>
>
>

第1回 BL小説アワード

今は亡き彼らのための

三角関係/時の流れに身をまかせ/エロあり

「ハルと出会わなかったら、そして和希が家族じゃなかったら、和希に恋してた」くそうくそうくそう、ハルめ。くそうくそう「家族間恋愛禁止設定」め。

月田朋
28
グッジョブ

 うちに寄りたいとしつこいハルを、なんとか蹴散らして帰宅した。俺を出迎えて「ドーナツ食う?」と言うユキは、今日もかわいい。俺はにっこにこの笑顔で「食う食う」とスクールバッグを放り出し、皿に手をのばした。
 ユキの作るドーナツは最高にうまい。外はカリッとこげ茶で、中はふんわりたまご色。齧りつくと口の中でほろっと溶ける。ユキが用意するおやつはどれも絶品だが、中でも、ドーナツは特別。これにありつけないハルを思うと、心底「ざまぁ!」と思う。
「うまい?」
「うまい!」
「それ食ったら、お礼に言うこと聞いてくれる?」
 どゆこと?と思ってもぐもぐしている俺の前で、ユキは何の前触れもなく、下着ごとパンツをずり下げた。白い、へそのない平らな腹部。と、俺はその下の股間を見て目を疑った。
 そこには、かわいらしいちんこが一本、ちょこんとついていた。驚愕する俺に、ユキは勝ち誇ったように言った。
「プログラムを組んだら生えてきた」
「……『生えてきた』って……」
 AIのユキは、16歳の少年の設定だ。去年俺はその設定年齢と身長を追い抜いたばかり。しかし、年を追い抜くって、人間同士ならありえない。妙な感じ。
 もとい、そりゃあ個体によって性器をもつAIもいるけど、ユキは無性タイプ。アソコはつるんつるんで毛すら生えていない。……はずだ。子どもの頃一緒に風呂に入って、それは何度も確認済。
 俺は、しげしげとユキの股間を見た。ユキは「ふくろもちゃんとあるよ」と俺に披露する。
「でも勃起は、アプリをインストールしないとダメなんだ。そこで権限のある和希の出番」
 俺はのけぞる。
「そんなの父さんか母さんか、かかりつけのメンテ医にしてもらえよ!」
「できるわけないだろ!俺が性成熟したら、いろいろ倫理的にも問題なの!非合法なの!でも俺は、人とセックスしたいの!」
 俺は、ぎゃー、と言って耳をふさぐ。
 子どもの頃から一緒にいるのだ。両親のそーゆーの以上に生々しい。無理、勘弁。
「なー、頼むよ。ドーナツもっと作ってやっから」
「ついこの間まで『ちんちんとか意味わかんねー』って言ってたくせに、どうゆうわけ!?」
 言うとユキは唇を噛んだ。
「……ハルと、次に進みたい」
 俺は再びのけぞった。マジか。
「っなんだそれ!じゃあハルにしてもらえよ!」
「ハルには『権限』ないってわかってるくせに!」
 俺は頭を抱えた。
 ハルがユキをとうとう動かしてしまった。いつか、いつかこんな日が来るのではないかと恐れていた。二人が惹かれ合うのを俺は阻止できなかった。出会った日から、それは始まっていたというのに。

 ユキが我が家に来た日を、鮮明に覚えている。
 今でこそAIも随分普及したけど、俺の幼少時は、今よりもっと高価で、珍しいものだった。近所で有名な問題児、ハルが見物に来るのを拒まなかったのは、勝者の余裕だ。ハルんちにはアンドロイドは来ない。うちには来る。つまり見せびらかしたかった。
 どーんとリビングに横たえられた箱には、保湿剤と一緒に半透明のカバーでラッピングされているユキが横たわっていた。
 開封すると、まずユキの顔が現れた。長い睫に縁取られた目を閉じたままゆっくりと起き上がる。
 セッティング担当者が「外気にふれると徐々に起動しますんで」と言ってるそばから、「うっわー、生きてるみてー」とハルが身を乗り出し、手を伸ばした。
 その場の全員が固唾を飲んで覚醒しようとするユキを見守っているというのに、ハルは、あろうことか、汚い手でユキの美しい頬にふれた。
 すると次の瞬間、覚醒したアンドロイドは「権限ねーくせに、さわんじゃねえチビ」と言って、ハルの手を払いのけた。驚いて目が真ん丸になっているハルを、ユキが睨みつけている。
 しーんとしている中、担当者が取説をチェックする。「ツンデレ設定ですね」と言った。両親が爆笑している。ハルは顔を真っ赤にして何も言えずにいた。
 それから我が家の一員となったユキは、あっという間に俺ら家族の大切な存在になった。両親は家事をとりしきるユキのおかげで仕事に専念でき、気の強いユキとの会話を楽しんだ。俺は兄のように母のようにユキを慕った。絵に描いたような明るい家庭だ。
 一方、ハルは……ハルは本当にひどかった。
 だいたいあいつは家族でもないのに、三日とおかず我が家を訪れ、ありとあらゆる手段で奇襲をかけ、ユキをやりこめようとしたのだ。結果は全敗。もう一度言う、全敗だ。ハルはユキに一度も勝てたためしはない。俺はハルに勝てたためしがなかったので、これには随分溜飲が下がった。
「なあ、和希、ユキを俺に貸せよ」
 ハルは心底悔しそうに言った。
「貸せるわけないだろう。家族だもん」
「じゃあ、俺も家族にいれろよ」
 俺は思いっきり笑ってやった。早くユキのいない家に帰ってクソして寝ろ。
 俺は普段からハルを苦々しく思っていた。俺が地道に努力して勝ち取った成果も、ハルは天真爛漫になぎ倒すようにしてかっさらってゆく。しかし、ユキだけは無理だ。ハルはユキに対して何の権限もない。ユキは、家族のもの。つまり俺のものなのだ。

「ユキ、俺のジャージは」
「さあ?」
 普段なら何も言わなくても、バッグから出して洗ってくれるのに。
 そのツンとすました顔はとてもかわいく、憎たらしい。
「あれ、和希、ユキとケンカ?」
 母さんがにやにやして言った。
 ユキはこの家の全てを取り仕切っているから、ユキの機嫌を損ねると、夕食のおかずが一品足りなかったり、頼んでいた用事を後回しにされる。
「わかったよ。わかりましたよ。例の件、やってやるよ!」
「マジ?!和希ありがとう」
 ユキは俺にぴょんと飛びついた。小さくて軽い、我が家の高性能アンドロイド。
 俺とユキの思惑を何も知らない母さんは、「あらあら仲良し」と言って目を細める。

 二人きりになると、ユキは上機嫌で、するすると服を脱いだ。インストール時に服を脱ぐのは、熱がこもらないようにするためだが、思わずガン見してしまう。
 成熟していない少年の体躯。細い手足に無毛の身体。人と少し比率の異なる小造りな顔。家事ロボがそんな耽美な容姿でどうする、といいたい。そして嫌がおうでも股間に目がいく。ユキにちんこが……。こんにちは。
「さ、やろう」
 全裸のユキは自らあーんと口を開けた。奥歯のさらに奥、俺は指をつっこんで、いろんなアプリを終了させる。これができるのは、管理者権限のある両親と俺だけ。とたんにユキはとろんと瞼が落ちて半眼になり、俺の腕の中で静かになる。 
 それを見届け、思い切って顎をはずす。ちょっとひくくらい、ぱこっと開く。耳の下あたりの皮膚がにーっとのびるのだが、いつも破れてしまわないか心配になる。
 姿を現した喉の中の接続部に小指の先ほどのディスクをぶっさすと、今度は眼球の下に指をつっこんだ。スタートボタンがそこにある。ぐっと差し込み、ずるんと抜く。ユキのブルーアイズが緑になった。インストール中。
 10分ほどでまた青に戻る。確認して再起動すれば問題ない。ユキは欲望を持ち、ちゃんとエレクトするようになる。

 だが、結論から言うと、俺はユキをちゃんと再起動してやらなかった。起動してすぐスリープさせた。そうすれば、CPUは動くけれど、ユキの中に記録は一切残らない。
 俺はその夜、意識のないユキを抱いた。ハルに先んじたのはただの一度、後にも先にもこの時だけだ。
 最初ユキと見つめ合ったのも、好きだって言ったのも、唇を奪ったのも、ユキに「恋」を教えたのも全部ハル。俺はあの時、行儀よくユキの起動を待たず、ハルより先に強引にユキの視界に入れば良かった。好きだって言えば良かった。キスすれば良かった。なりふり構わず、欲しいって言えば良かった……家族だからできなかった、って言うのは言い訳で、人工知能に恋してるなんて、俺は認めたくなかった。ハルのように真正面からユキに向きあわなかった結果がこれだ。
 ユキの動かない身体。
 その腕を俺の背中にまわしてみるが、人形のようにごとりと落ちる。俺はユキに抱きしめられることを夢想しながら勃起する。「人形のように」、って何だ。ユキはそもそも人形じゃないか。
 なのに、ユキの脚の間の生まれたばかりのペニスはちゃんと勃起していて、かわいがるとよく反応した。
「人肌」に設定された温かな肌。性交はおろか排泄にも使用されたことのないきれいなアナル。俺は、歯を食いしばってユキを犯した。そこには、ただただ快楽しかなかった。ユキの身体は人間との性交を前提にして作られていた。
 射精後は、証拠を隠すため、丹念に中を清めた。指をいれると、スリープ状態にもかかわらず、ユキが、声をもらす。
「あ、……あ……ッ、あ…………ん」
 俺はユキに口づけ、何度もごめん、好きだ、ごめん、と繰り返し言った。
 優等生として生きてきて、最初で最後の逸脱だった。その後何度もユキとハルに俺の犯した罪を告白しようとしたが、やめた。そんなの俺がすっきりするだけで、二人にとって何にもいいことないからだ。

 別れの日は涙が止まらなかった。
 みじめったらしく、おうおうと吠えるように泣いている俺に、ユキは言った。
「和希はこれからもずっと大切な家族だ。だから、泣かないで」
 優しいユキの指が俺の涙をぬぐう。抱きしめた身体は驚くほど小さい。いや、俺が大きくなったんだ。「家族」なんかくそくらえ。本気でそう思った。
「和希、権限、サンキューな。……約束は絶対守るから」
「条件つきだ、てめえユキを泣かしたら殺す」
「ユキに涙の設定はないよ」
 俺らはお互いの両頬を存分につねると、強くハグした。
 別れの時が来た。二人は俺に向かって手を振る。改めて見ると、二人は兄弟はおろか親子にすら見えない。ハルは美少年好きの変態オヤジで、ユキは買われた美少年そのもの。ハル、信じられるか?俺らはいつのまにかユキの設定年齢を20も追い越してしまったんだぜ?
 二人は、AIと人間の結婚が合法化された国へ行く。
 俺は心から二人の幸せを願うと同時に、もう、ユキの作ったドーナツが食べたくてしょうがなく、子どもみたいに地団駄を踏んで、泣くのやめることができなかった。
「ハルと出会わなかったら、そして和希が家族じゃなかったら、和希に恋してた」
 くそうくそうくそう、ハルめ。くそうくそう「家族間恋愛禁止設定」め。


 訃報を受けてすぐ、俺は意気揚々と北欧の小国まで赴いた。昔の人はAIと結婚するのにこんなところまで来ないとできなかったなんて、驚きだ。
 狭い部屋で、黒い服を着たユキは、一人ベッドに腰掛けていた。
「俺の事覚えてる?和希だよ」
 俺のジョークにユキはクスッと笑った。かわいい。
「君が和希のはずない……孫の望だろ?にしても、そっくりだ。DNAってすごいね。君ら人間はなんてへんてこな遺伝子の乗り物なんだ」
 俺はユキの隣に腰掛けた。
「じいさんが、いつ死んだか聞いた?」
 ユキは頷く。
「春臣さんの次の日。死ぬ前に『ハルに1日勝った!』って叫んだ」
「昔から勝ったとか負けたとか、よく言ってたよ」
 俺とユキは顔を見合わせて笑った。
「で、どうする?俺と行く?」
「わからない」
 ユキはまだ混乱しているようだった。春臣さんの死後、ユキはじいさんに返却されることになっていた。しかしそのじいさんも死んだ今、管理者権限は孫である俺にある。とはいえ、ユキが望めば初期化も可能だ。美しい記憶も、哀しい記憶も、全て削除して、新しい個体になれる。
「……あ、ドーナツ食う?ハルの好物だったんだ」
 昨夜から緊張でまともに食事をとってない。これまでじいさんからユキのことは散々聞かされていた。ハル、早く死ねって、楽しそうに言っていた、意地悪じじい。俺もすっかり影響されて、子どもの頃からユキと会いたかった。ずっとずっと会いたかった。
「君の家族の記憶、見る?」
 夢中になって揚げたてのドーナツを食べていると、ユキが手の平を上に向けた。その上に自分の手を重ね、軽く握るとさまざまなイメージが流れ込む。
 子どもの頃のじいさん、じいさんのパパとママ。春臣さん。みんな笑ってる。じいさんが、春臣さんと楽しそうにケンカしてる。
「あ、ちょ、これ、うわ、やめてーー!」
「しくった」
 ユキは照れて笑った。
 じいさんとのセックスなんか、孫としては見たくないんだけど!?って怒ったら、ユキは舌をだして、ごめんごめん、好きな人との初体験だったから、もったいなくて消してなかったと言って笑った。

月田朋
28
グッジョブ
4
りんこ☆RINKO 15/10/23 21:58

最後の最後でとても切ないオチが来て、思わず泣きそうになりました!

itoko 15/10/26 17:19

切ない、、!最後のさいごの切ないオチ、、!なんてこった、家族間恋愛禁止設定め!くそうっ、泣けるーっ!素敵なお話でした。萌をありがとうございます!

68 15/10/26 22:07

最後の一文があって救われました。ドーナツ食べたいです!

いるま 15/11/18 02:59

家族間恋愛禁止、アプリインストールで自己カスタマイズ、アプリインストール時のユキの機械としての描写、プログラミングのエラー(ユキが記憶してたこと)、新しい婚姻制度、記憶の再生、遺伝、アンドロイドから見たヒトなどなど科学技術と人間についてアイデアがあって、SF作品としての魅力がありました。その上で、愛情と友情や、近すぎて結ばれない関係、果たされなかった約束、孫との新しい関係などの人間ドラマとしても心を動かされました。ユキが誰にも言わず記憶を大切にしていたことが、せつないです。

コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。