>
>
>

第1回 BL小説アワード

君に変わらぬ優しさを

エロ少なめ/思い込み/ハッピーエンド

今朝の夢で見たあの日、友人と遊んでいた和希は、見知らぬ男性と歩く母親を見かけた。帰宅し、久々にすれ違った父親からは、母親とは違う甘い匂いがした。和希は、それらが何を意味するか理解した。そしてその夜、和希は高熱を出した。

そうめん
4
グッジョブ

「和希、泣いているのか?」
「ユキ」
「辛いか?」
「大丈夫。……ねぇ、ユキ。ユキはずっと僕のそばにいてくれる?僕のこと……独りにしない?」
「しないよ。絶対に独りになんてしない。ずっと和希のそばにいる。約束だ。だから、安心しておやすみ。」
ユキは優しく笑いかけながら言うと、体温の低い大きな手で、和希の手を握った。
ユキの優しい笑顔と言葉、握られた手に安心し、和希は眠った。
(懐かしい夢)
小学生の頃に高熱が出たときの夢だ。辛いのに、父さんも母さんも家にいなくて、俺のこと、どうでもいいんだって思ったら、涙が出た。そしたら、ユキが部屋に来てくれた。ユキの優しい言葉と笑顔、大きな手にすごく安心した。
(ユキがそばにいてくるなら、それだけでいいと思った)
目覚ましの音が聞こえ、和希はゆっくりと起き上がる。

ユキとは初めて会った時、ユキのあまりのかっこよさに和希は動けなくなった。そんな和希に、ユキは優しく笑い「よろしく」と言った。その笑顔で、和希はユキが大好きになった。
あれから12年。
(ユキの優しさは変わらない。変わったのは、俺のユキへの思い)

身支度をした和希がダイニングへ行くと、テーブルにはユキが作ったホテル顔負けの朝食並べられていた。
「おはよう、和希。今日はゆっくりだな」
「おはよう、ユキ。いつもは早めに登校してるから」
和希が席に着くと、ユキも和希の向かいの席に着く。
「いただきます」
ユキは、和希が朝食を食べる姿に微笑みながら、コーヒーを口に運ぶ。
アンドロイドは食事を必要としない。しかし、人との関係を円滑にするための手段として、お茶やお酒を楽しむ機能があり、味の違いも分かる。
ユキは、和希が食事をする時は必ず一緒に席へ着き、飲み物を飲むことが習慣になっていた。

和希は、朝食を食べながら、答えがわかりきった質問をする。
「あの人たち昨日も帰ってこなかったのか?」
「……ああ。二人とも仕事が忙しいんだろう」
「仕事……ね」
「……」
和希の吐き捨てるような言い方にユキは何も言えず、二人がたてる音だけが室内に響く。

和希の両親は、ユキが家に来て以来、家をあけることが増えた。今では数か月に、1、2回顔を合わせるかどうかだ。

今朝の夢で見たあの日、友人と遊んでいた和希は、見知らぬ男性と歩く母親を見かけた。帰宅し、久々にすれ違った父親からは、母親とは違う甘い匂いがした。和希は、それらが何を意味するか理解した。そしてその夜、和希は高熱を出した。

「ご馳走さま!今日もすごく美味しかった」
和希は沈黙を破るように明るく言った。
「それは何よりです」
ユキは、冗談っぽく答えながら嬉しそうに笑う。
その笑顔に和希の頬は熱くなり、それを隠すように下を向く。
「どうした?具合でも悪いのか?」
そんな和希を心配したユキが、そばへ来て、顔を見ようと和希の頬に手を添えた。その瞬間、パシンッという音を立て、和希はユキの手を払っていた。
「ご、ごめん!ユキの手が冷たくてびっくりして、ホントごめん。具合は悪くないから!そ、そろそろ行かないと!いってきます」
驚くユキに、和希は取り繕うように笑い、早口に謝り、急いで家を出た。

(ユキ、変に思ったかも)
俺もユキも男なのに、それ以前に、ユキはアンドロイドなのに
(ユキが……好きだ)
いつからかわからない。でも、自覚したのは、夢で見たあの日からだ。
ユキの優しい笑顔と言葉、握られた手から伝わる低い体温に、温かい気持ちと安らぎを感じた。ユキがいてくれれば、それだけでいい。ユキがそばにいてくれるだけで、ずっと嬉しかった。今もすごく嬉しい。この気持ちを幸せっていうんだろうな。
そう思った和希は、ユキは自分にとって“特別”だと気づいた。いつも優しさをくれるユキも、自分のことを“特別”に思ってくれていると思った。

高校3年になった春、友人と進路の話になった。
「和希さ、進学だよな?家でんの?」
「たぶん。行きたい大学、家から遠いし」
「大丈夫なん?」
「何が?」
「家でるってなったら、ユキさんと離れることになるじゃん。お前、ずっとユキさんにベッタリだから」
「なんで、家でるってなったらユキと離れるんだよ」
「いや、ユキさんは家庭用アンドロイドだろ。ユキさんのお仕事は、今、お前が住んでる家の、家事手伝い。お前が家でたら離れるだろ」
友人に言われ、和希は、ユキがアンドロイドであることを忘れていたことに気づいた。正確には、家庭用アンドロイドは人と共に生活するために、人の表情、声音などから感情を読み取り、その人が求める言葉や表情、行動をとるようプログラムされているということを忘れていたことに気づいた。

ユキの優しさは、そうするようプログラムされているから?俺がそうしてほしいと無意識に思ったことを読み取っていただけ?そこにユキ自身の意思はない?
(ユキが優しいのは、俺が“特別”だからじゃない……のか)

「和希!?おい、大丈夫か?」
「え?」
「お前、泣いてる。悪い、俺、泣かすようなこと言った?」
「いや、言ってない……」
和希は、体温が急激に下がり、目の前が真っ暗になるような感覚に陥り、涙を流していることも気づかなかった。

それ以降、和希はユキに今までと同じように笑うことができなくなった。
ユキに笑いかけられると、自分が無意識にその笑顔を求めたから、その笑顔をくれるのかと思うようになった。ユキに触れられると感じる低い体温が、ユキがアンドロイドだという事実を突き付け、ユキはプログラムにより、自分に優しくしているのかと思うようになった。
頭で理解しても、和希のユキへの思いは消えず、ユキの笑顔を見るたび、大きな手に触れられるたび、どうしようもなく嬉しくなる。しかし同時に、胸が裂けるような痛みを感じた。
ユキの優しさや笑顔は、誰にでも向けられるものだ。俺はユキの“特別”でもなんでもない。父さんと母さんの“特別”も俺じゃない。俺は誰の“特別”にもなれない。
(俺は結局“独り”なんだ)


「っはよ!かずき」
後ろから友人に声を掛けられ、和希はここが通学路であることを思い出した。
「おはよう」
「大丈夫か?顔色悪いぞ」
「……大丈夫」
「ならいいけど。あ、今日帰り暇?」
「悪い。今日はユキのメンテナンス日だから」
「なら仕方ないな。相変わらずベッタリだなー。恋人かっ、なんてな」
「……そうならよかったのに」
「ん?悪い、聞こえなかった。なんて?」
「なんでもない。ほら、遅刻するぞ」
和希は、考えていた暗い気持ちをしまい、学校へと急いだ。


ユキのメンテナンスも無事に終わり、夕飯の材料を買いに途中スーパーへ寄り、他愛もない会話をしながら二人は家路を歩く。
和希が突然足を止め、向かいからくる二人をじっと見た。つられてユキも和希が見ている方を見ると、和希の母親が見知らぬ男性と腕を組んで歩いていた。母親は二人に気づき、一瞬焦るような顔をしたが、すぐに目をそらし、先程と変わらない様子で二人の横を通りすぎる。

「帰ろっか」
和希は、そう言ってユキに笑顔を向け、ユキは何も言わず頷いた。


ため息をつきながら和希はベッドの上に横になった。
「疲れた」
ポツリと呟き目を閉じる。

コンコンというノックの後にユキの声が聞こえる。
「和希、少しいいか」
「……いいよ」
和希は目を開け、ベッドから起き上がりながら返事をする。
(母さんのことを慰めてくれるんだろう。きっと俺は、そうして欲しそうな顔をしたんだ)
胸に感じる痛みをこらえ、ユキに笑いかける。
「あそこまであからさまに無視されると、笑えてくるよな」
こんな風に笑っても、ユキに優しい言葉を求めていると思われるかもしれない。
そう思うと、和希は顔を上げていられなくなり、膝を抱え、下を向き、顔を隠した。
ユキがそばに座る気配に、和希の身体はビクリと揺れる。
(怖い。ユキに今、優しさを向けられたら、耐えられない。怖い。自分は誰の“特別”にもなれず、これまでもこれからもずっと“独り”だと確信してしまう。怖い)
「ごめん、ユキ。やっぱり、今はひとりにして」
和希は、耐えきれず、下を向いたまま、震える声でユキに懇願する。
「和希、顔を見せろ」
「ごめん、勘弁して。お願いだから」
「和希」
「お願い!明日からはまたちゃんと笑うから!!」
思わず荒げてしまった声に和希は後悔した。
(こんなに感情剥き出しに言ったら表情を見なくても感情が読める)
和希は、震える手を強く握った。
「和希、なんで無理して笑う?今だけじゃない、今朝も、最近ずっと」
「……」
「俺に触られるのが怖い?」
「……」
「俺が怖い?」
「……」
「……怖いじゃなく、嫌なのか」
「ちがっ、嫌じゃない!俺がユキのこと嫌になるわけない!!」
和希は、顔を上げユキに向かって叫んだ。
「やっとこっちを見た」
ユキは両手で和希の頬を優しく包む。ユキの低い体温に和希は一瞬身体を強張らせたが、ユキの優しい表情に、力が抜け、涙と気持ちが溢れた。
「怖いんだ。ユキの俺への優しさは、プログラムされた……作られたものなんじゃないかって。俺にくれる言葉は、データから導いた言葉で、ユキの言葉じゃないんじゃないかって。俺じゃなくても優しい笑顔を向けるんじゃないかって。大好きなこの手に触られて、ユキの低い体温を感じると、ユキがアンドロイドだってことを実感して、俺はユキの“特別”にはなれないって気づかされる。父さんと母さんの“特別”でもない、ユキにとっても“特別”じゃない俺は、ずっと“独り”なんだって思ったら、怖くて……前みたいに笑えなくなった」
ユキは和希の気持ちを聞き終えるとため息をついた。
「和希は、俺がアンドロイドで、和希への優しさがプログラムされたものだとなぜ嫌なんだ?俺にとって“特別”になれないのがなぜ嫌なんだ?」
「……きだから」
「聞こえない」
「好きだから!!ユキのことが誰よりも好きだ!!ずっと好きだった!!ユキはずっと俺の“特別”だった。だから俺もユキの“特別”がよかった。親にとって自分が“特別”かなんてどうでもいい。でも……ユキにとって俺が“特別”じゃないのは嫌だ……そばにいてくれるだけじゃなく、俺がユキを思うみたいに、ユキも俺を思ってくれないと……嫌なんだ」
「……」
何も答えず、自分を見つめるユキに、和希は不安になり、さらに涙があふれる。沈黙に耐えきれず、和希が目を閉じた瞬間、和希の唇に柔らかくて低い体温がそっと触れる。
驚いて目を開けると焦点が合わないくらい近くにユキの顔があった。混乱する和希の唇をぬるりとしたものが舐め、再び柔らかくて低い体温が唇に押しつけられ、小さな音を立てて離れた。
「和希、キスをするときは口を少し開けるんだ」
ようやく焦点があったユキの顔は笑っている。
「キ、キス?な、なんで?」
和希はユキに言われて、自分がユキにキスをされたことがわかった。
「なんで?そんなの、俺は和希のことが好きで、和希は俺の“特別”だからだ」
「俺がそうなりたいって言った……から?」
ユキは再びため息をついた。
「あのな、和希、今の技術をなめるな。アンドロイドも自分で考え、自分で行動できる。人間と違うのは、歳をとらない身体と体温くらいだ」
「……」
「つまり、今まで俺が和希に言った言葉は全て、俺が、和希のことだけを思って言った言葉だ。和希のいう優しさも、和希が愛しくて、俺が和希に尽くした結果だ。12年前、この家に来て初めて和希に出会ってからずっと、和希は俺の“特別”だ」
「……ホントに?」
「ホントだ」
ユキの答えに、再び大粒の涙をあふれさせる和希をユキは抱き寄せた。
「和希、小学生の頃に俺とした約束を覚えてるか?」
泣きすぎて和希は頷くことしかできない。
「俺はアンドロイドだから歳をとらない。和希が死ぬまでずっとそばにいられる。和希を独りになんて絶対にしない。俺はアンドロイドだから体温は低い。でもその分、俺は俺の全てで和希を愛して、優しさで温めてやる。だから和希、安心しろ」
「ずっと一緒?……俺から離れない?」
「ああ、ずっと一緒だ。離れない。というより、離さない」
「約束?」
「ああ、約束だ」
「ありがとう……」
泣きながら礼をいう和希の唇に、ユキはもう一度触れるだけのキスをし、初めて会った時以上に優しく笑い、和希に囁く。
「和希、大好きだ。愛してる。これからもずっと、よろしく」

そうめん
4
グッジョブ
コメントを書く

コメントを書き込むにはログインが必要です。