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第1回 BL小説アワード

友人にプレゼント

攻視点/エロなし

声に出して自分に言い聞かせる。仄暗い感情を覚えてはいけない。洗っている途中の皿を落としそうになって、ユキは小さくため息を吐いた。

エツタニシノ
5
グッジョブ

 穏やかに晴れた朝、ユキは和希の着替えを抱えて階段を上る。春休みだからとクリーニングに出していた制服は、戻ってきてからつい先ほどまでリビングに置きっぱなしだった。
 どうせ気づかれないと知りながらも、とりあえず部屋のドアをノックしてから開けた。
 絶対にまだ寝ていると思ったのに、予想とは異なる光景にユキは息を呑んだ。
「ユキ、誕生日おめでとう。好きだよ」
 珍しくすでに起きていた和希は、朝の挨拶もせずにさらりと言った。朝日の差し込む窓を背に、和希はにこにこ笑っている。ユキは思わず目を細めた。
「おはようございます、和希さん。ありがとうございます」
 ユキはアンドロイドなので、「誕生日」というのが何月何日とはっきりとは決まっていない。それでも一応、ユキがこの家にやってきた日を「誕生日」ということしている。十三年前の今日、和希が決めた。
「返事は?」
「はい、嬉しいです」
 とても嬉しそうに見えるように、にっこり笑ってみせた。動揺はない。
 和希がユキに対して「好き」だのなんだの言ってくるのは、別に今日に限ったことじゃない。彼の口癖みたいなものだ。
「そうじゃなくてさぁ。いい加減オレの恋人になってよ」
 これもいつもの、決まり文句。
「私はこの家の家事手伝い兼、あなたの友人です。恋人にはなれません」
 お決まりのやりとりは、わざわざ考えなくともするすると口から出ていく。不毛極まりないと思うのだが、なぜか和希はしょっちゅうこの手のアプローチをしてくる。
「せっかく起きたんですから、はやく着替えてください。始業式に遅れますよ」
「はいはい」
 ユキが促すと、和希はそれ以上は食い下がらずに素直に従った。いつもそうだ。ユキにその気がないとわかると、軽い告白などまるでなかったように和希は次の行動にうつる。
「ユキ」
「はい、なんでしょう? ……!」
 後ろから呼ばれたので顔を上げると、振り向き様に胸倉をつかまれ、背伸びをした和希にキスされた。
「おはよ」
 今日はやたら上機嫌なユキの主人は、軽い足取りで階段を降りていった。



 アンドロイドにも心はある。けれど所詮は人によって作られたもの。人間のように情緒豊かにはできていない。覚えられる感情には向き不向きがある。
「おいしい」
 ユキは「家庭用家事手伝いアンドロイド」であるから、日々忙しい和希の両親に代わって作った食事を褒めてもらえるのはとても嬉しいと感じる。先ほどのさらっと軽い告白なんかよりも、こっちの方が数倍は嬉しい。
「ありがとうございます」
 洋食を好む和希のために、朝の食事はパンケーキを用意した。バターとシロップだけを塗ったオーソドックスなものから、フルーツと生クリームをたっぷりのせたものまでたくさんある。普段からこんなにカロリーの高いものばかり出したりはしないが、和希は春休み明けで久しぶりの登校だし、喜んでほしかった。
「なあ、ユキ」
 両親は既に出勤し、ふたりきりのテーブルで和希はいつになく神妙な声を出す。
「なんでしょう?」
 朝食が口に合わなかったのだろうか。和希ももう高校三年になったのだし、甘いものを出し過ぎてしまったかもしれない。
「ユキは好きだよな? オレのこと」
「? 好きですよ?」
「それでも、恋人にはなってくれない?」
「……」
 今日はどうしたというのだろう。和希がこんなにも食い下がるなんて、珍しい。
「そんなに恋人がほしいというなら、『恋人用』のアンドロイドを買ってはいかがです? 今すぐは無理でも、将来それなりに働けば手に入らない金額ではないですよ」
「オレはお前がいいの。ユキ」
 和希がまっすぐにこちらを見ている。立っていればユキが見下ろす形になるが、テーブルに向かい合って腰掛けている今は、和希の瞳が同じ高さにあった。
「何度も申し上げていますが、私は」
「あーもーわかったよ! ごちそうさま! いってきます!!」
 ユキの言葉を遮って席を立った和希は、ふわふわでボサボサの寝癖もそのままに、慌ただしく家を出ていった。



 欠片も残さずきれいに平らげられた皿をシンクに運んで、ユキは今日の和希の言動について考えを巡らせた。
 アンドロイドには、それぞれの用途に応じて特化された感情がある。「家庭用家事手伝い」のユキは、食事や掃除を褒められれば嬉しいと感じるし、和希の寝起きが悪ければため息を吐きたくもなる。それに対して、恋愛感情というものはなかなかわかりづらい。好きだと言われても何も感じないので、どうしたらいいのかわからない。わからないから、簡単に「じゃあ、あなたの恋人になります」とも言えない。
 もしかしたら和希は同性しか好きになれないのかもしれない――そう考えたからこそ、ユキは「恋人用」アンドロイドを勧めたのだ。それらは恋愛に特化された体と心を持っているから、和希が生身の人間と恋愛がしにくい状況ならばまさにうってつけだ。
 ユキにとっては和希に好きだと言われるのも、子供の戯れのようなキスをされるのも日常茶飯事だ。
 何度説明をしても、それでも和希はユキがいいという。初めて好きだと言われたのはいつだったか。たしか和希が中学生の頃だ。高校に入学してからは、「Hがしたい」などとこれまた軽い感じで迫られたものだ。
 もしもユキがOKを出したら、和希はきっと喜んでくれるのだろう。けれど、それでは和希のためにならないような気がする。小さい頃から一緒にいるユキしか知らずに、このまま執着だけを深める結果になるんじゃないだろうか。
 ユキしか見ない和希の人生を想像してみたら、なぜだか喜びに似た気持ちが湧いてしまった。
「いけない」
 声に出して自分に言い聞かせる。仄暗い感情を覚えてはいけない。洗っている途中の皿を落としそうになって、ユキは小さくため息を吐いた。



 今日は授業がなかったらしく、夕方になる前に和希は帰宅していた。いつもなら玄関からそのままキッチンへやってきてなにか食べさせろとねだる和希が、ただいまも言わずにまっすぐ自分の部屋へと上がっていった。学校で何かあったのだろうか。それとも、今朝のユキの態度が気に食わなくて顔も見たくないほどに怒っているのか。
 どちらにしても、放ってはおけない。
 昼間のうちに作っておいた洋風まんじゅう(中身はチョコレート)を冷蔵庫から出して、和希の部屋に向かう。ドアをノックしたが、返事はない。
「和希さん、大丈夫ですか? 入りますよ」
 声をかけても応答がないので勝手に開けた。
 和希はパソコンに向かい、一心不乱に何か調べ物をしていた。こちらには背を向けたままで、一向に気づく気配はない。
 わからないことがあるなら、聞いてくれればいいのに。家庭用アンドロイドの「家事手伝い」には、勉強の世話だって含まれている。
「和希さん、勉強なら私に……え?」
 後ろからパソコンの画面を覗き込んだユキは、思わず皿からまんじゅうを落としそうになった。
「あ、ユキ。いたんだ」
 和希はユキに自分の調べ物を知られても平然としている。当然だ。散々ユキが勧めてきたことなのだから。
「恋愛用アンドロイドって、何が違うんだろうな。やっぱAI?」
「急に、どうされたんですか……?」
 和希がやっとその気になってくれたのだから、早く説明してあげないと。なのにどうしてだろう。せっかくの知能の見せ所だというのに、ユキの口からは上手く言葉が出てこない。
 ユキの様子がおかしいのに気づいたのか、和希がパソコンから目を逸らし、顔を上げた。
「学校で進路調査あってさ。大学行ってアンドロイドの『心』の勉強がしたいと思ったんだけど、どの学部に行ったらいいかわかんないんだよ。やっぱ工学系? でも心理学は文系にしかないし……」
「自分で、つくりたいんですか? 『恋愛用』を……」
「ん? いや、そういうわけじゃ」
「すいません、晩御飯の支度があるので後でお話しますね。これ、食べてください」
 これ以上は聞いていられないと思った。ガシャン、と派手な音を立てて皿を机の上に置き、この場を去ろうとした。
 が、その前に和希に片腕をつかまれてしまい、部屋を出て行くことはできなかった。
「どうした?」
「いえ……」
 ユキ自身もよくわからないのだ。ただ心の部分がもやもやとして、いつになく動揺している。これは初めて感じるものだから、どう処理していいのかはっきりしない。
「泣きそうな顔してる」
 ついには両手をとられて、顔を覗きこまれた。
 そんな風に見ないでほしい。今は自分の感情を整理するので手一杯だ。
「なあユキ」
 和希はゆっくりと話し出した。見た目は和希の方が少し年下なのに、まるで子供を相手にしているような言い方だ。
「今、どんな気持ち?」
 それがわからないから困っているのに。
 何も答えられないユキに代わって、和希はなおも続ける。
「オレが本当に『恋愛用』を手に入れるつもりだって思った?」
「……思いました」
 ユキが入ってきたのにも気づかないほどに真剣に調べていたから、そう思った。
「それで、こんなに動揺したんだ?」
「そう、だと思います」
 因果関係はあっている。ユキは頷いた。
「それってつまり、ユキはオレのことが好きってことだよね」
「はあ……」
 よくわからない。
「オレが他のアンドロイドと恋人になるっていうのを初めて具体的に想像したんじゃない? ユキはそれが嫌なんだよ」
 和希は新手のアンドロイド洗脳術でも試しているのだろうか。さっきから理解不能なことばかりなのに、それを否定する言葉がさっぱり出てこない。
「そういうことにしてよ、ユキ。お願い」
 学校帰りのおやつをねだる調子で言われたから、つい頷いてしまった。



 好きなら触りたい、と和希に請われて、ふたりでベッドに寝転がった。ユキの頭を抱えるように抱きしめてきた和希の心臓はこちらが心配になるくらい早い。ユキはユキでまだ混乱が治まらないので、和希よりも少しだけ体温が高くなっている。
「ユキって、セックスできるよね?」
「機能として備わってはいますが、体は男です」
「知ってる」
 そう言って和希は向かい合ったまま体を下にして、ユキが見下ろす形になった。
「相手がユキならオレが女役でもなんでもいいんだけど、無理に女だと思われるのはちょっと悲しいかも」
「思ってませんよ」
 腕を回されて、軽くないキスをした。和希が喜ぶことはすぐに学習するユキには、何をどうすればいいか、今度は簡単にわかった。
「ふぁ、ユキ……」
 普段のふわふわした態度が嘘のように、和希が溶けてぐずぐずになっていく。この先に進んだら、たぶんもう戻ってこられないだろう。



「やればできるじゃん」
 和希は寝転がったままぬるくなったまんじゅうをほおばっている。なんて行儀の悪い。ついさっきまでびっくりするくらい恥ずかしがっていたのに、あの彼はどこへいってしまったのだろう。
「そちらから誘ってきた割には、とてもかわいい反応でしたね。素敵な誕生日プレゼントでした」
 かわいい、とユキは初めて思った。
「……お前って恥ずかしいこと考えるんだな……」
 再びほんのりと顔を赤らめた和希がぽそりと呟く。
「別に今日じゃなくてもよかったんだ。ユキがその気になるなら、いつでもしたかった」
「男なら誰でもよかったのではなく?」
「へ?」
 和希は唖然とした顔をしている。
「何言ってんの? オレはユキが好きなんだよ。男だとかアンドロイドだからとかじゃない」
「だってさっき……」
 他のアンドロイドのことを調べていたではないか。
「そうじゃなくて! 『心』が勉強したいって言ったろ!? ユキに恋人になってもらう方法が知りたかったんだよ!」
 真っ赤になった和希が訴えている。ものすごい剣幕に圧倒されているのに、どうしてかユキの心には安堵が広がっていく。
 まだ上手く処理しきれていないけれど、ユキの中に新しい感覚がたくさん生まれていた。
 改めて和希と他のアンドロイドの仲睦まじい姿を想像してみる。具体的な光景が頭に浮かびかけただけで、ゾッとするほど嫉妬した。
「もうわかったじゃないですか」
 目の前の存在を手放したくなくて、ユキは初めて自分からキスをした。

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