>
>
>

第1回 BL小説アワード

好きはやさしい

高校生/モブ

「高梨くんってさ、何しててもあんまり表情が変わんなくてさ、そんな高梨くんの表情を歪めてるのが僕だと思うと興奮するよ」

ミノ
6
グッジョブ

 俺、ストーカーされてる? と気付いたのは一日にくる愛を綴ったメールの件数が両手の指では足りなくなった頃。
 学校から帰ってソファに転がってスマホを見たら知らないアドレスからの新着メールが43件だった。
 夕暮れ時の薄暗さも相まって、1通ごとに内容の違う長文メールが送られている事実に俺は完全に怖気づいていたが、ユキが「たまには自分で家事くらいしろっ」と言う声で平静を保つことができた。
 そろそろ誰かに相談した方がいいのかな。
 しかし、両親は早朝から夜遅くまで仕事に出ており、そんな事実を知る由もない。いきなり警察に行くのは突飛すぎる行動だと思う。
 唯一、相談出来そうな相手と言えば、アンドロイドのユキだ。
 だけど、俺はユキといい関係を築いているとは思うが真面目な相談というものを一切したことがなかった。
 ユキは内気で友達も少ない俺を、自分たちが家にいないことが原因ではないかと心配した両親が買い与えてくれたアンドロイドだ。
 購入の経緯のせいか、他のアンドロイドよりも口数が多く喜怒哀楽をはっきり示すよう、俺の性格と真逆の設定がされている。
 ユキは両親から俺の主体性を伸ばすように言い含められていたようで「ユキちゃんユキちゃん」と俺が泣きついても本当に助けが必要な時以外は突き放されたし、いじける俺を安い言葉で挑発しては腹を立てた俺が一人で何かをやり遂げる、みたいな生活がずっと続いた。
 おかげで誰かの影に隠れていないと行動を起こせなかった俺は、大抵のことは一人でできるようになった。
 他人に感情豊かに接することは苦手なままだったけれど、最低限のコミュニケーションはとれるようになったし、ユキとは誰よりも気安く軽口を叩ける間柄だ。
 けれど、普段「馬鹿」とか罵り合っている間柄のやつに真面目な相談をするのは少し恥ずかしい。これまで大抵のことは一人でこなしてきたのに、今更相談をするのかという躊躇いもある。
 気味の悪いメールと、口汚く俺を叱りつけるユキを見比べているうちに相談する恥ずかしさのほうが勝った。
 いいや別に。もうしばらく放っておこう。俺が何のアクションも起こさなければストーカーだってそのうち飽きるだろう。
 万が一、という言葉が頭をちらつかなかったわけではないけど、女の子相手に俺をどうこうできるとは思えない。
 それにユキと表情の乏しい俺を見比べては「アンドロイドの方が人間みたいだね」と言い放ち、きゃあきゃあユキに擦り寄ってきたクラスの女子を思い返すと、単純にユキに相談することが癪にさわった。
 ストーカーといえど、見方を変えればこれは俺のモテ期でもある。

■□

「和希起きろ! ちんたらしてるとお前の飯はないからな!」
 階下から聞こえてくるユキの声で俺は目を覚ます。ユキが家にやってきてからというものの、目覚まし時計をかける習慣がなくなった。
 ユキが来たばかりの頃は一人で朝ごはんを食べずにすむ喜びを素直に告げていたけれど、毎日繰り返すといちいち小言を言われるのが面倒くさい。
「朝から大声出すなよ。近所迷惑だろ」
 一階に下りて苦し紛れに出た言葉がそれだが「明日からもう起こさない」と言われるとぐうの音もでない。
「俺は『ユキちゃん大好き』『ユキちゃんがいるから寂しくない』って言われてた頃が懐かしいよ」
 好きという言葉をするりと口に出していた幼さ故の自分の純真さに眩暈がする。棘のある言葉が暗にお前はひねくれた育ち方をしたと言われている気がして、内心舌を打つ。スパルタ教育を施した張本人のくせに。
 内心の苛立ちをごはんを盛るしゃもじにぶつけていてると、リビングから広告の整理していたユキの声が響いた。
「そういえば、和希に手紙きてたぞ」
「手紙?」
 茶碗を持って自分の定位置の席につくと、そこにはそっけない文字で『高梨和希様』と書かれた封筒が置かれていた。
 差出人は不明。
 朝になって15通届いていたメールを思い出し、俺の眉間に皺が寄る。
「どうした、不細工な顔して」
 普段から無表情だとユキに評される俺が不快な感情を全面に押し出していることにユキは心底驚いてるみたいだったが、いちいち一言多い。
「人の顔にケチつけられるほど立派な面かよ」
 せっかくストーカーのことを相談する機会だったのに、負けじと言い返してしまう。「可愛くねー」とぼやいたユキはそのままリビングを出ていく。多分、洗濯に向かったのだ。
 可愛くなくて結構。怒りのままに勢いよく封を切るとそこにはずらずらと長ったらしいポエミーな文章が並んでいた。メールの文面とそっくりだ。
 ざっと内容に目を通す。回りくどい表現ばかりでわかりづらいが、要約すると今日、直接俺に会いに行くという文だった。
 え? 今日? いつ?
 手紙を持ったままぴしりと固まっていると室内にインターホンが鳴り響く。……来客の時間には早すぎる。
 ユキが応対してしまうより先にと、俺は弾かれるようにして玄関まで走った。
 こんな朝から客がくるわけがない。どう考えてもこれはストーカーだ!
 勢いよく扉を開け放つと玄関先には俺が通う高校の制服を身にまとった男子生徒とそいつのアンドロイドらしき少年が突っ立っていた。
「お、俺に大量にメール送ってたのって」
 ダメ元できいたつもりだったが、男子生徒が無言で頷いたので俺は目を剥いた。
 男じゃん! ていうか同じクラスの田中くんじゃん!
 俯いた彼の表情は普段から装着された眼鏡でろくに見えもしない。彼が一向に口を開く気配を見せないので、沈黙に耐えかねた俺は仕方なしに声をかけた。
「ええと、田中くんが俺に毎日メール送ってたんだよね。どうして」
「きょ、興味があったから」
「興味?」
 無言で頷いた田中くんは、自分の通学用鞄を俺に差し出してきた。反射的に受け取ってしまうと何故か照れ臭そうに「開けてくれないかな」と眼鏡のフレームを押し上げながら言うもので、俺は素直にそれに従った。
「……っ」
 絶句した。
 鞄にぎっしり詰められていたのはいわゆる大人の玩具で、何かの拍子でスイッチが入ってしまったのか振動音をあげているものがある。
 自分の目からすうっと生気が消えていくのが嫌でもわかった。
 更にぴとりと股間に押し付けられるものがあって視線を向ければ、それは田中くんの手に握られた男根を象ったごつい玩具で。
「あのさ、田中くん……んぐぅ!?」
 ケーサツ呼ぶからね、と言う声は股間に押し付けられていた玩具をそのまま口に押し込められたことによってかなわなかった。
 声を封じられ、田中くんによって俺は外に引きずり出され、庭の花壇の上に倒される。
 無情にも閉まる玄関の扉に顔面蒼白になっていると田中くんが上に乗っかってきて硬くなった股間を押し付けてくるわ、田中くんのアンドロイドが喉の奥まで玩具を突っ込んでくるわで腹に詰めたばかりの朝食を吐き出してしまいそうだった。
「んぅ……ぐぇ、ふぎ、ふぎ、ふぅ」
 高梨くん豚みたいな声だよと嘲笑いながら、高梨くんのことを触りたかった、高梨くんのために玩具を買い揃えたとか熱く語りながら俺のズボンを脱がしにかかってる田中くんはひどい。
 俺はめちゃくちゃになった花壇の花や、いくら周りを塀に囲まれているからとはいえ、こんなところをご近所さんに見られたらということが気になって仕方ない。
「高梨くんってさ、何しててもあんまり表情が変わんなくてさ、そんな高梨くんの表情を歪めてるのが僕だと思うと興奮するよ」
「恐怖の表情で歪めて楽しいわけ?」
 突然割ってきた第三者の声に田中くんの動きが止まる。田中くんのアンドロイドは観念したようにあっさりと俺の口を塞いでいた玩具から手を離す。
 主が馬鹿でもアンドロイドまで馬鹿なわけじゃない。命令されて仕方なくやっていたんだろう。「ごめんね」と田中くんのアンドロイドに優しく頭を撫でられているうちに「俺は絶対許さない」と低い声で呟いたユキが田中くんを投げ飛ばした。
 通常、アンドロイドが人間を傷つけることはできない。
 ユキに許されたのは家族を守るために計算され尽くした最小限の暴力で、塀を飛び越え道に投げ出された田中くんは奇声をあげながら元気よく駆けていく。田中くんのアンドロイドもぺこりと頭を下げてその後を追っていった。
 朝っぱらから騒がしすぎる。嵐のような出来事に呆然としながら、立ち上がって脱がされかけたズボンを引き上げようとするけど、できなかった。
 腰は完全に抜けてるし手はみっともなく震えていた。それをじっと見下ろしてくるユキに勘付かれたくなくて、俺は力なく言葉を紡ぐ。
「あはは。ユキ、助けてくれてありがと」
 豚みたいと笑われながら俺が必死に紡いでいたのがユキの名前だと、ユキはわかってくれた。だから来てくれた。
 ユキは無言で俺を立たせて服装を整えると、軽々と担ぎ上げて家の中に入っていく。
 学校休んでいい? と尋ねた俺の声は弱々しく震えていて自分でも驚いた。了承を示すように軽く背中を叩かれほっとする。
 リビングに戻り、ソファーの上に降ろされても体がガチガチに固まったままの俺をユキは無理矢理引き剥がしたりしなかった。
 何があったと体を密着させたまま尋ねられ、メールと手紙の件を伝えるとユキは吐き捨てるように言い放った。
「どうして人間は自分の好きな相手に優しくできないんだ」
 俺の額に自分のそれを合わせたユキがどんな表情でその言葉を漏らしたのかわからない。
「ユキ、あんなのは好きなんかじゃない。本当に好きなやつに嫌がることなんかするかよ」
 あんなのを好きなんかだと思わないでほしい。好きっていうのは、今ユキが俺を包み込んでくれているような優しさのことを言うんだ。
 田中くんの無遠慮な手つきを思い出して頭がかっと熱くなる。あんなやつ、ユキとは大違いだ。
「……なあ、俺がいつも一人でやれって言うから相談しなかったのか」
 ぽつりと漏らしたユキの声は珍しく暗かった。まさか責任を感じているのだろうか。思いがけない問い掛けに顔を上げて否定をしかけたが、ユキが額を擦り合わせたまま動こうとしないので諦める。
 今回のは俺が勝手に意地を張っていただけだと素直な言葉がためらいもなく出た。顔を見ずに話しているせいだろうか。それとも、体温を持たないユキの体が何故か暖かく感じるからだろうか。ユキとは口喧嘩みたいなことばかりしているけどそれが心地いいこと、そんなことをできる相手はこの世でユキ一人だけだということ。
「ユキがいなかったら俺はずーっと誰かの後ろに隠れて自分ひとりで何もできないやつだったよ」
 あまりにもユキを賞賛しすぎて恥ずかしくなってきた時、ユキが肩を震わせたので「笑ってんじゃねーよ」といつもの調子で声を張り上げてしまう。
 そのままぽつぽつととりとめのない話を続るうちに俺は眠気に襲われ、ユキの体にもたれかかって瞼を閉じる。
 それとほぼ同時に、二日ぶりに仕事から解放された母さんの騒がしい声が突撃してきた。
「ちょっと、あの庭何っ? ていうか和希学校は?」
 瞼が重くて返事をする気力がない俺の代わりにユキが「しーっ」と唇に指をあてる動作をするのが感じられた。昔ならともかく、最近では口喧嘩ばかりしていた相手に俺が縋り付いて眠っているものだから、母さんも何か察したらしい。「ユキ、後で詳しくね」と低い声で念を押していた。
 俺に接する時とは対照的な落ち着いた動作で頷いたユキは、そのままの調子で言葉を続けた。
「母さん。俺、和希にもう少しだけ優しくしていい?」
「ええ? いいけど、どうしたの突然」
「好きは、優しいものなんだって」
 その時、俺はどうしようもなく泣きたくなった。
 どうして、好きな人に嫌がることをする人間がいるものかなんて簡単に言ってしまったんだろう。
 どうして人間は好きな人に優しくできないのかというユキの問いかけが突き刺さる。どうして、俺はユキが好きなのに。
 なんで俺はユキの悪態をそのまま受け取って冷たく返してしまったのだろう。俺はユキと違って自分でユキに対する態度を決めることができるのに。
 俺に対する態度をユキに指示した母さんが、そのことを覚えていなくても、ユキは怒ったりしない。
 俺たちは無責任なことばかり言うのに、多分ユキは、俺たちが思っている以上に俺たちのことが好きだ。

ミノ
6
グッジョブ
コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。