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第1回 BL小説アワード

不完全アンドロイド

エロなし/ドジっ子/博士

臨時のニュースがあらゆる通信メディアを駆け巡った。 特定のアンドロイド回収のニュースだった。両親からも心配するメッセージが入ってきて、僕は家路を急いだ。

乃々羽
5
グッジョブ

「目玉焼きが焼けなくなった?」
 リビングで眠い目をこすりながら半分起きていない頭でようやく僕は聞き返した。
 訴えの主は家庭用アンドロイドのユキだった。
 家族からのプレゼントのシックな茶色のエプロンをして、今にも泣きそうになりながら焦げたフライパンを見せつけてくる。
 両親は仕事でほとんど家にはいないため、身の回りの世話はユキ任せだ。家庭用アンドロイドというのはその人工知能を持ってして、どんな家事でも素早くかつ精確に身につけていくはずなのであるが、ユキにはこんなことが日常茶飯事だった。割りと、いやかなりドジなアンドロイドだった。
 我が家にやって来たユキは当初こそは未熟さを人工知能の学習不足のせいと見逃されてはいたが、その後、十年が経った今も全くもって不注意、不器用、不正確を克服することはなく、むしろ学習し身に付いたのは上手い言い訳と素直に謝る技術の方だった。
 ほんとにコイツはアンドロイドなのか?と疑うも壁に並べられた家族写真を見てみれば一人だけ年を取らない青年がいつでも家族の一員としてにこやかに写っている。
 絹のようなプラチナブロンドに深遠さを湛えたラピスラズリの瞳。端正な顔立ちと均整の取れた身体は、止まっていればまるでどこかの神話から抜け出てきた来たようでさえある。それに加えて冷蔵庫くらい難なく持ち上げられる力を持ち、疲労を知らずいつだって家族のために献身的に尽くすのがユキだった(その大半が失敗につぐ失敗ではあるが)。

 ユキが来た日の事は今も覚えている。むしろ忘れられない。
 初対面の時、目の前ですっころんだのである。迎えた家族も販売業者も沈黙してしまったほどのあり得ない失態。
 幼い自分はまだアンドロイドについてよく分かっていなかったせいか慌てて駆け寄った。
 ユキは顔を上げて恥ずかしげに、少し困ったように笑った。
「すみません、歩くのって難しいですね……えへへ」
 その表情や言葉は学習前の予めプログラミングされていたもののひとつだったのかもしれない。けれど妙に幼心に響いてしまった。
 今でも時折思い出されて、心の奥を刺激してくる。

「で、目玉焼きが焼けないってのはなんなんだよ」
 一向にユキの言い分が要領を得ないので一緒にキッチンに向かった。
「昨日まで完璧に出来ていたんですけど……おかしいなぁ」
 数少ない得意料理(?)の失敗にユキは落ち込んでいるようだった。
 皿には黒焦げの塊(恐らく目玉焼き)が積み重なっている。
「ああ、こりゃ修理かなあ……」
 ポツリと呟くとユキは急に騒ぎだした。
「えーっ!嫌です!私、解体されて調べられたり修理されるのってこう中身を探られてゾワゾワしてとっても気持ち悪いんですよ!!」
 大げさな身振り手振りまでしてユキが訴えてくるが全くの見当違いだ。
「あのさ、ユキじゃなくてこっちの調理器具の話。火力調節が不具合なんだと思う、ほら」
 スイッチを触るとランプがおかしな点滅を始める。現代では珍しいガスの炎が一瞬ワッと高く昇って、二人とも後ずさる。すぐさまスイッチを切った。
「な、おかしいだろ?」
「ほんとだ……和希はすごいですね!」
 気がつかないのも大概だけど、それ以上にユキのキラキラとした目が気恥ずかしくて目をそらすと、時計が目に入った。
「あ、もう学校行かないと」
「えっ、そんな時間ですか!でもわざわざ学校に行くなんて勉強熱心ですね」
「そうかな……学校の方がはかどるし……」
「ふうん、そうなんですか……」
 じっとユキが吸い込まれそうな瞳で見つめてくる。
「な、何」
「そうやって和希も大人になってゆくんですねえ。身長ももうすぐ越しちゃいますね」
 確かに見上げていた蒼い瞳はいつの間にかもう同じ目線だった。その優しげで美しい瞳は見飽きない。
 ユキに見送られて学校へ向かった。
 僕が学校に通うのは理由があった。どうしてもやりたい事があるのだ。だけど理由があってユキには秘密にしている。
 僕には不安が1つあった。恐らく近いうちに望まない事態がやってくる。間に合うと信じるしかなかった。

◇◇◇

 臨時のニュースがあらゆる通信メディアを駆け巡った。
 特定のアンドロイド回収のニュースだった。両親からも心配するメッセージが入ってきて、僕は家路を急いだ。
「ユキ!」
 リビングに駆け込むとユキは自分の手首を見つめていた。すべてのアンドロイドの型番は手首に記載されている。今ユキの目の前にある型番とニュースで読み上げられた型番は同一のはずだ。
「ユキ、気にするな、大丈夫だよ」
 ユキがその場にへなへなと崩れ落ちた。消え入りそうな声で呟いた。
「和希……私ってほんとにダメなアンドロイドだったんですね……回収、されたらどうなるんでしょう?」
 それは絶望的な問いだった。回収されるほどの問題点を持つアンドロイドが元の持ち主に返されるはずもない。つまり、処分されるのだ。
「ね、逃げよう、ユキ」
「逃げるって……和希、回収アンドロイドの隠匿は悪用と見なされて重罪です……知っているでしょう?」
「でも……」
「和希、いつもみたいにドジだなあって笑ってください。国から回収要請が出るくらいなんて、ほんと笑っちゃいますね」
「ユキ……笑えないよ……」
「だって、私は和希を笑顔にするために存在してきました……だから、笑ってくれなきゃ困ります」
 悔しかった。これ以上なんて声を掛けたらいいのか分からない自分に腹が立ってしょうがなかった。それ以上にユキがいなくなったらどうしよう、と心が張り裂けそうだった。
 二人とも無言のまま時間が流れ、国の回収部隊がやって来た。ユキは抵抗する事なく回収車に向かった。
 僕はやっとの事でその後ろ姿に声を掛けた。
「ユキ、今までありがとう。でも、諦めないでほしい、僕は……」
 ユキは振り返って困ったような笑顔を浮かべた。どこかあの出会った時の笑顔に似ていて、どうしようもなく切なくなった。
 そのまま、ユキは車に乗り込んだ。これが最後だなんて思いたくなかった。無情にも車は発進し、どんどん小さくなってゆく……
「ユキーッ!」
 僕はありったけの声で叫んでいた。涙がボロボロと止まらない。だが、無理矢理涙を拳で拭く。やらなければならない事は決まっていた。

◇◇◇

 今でも彼が私を呼ぶ声がする……人工知能がデータの参照を繰り返しているだけなのだけど。
 回収車に乗せられてついたのは砂漠地帯にそびえる研究施設だった。人の住む都市の外はかなり砂漠化が進んでいた。来た道を振り替えると遠くに和希のいる都市がキラリと光って見えた。
 施設は有刺鉄線に囲まれていて時折風が吹くと埃が網の間を通って小さな火花をパチパチ立てた。
(和希に悲しい顔をさせてしまったな。どうしたら良かったんだろう。私の人工知能はいつも役立たずだ)
 後悔ばかりを回路に巡らせながら、回収部隊の人たちについていく。施設の中へ入り、大きな部屋に入った。中にはすでに回収されていた私と同じ顔かたちのアンドロイドが沢山いた。みんな一様に不安そうな顔をしている。
(みんな私のようにドジなのかなぁ?)
 と考えていると私の脇を抜けて、白衣を着た男の人が目の前に立った。多分この研究施設の博士なのだろう、クマみたいに大きい赤いひげ面の男が気さくな雰囲気で話してきた。怖い人ではなさそうだった。
「ずいぶんたくさん回収されたけど、君で最後だよ」
「あの……やっぱり私たち解体処分ですか?」
「すまんね、運動系統にも関わった不具合だから異常動作で人間を傷つける可能性が出てきてしまってね」
「そうなんですか……私達が人間を傷つけてしまう前で良かったです」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「私が処分される事が人類のためになるのであればそれが本望です……でも……」
「なんだい?」
「和希と、私のマスターと笑顔で別れたかった……それだけが残念でなりません」
 博士はとても悲しそうな顔をした。そしてまだ解体作業まで少し時間があるから、とで出ていった。
 和希との思い出がどんどん溢れてくる。
(こんなにもいっぱいあったんだなぁ……おじいちゃんになるまで見ていたかったのに)
 まるで混線状態になってしまって、目からオイルがしみ出してくる。周りの自分と同じアンドロイドたちが慰めてくれたが、みんな運命は一緒だと思うとことさら悲しくなった。でもきっと、このアンドロイドたちもどこかの家族の一員だったのにこんな事になってしまっているはずだった。
 私はある決意をした。
 博士が手に電子書類を抱えて戻ってきたので、駆け寄った。
「博士、あの、処分は私だけにできませんか?私を解体して、調べてもらって原因を突き止めてください。そうすれば他の同型アンドロイドたちは解体しなくてもいいじゃないですか」
 畳み掛けると、博士はびっくりしたようで何かをうんうんと考えだした。
「も、もう少し待ってくれないか?」
「待てないです!今すぐ私を解体してください!!」
「おい、ユキ!なんて事言うんだよ!!」
 急にドアが開いて、その向こうに怒った顔の和希がいた。
「な、なんで……?」
「決まってるだろ。助けに来たんだよ。諦めるなっていったろ」
 つかつかと見た事もない白衣を翻して、和希が博士に近づいて行く。
「挨拶もせず失礼しました、ナガハラ博士。私は高梨和希です。不完全アンドロイドの効能について、という論文を発表してから、やっと国に計画書が通りました。この度はモデルケースのアンドロイドを研究のため正式に引き取りに参りました」
「高梨博士お待ちしておりました。在学中より発表されている独自の人工知能のコミュニケーション理論は大変興味深く読ませていただいております。今回の事も予測済みだったのですね。さすがですね」
「いえ、お恥ずかしい限りです、自分のわがままの為の研究なんですから……」
「そうでしょうか?もっと深く大きく温かいものでしょう。人類の発展には欠かせないものです」
 うまく事態が飲み込めない私をおいてけぼりにして二人は色々な事を話し合っていた。
 和希が電子書類にサインをして、私に歩み寄る。もう怒った顔はしていなかった。
「ほら、帰ろう」
「え?」
「論文。学校で仕上げてたんだよ。ユキにさ、論文のタイトル知られたくなかったんだ。そりゃ、不完全かもしれないけど……いっぱい楽しい思い出あるし。どうにかしたかったんだ。でも僕はまだ高校生だから結構時間かかっちゃって大事になっちゃったけど……間に合ってよかった」
 和希がまるで小さな子どものように笑ったので、私も思わず笑ってしまった。これからも和希と居られるのが嬉しかった。
◇◇◇

 僕はユキを助けて施設をあとにした。
 ユキと同型のアンドロイド達もユキの研究結果が出るまで研究所に保管されることになった。もちろん家族との通信や面会も可能だ。さっそく入れ違いで何人か駆けつけているのを見た。
 ユキほどではないにしろ、ユキと同型のアンドロイド達は皆どこか欠陥があったらしい。それでもそのほとんどが返却されなかったのはきっとユキと同じようにどこまでも家族を愛してくれるアンドロイドだったからに違いない。
 帰る車に揺られながら、砂漠に落ちてゆく夕陽を二人で見た。
「俺、初めて会った日、ユキが転んだ日から決めてたんだ。ずっと一緒にいるって」
「そうだったんですか。嬉しいです。でもそんな昔のことよく覚えてますね」
「忘れるわけないだろ、あんな……あ、そうだ、お前の名前は転んだから、ゆっくり、気を付けろ、のユキなんだぜ」
「ええーっ!嘘でしょう?!……あ、ひとつ思い出しました。最重要項目だったから大切に厳重に回路に保存してました」
「はあ?」
「さっきの、昔の話。私が転んで情けなく笑った時」
「思わずかけよったよ」
「そうでしたね。和希はその頃から優しかった。その小さな和希はね、可愛い笑顔で笑い返してくれて私に手を差し伸べてくれたんです。それが私の学習の第一歩でした。和希の笑顔を私の最重要項目にするという決定です」
 そう言って黄昏の光の中で笑うユキが本当に綺麗で、僕は言葉が出なかった。ただこの笑顔を守れて良かったと心の底から思った。
 そしてふと、思った。果たして、アンドロイドと人間は恋に落ちるのだろうか?と。

乃々羽
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グッジョブ
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