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第2回 BL小説アワード

村外れのホルクダク

民族物/女装/ぬるいエロあり

荒い息をしながら、ホルクダクは泣いていた。僕がいなくなったら、ホルクダクは独りになるんだ。シローは、声を出さずに泣いていた彼の頭をそっと抱きしめた。 さようなら、僕の大好きな魔法使い。

高杉桂
グッジョブ

 亜細亜の辺境に位置する高い山に囲まれたその小さな王国は、神殿のある首都を中心に幾つかの村で形成されていた。王族が代々神官を務め、国民は牛や羊を飼い畑を耕し、穏やかに暮らしている。山々に囲まれ標高の高い辺境の地を狙う他国も少なく、歴史を紐解いても戦いの記録は少ない。王国は国の更なる繁栄よりも、神の教えと民の平穏な暮らしを重んじる宗教国家だった。
 大きな神殿を兼ねた宮殿の下に、質素な石造りの街が広がっている。その中央に位置する大通りでは、市場が開かれていた。野菜や生活用品を並べた仮説の小屋が幾つも並んでいる。買い物の人たちの間を縫って、少年が走っていた。街の皆と同じこの地方独特の民族衣装に身を包んだ彼は、その腕に古い書物を抱えている。
「こっちよ、シロー!」
 走る少年を一人の女性が呼び止めた。
「姉さん。」
 彼の姉メトクは、皆と同じ民族衣装をまとっていたが、その顔容は誰よりも美しかった。村一番の美女の姉は、今周りを見回してみた感じでは首都の中でも一番かもしれない。勿論、女性は容姿だけが重要ではない事を、シローもよく分かっている。メトクは容姿だけでなく性格も穏やかで、刺繍の腕は村一番だった。それから、何より彼女は歌が上手かった。村の小さな神殿を守る職に代々ついているシローの家では姉弟も巫として仕えているが、神事の際に奉納されるメトクの歌を聴きに、隣村からも人がやってくるほどだ。メトクはシローにとって自慢の姉だ。
「何処へ行っていたの?」
「ごめん、本を買ってたんだ。」
「本当に、シローは本が好きね。」
 今日、シローは姉のメトク、姉の婚約者のパサンと共に村から谷を越えて首都まで買い出しにやってきたのだ。村で収穫された作物を売り、空いた荷台に村で必要なものを買って帰る。
「もう行こう、帰るまでに日が暮れてしまう。」
 御者台に座っているパサンに促され、シローとメトクは馬車の荷台に乗り込んだ。
「もうすぐ豊饒祭ね。今年の『花嫁』は隣村のタシに決まったそうよ。」
「タシは、シローに気があったのになあ。」
 御者台のパサンが揶揄う。
「やめてよ。僕は別に好きじゃなかったもの。」
 村の神事で巫のシローに一目惚れしたタシは、何度か村祭りに遊びに来たりしていたが、全く気の無いシローの様子にもう無理だと諦めてしまったようだ。
「綺麗な子だったじゃないか。」
「別に綺麗だからって、好きになる訳じゃないよ。」
 一ヶ月後に行われる退位が決まった現国王が子に王位を譲る式典で、『神の花嫁』と呼ばれる娘が神殿に召される。神官の長である王位継承者に、絶世の美女が補佐の巫女として与えられるのだ。シローも数回王宮へ向かう花嫁の行列を見た事があるが、花や銀の装飾で飾られた花嫁はとても美しかった。小さな頃は分からなかったが、最近はその美しい花嫁はただの生贄だという真意に気付いてしまった。祭壇で捌かれる羊と同じだ。
 神に嫁ぐという名目だが、実際は王の慰み者になるだけだ。『花嫁』として嫁いだ巫女は王妃や妾の扱いにはならない。巫女姫と呼ばれ普通の巫女にもなれず、ただ神殿の奥で王の相手をするだけの役割だった。命は捧げないが、一生を捧げたならば死んだも同然だ。
 教えてくれたのは、村外れに住むホルクダクだった。彼はこの風習を含む、王族の因習全てを忌み嫌っていた。彼同様に、花嫁の風習をシローも馬鹿馬鹿しいと思っている。
 険しい山に挟まれた谷の道の寂しい光景を見詰め、タシも着飾ってこの道を行くのだとぼんやり思った。タシは自分の村の男の子と仲良くなっていると、風の噂に聞いている。気が強くプライドの高い彼女を好きにはなれなかったが、その未来を思うと可哀相で仕方なかった。『花嫁』を出した家には沢山の謝礼と栄誉が与えられる。もしかしたら、美しい女性として選ばれたという事で彼女も満更でもないかもしれない。巫女姫から正妻にのし上がった女性もいるという。あの彼女なら、そこまでやるかもしれない。普通の結婚をして、農業をして暮らす毎日を幸せと思わない女性もいるかもしれない。そうであって欲しいと、シローは願った。
「その本、もしかして。」
 シローが大事そうに胸に抱えた書物を見詰め、少し陰った表情でメトクは云った。
「うん。ホルクダクにあげるんだ。」
 シローの父親は、余所者のホルクダクをよく思っていない。
「お父さんには、黙って行きなさい。」
「うん、分かってる。」
 メトクは自分の布製の鞄から小さな布袋を出すと、その中に買ってきた野菜を少しとチーズを一切れ入れた。その袋をシローに渡す。
「これ、持っていって。」
「有難う、姉さん。」
 ホルクダクは、六年前に村から離れた小屋に独りで住み始めた余所者だった。何処から流れてきたかは誰も分からない。王族を批判する言動から、国を追われた犯罪者ではないかと、村人は噂していた。年は大体二十歳後半から三十歳くらいで、質素な身なりはしているがきちんとした格好をすればなかなかの容姿ではないかとシローは思っている。穏やかで優しいシローの兄代わりの存在だった。 
 隠者のホルクダクは、誰よりも物を知っていた。シローは暇さえあればホルクダクの小屋を訪ねていた。そこで彼の持っている学術書を読んだり、国の外の珍しい話を聞いたりする。彼の畑仕事を手伝う事もあった。
 村には学校がなく、子供は皆農業の手伝いに駆り出されていた。村の半分以上が文盲だ。シローは父の仕事を継いで村の神官になるため、特別父から文字を教わった。姉のメトクも文字は読めない。女性は巫女になれても、神官にはなれないからだ。  
 ホルクダクに早く会いたかった。会って、
街の様子を話したかった。
 ふと向かいの姉に目を移すと、彼女は気分が悪そうだった。
「姉さん?大丈夫?」
 メトクは大丈夫だと云うが、とてもそうは見えない。
「パサン!とめて!姉さんが!」
 馬車を止め、メトクを下ろす。
「メトク、大丈夫か?」
「少し頭痛と吐き気がするだけ。風邪かもしれないわ。」
 水を飲むとメトクは少し楽になったようで、また帰路を急いだ。早く家に着いて、横にならせた方がいい。最近、メトクは具合が良くない。時々頭痛を訴えたり、だるそうにしている事が多い。悪い病気でなければいいのだが。帰ったら、ホルクダクに聞いてみよう。以前、彼はシローの命を救った事があった。突然の原因不明の高熱で死にかけたのだが、ホルクダクの適切な処置で回復したのだった。彼には医療の知識があった。この村に医者はいない。医者に診せるには、この道を通って街に行くしかない。その間に死んだ村人が何人もいた。手の施せない病人が出た時は、村人はホルクダクを頼った。だから、彼は余所者で犯罪者ではないかと疑われていても、追い払われる事はなかった。
 村人は彼を「魔法使い」と呼んだ。決していい意味ではない。神に頼っても駄目な場合、最後に縋る外法を使う者といった意味合いだった。
 彼がいなくなっては困る癖に、仲間として迎え入れようとはしない。可笑しな話だ。
 荷台で丸くなり横になっている姉の姿を見て、またシローはホルクダクの事を考えていた。
「悪い病気じゃなければいいけど。」
 不安そうにパサンが云う。この前猟で遠出した際に、他の村で原因不明の熱病が流行っているという噂を聞いたらしい。
「違うよ、きっと。」
「そうだな。」
 来年、姉とパサンは結婚する。
 幼馴染の二人は、本当にお似合いだった。パサンは幼い頃、生まれつき身体が弱く貧弱なシローが近所の子たちに虐められているところを何度も助けてくれた。パサンとならば、メトクも幸せになるだろう。
 例の熱病の筈がない。そんなものが流行ったら、先に感染し死ぬのは自分でなければならないとシローは思った。こんな名前をつけられた時から、シローの未来は期待されていないのだと彼はずっと思っている。彼の名前は『死んで戻って来た子』という意味だった。シローは二度死にかけている。難産で母体共に危ないと云われ、十歳の時に高熱で死にかけた。今もこうして何とか生きているのは、自分の命と引き換えにシローを生んでくれた母親の加護なのだろう。    
 日が落ちる前に、三人は村に着いた。パサンに抱きかかえられて家に入っていく姉の姿を見送ると、シローは馬車の荷物を降ろし、自室に戻った。それから父の目を盗んで家を出る。石造りの神殿の脇、連なってはためく五色の祈祷旗タルチョーの下をくぐり抜け、荒地の先に明かりの灯る小屋があった。ホルクダクの小屋だ。もう日が落ちかけている。木の扉を数回軽く叩くと、ホルクダクが顔を出した。
「シロー、どうした?こんな時間に。」
「これを渡したくて!」
 シローは嬉しそうに、街で買ってきた本を差し出した。
「さあ、入って。高かっただろうに。」
「街に作物を売りに行ったから、姉さんが少しお駄賃をくれたんだ。」
 いつもの様に、シローは部屋に片隅にある椅子に座った。此処はシローの特等席だ。
「親御さんには云ってきたのか?」
「云ってない。部屋にいると思ってるよ。疲れたから寝るって云ってきた。」
「嘘をつくのは良くないな。」
 ホルクダクは困った様な笑みを浮かべ、淹れたてのバター茶をシローに手渡した。
「嘘はついてないよ。眠ってから、家を出ないとは云ってないもの。」
 シローの詭弁に、ホルクダクは呆れた様な顔をしてみせる。
「何をしていたの?」
 ホルクダクの小屋は小さく、粗末な寝台と書き物机、それから小さな竃があるだけだった。
「薬草の整理を。何が何処にあるか整理出来ていなくて。」
「今度、手伝おうか?」
「有難う。」
 シローはホルクダクの整った指先がペンを持ち、丁寧に文字を綴る様が好きだった。薬草と聞き、ふとパサンの言葉を思い出す。
「そうだ。隣村で原因不明の熱病が流行っているの、知ってる?」
「そうなのか?詳しく聞かせてくれ。」
 村から隔離されているホルクダクの元には、噂すら流れてこない。シローは、パサンから聞いた隣村の状況を話した。
「隣村とはいえ、あそことは小さな谷を挟んでいる。簡単に病原がこの村まで届く事はないと思うが、心配だな。」
「姉さんの具合が少し悪そうなんだ。その熱病じゃないよね?」
 隣村からこの村を訪れた者は、熱病が流行りだしてからはいない。パサンも噂を聞いただけで、村に行った訳ではない。
「大丈夫だと思うが、メトクの様子には注意して欲しい。可笑しい様だったら、症状を詳しく私まで教えてくれ。分かったね。」
 ホルクダクの言葉に、シローは大きく頷いてみせた。
「姉さんは来年結婚するんだ。婚礼衣装も自分で刺繍してるんだよ。熱病なんかに罹って欲しくない。」
「大丈夫だよ。メトクの花嫁姿はきっと綺麗だろうね。」
 彼の言葉に、そうだろう?とシローは自分の事の様に嬉しそうに笑ってみせた。
「シローもメトクに似ているから、女の子だったら美人だったに違いないね。」
 メトクとシローはよく似ている。シローは、もし自分が女の子だったらと考えた。女の子だったら、ホルクダクの許に嫁ぐ事も出来ただろうか。そうしたら、ずっと彼と共に居られる。少しだけ頬が熱くなる。もしもの話だ。有り得る筈もない。
「シローが女の子じゃなくてよかった。」
 自分の頭の中を覗かれた様で、シローは慌てて顔を上げた。
「どうして?」
「女の子だったら、此処には来てくれなかっただろう?」
「そんな事ないよ!来たよ。」
「そうだといいね。君は、大人になったら村の誰かの許に嫁いでいったのかな。君の花嫁姿も綺麗だろうね。」
 ホルクダクの手が、シローの髪をそっと撫でた。シローは何故か泣きたくなり、その手を払いのける。
「誰かのお嫁さんになんかならないよ!これ、メトクから!もう帰る!」
 メトクから渡された袋を投げつける様に渡すと、シローは逃げる様にホルクダクの小屋を飛び出した。
 家までの道を走りながら、シローは大声で泣いた。何故だか分からなかったが、ただ悲しかった。『誰か』ではない、『彼』の花嫁になりたかったから。
 父に気づかれない様に部屋に戻り、寝台の中でシローは冷静になって考えてみた。
(いきなり帰って、ホルクダクも可笑しな子だと思っただろうなあ。今度会ったら、謝らなきゃ。)
 彼の花嫁になればずっと一緒に居られると思っただけだ、それを否定されても泣く程の事ではない。どれも仮定の話だ。男のシローは、彼の許に嫁げる訳もない。ホルクダクが好きでも、家族ではない以上男女の様にずっと一緒にはいられない。いつか自分も誰かを娶る様に、ホルクダクも誰かを妻に迎えるかもしれない。十歳以上歳の離れた彼の方が先に結婚するだろう。そうしたら、もうシローは彼の所には通えなくなるだろうか。別に彼の奥さんとも仲良くすればいいのだが、何故かシローにはそれが出来そうもなかった。胸が激しく痛んだ。
 この痛みの理由は、シローには未だ分からなかった。


 暫く、シローはホルクダクの家には行かず、家の仕事の手伝いをしていた。メトクは未だ時々具合が悪そうで、食欲がない様だったが、高熱が出る事もない。先ほども、いつも通り窓際で刺繍をしていた。神殿の掃除をしていると、正装の男たちが父の許を訪ねてきた。
「神官はいるかね。」
 何事だろうと父を呼ぶと、一行と父は何か難しい話をしている様だった。遠くで見ていたシローの目にも、嫌な話をしている事だけは分かった。一行は帰り、難しい表情を浮かべた父が神殿に戻ってきた。
「父さん?」
「タシが死んだ。」
 意外な言葉だった。
「え?どうして?」
 彼女が亡くなった事には驚いたが、それ以上にそれを何故あの男たちが告げに来たのか分からなかった。あの装束は、王宮からの使者だろう。
「熱病に罹って死んだらしい。代わりに、メトクが選ばれた。」
 一瞬、意味が分からなかった。
「神の花嫁だ」
 目の前が真っ暗になった。メトクは、来年大好きなパサンの許に嫁ぐのだ。
「駄目だよ!メトクは、来年パサンのお嫁さんになるんだよ。断ってよ。」
「王の勅令は絶対だ。断れないのは、お前もよく知っているだろう。」
 第二王子のチョウガは男女見境なく手を出すどうしようもない性癖だという噂を聞いている。第一王子のバアトルは重い病を患い、それを理由に王位継承権を放棄し宮殿の奥から出てこない。美女のメトクの噂を聞き、是非にとの事だった。
 その夜はパサンも呼び、父は二人に王の勅令を告げた。
「無理よ!行けないわ!」
 普段取り乱す事のないメトクが、泣き叫んで云った。
「勅令には背けない。下手すると、一家全員が罰を受けるかもしれない。可哀想だが、パサンはメトクを諦めてくれないだろうか。」
 神殿を守る家系を途絶えさせる訳にはいかないと、父は辛そうに云った。
「無理よ。」
「メトク、俺の事はいい。家族の事を考えてくれ。」
「違うの。子供がいるのよ、パサンの。」
「え?」
 パサンも初めて聞いたようだった。
 具合が悪かったのは、悪阻だったらしい。
「私は死んでもいい。でもこの子は殺さないで。」
 皆、何も云えなかった。
 しばらく続いた沈黙を破ったのは、シローだった。
「僕が『花嫁』になるよ。」

 
 いい事を思いついたと思った。
 早くホルクダクに会いたかった。この事を思いついてから、ずっと彼の事を考えていた。いつもの道を走りながら、シローは初めてあの胸の痛みが何か分かった。ああ、そうか、そうだったんだ。何年も通い続けたホルクダクの小屋の戸を叩く。屹度、これが最後だ。明かりはついているから、眠ってはいなかっただろう。
「シロー?」
 夜中に突然現れたシローに、ホルクダクは驚いたようだった。シローは背の高い彼日力一杯抱きついた。
「夜中にごめんね。どうしても会いたくて。」
「何かあったのか?メトクの具合か?」
「姉さんは病気じゃなかった。赤ちゃんができたんだって!だから僕が代わりに『神の花嫁』になる事になったんだ。」
 ちゃんと云えた。
「どういう事だ?」
「そのままだよ。花嫁候補が死んで、姉さんが代わりに選ばれたんだ。姉さんの代わりに僕が行く事にした。だったら、誰も泣かないでいいし死なないで済む。今の王子は男でも手を出してるって聞いたから。」
 ホルクダクの顔は、蒼白だった。
「ねえ、最後に教えて。」
「シロー。」
「男同志の性交の仕方。」
 シローは、彼が好きだった。やっと気付いた。もう仲がいい以上の感情を抱いていた事に。初めて抱かれるならば、これが最後でも彼が良かった。
 返事の代わりにホルクダクは、シローを抱き返した。その腕の強さに、心臓が高鳴る。ずっとこうしたかったんだ。よかった、別れる前に気付いて。
 重ねられた唇が震えていた。差し込まれた舌に、自分の舌を絡める。
(変な事頼まれて嫌だろうな。ごめんね。)
 いつだって、ホルクダクがシローの頼みを断った事はなかった。どんな願いも叶えてくれた。シローにとって、彼は本当の魔法使いだった。でも、最後の願いだけは叶えられそうもない。シローは、彼とただずっと一緒にいたかった。
 寝台に寝かされ、衣服を慣れない手つきで脱がされる。白く細い裸体が、蝋燭の薄暗い明かりの中で浮かび上がんだ。シローは、貧素な自分の体が恥ずかしかった。
「あまり見ないで。」
 女性経験のないシローでも、朧に自分が何をされるか分かっていた。明かりを消して、女性だと思ってくれればいいからと云っても、ホルクダクは明かりを消さなかった。白い肌を彼の指が弄る。大好きな指だ。全身触れて欲しかった。一生忘れないように。
 後ろに指を差し込まれ、初めて此処で受け入れるのだと知らされた。何かの油が付けられ、指を入れられても痛みはなかった。
「挿れるよ。」
 そう耳元で囁かれ、シローは何も分からずに何度も頷いてみせた。そして、彼自身が差し入れられる。
「や、ああ!」
 内臓を押しやられる様な圧迫感に、シローは喘いだ。呼吸が上手く出来ない。ホルクダクにしがみつき、シローは狂った様に泣き叫んだ。
 何度も抜き差しを繰り返し、やがて彼はシローの中で果てた。荒い息をしながら、ホルクダクは泣いていた。僕がいなくなったら、ホルクダクは独りになるんだ。シローは、声を出さずに泣いていた彼の頭をそっと抱きしめた。
 さようなら、僕の大好きな魔法使い。

 
 それから一ヶ月後、シローは城からの迎えに連れられて村を離れた。かつて母が着た婚礼衣装に身を包み、銀の装身具と花で飾られたシローは、メトクと同じくらい美しかった。一目では、男と分からないだろう。宮廷に着いたら、自分が代理で来た経緯を話すつもりでいた。その場で殺されるならば、それも仕方ない。見送る父とメトクとパサンは泣いていた。ホルクダクは、見送る村人の中にはいなかった。馬車に揺られ、遠くなる村を見詰めた。タシの心配をしていた自分がまさかこんな事になるなんて。それが可笑しくて声を出して笑ったが、その笑いはすぐに嗚咽へと変わった。ひとしきり泣いて、シローはそのまま眠ってしまった。このまま、死ねたらいいのに。祭壇に横たわる羊の気持ちを、今シローは味わっていた。
 日暮れ前に、馬車は宮殿へと辿り着いた。 
「お待ちしておりました、巫女姫。」
 迎えた男が、場所の扉を開けてシローへと手を差し伸べた。その手を借りて彼は馬車から静かに降りた。
「王子がお待ちです。」
 謁見の間に通され、シローは緊張で押しつぶされそうになりながら頭を下げて王子を待った。代理でしかも男と分かったら、この場で斬り殺されるかもしれない。
 王子はすぐに現れた。
「よく来たね。私は第一王子バアトルだ。」
 第二王子ではないのか?シローは耳を疑った。顔を上げたが、恐ろしくてその顔を見る事が出来ない。
「やはり期待していた以上に美しい。君を王妃に迎えようと思うがどうだろう?」
「は?」
 意味の分からない事を云われ、シローは初めて目の前の王子を見た。
「この国の王政に疑問しか沸かなかったんだ。王位を捨ててずっと逃げていたが、政治に興味がなく遊ぶ事しか考えていないあの弟にこの国を任す訳にはいかなくなった。だったら、私がこの国を変えていこうと思うがどう思う?」
 目の前には、見慣れた顔が笑っていた。
「ホルクダク!」
「魔法使いなのだから、一度くらい『魔法』を使ってみようと思ってね。」
 シローは王子の許へと駆け寄り、思い切り抱きついた。護衛兵たちは突然の出来事に手にした槍を構えはしたが、誰もそれ以上動こうとはしなかった。王子があまりに嬉しそうに笑っていたからだ。
「何度も戻るように説得されていたが、どうしても思い切れなかった。」
「何故?」
「あの村にずっと好きだった子がいたから。」
 

 魔法使いによって、シローの最後の願いも叶えられた。
 物語はこうやって閉じられる。
 それから、王子と少年は平和な王国で末長く幸せに暮らしましたとさ。

高杉桂
グッジョブ
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