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第4回 BL小説アワード「再会」

あーちゃん、また会えてよかった

高校生/青姦/チャラ男×真面目

「お前のこと考えてたんだよ。俺、お前のこと、好きみたい」

もか
グッジョブ

 春の光が窓を反射して少し目が痛い。俺は目を擦り、外を眺めるのをやめた。
 今日はここ、東高校の入学式だ。式が終わり、教室に戻ってオリエンテーションを受けているのだが、どうもかったるい。どうしてこんなに盛り上がらないかといえば、ここが山の中にある全寮制の男子校だからだ。
 高校生活といったら、とにかく刺激が欲しい年ごろだ。しかし、ここでは望めそうもない。
 この環境から抜け出すためには、バスで三十分、ローカル線で一時間。乗り換えてさらに三十分。計二時間を要する。これじゃあ遊ぼうにも遊べない。
 親に「高校くらい出ておけ」と言われて適当に勉強して、仕方なしにこの学校に入ったのは、遊べると思ったからだ。
 そういえば、勉強と言えば彼を思い出す。
 小学校五年生の時の話だ。クラス担任で高橋先生という美人な先生がいた。ツンと澄ましていていけ好かなかったが、幼心に強い憧れを持っていた。
 その反動なのだろう、冬休みに入る前の日、俺は高橋先生のマフラーをクラスメイトの机の中に隠した。彼の名前は確か霧島淳。あーちゃん、って呼んでいた。
 なんで彼に責任を擦り付けたのかというと、俺はクラスの問題児で、彼はクラス一の秀才。それも勉強しか興味がないという顔をしていたから、気に食わなかった。
 淳だとなんだか頭が良さそうだから、バカっぽいあだ名も付けてやった。
 当時悪意しか持っていなかった彼を、どうして今思い出すのか。きっと羨望があったんだと思う。
 物思いに耽っていたら突然強い風が吹いた。無意味な思考は木々の匂いによって遮られた。
 風の流れを追うようにして教室に視線を戻すと、前の席の奴の髪が風でなびいているのが目に入った。それは日の光を受けて黄金色に透けている。
……綺麗だ。
 何気なく思う。
 この高校の偏差値はまあまあだけど、自由な校風なので個性と悪ぶることをはき違える奴ばかりだ。そんな中、黒髪は珍しい。
 もしかして今日見た中で初めての黒髪かもしれない。ちょっと興味が湧いてくる。
 後ろからまじまじと見ると、くせ毛なのか後ろ髪がぴょこんと跳ねていて可愛い。細く見えるけど結構がっちりした肩幅だ。
 横を向いた。メガネ、掛けているのか。……まつ毛、長いな。
 じっと見ていたら視線を感じたのか、そいつは一瞬こちらを向いた。
 こいつ……見たことある。……というか、さっき思い出した霧島淳にそっくりだ。
「もしかして、あーちゃん?」
 思わず小さな声が漏れた。そうしたらあーちゃん(仮)が再びこちらを向いた。
「…………」
 が、こちらを一瞥した後、ぷいと前を向いてしまった。機嫌が悪いのかな? いや、多分わざとだ。俺は懲りずに声を掛ける。
「あーちゃんだろ? 俺、工藤ミツル。小五ん時一緒のクラスだった。委員会も一緒だったよね。
そうそう、高橋先生の大切にしてたマフラー隠してお前のせいにしたの、俺。
 お前、あのときすげぇ怒られたんじゃない?
 え……本当に覚えてねぇの? まさか人違い?
 そーいや、俺の知ってるあーちゃんはクラス一の秀才だったからな~。こんなバカ高校にいるはずねぇか」
 ちょっと挑発してみると、あーちゃん(仮)はメガネを指で軽く押し上げてじろりとこちらを睨んだ。
「いい加減にしろ。今オリエンテーション中だぞ。べらべら喋ってみんなに迷惑かけてるのが分からないか」
「え? 迷惑かけてる? みんな先生の話聞かずにスマホやったり、だべったりしてるぜ」
「せ、先生にご迷惑お掛けしてるだろ!」
 顔を赤くして俺を批難するあーちゃんを、俺は無視して続ける。
「ねえ、本当にあーちゃん……霧島淳じゃねぇの?」
「…………」
 この沈黙でピンとくる。こいつ、あーちゃん本人だ。
「やっぱあーちゃんなんじゃん」
 彼は分かっていて無視決め込んだ。そして“バカ高校”ってフレーズに反応した。多分、この高校が第一志望じゃなかったんだ。
俺の言葉に反応するほど、この高校が嫌なのかな。
 小学校から一生懸命勉強していたのに、同じ高校のせいで俺みたいな努力とは無縁の奴と同列に扱われるなんて悔しいだろうな。うーん、悔しがる秀才か。なんか、いい。
 こう、プライドが高い奴が鼻面へし折られてあがいている姿は、なんだか心がスッとする。いやぁ、我ながら嫌な奴。もっといじってやりたい気持ちが湧いてくる。
「あーちゃん」
 俺はいたずら心が湧いてきて、ニヤニヤしながら彼の名を大きく呼んだ。
「あーちゃんって呼ぶな」
 案の定彼は迷惑気に俺を睨む。
「また友達に、なって」
「はぁ? 最初から友達になった覚えは無いんだけど」
「水臭いなぁ。俺達マブダチっしょ?」
「そんな覚えは一度としてない!」
 彼は本気で怒っているのか、顔を赤くして小刻みにブルブルと震えている。
 おっかしー! こいつ、からかい甲斐ありすぎ!
 俺は笑いをかみ殺すのに必死だった。
俺とあーちゃんが仲良かったことは、残念ながら過去を鑑みても一度もない。
あえてマブダチと言ったのはただの冗談だ。それを本気で取って、顔を真っ赤にして。熱いヤツ。
俺の周りはダウナー系で、冗談も流す奴らばかりだ。真面目で冗談を真に受ける奴は新鮮だ。
 こんなに面白いって思った奴、初めてかも。
 こりゃ、何としても友達になりてぇな!
俺はいたずらを思いついた子供のように、胸が高鳴りわくわくするのを感じた。


***


 月日は早いもので、一年生が終わり、二年生も半ばになった。俺たちの学校は三年間クラスが変わらない。だからあーちゃんと俺は今年も一緒のクラスだ。
夏の暑さが厳しくなるにつれて、周りは受験を気にする奴も出はじめてきた。あーちゃんは塾や家庭教師で忙しそうだ。
「あーちゃん」
 呼ぶと相変わらず嫌そうな顔でこちらを振り向く。
「あーちゃんて呼ぶな」
「ごめん、あーちゃん」
「お前、反省してないだろ
お前のせいでみんなが俺のこと“あーちゃん”て呼ぶようになったじゃないか!」
「いいじゃん、親しまれて」
「良くない!」
 彼は冷たい態度を取りはするが、無視するようなことはしない。真面目で、素直な気の良い奴だ。そんなところ、好感が持てる。
 俺は今日も多分ダメだろうなと思いつつ、放課後に遊ぶ約束を取り付けようとする。
 なんでこんなにこだわるのかよくわからない。あーちゃんがいつもつまらなそうな顔しているからかもしれない。
こいつは毎日毎日、この山の中から二時間かけて塾に通っているらしい。
よく考えると往復四時間で塾の講義を受けるとして、帰ってくるのは十二時頃になる。睡眠時間が取れているか心配になる。
 塾のない日は家庭教師がわざわざ寮まで来るという。親御さんはちょっとあーちゃんに勉強させすぎなんじゃないか。 他人のご家庭まで普段は干渉しない俺ですら、そんなことを考えてしまう。
 俺はウザいってくらいあーちゃんの周りをうろついて質問したり、一方的に話しかけたりした。最初は鬱陶しがっていた彼だったが、やたらと絡んでいたらいつの間にか最初感じたトゲは消えていた。
 そして一年目にして、ようやくあーちゃんは自分の話をしてくれるようになった。他にも親のこと、家族構成のこともほんの少しずつ話してくれるようになった。
 両親はともに大学教授らしい。兄弟はいない。母親はエリートの家庭にありがちな教育ママで、なんと塾は幼稚園の頃から通っていたという。なんで幼稚園かというと、小学受験のためだ。あーちゃんは小学校も私立を受けていたという。小学受験って何を勉強するのか気になるよな。
あーちゃんはこの地域で唯一のエスカレーターの小学校を受験したらしい。それで、そこが落ちたから公立小学校に入ったわけだ。もし、私立の小学校に受かっていたら俺と出会わなかっただろうから、あーちゃんには申し訳ないが、落ちてくれてありがとうと言いたくなる。
 小学校でも私立の中学入学に向けて猛勉強の日々だったそうだ。「どんだけ勉強したの?」と聞いたら、学校の宿題が終わったら塾の宿題、それが終わったら塾に行って帰ってきたらさらに復習で、寝るのはいつも十二時過ぎていたという。
信じらんねぇ! 成長期の子供が十二時以降に寝るなんて不健康だ。シンデレラタイムっていって夜の十時から夜中の二時までに成長ホルモンだか、体にいい物質が出るから、その時間は寝ていましょうって推奨されている。あれを半分くらい無視している。だからあーちゃんは背が低いんだな……。俺はあーちゃんの環境に少し同情した。
満を持して臨んだ中学受験だったが、運命の女神は冷酷で、なぜか落ちてしまったらしい。
俺達は別の中学へ行った。あーちゃんが小六で引っ越したためだ。俺はてっきり彼は私立の中学に行っているものだと思っていた。だから高校で再会するなんて思ってもみなかったし、他人の空似かとも思ったくらいだ。
 あーちゃんは小学校、中学校と猛勉強にもかかわらず落ち続けたため、勉強をするのが少し怖くなったのだという。もともと、勉強は楽しかったそうだ。褒められると嬉しかったし、分かると面白かったという。しかし中学受験で落ちて以来苦痛になった。それは精神状態だけではなく、身体にも影響した。テスト前には決まってお腹が痛くなったり、頭が痛くなったり、時には吐いてしまう。それは今でも続いているそうだ。
 だから俺みたいな普通の学力の奴ばかりの高校にしか、入れなかったらしい。
 なんでも試験中にお腹が痛くなって退席するから、実力の半分も出せないのだという。
 それを聞いてすごく悲しいというか、やるせなくなった。なんでこんなに頑張っている奴が、こんな目に合わなきゃならないんだ。適当にやっている奴らが落ちて、頑張って一生懸命あがいているあーちゃんみたいのが受かればいいのに。結果主義な世の中が嫌になる。どうして結果でしか評価されないんだ。世の中は理不尽だ! 俺は心の中で叫んだ。
 そんなことを話すようになってから、俺たちはだいぶ仲良くなった。クラスの奴らも、最近はあーちゃんに絡むようになってきた。
色々と話しかけられるけど、彼はそっけなく返している。クラスの奴らもドライなやり取りを面白がっているようで、気を悪くした様子は全くない。でも俺からしたら、彼がクラスの奴らをすげなくあしらっているように見える。
「クラスの奴らともっと仲良くしねぇの?」と聞いたら「別に。俺、人間ってあんまり興味ないから」っていうあんまりな答えが返ってきた。
でも、俺はウザいって思われてないよな。これだけ自分のことを話してくれたのに、俺のこと嫌っていたらすごくショックだ。俺はあーちゃんのこと、かなり気に入っているのに。


「あーちゃん、今日も塾?」
「当たり前だろ」
「もうちょっとうまく生きないと自分の生き方にがんじがらめで死んじゃうぜ」
「言っている意味が分からない」
「あーちゃんて、ストイックすぎるよな」
「これが普通だけど?」
「不器用って言われたことない?」
「ないけど」
「昨日の体育で、みんなが放置してったボールを一生懸命片付けてたでしょ? あの行為は素晴らしいと思うけど、みんなに片付けろって言った方がいーよ。あと、掃除当番も毎回きちんとやってるじゃん。勤勉はいいことだけどもちっと手抜きしてもいいんじゃね?」
「しょうがないだろ、手を抜くのが嫌な性分なんだ」
「人生遊びを作るの、大事」
「説教されたくない」
「まあ、つまりはサボろうぜ!」
「サボろうって……俺の予定なんだけど」
「うん、君ってそういうキャラよね。
じゃあ、俺なりに論理的に説得するわ。
あーちゃんってこんだけ勉強しているからもう基礎的な勉強は身についてるんじゃねーの? 問題はテストの前に起こる原因不明の頭痛や腹痛だよな? これって勉強しただけじゃ治んなくね?」
「どういうことだ?」
「つまり」
 俺はあーちゃんの脇腹をつかんで、こちょこちょとくすぐった。
「リラーックス!!」
「ぎゃはははは! くすぐったい!! いきなりなにすんだよ」
 涙を目に溜めて爆笑する。そんな彼が珍しくてもっと見たくて、俺はくすぐる手を少し強めた。
「や、やめろよ! ほんともう、降参するから!!」
 あーちゃんの脇腹がビクビクしている。流石にやりすぎたかなと思い、俺はくすぐる手を止めた。
 そういや、笑った顔初めて見た。彼はいつも難しい顔ばかりしていて眉間にシワをよせている。とっつきにくいオーラを出しているけど、笑うとこんなに幼くて可愛いんだ。
 正直、可愛い笑顔に見惚れた。男でもギャップ萌えってあるんだな。ギャップっていうか、いつも見せない側面を俺だけに見せてくれたことが、なんだか特別で嬉しい。
 なぜだかこれは俺だけの秘密にしておきたかった。
「お~ま~え~! よくもやってくれたな!」
 物思いに耽る暇を与えないように、あーちゃんは俺の背中を容赦なくバシバシと叩く。
 やばい、怒っている。でもよく見ると本気で怒ってはいないようだ。
あーちゃんはさっきのくすぐりでリラックスしてくれたみたいだ。表情が緩んでいる。そのことに気づいて少しだけ嬉しくなる。
「それより、あーちゃん、釣りしよーぜ!」
 唐突に切り出したら、あーちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「は?」
「そりゃ、ここが都会だったらカラオケとかゲーセンとかいろいろ遊ぶとこあるけどさ、こんな田舎じゃん。俺、最近遊びが健康的過ぎて困ってるんだよね。おかげで日には焼けるし、メシがウマいし毎日サイコーなんだけど。
で、今俺がハマっているのが釣りね。学校の裏に大池ってあるだろ? あそこ結構魚がいてさぁ。ブルーギル入れ食いよ!君もぜってーハマるって!」
「ブルーギルって特定外来生物だろ? なんかいいイメージないんだけど」
「まぁねえ。俺も環境問題の一端を担ってると思うと心苦しいが、あれ、食うと結構ウマいぜ」
「え? 食べられるの?」
「塩焼きにするとウマい。身はホロホロするけど淡白でアジに似てるっぽい。バター焼きも美味いらしいよ。今度やってみてぇ」
「どこで調理するの?」
「寮のキッチン。夜中に忍び込んでよく調理してる」
 寮のキッチン、本当は鍵が掛けられていて入れないようになっているけど、俺はパートのおばさんと仲良くなって鍵を一時手に入れたことがあった。その時に合鍵を作ったのだ。
 こんなことバレたら停学ものだ。気まずそうに言葉を濁しながら話したら、あーちゃんが破顔した。
「あはははは! お前ってすごく大胆だな」
 笑ってくれて嬉しいが、これって褒められているのか?
まあいい。褒められたと取っておこう。
「いいよ」
「へ?」
 ぽかんと間抜け面を晒していると、あーちゃんは少し怒気を強めてこう言った。
「だーかーら! 今日サボるの、いいよ。俺もブルーギル食べてみたい」
「マジで?」
 男に二言はないとあーちゃんは胸を張る。俺は断られるものだと思っていたので、喜びより驚きの方が大きい。
しばらく経つと胸がどきどきしてくる。あーちゃんと初めて一緒に遊ぶんだ、大事な勉強よりも俺と遊ぶのを優先してくれたんだ。そう思うと居ても立っても居られない。なんだよ。あーちゃん、お前俺の中でどんどん大きくなっていくよ。ちょっと怖いよ。
 体中に興奮が駆け巡るが今は初めての釣りに集中だ。
「ところで道具はあるの?」
「あーちゃんのはクラスの奴らに貸してもらえばいんじゃね?」
 そう言うとあーちゃんは横を向いて唇を尖らせた。少し伏せられた瞳がもの言いたげにこちらをじろりと睨む。
「釣りはクラスの奴らとも行くんだ」
 これってもしかして嫉妬? 独占欲? 可愛いな。でもここで茶化してあーちゃんの機嫌を損ねてしまうと、釣りに一緒に行ってくれない可能性がある。あーちゃんはプライドが高いのだ。
「ほんのたまだよ。いつもは俺一人で行ってる。それに今日は俺以外知らない穴場に、行こうと思っているんだ。魚は良く釣れるし、何より景色が最高でさ。あーちゃんにだけ、特別に見せたげる」
 『だけ』と『特別』にアクセントを置いて様子を見る。こんな分かりやすくおだてても乗ってこないかな、と思ったらあーちゃんはまんざらでもなさそうな顔で「お前がそう言うなら」と言ってうつむいた。
 ちょろい人だ。 そしてなんていじらしいんだろう! 俺の萌えゲージが臨界突破しようとしている。男だとしても、可愛いものは可愛い。

 大池に着いた。秘密のスポットは相変わらず誰もいなくて安心する。さっそく俺達は釣りの準備に取り掛かる。
初めての釣りなので、あーちゃんは興味津々のようだ。彼にいちいち質問されるので、少し弱ってしまった。
「ウキって何のためにあるの?」
「一つは魚が食いついたか知らせる役目。もう一つは魚がエサのタナに合うように調整する役割、かなぁ」
「タナって何?」
「魚の遊泳層」
「じゃあさ、オモリは……」
「いい加減釣ろうぜ! はい、仕掛け付けた。コレ、投げ入れるだけで釣れるほどココ、入れ食いだから」
 俺はあーちゃんに仕掛けのついた釣り竿を押し付けた。
 しばらくすると、あーちゃんのウキが反応した。初めての釣りに、あーちゃんは楽しそうだ。
「すごい! こんなに簡単に釣れるんだ!」
「あー、それはこの場所だから。釣りなめちゃイカンよ、君」
「それでもすごい!こんな楽しいこと、初めてだ!」
 まばたきを繰り返す瞳があまりにも無垢で透明で、俺はドキリとして目を逸らした。なぜか後ろめたい気持ちが芽生える。
「あ……」
 その時、あーちゃんが俺の顔を覗き込んだ。近い……。暖かい吐息が鼻先を掠める。
もしかして、キス……される?
どうしよう、心の準備が出来ていない。男同士でキスなんて嫌なはずなのに、あーちゃんとならいいかもと思ってしまう。俺は思わずぎゅっと目をつむり、キスを待った。
 しかし、唇はいつまでたっても降りてこない。そのかわり、髪の毛に何かが触れる気配がした。
「葉っぱ、付いてたぞ」
 あーちゃんの手に、小さな木の葉が乗っている。そうか、木の葉を取ってくれたのか。
 がっかりするが、そんな自分に戸惑う。
「ん? どうした?」
「なんでもねー」
 恥ずかしい。なんで俺、さっきあーちゃんにキスされると思ったんだよ。勘違いもはなはだしいじゃないか。
 あーちゃんが俺にキスするはずなんかない。俺たちは男同士で友達だ。
 ……いや、まてよ……。あのツンとした唇にキスされるのも悪くないかも……。
 お、俺は何考えているんだ?
「なに? なんかついてる?」
 あーちゃんに熱い視線を送ってしまった。特にあの唇から目が離せない。少し薄くて、形のいい唇に、吸い付いてしまいたいほど引き込まれる。
 なんで?
どうして、唇を奪いたいと思ってしまうんだろう。なんで、あーちゃんのことを考えると思考が止まるんだろう。あーちゃんのことで頭がいっぱいになったのはいつからだろう。
 俺は、あーちゃんのこと、好きなのか?
 身体が火照ってくる。
 あーちゃんの小さな背中、白くてきめ細かな肌、切れ長で意志の強い瞳。いつも怒ったように不機嫌なところ。それでも俺に対しては無防備な顔を見せるところ。いつも前向きで一生懸命なところ……。
 あとからあとから、あーちゃんの好きなところが湧き出てくる。
ざわざわする……。
俺の中の何かがせり上がる。頭の中がぐちゃぐちゃになる。

これって……これってまさか……。
……俺はあーちゃんが好き?
自問自答すると、俺の中の素直な気持ちは少し逡巡した後、こう告げた。

『俺は、あーちゃんが、好きだ』

 好きだと認めてしまったら、愛しい気持ちが沸騰した湯のようにポコポコと湧いてくる。身体から水蒸気が立ち上るくらい熱い。心臓の鼓動が早い。胸が、痛い。
 フィルターがかかったみたいにあーちゃんがキラキラして見える。
中学の時に二人の女子と付き合ったけどこんなに興奮したり焦ったりしなかった。あーちゃんを目の前にすると全く余裕が持てない。これが恋だとするならば、今までの恋は何だったのだろうか。もちろん、女の子は大好きだ。ふわふわしていい匂いで、華がある。でも、そんな女の子を好きになる以上にあーちゃんのことを考えると、心がはやるのはなぜだろう。
あーちゃんは男だけど、あーちゃんはあーちゃんだ。普通男は男を好きにならない。そんな常識を覆すほど、あーちゃんは魅力的なのだ。
思えば入学式で再会した時から惹かれていた。その気持ちにフタをしてきたけど、そのフタは開いてしまった。自覚したこの気持ちは止められそうもない。恋を初めて知ったかのようにふわふわと現実味がない。
 恋を自覚したことが少し照れくさくて、その日はあーちゃんの顔をまともに見られなかった。



***


 俺たちは放課後の教室で、釣りの支度をしている。クラスメイトは皆帰ってしまい、二人きりだ。今日は待ちに待った木曜日。あーちゃんの塾や家庭教師がない日。つまり、俺があーちゃんを独り占めできる日なのだ。
 教育熱心な彼の親がなぜそれを許したのか? それは二か月前のこと。あーちゃんと俺は共謀して盛大な嘘を吐いのだ。
 スクールカウンセラーから「勉強の詰め込み過ぎで軽いうつ状態になっている」と、言われたことにしたのだ。実際学校のスクールカウンセラーにも協力してもらった。その先生がすごくいい人で、事情を話したら「僕も詰め込み型の勉強方法は効率を下げると思っているんだ」と言ってあーちゃんの両親あてに一筆書いてくれた。
 その頃には俺もあーちゃんも秘密を共有した親友みたいになっていた。親が週一の休みを許可したときなんか、お互いの肩をバシバシ叩いて喜びあった。
 それで今日は記念すべきといっては大げさだが、十回目の釣りなのだ。
 釣り、あーちゃんに教えたらハマっちゃったんだよな。釣りは釣りで楽しいが、お互いの部屋でまったりデート……もとい、ゲームしたりするのもやってみたいんだが。
「ミツル、はやく行こう」
 妄想していたらあーちゃんに急かされた。
 そう! あーちゃんは最近俺のこと下の名前で呼んでくれるようになったのだ。これ、すっげー嬉しい。勿論ほかの奴らにはしないから、特別感が半端ない。最近こいつ、ツンデレなんじゃないか? てくらいすごく俺のこと気にかけてくれるし、心許してくれるようになったと思う。
 この前、俺が風邪ひいたときもかいがいしく看病してくれた。
 学校を休んで寮で寝ていたら、授業後にあーちゃんがわざわざ部屋まで訪ねてきてくれたんだ。
「日頃健康管理をしないからだ。バカは風邪ひかないっていうのにな」
「夏風邪はバカが引くから別に間違ってなくね?」
「バカなことばかり言ってないで、ほら、これ貼っとけ」
「優しーなー! ところで、なんか腹減った」
 あーちゃんが手にしている鍋を目ざとく見つけて催促する。
「おかゆ、持ってきた」
「食べさせて~」
「甘えるな」
 冗談半分で甘えてみたら、ぴしゃりと断られてしまった。
 食堂のキッチンを借りて、わざわざおかゆを作ってくれたみたいだ。あったかい卵がゆ、すごく美味しかった。料理作り慣れているんだな。意外な一面を見ることが出来た。

 そんなことを思い出していたら、「遅い」とあーちゃんに叱られた。
 俺はあーちゃんが忘れていったルアーを持ち、慌てて彼の後を追いかけた。


 大池についた。水面が西日を反射し揺れていて、思わず見入ってしまう。真っ暗になるまでに、あと一時間といったところか。俺たちは慌てて釣り糸を垂れる。
この池は実はかなり広い。俺たちが居るのは、一般に知られた釣りスポットから少し森側にある入り江だ。ほとんど人は来ない。
恋心を自覚してからは、二人きりのこの場所が少し……いや、かなり苦手だ。自分を抑えるのが辛い。あーちゃんは無防備すぎる。彼のかわいい仕草や表情にドキドキしっぱなしで、毎回俺の心許ない理性を抑えるのがとても大変だ。
横顔を眺める時や彼の香りが風に乗って鼻を掠める時、抑えることの難しい衝動が俺を襲う。回を重ねるごとに胸が苦しくなってきてやばい。
「おい、引いてるぞ」
 あーちゃんの少し不機嫌な声で我に返る。
やべ! 慌てて釣ろうとしたら逃げられてしまった。
「あーあ。お前、最近注意力散漫だぞ。悩みでもあるのか?」
「別に悩みなんてねーよ」
「うそだ。お前、最近熱でもあるみたいにぼーっとしてるぞ」
 あんたが言うか。俺が最近ぼーっとしているときは、ほぼ、あーちゃんのことを考えている時だ。
特に昨日の体育! なに水ぶちまけられているんだよ。怒れよ。それに、体操着が透けて細い腰つきがあらわになっていた。あれ見てから妄想が止まらなくてやばかった。そんなことが毎日のようにでき湧く。とても刺激的だ。これじゃ物思いに耽らずにはいられない。
あーちゃんのあまりの無自覚さにイライラする。なんで、あーちゃんはいつも思わせぶりな行動や言動をするんだよ。意識しだしてから、俺に気があるんじゃないかって思ったことは何十回とある。気を持たせた次の瞬間、そっけない言葉を発するから翻弄されっぱなしだ。俺だけあーちゃんの手のひらで転がされている。ずるいよ……。
 イライラする。衝動の波が爆発しそうだ。自分を抑えられない。俺はつい口を滑らせた。
「お前のこと考えてたんだよ。俺、お前のこと、好きみたい」
「は?」
 やばい、やばい……。でも、止められない。気づいたら想いが口を介して勝手に漏れていた。
「お前はズルい。俺のことなんかなんとも思ってない癖に、俺のすぐ傍にいて感情をかき乱して。自分でも思うよ、勝手な気持ちだって。それに、男同士キモいって。でも好きなんだよ! そんなこと言うと引くだろ? 今だって引いてるだろ?俺、こんなに恋のことで混乱するの初めてなんだよ。お前に話しかけるクラスメイトにいちいち嫉妬するの、もう嫌だ。これまでこんなに、もやもやドロドロ感情が湧いてくることなかったのに。つらいよ……」
 ……苦しい。胸が、締め付けられるように苦しい。こんな思いをするなら、もういっそすべてが終わればいい。願わくば俺を嫌いにならないでほしい。そして友達のまま傍に居させて……。
そんな思いで今一番辛くて、一番俺を開放してくれる救いの言葉を呟いた。
「……俺を振ってください」
あーちゃんはしばらく俺の顔をまじまじと眺めていたが、すう、と息を吐く。表情をちらりと見るとなんだか怒っているみたいだ。
俺はとっさに身構えた。やっぱり、拒否されるのは怖い。
「いやだ」
 予想外の一言に、俺はぎゅっとつむっていた両目をほんの少し開いた。……それは、振られたってことか? いや、違う。
というと、どういうことだ?
「聞け、このニブチン。俺だってお前のことが好きだ。というか、俺がお前のこと好きになったのはお前よりもだいぶ前だ! 勝手にぐるぐる自己完結してるなよ。お前、もうちょっと俺に好きってサイン出しとけよ。そしたら……俺から告白してたのに。
 お前は俺の気持ちに気づいてたと思ってた。俺、一応サイン出してたよ。普通、風邪で寝込んだ奴におかゆ作って持っていかないよ。俺はそういうこと、相当好きな奴じゃないとしないよ。
 もっと早くにお前に好きって言えばよかった。だけど怖かった。お前に振られたら俺、学校行けない。だから言えなかったんだ。……臆病で、ごめん」
…………。
 頭が付いてかない。あーちゃんが、俺を好き? マジか……。
「いつから好きなの?」
「質問はそこか!」
 彼は気まずそうに一瞬間を置いた後、小声で答えてくれた。
「小学校五年生の時から。マフラー事件の時から気になってた。」
「なんで意地悪したのに俺のこと好きになってくれたの?」
「初めて人に意地悪されたから」
「…………」
 俺が変な顔をしたのが分かったのだろう。あーちゃんは慌てて付け足した。
「お前が俺のこと、ちゃんと見てくれたのが嬉しかったんだ。小五の時はこの気持ちが分からなかった。嫌いなはずのお前のこと、気になって気になってしょうがなかった。
高校に入って同じクラスになって、お前を見るともやもやした。話しかけられるのが煩わしかった。お前、なんで俺のこと気にかけてくれるんだよ。なんで、いつも優しいんだよ。こんなん、好きにならずにはいられないだろ。……だから、お前が悪い」
「ごめん……」
「うん……」
 お互い急に無言になる。
 考えを頭の中でまとめたら、二人してすれ違っていたことに気が付いた。
「もしかして、俺たち、両想い?」
 そう聞くと、あーちゃんは真っ赤な顔をさらに真っ赤に染めて、少しうれしそうにはにかんだ。
やべぇ、めちゃくちゃ可愛いじゃねぇか!ここに来て、俺の“男”の部分が加速する。
「キス、してもいい?」
 返事が来る前に俺はあーちゃんの唇を塞いでいた。しっとりと柔らく、あったかい。ほのかにさっき噛んでいたミント味のガムの香りがする。
「……っ……っん」
 あーちゃんは身じろぎはするが、抵抗はしない。そのことが嬉しくて、止まらなくなる。少し角度をつけて、ついばむように唇全体を食む。何度もそれを繰り返す。そしてゆっくりと唇の合わせ目をこじ開けて舌を侵入させる。
「っ………………っふ」
「ふっ…………ん…………っ」
「ふぁ…………はぁっ……」
 薄目を開けてあーちゃんの顔をまじまじと観察する。彼は瞳をぎゅっと閉じてなにかに耐えている様子だ。肩が、少し震えている。
「大丈夫? 無理、しなくていいよ」
 唇を離してそう言うと、彼は首を振った。
「大丈夫……じゃない。本当は怖くてどうしようもない。でも、それ以上にドキドキして、クラクラして、もどかしい……。こんなの自分じゃないみたいだ。恥ずかしいけど、もっと、欲しい……」
 泣きそうなくらい目をウルウルさせて上目遣いに俺を見る。あーちゃんはとても色っぽい。誘っているのか?やべぇ……。気づいたら俺は草むらにあーちゃんを押し倒していた。
「やっ…………」
「ホントは嫌じゃないんだろ?」
 あーちゃんの気持ちはさっき聞いている。嫌な気持ち以上に期待でいっぱいなはずだ。
ホラ、この顔。目尻に一杯の涙を溜めて嫌がるそぶりを見せる。その割にはその眼差しには期待の光が見え隠れしている。淫らな顔だ。
「やだ…………」
「でも、たまんねーって顔してる」
 俺は制服のズボンの上からあーちゃんの育ったモノをやんわりと触る。ビクッとして小刻みに震える様が愛おしい。
「……なぁ、もしかしてここでするのか?」
 ごめん、こんな草むらだけど俺、我慢できそうにないよ。
だけどあーちゃんが嫌だったら無理やりしたくない。
「嫌?」
「お前がしたいんだったら、いいよ。でも、怖いんだ。だから、ぎゅって抱きしめていてほしい」
 その瞬間、なにかが体の中からこみ上げてきて、俺はあーちゃんをきつく抱きしめた。
「おい……痛い」
 バシバシ背中を叩かれて我に返る。しまったやりすぎた、と少し力を抜いたらあーちゃんの腕が俺の背中に伸びてきた。俺に応えて抱きしめ返してくれたんだと理解できた瞬間、理性がはじけ飛んだ。



 風のそよぐ音が耳に心地よい。俺たちは草むらの中、自分たちの制服を下にして全裸で抱き合っている。
 首筋からつま先までキスの雨を降らせ全身を可愛がってやると、あーちゃんは可愛い声をあげ、よがった。
 丁寧な前戯が終わり、そろそろ、あーちゃんに挿れたくなってくる。
 俺は力が抜けたあーちゃんの白い脚を持ち上げて秘部を探る。
男同士だと濡れないみたいなので、指をあーちゃんの口に持っていき、舐めさせる。
 これから何をされるのか知っているのだろうか。あーちゃんはされるがままだ。まるでアイスでも舐めるように俺の指を丁寧にしゃぶる。
「んっ……はあっ……んん……」
「はっ……むぅ…………っ……」
 指を舐める行為ってなんでこんなエロティックなんだろう。唾液にまみれた太い指があーちゃんの腔内を犯しているみたいで、俺の中心がずくりと波打つ感じがした。

 だいぶ濡れたみたいなので、指を中に差し入れる。すごく熱い。中は柔らかく、キュウキュウと締め付けてくる。
「いっ…………っ」
 さすがに初めてだからか、あーちゃんは挿入の痛みに唸った。我慢して。後でもっとよくしてあげるから……。
 しばらくぬぷぬぷと出し入れする。最初は固かったソコがだんだん開いてきたので、指を二本に増やす。さらに緩んできてから三本に増やして指をばらばらと動かす。その一本が前立腺に掠ったみたいであーちゃんはビクッと目を見開いた。
「はぁ…………なん…か……おかしい…………なん…で」
 息が上がっている。歓喜を湛えている顔はぼんやりと遠くを見つめている。
 ―—そろそろ、いいかな?
 俺は猛りきった自身をあーちゃんにあてがい、一気に押し込んだ。
 その瞬間、あーちゃんの身体が痙攣する。
「やぁあああっ……! 痛い……いたっ……っ……抜いて……!」
 今までの痴態とは打って変わって本気で痛がってパニックを起こすあーちゃんを優しく抱きしめ、落ち着かせようと声を掛ける。
「息、ゆっくりと吐いて。息を吐くと筋肉が緩むから。あと、落ち着いて。あーちゃんが嫌なら、やめるから」
 子供をあやすように優しく、優しく働きかける。肩を撫で、背中をさすると彼は少し落ち着きを取り戻したようだ。
「やめないで……もっと、ミツルと繋がっていたい」
 あーちゃんの想いに、なんだか泣きそうだ。あーちゃんが俺のこと想ってくれているのがひしひしと伝わってくる。俺もその熱い想いに応えたい。
 あーちゃんの涙が俺の胸を濡らす。暖かくて、優しい涙だ。
 あーちゃんの身体はしなやかで熱く、気持ちがよかった。



 行為が終わってから、俺たちはお互い気まずくなり、無言で寮まで戻った。辺りは真っ暗で、月の光だけが饒舌だった。
 お互い、まだ高校生だ。あーちゃんに至っては初めてのセックスだ。照れが出るのも仕方がない。
 寮に戻って一時間ほどした後、あーちゃんが俺の部屋に訪ねてきた。
「ミツル、ちょっといいか?」
 いつもよりも真剣な顔をした彼は何を言い出すかと思ったら驚くことを言いだした。
「俺、東京の大学に行こうと思うんだ」
「え?」
 あーちゃんは心理的な問題を抱えているから大学は大事を取って地元の大学に行く予定になっていた。俺も地元の大学志望だったから、このままずっと一緒に居られると思っていた。
「あーちゃん、試験のとき出る不定愁訴とか、大丈夫なの?」
「それは心配だけど、最近出なくなったんだよ。お前と遊ぶようになってから、きっと勉強のストレスが適度に解消されたんだろうな。
お前と遊んで、勉強から意識が逸れたおかげでいろんなこと考えるようになったんだ。今までいい大学に行けばそれでいいと思っていた。でもそれは、安易な考えだと気づいたんだ。将来のこと、考えるようになったら本当に行きたい大学が見えてきたんだ」
 それはめでたいことだけど、簡単には納得できない。
 それにしても、なんでこのタイミングなんだよ。初めて繋がったっていうのに。
「俺と離れ離れになってもいいのかよ」
「それは……」
「……今言わなくてもいいとも思った。でも、前から決めてたことなんだ。想いを確かめ合ったからこそ隠し通すことはできないと思った。……ごめん」
 あーちゃんは困った顔をしてうつむく。
こっちこそ済まないと思う。困らせるつもりなんてないんだ。
 だけど、せっかく両想いになったのに離れ離れなんて耐えられない。
「東京に行くなとは言ってねぇよ。遠距離で恋愛だってできる。でも、不安だ……。お前と毎日会えないのは、辛いよ」
 遠距離は長く続かないという。俺の中で漠然とした不安が広がる。あーちゃんを毎日飽きるほど見ていたいのに、会えなくなるのは辛くて悲しい。
 いっそのこと俺も東京に行こうか。
……………。
 その発想に自分自身が驚いた。なんでそれを考え付かなかったんだろうか。俺も東京の大学に行ったら、お互い東京で楽しいキャンパスライフが送れる。なんてグッドなアイデアなんだ。
「俺、決めた。東京の大学に行く」
「え?」
「お前に付いてく。これって重い?」
 そう聞くとあーちゃんは泣きそうな顔で微笑んだ。
「全然」
 その顔は俺が見た彼の表情の中で一番綺麗で、印象的だった。



 かくして俺は東京行きのために猛勉強をしている。
 俺の部屋にはあーちゃんと買いにいった参考書がずらりと並んでいる。こんなことは一年の頃には考えられなかった。勉強が難しくて進まないと投げ出したくなるが、そこは夢のために頑張る。
あーちゃんの時間があるときには勉強を教えてもらっているので、二人の時間もちゃんと確保されている。あーちゃんの教え方はかゆい所に手が届くほどに的確で分かり易く、成績は以前より三十番くらい上がっている。もっと勉強しないと安全圏には届かないとも言われるが、俺にできることはただ、今を精一杯やりきることだけ。
 くじけそうになるときは、勉強の合間にエッチして、じゃれ合って、嫌な気持ちをリセットだ。

 あーちゃんが愛しい。
 とても幸せだ。今まで、何となく生きてきたけど、今は将来の目標があって恋人がいて、充実している。怖いほどだ。
 あーちゃん、また会えてよかった。好きになってくれてありがとう。そう呟くと、さらにあーちゃんへの想いがじわじわとこみ上げてきた。
 相変わらず寒い寮だけど、もう三月。厳しい夜の冷え込みが幾分か和らいだ気がする。春の足音が徐々に近づいてくるようだ
 もしも来年、ふたりして合格したら、一緒に住みたいな……。
東京での新生活の青写真を描きながら俺は教科書の厚いページをめくり再び意識を集中させた。




もか
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