>
>
>

第1回 BL小説アワード

ユキリスク・ウント・アスタリスク

エロ少々/疑似セックス/オモチャ

派遣年数がだいたい10年をすぎると、一旦、管理センターによって回収されることになっている。ユキが和希の家に来てから12年。いつ連絡がきてもおかしくなかった。

紙屑屋
4
グッジョブ

 和希は今、ある研究所に来ている。数か月前、アンドロイドと人間のコミュニケーションにおける画期的な実験をするから君にも手伝って欲しいと、声をかけられた。
 当時付き合っていたプラグ型アンドロイドに話すと「ボクは、待てない」と言われ、あっさりと捨てられた。和希は、そのことを気にする風でもなく、プロジェクト参加への準備を進めて、今ここにいる。
 まず案内されたのは、住居スペース。和希は、ホテルのような素っ気ない部屋を想像していたが、案内された場所は、一般家庭のような親しみやすい空間だった。
 明日から実験に参加すればいい和希は、先に届いている荷物を片付けることにした。荷物といっても大した物はなく、研究資料以外は、洋服などの身の回りの物くらいだった。作業を始めながら、ぼんやりと考える。
 ーだいたい、どうして俺がこんな立派な研究所のプロジェクトに声をかけられたんだ?
 和希は、アンドロイドと人間の性情動を研究している。簡単に言えば、アンドロイドと人間のセックスの研究だ。ロボット工学の分野では、当初からメカニック分野の研究は盛んに行われてきたが、人間とのコミュニケーションについての研究は、立ち遅れていた。特に性に関しては。アンドロイドが一般化したこの時代になっても、未だにタブー視されている。もちろん、重要な研究として尽力している研究者も大勢いるが、和希のように名もない若手は、なかなか思うようにならないことも多いのが現実だ。
 ー呼ばれたからには、やりたいことをやり倒してしまえばいいか。
もう少し深く考えるかと思いきや、和希はあっさりと答えを出してしまう。既に関心は別のことに移っている。
 -そういえば、ここで一緒に住むことになっている柚木陸って、どんな奴なんだろう?そもそも、人間か?アンドロイドか?
 アンドロイドが機械的な響きのする名前を使っていたのは昔ことで、今は、名前だけでアンドロイドか人間か見分けることは難しい。
 ふと、片付けをする和希の手が止まる。手にしているのは、一本のコード。
 直径約5mm、長さ1mほどのコードの片端にはジャック型のコネクタがついている。そして反対のコードの端は、何かで切断されていた。
 このコードは、wired[ワイヤード]=人間がアンドロイドと疑似セックスを楽しむための器具。
現在のアンドロイドには使えないが、旧型のアンドロイドに使用された。
 wiredを見つめ続ける和希。小さなため息をつく。
 wiredは、子供の頃からいつも一緒にいたアンドロイドの名前を和希に思い出させた。
 ユキリスク・ウント・アスタリスク。 
 「逢いたい」
 いつしか和希は、彼の面影とともにコードを持ったまま眠りに落ちていった。


 「これが、今の和希に対するベストサポートです」
 別れ際のユキの言葉が、千切れた蜘蛛の糸のように纏わりついてくる。和希が高2の冬に、ユキはセンターに回収された。和希は、いなくなったユキのことを想うたび、出会った時のことを思い出した。
 和希が小学校に入る少し前、ユキは家庭用アンドロイドとして和希の家に派遣されてきた。
 冬の寒い朝、いつもより早く目が覚め部屋を出ると、廊下に見知らぬヒトが立っていた。
 ー知らないヒト。父さんじゃない男のヒト。一緒に父さんと母さんもいる。
 「誰?」
 「ボクは、ユキリスク・ウント・アスタリスク。キミは、和希ですね」
 「ユキ…ユキリ…」
 小さい和希は、聞きなれない音の名前が、上手く言えない。
 「ユキとよんでくださいね。おはようございます。和希」
 そういうと、和希の目を静かに見ながらユキは、寝癖のついた和希の前髪をつまみあげて、おでこにキスをした。
 ユキは、和希が7歳の誕生日を迎えるまで、毎朝おはようの挨拶と一緒におでこにキスをしてくれた。
 和希は、このキスが好きだった。ユキを独り占めしていると実感できる大好きな一瞬だった。
 和希が成長すると、このキスもなくなった。ユキの見た目は変わらないが、和希は日に日に身体も心も成長する。ユキへの募る想いは、いつしか恋心へ変わっていった。

 和希は、高校に入ると、次第にユキへの想いが抑えられなくなっていた。
 夜、ひとりで部屋のベットに寝転んでいる時、ユキの顔をを思い浮かべるだけで下腹部に手が伸びていく。和希は、情動をコントロールできなくなっていた。
 そんな時期に、ハプニングが起きた。
 ある晩、和希はユキが近くにいないと思って、部屋で自分のものに手を伸ばし、ユキを思いながら独り耽っていた。そして、果てるときに思わずユキの名前を口にしてしまった。
 その瞬間、ユキが部屋に入ってきた。
 「和希。今、呼びましたか?」
 和希は、ベットの上で飛び起き座りなおそうとするが、ズボンと下着が膝まで下がっていて上手くできない。
慌てている和希を横目に、ユキは部屋に入ってきて静かに言った。
 「オナニーですね。さしずめ、ボクは、オナペット」

 この時から、二人の間に奇妙な習慣ができた。
 ユキの目的は、和希の幸福のためにサポートをすること。ユキは、それを自分の存在理由だを認識していので、和希のリクエストは、その目的に反しない限り受け入れられた。
 和希は「そばにいて欲しい」と頼んだ。ユキは、拒まなかった。最初は、恥ずかしさもあり、ただユキを見つめて耽る和希だったが、次第に欲望を口にしていった。
 その中には、ユキができないこともいくつかあった。例えば、和希が「舐めて」と言うと「舌は、装備されていないので舐められません」と言い、キツイ感じで「噛んで」と言っても「食物からのエネルギー補給は不要なので、歯がありません」と返ってくる。勢いにまかせて「咥えて」と甘く囁いても「構造上、口腔スペースを頭部に確保することは不可能です」と、冷静な答えが返ってくる。
 そのうち和希も心得てきて、ユキができそうなことを要求するようになった。
 「髪に触れて。足を押さえて。抱きしめて。俺を見つめて。視線を外さないで…」

 そんな二人の遊びは、長くは続かなかった。
 ユキが、ただの遊び相手ならなんの問題もない。和希にとって一番恋しい相手がユキなのに、それにもかかわらず欲望に任せてこんなセクハラまがいの要求をユキにしている。和希は、自分を叩き潰したいと思うようになった。そして、平気で要求に応じるユキも許せなくなった。ユキが遠くにいるように思え寂しくて、何よりもユキに自分の想いを踏みにじられているように思えて悔しかった。和希にとってユキは恋しいけれど、許せない存在になっていった。
 ある日、いつもの遊びの最中、何気ないユキの一言が和希の癇に障った。ほんの些細なことが引き金になり、和希の不満は爆発した。
 「うるさいっ!」
 ユキが、スッと和希から離れる。和希が怒鳴る。
 「俺の気持ちなんか、わっかってないだろ!こんな行為の意味も。俺もバカだけど、お前もバカだよ!」
 和希にとってユキは、ただのロボットではなく恋しい対象、けれどユキにしてみれば人間がアンドロイドを勝手に擬人化して恋をしているに過ぎない。
 「和希。ボクは、人間の形をしたロボット。人間がボクに目的を与えない限り、ボクは何もできません。けれど、目的があるから迷わない。だから、心は要らないんです。心のないボクに恋は、理解不能です」
 「なんだそれ。機械の理屈で俺の想いを踏みにじって!」
 和希は、自分の気持ちに応えて欲しかった。

 和希とユキが衝突して一週間が過ぎた頃、アンドロイド管理センターから派遣アンドロイドの回収連絡がきた。
 一般家庭に派遣されているアンドロイドは、派遣年数がだいたい10年をすぎると、一旦、管理センターによって回収されることになっている。ユキが和希の家に来てから12年。いつ連絡がきてもおかしくなかった。むしろ遅いほうだ。 和希はこのことを知り、ひとつの決意をした。

 何をするでもなく和希とユキは部屋にいた。突然、和希が立ち上がり、机の引き出しからwiredを取り出す。
 「ユキが、ここからいなくなる前に、これででユキと繋がりたい」
 和希がユキにwiredを渡す。ユキは、渡されたwiredから和希に視線を移す。
 「その時は、これを持って和希の部屋に行きます。おやすみなさい」
 和希がwiredを渡して数日が過ぎた冬の或る夜に、ユキは和希の部屋に入ってきた。wiredを持って。

 繁殖目的がないユキには、生殖器は装備されていない。つまり、生殖器のないアンドロイドと性行為をすることはできない。しかし、セックスはできなくてもwiredを使えば性情動の共有ができる。wiredのコードの片端に両掌ほどのフィルムシートが付いている。そのシートで男性器を軽く巻く。人間の準備は、これで完了。コードのもう片方にはコネクタがついていて、それをアンドロイドの手首にあるコネクタと繋げる。プラグ型アンドロイドならwiredのコネクタをジャック、ジャック型アンドロイドならwiredのコネクタをプラグにする。プラグは凸型、ジャックは凹型。
 wiredをアンドロイドに繋げると、人間の性器と接触しているフィルムシートが刺激を送り始める。この刺激によって変化する性器の形状、温度、湿度、血流などの数値データが、アンドロイドに送信される。一方、アンドロイドの方は、接続と同時に自身のメモリ内にwiredが一時的に組み込まれる。このプログラムの内の[sexual module]によって、アンドロイドの外界センサの一部の感度が急激に落ちる。視覚、聴覚は、50%しか機能していない。ただ、触覚センサだけが100%のフル稼働状態になり、wiredから送られてくる性器の数値データだけを計測することになる。極めて異常な状態にアンドロイドは置かれる。
 ユキは、プラグ型アンドロイド。ユキのコネクタに合う型は、ジャック型のコネクタ。
 ユキは、和希の少し固くなったものをフィルムシートで包んだ。そしてもう一方のジャックを自分のプラグに挿入した。

 ユキは、ノイズだらけの不安定な揺らぐ状態の中で、和希の熱だけを感知していた。その熱は、一瞬でユキの全てを包み込み、膨張し、やがてユキの中心に吸い込まれるように消えていった。
 ーボクは、決して見ることができるはずのない夢を見た。ユキは、そう認識した。

 一方、和希はwiredを使って後悔していた。
 ーユキが、断らないと確信して頼んだ自分は、狡い。
 そんな自分に気づいた和希の目から涙が溢れてきた。涙が、止まらない。
 「和希。泣かないで」
 ユキは、自分の手首からwiredコードを抜くと和希のペニスに巻き付けたwiredフィルムを剥ぎ取った。そして、汚れた和希のペニスをタオルで丁寧に拭きはじめた。

「人間は、自分ではどうしようもないことがある時、祈るそうですね。ボクは、今夜初めて考えました。ボクに心があったらなと。だからボクは、人間がボクに心を設定してくれるように祈ります。ボクには、自分で自分の環境を変えることができません。これが、ロボットの悲しみなのかもしれません。おそらく、ボクにもし心があったらそう考えるはずです。ボクは、自分の悲しみを感じられる日がくるように祈り続けます。和希のために。無力なボクを許してください」
 ユキの慈愛に触れた和希は、自分の未熟さに腹が立ち、涙を堪えながらwiredを壁に叩きつけた。


 夕方、和希が目を覚ますと、そばに柚木陸が立っていた。
 「…?あっ! つい寝てしまった」
 和希は立ち上がり手を差し出す。
 握手をしながら陸が尋ねる。
 「それは?」
 和希の左手を見ている。
 「骨董品のオモチャ。知ってる?」
 陸が答える。
 「wired」
 和希がうたた寝をしていたソファーに二人は、腰をおろす。
 陸が脚を組んで和希の方に身体を向け見つめながら呟く。
 「髪…寝ぐせ」
 和希が咄嗟に髪に手を伸ばす。そのしぐさを静かに見つめている陸。
 -もしかして、俺を誘ってる?
 寝ぼけたことを思いながらも陸の眼差しに気恥ずかしくなり立ち上がろうとする和希を、陸が和希の腕をつかんで自分の方に引き寄せる。
 再び視線が絡み合った時、和希の心の奥深くにある途中で諦めたパズルのピースがつながり始めた。陸の眼差しがパズルをゆっくりと繋ぎ合わせていく。陸の瞳が和希を捉えて離さない。和希も視線を外せない。少しずつ出来上がっていくパズルのイメージが、和希の鼓動を早める。
 「うそだろ…」握っていたwiredが和希の手から落ちた。
 「おはようございます。和希」
 そう言うと陸は、和希の前髪を長い指ですくい上げ、おでこにキスをした。

 柚木陸
 
 ユズキリク

 ユスキリク
 
 ユキリスク

 ユキリスク・ウント・アスタリスク

紙屑屋
4
グッジョブ
コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。