◆独裁者グラナダ(表題作)
才能のある人間が裏で払っていた代償は重いものだった、という物語。一見天から二物も三物も与えられたように見える誰もが羨む人物でも、本当に悩みがないかは本人にしか分からないし、他人からは些細に見えるマイナス点を本人は深刻に考えているかもしれない。だから他人を能天気扱いしたり、安易にあなたは恵まれていると言ったりしないように心がけています。最後の最後に真実を知った中田。でも鳴瀬は、最初から何もかもお見通しでしたね。やはり一般人には辿り着けない、悟った領域にいる人なのかも。糖度が低いので萌えは感じにくかったですが、余韻の残る作品でした。
◆Birthday
短かったですが、もっとじっくり読みたかったです。それぞれ事故と病気で入院している高校生同士の話。同じ入院でも、持病と突発的な事故では状況が異なります。一緒に退院はできないし、病は体を蝕んでいく。最期の彼の行動力、願い、そして残された彼の変化。切ない一瞬の出会いだったけれど、お互いの人生の一番星になれたんじゃないでしょうか。
コロナ禍真っ最中に描かれた作品ということで、当時の世情が色濃く反映されていました。たった数年前はこんな世の中でしたね。マスクを外せる日が再び来るのかどうか、不安だった。気軽に友人を誘って遠出できないことがストレスだった。飲食店が潰れたり、政府や客の要求に右往左往したりするのを見るのが辛かった。私たち、本当によく耐えました。
バーを切り盛りする響と、客として通い始めた尚人、そして、バーのオーナー征司。三角関係ではあるけれど、響と征司がお互い深く干渉しない関係性なのは最初から見てとれて、尚人が入ってきてもこれからどうするんだろう、という不安や背徳感は一切ありませんでした。ほぼ恋人だけど、相手が別の人に惚れたらすぐ解放してあげられることを互いに悟っている、ふわふわとした関係性。一方、本人たちもそうだと思うけれど、尚人と響の相性がよいことは初期の段階で直感でき、この2人はそういう仲になるのが自然だろうと思わせてくれるんです。一穂先生の繊細なプロットやキャラ作りに、ymz先生の絵がしっかりハマったからでしょうね。こういう作品は貴重です。コロナ禍の窮屈な日々の中で、あとは2人が収まるべきところに収まるのをただ静かに見守っていたような気持ちでした。読んでいて心地のいい作品でした。
ああ、やっぱりこの2人の関係性、まとう空気感が好きだなぁと改めて感じました。今回は千秋の和馬に対する想いの強さが主軸になっていました。留まることなく膨れ上がっていく独占欲。常に自分を見ていてほしいという想い。和馬も同じ態度を見せてくれたら安心できるのかもしれないけれど、千秋から見た和馬はいつも健全で。でも、恋人同士が必ずしも相手に対し同じ愛し方、想い方をする必要はない。和馬の台詞にはっとさせられました。
大切な人への寄り添い方はカップルごとに異なるのではなく、1人ひとり違います。相手とまったく同じ気持ちを返せなければ恋人として上手くやっていけない、ということではない。和馬は和馬の精一杯で千秋を愛してくれている。千秋がちゃんとそれに気付いてくれてよかった。セックスの時の主導権の握り方もバランスがとれていて、マンネリとは程遠そうな2人だなぁと。まだまだ見守りたいと思えるカップルです。