chill chill ちるちる


BLアワード2009


思わず唸る、緩急自在のリアルエンターテイメント
交渉人は振り返る 榎田尤利
評者:ともふみさん
榎田尤利の才能と熟練が溢れてやまない至高のエンターテイメント「交渉人シリーズ」3作目である。
シリアスストーリーにコミカルシーンを違和感なく盛り込むことはもっとも難しく力量を問われるところだが、この作品はぬけぬけと成功。この難技を軽々とこなす榎田尤利が長年BL界のクイーンとして君臨しているのは当然である。
キャラ、物語のテンポも小気味良く一気に読み終えてしまう。

【小説部門】 1位「交渉人は振り返る」
つい先日、休憩中の職場で「交渉人観た~?」と女の子たちが盛り上がっていた。映画化されたテレビ朝日系ドラマ『交渉人』のことである。
米倉涼子のクールなキャラが話題を呼びブームになっていた頃、BL界でも密かに話題を呼んでいた交渉人がいる。榎田尤利さんの交渉人シリーズの、芽吹章だ。
…と主張したかったものの、私はしがない隠れ腐女子。BLってなんじゃらほい?な彼女らに、男のヤクザとラブを育んじゃう男の交渉人の話を嬉々として語る勇気もあるはずもない。職場で腐友を獲得ちゃうゾ☆という夢は、やはり夢のままで終わったお昼休憩であった…。そんな悔しさを噛み締めつつ、ここでシリーズの魅力を存分に語ろうと思う。

とは言ったものの、一言で魅力を説明するのは難しい。なぜなら見所がありすぎるから。身も蓋もないが、そう言いたくなるモンスターシリーズなのだ。
内容的には、交渉人という仕事上で関わってくる人々と芽吹のやり取り、そしてヤクザの兵頭との恋愛、この2点がメインとなっている。
漫才ちっくな楽しい会話、思わずほほぅ~と感心してしまう交渉術、ニヨニヨが止まらない主役二人のやり取り、緩急に富んだストーリー構成…と、挙げればキリがないほど面白い要素が満載なのである。
が、しかしだ。
萌えた!面白かった!で終わらせないのが、流石の榎田さん。エンターテイメント性、BLとしての萌え度も高く、でもそれだけじゃないメッセージ性の強いシリーズに仕上げていて、特に3冊目にあたるこの『交渉人は振り返る』はそれが顕著である。

検事と弁護士という経歴を活かし、交渉人として事務所を構える芽吹。
一応かなり美形という設定だが、イメクラ嬢のぷりぷりお尻についウキウキしちゃうような、おっさん臭い33歳だ。得意技は弁舌とオヤジギャグ。バイトのキヨ(22)と事務のさゆりさん(72)という、零さ…アットホームな芽吹ネゴオフィスの所長だ。そして両親を共に自殺で失くす過去を秘める彼は、弱者(依頼者)の味方でもある。
そんな芽吹に執着するのが、カローラに乗るヤクザで、高校の後輩でもある兵頭という男。
芽吹を「先輩」と呼び、敬語を使う兵頭は、強引だけど決して俺様ではない。14年も芽吹を忘れられなかったりするくらいだ
から、むしろ一途なヤツと言える。しかも、恋人っぽい関係になったにも関わらず、半年近くたってからようやく初挿入という、ヤクザ攻めにあるまじき紳士さ。その理由が「芽吹に本気で自分とそうしてもいいと思ってほしかった」っていうんだから、初対面でソッコー押し倒す数多のヤクザ攻めには、是非とも爪の垢でも煎じて飲ませたい純情ぶりだ。惚れ方が男前なんである。
そんな二人の関係は焦れったくて萌える。しかも妙に笑えちゃったりする。というわけで、未読の方のためにちょっとだけ会話を紹介しちゃおう。

芽吹「俺も男だ。この後に及んでジタバタはしない。煮るなり焼くなり、好きにしろ」
兵頭「先輩の入る鍋なんかうちにはありません」
芽吹「(略)やっぱりお尻のインサイドも洗った方が良かったか?」
兵頭「……あのねぇ、先輩」

とまあ、これが初挿入シーン(2冊目)での会話だってんだから…。ちなみにこの後芽吹は、情緒がないと兵頭に叱られている。
そんな二人のラブに萌えられる一方で、物語はシビアな展開が待ち受けているのだ。

芽吹の折衝の場は、個人と個人の間にある。…まあぶっちゃけ、敷金返還のイザコザだのを引き受ける地味~な交渉屋さんだ
。かっちょいーサミュエルLジャクソンや米倉涼子とはエライ違いだが、著者の思惑はそこにある。
職業にスポットを当てているわけではなく、人と人を繋ぐコミュニケーションの象徴として、交渉人を題材にしているに過ぎないのだ。
対話の重要性、人の弱さ、そして人を信じるということ。
著者は作品を通して、何度もそれらを芽吹に語らせている。

コント調で軽快に始まるストーリー。だが、詐欺に加担してしまった若者の説得という依頼が、思わぬ方面から芽吹の過去を引っ張りだし、知らず物語はシリアス味を帯びてゆく。キーパーソンは、かつて芽吹が弁護した青年。彼の存在が「人を信じる」という芽吹の信条にメスを入れてゆくのだ。
ある事件を通して語られる被害者と加害者、その家族たち。裁判が終わったとしても、当事者の中では事件は終わりがないという現実が、克明に描かれている。
無関係なはずの第三者の悪意が、人生をやり直すはずだった青年を追い詰め、青年は自ら未来を手放してしまう…疲れ果てた家族が青年を見捨てたとしても、それは責められるべきことなのだろうか?犯罪者の俺を信じられるのかと、青年は芽吹に問いかける。
どの立場にも共鳴できる部分があって、読み終わった後しばらく考え込んでしまった。物語はファンタジーだが、登場人物たちの弱さはリアルだ。
人は弱い。環境や状況次第で、簡単に楽な方へ流されてしまう。その可能性は誰にでもあり、主役である芽吹すら例外ではないのだ。そして彼らはみな、読者の延長線上のキャラクターとして描かれているのだと思う。

この作品をモンスターだなと感じるのは、こうした重い題材を扱っているド・シリアスものでありながら、つい噴き出しちゃうオモシロさを兼ね揃えている点だ。読みやすいから、読み手の年齢層を選ばないのだ。おまけに奈良絵という最強ダッグを組まれた日にゃ…そりゃあ全国の腐女子&腐男子もふらふらと財布を差し出すってもんです。

とまあ色々述べてみましたが、シリーズ好きな友人に頂戴した一言が実に端的だったので、最後に載せておこうと思う。
私 「このシリーズの見所は?」
友人「読めば分かる」
そ、そうだよね…。

作品データ
作 品 名 : 交渉人は振り返る
著者 : 榎田尤利 イラスト : 奈良千春
媒   体 : 小説 シリーズ : SHYノベルズ(シャイノベルズ・
出 版 社 : 大洋図書 ISBN : 9784813011989
出 版 日 : 2009/05/29 価   格 : ¥903
紹介者プロフィール
ともふみ
木原音瀬と西田東作品を冥途の土産にしたい腐女子ですが、そろそろ腐女子と名乗るのに良心が咎める年齢です。ピュアからド変態まで、日常系からファンタジーまで、面白けりゃ何でもいいいやの節操ナシ。BL的座右の銘は、毒を喰らわば皿までですが、たまにお腹を壊します。設問を股間と、緊張を怒張とナチュラルに脳内変換してしまう今日この頃。どこかに乙女心売ってませんか。

Page Top