張るねん。何をやらかしたん。おもろ」
「今頃、オヤジたちはおれを探しているだろうな」
昭太郎が、オヤジ、と呼ぶのは、実の父親のことではない。組長のことだ。昭太郎の実父は、何年か前に死んだと聞く。死因は知らないが、何かデカいヤマでしくじって、消されたのかもしれない。それを思えば、息子である昭太郎の立場は組内でもいいものではないだろう。しかし昭一郎には、小指の爪の先ほども関係のないことだ。おのれの組長を、オヤジ、と呼ぶのは昭一郎も同じだった。父親がいないのも同じだった。いや、同じではない。昭一郎には最初からいないのだ。父も、母も、最初からいない。
「どこか外国に、何年か隠れようと思ってたんだ。もう嫌気がさしてさ。今時こんなこと、いつまでもやっていられないって思ってた」
「他に何すんねん。今さら」
昭一郎が笑い、唇からこぼれかけたタバコを、昭太郎が抜き取った。短くなったそれを、吸う。後ろに流していた前髪が一筋、額にこぼれる。その艶のある黒を、昭一郎は目を細めて見つめた。なぜか、眩しく思えたのだ。視神経のどこか、おかしくなったのかもしれない。どうせここで死ぬのであれば、眼科にかかる心配をする必要もない。
「できるわけないだろ。何も。脱会届を書いて、その後の暮らしに満足して真面目に生きるような人間がいると思うか?」
「おるかもわからんよ。知らんけど」
「おるかもわからんか! アッハッハ!」
昭太郎が、急に大声で笑い始めたので、昭一郎は驚いた。自棄になっているのだろうか。
タバコは、ほとんど灰になっている。昭一郎の血がこびりついた昭太郎の指先や爪が、黒っぽく汚れている。この指を、舐めた夜を覚えている。この指が、昭一郎の舌をタバコのように挟み、くすぐったことを覚えている。
「バカバカしくてさ。嫌になる。そうしたら思い出した、イチ、おまえが、幸せになりたいって言ったこと」
バカバカしい、という言い回しに、東京を感じる。また少し、暗くなる。日が傾いている。幼子が手のひらに握った砂を、風の中に放すように夜闇が散らばっていっても、倉庫の照明をつけることはないだろう。明るくなれば、人目につく。
「言うとらんわい」
「言ったよ。覚えてないだけだろ、酔ってた」
酔っていたとしても、そんなことを言うだろうか。考えたこともないのに? 幸せになりたいと言ったって、幸せのなんたるかがわからないのであれば、何になりたいのかもわからない。漠然。形がない。そんなものを求めてどうするというのか。求めようもない。
「おまえはさ、酔うとかわいいよ。子どもみたいだ」
昭太郎の物言いに、昭一郎の胸のあたりがむかむかとしてくる。
いや、かわいい、ってなんやねん。気色悪い。
「何が言いたいねんドアホ」
「別に、そのままの意味だ」
昭一郎は突然、昭太郎が自分のセックスの時の姿を知っていることが恥ずかしくなった。かわいい、などとなめた口をきかれて、見下されているような思いがした。
おれはおまえが嫌いや。嫌いというか、気色悪い。鼻につく。そのおきれいなツラ構えも、気取ったスーツも、じゃん、とかいう語尾も……東京モンってみんなこうなん? ほんまロクなもんがおらん、キモいもんベストスリー、三位東京タワー、二位読売ジャイアンツ、一位目の前のコイツ。
「おまえが泣いたのが、かわいくて。どうしたんだ、って聞いたら、幸せになりたいもん、って言った」
「言うてへんがな!!」
「怒るなよ、鼻血出てるぞ」
「おまえが殴ったからやろがい!!」
昭太郎は目を細めて笑い、昭一郎を見ている。
死んで、楽になることができる。さっきまで感じていた、天から垂れる細い糸のような安らぎが、ぷつり、と切れたような心地だった。
昭太郎は、整髪剤で少しべたついたように見える髪をかき上げ、「だから、おまえを道連れに死のうと思って。逃げるのもバカげてるだろ。金もかかるし。おれは惨めになるのが好きじゃないんだよ。見栄っ張りなんだ。知っての通り」と言う。
いや、知らんがな。昭一郎はのけ反り、多分肋骨の折れている胸いっぱいに息を吸い込み、「……なんでおれやねん」と聞いた。
息吸うと冗談みたいに痛いわ。ボロカスやりやがって、このカス野郎。そんなことを考えながら、吸い込んだ息を、吐いた。吐く時も冗談みたいに痛くて腹が立った。
死ぬのはかまわないが、それだけ知ってから死にたかった。先ほどから昭太郎が言うことが、なぜ昭一郎を道連れに死ぬことに繋がるのか、昭一郎の頭では理解ができない。
「いや、最期に見るなら、おまえの顔がいいと思って」
「ハ?」
「いや、おれ、好きだからさ。おまえのこと。かわいいし。だから金が腐るほどあれば、おまえのこと連れて外国にでも逃げてさ……」
「……何を言うてんねん」
昭太郎はタバコの箱を握りつぶした。
「空だった。……なんの話をしてたっけ? ああ、そう……おまえを連れて外国に逃げてさ……それで……」
ずいぶんと日が落ちている。薄暗がりの中で、昭一郎は昭太郎の整った顔を見つめている。タバコを切らしたのが惜しいな、と思う。小さな火に浮かび上がるこの顔は、より一層美しく見えると思ったからだ。それで?
「それで、おれが幸せにしてやろうと思ったんだよ。でもそれができないならさ、おまえを殺しておれも死のうと思った。だって、おれじゃない男が──いや、男じゃないかもしれないけど、男だよな。そう、おれじゃない男がおまえを抱いて、かわいがって、幸せにしてやるのかと思うと癪だから。取られたくないんだ。だから」
昭太郎の瞳に、昭一郎が映っているのが見える。昭一郎は瞬きもせずに、まるで目蓋が糸で縫われたみたいに目を開けたまま、昭太郎を見ている。
そうしてまた痛い思いをして、息を吸って吐いて、「アホやな」と言った。昭太郎は笑った。関西弁ってかわいいよな、と笑って、昭一郎の血まみれの唇にキスをした。
四角い窓に切り取られた夜は明るい。夜は、思ったよりも暗くないのだ。昭一郎は子どもの頃から思う。もっと暗ければいいのにと、大人に殴られながら思う。
初めて昭太郎と寝た時は、やけに暗かった。カーテンが遮光だったのかもしれない。昭太郎が、アホみたいにイキった墨を刺した男の身体を見ると興が削がれると、暗くしていたのかもわからない。でも昭一郎は、それに安らいだのだ。受け身のセックスは楽しかった。ラクで、何も考えなくていい。痛いのは平気だが、昭太郎はやけに優しくて丁寧だった。男相手にこうなのであれば、女にはどれほど甘いのだろうと、想像しただけでおかしかった。
今は窓から薄明るい夜が差し込む倉庫で、ざらざらとしたコンクリートの土間に寝かされてセックスをしている。これだけ痛めつけた相手を、なぜわざわざ脱いだジャケットの上に寝かせてやるのかはわからないが、この気取った仕立てのジャケットの生地に、血や涎が染み込むのは愉快だった。死後、クリーニング屋はあるのか。
「痛い?」
「……や、別に……肋骨は痛いけど……」
コンドームを被せた昭太郎のペニスは硬く、大きく、昭一郎はそれを腹いっぱいに受け止めながら、コイツよくボコった男相手にこんなガチガチに勃つな、と感心しながら揺さぶられている。悪くはなかった。こうして抱かれていると、変に安らいでしまう気がした。
裸に剥かれた昭一郎の腰を掴む昭太郎の骨ばった大きな手が、浮かび上がっているように見える。律動に合わせて揺れる昭一郎の、男としてはあんまり役に立ったことのないペニスもやはり勃起しており、ピストンに合わせて先端からぼたぼたと、気持ちよさそうに汁をこぼしている。それが腹筋に流れ、臍の中に溜まり、正体不明の光源から発せられる光で、ぬらり、と照る。
ぞくぞくと、腰から足の先、手指の先まで痺れが走る。感じる、と思う。気持ちがいい。昭太郎に突っ込まれて、奥の奥までブチ叩かれて、痛くないか、などとやけに優しく気遣われて、感じているのだ。日頃まったくといっていいほど感じない性欲が、底なしの沼みたいに昭一郎を飲み込んでいく。
「イチ、どうした」
「どうしたもこうしたもあるかい、あ、それ、あかんかも、気持ちー」
「リップサービス? ずいぶんサービスいいんだな、えらいでちゅね~チップが欲しいか。本番ありだもんな、イチちゃん」
「ふざけんなアホ、デカくすんな、あ、あ、あっ」
ごつ、と奥を擦られて、昭一郎のペニスが、びゅる、と射精すると、昭太郎はその精液を指先でなぞり、「トコロテン初めて見た」と言った。コイツはそんなに男を抱くのだろうか。何人の相手がいたのかは知らないが、心中の相手に選んだのは昭一郎だった。
射精したばかりの昭一郎のペニスを、昭太郎が掴んで扱く。敏感になった場所を擦られて、情けない喘ぎが漏れる。
「う、あ、あっ、あっ♡ あっ、あっ♡ きもちい、きもちいー、あかん、あ、もっとして、なぁ、それ、もっと!」
「イチ、かわいい。おまえ、セックスの時って甘えん坊だよな。別に普段からそうだけど。なぁ。そうだろ」
昭太郎の舌が、昭一郎の口内を舐める。その舌を夢中でしゃぶりながら、空を掻いた手を握られる。折れそうなほど強く握られる。こうして抱かれていると、幸せとは何か、と思う。幸せについて何も知らないくせに、これが幸せなのではないか、と思う。
「イチ、イチ」
そんなふうに呼ばれながら、抱かれる。このまま、ここで死ぬ。昭一郎は、早く死にたかった。もう生きていたくなかったのだ。ずっとそうだった。ずっと……。
「なんでおれやねん」
さっきと同じ言葉が、勝手に唇からこぼれた。キスの合間に。知らないうちに涙も出ていて、視界がぼやける。
昭太郎は、さっきも言っただろ、と笑う。もう一回聞きたいのか、かわいいな、とかなんとか言って、笑う。
泣けて仕方がない。こんなに満たされていることも、幸せとは何かということも……。
「……おまえが好きだから、取られたくないんだよ。おれのもんだ……一緒に死のうな」
ここまで誰かに求められる時の感覚を、今まで知らなかった。抱きたいだとか、幸せだとか、一緒に死にたいだとか……。
昭一郎が幼少期から抱えた孤独を、昭太郎が勝手に塞いでいく。おまえ、幸せになりたいって言ったよ。セックスしながら、昭一郎は思う、確かに幸せになりたいのだ、と思う、そして今、寂しいとか、つらいとか、死にたいだとか、昭一郎の望み求める形のない漠然としたすべてのものを、昭太郎がただ一言で埋めてしまう。
「おまえがかわいい。おれが、幸せにしてやるから……」
傲慢な男だ。昭一郎の弱さと甘えたを、抱きしめるのはよしてくれ。
昭太郎は、ベルトにささっていた拳銃を昭一郎の手に握らせる。
「じゃあ、エロくてかわいいおれのナンバーワンにチップ……かっこいいだろ、好きにしろ」
「……」
昭一郎は安全装置を外した銃口を昭太郎の眉間に向けた。こいつほんまにちんこデカいな、と思い、揺さぶられながら、向けた。昭太郎は薄ら笑いながら腰を振っている。そうして顔を傾けて、また昭一郎にキスして、「早く撃て」と笑った。
昭一郎は昭太郎の首に腕を回してキスしながら、与えられる幸せについてを思った。生まれて初めて満たされる、心の内側についてを……。
昭一郎は昭太郎の後頭部に銃口を当てて、そのまま長い時間キスされていた。このまま引き金を引けば、一発の銃弾でふたりが片付く。SDGsすぎて、表彰を受けるべき仕事になる。
「……昭太郎」
「うん」
「もっぺんおれのこと、好きって言うて」
昭太郎は笑った。
「好きだよ。愛してる。おまえよりかわいいの、この世に存在しないから」
昭一郎はずっと寂しかったし、幸せになりたかった。幸せだと思いながら、愛されて死にたかった。
その夢が、今叶う。生まれてきてよかった。(甘い幸せ)
