作品全体の雰囲気や個性、読み心地については上巻の方にレビューしています。
こちらではストーリーについてなど。
まずはあらすじ。
とある不幸から男性妊娠研究の被験者にされてしまった凪冴は性的なことが苦手。
しかし研究員として赴任してきた幼馴染の隼人と研究のためのセックスパートナーになってしまう。
幼い頃の凪冴は隼仁を清廉な兄として無防備に慕っていたが、ある日隼仁が誰とでも寝るような男だったと知ってからは強いショックと嫌悪感を引きずったままだった。
しかも再開した隼仁の態度はひどく冷たくて。
それでも発情期には嫌でも衆人環視の中でセックスをさせられる。
その中で隼仁がふと覗かせる優しさや独占欲に心を揺さぶられ、いつの間にか彼に触れられる心地良さに気付いてしまう。
発情期以外のセックスにも身体は歓び、一方で隼仁以外の人物には触れられたくないと気付かされ、頭の中は隼仁のことでいっぱい。なぜ彼はただの被験者の自分にかまうのか。
そこで明かされる隼仁が研究室に来た本当の目的。
研究のために強制的に連行された凪冴を救いだすため、隼仁は研究員の身分で忍び込んだという。冷たい態度も周囲にバレないためのカモフラージュ。全てはずっと好きだった凪冴を取り戻し、一緒にいたいという隼仁の愛情の裏返しだった。
その告白を聞いてようやく自分の心に素直になり思いを通わせた二人。
隼仁の子なら妊娠しても構わないかも……とまで凪冴が思い始めていた頃、隼仁は男性妊娠研究の不都合な真実を目の当たりにしてしまった。
それは、これまでの研究結果上、妊娠した母体は出産時に100%死に至っているということ。
被験者の妊娠=死という現実を目の当たりにした隼仁は、ついに凪冴との研究機関逃走計画を実行するが――
ポイントとしては、
受も攻も前半と後半のギャップでしょうかね。
二人ともすれ違いツンツンからのデレ。
攻なんて、いつまでそんな横柄な芝居してるんだろ、早く言ってあげればいいのにって感じですが、まあそこはご愛敬。
あとは、凪冴が隼仁に対して、「理想のお兄ちゃん」像を押し付けていたと反省するシーンはこの本で一番ハートフルに感じました。身体だけじゃなく、隼仁という人格を過去ごと受け入れるという描写により、凪冴の「好き」表現の説得性がぐっと上がってますね。からの避妊なしセックスの流れはさすがのえちえちマンガっぷりですが。
ご時世的にちょっとすごいなと思うのは、初回は完全に嫌がっているけど致しちゃってるところと、後半の逃走生活中に「無理にでも眠らせてやる」って言ってそんな気になれないと拒否りつつある凪冴をイカせてるシーンですね。
最近強引気味なのあんまり見なくなってたから、逆に新鮮だったかも。
読む分には全然楽しめます。フィクションなんで。
他キャラについては、
まず当て馬悠心くんはしっかり仕事をしてくれました。せっせと貢物もしていて本当健気……彼は幸せになりますように。
先輩で妊婦のカナタさんは超絶良い人でしたが、残念な結末に。良い人が真っ先に犠牲になるのは物語としては定石なのでやむを得ないでしょう。後味はもちろん悪いのですが、ディストピアBLを名乗っているので、これは演出としては読者の気持ちを揺さぶる意味でも〇。
残りの子たちはちょいちょい出ては来たけど、最終的にはあんまり個性なくて未消化感ありです。全体を通して二人の関係性を描くのは情熱的で上手だけど、周りが添え物扱いなのは作品の弱点かな。ラストが二人だけの世界で手と手を取り合って生きるみたいなテーマだったのでなんとか成立はしているのですが。
まあ色々言いましたが、基本的にはえっちぃマンガです。
正直描かなくてもストーリー的には成り立つであろうエチもわりとあるんですけど、ちゃんと力を入れて描いてくれるところがさすが理原先生の作品だな。トータルでやっぱり楽しいし、ボリューム、満足感があります。
ちょっとスケール大きめなえちBLとしては結構おススメ。
ストーリーの緻密さとか人物や情緒の繊細さとかを求めるならちょっとジャンル違いなので、お間違えないようお気をつけください。
上下巻読後。
セリフ、絵、コマ割りはわかりやすくサクサク読めます。
理原先生作品ということで基本的にはエチシーン頻回かつ描写は濃厚です。
これはもう安心・安定。
特に絵が好みですね。最近よく見るサラッとシルキーなタッチじゃなく、理原先生ならではの、綺麗なんだけど筆圧がちゃんと乗っていて少しざらつきとか重さのある画風がよりエロスを醸し出すというか。
さてその上で今作は仄暗い雰囲気にブランディングされた作品でした。
キャッチコピーはディストピアBLとのこと。
これがなぁ~商業BLとして吉と出たか凶と出たかは微妙なところかなぁ。
というのも話がやや壮大なんですね。
幼少期の性的ないじめ、母の自殺、負債、男性妊娠の人体実験……
で、それを商業BLの決められたページ数の、しかもエチエチシーンもたっぷりでという中でストーリーを消化させていくのはちょっと厳しかったのかなぁ?という印象。
話は追えるし普通に面白いんだけど、全てひねりのない浅いところで展開されていっている感じ。厳しく言うと若干のB級映画シナリオ感。
でもでも、それって普通のエンタメとしてはイマイチだけど、BLとしてはそんなに悪い事だとも感じてはいなくて。
BLとしてラブとエロを主軸に置いたときに、仄暗い過去とか、危機的状況とか、お決まりの展開ってのはやっぱり盛り上がるスパイスにはなりますからね。
うん。あくまでこの物語において、全ての不合理や不幸な境遇は、主人公二人のエチを盛り上げるための脇役であったと考えると意外としっくりきます。
幸せ能天気世界観の二人のエチだけでは飽きられちゃって長くは連載できないでしょうし、基本的なすれ違いとか当て馬嫉妬レベルの話は当然既出で新鮮味に欠ける。
もっと切なく、もっとエロく、もっと感情を揺さぶるラブを活かす舞台はどこだ?と考えた時に、自由を奪われている世界線っていう発想は全然アリでしょう。
拘束の身、掟、発情、職務命令、独占欲、唯一の希望みたいなキーワードで拾っていくと、なるほど扇情的。
初見では混乱してしまいましたが、おそらく今作はストーリーマンガの要素を若干強く持ってしまった真剣エロマンガという属性なのでしょう。
基本的にえちえちマンガを読むときにあまり頭を固くしていると楽しめないのは、BL愛好家の方ならおそらくご存知かと。
となると、このくらい浅くて緩めの設定やストーリーの方が案外気楽で良いのかも。
というわけで、まず、まだ上巻を読んでいない方はあまり頭を固くせずゆるり、ごろりとしながらプチダークエロスを楽しんで頂きたいですね。
もう既に上下巻読み終えてストーリーや世界観が腑に落ちていない方がいらっしゃいましたら、今一度脳のモードを切り替えて、お仕事終わりとかちょっと脳疲労起こしたくらいで再読するとよろしいかもしれません。
細かいストーリーの感想は、上巻が前振り、下巻がクライマックスとなる関係上ここだけでは取り上げにくいので、下巻のレビューにまとめて記載しておきます。
これは完全なる「ぶつかり稽古型」の作品ですね。かつBLエンタメに振り切れている。
西野先生さすがです。
単純そうに見えて、BL小説としては色んな角度から考察しがいのある良作だと思いますよ。
いや、まず「ぶつかり稽古型」って何なんだって感じなんですけど、
BL作品っておおまかに分けると、
「対話型」:繊細な心理描写や会話の積み重ねから二人の関係を熟成させていくパターン。
「問題解決型」:ある問題を二人で協力して解決していくうちに絆が生まれていくパターン。
「ぶつかり稽古型」:肉体関係がすべての始まり。肉体関係を通して唯一無二の存在であると自覚するパターン。
かなと思っていて。まあ多少の混在はありますが。
「対話型」と「問題解決型」は一般エンタメでも良く見かける手法ですよね。一方「ぶつかり稽古型」はエロ多め作品でしかなかなかお目にかかれないタイプですね。
基本的には感動作、記憶と記録に残る名作、みたいなのはこの「対話型」「問題解決型」のどちらかのタイプに属する作品が多いかなという印象です。
緻密な心理描写とか、あっと驚く世界観や伏線回収ってそりゃあ面白くなりそうじゃないですか。
でもね、やっぱり欠点があるんですよ。
読むのに体力・集中力がいる。
あぁこれ評判なんだ、面白いんだろうなーって思って購入してみたものの、現実世界で慢性疲労を起こしている脳内ではなかなか思うように処理しきれないんですよ。
メンタル落ちているときにあまり高低差のある作品も読みたくないし。
そこにきて西野先生をはじめとする「ぶつかり稽古型」作品のありがたみを感じるわけです。
超絶読みやすい。そして普通に面白い。基本はエロハピ。
いやぁーありがたいですねぇ。
とくに今作はストーリーのシンプルさとBLエンタメとしての奥深さを両立させる秀逸な出来栄えでした。
まずストーリーですが
出会ってビビッときて
攻が囲って
受が逃げ出して
攻が受のピンチを助けだして
ラブラブハピエン
超シンプル。理解度100%でサックサク読める。とにかく脳に優しいBL。
身体から始まって、その瞬間にこいつは違う!でほぼカップル成立。周りくどさゼロ。
受をピンチに貶める悪役の描写も全く無駄がなくて上手なんですよ。
1ミリも余計な感情移入をさせないザ・モブ悪役という感じでストレスフリーでした。
そして、こんなにシンプルな構成なのに独自性を成り立たせるスパイスもちゃんとあって、特に
① 受の暦は攻の亡き父、孝造が用意した人物であること
② 攻の尊がある条件下で朱雀の獣身に変身すること
の2点が面白かったですね。
孝造のお手付き状態で二人は出会っているので、毎回のセックスに嫉妬や比較の感覚が入り混じるんですよね。
しかし孝造は亡くなっている。なのでどういう気持ちで孝造が暦を囲っていたか、何となくはわかるけれど完全には明かされないという余韻が生まれています。
孝造はシンプルストーリーの中で唯一良いとも悪いとも言えない立場にある複雑で独特な人物です。そんな彼を追想する暦や尊の姿には単純エロ作とは一線を画す哀愁を感じますね。
そして、1度読んだら忘れないのは、まちがいなく二つ目の方。
変身ファイヤーですよ。
いやぁ、笑っちゃいました。あのシーン。
インド映画かと思いましたもん。
こんなにシンプルな作品だけど、この本どんな話だった?って聞かれたら変身ファイヤーで受を助ける話だよってすぐ出てきますもん。完全なるハイライト。
で、もっとすごいのは、尊にとっては朱雀に変身するっていうことは設定上、獣人のアイデンティティに関わるものすごい大切なことのわけじゃないですか。
そのあたりの葛藤とか、そのパワーアップした力の使い道とか、今後の獣王としてのあるべき姿とかをね、一切描かないんですよ!
なんでかって?あくまでBLのエロラブに特化しているから。
これ、すごくないですか?
このあたり普通の作品だったら膨らませちゃうと思うんですよね。
封印された能力とその覚醒って多分深めようと思ったら深められるポテンシャルのあるテーマだと思うんですよね。
でも、全く描かない。その代わりに巣ごもりでひたすらエッチしているシーンを描くんですよ。
噓でしょ?!
そういうところが好きだなぁ西野先生、好きだなぁラヴァーズ文庫。
それでいいと思うんです。一般的なエンタメ作品の流れで大切そうなことも、BL読者にとってはそうでもないというか、どっちでもいいことってあると思うんですよ。
それを容赦なく切り捨てて、真正面王道の映し方じゃなく、エロラブ特化のカメラで描き続けてくれるサービス精神。
結果、なんかエロくて、なんかファイヤーだった、というライトな作品に仕上がっているんですよね。
王道の余地や深みも残しつつ、あえてライトエロに振り切るって実はどっちのエンタメ観もある程度熟知していないと難しいと思うんですよね。この加減に焦点を当てられるのはベテラン西野先生ならではかと。
ライトだからって侮れない、単純に見えて実はすごい一冊。
一般エンタメ<BLエンタメ派の方には特におすすめです。