chill chill ちるちる


BLアワード2009


木原作品に潜む「毒」は快楽にかわる
NOW HERE 木原音瀬
評者:むつこさん
木原作品は「痛さ」は人間の醜い本質を、白日のもとにさらしてしまう「毒」にある。実は嘘のままのほうがよかったのに、誠実に人間の本質を暴き出してしまう。登場人物は、自分の隠された心を写す鏡としての機能を持っている。だから時々いたたまれない気持ちにもなったりする。
本作は、50歳の初老受けが話題になったが、それは瑣末なことで、自身の心の偽り、欺瞞へと向き合わせる極めて文学的な作品なのだ。
その後発売されたCDは、賛否両論意見が乱れ飛んだが、今年度でもっとも注目の一作であったことは間違いない。

【CD部門】 5位「NOW HERE」
大変です!
愛してやまない木原音瀬作品のコラム、「私が書かずしてどーする」という高飛車な気持ちと「私なんぞに魅力を伝えきれるはずがない」という卑屈な気持ち、相反する気持ちがゴッチャになって、筆がまったく進まない。
ついでに言うとこのくだらない書き出し、何度も何度も書き直した結果なんだよね。プレッシャーは恐ろしい。
卒論以来使ったことがないような文体で書いて、「こんなクソ固い文章、誰が読むねん」とツッコミ入れて消したり、あらすじ書いただけなのに気づいてショボーンと消したり。
神様、私に木原作品の魅力を伝えられる文章能力をください。
何が言いたいかというと、今まで約30分でコラムを書き散らかしてきた適当人間の私がテンパッてしまうほど、木原音瀬は偉大だということだ。
よし、これで木原さんの偉大さの説明は終わり。偉大さ、完璧に伝わったはず!

では『NOW HERE』について語ろう。
この作品のキモは、「50歳の冴えないオヤジ受け」という部分だ。恋愛経験のない童貞で、取り柄は真面目な部分だけ。
ピュア受け、10代なら可愛いさ。「お姉さまが手取り足取り教えてあげるー♪」って言いたくなるさ。でも50代でこれは無い。「50代童貞=妖精」として珍重されるのは、2ちゃんねるの中ぐらいである。
受けのプロフィールの破壊力が凄まじいため、そこばかり強調したくなるんだけど、この作品には更なるキモがある。
私が主役二人に感じたのは、単純な「萌え」ではなかった。
まず、嫌悪感や哀れみを感じた。そしてそれ以上に愛しさを感じた。なぜなら二人とも、どこが私に似ていたからだ。

作品の冒頭は、「酔ってお持ち帰りしてセックスした相手が冴えない50歳の仁賀奈だった」ことを後悔する攻め@福山の嘆きからはじまる。
このイケメン攻めの性格がスゴイ。
「いるいるこんな男。お前なんて死んじまえ」と言いたくなるような、チン軽で性格の悪い攻めだ。エゴイストで、自分より格下だと思う相手には容赦なく冷たい。
福山は仁賀奈と寝た翌朝、仁賀奈を即座に「格下」と判定する。罪悪感の欠片もなく。
これ、程度の多寡はあれど、誰もがやってることなんだよね。もちろん私もだ。日常的に無意識のうちにやっている。
そんな福山が仁賀奈と付き合うことにしたきっかけは、興味本意と、なにより「施す快楽」を得たいがためだった。
「こんな冴えないオヤジが、生まれてはじめて俺みたいなイケメンとセックスして付き合えるんだ。楽しいに違いない。ウシャシャ」という歪んだ快楽だ。
福山の誤算は、付き合ううちに本気になってしまったこと。
イケメンとオヤジの恋、これでめでたしめでたし!…とは、ならない。
ここからが面白い。
このクソッタレ男の凋落っぷりが見られるのだ。
私が木原作品を好きな理由である。「最低な性格のイケメン攻めが本気の恋をしたせいで、ドン底に叩き落とされ苦悩する姿」に私の中のサドが目を覚まし、ネクラな快感に悶え萌えることができる。
これ、私の過去の恋愛トラウマのせいなんだろうな。リアルで果たせなかった復讐をしてる気分になるんだよ。悲しい話だ。ああそうさ、私はネクラなのさ。よよよ。

福山をドン底に突き落としたのは、「仁賀奈は福山を好きではなかった」という単純な事実だった。
さらに面白いのは、仁賀奈の性格的欠陥が次々に明らかになっていくこと。
彼もまた、ただ純朴で優しいオヤジなんかではなかったのだ。仁賀奈は或いは福山以上に、「嫌な部分」をたくさん持っている人間だった。

私は、仁賀奈と似たような性格の女の子をたくさん知っている。
「好きじゃないのに、優しくしてしまう」って面は誰にでもあると思う。私にもある。めっちゃある。
それが更に進化すると「好きじゃないのに付き合う、エッチする」となる。
彼女たちは「他人に優しくする自分自身が好き」なのだ。
愛されるのは快楽である。自分といることによって楽しそうにしている相手を見てるのも楽しい。
ただ、それは恋ではないし、優しさとも言い切れない。一言で言うなら「施し」だ。ボランティアで得る快楽に酷似している(なんて言ったら、真面目にボランティアやってる方に叱られるかしら)。
でもこの心理が理解できないと、「なぜ仁賀奈が最初、福山を受け入れたのか」が分からないだろうと思う。
こういう性格は、小悪魔タイプの女の子がデフォのように持っている性格なんだよね。
なにがスゴイって、木原さんは、モテない50代のオヤジの性格づけとして、これを取り込んだことだ。
そうすることによって、冴えないオヤジ受けである仁賀奈は、30歳の若きイケメン攻めの福山と真っ向から渡り合えることになった。

福山と仁賀奈は合わせ鏡なんだよね。スペックは真逆なのに、付き合いはじめたきっかけは「相手への施し」という部分において同じだったのだ。実に面白い。
ただし仁賀奈は、福山のように「付き合ううちに本気で好きになる」ということがなかったため、どんどん福山のことを鬱陶しく思い始める。
当然だ。気のない相手にグイグイ押してこられたときって、最初は「いやーん、私ってモテモテ♪」と気持ち良くても、繰り返されるうちにどんどんウザくなるのだ。
しかもそういう男に、本気で惚れた相手が誤解するような言動を取られると、ウザいを通りこしてしまう。自業自得なんだけどね。
仁賀奈も初恋の女性との交歓を邪魔されたことをきっかけに、福山に引導を渡す。
いまだ恋に恋する仁賀奈(50歳)。そのときの仁賀奈にあったのは、モテない男特有の被害者意識のみだ。自身の残酷さを理解していない。しないのではなく、できないのだ。
そしてはからずも仁賀奈は、福山によって自分のお花畑っぷりを自覚させられることになる。

肉体関係がない想うだけの気持ちは綺麗だとか純粋だとか考えてない?
俺に言わせればそういうのはいびつ極まりないね
気 色 悪 い

ひー。
お花畑、撃沈。
本音をぶつけ合った後の二人がどうやって結ばれるに至るかについては、是非本を読んでください。
フラれて落ち込み、荒れに荒れたあと、ふっきったように虚栄心をかなぐり捨てたイケメン攻めの滑稽さを、私はむしろカッコいいと思えた。共感し、切なくなり、彼を素直に応援していた。
最悪のところまで落ちた関係なのに「まだ好き」という気持ちが残っている恋は強いと思った。

「オヤジ萌え」という視点から語れなくてごめんなさい。
この作品は、誰もが持つ普遍的な醜さをデフォルメ化して、真逆な主役に性格づけとして用いた部分において“神”だと思う。
よくあるBLファンタジーはそこにはない。偽善じみた綺麗事も存在しない。
「50歳の受けだから」という理由ではなく、「主役二人の性格にリアルに醜い部分がある」という理由で、万人にウケる作品ではないと思う。
私はそこが好きだった。
私自身を見てるようだった。
そう、福山も仁賀奈も、実に私に似てるのだ。そしてきっとアナタにも似ている。読みながら主役二人に感じた嫌悪感や愛しさの正体は、「同類嫌悪」と「自己愛」に過ぎなかったのだ。
木原作品に潜むこの手の「毒」は、じわじわ後からくる。
自分の中にあるヘドロを覗き込む不快さは、裏返せば快楽でもある。
それを味わいたくて、私は木原作品を読むのかもしれない。
未読な方、

毒 を 食 ら っ て み ま せ ん か ?
( ̄ー ̄)

最後にドラマCDの紹介もさせてください。
蛇足のようなつけたしになったのは、締め切りギリギリになってからコラムを提出した私と、そんな私に「ドラマCDの話も絡めてくれ」と依頼したちるちる編集部さんの責任だ。
いまさらコラムの隙間には挟めねー!
罰として、ただでさえ文字数超過してるコラムを更に長くしちゃった。てへ。

イケメン攻め、福山役に鳥海さん。
鳥海さんは、攻めも受けも、ヘタレも鬼畜も、どんな役柄もオールマイティーにできる実力派声優さんだ。フリートークでは「濡れて下さい」という腐女子の生態を理解してない発言をキメ台詞として使う(腐女子の大半は、基本BLをオカズにはしません…よね?え、あれっ、もしやみんなオカズにしてるのかな?自信なくなってきた)。
鳥海さんは受けの喘ぎも上手いけど、攻めに回ると更に上手い。天才的な「攻め喘ぎ」を聴かせてくれるのだ。喘ぐ男はリアルにはキモくて好かんのですが、BLCDのなかでなら大好物だ。
オヤジ受け、仁賀奈役に飛田さん。
すいません、まだドラマCDを200程度しか聴いたことのない私には、飛田さんを詳しく語れるだけの知識がない。
ただ彼の演技をどう捉えるかによって、このドラマCDの好き嫌いがはっきり分かれるであろうことは確かだと思う。
BLの受けは基本的に「声が高いor若い」んだけど、飛田さん演じる受けは「声がおじいさん」なので。もうね、「声が太いorアダルト」を飛び越えて「おじいさん」てどうなのよ、みたいな。
これ、木原音瀬さん自身が飛田さんに「もっと枯れた声を!」と要求したらしく、結果的に、ドラマCDファンへの挑戦か?と言いたくなる作品に仕上がっている。
賛否両論だから、声を大にしてオススメは出来ないんだけど、試す価値がある作品であることは確かだ。
未聴の方、

お じ い さ ん 受 け を 食 ら っ て み ま せ ん か ?
( ̄ー ̄)

作品データ
作 品 名 : NOW HERE
著者 : 木原音瀬 イラスト : 鈴木ツタ
媒   体 : 小説 シリーズ :
出 版 社 : ISBN :
出 版 日 : 2009/09/25 価   格 : ¥4725
紹介者プロフィール
むつこ
ちるちるのディープインパクト、むつこです。チャームポイントは鼻息です。
いちばん好きな作家は、木原音瀬さん。なのについ最近まで、「キハラオトセ」
と読んでたアホです。
BL歴はまだまだ浅いんですが、ちるちるという危険なサイトに巡りあってし
まったため、完治不能にまで腐りました。
BLとBLを愛する皆様を、心の底から愛してます!

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