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第1回 BL小説アワード

成長するキカイ

やんちゃ受/コメディ/脱皮

しばらく無言で見つめていると、ユキの真っ白な頬がゆるやかに赤みを帯び始めた。「あああああああ!!」突然、ユキは奇声を発した。

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グッジョブ

「今日、飯つくるのめんどくせぇから和希、おまえが作れよ」
 僕が買い物かごを取る否や、スーパーで待ち合わせた我が家の家事手伝いアンドロイドのユキは仕事放棄を宣言した。
「お前さぁ…。昨日も一昨日も夕食作ったの僕じゃん。お前もたまには働けよ」
「いつまでもオレを頼るな。自給自足、チサンチショウだ」
「意味がちげぇ」
 堂々と間違った言葉を吐くこのポンコツは、ウチにきてから今年で11年目になる。もうガタがきてるのだろうか。
「家にいると掃除とかゲームのレベル上げとか、とにかく忙しいんだよオレは」
「おい、掃除してんのはルンバだろうが。あと、これ以上僕とレベル差広げるやめろよ」
「大丈夫、お前のキャラのレベルも上げておいたから、協力プレイは問題ないぜ」
「僕の技術が問題なの~! ランク5までしか進めてなかったのに、なんで知らない間に200とかになってんの? 僕が僕のキャラのレベルについていけてねーから!」
「な〜んだよ。お前が勉強に打ち込めるように進めてやったんだろうが」
 僕からゲームをプレイする醍醐味を奪っていったユキは、ワザとらしく困惑した表情を向けた。
 そんなやりとりをしている僕らの横を同じクラスの女子が女性型アンドロイドと一緒に通り過ぎた。30代程の若い母のような穏やかな面差しのアンドロイドは、聖母のように微笑みながら、お菓子を選ぶ同級生を穏やかな眼差しで見ていた。その聖母の持つカゴには今夜作るであろう夕食の材料が入っていた。
 ほら~! 普通の家事手伝いアンドロイドならああなんだよ! あれが一般的なアンドロイドの行動だろ~! 疑惑の意思を込めてユキを睨んだ。
「和希~! 新作のお菓子があった~!」
 満面の笑みで走りながら、チョロボール”いくら”味をカゴに放り込んでくるポンコツとは出来が違う。
「あ~もう、頼むから勝手にフラフラすんなよ子供かよ。ていうか、いくら味ってなんなんだよ!  ピーナッツ部分をいくらにしてトロみをつけてみましたってどういうことだよ? 老舗菓子メーカーの迷走っぷり半端じゃないけど、ユキの感覚も回路が何本かイってるレベルで壊れてるな。なんでそれをチョイスするんだよ!」
「だってさ、面白そうじゃんかよ」
 ユキは当然のようにそう言ってのけた。 

 スーパーでの買いものを終え、僕らは帰路についた。まわりを見渡すと人々は皆それぞれ、アンドロイドを連れている。この時代、子供が小学校に入学する頃に1人1台の家事手伝いアンドロイドが与えられ、対象者が成人するまで保護者代わりに養育をするのが一般的な通例となっている。友人たちのアンドロイドは20代~30代の大人の同性型がほとんどだが、僕のアンドロイドのユキだけは10代後半位の若い外見をしている。

 うだるような夏の日差しを受けて、買い物袋を持つユキの白銀の髪が反射した。外見も、人形のようなきれいな外見のアンドロイドが多い中、ユキは夏の甲子園球児のような健康的な浅黒い肌をしていた。こうして二人連れだって歩いていると、同世代の友人同士のようにしか見えない。要するに、市販されている一般的な家事手伝いアンドロイドとユキは随分と違っていた。
「お~い、早く帰ろうぜ。ドラマはじまっちまう」
 外見こそ同世代だが、一日の大半を家で過ごすユキはドラマとワイドショー好きのオバチャン趣味になってしまっていた。

***

『タマ……? タマどこにいったの? あぁ……餌場にもいない。回路に故障を抱えてたのに……あんな体で……タマ……タマーーッ!』
 テレビをつけると主人に大切にされた猫耳アンドロイドのタマが、自分の故障を悟って自ら姿を消すという、アンドロイド版飼い猫の一生みたいなドラマの最終回が放映されていた。今期人気のテレビドラマだが、猫耳アンドロイドのタマがかわいいと、ユキは夢中になって見ていた。
 アシモフの三原則に反するロボットの自殺展開は、アンドロイドが一般的に普及するようになってから王道で人気の展開だ。
「うっうぐっっ…いい話だな~~…!」
 ずびずびと最後のシーンで感動して泣くユキを見て、お前にもこんな感情があるのかと尋ねた。
「ん~、死ぬ時がわかったらかぁ……。オレもたぶんタマと同じ事するかなぁ。故障とかダセぇしなぁ」
 ソファで寝転がり呑気にテレビを見ていたユキは、僕の問いかけに困った顔をして笑った。
 食後からどうやら体調が悪くなったらしく、ユキは寝転がって腹をさすっている。珍しく見るユキの体調不良に僕は違和感を覚えた。
「っと、骨盤が痛くなってきた。今夜あたり来るかも~。」
 下腹を押さえて自室に戻ろうとするユキに思わず「生理前の女子高生かよお前は」とツッコミを入れた。「そうなの。だから部屋には入らないでね〜」ユキはおどけて笑っていたが、その態度とは裏腹に顔色は悪く、ユキの体調の悪さは一目みて伺えた。

 ユキは「成長」するアンドロイドだった。

 流体多結晶合金で構成されている最新型のアンドロイドは特定の形状を持たず、目的に合わせた形に変化できるのが最大の売りだ。最近実用化された最新モデルは主に要人の影武者として使用されており、価格も非常に高価で一般家庭にはまずない。ロボット工学技術者として働いている父が11年前に連れてきたのはその試作機だった。
 7歳の頃、家事手伝いアンドロイドにと父親が連れてきたのは、まだ年端もいかない10歳程度の少年だった。そのアンドロイドは僕の成長に合わせるように、その特殊な仕様で自身を変化させていった。成長期は年に何度か、ユキが「成長」の為に部屋にこもる時があった。
 ユキはかたくなに「それ」を見られるのを嫌がったので、僕は「その」時一度も部屋に入ったことがなかった。部屋の中でなにが起こっているのか、翌朝になると何センチか身長が伸びたユキが現れた。それがユキの「成長」だった。ちなみに、ユキと同タイプの最新型は一瞬で自身の体を作り替える「成長」をやってのける。「成長」に一晩かかる試作機のポンコツとは大違いだ。

 おそらく今回の部屋籠りも「成長」の為なのだろう。自室に向かうユキを見て、しかしながら僕は不安を感じていた。
 汎用型のアンドロイドの耐用年数はおよそ10年。一般的な家事手伝いアンドロイドは対象者が18歳から20歳になると廃棄される。耐用年数が近づくと動きがゆるやかになり、命令を実行できなくなる事が増える。だから、耐用年数がくると別のものに買い換えられてしまうのだ。
 そして、ユキが僕の家に来て、今年で11年目だった。
 僕はユキといつまでも一緒に居られると思っていた。
 ユキは一般の家事手伝いアンドロイドとは仕様が違うが、耐用年数はユキも同じなのだろう。予兆が出始めたユキを見て、少し前から僕は覚悟を決めていた。
 実際、ここ数ヶ月のユキは家事をほとんど行わず、寝転がってテレビを見るかゲームをするばかりだった。
 そして今日の体調不良。
 ユキが「成長」するときに、体調不良を訴えた事はこれまでに一度もなかった。

 ついに、この日が来てしまったのだろうか。
 今日見たドラマのワンシーン。姿を消したアンドロイドが僕の頭をリフレインした。
 明日になったら、もうユキがいない気がした。
 僕は、覚悟を決めてユキの部屋の前に立った。

***

 扉をあけると、ユキの部屋から冷たい空気が吹き出した。室内は霧のような白い空気が漂っていて良く見えなかった。肌や口に水分を感じることはなかったので、それは蒸気や霧ではないことはわかった。
 白い空気で満たされた部屋の奥に、真綿のような材質の大きな繭があった。
 どきり、と心臓が高鳴った。
 そのやわらかそうな白い球状の物体に近づくと、中には人型の白い氷像が入っていた。さらに近づくと、その氷像は、擦り硝子のような物質でできた外殻に包まれているユキであることがわかった。自分の心音がどんどん大きくなる。
 ユキを包んでいる白い外殻はやわらかな光沢を放ち、うっすら透明に透けていた。その姿は部屋の温度も相まって、屍体のように見えた。
 息をのみ、ゆっくりとユキをつつむ真綿に触れると、触ってる事がわからないほどやわらかく、僕の腕を奥へと導いた。
 氷ついた白い外殻越しユキの頬にそっと触れると、ぴしりっ……とユキの頬にヒビが入った。

 パリィン。

 神経質な音が室内の静謐を破った。
 ユキが纏っていた外殻が一瞬にして割れ、パラパラと白い破片が舞った。
 殻から出てきたユキの肌は真っ白で、まるで大理石で出来た彫刻のようだった。
 今朝までの健康的な褐色の肌のユキとは全く異なる、触れただけで泡雪のように消えてしまいそうな、真っ白い肌の人形がそこにあった。肌も眉も髪も白く、なのに唇だけが薄紅に色づき、僕はその薄紅から目が離せなくなった。
 心臓がうるさい位に音をたてた。
 こんなに美しいものを、僕は初めて見た。

 しばし呼吸することも忘れ、見惚れていると、閉じられた瞳がわずかに揺れ、白いユキの瞼がゆっくりと開かれた。瞳はしばし宙をさまよった後、僕をその視界に映した。
 しばらく無言で見つめていると、ユキの真っ白な頬がゆるやかに赤みを帯び始めた。
「あああああああ!!」
 突然、ユキは奇声を発した。

「なっ! なに見てんだよ~!!」
 ユキは真っ赤になって、自分を包んでいた繭の残骸をかき集めその中に隠れてしまった。突然の状況に動揺するユキに、僕も赤面して、思わず目を逸らしてしまった。
「あ、いや…ごめん。…ユキが……もう僕の前からいなくなっちゃうんじゃないかと思って……か、確認に……。
「アンドロイドの耐久年数的に、てっきりユキもそろそろ……って心配して……」
 なにを話していいかわからなくてしどろもどろに言葉を紡ぐと、繭の残骸に籠もっていたユキが、不機嫌そうに顔を出した。
「オレ家事手伝いしてるけど、他とは違うって話さなかったっけ? 特別製なんだからよ、10年とかそこらで壊れるほどやわじゃねーよ。あと30年位は余裕だぜ」
「でも、最近寝転がってばかりだったから……どこか悪いのかと……壊れちゃうんじゃないか……って思うじゃん。それで……」
「………」
ユキは、無言で顔の下半分を真綿にうずめていたが、僕の心配を理解したのか、ボソボソと白状した。
「あのさ……最近仕事サボってたのは……その、本当に怠けてただけで……」
「………え!?」
「つまり……ごめん」
「ええええええ!!」
テヘ☆と可愛く舌を出して首を傾けるユキに、今度は僕が奇声を発した。
「アンドロイドってサボる機能あんのかよ! そんな無意味で高度な機能もあるのかよお前には!! つーか……あと30年て……全然壊れる気ないし…。なんだよ……僕がどんだけ……ユキ……冷たくて、死んじゃったのかと思って」
 怒りとか安堵とか驚きとか、いろんな気持ちがこみ上げてきて、僕はわなわなと震えた。気がついたら涙までポロポロこぼれ落ちていた。
「調子が悪かったのは……その…チョロボール”いくら”味がマズすぎて、ほんとに気分が悪くなっただけで……」
「強烈にバグってるよお前は!」
 なんだかもう、相変わらずのユキのポンコツ発言に、まじめに心配した自分がバカバカしくなってきた。
「…大体その「成長」だって、別に隠す必要ないじゃんか」
 ユキが変に隠すから、僕は不必要な心配をしてしまったのだ。
「…いや、だって…恥ずかしいじゃねーか。オレ、人間としてやっていきたかったからさ。さすがにこの……脱皮は人間離れしすぎて、なんかオレのイメージじゃないっていうか。つ〜かさ…」
 ユキは恥ずかしそうに自分の身体を見回した。
「肌、白っ!途中で出て来ちゃったからメラミン色素足りてないじゃねーか!これじゃ外でれないよ~!」
「え?ごめん。外、出れないって皮膚が焼けちゃったりするの?」
「いや、色白とかダサくね?焼きが足りてないっていうか」
「日サロかよ!」
「そうだよセルフ焼き。もう〜…和希のせいだからな。言っとくけどこれ、トイレ覗かれるのと一緒なんだかんな!?」
「ごめん…もう見ないよ。悪かった」
 恥ずかしそうに白い肌を隠しながらブリブリ怒るユキが、いつも通りのポンコツで、でも猛烈に愛おしくて、美しくて。
「おい、かずき?聞いてる?」
「和希?」
 僕の名前をつむぐユキの赤い唇に吸い寄せられるように唇を落とした。
「なっなに?」
 思いのほかやわらかかったユキの唇の感触に、一呼吸置いて、何度も何度もついばんで、止まらなかった。
 ユキは突然の僕の行動に動揺しているのだろう。少し肩が震えていた。
 なんでこんなことをするのか、自分でもわからなかった。ただ、ユキがいなくならないのがうれしくて、「成長」したユキの唇の赤さがいやらしくて、ただただ唐突にユキがほしくてほしくて仕方なくなった。
「ちょっ…んっ…んんっっ」
 力なく抵抗したユキの唇をそっと離す。
 ユキは、体中ピンク色に染めあげて「ちょ…そういうの、感じちゃうから……やめろって……」と、聞き取れないような小さい声でつぶやいた。
「その……今、脱皮したばっかで敏感だからオレ……」
 そう言って、ユキは唇を手でガードして顔を離そうとしたが、ユキの言葉は僕には誘い文句にしか聞こえなかった。どこまで僕を翻弄するんだよ。

 ユキから剥がれ落ちたセラミックの欠片が、窓からの光を受けて七色に輝く。
 いつもと同じ声、同じ顔なのに真っ白い肌を紅潮させ、顔を背けて話すユキは、まるで知らない人のようだった。
 「成長」したのは僕だ。
 昨日までいたアンドロイドはもういなくなってしまった。
 今僕の目の前には、アンドロイドでも兄弟でも友達でもない、心底愛おしい男がいた。

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ハルリン 15/10/16 21:55

脱皮! ノリが良くってとっても面白かったです!!

超笑いました。

いくら味のチョコボール……。食べてみたいような、食べたくないような……。
とにかくユキが面白可愛かったです。

月田朋 15/11/14 05:25

全作品で一番好きなユキちゃんでした!

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