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第1回 BL小説アワード

プロポーズ

エロなし

ユキが欲しい。全部欲しい。――十八になったら、ユキのオーナーになりたい。

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グッジョブ

 高校生が入りやすいとは言えないカフェは、ナチュラルな木をふんだんに使っていて、高梨和希は居心地の悪そうに今や百八十五センチに伸びた長身をソファに沈めた。
 注文を聞いてきた女性店員はおそらくAIタイプのアンドロイドだろう。真面目で素直なAIタイプのアンドロイドは、家政婦やベビーシッター、販売員などの需要が高い。
  和希の両親は弁護士で、父はそこそこ大きな弁護士事務所で共同代表を務めている。社交界に出るような上流階級ではないが、資産レベルでいけば中の上か上の下といったところだろう。
 厳しい家庭ではないが、特段悪い遊びに夢中になることもなければ、親から与えられた小遣いの額も知れている。普段利用するのはコーヒーの値段が三分の一の、作業ロボットが対応をするファストフード店だから、和希はぐるりと初めて入った店内を見回した。
 この店を指定してきたのは従兄弟の和葉だ。
 歳の離れた今年三十になる従兄弟は、メガロポリス刑事部特殊捜査課にいる。ただ、今日用があるのは従兄弟にではなく、いつも従兄弟と一緒にいるアンドロイドの方に、だった。
 従兄弟と一緒にいるアンドロイドの名は黒江 志狼と言う。従兄弟と同じくメガロポリスの一員でれっきとした警察官だ。長身で身体能力の高い志狼は、さっきの店員のような――AIタイプのアンドロイドとは異なる、『HI』タイプのアンドロイドだった。
 『HI』――Humanical Intelligence――というのは、昔からある『AI』――Artifical Intelligenceと比べ、より高い能力を持ち、より人間に近い思考ができると言われていた。
 中央政府から許可された企業が生産するAIタイプは、登録制で十八歳になれば原則誰でも持つことができるが、HIタイプは中央政府が管理しており、誰でも欲しいからと言って持てるモノではなかった。なのに従兄弟の和葉が志狼と居るのは、直接志狼がテストケース名目で和葉にあてがわれたものだったからだ。
 そして、それは和希の家にも居る。
 『ユキ』――という男性型のアンドロイドだ。
 ユキが和希の家にやって来たのは、和希が小学校に入る直前の春のことだった。
桜の木の下で佇むユキは、百七十センチあるかないかの身長で、ほっそりした体型だった。色白で温和しい雰囲気で、当時の和希は『絵本のお姫さまより美人だ』と思った。
 中学生か高校生のような雰囲気だったユキも、今は和希より少し上、二十代前半、といった印象の青年に変化している。再生医療をベースにした肉体を持つアンドロイドにとっては当然のことで、成長もすれば老化もする。――もっとも、人間に比べれば成長するのはわずかな部分で老化のスピードはずっと遅いが。
 どうしてHIタイプのアンドロイドが和希の家にいるのかといえば、それは『アンドロイドの父』と呼ばれる高梨博士が和希の祖父だからだ。その昔、まだ祖父が生まれる前のアンドロイドは、今は『作業ロボット』と呼んでいる身体が合金製や樹脂製のものと似たようなものだったらしく、今のアンドロイドの原型と言われる、人間に近い肉体を持ったものが世に出たのは、祖父が学生のころだった。
 肉体との融合をはかるため、ユキたちアンドロイドは起動して少なくとも1年は研究所の中の専用施設で過ごすのだという。同じ時期に施設で一緒にいたのが黒江で、身体能力の高い黒江たちがトレーニングに励むあいだ、ユキは祖父と一緒にいて助手の真似事をしていたらしい。
 「とうとうオクテの和希も恋に患うトシになったかー」
 頭の上でからかう声がして、和希はぎょっと顔を上げると、明らかに面白がっている顔で、従兄弟の和葉が和希を見下ろしながら、向かいのソファに座ろうとしているところだった。
 その隣に、百九十センチはありそうなスーツ姿の痩身をソファに沈める志狼の姿があった。浅黒い肌に精悍な顔立ちは、その名の通り図鑑でみる狼のイメージそのものだ。
 色白で息子から見てもそこそこ美人な方だろうと思う母方の血が繋がっている従兄弟は、黙っていれば理知的でエリート然とした眼鏡の奥で悪戯そうに笑っていた。
「そんなんじゃ、――俺、明後日、誕生日、なんだけど」
「ん?――ここのアップルパイは絶品なんだよね。和希は?」
「いや、……」
「――つまんないな。ユキちゃんがいたら一緒に食べられるのに」
 ちょっと拗ねたような口ぶりの和葉に、和希と志狼が思わず顔を合わせる。志狼も甘いものは苦手なようで、和葉が来るときは、ユキがうきうきとスイーツ作りに取りかかるのはいつものことだ。
「個体差と言ってしまえばそれまでだけど、味覚の好みも違うんだよな」
 和希が独り言のように言うと、表情を変えなかった志狼が微妙な苦笑いを見せた。アンドロイドと言っても、肉体は人間のそれに極めて近いから、食事も排泄もする。
「――確かにね。志狼の肉好きは見た目を裏切らないけど、アンドロイドなんだから好き嫌いは良くないよね」
 しれっと言い放つ和葉のセリフに、志狼は微妙な表情で睨んだ。
「狼に変身できるとか芸があればね。セロリ食べられなくても仕方ないかな、って思ってあげられるけど」
 和葉、と唸るような志狼の低音が聞こえ、和希も思わずぷっと吹いてしまう。
「もふもふだったら毎晩抱っこして寝てあげられるのにね?」
 和葉は志狼を見遣ってニッコリと微笑む。志狼が、俺はぬいぐるみじゃない、と唸るように抗議した。和葉はよくこうして志狼をからかうようなことを口にするが、志狼が本気で怒っているわけではないのは和希にも分かる。
「あの、――志狼さんのオーナーは和葉なんだよな?……その、ユキのオーナーに、なれないかな、って」
 和希はいささか緊張しながらそう言った。起動に関わる『ジェネレータ』権限と、人間とともに生活するために必要な『オーナー』権限というものがアンドロイドにはある。所有を示すとともに、アンドロイドの言動に関して後見人的な義務も伴うそれは、登録票にオーナーとなる人間とアンドロイドの署名、アンドロイドが発行する認証二次元コードを記載して役所に届け出なくてはならない。オーナーになれるのは十八歳以上だが、それはあくまでもAIタイプに関しての話だった。中央政府が直接管理しており、一般流通していないHIタイプのアンドロイドについては、調べてみても噂や憶測以外の情報はなかった。
「ん-、なんで和希はユキのオーナーになりたいの?」
なにか言おうとした志狼を制して、和葉が口を開く。一旦は視線をはずしたが、和葉に視線を戻すと、和希は言った。
「俺、――ジィさんの研究所に入って、アンドロイドの寿命を延ばしたいんだ」
 アンドロイドの寿命は、長くても三十年に満たない。肉体だけを交換しようとしてもいまだ成功した例はなく、ここ数年は思い出したようなタイミングで、アンドロイドと無理心中をはかったり後追い自殺をするニュースが発生していた。
 和葉は眼鏡の下の長い睫毛を伏せた。口元が嬉しそうに微笑んでいる。
「それは頑張って貰いたいな。向こう十年ぐらいの間に実用化してね」
「それで、――親にも確かめようと思ったんだけど、なんか今大型案件抱えてるらしくて」
「だったらユキちゃんにちゃんと聞くのがスジじゃない?洗いざらい話して、ユキちゃんの意向を確かめないことには、ねぇ?」
 そう言って和葉は覗き込むようにして隣の志狼を見遣る。志狼はそりゃぁそうだろうな、と余り関心のなさそうな声で相槌を打った。
「とりあえず、――登録のこととか、志狼さんなら知ってるかと思って」
「それもユキに聞けばいいんじゃないか。――その、警察に所属しているから、オレは」
「和希、ユキちゃんに話せないようじゃ、オーナーの資格はないと思うよ?」
 眼鏡の下の涼しげな瞳が細められて、和希はストローを引っこ抜くと、薄くなったアイスコーヒーを呷るようにして飲んだ。口に入った氷をガリッと噛んで、立ち上がる。
「分かった。全部ユキに聞く。コーヒー、ゴチっす」
「健闘を祈る」
 ヒラヒラと手を振ったあと、笑いをかみ殺す和葉に、志狼があきれ顔で溜息をついた。

 ***

「ただいま」
 和葉といたカフェからエア・タクで二十分ほど、自宅についた和希は玄関を開けて廊下を進むと、リビングに入った。今日のメニューはシチューらしい、と思いながら、和希はカウンターの向こうに居るはずのユキを探す。
 通学鞄をソファに置いて、探しに行こうか迷うヒマもなく、ぱたぱたと足音がして声が聞こえた。
「ごめんね、――パセリを庭に取りに行ってて。……おかえり」
 見慣れたエプロンの下はTシャツにハーフパンツ。臑毛のない白い足がすらりと覗いている。
 アンドロイドは総じて人間と比べると体温が低く、暑がりだ。
「明日からテストでしょう?進路は決まった?――誕生日のメニューは、なんかリクエスト、ある?」
 ニコニコした笑顔でカウンターの向こうへ足を踏み出したユキの、ほっそりした手首を掴んだ。
「和希?――」
 引き寄せて、抱きしめる。腹を空かせた犬のように、かぶりつきたいような衝動が身体の中を駆け巡った。
「ユキが欲しい。全部欲しい。――十八になったら、ユキのオーナーになりたい。……じいさんの研究所に入って、寿命を延ばす研究をして、一生、ユキと一緒にいたいんだ」
 勢い込んで一気にまくし立てると、背中のユキの手が戸惑うように背中に廻されたことに気付いた。厭がられていない、と思うと、さらりと明るい髪色のユキの頭を胸に押しつけるように抱え込んで、和希はさらに言いつのった。
「もうずっと前から、俺の欲しいのはユキで、俺の食べたいのはユキだ」
 言った途端、ユキは抱きついた姿勢のままでかぱ、と顔を上げた。
「情報量が多すぎます」
 うっすらと眉間に皺が寄っている。――が、顔が赤い。
「えっと……。私を欲しいというのと、オーナーになりたい、というのは、同義でしょうか」
 意味するところがよく分からず、和希はしどろもどろになった。
「あの、同じ、と言えば同じ、というか、延長線上、というか……」
「だとしたら、あげられません」
「えっ!」
 さらりと言われて、思わず和希は叫んでしまった。両肩を掴んで、ユキ、と言いかけたとき――
「私のオーナー権限は、私なので」
「は?」
「HIタイプを研究所の外に出すことに、博士は悩んでいて……。HIタイプがどう判断し、どう結論をだすのか、それは博士にも決められないことだからと」
「どういう――意味だ?」
「将来、HIタイプが人間と張り合うようになったら、人間に取って変わろうとするようになったら、……博士はそれを危惧していて、私にその判断を、ミッションとして与えたのです」
「は、判断、って?」
 ユキの瞳がうるうると光ったと思うと、ぽろり、と涙が零れた。
「ユキ!」
「明日も一緒に居たいと思える人間が私にできたら、『解除』するように、って――。我々HIタイプのアンドロイドには全停止ウイルスが仕込まれていて……。解除できるのは私だけなんです」
 もう一度、和希はユキを抱きしめて、――無意識に唇を重ねていた。
 唇を離すと、和希はそっと濡れた目尻にも唇を寄せた。ユキは小さく身じろいで、顔を和希の胸に埋める。
「私は和希と一緒に居たくても、和希は違うかもしれないし、……この先、和希はお嫁さんをもらって家庭を持つのかも、って思ったら、もう、アンドロイドなんてこの世に居ない方がいいんじゃないかって思ったり、して――」
 存在を賭けたヤキモチに、和希は愛しさを憶えると同時に、――笑ってしまった。
「俺が一緒に居たいのはユキだけだ。親には孫を諦めてもらうしかないけど、……大丈夫だろ。アンドロイドの父って言われたじいさんの子なんだから。――オーナーになりたい、って思ったのは、その、婚姻届の代わり、っつーっか」
 顔を上げたユキにはもう涙はなかった。白い額に、ちゅ、と触れるだけのキスをする。
「親にしてみりゃアンドロイドは兄弟なんだから、仲良くしてもらわないと」
 笑う和希を見上げ、ユキの眉間に再び皺が寄った。
「……となると、和希は私の甥ですね。四親等未満は結婚できませんよ?」
「じゃぁ内縁ってことで」
 妙なところでユーモアを解せない愛しいアンドロイドを抱きしめて、和希はその唇を塞ぎにかかった。

END



 
 
 
 

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