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第1回 BL小説アワード

孤独な雨

エロなし

ユキに何処から来たのか、誰の持ち物なのかを尋ねても答えようとしなかった。ユキはただ、記憶を無くして持ち主も誰かわからないから、おれのことは好きにしろと不遜な態度で言い放つだけだった。

にゃんぷし
7
グッジョブ

雨が降ると思い出す。彼と出会った日のことを。

和希が肩肘をつきながら三階の教室の窓からしとしとと降る雨を眺めていると、校門の辺りに青い傘がゆらゆらと現れた。

ちらりと傘の中から顔が覗く。顔を見るまでもなく歩き方から彼だと分かっていた

最後の授業終了チャイムが鳴り、教室内は予報外れの雨にざわついている。

「傘持ってないよー。ロイドに持ってきてもらお」

クラスの女子がそう呟いて携帯端末を操作し始めた。

ロイドというのは家庭用アンドロイドの商品名だ。 この世に家庭用アンドロイドを初めて生み出したのがロイド社であり、商品名もロイドという安直さだが技術力で他を圧倒している。

彼らの仕事の多くは高齢者の介護、家事手伝い、防犯などだ。昔は裕福な家庭の持ち物だったが、最近は庶民でも手の届く値段になってきたこともあり、所有することは当たり前までにもなった。

和希も同じく、家庭用アンドロイドを持っている。ただ彼のものは量販されているロイドとは異なっていた。

「和希」

机に陰が落ち、顔を上げるとユキが立っていた。青い傘を差し出してくる。

「ユキ、ありがと」

和希が傘を受け取ると、ユキは机の上に置いてあった和希の鞄を当然のように手に持った。

「相変わらず、和希のアンドロイドは和希そっくりだね」

隣のクラスメイトが感心したように和希とユキを交互に眺めた。

「俺も自分の好きな顔したアンドロイドが欲しいなー。今出回っているロイドの顔は画一的でつまらないよな。まぁ、俺の顔とそっくりなアンドロイドだったら大惨事になるけど」

「ふふ確かに。和希くんみたいに綺麗な顔のアンドロイドだったら私欲しいなー」

口々に好き勝手言い出すクラスメイトたちを適当にあしらって、ユキと一緒に校舎を出た。

いつものように自分の分の傘を持ってこないユキに、相合傘をしてやる。

「濡れたって構わないのに」

ユキはぶつくさ言いながら、和希の手からひょいと傘を取り上げ、代わりに柄を持って歩いた。

「雨の日は、お前に出会った日を思い出すな」

「そうだな、危なっかしかったお前を思い出すな」

ユキは懐かしむように雨空を仰いだ。

二人の出会いは、和希が5歳の時だった。父が不治の病で亡くなった年だったから、時期は良く覚えている。

父が亡くなって何日か経った雨の日、父という遊び相手がいなくなって、暇を持て余していた和希は外に出かけていた。そのときは幼すぎて、父が亡くなったという事実をよく理解していなかったように思う。

覚束ない足取りでどこを目指すわけでもなく歩いていた。

道中、水溜まりに入り浸りその水撥ねの感触を楽しんでいた時、足を滑らせて躓いた。 そこへ迫ったのは大型2トントラックだった。
轢かれそうになったとき、和希を抱え込み道の端へ移動させ、守ってくれたのがユキだった。

「ユキがあのとき偶然通りがかってなければ死んでいたな、俺」

「・・・まさかあのまま、引き取られるとは思わなかった」

家までユキに送って貰った和希は、家に着いてもなおユキの体を離そうとしなかった。

母も、和樹にそっくりなユキを見て驚きつつも一目見て気に入ってしまい、そのまま高梨家の家庭用アンドロイドとして生活することになった。

ユキは和樹を助けたことによる傷以外でも体のあちらこちらが損傷しており、何か月も修理所に預けて直してもらった。修理所の人は、この状態で動いていたのが不思議なくらいだと驚き、ユキを作ったのは相当技術ある職人だと絶賛していた。

ユキに何処から来たのか、誰の持ち物なのかを尋ねても答えようとしなかった。ユキはただ、記憶を無くして持ち主も誰かわからないから、おれのことは好きにしろと不遜な態度で言い放つだけだった。

「お前もよく自分そっくりなおれを拾おうと思ったよな」

ユキは呆れた顔をして和樹を見る。

「ユキはあの頃から今の俺と同じ16歳の姿だったし、俺とこんなにそっくりになるとは思わなかった。で、本当にお前の持ち主に覚えはないんだよな?」

「・・・ない。何度も聞くな」

「その間はなんだよ。頑固なお前のことだから知っていたとしても教えてくれないんだろうけど」

分かっているなら何度も同じこと聞いてくるな、とかわいげもなくユキは言う。

ロイド社が画一的な顔のアンドロイドを富裕層向けに少数生産していた時代に、唯一違う姿形をしていたユキ。

見た目だけでなく、その時代に発売されていたアンドロイドよりも感情もよく汲み取るし頭の回転も速いし運動能力も優れている。今発売されているロイドと比べても遜色ないか、機能はそれ以上だった。

きっと、職人が全身全霊を賭けて作った作品なのだろう。

持ち主が現れれば返すつもりではある。だがこんなに長く一緒にいるユキが離れてしまうことなど考えられなかった。

だからユキが隠しているであろう持ち主を知りたいようで、知りたくはなかった。

***

自宅に戻る頃には小雨になり、傘を差している人もまばらだった。

ドア鍵のセンサーをユキが解除しようとするところで、後ろから声がかかる。

「君が、ユキ?」

振り返ると、黒色の傘を差した黒髪の青年。多分和希と同じくらいの年齢だろう。縁の太い眼鏡をかけていて、頭の良さそうな、というか勉強ばかりしていて運動は全く出来ませんというような風体をしていた。和希たちよりも頭一つ分背が高いことが癪だった。

手元の紙とユキとを見比べながら、目の前の男は同じ質問をする。
ユキを隠すように和希は男の前に出た。お前を守るのはおれの役目だと言うユキを無視する。

「お前は誰だ。自分が名乗ってから人に聞けよ」

「そうか、ごめん。僕は籠原三津也。君は?」

名前を聞いた途端、ユキの体がわずかに揺らいだことに気づく。
すんなりと謝罪の言葉を口にする籠原に面食らいながらも、和希は仕方なく名乗った。

「俺は高梨和希。こいつは、ユキ」

籠原は目を見開いて和希と、その後ろにいるユキとを眺めた。

「高梨・・・。やっぱり君が」

籠原は目を見開き、自然な動作で和希の両手を掬い取った。
握られた手よりも後ろのユキの様子が気がかりだった。

(まさか、こいつがユキの作り主? でもそれにしては若すぎるし)

あとから籠原の手がごつごつとしていることに気がつく。たくましいのではなく、まめが多いのだ。

「血は争えないとはこのことだね。僕も君のことを一目で気に入ってしまっ」

籠原の言葉が最後まで続かなかったのは、ユキのパンチが顔面にヒットしたからだった。そのまま綺麗に崩れ落ちる。

「ユキ!」

口は悪いが手を出さないユキが珍しく人に手を上げた。

ユキもとっさのことだったようで、ばつの悪そうな顔をしていた。

***

「ユキは人間を撲殺ではなく昏倒させる力加減が出来るんだね」

目を覚ました籠原は殴られたことを気にした様子もなく、むしろ感慨深げな顔をした。

嫌味か、とユキが苛立たしげに呟いた。

籠原を家の前で気を失わせたまま放っておくことも出来なくて、家の中へ運び込みソファの上へ寝かせていた。母親は丁度出掛けており都合が良かった。

「それよりお前はいったい誰だ。なぜユキを知っている」

「話すと長くなるんだけど・・・後半の方の話はユキから聞く方が確実なのだろうけど、君がなにも聞かされていないことからして、彼は君に知って欲しくないのだろうね」

気持ちは分かるけど、と続ける籠原に、だったら話すなよと悪態をつくユキ。

「まぁ、聞きたくないっていっても僕のことを知って欲しいから話すわけだけど」

そう言って勿体ぶるように咳払いをし、籠原は淡々と語り始めた。

「・・・ある一人のアンドロイドの原型師がいた。彼はアンドロイドを大量生産するための、元となる原型を作る職人だった。 彼には幼馴染みの想い人がいた。彼は、想い人も彼に惹かれているであろうことは気づいていた。しかしそれは許されない恋だった。彼は奥手だったこともあるが周りの目を恐れ、想い人に告白することができず、想い人と瓜二つのアンドロイド、ユキを作ることで気を紛らわせていた。しかし完成したユキを見ていても空しさが募るばかりで、倉庫の奥深くへ仕舞い込んだ。苦悩する間にも想い人は結婚し子どもも出来ていたが、彼は自らの勇気がないせいの結末であるから、憎む気持ちにもなれなかった。数年後、想い人が若年にして亡くなったという知らせが入り、悲しみに打ちひしがれた彼は、長年仕舞い込んでいた想い人そっくりなユキを思い出す。今更になって、想い人を周囲なんか気にせず自分のものにしなかったことを深く後悔した。 彼は想い人の記憶と自分の惨めさを消し去るためにユキを破壊しようとしたが、ユキは命辛々、彼の手から逃れた」

そこで籠原の話は止まり、和樹をちらりと見た。

和樹は、今は亡き父親の生き写しだと親族からもよく言われる。

(籠原はさっき俺を運命の人だとか言ってたし、籠原が俺を気に入ったことに対して血は争えないとも言った)

「ユキが“想い人“にそっくりのアンドロイドだってことは、“想い人“とは俺の父さんのことか? さっき俺とお前が運命だなんて気色悪いことを言ったのは、“彼“はお前の父親だからか」

「気色悪いって酷いな。そうだよ、さっきのは君のお父上と僕の父さんの話。ユキは君のお父上である高梨祐希さんにそっくりのアンドロイドなんだ。だから、名前もユウキの最初と最後の文字をとってユキ。ユキは君とそっくりだけど君ではなく君の父上を模して作られたものなんだ。僕も父と同じくアンドロイドの原型師を目指していてね、最近になって父の最高傑作を見たくてユキを探しているうちに、父の遺した日記などからこの物語を知る由となった。あとね、祐希さんが亡くなり際に書いたと思われる父宛の手紙を見つけたんだけど、そこには同性愛の苦悩が書かれていた。祐希さんは父の想いに気づいていながらも世間の目が気になり、その想いに気づかない振りをするしかなかった、と文面に謝罪が書いてあったんだ。・・・さあ、父さんたちが成し得なかった恋を今ここに成就させよう、和樹」

大仰に手を広げて抱擁を待つ籠原を無視して、ユキの姿を探したがどこにもいない。その視線に気づいた籠原は肩をすくめて言った。

「彼は僕たちを結びつけるための道具でしかないんだ。彼もそれは良くわかっているから、邪魔してはいけないとここから出て行った。さすが僕の父さんの作品」

籠原の言葉に一瞬手が出そうになったが堪え、和希は慌てて外へ飛び出す。

急いて角を曲がった瞬間、トラックが目の前に迫っていた。恐怖で足が動かず、目を瞑ってしまう。体が強く横に引っ張られ、気づくと道の端にいた。

「やっぱり、お前がいないと俺は駄目みたいだ。ユキ」

5歳の時もこんな風にしてユキに助けられた。雨でびしょ濡れのユキを強く抱きしめる。

「・・・さっきの籠原の話、一部違っていた。確かに、あの頃のおれは毎日、籠原の父親である喬也に傷つけられ、壊れるのをただ待つ日々を過ごしていた。だけどある日、線香の匂いを漂わせた喬也は俺にこう言って解放したんだ。・・・和希は祐希に似て好奇心旺盛で危なっかしいからお前が守ってやれって。自由の身になって、喬也の言うことを聞く必要もないのに足は高梨家へ向かってた。歩きながら、おれの存在意義はなんだろうって考えてた」

ユキは思い返して、ふっと笑った。

「だけど車に轢かれそうになっていたお前を助けることが出来たとき、初めておれはこの世に生まれて良かったって思えたんだ」

ありがとう、とユキは言った。
和希の言いたい言葉を先に言われてしまい、むっとする。

「ばか、感謝するのはこっちだよ。二度も助けてくれてありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう」

震えだすユキの体を和希はぎゅっと強く抱きしめ続けた。 だがユキは和樹から体を離そうとする。

「早く、籠原のとこに行ってやれよ。お前と籠原がくっつけば、親父さんたちも喜ぶ。喬也もこうなることが分かっていて、おれを和樹のところに行かせたのかもしれないな」

どこまでもムカつく奴だ、と悪態をつくユキの顔は台詞と表情が合っていなかった。

「俺にはお前が必要だ。離れるなんて許さない。それに、俺は5歳の時に車に轢かれて死ぬはずだった。あの時から俺はお前のものだ」

ユキの顔を覗こうとすると、ユキは和樹の唇を塞いだ。雨の冷たさと対比的な熱さが心地良くて身を任せる。ユキはそれから強く和樹を抱きしめ返した。

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