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第1回 BL小説アワード

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エロなし/初めてBLを読む方向け

「ユ・・ユキだって経験ないでしょ?」「経験はないですが、異性、同性のセックスは知ってます」「ど・・同性・・?」

佐藤 紗良
4
グッジョブ

「ねぇ、ユキはうちに来て何年になるっけ」
「そろそろ十年です」

夕食後、買い物に出たついでに少し遠回りをして帰りながらユキの肩に手を置き車通りの少ない道路の縁石の上を和希は歩いていた。

「十年か・・その間のこと全部覚えてるんでしょ?」
「もちろんです」
「小一の時の五十メートル走、何位だったか覚えてる?」

「申し上げにくいですが、最後にゴールしましたね」

「ははっ!そうそう」

和希は縁石からピョンと飛び降りユキの前に立つ。

「どうかしましたか?」
「アイスが溶けちゃうといけないから食べようと思って」

買い物袋からソフトクリームを取り出し開けてくれようとする指先もそれを真剣に見る眼差しも周りにいる友達と寸分違わず、たまにユキが人間かと錯覚する。

母が亡くなって

和希の元に父の研究室からテストとしてやって来たアンドロイドをひと目で気に入った和希は迷わずに母の名前からユキと名付けた。

「貸して、ユキ。いっつもそれ開けられないんだから」
「出来ますよ、ちょ・・ちょっと待ってく・・だッ」

「あ"ぁぁぁっ!」

力任せに開けようとしたユキの手元でソフトクリームがアイスとコーンに別れてしまい和希は思わず大声をあげてしまった。

「す・・すいません、和希様」
「だから貸してって言ったじゃん。今日も半分ずっこね」

「・・・はい」

ユキの手からアイスの方を受け取る。本当はコーンの方が好きだったが、ユキが美味しそうに食べるのを知っている和希はいつもそちらをユキに譲っていた。

「美味しい?」
「このコーンとアイスの間のチョコが美味しいです」

「・・そこなんだ」

ユキはお腹が空かないからほとんど食事をしないが、こうやって勧めると普通に食べる。秋の夜風に吹かれ、身震いをひとつした和希は片手をポケットに入れて歩き始めた。

「ユキはさ・・ずっと側に居てくれるよね」

季節が確実に進んでいる事を知らせるような虫の鳴き声に和希はふと感傷的な言葉をもらす。

「もちろんです」
「僕が大人になってもおじいちゃんになってもずっと」
「そうですね。和希様がユキをいらないとおっしゃるまではお側に・・急にどうされたんですか?」

「なんでもない、なんとなく」

「和希様の赤ちゃんはユキがお世話します!」

「なっ、何言ってるの!?女の子と付き合ったことも無いのに・・それはつまりアレがアレってことでしょ?」

「アレがアレですか?」
「えっと・・アレって言うのは・・」

和希は顔を真っ赤にして説明しようとしたもののうまく言葉が出てこない。ユキは首を傾げ、和希を見下ろす。その視線に心臓は早鐘をうち、頭の中が沸騰しそうになった。

「和希様はセックスの事を言ってるんですか?」

隠す事なくその単語を言われ思わずうつむいた。

「ユ・・ユキだって経験ないでしょ?」
「経験はないですが、異性、同性のセックスは知ってます」

「ど・・同性・・?」

ユキが何を言ってる事がよく分からなくなり、手にしていたカップをつい握りしめてしまった。溶け出した冷たいアイスが指の間から滴り落ち、それを見たユキはポケットからハンカチを取り出し歩道に膝を付いて和希の手を拭った。

「受け入れて下さる家庭の事情は様々ですから、知識としてはあります」

ユキは和希の手を取り近くの公園に歩いて行く。

「ユキ・・な・・どうしたの?」
「手を洗いましょう、和希様」
「あ・・手か」

ユキの話に動揺していた和希は拍子抜けしてしまう。

奥手でも性的なこと興味がないわけではなく、むしろ興味深々で友達の話を聞いていた。買い物袋を傍らに置き、水道で手を丁寧に洗ってくれたユキは最後に固く絞ったハンカチで和希の手を拭いた。

「和希様には少し早かったですね」

そう言って和希の手を握ったユキは自分のズボンのポケットに入れた。

「ユキ・・?」
「和希様は体が冷えると風邪を引きますから、少しユキのポケットで温まって行ってください」

「ユキのポケットあったかいよね」

気持ちを取り繕い歩き始めても、なんとなく無言になってしまう。

「ユキ、例えばさ・・」

「はい」

コクリと唾を飲み込む。ユキに握られた手はとても冷たいのになぜかジットリと汗をかいていることに気付いた。

「例えばなんだけど・・人間がアンドロイドを好きになったらどうしたらいい・・の?」

足を止めた和希に合わせるようにユキも立ち止まった。

「和希様?」
「ごめん、なんでもないっ。・・あれ?ユキ、買い物袋わすれてない?」

いつもより早口で逃げるようにユキの手を離す。

「僕、取ってくるから待ってて!」

ユキを置いて足早に公園に戻る。水道の傍に忘れ去られた買い物袋を手に取り、ふと公園を見渡した。

小さい頃、ユキと一緒にここでよく遊んだ。

なかなか友達と打ち解けられない和希の手を引っ張って公園に連れ出しては、そこら辺で遊ぶ同じ歳くらいの子に片っ端から声をかけ気が付けば、びっくりするような人数でユキが鬼ごっこの鬼になっていた。早く捕まえて欲しいのにユキがわざと和希を避けて他の子を追いかけるのが不満でその夜は一言も口をきかなかったけ。

そんな事を思い出し、通りを見ると1台のトラックが走ってくる。

車道の人影。

「ユキ・・?」

狭い道をものすごいスビードで走り抜けようとするトラックのライトにその姿が浮かび上がり、和希はビニール袋を放って走り出した。

「ユキっ!!」

足がもつれそうになりながら一生懸命に走った。


「バカヤロ!」


すぐ横を罵声と共に爆音のクラクションを轟かせたトラックが通り過ぎていく。アスファルトの上を一回、二回と転げ何もなかったかのように立ち上がるユキの姿に和希はその場にへたり込んでしまった。

「和希様?」
「ユキ・・」

和希の目の前にしゃがみ込んだユキの頰には皮膚の破損が見られ中が少しだけ露出していた。

「ユキがひかれるかと思っ・・た」
「この公園で遊んでいた頃のことをふと思い出して、ふらふら車道に出てしまいました」

その少し間の抜けた声に大きく息を吐き出し、思わず破損した箇所を手のひらで覆った。

「ユキ・・ユキが死んじゃったらさ、僕さ・・」

不意に母を失った時のことを思い出し、嗚咽で声を詰まらせながらユキを引き寄せると優しく抱きしめられた。

「ユキは死にませんよ。和希様のお側にずっといます」

ユキが背中を撫でながら優しい声色で囁く。

(そうだ・・ユキは死なないんだ)

すっかり忘れていた。

ユキはアンドロイド。


この先、ずっと生き続ける。


それは和希を含め親しくなった人を何人も何十人も見送ると言う事なのだろう。そんな思いが浮かび胸が痛くなって、堪えていた涙が溢れ出した。


「和希様。なぜ、泣いてるのですか?」
「生き続けるのも、死ぬのもどちらもつらいなと思って」

悲しみで胸がいっぱいになって泣いたのはユキが来てから初めてかもしれない。

「父さんは、なぜアンドロイドを作ったんだろう」
「それは博士の子供の頃の夢でしたからね。ユキが初めて目を開けた時、博士が泣いてるのを見ました。嬉しそうに顔をクシャクシャにして泣いてましたよ」
「父さんが・・?」

そんな顔を見たのはいつだったか、和希の記憶にもあるのは確かだった。でも、それは嬉し泣きではなく悲し泣きだった気がする。

「だから人間の泣き顔がユキは大好きです」

ユキに頰を掴まれる。

「ちょ・・ユキ?」

赤く伸びてきた舌が和希の涙をペロペロと舐めだした。

「くすぐったい・・ユキ、止めてよ」

頰を舐めていた舌が止まる。つむっていた目を開けるとユキの顔が間近にあり髪がさらっと頰に触れた。

「ユキ・・?」
「和希様、ユキには秘密のIDがあるんです」
「・・秘密のID?」

ゆっくりと距離を縮め和希とユキの唇が重なる。それは本当に一瞬で、和希は瞬きも忘れ目を丸くした。

「だから、そんな悲しい涙は流さないでください」

和希の考えていることを全て理解したようにユキは微笑む。

「秘密のIDって何?」
「それは和希様がもっと大人になったらお話します」

「そこまで言っておいて・・アイスだってうまく開けられないくせに大人ぶらないでよ」
「あれはわざとですよ。和希様が好きな物を一緒に食べたいので」
「じゃ・・じゃぁ、ユキだって同じの買えばいいじゃん!」

「半分ずっこがいいんです」

「ユキ、さっきぶつかった時・・どこかネジが取れちゃったの?言ってることが全然・・」


「どこも正常ですよ」


和希の額にまた軽くユキの唇が触れる。


「子供扱いしないでよ・・僕だってできるもん」


少し怒った顔をした和希がユキのシャツを掴み背中を伸ばして唇を寄せた。



*****



深夜・・。

研究室から慌ただしく帰宅した博士はリビングにいたユキを見て苦笑いを浮かべる。

「これは和希がやったのか?」
「はい。和希様が手当てをして下さいました」

「どれ・・中が露出したって和希が騒いでいたが」

頰に大袈裟に当てられたガーゼを剥がし、眼鏡をかけ直した博士を見てユキは小さく微笑んだ。

「博士は和希様が小さい頃に好きだったピノキオのおじいさんに似てますね」
「何を言うんだ、急に。少し横になってごらん」

和希は父親似なのだろうか、声の質も頰に触れた指先の感触もよく似ていた。

「縫い合わせるだけでもしておかないとダメだな。研究室に来れば綺麗に治せるが・・」
「綺麗じゃなくていいです。この傷は残しておきたい今夜の思い出なので」
「トラックにひかれそうになったと聞いたが、久しぶりに聞いた和希の電話の声も楽しそうだったが何か良いことでもあったのか?」

「ふふ」

簡易の縫合セットを取り出した博士を横目にユキは天井を向きながら口元を押さえて静かに目を閉じた。


「博士・・」
「少し黙ってなさい、肌がつれてしまうよ」

「例のID教えてくれませんか?」

博士の手元の腕時計から時を刻む音だけが響き、しばらくすると結び合わせた糸を切るハサミの音に目を開けたユキはにっこりと笑った。

「博士が初めに言ったでしょ?終わらせたい時が来たら秘密のIDを教えてくれるって」

ユキが和希に言った秘密のID。
それはテストで作られたユキには他のアンドロイドにはない生命活動を終わらせる為のIDを持っているという事。

「そんな嬉しそうな顔をして、今すぐではないんだろ?」

からかうような博士の小気味良い声にユキは小さく頷く。

「はい。いつかあの方が永遠の眠りにつく時にユキも必ずご一緒したいと思います」
「和希とか?」

いつ覚えたのか、曖昧に微笑むユキは頰を赤らめ胸を抑える。

「あの方を見ているとここの奥がザワザワして近くにいないと不安になります」
「それは何だと思う?」
「わかりません。でも、とても心地良くて」
「和希は子供だから、大人になったらユキを必要としなくなるかもしれないよ」
「それでも構いません。それに、あの方は立派な大人ですよ・・博士」


「きっとそれは私の知ることのない未来の話だね」


ソファで横になるにユキの顔を見つめていた博士は小さくため息をつく。

「皆はアンドロイドは永遠じゃないといけないと言うが、私はね・・ユキ」
「はい」

「終わりがあった方がより人間に近いと思うんだよ」

「ユキもそう思います。博士は間違っていないと思います」

人間と代わりない手を見つめながら博士がその手のひらに指先で六文字の良く知ったアルファベットを書く。

「博士・・?」
「これがIDだ」

少し驚いた顔をし、手のひらに書かれた文字をそっとに握りしめ胸に当てた。

「それをIDにした時からユキの運命は決まってたのかもしれないね」
「大切にします・・博士」

ユキは嬉しそうに笑った。


*****


慌ただしく研究室に戻った博士を見送り、ユキは二階の和希の部屋に向う。ノックしても返事はなく、音を立てないように和希の部屋に入るとベッドの端で丸まる小さな和希の体があった。

「和希様、約束通り添い寝に参りましたよ」

寂しがり屋の和希は今だにユキに添い寝をねだる事がある。今日は博士が来た後でと伝えてあった。

いつも通り、床に服を脱ぎ落とし裸になってベッドに滑り込む。こうすると和希の鼓動を直に感じ、ユキ自身、ピノキオのように人間になれるような気がする。


「ん・・ユキ・・?」


寝言のようにユキの名前を呼んだ和希。



「和希様・・これからは少し大人扱いさせて頂きますね」



ユキは愛おしげにその名前を呼び和希を抱きしめながら眠った。











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