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第1回 BL小説アワード

ブリキの心臓

エロなし/死にネタ/バッドエンド

しばらくして田丸達のいじめは止んだ。なぜかというと田丸が死んだからだ。自殺なのか他殺なのか今はわからない。ユキはその前の日に、「もういじめは止みますよ。」と言ってくれた。

ぎん
5
グッジョブ

2115年、人類の生活は進歩した。自動走行の車が当然のように走り、宇宙ステーションへの移住が可能になり、日常の業務や仕事は機械化し、アンドロイドが誕生した。
それは称えられることだけではない。人間たちの中身は100年前と何も変わっていない。ただ生活が豊かになり、その分暇な時間を他人を攻撃したりする時間に変えただけのように僕は思う。愚かで、儚くて、弱い僕たちを君は好きだという。

僕は、僕たちを許せるだろうか…。


学校のチャイムが鳴ると僕、高梨和樹は教室から逃げるように走り去った。
いつものことだ。そうしないと痛い目に合うことは明白だからだ。ああ、早く、早く…教室を出ないと…。そう頭で思うのと裏腹に足がもつれて転びそうになる。慌てて近くにあった机に手をついた。

「和樹く~ん」

いやな響きの声と同時に机に乗せた手の上に熱い何かが掛かった。

「ラーメンの汁こぼしちゃダメじゃない、田丸君」

「ぎゃはははは、だって、ちょうどカップラーメン食べてる時に和樹君の手が伸びてきたからつい、ね」

「つい、じゃないっしょ。あー、受ける」

ああ、捕まってしまった。田丸ご一行だ。僕は認めたくはないが、この田丸、廣﨑、吉田達にいじめられているらしい。僕の矜持にかけていじめなんて認めたくないけど、でも実際殴られたり、パシられたり。クラスの皆も遠巻きに見ていて助けてなんかくれない。今日も僕はみじめな思いをするんだ。

「今日はお前のロボットは迎えに来ないのかよ?」

こいつらは知っていて言うんだ。ユキが僕を助けてはくれないことを。
ロボットは人間に歯向かってけがをさせたり死亡させたりするのは禁止になっている。もし、そういう行為をしたら廃棄処分になるからだ。
僕もそれを知っているからあえてユキにはいじめられていることを知られないように隠している。ユキがそのことを知ったらこいつらを懲らしめそうだからだ。

アンドロイドのユキとはもう10年近くの付き合いになるだろうか。すらりとした長身の体躯に端正な顔、何をさせても完璧なロボットは聞き分けがよく、僕に対しては常に丁寧な話し方だが、たまにロボットだとわからないほど機微に敏い。僕の飼い犬のジョンが死んだときも一緒に涙を流して泣いてくれた。ロボット、人間関係なしに僕の一番の親友だ。そのユキにこんな頭の悪そうな連中にいじめられているなんて知られたくないんだ。


どさっと体を投げられ、僕はとっさに地面に手をついた。爪から血がにじんでいる。ジンジンして痛い。

「今日はこのくらいにしておいてやるよ」

田丸達に学校裏の林に連れられてから30分程経過した。その間僕は殴られたり、お金を巻き上げられたりしたけど、今日は割と短くてほっとした。
少年法が改正され、いじめをしたら少年院に入れられる時代になってもいじめはなくならない。きっとそれだけ僕たちの年齢は多感で傷つきやすく暴力的になりやすいのだろうけど、そんなことは知ったこっちゃない。いじめは犯罪だ。
田丸達はそれを知っているから、僕の体の目立つところには傷をつけない。太ももの内側のうっ血が、二の腕の切り傷の痛みが後からになって襲ってきた。
着衣を簡単に直す。日は沈みかけて林が翳り僕の気持ちをよけい沈鬱にさせた。それでも、家に帰ればユキが待っていてご飯を作ってくれている。僕は心を奮い立たせて帰路に就いた。


「おかえりなさい。」

「ただいま。」

玄関を開けたら優しい顔立ちのユキが出迎えてくれていつも通り挨拶をしてくれる。そんな簡単なやり取りに幸せを感じる。今日はお風呂に先に入ってしまおう。疲れた…。家に帰ると緊張が一気に解れて体が鉛のように重くなる。もう、学校なんて行かなくて良ければいいのに…。一生家で、ユキや家族の傍で引きこもっていたい…。
のろのろとそんな思いを胸に着衣を脱いでいく。風呂の戸を開け椅子に座りシャワーを浴び始めたところで、突然ガラッと戸が開いた。

「え?なに?」

いつもは突然許可もなく戸を開けるユキではない。僕は慌てて上半身のあざをとっさに隠した。

「やっぱり。」

「な、なんのこと?ていうか、ユキ、勝手に入ってこないでよ。」

僕の声は上ずり、顔は真っ赤になっていたと思う。それでも、突然隠していた裸のあざを見られたことに僕は怒りを覚えいつになく大声で叫んでいた。
「こっち来んな!!」

「それはできません。和樹。」

ユキは真剣な面持ちで僕の叫びを無視してなだめるように首を振った。

「来んなって言ってるだろ!!」

「今日、スーパーの帰りに和樹がクラスメイトと一緒に林に向かうところを見てしまったんです。」
「気になってついて行こうとしましたが怖くてやめてしまいました。」
「その時からいやな予感しかしませんでしたが、私がついて行って和樹が余計ひどいことをされるのが怖かった。もっと言えば、私は手を出してしまうかもしれない恐怖と戦っていました。」
「でも、今和樹の傷を見て思いました。その判断は間違いだった、と。」
「どうしてついて行ってクラスメイトを殴らなかったのか、後悔でいっぱいです。」

僕は両手で耳を塞いで叫んだ。

「やめてくれ、もういいんだ。」
「そんなことをして何になるんだ。田丸達は逆上して僕を余計殴るだろうし、お前はスクラップ行きだよ!やめてくれ!!僕が一生懸命隠していたのをなんで無駄にしようとするんだ!!」

ユキはそれ以上何も言わず裸の僕にタオルをかけタオルごと僕を抱きしめて泣いていた。その時僕は感情的なことも忘れてその涙に見入ってしまった。そしておかしさがこみ上げてきた。田丸のような奴が人間で、ユキがロボットなんて、神様、間違ってる。乾いた笑いを零しながら僕はそのままユキに頭を預けた。


しばらくして田丸達のいじめは止んだ。なぜかというと田丸が死んだからだ。
自殺なのか他殺なのか今はわからない。川に浮いた田丸の遺体は白く膨れ上がって蛆が集っていたらしい。僕はその話を聞いたとき、何か激しいものが胃の中を駆け巡り、嘔吐した。僕は、本当は知っていたんだ。
 ユキはその前の日に、「もういじめは止みますよ。」と言ってくれた。それがどうしてだったのか、本当は知っていたのに知らないふりをした。僕は最低だ。
ユキが…田丸を殺した。


どこまで捜査が進んでいるのかわからないが、ユキの余命はもうないだろう。
僕はユキを守らなければならない。
学校を早退し、家に急ぐ。学校から家までの距離は15分ほどなのに、1時間も2時間もかかる気がした。心臓はバクバクいっているし、涙は止まらない。
玄関の戸を開けると、当然のようにユキが微笑んで出迎えてくれた。

「お帰りなさい。今日は和樹の好物のすき焼きですよ。」

どうして逃げずに僕の好物なんか作ってるんだよ、ユキ。早く逃げろよ。お願いだから逃げてよ…。
涙が流れるだけで、僕は何も言えなかった。ユキも何も言わなかった。僕らはしばらくの間玄関で佇んでいた。


落ち着いてユキと一緒に部屋に戻る。ユキに話がしたいと言われたからだ。
ベッドに二人して腰掛け、向き合う。

「和樹、落ち着いて聞いてください。」
「警察は私を割り出しました。本当はもう逮捕されるはずなのですが、おとなしく出頭することを条件に今日いっぱい待ってもらっているんです。」

僕は耳を疑った。ユキが逮捕されるって?もうそんなところまで捜査は進んでいたのか…。唖然としてなにも反応できない僕とは裏腹にユキは淡々と言葉を紡いでいく。

「私はこれから廃棄される運命です。だから、他人に壊されるくらいなら和樹に壊してもらいたいんです。私の頭部からICチップを抜き出して和樹に破壊してもらいたい。」

「どうしてそんなこと言うんだよ!!僕はそんなことできない!!ユキを殺したくない!!」

「私は愛する人以外に殺されたくはない。殺されるなんてロボットとしておかしい表現ですが。私は我儘なので死に目に会わせて和樹の心が私を忘れないように縛っておきたい。」
「和樹…はじめて会ったときからあなたに惹かれていました。なんて可愛い子だろう、と最初は守ってあげたいという気持ちだったのですが、だんだん愛しく、好きになっていきました。最後にこんな告白をロボットから受けるのも嫌かもしれませんが許してださい。」

ユキが瞼を伏せて淡々と喋るのに合わせて僕の口から嗚咽が漏れた。

「ひっく…僕も、ユキのことずっと好きだった。だから、殺すとか、死ぬとか言わないでっ!!」
「ずっと僕のそばにいてよ…ひっく」

僕の顔は涙と鼻水とぐちゃぐちゃになっていたと思う。それでもそんな僕の頬をユキは包み込んでキスをした。

「愛しているのキスとお別れのキスです。」
「このキスが終われば、私を壊してくださいね。」

キスは角度を変え何度も続いた。ほのかに甘くて、そして涙のしょっぱい味がした…。


僕はあれから何度も学校を休もうとしたけど、平穏な日常を取り戻してくれたユキのことを思い出して一度も学校を休んでいない。
両親は新しいアンドロイドを買おうかと僕に打診してきた。クラスメイトはいじめらる前みたいに僕に笑いかけてくれる。僕は思うんだ。ブリキの木こりと人間とどう違うのかって。木こりの心臓は間違いなく本物だった。周りの人間よりもずっと澄んできれいな心だった。

僕のことも、僕たちのことも許してくれるそんなユキが僕は大好きだったんだ。

ぎん
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