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第1回 BL小説アワード

雪の断章

三角関係/メリーバッドエンド/エロあり

そして、事は起こった。過労気味だった父が、ユキとの行為の最中に死んだのだ。

高杉桂
56
グッジョブ

 その日は、朝から雪が降っていた。
 俺は降りしきる雪の中、彼の手を取って歩いた。身を寄せるあてがあった訳ではなかった。それでも何処かに逃げなければならなかった。
 今朝、父が死んだ。
 行為の最中に心不全でぽっくりと逝ったのだ。天罰が下ったのだと思った。死んだ父の傍らで、ユキが怯えていた。死んだ父の手が、ユキの腕を掴んだままだった。嫉妬深く、独占欲の父らしい死に方だ。俺は父の手をユキから引き離し、彼を抱き締めた。
「怖かっただろう?もう大丈夫。」
 初めて触れたユキの肌は白く、滑らかだった。俺は思った。
 逃げなければ。
 シーツに包まったままのユキに服を着せ、簡単に荷物をまとめた。金さえあれば、何とかなる。父のクレジットカードや身分証明カードを全て抜き取った。早く金を引き出さなければ、口座が凍結してしまう。
 外は昨日から雪が降っていた。外に出たことのないユキに、俺のコートを着せ、マフラーを巻いた。着ぶくれたユキは嬉しそうに微笑んでみせた。
「行こう。」
 ユキは理由を問わず、ただ頷いた。
 手を取り、二人で家を後にした。
 もう父という枷は無くなったのだ。俺たちは自由だ。

「和希。今日から家族になるユキだよ。」
 ユキは、俺が小学生の頃に我が家にやってきた家庭用アンドロイドだった。家事専門のアンドロイドは、今時珍しくない。体の弱かった母を亡くしたばかりの俺は、優しいユキにすぐ懐いた。すらっとした長い手足、白い肌にアッシュグレイの髪。瞳は深い海の色。俺はこの色が好きだった。
 ユキには、性格も感情も五感もあった それがどんなに残酷な事か、当時の俺に分かる筈もなかった。そして、何故他の家庭と同じ様に女性型アンドロイドではないのかという事も。
 優しい父とユキに囲まれて、幼い俺は幸せだった。俺だけが何も知らずに、幸せだった。

 全てを知ったのは、高校に入ってからだった。深夜にふと目が覚め、キッチンで水を飲んだ。電気が消され静まり返った家の中、ふと人の声が聞こえたような気がして耳を澄ます。もう二時を回っていたが、父はまだ起きているようだった。よく聞き取れないが、ぼそぼそと声が聞こえる。誰かと通話しているのだろうか。いや、違う。すすり泣くような声だ。俺はそっと、父の部屋のドアに耳をつけた。
「旦那様………や、あぁ!」
 全身から血の気が引いた。ユキの声だ。
 何をしているのかは、部屋の中を見なくても予想はついた。俺はそのまま自分の部屋に戻った。手の震えが止まらない。父がユキを?何故?その夜は一睡も出来なかった。  

「おはようございます。」
 朝、ユキは変わらない笑顔を俺に向ける。俺はユキの手を取り、白いシャツの袖をまくり上げた。手首に赤い跡が付いている。
「ユキ、これどうしたの?」
「何でもないですよ。」
 学校に遅れると促され、それ以上は聞く事が出来なかった。出来たとしても、ユキは教えてはくれないだろう。
 家庭用生体アンドロイドのある噂を思い出した。まさか、そんな筈はない。そう思ったが、ずっとその疑惑が頭から離れなかった。
 帰宅してすぐユキの目を盗み、俺はユキの保証書に書いてある個別IDを確認した。
 Sから始まる個別ID。
 ああ、やはりそうだった。
「和希さん?どうしたんですか?」
 夕食の準備をしていたユキが、父の書斎にいる俺に声をかけた。
「本を借りようと思って。」
 適当に本を取り誤魔化すと、ユキはお風呂が沸いているので夕食前に入ってくださいと云って、キッチンに戻っていった。
「ユキ。」
「何ですか?」
「一緒に風呂に入ろうよ。」
 小さい頃からそうしてきた様に、ユキの腰を後ろから抱いた。昔はユキの背に顔を押し当てていたが、もう俺の方が背が高い。
「子どもみたいな事、云わないでください。」
 ユキは笑った。俺は笑えなかった。きっと
服で見えないところにも、沢山の痣や傷があるに違いない。生体アンドロイドには人間と同じ様に自然治癒(正確に云えば自然ではないが)の機能があり、人間よりも早く傷は治癒する。しかし、ユキには痛覚があり、感情もある。心が受けた傷は、癒えるのだろうか。
 俺は、風呂の中で泣いた。
 Sから始まる個別ID、それは性交渉可能なセクサロイドを意味していた。
 セクサロイドは性風俗産業のために開発されたが、アンドロイドへの暴力行為は法には触れない事から異常性癖者の欲望の捌け口として一般家庭でも需要があった。嗜虐的な小児性愛者が、子供型セクサロイドに対してどんな惨たらしい性的な暴行を加えても、アンドロイドは家電扱いである為に罪にはならない。逆に性犯罪の抑止になると裏流通ではありながらも半ば推奨されているくらいだ。
 痛いと泣き叫ぶ姿に興奮するユーザーの為に、セクサロイドには過敏な痛覚や恐怖心がプログラムされていた。勿論、性交渉を行えば感じる事も出来る。
 父は恐らく嗜虐趣味のあるゲイなのだろう。なかなか子供が出来なくて、俺は体外受精での出産だったと聞いている。母は知っていたのかもしれない。母と交渉があったかどうかも怪しい。
「ユキは、物じゃないよ。」
 父は毎日遅かった。
 俺は父が帰ってくるまで、ユキに寄り添って離れなかった。抱きしめるとユキは嬉しそうに笑ってみせた。
「ユキの目は、海みたいだね。」
 深い群青色の瞳には、見詰める俺が写っている。
「海ですか。」
「ユキは海が好き?」
「見た事がありません。」
 ユキは、この家から出た事がなかった。
「見たい?」
「ええ、見たいです。」
「見せてあげるよ。」
 俺の言葉に、ユキは目を輝かせる。
「本当ですか?」
「本当だよ。俺はユキに嘘をついた事なんかないだろう?」
 約束と、互いの小指を絡めた。
 胸がチリチリと痛んだ。
「俺、ユキが好きだよ。」
「私も好きです。和希さんも旦那様も好き。」 
 いつか、父からユキを奪おうと俺はこの時決めていた。

 そして、事は起こった。
 過労気味だった父が、ユキとの行為の最中に死んだのだ。
 不思議と悲しいとは思わなかった。ただ逃げようと思った。セクサロイドは、裏流通のアンドロイドだ。見つかれば、回収されてしまう。父の死が発覚する前に、銀行で残高を全ておろし、アンドロイドセンターに寄ってユキのマスターを俺に変更した。生体認証なので、父の死が発覚しなければ俺の指紋と父の身分証明カードだけで変更できる。
「あれ?中枢に書き込みがありますね。消せないですがいいですか?」
 センターの人にもロックがかかっていて読めないという。
「支障がないならば、大丈夫です。」
 全てはうまくいった。
 もう死んだ父や高校の事など、どうでもよかった。何処に向かうかわからない列車に乗り込み、出来るだけ遠くへと行きたかった。
 ユキは父の事を何も聞かなかった。
 ボックスシートで、ユキは窓の外に夢中だった。列車も景色も全てが初めて見る物ばかりだ。俺はユキの片手を強く握った。
「何処へ行こうか。」
「和希さんが好きなところへ。」
 俺はユキさえいれば、何処でもよかった。

 
 列車の終点は、海が見える街だった。
 趣味の悪いラブホテルに入った。ここならば、名前や住所を書かされる事もない。
「ごめんね。窓がないから海が見られないね。」
 明日の朝、観に行こうというと、ベッドに並んで座ったユキは嬉しそうに笑った。
 そっと唇を重ねる。歯列を割り舌を差し入れると、ユキはそっと舌を絡め、応えてくれた。もうユキは俺のものだ。
 口付けたまま、ベッドに身を倒す。シャツの下から手を差し入れ、肌に触れるとユキはびくりと躰を強張らせた。
「怖い?」
 父としてきた事を思い出させてはいけない。俺が手を引くと、ユキは首を横に振り、俺の首に腕を回した。
「抱いてください。」
 ユキは少し寂しそうに笑ってみせた。
 多分、彼は知っていたんだ。

 細い躰をかき抱き、中で何度も果てた。ユキの甘い喘ぎ声が、未だ耳に残っている。
 日が昇る前に、ホテルを出た。
 夜明けの海が見たいというユキの為に、浜辺を歩いた。ユキの呼吸が少し荒い。
「ユキ?」
「大丈夫です。」
 浜辺に並んで、腰を下ろした。
 ユキは目を閉じ、俺の肩に頭を預けていた。
「和希さん、約束を果たしてくれて有難う。」
「約束?」
 ああ、海を見せるって約束か。
「終わったら、家に戻ってくださいね。」
「何が?」
 何が終わるというのか。
「さようなら。旦那様の最後の言いつけを守らなかった私の罰です。」
「ユキ?」
 最後にユキの唇が動いたが、声にならない言葉は俺には届かなかった。
 ユキは眠るように、機能を停止した。


 父の葬儀が終わった後、センターでユキに発動したプログラムを解析してもらった。
「ユキが自分以外の誰かと性交渉をしたら、数時間後に機能が全停止する。」
 嫉妬深い父の遺言だった。

高杉桂
56
グッジョブ
2
ハルリン 15/10/16 21:36

ただ一言。「オチがすごい!!!」

不思議な感動がありました。面白かったです。

こぐーまん 15/11/14 23:59

ユキの台詞が少ないのに、キャラがこんだけ立ってるのがすごいと思いました。
健気なユキに目に浮かぶようで切ないです。
最初から最後まで飽きることなく読ませる文章で、最後のオチにはうなりました。
とても面白かったです。

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