私のBL論!


深井結己という不思議な作家
評者:桃園あかりさん
「BLでもなく、レディコミでもない」とても不思議なテイスト。深井結己の作品は荒唐無稽でコミカル、かつエロティックな物語なのに、読み解いていくと、さまざまな意図に気づかされる。今から10年前に発表された作品『俺はあなたの犬だから』をたたき台にして、深井結己の魅力を探っていきたい。

 深井さんのボーイズラブって、どこか他の作家さんの作品とは違った匂いのようなものがあるが、深井さんがレディースコミックも描かれていることを知って、妙に納得した。深井さんの作品は、男ふたりが絡んでいても、レディコミというか、男女の恋愛の文法にのっとって描かれているというような気がする。なので、読んでいると、BLでもなく、レディコミでもない、不思議な感覚に襲われて面白い。
「深井結己という不思議な作家 」 『俺はあなたの犬だから』の冒頭に、「オープンハウス」という作品がある。オープンハウスに来た客(受け)に欲情してしまったセールスマン(攻め)は、オープンハウスで客を犯してしまう。
しかし実は受けは、県庁の建築指導課で働いており、違法販売を指摘されて脅された攻めは、保証人にさせられて、受けが不動産を購入。ふたりでラブラブに暮らすという話である(こうやって荒筋だけを取りだすと、荒唐無稽にみえるけど、それを押しのけるコミカルなパワーが、深井さんの魅力だと思う)。
 このセールスマンの攻めは、そもそもノンケなんだけど、受けを好きになる過程が、妙にリアル。はじめは欲情。
「なんでこんなに色っぽいんだ、三十男のくせに」。
受けが男と別れたばかりで、家が想い出の場所に建っていることを知ると、
「なんて寂しそうに笑うんだろ…」
とキュンとくる。なのに受けが、
「君…本当にいい人だね」「ごめんね…。君には迷惑ばかりかけて…」
と身体を預けると豹変。
「もう…、本ッ当に、迷惑っスよ」「俺をこんなにしちまって」「あんたのせいなんだよ! 体中から『犯してください』ってオーラ放ってるあんたが悪いんだ!」
と強姦。
しかも、「ここ…使うんでしょ? 使い慣れてるんスね」「やらしーな。おカタい公務員が自分から腰くねらせて乱れちゃって……」。
受けが傷ついて泣くと、
「なんでこの男に寂しそうな顔されると、俺まで胸が痛くなってしまうんだろう」と思い、「俺…こんな気分…初めてっスよ…。俺…マジであんたに…」
と攻めは自分も泣きながら告白し、激しいエッチにもつれこむ。

 強姦しておいて、「俺まで胸が痛くなる」も何もないもんだと思うけど(笑)、このように欲情と同情が簡単にミックスされていることって、BLではあんまりないような気がする。同情は相手を性的対象としてみるのではなくて、「人間としての」内面に迫る行為だし、欲情はたんなる快楽の表現であるか、究極の愛情表現のどちらかである。
だから、BLではカップルのほかにセフレがいても、それは本当に単なる身体だけの関係である(快楽の表現)。他方で身体から始まったカップルの場合は、たんなるセフレで、ふたりの間に愛はないんじゃないかとお互いが密かに悩んだりする(愛情表現)。
でも単なる身体だけの関係は、脇役キャラが担っていて、最終的には、「深い場所に本当の愛があって、その延長上に快楽があるべきだ」というテーゼは崩されてない。
しかし深井さんは、愛と欲望がクルクルと絡まっていく過程を描くことで、愛と快楽はそもそも、そう簡単にわけられるのかと、疑問を突きつけてくるのである(自分のことを好きだという男性が、「あんたが悪いんだ」と強姦してきたら、現実の女性はびっくりすると思うけれど、レディコミックでは全然 OK。男性のポルノももちろんOK。
そう考えると、レディコミって男の欲望のネガでしかないのかも)。
(つづく)

紹介者プロフィール
桃園あかり
腐っていることを周囲に隠していないカミングアウト済み貴腐人。しかし流石に、子どもからはBLをどう隠すかが最近の懸念。職業は、意外にまじめなプロフェッサ~。思うより職場のスーツ率が、低くて悲しい。

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