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第1回 BL小説アワード

少年モノローグ

メリーバッドエンド/エロなし

「ユキ、抱き締めて…」なんとなくだるい気分を拭えないまま呟くと、ユキは表情を変えずに僕を痛いほど抱き締めた。

夜明
4
グッジョブ

「ユキ、抱き締めて…」
なんとなくだるい気分を拭えないまま呟くと、ユキは表情を変えずに僕を痛いほど抱き締めた。
「和希…」
ロウソクの揺れる光は、ユキの無機質さを幾分か柔らかくしていた。
外は一体どうなっているのだろうかと気になったが、窓がないから分からない。 ここにあるのは、頼りない明かりと僕たちだけだから。



そういえば僕は小学生に入学する頃、今よりももっと引っ込み思案だった。兄弟もおらず一人でぼんやりと過ごす僕を心配した両親は、当時流行の兆しを見せていた人型アンドロイドを買い与えた。僕の話し相手のついでに家事手伝いでもさせればちょうどいいと思ったのだろう。
「よろしく。俺はユキだ」
「よ、よろしく…」
何をどう間違えたのか、両親は一番大きいサイズのアンドロイドを買ってきた。父親の身長は確か175センチ近くあったがそれよりも大きく、幼い僕は威圧だけで潰されそうだった。
お互い向かい合い、なんとも形容しがたい気まずい沈黙が流れた。もっとも、気まずいと思っているのはどうやら僕だけだったようで、当のユキは初めて僕の家に上がるにも関わらず飄々としていた。
「…ユキは、ぼくの友達になってくれるの?」
「ああ。君がそれを望むならな」
「鬼ごっことか、ブランコとか…したい」
「ああ。一緒にしよう」
「本当に?」
「俺は嘘はつかない。そうプログラムされているからな」
言い方は素っ気なかったが、自分以外の人と遊べることが嬉しくて胸がいっぱいになった。その日、日が暮れるまでユキと二人で遊んだ。暗くなってもまだ遊び足りなくて、こんな気持ちは生まれて初めてだった。



「外、どうなってるかな」
「わからない」
近くで爆発音が響き、天井からパラパラと砂が落ちた。この地下壕もきっと長くは持たないだろう。



初恋はカナちゃんという女の子だった。中学に入学したとき、最初のクラスで席が隣。笑うと可愛いところに好感を持った。
僕は初めての感情に戸惑い、何度もユキに相談した。ユキが「俺はアンドロイドだからそう言った感情の機微についてはよくわからない」と相談を受けることを遠回しに拒んでいるのにも気付かず、僕は日夜悩み続けた。そのときユキが苦い顔をしていたのは、感情がわからないというだけが理由ではなかったらしい。それに僕が気付くのはもう少し後のことである。



「どうした、和希?」
「昔を色々思い出したんだ。ユキと初めて会ったときとか、中学の頃に好きだった女の子のこととかさ」
「カナとかいう、和希をこっぴどく振った女のことだろう。あなたは可愛いけど男の子らしくないから並んで歩くのは嫌だって。そんな女のことを今わざわざ思い出さなくていい」
ユキは、僕をもっと強く引き寄せると、つむじに顎を乗せた。
「うわっ、やめて!くすぐったい!あはは!」
「顎の下で髪を撫ぜるのが好きなんだ。和希の髪は柔らかくて気持ちいい。猫みたいだ」
外の轟音とは裏腹に、ユキの呼吸音は深く落ち着いていた。本当に気持ちいいのかもしれない。
「こうして二人でいると、世界に僕とユキだけになった気分だよ」
無意識のうちに言葉が漏れたが、返事は無かった。



一生懸命友達を作って、恋をして、振られてもそれなりに毎日を楽しく過ごしていた。ユキという心の支えがあったからだ。人間は裏切ってもアンドロイドは裏切らない。絶対的である意味盲目的な信頼を僕はユキに寄せていた。
だから、ユキも僕のことを一番に思っていただろう。ただ、僕の好きとユキの好きは違っていたらしい。たまに僕に向ける熱っぽい瞳の意味にも気付き始めていた。
体温を持たないアンドロイドに熱も何もあったものじゃないと人は笑うだろうか。でも、ユキは僕にその瞳を向けていたんだ。

「…和希のことが、好きだ。俺には好きということがわからなかったが、この感覚は、好意以外に他ならないと思う」
そう告げられたとき、驚きよりもやっぱりなという気持ちの方が勝った。不思議と不快感は無かった。
「どうして僕を好きになったの」
「上手く説明できないが、他の女の話をしているときの和希の姿はすごく…魅力的だった。輝いていた。俺は小さいときから和希を見ていたのに、出会ってすぐの女に和希を取られると思うと嫌だった」
「そっか」
「最初はそれだけだった。でも和希のことを独占したいという気持ちが日増しに大きくなって、可愛い和希をどこにもやりたくないと思った。キスをして、あわよくばもっと先のことまでしたい」
先のことって何だろうか。エッチなこととかするのかな。何か想像出来ない。
「和希は嫌か?こんな俺を嫌いになるか?」
ああ、またあの瞳だ。アンドロイドとは思えない、濡れて揺れる熱い瞳。カナちゃんだって、こんな表情を僕に向けたことは無かった。
「嫌…じゃない。僕も、大事に思ってる」
そう言うのを待っていたかのように、ユキは僕の頭を掴んで強引にキスをした。今までそんなことをされたことは一度もなくて驚いたけど、積極的なユキを見るとゾクゾクした。ユキの唇は冷たくて、ちょっとだけ合成ゴムの苦い味がした。
「和希…」
「いいよ」

一度ラインを越えてしまえば、雪崩のように事が運んだ。一ヶ月経っても二ヶ月経っても、果ては半年経っても僕達の気持ちは冷めることを知らず、むしろ燃え上がるほどだった。
親の目を盗んではキスをして、肩が触れ合えば抱き合った。必死に求められることが気持ちよくてたまらなかった。ユキはアンドロイドだから体温が無いはずなのに、二人でいれば温かかった。
あの頃はどうかしていた。日に日に増える不穏なニュースも、避難勧告のけたたましいサイレンも、別の国に亡命していく人も、まるでありきたりな物語のようだと眺めていた。ユキがそばにいるならなんとかなるという信頼があったからかもしれない。



「父さんや母さんは…どうしてるだろう」
「きっとどこか別の場所に避難しているさ」
数時間前にもう何度目かわからない避難勧告のサイレンを聞いたとき、父さんと母さんは外出中だった。僕とユキは一応家の地下に作ってあった壕に避難したが、どうせいつもの様に敵国の飛行機が通り過ぎただけだと思っていた。そうでは無かった。日常はあっという間に崩れ去る。

「和希」
「何?改まっちゃって」
深刻そうな語調に、湿っぽくならないようわざと茶化したが、ユキは肩をぐいっと持って引き剥がした。
「和希、一生一緒にいよう。大好きだ」
「ユキ…やめてよ。そんなこと…」
一生、なんて。一秒先も約束されていない状況なのに。でも、その言葉に冗談は一分も無かった。
「好きだ…愛してる…。ここから出られたら水族館に行こう。ずっと前に行きたいと言っていただろう」
「やめろよ!ここから出るなんてもう絶対無理なんだよ!嘘でもそんなつまんないこと言わないでくれ!」
「嘘じゃない。アンドロイドは嘘をつかないようにプログラムされている」
ユキが今まで一度も嘘をついたことは無いことは僕が一番知っている。だから辛かった。

「うるさい!みんな死んでるよ!わけわかんない飛行機が爆撃したせいで!万が一ここから出られたとしても外はきっと焼け野原だ!聞いただろ、あのデカい爆発音も!悲鳴も!父さんも母さんもきっとどこかで死んでる!」
「…」
「水族館なんてとっくに無くなってるに決まってるじゃんか!僕を慰めようとしてるならやめてくれ!」
「和希…」
「だっ…第一、僕らだって、いつ、いつ死ぬか…!」
「和希…泣かないでくれ。俺が悪かった」
泣いてないと言いたかったのに、溢れてくる涙で次の言葉を発することが出来なかった。僕の中で張り詰めていた糸がどこかで切れた音がした。

「俺はアンドロイドだから、人の気持ちがわからない。でも和希のことならなんでもしてやりたいと思う。死ぬなんて言わないでくれ。すまなかった。もう泣くな。くだらない戦争で和希を絶対に殺させたりはしない」
「ユキ……」
「俺は和希の笑った顔が一番好きだ」
そうしてユキは僕にキスをした。今までで一番深くて長いキス。泣いて半開きだった唇を無理やり舌でこじ開け、歯列をなぞって口内に侵入した。
「ん…ふう…」
「っ…」
息も出来ないくらい激しいのに、慰めるような感情が舌からダイレクトに伝わって、甘い幸せに溺れて死んでしまいそうだった。




神様は、僕達をどうして普通の恋人にはしてくれなかったんだろう。男同士、アンドロイドと人間、非日常。ただお互いのことがする好きなだけなのに。こうやって見つめ合うだけで胸ははち切れそうだ。この感情はユキが教えてくれた。
また壕が大きく揺れ、振動で歯がぶつかり合った。ようやく唇が離れる。

「僕、やっぱり水族館行きたい」
「ああ」
「連れてってくれるんでしょ」
「もちろん。何十年経とうとも」
「大きい水槽の前でキスしてもらうのが夢だったんだ」
「和希はロマンチストだな」

ちょっとだけ唇の端を釣り上げて、ユキは笑ってみせた。ぎこちない顔があまりにもおかしくて、僕もつられて笑った。

夜明
4
グッジョブ
1
碧暗い水 15/10/17 20:19

ユキが男前だし、和希もちょっと影のあるかわいいキャラで、本当にお似合いです!私的には、ある意味究極のハッピーエンドだと思いました。とても胸熱な感じです。

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