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第1回 BL小説アワード

いつか来た道

エロ少なめ/年下攻め

季節は真冬だったから、肌を刺す空気すら凶器となって、コートを忘れて出てきた和希の体温を奪っていった。凍えて死ぬって、寂しさで死ぬのと似ている気がする。

そよぎ木葉
8
グッジョブ

「いつか来た道」
ユキは独り言のようにつぶやいた。
何度も繰り返される言葉と行動に、最近はもう戸惑うことすらなくなった。

「ユキ、俺が高校卒業したら、家を出て二人で暮らそう。誰にも邪魔されないでさ。なあ、良いだろ?」
和希は学校帰りの制服姿のまま、リビングのソファの上にユキを押し倒して、懇願している。フローリングに放り出された鞄からは、透明なガラスの小瓶がはみ出ていて、ユキはそれをちらりと目に入れた後、ゆっくり和希へと視線を動かした。
掴まれた手首の力強さや、覆いかぶさる体の重みは、出会った頃に比べるとはるかに大人の男らしくなったが、ユキがそれをいとも簡単に払い除けられることは、以前と変わらない事実だし、これから先だって同じことだ。力でも頭脳でも、普通の人間がアンドロイドに敵うはずはなかった。

たくましく育ってくれたと、感慨によく似た想いを浮上させながらも、
「和希、制服が皺になります。早く着替えてください」
と、平静なトーンで自分を組み敷いている大きな子供を諌める。
「子供扱いすんなよ・・・ユキのアホ」
和希はちっとも動じないユキに拗ねたようにキスをする。唇に触れるのは、今回が初めてではない。恋人同士ではないが、和希は時々恋人に甘えるようなキスをユキに求める。温度のない冷たいキスだが、和希は決して自分から離れようとしない。
「和希、やめなさい。こんなことしている暇があったら、試験勉強でもしたらどうですか。応用化学と英語の追試があるんでしょう?」
左手で和希の肩を押し返しながら身を起こし、ユキはぴしゃりと言い放った。
「じゃあさ、英語の課題手伝ってよ。ユキ得意じゃん、外国語。あ、ふたりで外国で暮らすっていうのも悪くないな。そう思わねえ?」
なあ?と首を少し傾げながら両腕で包み込むように自分を抱きかかえてくる大きな子供を前に、ユキはため息をつきながら、考えざるを得なかった。これはいつまで続くのだろう・・・と。


人間とアンドロイドがうまく共存するということは、立場の上下は関係なく、ただ平等に、お互いの不足を補うように支え合って暮らすということとほぼ同義である。
特にニホンという国においては、家庭用アンドロイドにも市民権が与えられており、人権とよく似た権利が保障されている。ユキたちアンドロイドにとって、とても住みやすく働きやすい国である。
そもそも人間がアンドロイドに用意したのは、市民権だけではなかった。喜怒哀楽や五感といった設定を人工知能に埋め込み、選択可能な“個性”を備え付けた。それから―これは画期的なことなのだが―人間と同じく“老い”のシステムをも作り上げた。人間と同じ速度で年を重ねさせることもできるし、短くしたり、長くしたり自由な時間的速度の調整が可能だ。
アンドロイドをより人間に近づけるべく、あらゆる国や民族が、争うよう技術を高め合っていったが、“体温”だけは創り出せていないのが現状だ。

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ユキの年齢は和希よりも10歳ほど年上の設定でプログラムされており、同じ速さで年を重ねていく。和希にとって、両親や学校の仲間、他の誰よりもユキは身近な存在だった。
和希のユキに対する気持ちは、中学2年の頃までは、“情”という円グラフで示すとしたら、友情や親愛の情が大半を占めていただろう。だが、あることがきっかけで、和希は自分の中にあるそれが、友情や家族的な情だけではないことを知ることになる。

それは、和希の父親が単身赴任で3年という期限付きでアメリカへ渡ることになった際、向こうでの世話役として、ユキを連れて行くという話が持ち上がった時だ。
「何それ、聞いてない」
和やかな家族団欒の夕食時、その話題を両親から聞かされた和希は、自分が発した声が微かに震えていることに驚いた。
「パパはひとりでアメリカへ行くのよ?気心の知れたユキがついて行ってくれたら、パパは心強いだろうし、こっちに仕事があるママだって安心できるわ。和希だってそうでしょう?」
 優しい目をした母親が、父親の手の上に自分の掌を重ねながら、そう言った。穏やかながら、決定事項に当然反論などないだろうという口調だ。
「は・・・?気心知れたユキを連れて行く?だったら残った俺らはどうなるの?ユキは家族で友達で・・・それなのに急にいなくなったら、俺はどうしたいいんだよ」
 和希の頭の中は混乱していた。小学生の頃から一緒だったユキが、急に自分の前からいなくなるなんて、考えたこともない。今までもこれからも、お互いが嫌だと思うようにならない限りずっと一緒にいるのだと思っていた。喧嘩だってしたことがないし、ユキはいつも傍にいてくれた。それなのに、はなればなれになるなんて、そんなことがあってたまるものか。
「ユキはどう思ってんの?パパと行きたいの?」
ふと、両親の思惑よりも、ユキの気持ちが聞きたくなった和希は、隣に座ってアンドロイド用の栄養食を静かに補給しているユキに問いかけた。
「ぼくは、自分を必要としてもらえるところに行きます。パパがぼくを望むなら―」
ユキが言いかけたところで、飲みかけの蕪のポタージュを、和希はひっくり返して叫んだ。
「おれだって、ユキが必要だよ!わかるだろ・・・ずっと一緒だったんだ!」
「和希?パパがアメリカに行くのはたった3年です。そうしたら、パパもぼくも帰ってくるんですよ?」
そういう問題じゃない。アメリカ行きを前提に話しているユキの言葉に、一層頭に血が上った和希は、今まで想像したことのないことを口にした。
「もういい。ユキなんて、おまえなんて要らない!」
ユキが作ってくれた美味しい食事をひっくり返したまま、和希は席を立って走って出て行ってしまった。唖然とする家族と、複雑な顔をしているユキを残して。

季節は真冬だったから、肌を刺す空気すら凶器となって、コートを忘れて出てきた和希の体温を奪っていった。凍えて死ぬって、寂しさで死ぬのと似ている気がする。ああ、今ユキに触れたい、触れてほしい。ぼんやりとした頭でそんなことを巡らせていた。

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家庭用アンドロイドは、より人間に近い存在として創り上げられたが、唯一つ、両者の関係において、決超えることを許さないボーダーラインがあった。侵してはならない一線、それは、人間とアンドロイドの恋愛だった。     
当然だがアンドロイドには子を殖やす機能が備わっていない。それゆえ両者の恋愛や結婚は不毛で、それを許してしまえば今よりもっと人口減少の可能性が、子孫繁栄の危機が加速化することが明々白々だ。戸籍上でも認められていない人間とアンドロイドの恋愛関係は、同性同士の結婚以上に制限されていた。

『ユキなんて、おまえなんて要らない!』
和希にそう言い放たれたとき、ユキは存在しない臓器が傷んだ気がした。心臓が縮こまるようにぎゅっと音を出したように思ったし、耳鳴りのようなキンという高音が鳴り響いていた。だが今はこの身を襲う現象について考えるよりも、一刻も早く和希の元へ駆け付けたい、ユキの想いはそれだけだった。
ユキにとっても和希は特別な存在だが、彼と離れることが苦ではない。それは一生の離別ではないから、時が過ぎれば確実に、また一緒にいることが叶うからだ。それならば必要とされる場所へ、必要とされる人間と共に行くことに、何の不満も抵抗もなかった。和希の言葉を聞くまでは。

ユキには和希の居場所が分かっていた。幼い頃から両親に叱られたとき、一人になりたいときに、和希はそこへ逃げ込んだ。空き団地の中にある今は使用されていない小さな集会場の一室。
はじめて煙草を吸っているのを見つけたのも、いかがわしい本を持ち込んで自慰行為を目の当たりにしたのも、そこだった。ユキはそれ程時間の経っていない思い出を蘇らせながら、その場所に足を急がせた。
そこにやはり、和希はいた。寒さに身を震わせながら、まるく小さく身を震わせている子供。幾つかの蝋燭の灯りがひっそりとその姿を揺らしている。

「和希、やっぱりここにいたんですね」
優しい声で、驚かせないようにユキは縮こまった和希に声を掛ける。素早く駆け寄って、持って来た厚手のコートとマフラーを彼に羽織らせてやる。それから、冷たくなった頬に触れ、寒かったですね、と小さく囁いた。
「ごめんな、ユキ・・・ついカッとなってひどいこと言った」
「ぼくは大丈夫です」
「ユキを連れて行くパパに嫉妬したんだ。ほんとはどこにも行かないで、ずっと俺の傍にいてって言いたかった。パパより俺を選んでほしいって・・・こんなふうに思うのって、おかしいのかな」
和希の震える声は、ユキをひどく掻き乱した。今にも手を伸ばしそうな衝動をどうにか押しやり、言葉へと繋いだ。
「和希・・・ぼくはアンドロイドだから体温がないということはきみも知っていますね。寒いという感覚も、プログラミングに備わっているから理解できるけど、凍えている和希を温めてあげることはできないんです。だから、今すごく困っています」
「そんなこと・・・ユキは俺をちゃんと温めてくれてる。コートやマフラーじゃなく、ユキが傍にいてくれれば、それだけで心があったかくなる。それはユキがあったかいからだ。ユキのあったかさがちゃんと俺に伝わってるから。こんなあったかさ、他に知らないし、知りたくもない。ユキがそばにいてくれることが、全てだ・・・」
そんな風に、稚拙ながらも愛の告白のような熱い口調で想いを伝えてくる和希を、蠢く感情に包まれながら、ユキは見入っていた。
「ユキ、触りたい。もっと近くに来てあっためて」
こちらに伸ばされた和希の甘い手は、もはや子供のようには思えなかった。大人の人間の手だ。その手を取ってしまえば最後、自分たちの未来が決まってしまうことを、ユキは理解していた。誰も幸福にならない結末だけが、ゆらゆらと蜃気楼のように頭をかすめる。
でも、それでも。

手と手が重なり合うと、和希はユキを埃っぽいカーペットの上に押し倒した。はじめは啄むような短いキスをぎこちなく繰り返した。体を熱くしてからは、映画の濡れ場のシーンで見た、舌を絡め吸い上げ、相手を食べてしまうような深く濃いキスを重ねた。
「んん・・・んっ」
苦しそうに、恥ずかしそうにユキの口から漏れる声や表情に、和希の中心は燃え上がるように猛り、抑えきれなくなっていた。
「ユキが好きだよ」
冷たい体に触れながら、和希は泣き出しそうな声を絞り出して伝えた。ユキは抱きしめ返すことで彼の熱い訴えを、全てを、受け入れた。

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「和希、これ、一粒食べてください」
ユキは透明の小瓶から金平糖のようなお菓子を取り出し、和希に差し出す。
交わしたばかりの甘い余韻の中で食べ物を口にするなんて、和希はそんな気分になれなかったが、ユキが真剣な顔で勧めるので、一粒口にした。すると程なく眠気が和希を襲い、意識を潜めるように目を閉じて全てを遮断していった。


万一、侵してはならないボーダーラインを超えてしまった場合、アンドロイドは、ある行動を取るようにプログラミングされていた。それは記憶の一部分を忘却する作用のある薬を人間に飲ませることだった。アンドロイドとの交わりの記憶を消去させるためだ。
ユキは今日、それを用意しておいた。こうなることを、こうなることを止めることができないことを、予測していたのかもしれない。
和希が目を覚ませば、交わされた想いも、二人で生んだ熱も忘れているだろう。ユキはこれからも和希と共にいられるのなら、それで良かった。未来は一択だった。


あれからもうすぐ3年が経つ。薬により葬られたはずの和希のユキへの想いは、一層熱を帯びて何度も繰り返されていた。ユキは和希のその熱さに触れるたびに、それがいつか来た道だと、思う。自分だけが知る道だ、と。そしてその道を今日もまた和希と二人で辿り、一人で戻ってくる。それはユキの哀しみであり、愛の歓びだった。

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和希がユキから手渡される金平糖のようなお菓子の小瓶の中身を、本物の金平糖とすり替えることを覚えたのは、いつだったか。
妖艶な冷たい体に触れながら、リビングの床に投げっぱなしの鞄からはみ出ているガラスの小瓶に目を遣る。いつか来た道ねえ、と、和希は小さく微笑み、ユキのすべてを覆い尽くすのだった。

そよぎ木葉
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