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第1回 BL小説アワード

バースデイ

年下攻め

俺が問い質せば、こいつはうん、と頷くしかない。そんな風に無理やり従わせたいわけじゃないのに、時々気持ちを抑えられなくなる。

西高東低
5
グッジョブ

 家に着いた時には、日付が変わっていた。玄関前で立ち止ると、センサーに手を翳した。次の瞬間、ドアは音もなく開いた。
 「・・・ただいま」
 真っ暗な廊下に向かって声を掛ける。誰か待っているかと思ってたけど、もうみんな休んでいるらしい。安心したような、そうじゃないような。は、と息を吐き出すと、俺は靴を脱いだ。
 足音を忍ばせながら、廊下を歩く。親父もお袋も寝つきはいい方だから、ちょっとやそっとじゃ起きやしない。だけどあいつは、どんな些細な物音だって聞き逃さない。
 どうすっかな。
 このまま真っ直ぐリビングへ向ってもいいけど、あいつが待ち構えてる可能性は高い。現に突き当たりの部屋からは明かりが漏れている。誕生日だからって、羽目を外した俺をこらしめてやろうと、待ってるに違いない。
 だけど、そんなの御免だ。せっかくのいい気分が台無しになる。せめて顔ぐらいは見ておくか、とは思ってたけど、気が変わった。このまま寝ちまおう。
 小さく鼻歌を歌いながら、俺は階段へ足をかけた。明かりは点けられないけど、生まれてから十八年間暮らしてきた家だ。目を瞑ったって歩き回れる。
 一段、二段と上がった所で、俺の足は止まった。やっぱりね。こうじゃないかと予想はしてた。
 「・・・遅かったな」
 赤い光が、俺を凝視していた。今夜はいつもよりずっと、鋭さを増してるような気がする。リビングの明かりはフェイクだったってわけか。
 「なんだ、待っててくれたのか」
 俺は驚いた振りをした。一応ありがとな、と付け加えたけど、瞳の険しさは変わらない。暗がりのなかでも、ユキがどんな顔をしてるのか、手に取るように分かる。
 「良樹たちと一緒にいたら、盛り上がっちゃってさ。あ、携帯に連絡くれた?」
 わざとらしい、とは自分でも分かってたけど、出来るだけ明るい声を出した。尻のポケットから携帯を取り出すと、着信を確認した。・・・うわ、三十件近くある。
 「いくら電話しても出なかった」
 「しょーがねーじゃん。だって今日、あ、もう昨日か。俺の誕生日だったんだから。みんなが祝ってくれてんのに、すぐには帰れないだろ」
 「お前未成年だろ。こんな時間まで出歩いてていいと思ってるのか」
 「未成年って・・・」
 ユキの言葉に、笑いが込み上げてくる。お前は俺をどこの女子中学生だと思ってるんだ。あと二年で成人するってのに。
 「大丈夫だって。ヤバいことにはなんないから」
 「そういう過信が身の破滅なんだ」
 相手の声は硬い。おまけに腕まで組み始めたのが、気配で伝わってくる。これは相当ブチ切れてるな。
 「そんなに怒んなよ。もしかして、お前も一緒に俺の誕生日祝いたかった?だったら来れば良かったじゃん。場所は教えといたろ」
 「・・・人間がたくさんいるところは、苦手だ」
 「人間以外の奴もいたよ」
 「もっと嫌だ」
 ユキの頑なさに、苦笑がもれた。こいつは人間嫌いな上に、お仲間のアンドロイドも嫌ってる。心を許してるのは、両親と俺だけ。誰にも懐かない野生動物が自分にだけ心を開いてくれるっていうのは、なかなか気分が良い。だけどこうも頑固だと、もっと肩の力を抜け、と言ってやりたくなる。
 冷えて固まった空気を変えたくて、俺は場違いなほど明るい声を出した。
「良樹の奴、また新しいアンドロイド買ったんだよ。俺も見たけど、すごかった。ロリ顔で巨乳でさ。中古だったらしいけど、全然汚れてなくて・・・」
 ここまで口にして、俺はしまった、と思った。ユキはこの手の話を嫌う。自分がかつて、人間の間をたらい回しにされたからだ。ウチに来た時には、薄汚れていた上、タダ同然の値が付いていた。
 「いや、おっぱいとか中古とかはこの際どうでもいいよな。大事なのは、ずっと一緒にいてくれるかどうかだし」
 「・・・人間次第だ。どうせ飽きたら捨てられる」
 ユキの声は暗い。うっかり地雷踏んじまった。
 「いやいや、俺はずっとユキを手元に置いとくって。お前がいなきゃ、この家は回らないんだから」
 いかにユキがこの家に必要かを説いたのに、ユキの反応はあまり良くなかった。何が気に障ったのか、階段に腰を下ろし始めた。
 「おい、どうしたんだよ」
 「別に。いいからお前はもう寝ろよ。明日も学校だろ」
 いじけた子どもみたいに体育座りを始めた奴を、放って置けるわけない。疲れていたけど、このまま眠れそうになかった。
 はあ、とため息を吐くと、俺もユキの隣に腰掛けた。男二人分の重みを受けて、階段がミシリと嫌な音を立てた。
 「悪かったな。中古とか言って」
 「・・・謝る必要なんてない。本当のことだしな。俺が怒ってるのは、お前が夜中に帰って来たことに対してだ」
 「ああ、そう」
 こいつらしい返事に、ちょっとガッカリした。もっと違う言葉がほしかった。悪いのは俺だけど、こんな風に突き離されると、空しくなる。いつもはさり気なく流すけど、今夜は気分が違った。少しだけ飲んだ酒が利いてるのかもしれない。意地の悪いことを言ってやりたくなった。
 「俺がお前の立場だったらキレてるけどな。自分のことほっといて他の奴らと一緒にいたんじゃ腹立つだろ。せっかく遅くまで待ってたのに」
 「・・・・・・」
 アンドロイドは人間に嘘が吐けない。俺が問い質せば、こいつはうん、と頷くしかない。主人の命令には絶対服従だからだ。そんな風に無理やり従わせたいわけじゃないのに、時々気持ちを抑えられなくなる。
 「俺がいなくて、寂しかった?」
 なあ?と返事を促す。だけどユキは返事をしない。代わりにきつく睨まれた。気の弱い奴ならビビりそうな迫力でも、俺には効果がない。何年一緒に暮らしてきたと思ってるんだ。
 腕を伸ばすと、ユキの肩を抱いた。逃げようとするのを、無理やり押さえつけた。
 「言えよ。ユキの気持ちが知りたい」
 耳元に唇を寄せて、脅すように言った。我ながら汚いと思うけど、こうでもしなきゃ、ユキの本音は引き出せない。
 「・・・寂しかった」
 長い沈黙の後、ようやくユキは返事をした。間近に見るユキの瞳が左右に揺れてる。多分、照れてるんだろう。ああ、明かりがほしい。今どんな顔してるのか、たまらなく見たかった。
 「ごめん」
 「なにが」
 「嫌なこと言ってるし、したから。本当はもっと早く帰ってこれたんだ。途中で抜けたって構わなかったし。みんなただ騒いでただけだったんだから」
 「じゃあ、なんで・・・」
 帰って来なかったんだと、ユキは呟いた。俺はその質問は無視して、手を伸ばした。ひんやりとした頬に触れる。俺のアンドロイド。この世で一番、大事なモノ。誰にも見せたくない、触らせたくないのに、時々メチャクチャにしてやりたくなるのは、なんでだろうな?
 「ユキを傷つけたかったから」
 頬を撫でながら、言った。俺の前で、赤い光が傷付いたように細められた。
 「どうして・・・」
 「俺ってちょっとSの気あるみたいなんだよね。好きな子をいじめて楽しんじゃうっていうかさ」
 「ふざけるな」
 触れていた手を乱暴に振り払われた。本気で怒ったんだろう。ユキは立ち上がると、階段を降りて行こうとした。
 「待てって」
 咄嗟に回り込んで、行く手を遮った。
 「邪魔だ」
 「ちょっとした出来心だよ。せめて一時だけでも、俺のことだけ考えてほしくてさ」
 「・・・考えてる」
 「世界中の誰より?親父やお袋よりも?・・・前の主人より?」
 ユキの過去について話すのは、タブーだった。本人が嫌がるし、俺も聞きたくなかった。だけどあえて今口にしたのは、ユキの本音が知りたかったからだ。
 どんな女にだって、ここまで必死になったことはない。物心ついた頃から一緒にいるのに、いつだってこいつのことが気になってならない。アンドロイドを本気で好きになるなんて、馬鹿げてる。こいつらは人間のために造られた道具だ。だけど俺はアンドロイドを―ユキを本気で好きになっちまった。
 「俺の記憶容量は・・・和希で一杯だ」
 「ホントに?」
 嬉しい気持ちより、疑いの方が強い。そんな俺の様子を察したのか、ユキは嬉しいことを次々と言ってくれた。
 「和希しかいらない。本当は一時だって離れたくない。ずっとずっと、傍にいたい。お前に必要とされたい」
 ゴン、と頭を打たれたような衝撃がやってきた。俺が感激で震えてるのに、続くユキの声は寂し気だった。
 「でも、お前はそうじゃない。俺だけじゃ満足できないだろ?・・・お前は、俺を置いて行く」
 「置いてかないって」
 咄嗟に手を伸ばした。触れたユキの身体は、折れそうなほど細い。
 「置いて行くよ」
 間近で囁かれた声にハッとして、思わず顔を上げた。手探りで壁を探って、電気を点けた。淡い光のなかで浮かび上がったユキの顔は、泣きそうに歪んでいた。誰よりきれいな顔をしてるのに、こいつはいつも悲しそうだ。
 「ユキ・・・」
 「お前にとって俺は、もう必要のない玩具だ。せいぜい、気まぐれに弄んで楽しむくらいしか役に立たない」
 「・・・・・・」
 ユキの言葉が、胸を貫いた。大事な人を傷つけるなんて、俺は本当に馬鹿だ。回り回って自分を傷つけるだけなのに。
 「それでも・・・何の役にも立たないよりはマシだ。少しでもお前の役に立てるなら、本望だ」
 こいつはいつもそうだ。辛くても、悲しくても平気な振りをする。話してる間も、唇をきつく噛み締めてる。痛みをこらえるみたいに。
 俺は誘われるように顔を寄せて、ユキの白い頬に唇を寄せた。
 「・・・なにしてる」
 「泣いてる誰かさんを慰めてる」
 「・・・泣いてない」
 「分かってる」
 それでも俺には、ユキが泣いてるように見えた。目元から頬、顎にかけて、ゆっくりと唇を寄せていく。仔犬同士がじゃれ合うように、俺たちは頬を寄せ合った。
 キスをしたら怒るかと思ったのに、そこもユキは静かに受け入れてくれた。
 「ユキは、バカだ」
 長い口付けの後にそう言ってやった。
 「玩具だなんて思ったこと、一度もない。俺が今までどんな気持ちだったかなんて、全然知らねーだろ。ユキがどっか遠く見てる度、はやく大人になりてぇとか、もっとこっち見ろよとか、そういうこと考えてた俺の気持ちなんて、分かんないだろ」
 「和希・・・」
 「もう、子どもじゃない」
 ずっと言いたくて、でも言えなかった言葉だった。こいつのなかで俺は今も泣きべそかいて、一人じゃ眠れないようなガキだ。それが分かってたから、一番言いたいことが言えなかった。
 「子どもじゃ、ないんだよ」
 叩きつけるように繰り返すと、鎖骨に顔を埋めた。ユキの身体がびくりと震えたけど、俺は止めなかった。しばらくして、腕が背中に回れされるのを感じた。小さい時は、こいつに抱きしめられると安心した。だけどもう、俺はガキじゃない。抱き合う意味も、昔とは違う。
 「誕生日プレゼント、くれよ」
 細い身体をまさぐりながら、ねだった。正直嫌だ、と言われると思ってた。だけどユキは小さく、「いいよ」と言ってくれた。
 「・・・俺は、お前のだから。俺にあげられるものだったら、なんでも持って行け」
 「ユキ・・・」
 「いや、違うな。お前にもらってほしいんだ。誰にも必要とされなかった俺を求めてくれた、お前に」
 そう言って、ユキは笑った。蕩けるような笑顔だった。

 手を引いて、リビングへ向った。ソファに、ゆっくりとユキを押し倒した。気が変わったとか言われるのが怖くて、夢中でキスをした。
 「和希」
 ユキは何度も、俺の名前を呼んだ。ユキの身体はすんなりと男を受け入れる。そういう風に調教されたからだ。腰をくねらせる動きが艶めかしい。初体験はとうに済ませてたけど、俺は童貞のようにがむしゃらにユキを求めた。
 頭がかあっと熱くなる。快感とは別の感情が俺を熱くさせる。ユキの身体を散々弄んできた男たちを皆殺しにしてやりたいと思ったのは、一度や二度じゃない。俺以外の誰かがユキに触った。傷付けた。
 俺たちが抱き合ったのは、どれくらいの時間だったんだろう。実際は一時間以上経っていたはずだけど、五分と過ぎてない気がした。
 「誕生日、おめでとう」
 俺の胸に顔を埋めながら、ユキが言った。すぐに顔を俯けたのは、照れてるからだろう。これ以上の贈り物はない。俺は首を伸ばして、盗むようにキスをした。

西高東低
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