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第1回 BL小説アワード

最初のコトバ 重ねた想い

エロエロ/執着/せつない

そう言った瞬間、再び唇が重なった。重なり続けること数十秒、和希が息苦しさを感じた頃に、ユキは離れていった。「三回目も欲しい」

糸口京助
5
グッジョブ

 背中を抱えていた両腕がするりと抜けていって、やがて顔の方へと向かった。頬を包んだ両手の間で、二つの唇が重なる。
 薄暗い周囲には、二人以外の何者もいない。ただ、甘いキスの余韻だけが周囲を漂っている。
「ホログラム映像再生終了」
 和希がそう言うと、宙に浮かんでいた立体的な『FIN』の文字が外側から徐々に薄れて消えた。同時に窓を覆っていた布が左右に開いて、照明がつき、薄暗い部屋に明かりが戻る。
 和希が正面から横へと視線を移すと、雪のように白い肌に、銀の髪、くりりと大きな目と、控えめながらもしっかりと通った鼻、それら全てを含めて一つの欠点もないほど美しい少年が座っている。
 彼の名前はユキ。父が『大特価だった!』と連れて来た日がたまたま雪だったから、その名前になったけれど、それ以外の日に和希と出会っても、同じ名前になっていたかもしれない。
「アクションかと思ってたけど、意外と恋愛メインの話だったね」
 ユキは和希の方を見て一度頷いた。
「ユキは退屈だったんじゃない?」
 ユキは左右へと首を振る。
「ならよかった。何か困ってることある?」
 ユキが再び横へと首を振ったのを見て、和希は頷いた。
 ユキは話すことが出来ない。だから和希は、こうして肯定か否定かで答えることの出来る質問だけを、ユキに投げかける。
 もっとも、ユキは初めから話すことが出来ないアンドロイドだったわけではない。ユキの声を最後に聞いたのは、今から七年前のことだ。
 その言葉は『おやすみ、和希』だった。翌朝和希が目を覚ましてユキに掛けた言葉に、返事は返って来なかった。
 涙を拭いながら話す和希から、事情を聞いた両親は、製造元に連絡を取ろうとしたけれど、それに対する返答もまた、返って来ることはなかった。
 当時両親は和希に『ユキを治すことが出来ない』とだけ伝えてきた。その数年後に和希が調べたところ、ユキと同型のアンドロイドの問題が発覚し、補償に追われた製造会社が倒産したというのが真相だった。
「プログラムY開始」
 和希がそう言うと、視界の前に半透明の画面が現れた。青を基調とした画面には、絶えず文字が流れていく。
 和希がユキの声が出ない原因を音声パーツの不良によるものと突き止めてから『プログラムY』の後に表示されるこの青い画面を見なかった日は一度としてない。
「該当する内容が一件見つかりました」
 和希は背中を完全に預けていたソファから飛び上がるようにして立った。
「嘘……」
 震える指で、宙に浮かんだ画面を操作する。
「状態もかなり良さそう……。しかも国内だから早ければ今日届くかも」
 和希は画面からユキの方へと振り返る。
「ユキの声がまた聞けるよ!」
 ユキはいつもよりゆっくりと頷いたように見えた。
 和希は音声パーツの購入手続きを済ませた後、両親に『事後報告』した。両親はそれを咎めることもなく大層喜んで、一人で交換出来るのかだとか、多少無理すれば明日には一度帰って来れるだとか言い出した。
 『汎用作業ドローンで交換出来るみたいだから大丈夫』と両親に伝えてから、和希はずっとこの窓際に座っている。
 風が腕と体の間を抜けて、和希は小さく身震いした。日付が変わってから既に一時間ほどは経っただろうか。
 自分以外の手が窓の横にあるディスプレイに触れたのを見て、和希が視線を向けると、ユキが顔を左右に振った。
「ごめん、今日はもう寝ようか。窓、閉めてくれる?」
 和希が立ち上がると、ユキは頷いて窓を閉めた。
「明日は沢山話そうね。……おやすみ、ユキ」
 反対側の壁沿いにあるベッドの上で横になったユキは、やはりいつもよりゆっくりと頷いているように見える。

■■■

 窓の方から『リリリリ』という音が聞こえて、和希はベッドから飛び起きる。真っ黒な窓の横にあるディスプレイを操作すると、黒い窓が透明へと変わり、外に配達用ドローンが浮かんでいた。
 和希がもう一度操作すると、窓が開き、配達用ドローンが机の上に箱を置いた。
「汎用作業ドローン、二階の僕の部屋に来て」
 和希がそう言うと時間をおかずに部屋のドアが開き、作業ドローンが入ってきた。
「この音声パーツをユキの音声パーツと交換して」
 言って、和希はユキの方へと視線を向ける。
「ユキ、交換してる間、僕がいないと不安?」
 ユキは首を横へと振った。
「分かった。じゃあ外で待ってるね」
 そう言って和希は部屋の外に出た。パーツの交換と言えども、家族の手術現場に立ち会うようで、その場面を見るのは気が引けたからだ。
「ユキがまた話せるようになったら、まず何を聞こうかな……」
 聞きたいことは山ほどある。昨日思いついたことだけでも、あの作品の感想だとか、音声パーツが見つかった時にユキがどう思ったのかだとか。けれども、それらが一番最初に聞きたいことかと自問すると、そうではない気がする。
「話せなくて辛かったのはユキの方だし、やっぱりユキが言いたかったことを聞くのが一番かな」
 ユキはロボットに関する法律により、所有者及び権限を与えられた人間から命令されたことか、あるいはその人物に確認を取って許可されたことしか行えない。
 だからユキは、散歩に行くだとか、興味のある作品を観るといった時に、意志を示して和希の家族の誰かに許可を取らなければ実行に移せない。けれども声を出せないユキは、そういったことをこの七年間出来ないでいた。
 和希はどうにかして声の出せないユキの意志を確認しようと、ディスプレイに文章を入力して貰う等を試したけれども、全て上手くいかなかった。
 どうやらユキは、所有者の情報を守るために、暗号化された数式で思考しているらしく、音声パーツ越しでないと人間の認識出来る表現を出来ないようだった。
 だから、ユキが入力した画面に映ったのは、和希には分からない数字の羅列だった。
 結局、この七年間に和希がユキに対して出来たのは、ユキが思っていることを想像して『散歩に行きたい?』だとか『どの作品が見たいか指差して』だとか言って、その返事を実行に移すことだけだった。
 和希がそんなことを考えていると、高い機械音が聞こえた。作業ドローンがパーツの交換を終えたらしい。
「終わったみたいだね。汎用作業ドローン、お疲れ様。いつもの場所に戻っていいよ」
 作業ドローンは先ほどと似た機械音を発して部屋の外へと出て行った。
「ユキ……話せる?」
 恐る恐る聞いた和希の方へと、ユキが振り返る。
「かズ希……」
 まだ発音が以前のようではないけれども、その澄んだ声を再び聞くことが出来て、和希は七年前と同じように目が熱くなった。けれども、感情は全く逆の心地がしている。
「うん……聞こえるよ。聞こえるから、ユキが今まで言いたかったこと、何でも話して」
 ユキはゆっくりと頷いて、口を開いた。
「好きだよ、和希」
 そう言われて、和希は思い出した。ユキと会話することが出来ていた七年前は、和希はまだ小学生だった。だから、恋だとか愛だとかの意味もよく分からないまま、ユキに『好き』という言葉を純粋な気持ちで伝えていた。
 ユキの思考は、あの時と変わっていないのかもしれない。だから和希も、あの時に戻った気持ちになって答えた。
「僕も好きだよ、ユキ」
 ユキは笑顔を見せて、頷いた。
「もう声出るんだから、頷くんじゃなくて、声で返事して欲しいな」
「うん、分かった」
「ありがと。ユキは今何がしたい?」
 和希がそう聞くと、ユキは首を振ることも、声を発することもすぐにはしなかった。その姿は何かを躊躇っているようにも、遠慮しているようにも見えた。
「七年振りのお願いなんだから、なんでもいいよ? 遊びに行きたいとか、旅行行きたいとか。……ああそうだ、今夏休みだし、どうせならお母さんたちのいるアメリカに旅行でも行ってびっくりさせる?」
 ついつい先回りして肯定か否定かで答えられる質問を重ねてしまうのは、七年間で染み付いた癖なのかもしれない。
「ごめんごめん、先に言っちゃったよ。ユキだってゆっくり考えたいよね」
 考えるようにして横へと向けられていたユキの目が動いて、和希の目と合った。
「……和希とキスしたい」
「え、あ、キ、キス? ……ああ、昨日観た作品のラストはそうだったね。……でもあれは男女だったし、ユキも僕も男同士だし……」
「……駄目かな?」
 ユキの表情が曇った。こんな顔を見るのは、何年振りだろう。それに、七年振りに聞けたユキの願いを叶えたいと思った。
「……大丈夫。キスしよう」
 ユキがゆっくりと歩み寄って来て、和希の正面で止まった。目線が合う。
 七年前は見上げていたユキの背に、七年掛けて追いついたことを、和希は今更ながら気がついた。
 七年間声を発してくれるよう願った口が、ゆっくりと近づいて来て、七年間一方的に声を発していた口と重なった。
「ん……」
 初めて触れたユキの唇は、柔らかく、温かかった。ユキの体は、人間と同じように温かい。中身が機械で出来ていることをほとんど思い出させない程、外見は人間と同じだ。
 和希の口と重なっていた唇がゆっくりと離れていき、やがて開いた。
「和希、キスするの初めてだった?」
「え。う、うん」
「……よかった間に合って」
「間に合って?」
「うん。和希が友達や、学校のことを話してくれる度に、不安だったんだ。和希の初めてを、誰かに取られちゃうんじゃないかって」
「そう、だったんだ……」
「うん。ねえ和希、二回目もボクにくれる?」
「……いいよ」
 そう言った瞬間、再び唇が重なった。重なり続けること数十秒、和希が息苦しさを感じた頃に、ユキは離れていった。
「三回目も欲しい」
「いい、けど……」
 息を整える間も無く、三度目のキスが迫ってきた。キスが始まった瞬間から息苦しさを感じる。それを察したのか、ユキは先程よりも早く離れていった。
「ごめんね。ボクは、息をしないから」
 和希は肩で息をするようにして、呼吸を整えながら答えた。
「……大丈夫」
 頭がぼんやりとしているのは、息苦しさのためか、あるいは初めてキスをしたせいなのか。
「和希、まだ欲しい初めてがあるんだ」
「……うん」
「その初めてを貰うために、和希に触ったりしてもいい?」
「いいよ」
 ぼんやりとしたままの頭で答えた和希を、ユキは壁の方へと手で押していく。
 和希の背中がひんやりとした壁に触れた時、下の方からカチカチと金属音が聞こえた。その音は床の方へと下がっていく。
「あっ」
 ユキの手が、自分のその部分に触れて、和希は思わず声を出した。その声と同時に、ユキの手が包み込む。
「これも、初めて?」
「……う、うっん」
「じゃあ、これも初めてかな」
 ユキの手が速度を上げると、快感も上がってきて、和希はあっけなく果てた。
「ふあっ!」
 腰が砕けるようにして床へと座り込んだ和希の足の間に、吐き出された物がかかったままのユキの手が近づいて来る。
「ちょっと、ユキ、何を……んっ」
 ぬるりと入った一本の指は、その部分を少しずつ解きほぐして、二本が入れるだけの状態にすると出て行った。
「ボクはまだ、さっき言った初めてを貰ってない」
 言うと同時に、ユキは着ている物を脱ぎ始めた。和希はユキにその部分があること、そしてそれが機能することを初めて知った。
「まっ」
 待ってと言い掛けた口を唇で塞がれると同時に、先ほど機能すると知った部分が入ってきた。
「んぐっ」
 七年間の間に積もった言葉をぶつけるようにそれが出入りする度、初めての感覚が和希の体に走る。
 その感覚は、ユキの動きが早くなる度に広がっていって、先ほど果てたはずの部分にも伝わった。
 ユキが動きを止めると同時に、和希も再び果てた。
「ふああ……」
 キスの時よりもさらにぼんやりとした頭で正面を見ると、ユキの憂い顔があった。
「どう、したの?」
「……もしまた、音声パーツが壊れたら、キスとかこういうことも出来ないんだって思って」
「大丈夫」
 言って和希は、ユキの頭を抱き寄せ、唇を少しの間重ねた。
「僕の方からするから」
「うん……」
 まだ晴れないユキの表情を見て、和希は言う。
「じゃあ、こうしよう? ユキが僕に何かしたい時は、聞かないでしてもいいよ」
 今度はユキの方から近づいて来る。その唇を唇で受け止めながら、和希は考えた。
 息は持つだろうか、と。

      了

糸口京助
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